巨大スサノオ体内戦~悪魔のみるゆめ

    作者:長谷部兼光

    ●面従腹背
    「全てはグローバルジャスティス様の為に!」
    「全てはグローバルジャスティス様の為に!」
    「全てはグローバルジャスティス様の為に!」
    「全てはグローバルジャスティス様の為に!」
    「すべてーはぐろーばるじゃすてぃすさまのためにぃー」
    「……むっ! 何だ今のリスペクトの欠片もない腑抜けた掛け声はァ!!」
     ナミダ姫と言う制御役を失ったスサノオ大神は、最早単なる力の塊に過ぎない。
     姿形が霧散して消えるその時まで、ただ悲哀の慟哭を奏でるだけの置物だ。
    「貴様かぁソロモンの! いいかー? 貴様らはすでに我らが傘下へ加わった。何時までも外様気分では困るのだ! そこの所自覚足りてないんじゃないかぁ? んん?」
     他の勢力から見れば、そんな状態のスサノオ大神は正に金鉱脈。
     ご当地怪人達も御多分に漏れず、その力を我が物にせんと、スコップ片手に中枢目指し白炎を掘り進む。
    「はいはい。わかっていますとも。だからこそこうやって水先案内人を買って出た訳で。そこは評価してほしいね」
     ソロモンの悪魔――阿津馬はペナント怪人の嫌味を飄々と流す。
    「自慢じゃあないが、スサノオの力を制御するって点では、俺達ソロモンの悪魔に一日の長がある。まぁ、期待していなよ。あんた達への忠誠心は、これからの働きで示すつもりさ」
    「ぬぅ……口の減らない男よ。首尾よく帰ったら宴の席で説教だからな!」

    「勿論。全てはグローバルジャスティス様の為に……ね」

    ●腹に一物
     群馬密林での戦いで、灼滅者はナミダ姫の撃破に成功した。
     その結果としてスサノオ大神の力が暴走し、密林内に全長百mを超えるサイズのスサノオが15体現れたのですと見嘉神・鏡司朗(大学生エクスブレイン・dn0239)は現況を説明する。
    「このスサノオ自体が大暴れして周囲に被害をもたらすという事はありません。ですが……」
     複数の勢力が、スサノオを力を得るために行動を開始した。
     ダークネス達は、巨大スサノオの体内に侵入し、その中枢を破壊して力を奪おうとしている。
    「わざわざ内に入り込むのは、ダークネスの力をもってしても巨大すぎて外側から破壊できないからです。仮に完全破壊する手段があったとしても、そうすると今度は手に入れるべき『スサノオ大神の力』が諸共に失われてしまいます。ですので、破壊は可能な限り最小限度に留めたい。その為の体内探索なのでしょう」
     ダークネスが侵入した経路から巨大スサノオ内部に侵入、侵入部隊を撃破した後、そのまま中枢を破壊する……と言うのが今回の作戦の大まかな流れだ。
    「スサノオ大神の力が他のダークネスに渡ってしまえば、また厄介な事態になるでしょうから」
     ダークネス達は、道を切り開きつつ体内を進んでいるので、後を追う事は難しくない。
     敵の作った道をそのまま辿るため、奇襲等は不可能と考えていい。必然正面からぶつかる事になる。
     スサノオの体内は、攻撃サイキックをぶつける事によって掘り進むことができる。
     が、これはあくまで敵部隊撃破後の話。
     敵が健在の間に体内を探索するのはどう足掻いても悪手だ。
     このチームが担当するのは、ペナント怪人五体とソロモンの悪魔の混合部隊。
     ペナント怪人がスサノオの力を狙う理由は例によっていつも如く『全てはグローバルジャスティス様の為に!』だが、ソロモンの悪魔――阿津馬の目的は恐らく自勢力の再興だろうと鏡司朗は言った。
     ご当地怪人の傘下にある状態を快く思わないソロモンの悪魔達。
     彼らが現状を打破する為、スサノオの力に目を付けるのは当然の流れだろうし、千載一遇のチャンスでもある。
    「ただ、こちらがその事実をペナント怪人に伝えたとしても、仲違いさせることはできないでしょう。宿敵の灼滅者と種族は違えど同じダークネス、どちらの言葉を信じるかと言えば……です。彼らは根が単純ですから」
     戦場はスサノオの体内。
     力の塊であるスサノオを構成しているのは血や肉、骨と言ったものではなく、彼らの代名詞である白炎に囲まれたロケーションで戦うことになる。
     また戦闘中、スサノオの力が複数回、阿津馬に流れ込む可能性がある。
     突如として阿津馬の傷が治ったり、攻撃力が一時的に上昇し、理不尽に強烈な攻撃を受ける事も覚悟して臨むべきだろう。
    「特に敵を追い詰めた時は注意した方がいいでしょう。油断していると、一瞬で形成を逆転されるかもしれません。どうか、お気をつけて……」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    神成・恢(輝石にキセキを願う・d28337)

    ■リプレイ

    ●ゆめのあと
     スサノオの体内に入り込もうとも、彼らの嘆きは治まらぬ。
     悲鳴は行き場なく洞を反響し、白炎がその度大きく揺らめいた。
     それは息を吸えば肺が膨らむが如き運動に過ぎない。ここに意思と呼べるものはなく、洞にあるのはただ、哀。
    「嘆いていても、誰も助けてくれはしない。自分を助けることができるのは、いつだって自分だけなのだから」
     比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は迷いなく白炎を踏みしめ疾駆する。
     まだまだ見果てぬ道の端。歩を止めてしまえばそこが終わりになるだろう。
     スサノオのようにここで立ち往生するつもりもない。
     故に、道を塞ぐモノは蹴散らすのみだ。
    「ナミダ姫……叶うなら俺も共に歩める道を探したかった」
     なのにこうもすれ違ってしまうとは、と、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は柩と対照的に数秒、眼を瞑る。
     最早詮無きイフの話。だが。それでも……『もしも』今に至る軌跡が違えば、そんな未来も有り得ただろうか。
    「要の存在を失えば、その統制は簡単に失われるもの、か」
     耳朶を打つ白狼の慟哭に、彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は目を細める。
     思い出すのは昭和新山で交わしたナミダ姫の言葉。
     ……スサノオに好意を持っていた訳ではない。
     敵対はむしろ望むところではあったのだが――。
    「まあ、折角一つ組織を潰したんだ。それを悪用されても困るからね。後片付けまで責任もってやろう。私たちが灼滅したんだし」
     思う所は個々あれど、成すべき目的は皆で一つ。月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)はライドキャリバー・メカサシミに騎乗して、そろりと限界まで怪人達に近づくと、一気にエンジンをふかし突撃する。
     背中からメカサシミに轢かれた怪人は思わず奇声交じりに飛び跳ね半回転するが、彼へのアプローチはまだ終わっていない。直後、玲のクルセイドソード・Key of Chaosが彼の胸部も切り裂いた。
    「ぬぅお!? 灼滅者! ええい! 帰れ! 今日はお前たちの相手をしている暇など無いのだ!」
     寛大なのか混乱しているのか。恐らく後者だろう。
    「そうはいかない。私たちの目的も偶々同じでな。特に恨みは無いが……争奪戦だ」
     さて、六体相手にどこまでやれるか、と、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は黄色に変じた交通標識を掲げ、前衛のあらゆる耐性を向上させる。
     小細工無しの戦闘、と言うのも中々に久しい感触だ。
    「そっかー。それじゃ足止めガンバペナント先輩方。俺は一足先に……」
     阿津馬がしゃあしゃあとした態度でそう言い放ち背を向けた刹那、
    「おいおい、力を独り占めする気かよ」
     天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)が指輪より魔法弾を打ち出して、彼の奔放な振る舞いに釘を刺した。
     射線に遮るもの一つなく、弾丸の直撃を受けた阿津馬は顔を歪めて嘆息する。
    「先輩方。今のは庇う場面では? それとも何か……灼滅者の言葉を真に受けたとか?」
    「むう。そう言う訳ではないが」
     ペナント怪人達は言い淀む。阿津馬の行動に引っ掛かりを覚えているのは確からしい。
    「グローバルジャスティスに力を捧げるのが余所者であって良いのか?」
     もう一押しあれば不和とまでは行かずとも阿津馬の動きを制限できるかもしれない。
     摩耶は黒斗の牽制に次いで怪人達に揺さぶりを掛けた。
    「良いのだ。グローバルジャスティス様は恐らくグロ~バルに心の広いお方だ! そういうことは気にしない!」
    「でも俺達はそういうこと意外と気にする」
    「功績独り占めされてヤツが俺達の上に立つような事態は正直避けたい」
    「と言うか五人で戦うのは正直厳しい気がする」
    「阿津馬ぁ! お前やっぱ此処に居ろォ!」
    「えー……? 全員一位な幼稚園の運動会じゃあるまいし」
     結果、極めて高度なペナント会議により、阿津馬の残留が決定したらしい。
    「ああ、もう、うるさい……咽喉の奥にでも錆釘撃ち込んだろか?」
     そんなやり取りを見せつけられた神成・恢(輝石にキセキを願う・d28337)が声を荒げるのも――毒を含む言葉遣いは九分九厘素だが――無理の無い話だろう。
    「いずれにせよ、力はくれてやりません」
     恢の双子兄、ビハインド・玄が敵前列に顔を晒すと同時、恢は灰色の瞳にバベルの鎖を集中させる。
     すると阿津馬も自身の手の内を悠然と明かすように、『予言者の瞳』で恢を見つめ返す。
     浮足立っていた怪人達も態勢を立て直すと、盾役と思しき三体がスコップを振り回し、前衛の視線を攫った。
     後衛より戦況を伺う久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)は、ぴんと空色ギターの弦をはじく。
     味方はまだ余裕がある。ならばこちらの視線が自由な内、阿津馬の体力をそいでおくのが得策だろう。
    「歌よとどけっ!」
     杏子が発したディーヴァの如き神秘的な歌声は、ギターの旋律に乗り、ウイングキャット・ねこさんの魔法を導く。
     主従の音色が一つとなって阿津馬を包んだ。

    ●建前
    「キミ達みたいな奴が来るのはわかっていたよ。ナミダを殺したのはボク達だから。流石にこんな少人数で来るとは思わなかったけど……来たからには容赦はしない」
    「そいつは素晴らしい。手放しで感謝するよ。素直にここから退いてくれれば、の話だけどな」
     阿津馬自身もペナント怪人だけではこちらを抑え切れないと悟ったか、抜け駆けする気も失せたらしい。
     柩は無理な相談だね、とそっけなく阿津馬に返しながら、小型の嵐を不可視の刃に成形・射出し、盾役の怪人を散々に斬り裂いた。
     満身創痍の怪人を、わざわざ見逃す故もなく、玲は柩とすれ違いざま軽くタッチを交わすと、白い炎に貼りつく影を刃へ変える。
     メカサシミが機銃をばら撒き、影の刃が無音で命を断ち切れば、遺った怪人の体もまた音も無く消え去った。
     その様を見た阿津馬は大きな溜息を一つつく。
    「しかし、ほんとーにご当地にいいように使われてるんだね。ソロモンの悪魔もそんなんで良いの? ま、良くはないよね。とはいえ、雇われの都合上従うしかないって所かな!うんうん、大変だー」
     玲が阿津馬をそう煽ると、
    「これでも住めば都ってやつでね。結構気に入ってるんだぜ? 特に漆黒な所とか、超シックで吃驚するね!」
     表向き阿津馬は玲の言葉を否定する。
    「種族の復興よりグローバルジャスティスが大事なのね……。もう、身も心もご当地怪人なんだね……ソロモンの悪魔って、もっと誇り高い種族って思ってたけど、買い被りだったのね」
    「そりゃあそうさ。グローバルジャスティス様を崇め奉れば、寝床くらいは当たるからな」
     杏子が向けた憐憫の眼差しに、阿津馬は自嘲交じりの吐息で答える。
     よくぞ言ったと膝を打つのはペナント怪人ばかりで、ねこさんはその感嘆を封じるように怪人の顔面をぶつ。
     そうしてついた肉球痕は、即ち次の獲物の証だ。
    「了~解」
     杏子の判断を疑いはしない。天上を思わせる歌声を背景に、傷の癒えた黒斗は獲物が放つ光線を飛び越えて、その頭上へ縛霊手による高速度手刀――黒死の一撃を見舞う。
     急所を突けばそれでよかったのだが、いささか熱が入ったか、怪人の体はちょうど真二つに裂け、盛大に緋を噴いた。
     恢が残る三体を視界に収めれば、怪人達は瞬く間に熱を奪われて、玄の起こした吹き荒ぶ霊障波にその身を侵される。
    「さくら先輩、後はよろしくです」
    「おっと。任された以上、手は抜けないね」
     無論、端から抜くつもりもない。
     白炎を滑るさくらえのエアシューズは赤色の炎を帯びて、凍てつく怪人を襲撃し、灼き払う。これで盾役は消え失せた。
     前衛が半分以上やられても阿津馬に変化は訪れない。
     彼にとってこの状況は、未だ窮地と呼べるものではないのだろう。
     白い炎と赤い炎、そして仲間の屍を踏み越えて放たれた怪人の槍撃を、咲哉は完全に読みきり回避する。
     敵の足を奪うこちらの作戦が奏功している事もあるが、そもそも、根本的に、怪人達の地力が足りてないと見える。
     大ぶりの槍撃を仕掛けた怪人が咲哉の姿を見失い、日本刀・十六夜の閃きを見ぬまま地に伏したのがその最たる証拠と言えるだろう。
     やはり問題は、と咲哉が阿津馬へ視線を移した瞬刻、そこにあったのは、今まさに襲い掛からんと迫る、黒色の鎖。
     摩耶が寸前咲哉の盾となり鎖を受け止める。こまめに回復を行っていた分、体力に不足はない。
     追撃を仕掛けようとスコップを振り回す怪人に先んじて、摩耶は天星弓に矢を番え、彗星の如き強烈な一矢を射る。
     怪人は反撃する間もなく消し飛んで、後に残るのはただ、ソロモンの悪魔のみ。

    ●本音
    「実力的に一段下の奴等に、下手に出るしかない身は辛いな?」
     そう言って摩耶は探りを入れる。阿津馬が取り繕うべき相手は、もう居ない。ならば。
    「いやはや全く。煽てて乗せればも少し使えると思ったんだけどな。まぁ、始末する手間が省けたのは、サンキューです」
    「……成程。流石、被る仮面は一級品か。反吐が出る」
    「反吐が出るのは向こうのやり方さ。あいつらに洗脳されてこき使われてる仲間も多いんだぜ?」
     ひどいもんだろう? 阿津馬は暗い調子でぼそりと呟く。
    「それは自業自得だよな? お前達が一般人にしてきた『反吐の出る』行いが、巡り巡って帰ってきてるだけだ」
     同情を求める悪魔の嘆きを、黒斗はあっさり切り捨てた。
    「ははは! 正論!」
     ついでにもう一つ正論を述べよう、と、悪魔は笑う。
    「そういう悪循環を断ち切るためには、やはり力が必要なのさ。狼共もせめて独立独歩を保てるだけの力があれば、義理の果てにくたばることも無かったろう」
     狼の慟哭が、洞を揺さぶる。
     思い返せば、彼らとこちらの関係は打算の上の化かし合い。
     けれども。あの日、あの時、あの姫が語った『悲願』はきっと嘘偽りの無い本心で。
     その本心を覗いたからこそ、スサノオたちの今を見て、さくらえの心に波立つモノがあるのだろう。
     咲哉はしばし、考える。
     鶴見岳の炎獣達は、大地に還る事で自らの記憶と意思を垓王牙へと届けていた。
     この悲しみに暮れたスサノオの想いもまた、垓王牙の一部となるのだろうか?
     もしそうなら、あの、思慮深い金の狐は、この悲しみをどう受け止めるのだろう。
     灼滅者の横暴だと嘆くだろうか?
     ……それでも。
    「それでも俺はこの想いの塊を、大地に還してやりたいと思う。喜びも悲しみも彼らの生きた証だから、な」
    「……面白い。食い千切られるばかりが義理の報いと思ったが……それ以外の報いもあったかい。食い千切る側として面倒な話だがね」
     阿津馬は黒鎖を勢いよく白炎に叩きつけた。
    「寝た子を起こすなって言うじゃないですか? ソロモンの悪魔なんてそのままずーぅっと寝てればいいし、なんなら怪人達もみんな寝てれば良いんじゃないでしょうか……永遠にどうぞお休み下さい??」
    「だったら俺に良い夢見せてくれよ。悪夢はもう、見飽きたさ!」
     恢の足下、燦めく影が悪魔を飲み込まんと大口を開き、阿津馬は真っ向から応じるように、空へ黒鎖を疾らせた。

    ●失言
    「いいね。いい気分だ。これを地に還すなんてとんでもない話だぜ?」
     事前の情報通り、スサノオの力が阿津馬に流れ込んでいるのだろう、彼の傷口はみるみるうちに塞がって、快癒する。
     その力が灼滅者に呼応することは無く、力を奪い取ろうとする阿津馬へ積極的に流れ込む。これもまた、意思無き自然現象のようなものか。
    「やはり、制御できないなら大地に戻すしかないだろうな……」
     彼の復活のためにも、と、玲のラビリンスアーマーを受け取った摩耶が赤色の交通標識で阿津馬を叩く。
     理不尽な仕組みだが、無制限ではない筈だ。治ったのなら、再び傷をつければいい。
    「どうかね。灼滅者に制御できない力を還したところで、待っているのは破滅だけさ。だから」
    「俺に任せろ、なんて言うんじゃないだろうな?」
     黒斗が縛霊手の巨大な掌をぶつけ、網状の霊力で阿津馬を縛る。
    「『伝手』が無けりゃそれが最善だね。大地の力を制御できるような、そんな『伝手』がさ」
    「それってまさか……」
     前衛へメロディを贈る杏子の脳裏に、居なくなった友の影が過る。
     そこへ力が流れなくとも、良いと思った。
     大地に、この世界に力を還すことができるなら、それで。
     不意に、杏子と黒斗の視線がぶつかる。思い至ったことは同じだった。
     『逆』、なのか。
     この力を地に返すためには、他でもない『彼ら』の力が必要で……。
    「だからそうはさせないって話だ。退きなよ。俺が一切合切全部掻っ攫ってそれでハッピーエンドってやつさ」
    「事情は良く把握しました。とりあえず永眠して下さい、このカス」
     にこりと薄く笑んだまま、恢は毒々しい蛍光の液体がぎっしり詰まった、細長の注射器をダーツの要領で投擲する。
     空になったアンプルがきらりと光を反射して、ロッドを携える咲哉の姿をガラスに映した。
     咲哉はロッドを叩き当てると一気に魔力を流し込み、それが体内で爆ぜるまでのわずかな刻を縫って、さくらえが雲耀の一太刀を通す。
     爆発と斬撃を同時に受けた阿津馬は、しかし回復するそぶりを見せず、冷気を孕むチェーンで前衛を薙ぎ払う。
     範囲攻撃の威力ではない。前衛の使い魔達は全て消し飛んで、防御を固め庇いに入った摩耶ですら膝をつくほどだ。
     スサノオの力を味方につけた阿津馬は、最初から狙いはそれだったといわんばかりに『立て続け』鎖を伸ばし、柩を狙う。
     その一撃は間違いなく、直前の薙ぎ払いより強力だろう。
     それでも玲はチェーンの進路に立ちふさがって、柩を護る。
    「なん、の!」
     紙一重だが、護れるのだ。
     杏子の歌と、摩耶の庇いで温存した体力があれば。
    「終わりだよ。ボクが癒しを得るための糧になってくれたまえ」
     柩は力の供給が途絶えた阿津馬の霊魂を、非物資化した水晶片で両断し……悪魔の夢は消え失せた。
    「最期に、一つだけ。どうしてこちらに希望を持たせるような事を? キミには不利益しか無いのに」
    「餓えていたんだろうな。それに。だからぽろっと零しちまった。全く……対価なしで希望を語るなんざ、悪魔、失格、か」

     その後、中枢と、そこにたどり着くまでの周囲を調べてみても特に収穫は無く、やはり現状では壊すよりほかないという結論に行き着く。
     調査の終わり、杏子はそっと中枢を抱きしめ、そして、
    「……力は大地に還さなくてはね」
     さくらえが中枢にゆっくり刀を突き立てると、狼の慟哭はようやく終わり、洞が不安定に振動する。スサノオ全体が崩れ始めているのだろう。
     ……なすべきことは成した。
     あとは……。

     咲哉は『彼ら』へ思いを馳せる。
     語るべきことは山ほどある。
     願わくば。
     自分たちの抱えた未熟さも危うさも、偽りなく知った上でも尚。
     共に歩めると信じてくれる事を切に願って――。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年12月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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