●祝詞
ラジオウェーブのラジオ放送が確認されたと、吉津屋・顕人(春宵雪華・d33440)は連絡を受けて。
目指す教室の引き戸が見える頃には、事前に渡されたその噺の内容を記憶に記し。願うは極寒から出るものが、『春』となるよう願いながら。
「君が求めるもののため、そのやせ細った腕(かいな)に触れても良いだろうか――」
そうひとりごちて、顕人は教室の引き戸を開けた。
●鳥と氷と花の物語
仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は教室に集まってくれた皆に言う。
「……ラジオ放送が示す噂の場所は北海道の内陸だね。この時期なら最低気温マイナス20度とか普通の土地。そんな極寒の深夜に、その都市伝説の特殊空間は開くらしいんだ。この地図にある雪原をウロウロしていたら都市伝説に容易く捕まるから、特別なことはなにもしなくてもいい」
捕まった瞬間、世界は変わる。すり鉢状の雪原を下った先は氷の渓谷。月の光に輝く冷たい氷のスロープがかかっていて、延々と続くその世界をひた進めばいずれ見えるは都市伝説の核となる場所。
「んー、よくテレビゲームのカーレース的なものとかであるでしょ。氷の洞窟の中をジャンプしたり氷柱が落ちてきたりさ。簡単に言ってしまうとそういうノリの特殊空間なんだよね。時にはサイキックを特殊空間にぶっぱなって障害物取り除いたりするような感じで」
顕人は成程これでは一般人には危険な世界かと頷きつつ、
「サイキックは各々でどうにかなるにしても、事前にそりは用意しなければならないということなのかな?」
「うん。勿論フツーのソリでも、豪華なのでも、折角だからダンボールで手作りでもバナナボートとかでも大丈夫だよ」
強度やらは深く考えないでよいらしい。折角の前半ソリでの旅なのだから好きなソリを用意したらいい。思うまま動くソリに乗って、とにかく目的地に向かって進め! ということらしい。
「終着にて待っているのは、攻撃性の高いものではないと聞いていたのだが」
淡い微笑みを浮かべながら顕人が尋ねるなら。沙汰は語る。氷の妖精コンルと、彼の世の鳥であるオラウンクルカムイの物語。
「氷の妖精コンルはある時、晩秋に尽きた命を運ぶため冥府へと戻る間際のヨタカの姿をしたオラウンクルカムイから美しい花の話を聞き、花というものを見たいと望んだ。彼女は極寒の化身でもあるからね。針葉樹の緑や、動物の息遣い、美しい空の蒼も、雄大な海の素晴らしさも知っていても、花が咲く頃にはもう、極寒の化身の彼女の役割は終わっているから……。優しいオラウンクルカムイは、いつか必ずコンルに花を見せてあげると約束して旅立ったんだけど――見たこともない様な色をした花を手に飛んでくるのを毎晩毎晩まっていたのに、いつまでもいつまでも彼は来ない。そしてね」
「限界まで待ち続けた氷の妖精は、春近づく頃の朝の暖かな日差しに溶けてしまうのだな……」
顕人は目を伏せる。
「たしか、オラウンクルカムイであるヨタカは、渡り鳥だったな……」
本来は冬の北国にはいない鳥だったかと呟く顕人に、静かに沙汰は頷いて。
「これは俺の予想だけど、昔の人はヨタカが夜に行動する姿や、渡る姿を、冥府に結び付けたのだろうね」
「では物語の中では、ヨタカは、オラウンクルカムイは。コンルが消える前に戻る事はないのだね?」
頷き。けどね、と沙汰は言う。物語の終わりを変える事ができるのは灼滅者の特権だと。
そのままの終わりでは、時遅く氷の化身が春の温もりに消える噺。ならば、もし、美しい花を見る事が出来たとしたら、その結末はどうなるのだろうか――。
沙汰が無言で差し出したのは、極寒世界の中でもその花の美しさを保てるための工夫の品。プリザーブドフラワーや生花を丁寧に梱包したものだ。
――終りはどうなるか、わからない。それでも行ってくれるかい?
その問い。その希望。もしも誰かが受け取れば、この物語は新しい始まりを綴りだすのだ。
参加者 | |
---|---|
羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) |
一・葉(デッドロック・d02409) |
夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) |
シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804) |
白石・翌檜(持たざる者・d18573) |
灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765) |
フリル・インレアン(中学生人狼・d32564) |
吉津屋・顕人(春宵雪華・d33440) |
●いざ、地の星屑へ
不意に通り過ぎた風。雪は綿毛の様に容易く空を舞い――その燃える様な赤毛の、刹那の熱ですら溶けてしまう程儚く。
「冥府の神サマか……」
もう何処へ消えたのかも分からぬ雫の欠片を悼むように。夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)はしばし仄蒼く闇に浮かぶ雪原へと視線を落す。
花なんて縁もないが、ただただ気になったのだ。ほっとけなかった、というべきか。
シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)は風に乱れた髪の毛を軽く戻しながら顔を上げた。其処には柔らかな雪がふわりと乗った傾斜が、目の前に広がっていた。
擂鉢の中を覗く様に灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)は灯を掲げる。遥か先は宵色に溶けてしまって見えない。けれどまばらに散った氷の粒がきらきらと輝いていて。
「みてくださいませ吉津屋様。まるで星空のようですね」
異界であると知っているからこその高揚と、しかし未知でもあるときめき。ばさぁとやや大げさにマント翻しながら振り返るひみかの顔も、星のようにきらきら。
「ここを滑るというなら、まるで空を下るかのようだな」
吉津屋・顕人(春宵雪華・d33440)は天を仰ぎ見たあと呟いて。
下ると同じく、物語は流れるままに。しかし七不思議使いであるからこそ知る――伝承というものは、そもそも長き時を経る間に、人の願望が混じるものであると。収集する噺の系譜を紐解けば、源流は一つであったなどざらだから。
●スタートライン
「おい猫、頭に乗るんじゃねー。吹っ飛んでも回収しねーぞ」
フテブテシイ面構えで頭に乗っかっている猫を治胡は睨みつけ引き剥がすと、膝の上に無理矢理固定。
「シャー!」
「不機嫌そーに唸っても無駄だって。まずはコンルんとこ辿り着くこ……イダダダ!?」
爪立て唸る猫といがみ合っていたものの、無理矢理下にされたの最終的に治胡だったってどういう事。すでにウエイト&バランス悪そうな予感しかしない。
「ソリ遊びなんて初めてで、少し胸が躍りますわね」
シルキーはお伽噺に出てきそうな綺麗でファンシーな赤いソリを引く。柔らかなコートやミトンを纏うシルキーさん雪みたい綺麗と想々は眼福しつつ、
「なるべく重心低くしたら、スピード出るげんよ。あと、曲がる時はぐっと体を傾けるの」
普段教わる側の為、想々はちょっと得意気に。
「シルキーさんたちも二人乗りのソリなんですね。あたしもサンタさんみたいな乗る大きなソリにしたのです」
レキちゃん一緒に乗ろーとおいでおいでする羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)。のるのるーとノリノリなレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)、陽桜と一緒に座席にIN!
顕人とひみかの木製のソリも二人乗れるようゆったりとして。灯を吊るせるような造りも趣がある。
「フリル様のソリはとても愛らしいですね」
帽子をひっくりかえしたようなソリの縁に手をかけて顔を出すフリル・インレアン(中学生人狼・d32564)の姿は、まるで主人の帽子から顔を出すも子犬みたいで。
「一度、帽子に乗って冒険とかしてみたかったんです」
まるでお伽噺の主人公の様なメルヘンチックな夢のソリに、フリル自身も自画自賛していたり。
「……えと、葉さんのは……!?」
ハンドル付きなんですねって言う前にどこぞで見たことある何かに、フリルは思わず隠していたはずの狼耳&シッポを露出させつつ衝撃的稲妻を背後に奔らせる。
むに。
「なのっ☆」
むにむに。
「なのっなのっ♪」
「……やだ可愛い」
ほっこりきゅんきゅんな顔の千波耶。
なんということでしょう!
クッションに座ると「なのっ」て音がする様に造られているのですこの座席!
どうよ? かわいいだろ?? ってセリフを太字&装飾てんこもりで、そこはかとなく漂うドヤ顔に添えてしまいたいほどに。揚々と自信作へ搭乗する一・葉(デッドロック・d02409)。
「これあれね? 荒れてバウンドするコースだと鳴きっぱなしになる感じね?」
わくわくの千波耶。
「おー、結構ソリにも個性が出るもんだな」
わりと雰囲気を楽しむ皆さんを見て、せめて木製のにしりゃよかったかなんて呟く治胡のお隣で。
「ま、別にソリなんてなんでもいーんじゃね??」
はー寒みぃなんて言いながら、面倒くさげな口調の白石・翌檜(持たざる者・d18573)。
「不思議空間云々ってだけで、目的は都市伝説の核に向かうだけだっつーし」
しかもソリの用意も操作も全部紫王任せ。所詮は幻みたいなもん結末なんぞ変えたところでただの自己満足でしかない、なんて言い放つけれど。
「けどま、たまにゃそんなのも良いんじゃねえか? 別に報酬目当てでやってる仕事でもなし」
なんだかんだと友人に手伝ってもらい、行きたくても行くことができないエクスブレインの意を汲み、預かった花を持参したあたり世話焼きな部分も垣間見え。
「でも折角だから、ソリは快適なのが良いよね」
適当に見繕ってきたよと、柔和に微笑む紫王。悪ぃなという言葉と共に振り返った翌檜の目に映ったものは。
際立つ橙色。仄かな蜜柑臭。有名産地ロゴが妙にレトロ感を醸し出し、二箱をガムテープで連結させたそれは容易く雪を寄せ付けない――そんな匠の技を披露した紫王の笑顔は何処までも爽やかで何処までも無邪気だった。
「ホントになんでも良くなってるじゃねーか!?」
速やかなツッコミを繰り出す治胡。見れば、翌檜は北海道の氷点下なんて生易しいものじゃない、もっと恐ろしい、全てを凍てつかせる絶対零度の片鱗でも食らった様な顔してた。
――いや、そうだな。お前に任せた俺が悪い。
「不思議空間だから何とかなるっつーんだろ? 分かったよ、やってやるよ」
半ばヤケクソな感じで紫王を乗せたダンボール箱を押しだすと、華麗に飛び乗る翌檜。
ホントダンボールってすごいな(哀愁感が)!
●きらきらスライダー
駆け出し、飛び乗って。
「ふたりで渓谷の風になろうぜ」
なんてカッコイイこと言っているのですが、実はソリで滑るの初めてさんが此処にも一人。ぐんぐん加速してゆく勢いに、葉は新鮮な爽快感を覚えながら。ガンガン行っちゃえとばかりに楽しげに笑う千波耶の顔、ちょっとしたコブのバウンドでは、ナノナノの合唱が雪煙に混じる。
追いかける様に滑走するシルキー達のソリ。ジャンプ台で勢いに任せて飛び出すなら。ソリならではの危さと、浮遊感。
「まるで二人でドライブデートみたいね?」
次は何処まで飛べるかしらと、シルキーは想々と微笑みあって。
跳ねればふわり舞う新雪は、雲の上をかすめるみたいで。ようやく奥に見えてきた氷の渓谷、深い闇と月を弾く蒼の臨むなら。
「本当にこのまま飛んじゃいそうですね」
リアルサンタさんになったかのような絶景に、陽桜とレキは感嘆のため息。
「あのさ、翌檜。お寿司とラーメンならどっちが北海道っぽいかな」
早い早いと無邪気に笑う紫王が、このスピードの中呑気な事を翌檜へ尋ねてくる。
「あ?? 寿司??」
ダンボール故に踏みとどまる場所がないものだから、背中合わせで座っていた翌檜が、くるり振り返ったら。
お出迎えのご挨拶よろしく、大きな氷柱の列がぐらぐらしていたとかなんとか!
「……アレ絶対落ちてくる奴だよね」
「そうだな、何本も何本も……あんなトコに突っ込むなんて自殺行為だろうな……」
翌檜、誰彼を発現させながら紫王に同意。
「……気を抜くと死ぬやつだこれ」
葉、まがお。
「的確に破壊して、隙間突破するっきゃねーな」
治胡は紅蓮の炎をオーラに纏わせ、落ちてくる寸前の巨大氷柱を重力に引かれる前に破戒してゆく。しかし治胡の敵は、目の前の氷柱だけではなかったらしい。
「ってここぞとばかりに、馬ッ鹿! 塞ぐな! 上るな! 見――」
「わー、治胡さんっ?」
「大変です、治胡さんが猫ちゃんを顔面に張り付けたままソリから脱落しちゃいました!?」
レキと陽桜が声を張った時にはもう、見えねー、の言葉のまんま治胡が見えなくなって!
しかも。
「……ふ、ふえええええ、斜面を下っていたらいつの間にか後ろ前になってしまいました。ど、どうしましょう?」
パニックになって軌道修正できそうもないフリルはお助けーと、涙目。
「治胡さんは頼もしいので絶対舞い戻ってくるでしょうけど。フリルちゃん、重心をこっちへずらしてください」
遠くで仲睦まじくサイキックの応酬していると思しき光にそんな台詞を零しつつ。陽桜はソリを寄せながら、知恵を伝授するも。
「ふ、ふ、え、ぇ」
まるでコーヒーカップのように帽子がくるくる。なかなか安定しない。
「氷の壁がみえるわ」
目を凝らすシルキーの緊張感を伴う呟きと共に、ガンナイフを手に。
「ええ、あれは取り除かないといけませんね。支援はお任せください」
ひみかは優雅にマントはためかせながら、ぱらりと護符を広げた。
「……これは勇ましいな……実に頼もしい」
ならば先導は任せてくれたまえと、顕人は手綱をしかと握ったとたん。ソリの上でバランスを崩しそうになるひみかが、あわあわしていて。
(「……いや、代わった方が良くはあるまいか?」)
と、思ったけど口には出さない。大丈夫かいひみか君と、紳士的に手を貸せば。
「お恥ずかしい限りです」
ちょっぴり頬染めながら立ち位置直しつつ。
きりりとした顔でホーミングバレットを撃ち放つシルキー。銀の軌道描いて砕いてゆくは、蒼の墓標。そこへひみかが天へと輝かせる五星結界符。皆の進路守る様に、結界の結び目が氷柱を星屑へと変えて。
「か、かっこいい……」
凛々しいシルキーのお姿に、きゅんきゅんを隠せない想々。生涯大切にしますこの思い出、くらい思っているに違いない。
顕人の白い指先から、そっと赤い牡丹が散りゆくなら。小ぶりの氷の欠片は、成す術もなく天へと還る。その間陽桜のアドバイスでソリの向きを直すことに成功。
こんな具合に、罠はどうとでもなるとはいえ只今の皆様の頭の中、このスピードでどうやって止まるor曲がるんだコレ。
「曲がりたかったら壁や氷柱を思いっきり蹴ると曲がれると思うの。反発で」
つらっとした顔の千波耶のおみ足らしきものが視界の横をかすめたと思ったら、ゴスゥ! って巨大な氷柱に風穴でも開いたんじゃないかって音がして。
ものの見事に渓谷方面へとドリフトしながら進路を修正したのは良いけれど、葉はさっきの緊張感とは違う寒さを背に感じたとか。
「で、ちーちゃん止まる方法は?」
「ん?」
それこそ摩擦で止まるのを待つか華麗にソリから脱落する(敢えてこのスピードで)、そんなアンサー。
●蒼雪
安定したスピードに入って。
夜だというのに。まるで渓谷そのものが月の光を蓄えて仄かに光っているように。淡い輝きに照らされた世界。
「月の光でもダイヤモンドダストって見れるんだね」
条件さえそろえば、満月時にも見れるのだとレキに教えられ。太陽光を受けた黄金の煌めきとは違う、月の銀色を受けて輝く様は、一層儚げだと陽桜は思う。
ひみかは天に地に、光の満たされた世界に魅入る。
「吉津屋様、美しいですね」
「……ああ、美しいな」
繊細な煌めきの中の神秘に触れて。言葉だけでは表せぬ幽玄の綴りを直に見て。
「氷の世界……光が差せば、また美しいのであろう」
二人、しばし景色に見入っていたが、不意にひみかが顕人の名を呼び顔を見あげ。
「思うのです。ここは一面白く凍った世界で、春になればもっと色付く世界があることを知ってしまえば消えてしまうことがつらくなるかもしれない……」
「そうだね、ひみか君。初めて見たものに感動を覚え、悲しみも知るかもしれない……しかし冬があればこそ、春がより輝くものだ」
顕人はそっと瞼を閉じる。
それを知らぬことよりも。それがあるからこその意味を。
●ノンノ
遠く、白み始めた空。
雪原の真ん中ぽつりと一人、氷の少女は南を臨む。フリルが声を掛ければ、白と水色の文様が描かれた民族衣装を翻し、少女は何方様と言葉を漏らした。
まるで氷の様な手足は、近づく春の足音のせいか少し溶けかかっていて――。
「冥府の鳥であるヨタカの使いとしてオレ達は来た」
少し痛ましい姿を見つめながら、治胡はそう言った。そして、嘘をつく事に心が痛んだ。
でも、世の中には優しい嘘がある。例え幻相手でも。
『オラウンクルカムイの?』
コンルは驚き、顔を綻ばせ。その抑えられない好奇心に満ちたその顔へと、
「鮮やかな世界は素敵なものだから。息づく世界には感動を覚えられるから。是非この花をあなたへ」
ひみかは、治胡や葉、翌檜と一緒に。エクスブレインから貰った花をコンルへ。
『……わぁ……わぁ! 朝焼けより赤い色。黄昏より鮮やかな黄色。緑は松より明るい色だ――すごい、これが花の香りなんだ、良い匂い! 素敵!』
「さぁ、これも受け取って、あなたの望んだ彩りを。どうか心行くまま堪能して」
さらにシルキーの持参したカサブランカにも囲まれ、初めて見た花に喜ぶ姿を見ると、陽桜も嬉しくて。用意していた桜のクリスタライズドフラワーをその手へ乗せてあげると、
「これ、あたしの名前と同じ花です。桜という、春に咲く花なのです」
『春に?』
「えと、わたしも春の花を押花にして栞にしてみたんです……カスミソウっていうんですが」
「そう、君の去り際……後ろで、見送っている花達だ」
手作り栞を差し出すフリル。顕人は忍ばせていた梅の枝を取り出して、こちらもそうだよと。
コンルは、それぞれが差しだす花にらしさを感じ、故人を表わす『彩』のようなものだと思いながら、
『わたしを見送ってくれているんだ……』
コンルは嬉しそうに花へと微笑みかけた。
「ここに来る事ができてよかったって思いました。あなたの喜ぶ顔が見れて、ご縁ができて――あなたに会えた事、あたしはとっても嬉しいです」
だから最後に。陽桜は、もう一つ作っておいた桜の髪飾りをそっと差してあげながら、
「桜は、花を咲かせる前に寒さが必要なのだと聞いた事があります。だからこの花が咲けるのはあなたのおかげ」
『わたしの、おかげ……』
枝を手に、花を壊さないように。コンルは晩冬の朝日にその身を焦がしながらも、最後まで花の色を目に焼きつけようと。
「いま一つは、これを」
顕人が差しだすのは、氷の彫刻の薔薇。
「光が差せば、虹色の衣を纏う……この世界と、同じだ。君の周りにある色彩と」
壊さぬよう、繊細な手つきでそれを朝日の輝きを映すよう掲げ。
「この花は、冬に見続ける事も叶えば――手向けだ、持ってゆきたまえ。次の冬には、彩りに包まれるように」
音もなく、地平線から現れる太陽の光。
『有難う、有難う、いのちが終わる瞬間まで、待ってて良かった――』
こうして、コンルは夢にまで見た色彩と一緒に、消えることができたのだ。
●神送り
幾許かの後――南の方角から黒い影。真っ直ぐとここに向かってくる。それがオラウンクルカムイだと気づいたのはすぐの事。
『僕の代わりに花を渡してくれたんだね。有難う』
礼を言い、降り立つオラウンクルカムイも、厳しい冬の世界へと逆に渡ってきたせいか惨めな姿。
(「……思った通りか。アンタはコンルの為、世界廻ってここまで運べる花を探していたんだな」)
そのぼろぼろの翼で、やせ細った体で、冷たい鉤爪が握るのは花の落ちた茎だけで――何であれ「約束」を果たす為にここまで来たのだろうと治胡は悟る。
『酷い約束だよね。僕は自分で花を運べないのを分かっていたのに……でも、コンルが花にあこがれたように。僕も冬にあこがれていたんだ……』
運命の悪戯で巡り合った夏鳥と氷の妖精。本来対極に位置していたからこそ、それは憧れ、恋にも似た――そんな物語。
『もう一つ頼まれてくれないか?』
オラウンクルカムイは、コンルだった氷の欠片を一つ咥えると、イオマンテ――カムイ(神)を見送る儀式のように。どうか君達の力でこの肉体を屠ってくれないか、と。
そうなのだ。冥府の神とはいえ、その身は地上へと降りるため鳥の羽毛を借りたもの。神の世界へ戻るには、その肉を捨てるが定めであると。
「なら俺が送ってやる」
敵意の無いものへの手向けなんていうものは、自分みたいな奴が相応しいと翌檜は思ったから、誰彼に暗黒を纏わせ始める。それに並ぶように、葉も無言で赤銹を取り出し。
『ありがとう――君達がここに花をもってきてくれたから。僕はここまで来ることができた』
此処には在り得ぬはずの花が、夏鳥である神の行き先を示したのだろう。目を閉じ首を差し出す神は、漸く一緒になれる事に安堵にしているかのように見えた。
本来ならば、二人巡り合えぬまま、朽ちゆく終りの物語。
けれど、と葉は思う。物語のほんとうの結末は読み手の心の中。物語の続きも読み手の心の中にあるのなら――。
「コンルもオラウンクルカムイも幸せであればいい」
そう願いながら、仲間達と共に振るう刃。
白み始めていたはずの空は、本来の時間の中に飲まれて消える。
きらきらと冷たい大気に瞬く星に、神の星はあるのだろうか。
「物語の終わりを変える事ができるのは灼滅者の特権、か――」
その言葉に、翌檜は未だ変える事叶わぬ自分と重ね。漆黒の刃の手応えを握りしめながらしばし天を仰いだ。
作者:那珂川未来 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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