ひとみ ひとなり ひととなる

    作者:西東西

    ●闇の生き方
     蛍光色のネオンが明滅する、深夜の裏路地。
     3、4人の若者たちが、雑然とした一本道を、死に物狂いで駆けていく。
     ――シャーン、シャーン。
     後方から迫るのは、手にした刃物を打ち鳴らす、異様なほど長身の男――顕現した『都市伝説』だ。
     得体のしれないものと遭遇した、恐怖からだろう。
     ともに逃げていた少年に突き飛ばされ、ひとりの少女が道に倒れ伏した。
     ほかの若者たちは少女には眼もくれず、我先にと駆けていく。
     ――シャーン、シャーン。
     耳障りな金属音が響き、足音がそばで止まった。
     冬の空気とはあきらかに違う。
     身体の芯から、凍りつくような気配――。
     『都市伝説』がぬうと身体を曲げ、少女に覆いかぶさるようにして、顔を覗きこむ。
     痛みと恐怖で立つこともできず、理不尽な死を覚悟した、その時だった。
     ――視界が、赤く染まって。
     続いて、刃物を打ち鳴らしていた男の身体が、傾く。
     「あっ」と瞬きした後にはもう、男の姿はどこにもない。
    「怪我はない? 立てるかな?」
     凛と、よく通る声に顔をあげる。
     立っていたのは、学生服に、赤い羽織をゆるりと纏った娘だ。
     リボンで結わえた茶の髪が、さらりと肩を流れる。
    「もう大丈夫だと思うけど。僕が、明るいところまで送っていくよ」
     優しさを感じさせる、柔和な微笑に。
     少女は思わず、伸べられた手を、取っていた。

     『都市伝説』に襲われていた少女を、最寄り駅まで送り届けた後。
     闇堕ちした上里・桃――『詔(ミコト)』は夜通し町を徘徊し、人を襲うダークネスや眷属が居ないかを警戒してまわった。
     ひとけのない公園に立ち、昇る太陽に、夜闇がうちはらわれていくのを見守る。
    「このまま。人の生活を守り、『人』として静かに生きていけたら――」

    ●狼の在り方
    「昨年9月の『グラン・ギニョール戦争』で闇堕ちし、消息不明となっていた上里・桃(d30693)の行方がわかった」
     約四カ月ぶりになるか、と一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が言い添え、教室に集まった者たちへ情報を語りはじめる。

    「闇堕ち後、当初はナミダ姫との接触を図るべく行動していたようだが、それが叶わぬうちにナミダ姫が灼滅されてしまった。スサノオ勢力が壊滅した今は、あてどなく各地を徘徊していたようだ」
     闇堕ちした桃は、『詔(ミコト)』と名乗っている。
     性格は、理性的かつ温厚。
     「人になりたい、人とともに静かに暮らしたい」という思想を抱いており、一般人や灼滅者にも友好的で、見下さず、対等に話すことができる。
     妥協もでき、決して、人に危害を加えない。
     それを証明するように、一般人被害の情報はひとつもない。どれも、人を助けた事例ばかりだった。
     まるで、桃の人格がそうさせているかのようにも見えるが。
    「残念ながら、私が予知した限りでは、上里の気配はほとんど感じられなかった……。おそらくスサノオの行動は、上里の行動を通して、人間社会に興味をもったためと考えられる」
     実害がないのだ。
     本来であれば放置、あるいは見過ごしても良いようなダークネスであり、『詔』自身もそれを望んでいる。
     だが、『桃』は武蔵坂学園の生徒だ。
    「居場所が判明した以上。視た情報を皆に伝え、その処断を委ねるのが、エクスブレインたる私の役目だ」
     一夜は唇を引き結び、続いて詳しい状況説明に入った。

     スサノオ『詔』は、ある公園で夜明けを迎える。
     出現地点が判明しているため、それ以降であればいつでも接触が可能だ。
     公園は広大な草地で、木もまばらに生えているだけなので、戦闘となっても支障はない。
     早朝のためひとけもなく、人払いも不要。
     そして、『詔』は逃げも隠れもしない。
     戦う意思もない。
     灼滅者と接触したとて、彼女から戦闘を仕掛けてくることはない。
     あるいは、その決断を受け入れる可能性すらある。
    「しかし。きみたちが上里・桃を連れ帰るというのなら、上里の意識を呼び戻すべく、手を尽くさねばならない」
     救出するためには、一度相手をKOする必要がある。
     桃の意識が戻らなければ、戦闘を経たとしても、ただ『詔』が灼滅されて終わるだろう。

    「スサノオが、きみたちに爪を向けるかはわからないが」
     おそらく扱うなら、『人狼』に似たサイキックだろうと付け加え。
     一夜は、狼の姿で長い時間を生きてきたという少女の資料を見やり、ふと、口の端をもたげる。
    「上里は、『人間とは種族、血筋。人とは在り方、生き方だ』と考えていたそうだ。――まるで。これからの私たちの生き方、在り方を、問うているかのようじゃないか」
     灼滅者はもちろん、超常を知る己にとっても、考えの尽きぬ問い。
     しかし今は、どうか上里と詔に心を傾けてやってほしいと、言い添えて。
    「『ふたり』を。よろしく頼む」
     エクスブレインは深く、頭をさげた。


    参加者
    神坂・鈴音(千天照らすは瑠璃光の魔弾・d01042)
    叢雲・宗嗣(黒い狼・d01779)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)
    オルゴール・オペラ(空繰る指・d27053)
    荒吹・千鳥(舞風・d29636)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)

    ■リプレイ

    ●人身
     早朝。
     太陽が顔をのぞかせたばかりの世界は、まだ、冷気に包まれていて。
     闇堕ちした上里・桃――『詔(ミコト)』が佇む公園へたどりついた灼滅者たちは、白い息を吐きながら、その背へ声をかけた。
    「ごきげんよう。少しお話いいかしら」
    「君達と話をしに来たんだ」
     神坂・鈴音(千天照らすは瑠璃光の魔弾・d01042)と、長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)の呼びかけに、詔が肩越しに振りかえる。
     二十余名の少年少女。
     その多くが武装解除していたことに、ダークネスは安堵したらしい。
     「おはよう。良い朝だね」と微笑む。
    「桃ちゃんの中から、ずっと見てたんかもしれへんけど。はじめまして、でええんかな?」
     荒吹・千鳥(舞風・d29636)の言葉に、オルゴール・オペラ(空繰る指・d27053)が改めて気づいたように、続ける。
    「そうね。貴女にとっては、はじめまして、じゃないのよね」
     わたくし今まで貴女に気づかなかったの、ごめんねと添えた言葉に、詔が、わずかに表情を曇らせて。
    「桃を迎えに来たんだね」
     と、静かに告げる。
    「迎えに来たのは間違いない。でも俺たちは、詔が人として生きたいという気持ちも尊重したいと思ってる」
     東雲・悠(龍魂天志・d10024)の言葉に、叢雲・宗嗣(黒い狼・d01779)も頷く。
    「『人』である事を望む。それは、上里桃も同じだったな。何度もあの子から、それを聞いてきた」
    「お前さんがこの世に表出してから、状況も変わっておりやす。まずは、その辺りの話から聞いちゃくれやせんか」
     撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)の申し出に、詔が頷く。
    「そうだね。僕も知りたいと思っていたんだ」
     ――今、世界でなにが起こっているのか。
     それを共有するところから、ダークネスと灼滅者たちの対話は始まった。

    ●人態
     念のためにと、さかな(dn0116)が人よけのESPを展開して。
     立ち話もなんだからと、公園の芝生に、思い思いに腰を落とす。
    (「静かに暮らしたいと願うその願いは、拙者も、世を忍ぶ身としては、まぁわからんでもないでござる」)
     共感はしつつも、討魔(d29787)がそれとなく退路を阻む位置につく。
     もっとも、当の詔にこの場を去るようなそぶりはない。
     場が整ったのを見計らい、娑婆蔵はまず、事実を伝えた。
     ――ナミダ姫亡き後、スサノオ残党がご当地勢へ合流したこと。
     ――ご当地勢は、ダークネス間の生殖の完成を目指していること。
    「詔はナミダ姫に合流していたとしたら、彼女の勅命に従い灼滅者と敵対したの? 一般人に支配を強いたの?」
     ふいに投げかけられた蔵乃祐(d06549)の問いに、ダークネスは素直に想いを語った。
    「僕は、『灼滅者は人間社会を支配することに違和感を抱いている』こと。『ダークネスが支配することにも忌避感を抱いているんだろう』ってことを、ナミダ姫に伝えたかったんだ」
     行動を共にすることでナミダの性格を知り、共に学びたいと思っていた。
     そのためならば、一個の戦力として扱われることも、灼滅者の情報を提供しても良い、と考えていた。
     ――しかし、ナミダ姫は灼滅された。
    「ここからは、あっしの類推になりやすが。スサノオがまた合身しての再起を目論んでいるなら、在野のスサノオは、是非お前さんをとりこみたいに違いありやせん」
    「他のダークネス組織から狩られたり、無理やりとり込もうと、狙われるような事もあるかもしれない」
    「あなたの想いは、私はとてもうれしいし、心強い。けれど、群れから離れた狼が生きるには、辛い状況なの」
     ――ダークネスであっても、今は単独で行動するには生きにくい。
     娑婆蔵、悠、鈴音たちは、そう、伝えようとしたのだが。
     灼滅者たちの言葉を聞き、詔ははっきりとした声で答えた。
    「心配してくれて、ありがとう。だけど、この四か月間。僕はこうして生き延びてきた。『人』を守り続けてきたんだ」
    「ダークネスの身で、ただ一人で『人』を守り続けてきた事には敬意を表する」
     ふいに、対話を見守っていた宗嗣が、口をひらいた。
    「だが、それに限界があることは、解かっているだろう。ダークネスに狙われた時、其の身は、守るべきものを守れる自信は……ないだろう?」
     「不思議だったんだ」と、兼弘も合点がいったように呟く。
    「『人』として生きていきたいと思った君が、人に交わらなかったことがね」
     ――人の生活を守り、『人』として静かに生きていきたい。
     しかし、ダークネスを狩り続ける限り、他のダークネスからも狙われることになるのは必定。
     だからこそ、詔は『人』になりたいと願いはしても。
     『人の世』に紛れることなく、各地を転々としてきたのではないのだろうか。
    「ただただ、影から人を守り続ける存在。……でもさ、詔。それは英雄とか、神様とか。そういう部類の行いなんだよ。スサノオノミコトのようにね」
     その姿は、君がなりたい存在とはほど遠いだろうと、兼弘が言い添えて。
    「問おう。人間とは、他者と楽しみを分かち合いたがるものだ。キミは、楽しみを分かち合う相手はいるか?」
     海(d03981)の言葉に、詔は唇を引き結び。
     やがてゆっくりと、首を横に振る。
    「いいや。僕はこの四か月間、ずっと、一人だった」
     これまでも、そうだ。
     上里・桃の中からひとの世の在り様を見つめ、興味を抱いてきたとはいえ、桃と対話することはできなかった。
     重い空気を振り払うように、ファム(d26999)が声をあげる。
    「アタシ、知ってるよ。桃ちゃん、人間とブツカッテ、『変わって』、自分だけのオリジナル、いっぱい作ってヒロメテ……。人間とイッショに、『成長』してた!」
     その言葉に、オルゴールも頷き、笑顔を見せる。
    「ミコトは、モモが育てた大切な存在。わたくしは、モモの未来をまだまだ見たいから、そこは譲れないけれど。それ以外は、ミコトにも寄り添いたいの」
     千鳥も頷き、心からの気持ちを伝える。
    「詔の話、聞かせて欲しい。桃ちゃんへの気持ちとか、これからどうしたいとか、なんでも」
     促されるも、詔は言葉を選ぶようにして、言った。
    「僕がどうしたいかは、知っての通りだよ。人の生活を守り、『人』として静かに生きていきたい――」
     そうして、思案するように口をつぐむ。
     一同がダークネスの言葉を待つなか。
     陽光のさす公園に、朝を告げる鳥の声が飛び交う。
     ライドキャリバー 『ヴァグノジャルム』を従え、じっと、詔を見守り続けていたシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)は。
     これまでの対話を鑑み、考えに考えた末、声をあげた。
    「詔さん。思う所は、あると思いますが。自分の考えを大切にして欲しいですの」

    ●人と成る
     それは、この場にいたほかの誰とも違う考えで。
     詔が説得を素直に受け入れるのであれば、胸に秘めたまま、一同の行動に準ずるはずだった。
     けれど。
    「わたしには、詔さんには迷いがあるように見えますの。だからこそ、自身の考えを偽ることなく決断することをお願いしますの」
     驚いたように見やる詔へ、さらに続ける。
    「その上で、詔さんが桃さんの救出を拒むことを選ぶなら。わたしとヴァグノは、彼女を守るために戦うことを宣言させてもらいますの」
     セリフの後半は、この場にいるほかの灼滅者たちへ向けた意思表明。
     ――ダークネスを守るために戦う。
     それをこの場で表明することが、どういうことか、わからないシエナではない。
     実際、集まった者たちの中には険しい表情を浮かべる者も多く、何名かが詔との間に割って入った。
     剣呑とした空気を察し、灼滅者たちを押しのけたのは、他でもないダークネス自身だった。
     狼の耳と尻尾をピンと立て、赤茶の瞳で強く制する。
    「僕は、彼女の話を聞きたい」
     ――詔が桃の救出を拒否するなら。灼滅者たちは、二人と戦闘しなくてはならなくなる。
     もしもの事態を考え、退路を断つべく灼滅者たちが戦闘配置につく。
     少年少女たちに見守られながら、詔はシエナに歩み寄り、問うた。
    「どうして、僕にそう伝えようと思ったの?」
    「当人の意思を無視するなら。それは、ダークネスと変わりはないですの……」
     その言葉に、詔が口の端を軽くもたげた。
    「きみにとって。『人』と『ダークネス』って、どんな存在なのかな?」
     まるで、問答のようなやりとり。
     それでもできる限り誠実に答えようと、自分自身の想いを振り返るように、答えを紡ぐ。
    「わたしにとって。『人』と『ダークネス』は、等しい存在ですの」
     それ故に、一般人であろうと、人を害するのならそれを止めなければならず。
     ダークネスだったとしても、人を害する意思を持たないのであれば、守るべきであると考えている。
    「詔さんも、わたしにとっては守るべき存在。だからこそ、詔さん自身の意思を尊重し、守らなければならないと考えているんですの」
     詔は、受けた言葉を反芻するように、じっと眼を閉ざして。
    「ありがとう」
     そう呟くと、柔らかな笑顔を浮かべ、シエナの手を取った。
    「『人』であると、僕が決めたときから。 僕は『人』なんだ」
     詔は、かつての己のように。
     内から世界を見ているであろう別人格へ向け、言った。
    「僕が、君のダークネスでなかったら。きっと、友達になれたかもしれないのにね――」

    ●詔
     ダークネスの言葉に、灼滅者たちが一斉に戦闘態勢に入った。
    「詔さん。あなたの存在を否定しません。このような形でなければきっと友人になれたでしょう。でも僕は、上里桃さんとも友人なんです」
     アレクセイ(d00365)の言葉に続き、
    「傍にいるだけが、愛情ではないんですよ」
    「桃さんの帰還を、ずぅーっと、ずっと待ち望んでいる人だっているんだ!」
     心(d13160)と不壊流(d36085)が連携し、二人がその場から逃走しないようにと、退路を塞ぐ。
    「救える仲間は必ず連れ戻すって決めてるのよ。例え、見知らぬ総てを見殺しにしてもね」
     耀(d31795)も別方向の退路を塞ぎ、この場から決して逃すまいと武器を構える。
     ――もしも、ここで戦端がひらかれれば、後には退けなくなる。
    「待ってくれ。もう少しだけ、みんなの話を聞いてほしい」
     頭を下げた橘花(d24111)に、千鳥、オルゴールも両手を揃え、深く頭をさげた。
    「対話をしてくれて、おおきにね。すまへんけど、単刀直入にいかせてもらうな? 桃ちゃんを、うちらに返してください」
    「モモは、自分が人だって言えるようになってから3年も経ってないの。モモの人生がたったそれだけなんて受け入れられない。だからお願い、再会はずっともっと後に……」
     並べられる言葉に、詔は哀し気に笑った。
     ――返してほしい。
     ――退いてほしい。
     それは、灼滅者が桃を迎えに現れた時、かけられるであろうと、予想していた言葉だからだ。
    「詔をないがしろにしようとは思わへん。桃ちゃんの中で、桃ちゃんと一緒に、来てくれへんかな?」
    「詔さんも、きっと。桃さんの生き様を見て知る事は大きな成長になると思います。人となるにしても、ダークネスとしても」
    「桃殿が消えてしもうたら、其方が興味を持つきっかけとなった光景が悲しみに包まれる事となる。少しでも其れが嫌じゃと、桃殿が大切じゃと思うてくれるなら、どうか桃殿を返して頂きたい!」
    「サイキックには、戦うだけじゃない別の可能性がある。同じように、ダークネスとも戦うだけじゃない可能性があるはずよ」
    「あっしからも重ねてお願いしやす。上里桃の中から、世を眺める立場に戻っちゃ頂けやせんか」
     くしな(d10889)、カンナ(d24729)、鈴音、そして娑婆蔵の言葉に、詔はうつむき、深く息を吸う。
     今なら、己の人間性を疑い続けてきた桃の気持ちがわかる。
     人らしい在り方を求めてきた、桃の想いがわかる。
    (「人間の社会の中で生き、学ぶ。社会の一員になれればきっと――」)
     そう、すがるように願ったのが、痛いほどよくわかる。
     そして、
    「詔さん」
     シエナとライドキャリバーが、己をかばい立つのを見やりながら、詔は首を振った。
     二人を囲むように、灼滅者たちが取り囲んでいる。
     守りたいと願った人と人とが、今まさに争おうとしている。
     それこそ、詔の望みからは、最もかけはなれた光景で。
    「僕はどこへも行かないよ。戦う必要もない」
     シエナとライドキャリバーにも自分を守る必要がないことを伝え、離れてもらう。
    「詔も上里も本質は同じ様に見えるから、これからも上里の中から見守ってほしい」
    「上里への道を開いてくれないか?」
     歩み寄った悠と兼弘の言葉に、しかし詔は首を振った。
    「桃が戻るかどうかは、僕にもわからないんだ」
     桃と詔は、互いに意思疎通ができない。
     よって詔が、桃へ干渉することはできないというのだ。
     それでも、と詔は言った。
    「僕はまだ、上里桃の眼を通して、人の世界を知りたい。この世界がどうなっていくかを、見届けたい」
     『人』への未練、世界への想いは今もある。
     けれど、己が望んだように過ごすには、さらに学び、力をつける必要があるとわかった。
     『人』と『ダークネス』を等しく見つめ、身を挺してまで心寄せてくれる者がいることもわかった。
     ――今は、それで十分だ。
    「だから、今度は僕の番だよ。彼女が体をはって示してくれたように。僕も、この身をかけて示すよ」
     そうして両手を広げ、灼滅者たちへと向き直る。
    「さあ、僕を斬って」
     ――桃の想いが強ければ、桃が帰り。
     ――詔の想いが強ければ、どちらもかえらぬ人と成る。
     それを承知のうえで、ダークネスは己を斬れと言っているのだ。
     しんと静まり返った、場。
     静寂を破ったのは、「アッセンブル!!」と解除コードを叫んだ兼弘の声だった。
    「大丈夫だ、俺は……俺達はそのために来た!」

    ●スサノオアルマ
     オルゴールが駆け寄り、桃と変わらぬその身を抱きしめる。
    「ミコト。今度から貴女にも『おはよう』っていうの。わたくし、貴女という人を知ってしまったから、モモといる限り貴女の事も思うの」
     そして、己の手首に視線を落とし、微笑む。
    「モモ、聞こえてる? 貴女がくれたこのブレスレットに刻むわ。もっと一緒にいられますようにって」
     オルゴールの歌う子守歌に乗せ、灼滅者たちの声が飛ぶ。
    「上里桃! 忘れたとは言わせないぞ。僕らBB団が過ごした日々を! 君の帰りを待ってる友達がここにいる。君が帰ってこられる場所は、ここにあるんだッ!!」
     理央(d04029)の叫びに、暁(d31739)も負けじと叫んだ。
    「級友として、戦友として、そして一人の友として。拙者は、上里桃に帰ってきて欲しいと願うでござる!」
     雄哉(d31751)も人造灼滅者の身を持つからこそ、同じように思い悩んだことがある。
    「上里先輩、今のままでは……いずれ手詰まりになる。戻ってきて、皆さんと願った道を歩んでください!」
     そして稀星(d30948)は恐る恐る、詔の、もとい桃の手を取った。
     ぼろぼろと涙を零しながら、告げる。
    「オレと学園祭回ったり、雪だるま作ったり、おでん食べたのは上里桃だ。泣いてるときも、笑ってるときも。側にいてくれたのは桃だ。オレが一緒にいたいと思ったのは、詔じゃなくて桃なんだ」
     ――離したくない。
     ――離れたくない。
    「オレのだいすきなひと。どこにもいかないで」
     詔は、黙ってその手を握り返して。
     そうして、見守っていたシエナに稀星の身柄を託した。
     穏やかな子守唄に、賑やかなブブゼラの音。
     空を仰げば、気持ちの良い青が広がっていて。
    「上里、聞いてるか? 君の力が必要だ。詔に世界を見せるために。One more step――限界を超えて、もう一歩進もう!」
     リストバンドを掲げ、鍋形状の断罪輪を手にした兼弘の声に、それぞれが武器を構える。
     悠は、槍を。
     千鳥は、これまでにも友人を取り戻してきたスレッジハンマーを。
     娑婆蔵は、サイキックソードを。
     鈴音は、ダイダロスベルトを操り水瓶のような大砲を形成し。
     宗嗣は、刀身七尺を越える超長尺刀『大神殺し』を構え。
     5人そろって、地を蹴った。
     ――一撃で、すべてを終わらせるために。
    「上里、帰ってこい!」
    「人でも、狼でも、ただ、桃ちゃんと居たい!」
    「そのアルマ、いっぺん撫で斬りにしてやりまさァ!」
    「いつか見せてもらった影業の大砲。そのアレンジ、うけとってね!」
    「斬り捨てる……お前達の『大神』を。――薙げ、大神殺し!!」

    ●遍く照らせ
     灼滅者たちの攻撃を受けた後。
     気がついた時には、音のない真っ白な世界にいて。
     見れば、自分と同じ姿の存在が、眼前に浮かんでいた。
     それが誰であるかは、互いに、一瞬で理解して。
     伸べた両手指の先を、そっと絡める。
     触れた指先から、もうひとりの自分が、白に溶けるように消えていく。
     唇が動くも、言葉は聞こえない。

     目覚めると同時に、指先の感触が、跡形もなく消えていくのがわかった。
     眼前には冬の寒空と、心配そうにのぞき込むたくさんの顔。
     ぽつんと残った寂しさが、涙となって次々と零れ落ちて。
     ふいに。
     あの時聞こえなかった声が、きこえた気がした。

     いつか、一緒に。
     あの光の下へ――。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 16
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