朱を名にもつ血統の姉妹へ

    作者:西東西


     黄昏時。
     ある学校へと続く道を、制服姿の少女が駆けていく。
     淡いブルーの瞳に、青白い肌。
     プラチナブロンドの髪が、ふわり、風になびく様はまるで人形のよう。
    「お急ぎなさい。寄り道をしている時間はなくてよ」
     呼びかける声に、少女の背を追う銀狼たちが、オン!と短く呼応する。
     眷属を引き連れ道を急ぐのには、わけがある。
     この先の学校に、闇堕ちをしたばかりの同胞がいるのだ。

    「きっと今ごろ、ご自分の身になにが起こったかわからずに、驚き、戸惑い、心細く想っていることでしょう」
     路上駐車されていた車の手前で地を蹴り、一足飛びに跳躍。
     舞うように駆け抜け、先を急ぐ。
    「けれど、それは終わりにして始まり。一刻も早く不安からすくいだし、わたくしたちが導いてさしあげなくては」
     だれよりも早く迎えに行き、朱を名にもつ血統の姉妹を迎えよう。
     かつてのように。
     灼滅者たちがやって来る前に――。


    「サイキック・リベレイター投票により、『民間活動』を行うことになった。その関連で、色々と動きが出ている」
     暖房を入れたばかりの教室で、身を縮めながら一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が依頼について語りはじめる。
     リベレイターを使用しなかったことでエクスブレインの予知が行えるようになり、さっそく、ヴァンパイア勢力の動きが視えてきたのだ。
     ヴァンパイアは一般人を闇堕ちさせ、配下とすることで戦力の拡充を図っている。
    「闇堕ち者が事件を起こす前に、回収部隊のヴァンパイアたちが確保して連れ去る――。敵ながらうまくやるものだ。これなら、我々に察知されずに戦力を増やすことができる」
     これを阻止するためには、『闇堕ち一般人の対処』と『ヴァンパイアの迎撃』を同時に遂行しなければならない。
     よって、今回の任務は2チーム連携で行う。
    「『闇堕ち一般人の対処』については、別の教室で未留来(dn0208)が案内をしている。私からは、『ヴァンパイアの迎撃』を願いたい」
     現れるヴァンパイアはかなりの強敵であり、灼滅に失敗した場合、闇堕ち一般人の対処を行っている所へ乱入する危険性が高い。
     よって、たとえ灼滅できなかったとしても。
     敵が退くよう、全力を尽くして戦うことが重要だ。

    「今回現れるヴァンパイアの名は、ノンナ・ユーリエヴィチ・ヴォロフ。通称『ノヌーシャ』。元・朱雀門高校所属の女ヴァンパイアだ」
     五年ほど前から同じ姿で活動しており、実年齢は不詳。
     任務遂行を重視し、勝敗にこだわらず、臨機応変に立ちまわる。
     ヴァンパイアの血統をなによりも重んじ、それゆえに、激変する組織に惑うことなく永らえてきた。
    「ヴァンパイアの護衛には、6体の銀狼がついている」
     集団での狩りを得意とする獣性に、主の命令を聞きわける知恵。
     なによりも『護衛』としての役割をはたすべく、従順につき従う。
    「移動中のヴァンパイアに戦闘をしかける形での迎撃となるため、接触場所は『学校へ続く通学路』となる。厄介なことに、周囲は住宅街で、一般人も行き来する町中だ」
     今回の敵は、かなりの強敵。
     万が一、戦場に一般人が紛れこんだ場合、身の安全を確保するだけの余力はない。
     よって当チームは【民間活動】を行わず、人払いをしたうえで、戦闘に注力して欲しいと一夜は補足する。

    「繰りかえしになるが。万が一にもヴァンパイアを逃すことになれば、その負荷は連携チームに及ぶこととなる。なんとしてでも、きみたちの手で『灼滅』あるいは『撃退』にもちこんでくれ」
     一夜はそう、強く念を押して。
     よろしく頼むと、深く頭をさげた。


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)

    ■リプレイ


     黄昏時。
     ある学校へと続く道を、制服姿の少女が駆けていく。
     淡いブルーの瞳に、青白い肌。
     プラチナブロンドの髪が、ふわり、風になびく様はまるで人形のよう。
    「お急ぎなさい。寄り道をしている時間はなくてよ」
     呼びかける声に、少女の背を追う銀狼たちが、オン!と短く呼応した、その時だった。
     待ち伏せていた風宮・壱(ブザービーター・d00909)のはなつ破邪の白光が、先頭を駆けていた狼を襲う。
     続けて、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)の死の魔法が、4体の狼を次々と凍りつかせて。
     最も傷の深い眷属めがけ、高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)も契約の指輪を掲げて魔法弾で追い撃ちをかける。
     彼らが何者かなど、制服姿の少女――ヴァンパイア・ノヌーシャにはわかっていた。
    「お往きなさい」
     襲撃を前に女はなおも眷属たちに命じたが、それ以上の前進は、オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)が許さない。
     四肢にまとった紅い闘気を雷と化し、爆ぜんばかりの殺気と雷とを、狼に叩きこむ。
     奇襲と連撃を受け灰塵と化した狼を蹴散らし、素早くヴァンパイアに向き直る。
    「逃げられると思うな」
     ノヌーシャが口角を上げて微笑むと、辺りを霧が覆い尽くした。
     狼たちが遠吠えを重ね、次々と灼滅者たちへと襲いかかる。
     己の身長ほどもあろうかという巨狼に、壱が体当たりするようにぶつかって。
     あらゆる獲物を喰いちぎってきたであろうあぎとが、防具ごと皮膚を引き裂いていくのがわかった。
    「ッ!」
     ウイングキャット『きなこ』がリングを光らせるも、体液に混ざった毒が、じわじわと体をむしばんでいく。
     ノヌーシャは民家の塀に飛び移り、さっと周囲を見渡した。
     先ほどまでいくらか見えていた人影が、影も形もなくなっている。
     背に気配を感じ振り向けば、人払いをした張本人か、佇む神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)と目があった。
     そば立つ諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)が唱えているのは、十二支の猫の百物語らしい。
    「前後からの挟撃。やはり、予測の上でいらっしゃったのですのね」
     蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734)の雷をまとったアッパーカットを受け、眷属が殴り飛ばされる。
     ――目的地の学校までは、駆ければわずかの距離。
     しかし、眷属を置いて離脱しようとしたノヌーシャの動きを、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は見逃さなかった。
    「てめーをぶっ飛ばしに来た!」
     牽制すべくダイダロスベルトを四方に射出し、かばいに入った眷属ごと睨みつける。
    「だから絶対、逃がさねー! そんだけだ!」
     女は、自立帯に刺し貫かれ、眼前で灰塵と化した狼を一瞥し、
    「存じておりましてよ」
     声がしたかと思えば、別の狼2体を康也へとけしかける。
    「ぅあ!」
     腕と腹とを噛み裂かれ、伊織が流星の如き矢をはなち、即座に傷をふさぐ。
    「ルイスさえも手に掛けた貴方がた、ですから」
     今はなき、朱雀門高校の制服。
     その背に漆黒の両翼を広げ、アイスブルーの眼を持つヴァンパイアは、言った。
    「わたくしも。全力でまいります」


     ――眼前に目的地があるのなら、喰らいついたまま、引きずっていけばいい。
     主の命に応えるべく、狼たちは群れ成して灼滅者たちに襲いかかる。
     集中攻撃を警戒した灼滅者たちは、攻防の合間もめまぐるしく戦場を駆けめぐった。
     迫りくる狼を、紅色リボンで斬り裂いて。
     柚羽は眷属の1体が灰塵と帰すのを見送り、残る敵の立ち位置を見極めるべく動きを観察する。
    「壁4枚とは、ずいぶん慎重を期したものですね」
     眷属は、全部で6体。
     内2体は灼滅したが、残る2体が壁となり、攻撃を阻んでいる。
     加えて、敵すべてが列回復を持つ手厚い支援体制。
     灼滅者たちも果敢に攻撃を仕掛けたが、与えた傷は見る間に癒され、重傷を負わせるには至らない。
    「俺の血に触れると、熱いだけじゃ済まないよ!」
     傷を負った腕で空を薙ぎ、壱の操る影が眷属を引き裂く。
     壁役の狼は踏みとどまり、すぐに別の狼の回復を受けて立ちふさがった。
     傍らに浮遊するきなこは、序盤から狼たちの集中攻撃を受けていた。
     いつもはふっくらとした毛並みが、今は毒や血で汚れている。
     ――長くは耐えられない。
     唇を噛みしめる壱の身も、幾度か攻撃をかばい受け、すでに全身傷だらけだ。
    「爵位級を滅ぼそうと謀ったルイス・フロイスは、灼滅者が世界を支配し、全てのダークネスが滅ぼされる未来を阻止しようとして殉死した。聡い貴女が、彼の理想を知らなかったはずがない……!」
     蔵乃祐のはなった鞭剣がノヌーシャめがけうねるも、盾となった狼の肉を裂くに留まって。
     ヴァンパイアは頭上髙くロッドを掲げ、周囲に竜巻を生成。
     舞い上がる突風で民家の屋根瓦や街路樹の枝を巻きあげながら、囲む灼滅者たちの身をズタズタに引き裂いていく。
     すでに、幾度かの魔霧を受けたヴァンパイアの一撃は、重く。
     竜巻や狼の追い撃ちを受け、限界を越えたサーヴァントの姿が消滅していく。
    「列、重ねます!」
    「おおきに!」
     妃那が声をあげ、伊織が標識を掲げながら、短く呼応する。
     8人が傷を負いながらも地に足を踏みしめ、攻勢に専念できるのは、きなこや妃那、伊織の回復が行き届いていたからに他ならない。
    (「これ以上欠けたら、バランスが崩れてまう」)
     3種のヒールサイキックを使い分けることで仲間の背を支えている今、伊織の判断ひとつで、仲間が潰れる可能性もあって。
     ――次なる標的は、壱か、康也か。
     群れを成し喰らいつく狼を殴り飛ばし、返り血を浴びながらも、康也は吠えた。
    「全員キッチリ守りきる! そんで、てめーはぶっ飛ばす!!」
     半獣化させた銀爪で、力任せに敵を引き裂いて。
     壱は仲間たちの披露具合をざっと確認し、瞬時に思考を切り替える。
    「回復撃つよ!」
     攻撃の手が減るのは、口惜しい。
     しかし、ここで戦列が瓦解すれば、ダークネスの逃走を許しかねない。
     壱が康也へラビリンスアーマーを施す一方、攻撃サイキックのみで挑む薊は、持てる力の限りで敵と対峙する。
    「ヴァンパイア。私の宿敵でもありますし、今回は必ず倒しておきたい所ですわ……!」
     鍛えぬかれた超硬度の拳を叩きつけ、ようやく3体目の壁が灰塵と化して。
     眷属たちを翻弄すべく駆けまわっていたオリヴィアは、シスター服のすそをひるがえし、狼の突進を紙一重でかわす。
    「私たちの眼を掻い潜って、こそこそ生き延びてきたようだが――」
     『ブラックコフィン』の名をもつ機関銃を携え、狙い定め、引き金を引く。
    「それも終わりだ!」
     爆炎の弾丸が一体の狼をとらえ、叩きつける雨のごとく弾丸が撃ちこまれていく。
    (「身と魂のとりあい。それが、私が私たるために必要なもの」)
     妖の槍で空を薙ぎ、柚羽は、胸中で唱えていた。
     ――いきることは、たたかうこと。
     英雄になりたくて戦うのではない。
     自分のために戦うのだ。
     壁役の狼が冷気のつららに身を穿たれるも、ノヌーシャの傍らに控えていた別の一体が遠吠えをあげ、戒めをはらった。
     すぐに、アイスブルーの瞳が康也をとらえて。
    「お眠りなさい」
     声が響いた瞬間、世界が、真っ赤に染まった。
     浮かぶ真紅の逆十字。
     戒めと称するにふさわしい圧力が、人狼の肉体と精神を引き裂く。
    「ぐぁあああああ……あああ!!!」
     眼を見開き、地面に倒れ落ちた康也の首めがけ、狼があぎとを開き、迫る。
     だが壱は、誰よりもはやく地を蹴っていた。
    「さ、せるか!」
     康也を守るべくあえて体当たりで突き飛ばし、手にした軍刀サーベルを銀の毛皮に突きたてる。
    「諫早センパイ!」
    「任しや!」
     応えた時には、既に帯が康也の身を包んでいる。
     死の魔法で前衛の狼たちを牽制しながら、蔵乃祐はなおも問いかけ続けた。
    「爵位級に失望して、組織から離脱した者も居る。にも関わらず、今、貴女は爵位級側につく。一体何故?」
    「――何故?」
     その言葉に、ヴァンパイアの眼が蔵乃祐を射抜いた。
     くつくつと喉を鳴らし、こみ上げる笑いを押さえきれないというように、声をあげる。
    「伺いたいのは、わたくしの方です」
     切れ長の眼を細め、ノヌーシャは言った。
    「爵位級につくことを、何故と問うならば。貴方がたは何故、ルイスの理想を良しとせず、灼滅したのですか?」


     語る主をよそに、眷属たちはなおも灼滅者たちへ攻撃を続ける。
     薊は女を視界の端に入れながら、向かいくる狼へオーラをはなった。
    「赤き逆十字よ、敵に刻み込み、精神から破壊せよ!」
    「これで、4体目だ!!」
     オリヴィアが雷をまとった蹴りを叩きこめば、さらに一体の眷属が姿を消して。
     残る眷属は、後衛の2体。
     そして、ノヌーシャ。
     ヴァンパイアはトンと地を蹴り、手にしたロッドを振りかぶる。
     攻撃線上へ割って入ったのは、壱だ。
     打ちすえ、流しこまれた魔力が体内で爆ぜ、飛散する血にまみれ地に伏せる。
    「いいかげん、倒れとけよ!」
     反撃は狼に阻まれたが、康也はダークネスを睨みつけながら、レイザースラストをはなち牽制。
     妃那が天使を思わせる歌声で壱を癒して。
    「ノヌーシャ、最後に確認されたのは5年前ですか。当時と今の私達の実力は、天と地の差と言えますから。今の私達なら、こうして予知で見つけられさえすれば灼滅させられます」
     挑発のつもりで声をあげたのだが、当のヴァンパイアは「おそらく、その通りでしょう」とあっさり同意する。
     柚羽は武器をマテリアルロッドに持ち替え、雷を撃ちはなった。
     残る狼は、状況にあわせて回復はしても、それに徹することはない。
     どちらかといえば。
     ――灼滅者たちを、より的確に狙い撃つ。
    「2体はおそらく、スナイパーです」
     先ほどまで相対していた壁役に比べれば、与しやすいもの。
     同じくそうと察したオリヴィアも、雷をまとった一撃を見舞って。
     間合いに飛び込んだ康也が、銀爪を一閃。
    「5体目ッ!!!」
     その瞬間、ノヌーシャがあらぬ方向を振り返った。
     ――向こうは、学校のある方角。
     飛びだそうとする背中へ、蔵乃祐が手を伸べる。
    「行かせません……!」
     攻撃を捨ててでも止めようと、体当たりを仕掛ける。
    「ッ!」
     プラチナブロンドの髪が、ふわり舞い。
     共倒れになり、魔法使いの首にロッドを押しつけたヴァンパイアへ、
    「血統なんか無くても! 信じて背中を任せられるのが、人間の強さなんだ!」
     横合いから迫った壱が軍刀で斬りかかり、白磁の肌に鮮血が散る。
    「戦闘中によそ見とは、随分な余裕ですわね」
     ヴァンパイアへ追い撃ちをかけるべく、薊も力強く地面を蹴った。
    「さぁ、この流星の如き飛び蹴りを、その身に受けなさい」
     ノヌーシャはロッドで受け身をとろうとしたが、そのまま、受け止めきれずに地面を転がって。
     残る狼が主のもとへ駆けつけようと唸るが、柚羽のリボンが縦横無尽に空を駆け、八つ裂きにする。
    「生き残る方法は、逃げるか戦うかのどちらか。時には逃げて、立て直すことも必要と理解してますが。最終的には、戦う事になるんですよね」
     その言葉が、柚羽自身をさしているのか。
     追い詰められている己をさしているのかは、ノヌーシャにはわからなかったが。
     眼前で灰燼と化した、最後の眷属を見送って。
     ヴァンパイアは再びくつくつと笑うと、折れたロッドを地に打ちつけ、竜巻を巻き起こす。
     最後の悪あがきだと、ノヌーシャ自身もわかっている。
     それでも、生まれ堕ちたばかりの妹の気配さえも喪った、今となっては――。
    「もう少しです!」
    「みんな気張りや!」
     長期の戦闘で、疲労こそ蓄積してはいたものの。
     余すことなく届けられる妃那、伊織の癒しが、灼滅者たちの身をここまで支えてきた。
     体は限界。
     だが、8人はまだ戦う余力を残している。
     退路を阻む位置には、柚羽が立ち。
    「たたかわないのですか」
     それは、いきることを諦めたのかと、問うのと同義で。
    「フフ、フフフフフ」
     全身から血を流し笑うノヌーシャが、ふいに、眼を見開いた。
     中空に血紅色のオーラが浮かぶかと思われた、その瞬間。
    「終わりだと、言ったはずだ」
     紅い稲妻をまとったオリヴィアの蹴りが、ヴァンパイアの身体をアスファルトの地面に叩きつける。
     ボロボロになった両翼で立ち上がろうとするも。
     心身ともに限界を迎えていた身体は、ぴくりとも、動かなかった。


     地に墜ちたコウモリのごとく這いつくばるその様に、出会った時の面影は、どこにもない。
     乱れた髪に、血濡れた身体。
     指先はどす黒く変色し、両翼や指の先から、ゆっくりと消滅していく。
     もはや追撃は不要と、蔵乃祐が仲間たちを手で制して。
    「朱雀門高校が落伍者の受け皿だったのだとしたら。貴女がルイスに協力した理由は、何だったんですか」
     過去に、闇堕ちを経験した時。
     ソロモンの悪魔であった闇人格は、ルイス・フロイスの理想に共感していたように思う。
     ――吸血鬼は、愛する者への絆と血縁を拠り所にする勢力。
     ――故に、支配者の爵位級が弱者を虐げる体制の歪みは、深刻だった。
     もしも、ノヌーシャが爵位級に肩入れする、なんらかの理由があるとするのなら――。
    「貴方がたは、どうしてそこまで……ご自分たちのことを、過小評価できるのでしょう」
     死を間際にしたヴァンパイアは、不思議と穏やかな微笑を浮かべた。
    「わたくしにとって、もっとも理解し難く、恐ろしいのは。爵位をお持ちの方々ではありません。『貴方がた』なのです」
     ノヌーシャは、それほど熱心にルイスの理想を支持していたわけではなかった。
     ただ、血族とともにと暮らしていけるのなら、それで良かった。
     それだけで良かったのだ。
     霞んでいく瞳に夕空を映しながら、胸中で呟く。
    (「ごらんなさい、ルイス」)
     『理想』を夢見たダークネスが命を賭した世界は、いまなお、破滅へと進みゆくまま。
     『現実』はいまだ、底なき絶望に満ち満ちている。
    「ようやく、妹を迎えられると、思っておりましたのに、ね――」
     吹き寄せた風に、女ヴァンパイアの亡骸が一斉に霧散して。
     後にはなにひとつ、遺らなかった。
    「ダークネス、灼滅完了ですわ」
    「これで、民間活動組の皆さんも安全です」
     薊、妃那の言葉に、そや。向こうも今ごろ、一仕事終えてはるやろかと伊織が頷いて。
    「ひとまずは。みんなの傷を、しっかり癒そか」
     最も傷の深い壱と康也の肩を叩き、労う。

     その後、蔵乃祐は学校を見に行くと、単身離脱。
     柚羽は通学路に佇んだままのオリヴィアにならい、空を仰いだ。
     夜の帳を見つめる、金の瞳。
     そこには、茜と藍に染まった空が、映りこんでいて。
    「ダークネスを狩るには。いい、夜ですね」
     冷たい風に、背を押され。
     一行はそろって、その場を後にした――。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年2月23日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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