タタリガミの最期~老婆のラストラン

    作者:九連夜

     都会の、中心街から少し外れた街の外れ。
     人々が寝静まった暗い町中を、老婆が走っていた。
     いや、疾っていた。
     人間とは思えぬ速度で疾走するその老婆は、速度を緩めること無くいくつかの角を曲がると、コンクリの壁に囲まれた行き止まりに入り込んで急に停止した。
    「ここまでくりゃ、安心だね。灼滅者とやらとやり合うのもゴメンだし、当面は大人しくするしかないか」
     高速道路の十数年前に廃棄されたインターチェンジのガード下、近くには廃棄された店舗しかないうらぶれた一角はなぜかその老婆に力を与えるらしく、急に腰をしゃんとさせた老婆は手にした手帳に目を落とした。
    「ラジオウェーブ様からの連絡もないしね。ここは指示があるまで……」
     独り言を口にしかけた老婆の口があんぐり空いた。上向いたその視線の先、中に浮かんでいたのは鎖だった。
    「なんだい、ありゃあ」
     疑問の声に反応したように、鎖は老婆に向かって一直線に降りてくる。同時にその姿が一瞬、輝いた。
    「なっ!」
     迸ったのはある種の雷だった。躱すこともできず直撃を受けた老婆は悲鳴を上げた。
    「な、なんだこいつ! 待て、ま……」
     さらに近づいた鎖はさらに自らの身体で老婆を打ち据えた。何度も何度も。殺意を込めてというよりは機械的に、ただその存在を排除しようとするかのように。
    「に、逃げ……」
     逃げかかる老婆の足に鎖が絡みついた。そして再び強烈な電撃。
    「ぎゃああああ」
     老婆の断末魔の響きが無人のガード下に響き渡った。
     
    「皆さん、お疲れ様でした。ソウルボード絡みで活動していた都市伝説の撃破にも、概ね成功したようですね」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は教室に集まった灼滅者たちに笑顔で一礼した。
     そう、ここしばらくの間、武蔵坂学園とラジオウェーブ率いるタタリガミ勢力の戦いが続いていたわけだが。
    「ソウルボードの電波塔の喪失」
    「精鋭部隊である巨大七不思議の撃破」
    「ソウルボードの力の奪取の失敗」
     これだけの敗北を重ねたことにより、タタリガミ勢力は戦力的にはほぼ壊滅状態に陥った。首魁であるラジオウェーブ自体は未だ行方不明だが大規模作戦を起こせる体力は残っておらず、構成員たる個々のタタリガミもまた各自の拠点に引きこもる状態になったとのこと。
    「ですがそのタタリガミが襲撃される予知が出たのです。襲撃者はあの『鎖』です」
     姫子の予想外の言葉に灼滅者たちはざわめいた。
     元々ダークネスの敵はダークネス自身であり、弱体化した組織がしばしば他の組織に潰されあるいは吸収されるというのは灼滅者たち自身も何度も目にしてきた。だが問題の『鎖』は一般のダークネスとは明らかに異質な存在だ。しかも今回出現したものは全長約7m。完全に宙に浮いており動きは俊敏、幾つものサイキックを使って攻撃してくるという。
    「要は先にソウルボードの綻びに出現していた『鎖』の、言わば小型かつ上位バージョンとみなすべきでしょう」
     実際、その小型の『鎖』は終始タタリガミを圧倒する強さを見せ、倒したあとはどこへともなく消えてしまうのだという。
     姫子はそこでわずかに顔色を曇らせた。
    「先にソウルボードの力を掠め取ろうとしたことへの、ある種の報復ではないかという意見が有力なのですが……問題は」
     その論理でいくと、その『鎖』を多数破壊した灼滅者たちも遅かれ早かれ標的となる可能性が高いことだ。そしてタタリガミの居所を襲撃したように、仮に『鎖』に自由な場所に出現できる能力があるとすれば、それは武蔵坂学園全体にとってもかなりの脅威となる。
    「そこで皆さんにはその襲撃現場に向かって欲しいのです」
     依頼内容は『鎖』の撃破、あるいは『鎖』に関する何らかの情報収集。
    「先の依頼でのソウルボードでの状況からすると、会話は無理だと思いますが、灼滅者の皆さんは本能的に『鎖』の行動を理解できた部分があったようです。今回の場合でも、いろいろ試してみれば何らかの反応を得られるかも知れません」
    『タタリガミ』
     高速婆(高速道路を車と並んで走るという都市伝説の姿)。
     サイキックはタタリガミ標準のみ。もともとあまり戦闘型ではなく、敵わぬとみるや逃亡を図る可能性が高い。
    『鎖』
     使うサイキックは「鋼鉄拳」「ティアーズリッパー」「蛇咬斬」「制約の弾丸」相当。
     先に現れた固定の『鎖』よりも強力。
    「皆さんは両者が邂逅したところへ乗り込むことになりますが……タタリガミは皆さんが隙を見せれば逃げようとする可能性が高いです。あるいは『鎖』とのある種の共闘を考える必要があるかもしれません」
     現時点では『鎖』は自ら灼滅者を攻撃することはしてこない。そこを利用する手は確かに考えられるわけだが。
    「ですが両者を逃がさず灼滅することと同様に、今後のために情報を得ることも重要です。今回、何をすべきか。何を考え、試してみるべきか。……無責任で申し訳ありませんが、私たちエクスブレインも答えを持っていません。現場に向かう皆様に全てお任せします」
     姫子はそう言って灼滅者たちに深々と頭を下げた。
    「どうか学園の世界の未来のために、最善と思われる行動をお願いします」


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    イヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)
    吉津屋・顕人(春宵雪華・d33440)
    有馬・南桜(決意の剣鬼・d35680)

    ■リプレイ

     廃墟じみた寂れた街角に、春の宵の暖かな微風が吹き抜けていた。遠くから高速道路を行き交う車の音が聞こえてくる。
     人の暮らす世界から、都市伝説や妖かしが潜むこの世ならざる場所へ。定かならぬその境を越えるときに時折感じる奇妙な感覚を味わいながら、吉津屋・顕人(春宵雪華・d33440)はこれから対するであろうモノたちのことを思った。
    (「……世界を律する何者か、か……」)
     七不思議使いと縁深き都市伝説の具現、タタリガミ。此岸の者の視界から今なお世界の真の姿を隠し続ける『鎖』。その両者が邂逅する場で、己は何を為すべきか。
    「……蒐集は得意技と来たものだ」
     迷ったときはただ普段のままに在れ。そう心に決めて顔を上げた彼の視線が、傍らを大股で歩む柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)の視線とふと合った。
    「とうとう事態はソウルボードだけに留まらなくなっちまったな」
     普段通りの快活な笑いは、しかしどこか苦笑めいていた。
    「俺達が始めた様なモンなら、しっかり見極め対処しなきゃな」
     自分たちとは異なる種類の灼滅者や『鎖』の出現。己を取り巻く世界そのものが変わりつつあるという事実を前に、歴戦の高明にもそれなりの感慨があった。
    「うぃっす、いよいよタタリガミの勢力も何かしら行動移して来るかな」
     小さな身体に釣り合わぬ大きな胸を文字通りに震わせて、イヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)が元気いっぱいに応じる。
    「南桜ちゃんと一緒に頑張るぜ!」
    「おー」
     有馬・南桜(決意の剣鬼・d35680)が付き合いで声を出す。一緒に右手を突き出してはいるが、こちらはイヴよりは若干おとなしめだ。
    「出来るなら平和りに事が運んでほしいのです」
     そう呟くと、ウイングキャット 「ピーターさん」を抱き締める。わずかに腕が震えているのは武者震いかそれとも未だ戦いには慣れぬ故か。
    (「……平和裏に、か……」)
     小学生コンビのやりとりを横目で見つつも彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)の表情は物憂げだった。心のうちに浮かぶのはそれまでに相対し言葉を交わしたダークネスの姿だ。敵とはいえ相手もまたある種の「人」、決してわかり合えぬ存在ではない。しかし任務故に心ならずも手にかけてきた者たちへの感傷を、さくらえは頭を振って振り捨てた。あえて陽気な声を出した。
    「うん、まずはタタリガミだね。交渉に応じてくれればそれで良し」
    「無理なら灼滅」
     短い言葉で身も蓋もなく応じたのは刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884)。
    「まあ多分、後者だろうね」
     簡素な言葉には嘲弄の色は欠片もなく、それはあくまでも現実を見据えた判断に過ぎない。
    「ラジオウェーブは、多分、タタリガミ達をどうしようとか考えてないだろう。ちょっと同情する……」
     言いかけた言葉が唐突に途切れた。半歩先を進んでいたラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)が宙の一点を見つめ、無言のままに身体を沈めた。低く低く、獲物を狙う狼のように。
    「あれが『鎖』ですか……」
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)の声はあくまで落ち着いていた。その視線の先にあるのは宙に浮かんだ大きな鎖。天空をうねる蛇のごとき鋼の全身に黄金の光を纏っている。その光が一瞬膨れあがったと見るや、雷光と化して大地を打った。悲鳴が聞こえた。
    「行くぞ」
     愛刀『堀川国広』を握りしめた流希が簡素に告げ、8人の灼滅者たちは同時に走り始めた。異形どもの戦いの場へと。

    ●ラストラン
     通りの角を曲がると、雷光に打たれてのたうち回るタタリガミ――老婆が見えた。コンクリートの壁で三方を囲まれた狭い行き止まりの空間から息も絶え絶えに逃れ出ようとする老婆は、唐突に現れた8人を驚きの表情で見た。
    「おおっと」
     高明はくるりと背を向けた。
    「ラジオウェーブからこうなる事は聞いて無かったようだな、気の毒に」
     良く通る声でそんなことを言いつつ彼はダイダロスベルトを展開、湧き起こる嵐のようにうねりながら上空へと昇らせる。旋回し降りかけた『鎖』は行く手を阻まれ、中空で蛇のようにとぐろを巻く。そのまま『鎖』の牽制を続ける彼の背中と老婆の間にひょろりと入り込んだのは顕人だ。
    「ラジオウェーブと接触したいのだが、取次を頼めないか? そう、彼と七不思議使いの僕は……目的が似ているゆえ、彼の手助けをしたい」
     身に纏うのは魔術師めいた西洋風のローブ、手には階段蝋燭。低く流れるように語る彼の眼は、事態の変化を理解しきれぬ風の老婆が持つ手帳に向けられる。
    「彼の目的や連絡手段……情報は全て教授願いたい」
     そこへ続いたのは穏やかな笑みを浮かべたさくらえの声だ。
    「ラジオウェーブの連絡の内容、キミは知ってて動いてるの? どっちにしてもその鎖、キミらに対して敵意持ってるようだけども、キミには心当たりは……」
     協調と理解を求めたその声が、途中でしぼんだ。
    (「ああ」)
     さくらえは嘆息した。脳裏をかつて相対したシャドウの少年の面影がかすめ、胸の奥が微かに痛んだ。状況を理解したらしい老婆の表情。周囲の様子を見て取ったその視線。そして何よりも自分と顕人に向けられた目の色。
     答えは「否」。つまり「信用できない」。
     不意に老婆が走り出した。さくらえと顕人の間を抜け、高明の脇を過ぎ、開け放たれた空間へ、外へ向かって。
     対話の意思はあるようだが戦力的には圧倒的に相手が上、かつ殺気立っている者すらいる。また唐突に現れて彼女を攻撃した『鎖』もそれに近い強さで、しかもこちらは意図すら読めない。いずれにしても己の命が完全に相手の手中に握られてしまうのであれば、わずかな可能性に賭けて逃亡を図る。そう判断したことは明らかだった。
    「あくまで自由を求めるか」
     最初からこの事態を予想していたか、ラススヴィは動揺もせずに老婆の動きを眼で追った。足下の影が瞬間で狼の形に変わり、凄まじい速度で走り出す。
    「包囲が完成する直前の隙を狙う、その判断は悪くないが」
     相手を選べ。
     そう言わんばかりに、巨大な口を開けた影の狼は逃げる老婆の足に容赦なくかぶりついた。老婆がよろける隙に南桜とイヴが追いついた。
    「ど甘過ぎるにもほどがありますわ、わたくしたちから逃げられるとでも?」
     背後から跳び蹴りをぶちかまし、先ほどまでとは打って変わった傲慢な口調で南桜が問うた。脇から飛んだ「ピーターさん」の肉球の一撃が、警告とばかりによろめく老婆の肩を打った。
    「逃げるんなら灼滅するぜ!」
     イヴが振り回したバベルブレイカーが老婆のすぐ前の路上に突き立てられる。ひるんだ老婆に横合いから接近した流希が容赦なく刀の切っ先を突きつけた。
    「ラジオウェーブの情報を言え。居場所を聞きたいところだが、知らなければ最後に会った場所や、命令があった時の事でも構わない」
    「誰が言うかよ!」
     キッと顔を上げた老婆が喚いた。
    「あたしゃラジオウェーブ様以外に頭を下げるつもりはないんだよ!」
    「残念だ」
     脇から放たれた短い言葉は決別の言葉。老婆が振り向く間もなく振り下ろされた晶の大鎌がその肩を裂き、続いて再びイヴの、南桜の、ラススヴィの攻撃が続けざまに命中し、老婆の小柄な身体はそのたび毎に大きくよろめいた。それでもなお走ろうとする老婆の背に、ついに追いついた『鎖』の雷が直撃した。
    「可愛い子ちゃんでもない相手を庇う義理はないんでな」
     今度は『鎖』の攻撃をスルーした高明が肩を竦め、自身も抱えたクロスグレイブから一斉射を撃ち放つ。ついに完全に足が止まった老婆の前に回り、さくらえはあくまで真摯な表情で問いかけた。
    「キミは自分の最期をどうしたい? タタリガミとしての意志と誇りを僕はできる限り尊重したい。戦って破れるなら鎖か僕らか」
     ある意味傲慢きわまりない、またさくらえ自身がそれを自覚している問いに、老婆は無理に顔を上げて恨みを込めた表情で言い返した。
    「どっちもごめんだね。あたしゃ逃げる……よ……」
    「事情により、助けてやれずにすまない……その昔、走ることが大好きな一人の少女がおりました」
     振り向いた老婆に向かって顕人が語る。大人になっても、年老いてもなお走り続け、やがてモノノケと化し走ること以外の全てを忘れた少女のことを。ほどなくモノノケ退治に現れた8人の侍に手足を切り刻まれ、鎖で縛られ、胴体と頭だけになってもなお少女は走ろうとし続けた。
    「……誰にも顧みられぬまま走り続けた少女は、最後に何を願ったのでしょうか」
     怪談の締めの言葉と共に顕人の手にした蝋燭の火がふっと消え、周囲が闇に包まれた。再び明かりが灯ったとき、老婆の姿をしたモノの姿はもう無かった。

    ●鎖の謎と戦いと
    「……さて」
     深い溜息をついたさくらえが振り向いた。気持ちを切り替え、浮いたままの『鎖』に近づいた。
    「ソウルアクセス……は、無理か」
     ソウルアクセスはもともと眠る者の意識を経由して精神をソウルボードに送り込むESPだ。逆に言えば、『鎖』は「眠った人」と同等の存在ではないということがわかったというべきか。
    「『考えるな、感じろ』ってね」
     続いた晶は冗談めいたことを口にしながらくすぐるように鎖の表面を撫で、同時に触れた手を介して己の意思を送り込む。さらに『鎖』の思考を読もうと試みた。
    「わたしもなのです。難しいことは分かりませんが、鎖さんに私たちは敵意がないことはわかってほしいのです」
     南桜も同様に小さな手を添え、呟いた。2種類、3つののESPが瞬間に駆け巡ったその結果は。
    「駄目なのです。全然答えてくれません」
    「反応無しだ。何というか、こう……」
     生物を相手にしている感じがしない。2人がそんな印象を口にしたとき、横で鎖を注視していた流希が小さく首を振る。
    「駄目ですねぇ。こちらも何も見えません」
     彼のESPは「断末魔の瞳」。サイキックで殺された人の最期を見るその力もまた、『鎖』から何かを読み取ることはできなかった。だが。
    「やはり何かに、操られている……そんな感じがします、ねえ」
    「同感です」
     流希の感想に、ただ『鎖』の印象を見て取ろうとしていた顕人が頷いた。先ほど相対したタタリガミのような、生命が持つ生々しい力がこの鎖には欠落している。そんなことを思ったとき、鎖が大きく震えた。
    「まずい!」
     あるいは消え去る前兆か。そう判断した高明は即座に跳躍、同時に「怪力無双」のESPを発動して太い鎖を強引にたぐり寄せる。
    「手伝おう」
     ラススヴィが振り上げた右手は「ドーピングニトロ」のサイキックで白銀の魔狼のそれに変じ、抵抗する『鎖』を無理に引き寄せる。だがその間、彼の狼の眼でも変化は見て取れなかった。
    (「サイキックそのものには反応しないということか。あるいは」)
     本当に何かの操り人形か。となれば、操り手は何で、どこにいる?
     そう考えたとき、不意に『鎖』がざわめいた。強引ともいえる二人の干渉を敵対行動と認識したらしかった。表面を覆う黄金色の光が増したとみるや凄まじい速度で動き始めて高明とラススヴィの手を弾き飛ばし、そのまま二人に襲いかかる。
    「おっとお!」
    「ほうら来た!」
     落ち着いて腰を落とした高明は両腕で鋼の一撃を受け止め、ラスヴィに向かった攻撃は敵の動きを待ち構えていたイヴが間に割って入って手にした交通標識ではじき返した。
    「みんな、始めるぜ!」
     そのまま高々と掲げた標識が警告色の黄色に輝き、流希やさくらえに加護の力を与える。
    「本当は破壊には賛成しかねますが……仕方が無い」
     再び刀を手にした流希は瞬時に戦闘モードに復帰、迷いを捨てて構えた一刀を容赦なく鎖に突き立てる。
     そしてそこから続いた戦闘は、灼滅者たち自身にも意外なほどに短い間に片がついた。
    「攻撃特化型、か」
     戦いの中で晶が呟いた通り、『鎖』の攻撃は凄まじかったが、その耐久力は先に出現したソウルボードの鎖と同等かそれ以下であり、治療役を十分に揃えて戦いに臨んだ彼らの敵ではなかった。高明とガゼル、イヴが仲間を的確に守る間に流希とさくらえが続けざまに攻撃を叩き込み、さらに晶とビハインド「仮面」の連撃が決まる。やがてラススヴィのガトリングガンの連射に続いて顕人の蝋燭から浮き出た炎が鎖の全体を包み込み。
    「ど貧弱ですわね。出直しなさい!」
     もはや治癒は不要、攻撃あるのみ。高らかな宣言と共に南桜が放ったジャッジメントレイの光の中に『鎖』は消滅した。灼滅されたダークネスと同じように、ただ宙に溶け込むように、跡形も無く。

    ●対話への道
    「やれやれ。わかったようで、よくわからなかったな」
     肩の力を抜いて得物を下ろし、『鎖』が消えた空間を見ながら高明が苦笑した。
    「ああ。だが無駄足ではない」
     ラススヴィが簡素に応じる。これまでの経験上、戦闘の前後で敵から受けた印象、感覚は意外なほどに正確な場合が多い。以前の依頼で受けた際に感じた「綻びを繕う鎖」の嫌な感じは今回はさほどしなかった。ソウルボードと『鎖』とタタリガミあるいはダークネス、これらは互いに関係を持ちながらもまた別の存在なのだろうと彼は思った。
    「誰かが操っているとするのなら、何処かでこの様子を見て居るはず、ですけどねえ」
     ソウルボードを修復し、今回はおそらく力を掠め取ろうとしたことへの報復としてタタリガミを襲った。『鎖』自身に意思がないなら、その背後に何らかの意思を持つ存在がいるはずだと指摘した流希に、晶が深く頷き返した。
    「見逃してみればどうなったか、それにも興味がありましたけどね……」
     だが今回のような機会がいずれまた巡ってこないとも限らない、ならば其の時々で最善を尽くすのみだと、晶は決意を新たにする。
    「『鎖』だけではなくラジオウェーブのほうでも動きがあるでしょう、待つことも重要です」
     そう応じたさくらえの思いは他の者たちとは異なり、走りながら消えたタタリガミの姿に向かう。『鎖』のことを理解する以前に、自分たちは言葉を交わし得るダークネスとの間ですら互いを理解しきれぬのだと。
    「でも、わたしが聞いても全然答えてくれなかったです……」
     ピーターさんを抱えて肩を落とした南桜の肩を、イヴが元気にポンポンと叩いた。
    「んー、ほら、言葉で話すより俺たちの心を試しているんじゃないかな?」
     何気なく発せられたイヴのその言葉に、顕人はふと考え込んだ。言葉による対話を求めるのは己の性だが、本来、対話の手段は言葉だけには限らない。ある種の男たちにとっては殴り合いが心を通わす手段であるように、『鎖』とその背後に在るかも知れぬ何者かの対話は言葉とは、また別の形を取り得るのではないか。
    「面白い意見ですね。ですが、今日はひとまず」
    「うん!」
     顕人が向けた微笑に、イヴは元気な笑みを返して宣言した。
    「任務完了、撤収だ!」

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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