バベルの綻び～現出

■リプレイ

●残滓
　陽の暮れかかった草原で、一体目の雪だるまが音も無く崩れ去った。
「四月に降る雪は解けるだけよ、都市伝説。なんて。実際には凍らせるのだけど――」
　続けて、氷には氷をと、アリス・バークリー（ホワイトウィッシュ・d00814）が凍てつくような眼差しで敵の中衛を睨めば、二体の雪だるまはたちまち固まり、何の力も持たない単なる氷塊へと成り果てる。
「どうでもいいけど、ただの雪だるまにどんな都市伝説が付随していたのかしら？」
「春になっても消えとう無いっていう、冬のあがき。そんな残滓をタタリガミ達は残党に仕立て上げたってところやろか」
　雪だるまたちが都市伝説としての形を得たあらましを考察しつつ、荒吹・千鳥（詠風・d29636）は身に付けたアンクレットを白銀の大蛇の如き形へと解く。放たれた大蛇は氷塊を薙ぎ払って加速すると敵前衛に食らいつき、斬り荒ぶ。
　千鳥によって胴と頭部が分れた四体目の雪だるまを視界に納めながら、アリスは嘆息した。
　この前の敗戦を補填であろうとは言え、実力的も歯ごたえが無いし、それに、学生時代最後の相手も、社会人になって初の相手も都市伝説では、今ひとつ締まりがない。ただ、鎖があるだけ幾分ましと言えるだろうか。
「だが、放置するわけにもいかないだろう。そして退く気が無いのなら、除くしかない」
　神崎・摩耶（断崖の白百合・d05262）が大きな翼と見紛うほどにダイダロスベルトを拡散して前衛をくくり、五体目。
　帯に耐えたもう片方の雪だるまはふぶきを呼び、冷気を含む白の嵐が後衛を覆い隠す。が、摩耶は寸前レイ・アステネス（大学生シャドウハンター・d03162）の盾となり、彼に伸びる氷の魔手を全て押し留めた。
「すまないな、神崎。だが、『鎖』の事もある。あまり、無理はしなくても良い」
「何。これ位、まだまだ序の口さ」
「成程。だったら……！」
　摩耶の言葉通り、彼女の傷が浅い事を確認したレイは、敵前衛、六体目の雪だるまに狙いを定め、クロスグレイブを叩きつける。
　雪原に十字架が刻まれ、それが中衛、前衛の消失した証となると、残された後衛達は勢いづいて、木の枝で出来た腕部を最大稼働させ、どう動かしたか弾幕さながらの勢いで石入りの雪玉を放り投げる。
　雪玉が命中した淳・周（赤き暴風・d05550）の額を伝うのは、一筋の血。薄皮一枚切れた程度で、そこまでのダメージは無い。が、投げつけられたのが雪玉なら、意思を籠めて投げつけ返してやるのが礼儀と言うものだろう。
「ちょっと遅い雪だろうがアタシ等を止めることはできねえぞ！」
　周は勢い足下の残雪を蹴りあげると掴んで丸め、投擲する。豪速球は雪だるまの帽子（バケツ）に当たって弾き飛ばし、それが標的の印となった。元より紅きバトルオーラ・皐月に炎が燈り、さらに赤々と燃え盛る。雪だるまにその熱量を受け止める術はなく、周の拳を受けた七体目は蒸気となって夕焼けに消えゆく。
　残りは三。そのうち一体の雪だるまはずんぐりむっくりの体で無理矢理飛び跳ね、柳瀬・高明（スパロウホーク・d04232）のライドキャリバー・ガゼルに体当たる。
　雪だるまは偶然、ガゼルに跨る形で着地した。手作り感がこれ見よがしに伝わる絶妙な表情も相まって、状況が状況ならひどく写真映えしそうな光景。ではあるが。
「悪いな。ここで足踏みしている暇はないんだ」
　高明が死角に這わせたダイダロスベルトで雪だるまを強引に押し出すと、身軽になったガゼルが七体目を轢断し、残りは二。
「後が控えているんだ。時節通り、溶けてもらうとしよう」
　紫乃崎・謡（紫鬼・d02208）の影が、陽に逆らって雪交じりの草原を疾る。
「無論。余所見の隙など与えぬよ」
　見る限り、敵にはこちらの目を盗んで『力の横取り』を目論むだけの実力も頭も無いらしい。杞憂ではあったが、さりとてそれが手を抜く理由にはなり得ない。
　二次元の住人だった影がむくりと三次元を侵食し、現れるのはさても奇矯な三日月影法師。
　影が大口を開けて九体目を飲み込めば、雪だるまは遂にたった一人きり。
　おろおろと右往左往する雪だるまに幾許かの愛嬌を感じないことも無いが、比良坂・柩（がしゃどくろ・d27049）の興味はこの雪塊の背後にある。
　智慧を欲する水晶片が輝いて、一つの躊躇も無く最後の雪だるまを残穫すると、邪魔するものはもう居ない。
「――さあ、て」
　そうして柩達は、正体不明の『鎖』と対峙する。

●正邪
　その威容は果たして大蛇か、それとも大樹か。蠢く鎖は綻んだ地点に根を降ろし、こちらの存在など意にも介さず、ただ黙々とソウルボードを修復している。
「ソウルボードに鎖、なぁ。如何にもっちゅうかなんちゅうか、バベルの鎖て比喩やない名前やったんやねぇ……」
　天まで伸びる鎖を見上げ、千鳥がほう、と、息を吐く。
　実際の所、これが『バベルの鎖』なのかどうか、現状では判然としないが、灼滅者がこれまで知り得た情報の中で、明確に『鎖』の名を冠するものは、それくらいしかないのも事実。今更、新種の何かが現れた、とは考え難い。
「都市伝説達は零れ出たソウルボードの力を霞め取ろうとしていた。なら、その力を私達が手に入れる方法もあるのだろうか？」
　もしかすると有るのかもしれない。だがやはり、何時消えるとも知れない鎖だ。検証するだけの時間はないだろうともレイは思った。鎖に触れ、ある程度乱暴に叩いてみるが、何も起こらない。どうやら、サイキックで攻撃しない限りはこちらを邪険にしないらしい。簡易な休憩なら問題なく取れるだろう。
　鎖はどこから出現しているのか、よくよく根本を調べてみても、ソウルボードから生えている、としか形容できない。とすれば、やはり鎖はソウルボードの自己修復機能である、と言う結論に至るが――。
「……いいや。違う。これは、『相反』しあっている……のか……！？」
　摩耶もこうして実物を見るまでは、傷付いた心の、自己防衛の姿がこそが鎖なのであろうと考えていたが……妙だ。
　鎖はソウルボードを修復しようとしているが、ソウルボードは鎖から逃れたがっているように感じる。
　摩耶の、灼滅者の直感が確かなら、ソウルボードと鎖の向かおうとしている『方向』はまるきりちぐはぐで、この二つを一緒くたにして自己修復機能、と見ることはとても出来そうにない。
　修復。中立。破壊。灼滅者であるならば、恐らくどのスタンスであるにしろ、鎖が悪意めいたものを孕んでいると感じるだろう。
「……案外鎖ってだけじゃなく錨とか楔みたいなものなのかもな。その形に繋ぎ止めるとか……うまく言えねえが」
　ぽつりと漏らした周の呟きに、灼滅者達は息を呑む。
　縛りつけている。繋ぎ止めている。その言葉が嫌に……しっくり来た。
「流れ出してるとは言うがどこに、だろうな？　ソウルボードは馬鹿みたいに広いし、別の場所？　あとは地上か」
　接触テレパスを使い、周は内と外から鎖に呼び掛ける。だが、鎖が応えを返す様子はない。
「修復能力が本来的にソウルボードの持つ性質じゃないのなら、タタリガミ達が言うように、鎖は誰かが何らかの意図を持って生み出したもの、なのかな？」
　柩は思考を巡らせる。
　ソウルボードの綻びを修復する、その機能を疑う余地は無いが、これを敷設した者が仮に居たとして、善意を持ってこんな仕掛けを造ったのかは疑わしい。
　その後も調査を続けるが、確実に知れたのは鎖が何かしらの悪意を持っているという、その一点のみ。タカトや蒼の王に関連した情報も、繋がっているのかどうかすら解らない。
「代償（リスク）無く知れる情報はその程度、か。なら、調査は終わりだね……鎖、壊してしまおう」
　柩の言葉に、謡は頷く。
「まさに現状は鬼が出るか蛇が出るか。分水嶺なのだろう。ならば、支配された世界の維持より、此方を選ぶも一興、とね」
「酔狂だね」
「互いに、ね」
　そう言って、柩と謡は、軽く笑みを交わし合う。
　鎖の破壊。その選択に皆異論は無く。
「綻びが俺達の行った事によるものなら、この選択でどうなるか見届ける責任があるんだろうな。取り返しが付かない何かであっても、その選択が正しかったとこの先で証明しなきゃならない」
　出来るだろうか、と、高明の胸中を不安が過る。けれども、そんな高明に発破をかけるように、ガゼルが大きくエンジンを鳴らした。
　これより先、どんな悪路が待ち受けていようとも、相棒はきっと最後まで付き合ってくれるだろう。
　今更、後ろは振り返るまい。高明は意を決し、カイザーロッドを握りしめる。
「この向こうに真理があるのなら、その一端、垣間見せてもらいましょう」
　先手を譲ってくれるのであれば遠慮なく。万全の状態で、先ずは全力の一撃を。
　アリスが携える剣に白夜の如き光が奔り、溢れた光は刃となって鎖を撃つ。
　白夜光を受けた鎖はひときわ大きく鳴動すると、明確な敵意をもってこちらへ襲い掛かってくる。
　灼滅者達は、未知の領域へ足を踏み入れようとしていた。

●破壊
　巨大な鎖は残雪に大きな蛇腹の痕を描くと、まるでそれが本能であるかのように此方へ『絡みつき』『束縛する』。
「破壊してもすぐ何かある訳ではないと思うが、さて、壊すと何が起こる……？」
　雪だるま達ではないが、と、レイは地に刺さったクロスグレイブを起こし、鎖へと銃口を向けた。
　聖歌と共に放たれた砲弾が鎖をくまなく凍結させると、摩耶はすかさず縛霊手を繰り結界を編む。
　闇堕ちも含め、一人の戦闘不能者を出すことなく撃破する。
　もはや此処は、シャドウでさえ存在できない空間だ。灼滅者と雖も意識を失えばどうなるか、わかったものじゃない。
「お前が善であれ、悪であれ……私の心は決まっていた。真実を、この手に掴む」
　社会人として、ジャーナリストとして、始めた邂逅したソレは、目の覚めるような、あるいは頭を抱え込んでしまうな、想定以上の難物だ。それでも歩を止める訳には行かない。
　摩耶が掌を閉じた。結界は収束し、鎖の機能を麻痺させる。
「壊したらどうなるかはなんとなく想像つくけども、それが善し悪しかはやってみぃひんことにはなぁ」
　千鳥がそならよろしくと巨大なぬいぐるみ・くま太郎の頭をぽんと叩くと、くま太郎は自立起動し、精密な機動で鎖を追い立てる。
「けれども、一度壊すと決めたからには、えげつなくいかせてもらいます。堪忍な？」
　くま太郎の攻撃で震える鎖を、千鳥はだめ押しで蹴り飛ばす。
　大きく仰け反った鎖もそれで終わらずと帯電し、後衛目掛け、轟音と共に無数の雷撃を落とした。
　周は逡巡一つなく雷雨に飛び込んで、間一髪、高明を庇う。
「ともかく、今はやれる事をするしかねえからな！」
　ジグザグに裂けた傷は気合で堪え、頬を叩いて揺れる視界を補正すると、前衛にエネルギーシールドを展開し、守備を固める。
　高明は高密度のシールドを飛び越えると同時カイザーロッドを振り被り、着地点に構える鎖へ思い切り叩き当てた。
「どんな影響を及ぼすか、ソウルボードの変化を見極めなきゃ、な。今は、この選択が正しいんだと信じたいもんだぜ」
　高明がロッドを通じてありったけの魔力を鎖へ流し終えたと同時、ガゼルもまた鎖に突撃し、高明は迷いなくガゼルのハンドルを掴む。
　直後巻き起こった爆発から大過なく離脱する主従の姿を確認したアリスは、鎖を銀色の影業・汎魔殿の領域に捉える。
「『鎖』を壊してソウルボードを開放すれば……世界は一変する」
　鎖の性質を読む限り、アリスの想定とは異なる未来が来るのかもしれない。そうだとしても、ただ、子が健やかにできる世界であればいいと思う。
　汎魔殿より無数の腕が伸び、がしりと鎖を掴むと影は捕食を開始する。
　鎖は悪夢のようなそれを振り払い、身悶え、地に伏し、舐めるように草原ごと前衛を薙ぎ払う。
　千鳥はこちらの防御すら打ち破るその律動を凌ぎ切ると、腕部を鬼神のそれに変え、拳闘の要領で力強く、流麗に拳を打ち込んだ。
「意志があるなら語ってみせよ。といっても、口も分からぬ相手だけれども」
　謡の呼び掛けに、やはり鎖は応えず。
　戦闘を開始してしばらく経つが、自身の体とバベルの鎖に変化らしい変化も見られない。
「……駄目だね。見かけ通り、どうあっても此方に話す舌は持ってないみたいだ」
　言いながら、柩は創り出した柔らかな光で謡を包み、彼女の傷を最大限癒す。
　戦闘中なら多少は口も綻ぶかと、淡い期待を寄せてもいたが。
「全てを調べつくしたかい？　恐らくこんな好機は二度と無い。それでも良いと言うのなら――」
「うん。やれるだけはやってみた。後は紫乃崎に任せるよ」
「そうか。だったら、幕を引こう」
　謡はするりと獣の如きしなやかさで、絡み、引きちぎろうとする大蛇の体を掻い潜り、長い長い鎖の、頭部と思しき先端にたどりつく。
　そうして、モノリスを鎖の頭部に突き立てると、紫苑の彩宿す禍々しくも美しいそれは、文字通り―――異質な鎖の十字架となった。

●True
　鎖を撃破した直後。細かな大地の震動と供に耳を劈くような轟音が響き渡り、高明は咄嗟、音のする方向から皆を遠ざけ、前に立つ。
　氷山から大きな氷が剥がれて海に落ちるように……ソウルボードの一部が崩れて、消え失せた。
「……淳。君はさっき、『力』は地上に流れ出ているのではないかと言っただろう？」
　確認するように、レイは周へ訊く。
　気が付けば、ソウルボードの崩壊も止まっていた。
「ああ。けど、確証が有って言った訳じゃないぜ？」
「いや。シャドウハンターとしての直感だが、私も恐らくそれが正解だと思う。今崩れた欠片（パーツ）はソウルボードに還ったのではなく、現実世界に溶けたのだろう、と」
　レイと同様、シャドウハンターである摩耶も同様の感覚を得る。
　悪意を持つ鎖。現実に漏出する力。
　それが示す真実とは、一体……？
　今はまだ何も知れない。
　後は他のチームの報告を待つより他にないだろう。

　けれども、これは民間活動を行わなければ開かれなかったはずの道。
　ここ数か月行ってきた活動が、邪である理屈などまるでなく。
　――だから。きっと。
　この選択に間違いはないと、胸を張って帰還しよう。

作者：長谷部兼光	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年4月14日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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