【民間活動】精神防衛戦~エンカウンター

    作者:長谷部兼光

    ●状況不明
    「先日の戦いによってラジオウェーブを首魁とするタタリガミ達は壊滅的な打撃を被りました。最早、彼らが一勢力として活動を続けることは困難な状況でしょう」
     文字通り、先の戦いが『タタリガミの最期』だったのですね、と、見嘉神・鏡司朗(大学生エクスブレイン・dn0239)は所感を述べた。
    「ただ、その影響かどうかはわかりませんが、何やらおかしな事態が進行しているようで……」
     ソウルボードの動きを注視していた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)や、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)からの情報によると、異変の兆しが見られたのだと言う。
     それに呼応するように、現実世界では、民間活動によって武蔵坂学園を支持している一般人達が次々と意識不明の状態に陥り、病院へ搬送される事件が起こり始めた。
    「いくら検査してみても原因は特定できず、いわゆる大規模な集団意識不明事件と呼んで差し支えないモノなのですが、何故だか騒ぎには至っていません。本来ならテレビで速報が流れるレベルにもかかわらず、です」
     意識不明事件に関わる情報が、不自然なほど伝播していない。
     警察や報道が何かしらの規制を敷いた様子も無く、だとすれば、事件に絡んでいるのはダークネスに関連するモノだろう。
     我々エクスブレインがはっきりと説明できるのはここまでです、と、鏡司朗は表情を曇らせる。
     事件の真相。それを知るためには、意識不明となった人にソウルアクセスを行って、ソウルボードで何が起こっているのか、実際に灼滅者の目で確認し、解決するしかないのだろう。
     ……例え、そこに何が待ち受けていようとも。
    「確かなことは言えません。ただ……大きな転機が迫っている。そんな気もします。どうか……お気をつけて」

    ●大外れ
     ベッドの上で眠っているのは、およそ十歳程の少女。
     少女の顔には大粒の汗が浮かび、時折苦しそうに呻き声を上げている。
     悪夢にうなされているのは確かだろう。だが同時に、どこか……抗っている様にも見えた。
    (「この子の心の中で一体何が……?」)
     優しく、少女の顔を拭った神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は、そっとソウルアクセスを実行する。
     彼女のうなされている原因がダークネスにあるのなら、それを解決できるのは灼滅者だけだ。
     
     摩耶の先導で灼滅者達が辿り着いたのは、『将来はパティシエになるんだ』と言う夢持つ子供が思い描くような、ファンシィな装飾が施されたレストラン。
     しかし、そこに漂う香りはフルーツやクリーム達が織り成すスイーツの甘ったるいそれには程遠く、一言で表現するのなら……やたらとエスニックだった。
    「女の子は……?」
     志穂崎・藍 (蒼天の瞳・d22880)が注意深く周囲を見渡しても、少女の姿は見当たらない。元から居ないと考えるべきか。何処かに囚われている、という事はなさそうだ。
     その代わり、厨房の奥より現れたのは、
    「ナマステ―! 灼滅者!」
     カレー料理を携えて。
     インド式の挨拶をする。
     ゾウの。
     怪人。
     だった。
    「まずは自己紹介をいたしま象(しょう)。我が名はインドゾウカレー怪人!」
     名は体を表しすぎていた。
    「ん? おやおや。もしかしてシリアスでかっこいいヤツを期待していましたか? ハハハ! そう言うのはもう流行りじゃないですよ。見てくればかり良いだけで、中身は何処も情けない!」
     ご当地怪人がおめでたいのは毎度の話だが、インドゾウカレー怪人のテンションはさながら大きな祭りの渦中に居るが如く、異次元的に高い様子だった。
    「……貴方は此処で一体何をしているのですか?」
     葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)は怪人に訊く。明確に、この場所にダークネスが侵入しているという事は、想定していたよりも深刻な事態が起こっているのかもしれない。
    「私が何をしているか? そんなことは決まっています。ぞう――」
     かちゃりと、怪人は料理をテーブルに置いた。
    「カレーパーティーです!」
     そういうことは訊いてない。
    「もちろん準備は抜かりなく。あなた方の分も用意させていただきました。あなたたちはよりにもよって『大外れ』を引いたのだから、せめてゆるりとなさるが良い」
     ……『大外れ』、とは。
    「何でお前がここに居る? どうやってソウルボード内に侵入したんだ? シャドウの協力があったのか?」
     加持・陽司 (陽射しを抱いて・d36254)は統弥の疑問を継いだ。怪人が灼滅者に友好的な人の心に現れたのは偶然ではないだろう。嫌がらせの類でなければ、何かしらの理由がある筈だ。
    「ぞうですね。あなた方の疑問の八割を、およそ一発で吹き飛ばしま象。我らが主、グローバルジャスティス様が復活し、『サイキックハーツへと至りました』。ですのでもう、ソウルアクセスがどうとか些細な問題ですし。これを祝わずして何を祝うというんです?」
     怪人は続ける。しかし忌々しい事にサイキックハーツへと至ったのは我らが主だけでは有りませんでした。故に、何かと物入りなのですよ、と。
    『複数のダークネスが同時多発的にサイキックハーツへと至った』……余りにも突飛すぎる怪人の発言を、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)は疑う。
    「俄かには信じ難いな。ソウルボード内での主導権は俺達が握っていた。タタリガミやシャドウが横から攫うなら兎も角、今まで蚊帳の外だった貴様達がいきなり強大な力を手に入れられる道理が何処にある?」
    「端的に言うなら棚ぼたですよ。あなた達のお陰で我々は現状最大最強の勢力になれました。だから私はお礼も兼ねてあなた達の分のカリ~を用意したのです」
    「……何?」
    「思い出してみま象。最新の選択の結果です。確かにあなた方には主導権があった。タタリガミ、ひいてはラジオウェーブに対する生殺与奪の権利が、ね」
     怪人の言葉は灼滅者達が垣間見た予兆と合致する。今回の騒動の発端は、間違いなく、ラジオウェーブの死だ。
    「……それで。あなたは私達が間違った選択をしたと、そう嘲笑いに来たの?」
     羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)は静かに、しかし決然と、武器を構えた。
    「いえいえ。これは単なる事象の羅列。あなたたちの選択は我々にメリットも有りましたが、デメリットも有りました。何より、これからあなた方はこっぴどく負けるのに、理由も分からずじゃそれこそあんまりに救いが無さすぎるで象?」
     刹那烈火が巻き起こり、香りが、内装が、レストランが、そして怪人のひょうきんな雰囲気が……全てが焼け落ち消失する。
    「言ったでしょ。『大外れ』を引いたと。貴方たちが私に勝利できる確率は、万に一つも無いのですからね」

    ●精神防衛戦
     瓦礫と化したレストランの上で、灼滅者達は蹲る。たった一度の炎。だが、それだけでわかった。わかってしまった。この怪人は、数十人以上が束になって……『戦争』で相対して初めて勝ちの目が見えてくる相手。たった八人だけではどう足掻いても……。
    「そのまま眠ってしまいなさい。今回はこちらも顔見せ。ここで倒れてもお互い死ぬわけじゃ無し。ただまぁ、この子のソウルボードはきっちり貰い受けますが」
    「貰い受ける、だって?」
     その表現に、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)はふと気付く。
     鎖が千切れ、現実世界に崩れ落ちたソウルボード。
     突如として力を得たエスパー。
     ラジオウェーブを吸収し自己統一性が失われたソウルボード。
     突如としてサイキックハーツへと至ったダークネス達。
     ……仮に、ソウルボードが何らかのパワーソースだとするのなら、これは多くを有している方が勝つと言う、純粋な資源の奪い合いだ。
     だがそれは恐らく上手くいっていない。人間社会が未だ正常に機能しているのがその証拠だろう。
     ソウルボードを奪われた人間がどうなるのか定かでは無いが、現実の精神に影響を及ぼさない訳がない。
     収奪を、寸前の所で押し留めていた者達が居たのだ。
     即ち、真に人々の精神を防衛していたのは――。

     負けないで、と、声が聞こえた。
     それはきっと、この心の、少女の声なのだろう。
     だが彼我の戦力差は圧倒的だ。声援一つで覆る筈も無い。
     その筈、なのに。
     何故だろう。
     ……力が、みなぎる。
     灼滅者を応援する人々の意思が、希望が、願いが……体中に流れ込んでくる!
    「『サイキックハーツ』……!」
     淳・周(赤き暴風・d05550)の口端から思わずその言葉が零れ落ちる。
     証拠は無い。もしかすると違うのかもしれない。
     だが。これが自分達の背を押してくれる『良き』物で、眼前の怪人を少女の心から弾き飛ばすだけの力を秘めているのは確かだった。
    「変革の刻ですね。今まで我々に諾々と傅き隷属するしかなかった人類が、あなたたちの活躍によって抗う事を覚えましたか」
     突如として湧いたこの声は、灼滅者達を援けるこの力は、インドゾウカレー怪人にとって非常に都合の悪いモノだ。
     しかし象は一切怯まず、怪人冥利に尽きるとばかりに……大笑した。

    「良いでしょう。来なさい! ヒーロー! あなた方が人々の希望を力とするのなら、我々はその声援ごとあなた方を蹂躙し、そして堂々と世界を征服するまで!」


    参加者
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    加持・陽司(陽射しを抱いて・d36254)

    ■リプレイ

    ●気力旺盛
     声援(こえ)が聞こえる。
     少女達が渡してくれた希望は再び敵に立ち向かう活力となり、枷となって纏わりついていた負の感情を全て浄化する。
     この力は、灼滅者の精神すら衛るのか。
     神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が開けた視界で改めてソウルボードを見渡せば、瓦礫にカレーに酷い有様だ。だが、それでもまだ少女の心は寸前で堪えてくれている。
    「彼女の元々の夢は、可愛いレストランだったのだろう? カレーで塗り固めるとは、無粋極まりない。貴様に彼女は渡さない!」
    「インドのスイーツを知らなかった彼女が悪いのですよ。甘さやカロリーは和菓子や洋菓子の比ではないと言うのに」
     この会話の通じなさ、どう足掻いてもご当地怪人だ。
     だが、浮足立ってはいけない。勝利を掴むため、冷静に、沈着に、自分の役割を果たす。
     そう。シャドウハンターの矜持に懸けて。
     摩耶が焦土を覆い隠すように夜霧を展開すると、霧に紛れ二つの影がインドゾウカレー怪人へ疾駆する。
    「お前みたいな強くて黄色いナイス象がお出迎えとはね! こんな大外れなら大歓迎さ!」
    「褒めた所で何もあげませんよ!」
     なら、力ずくでこのソウルボードを守るだけだ。加持・陽司(陽射しを抱いて・d36254)は十字架を振り翳し、相棒のキツネユリと共に突撃する。
    「ただし場所が悪かったな! 残念だけど、女の子の夢に似合うのは、カレーよりもスイーツ、スパイスよりも砂糖、怪人よりヒーローなんだぜ!」
    「ああ。彼女達が居なければ、人々のソウルボードは奪われつくしていたろうし、俺達が貴様に抗う術も無かった。本当に――」
     ありがとう、と、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が発した言葉は、少女のソウルボード(こころ)に広がり、ゆるりと沁みて、月夜蛍火が閃き、黒死の剣は霧夜を征く。
     陽司が刻み、キツネユリが広げた十字の痕。回避する暇は与えない。少女の無事を願う気持ちを一刀に籠め、振り抜く。
     二人の連撃を受けた怪人は、しかしさらに前進し、華麗に跳躍すると、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)へ狙いを定め超重量級を蹴りを放つ。が、淳・周(赤き暴風・d05550)は柩を庇い完全に受け止めて、怪人の前に立ちはだかった。
     先程までなら到底防御が通用しない相手。だが、今なら行ける。耐えられる。強がりの類ではなく、本当に、肉体強度が上がっている!
    「我が一撃を受け止めるとは止めるとは中々にエレファント。お名前を伺っておきましょうか」
    「アタシは淳・周。どこにでもいる正義のヒーローさ。だから……見守っていてくれ!」
     周は叫ぶ。自らの名を。生き様を。怪人にではなく、少女へと届くように。
     周が激情のままギターをかき鳴らすと、
    「相乗り、いいかな」
     柩は墓碑の銃口を開き、暴風の如きビートに聖歌を重ねた。
    「カラリパヤット、確かインドの古武術だったか。キミがいると知っていたら、もう少し勉強しておいたんだけどね」
    「我が技はあらゆる東洋武術の源流。貴方がたに勝ち目はありませんよ」
    「どうかな? 技術は伝播を重ねるたびに洗練されてゆく物だよ。古いと強いがイコールとは限らない」
     銃の前には猶更成り立たない理屈だろう。墓碑より発射された光弾が、業ごと怪人を凍結させる。
    「本当に、コミカルな外見とは裏腹に強敵ですね。ですが少女の想いに報いる為、全身全霊を込めてあなたを倒します!」
     葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)が強く拳を握りしめると、ブラックライトは拡張し、黒曜石の如く輝くエネルギー障壁が前衛を防護する。
     その回復力は、シールドを展開した統弥本人も想定外の代物だった。
     攻撃、防御、回復……敢えて言うなら、実力(レベル)にブーストが掛かっていると表現するべきか。この力も、そしてこの力を数度受けて未だ余裕の態度を崩さない怪人も規格外と言えるだろう。
     志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)は一拍、呼吸を整える。
     呑まれてはいけない。呑み込むのだ。
     灼滅者の活動に同意して応援してくれる人々がいる限り、諦める理由など存在しないのだから。
     妖の槍をしかと握り、焦土の山を踏み越える。
    「灼滅者を応援する人々の意思が、希望が、願いが私達に力を与えてくれるなら! 私達はそれに応える!」
     槍の作る螺旋が加速し象を穿ち、希望を繋げる道を開き、羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)はそれを言祝ぐ様に天上の声で歌う。
    「ソウルボードの深淵に何があるのか、皆目見当がつかないけれど。有害な存在である可能性が濃厚よね、これ」
     周を癒した結衣菜はちらと怪人を見るが、象は何も語らない。
    「終わりの始まり、が始まったというかんじねえ。まあ、終わらせる気は毛頭ないけれども」
     元より期待はしていなかったが、ソウルボードの謎を知っているにせよ知らないにせよ、灼滅者に語るほど御目出度くも無いのだろう。
     いずれにせよ、隠された真実を明らかにするためにも、
    「まずはこの一戦、勝たないと」
     結衣菜の言葉に、皆が頷いた。

    ●心の交流(エンカウンター)
     応援(こえ)が聞こえる。
     いくら攻撃を浴びせても、象の前進は止まらない。この怪人、本当に真っ向、真正面からこちらを蹂躙するつもりなのだ。
    「リンゴとハチミツですねぇ、ヒーロー。その甘さが心地よくもありますが、現実はぞう甘くありません。勝利は我が鼻先に納めさせてもらいマンモス!」
     幼稚園児か何かだろうか。
    「……期待を挫いて悪いけれど、ボクたちはヒーローなんかじゃない。本当のヒーローの前で無様な姿を見せられないだけさ」
    「ほう?」
     その言葉に引っ掛かりを覚えたのか、象は思案を巡らせる様子を見せた。
     柩が右腕を異形巨大化させ、叩きつける。分厚いゴムを殴りつけている感触だが、手応えは確かにある。怪人の体力とて無尽蔵ではあるまい。
    「柩の言う通り! ダークネスに抗う人々こそが真のヒーローだ! そしてその力はダークネスに潰されるほど弱くない! それを証明してあげる!」
     拘束しようと迫る象の鼻を紙一重で避け、藍もまた左腕を異質変化させると、鬼神の膂力を交差させ、カウンターとして思い切りぶつけた。
     さしもの象も二人の鬼神変を受け後退るが、風船の如く腹を膨らませると、二人を弾いて強制的に距離を取った。
    「やはり、あなた方は一枚岩たり得ない。『ヒーロー』と言う単語一つとっても、解釈がまるでバラバラではないですか」
     象は滔々と語り始める。
     遥か昔、貴方がたが一番最初に蹴散らした下っ端のご当地怪人も、幹部格たる私も、その志は全く同じなのです。そう、『すべては偉大なるグローバルジャスティス様の為に』
    「我々の結束は決して揺るがない。それが故の最大最強。対して、この局面においても貴方がたはまだ中途半端。本当に不可解です」
    「別に、そう不思議な話でもないさ」
     陽司が怪人の言に反論する。
     学園で多くの人と話し、多くのことを学び、多くの友人を作った。
     偽笑の仮面はいらない。他人の評価を気にする必要ももうない。だからこそ……胸を張って言い切れる。
    「俺達も、応援してくれる女の子も、一人じゃない。そして、みんな違う夢を見るんだ。だったら考え方が千差万別なのも当然だろう?」
     それこそが闇に抗う唯一の種族――即ち、『ヒト』の在り様だ。
     肯定するようにキツネユリがエンジンを大きく鳴らし、陽司はチェーンソー剣に火を入れて、怪人をズタズタに斬り伏せた。
    「……私の声、届いているだろうか。今までよく頑張った。もう少しの辛抱だ。大丈夫、私たちは負けない」
     振るう腕は無くとも、姿形は見えずとも、共に戦う彼女は此処にいる。
     注がれた祈りを支えとして、摩耶は天星弓を引き絞り、癒しの矢を藍へ射つ。
    「大丈夫、こんなガネーシャ擬きに奪わせたりしねえぞ!」
     ロシアンタイガーの出自を考えるなら、眼前の象ももしかすると本物なのかもしれない。だが。
    「どんな強者だろうが! 当たり前の夢を、未来を奪わせてたまるか!」
     例えそうであっても関係ない。罰当たりと謗るなら謗ればいい。周はシールドを統弥に飛ばし、さらに堅固な守りを築く。
    「今なら……!」
     統弥はブラックライトを展開し、そのまま象を殴りぬく。
     摩耶のラビリンスアーマー、周のシールド、これらが盾となるのなら、凌ぎ切れるはずだ。
     何より、自分達の信じてくれる少女の願いを受けて、友人と、最愛の人と共に戦っているのだ。
     どうあっても、倒れられない。
    「統弥さんも藍さんも居る。力を合わせれば、きっと大丈夫」
     結衣菜は怪人の行動を観察するが、特段の攻撃傾向を見出せない。どうやら全員同時に、かつ平等に押しつぶすつもりだろう。
     次手以降は統弥と、続けてバッシュを仕掛けるであろう周に攻撃が集中するはずだ。
     結衣菜はクルセイドソードに刻まれた呪文を解放し、聖なる風で前衛を包みこんだ。
    「――俺は自分の事を正義の味方だとは思わない。元は人殺しだしな。これまでの選択だって、正しい道を歩んできたとは思えない」
     脇差は解体ナイフを見つめる。刀身が映し出す過去の光景は、決して美しい物ばかりではない。
    「それでも、護りたいと思ったんだ。未来に夢と希望を抱き、生きようとするその心を、死なせたくないと思ったんだ」
     強く、強く、血が滲むほどにナイフを握る。
     それは決意の証だ。
     少女が望むなら。少女を助けられるなら。ヒーローにでも何にでもなってやろう。
    「面白い。紆余と曲折の狭間を彷徨する貴方がたが、ばらばらの夢を見る貴方がたが、決して曲がらぬ道を行く我らを下せると?」
     だからこそだ。紆余も曲折も、今まで刻んできた足跡が無意味じゃないと、その切っ先を武器にして突きつけることが出来るのは灼滅者しかいない。
    「カレー野郎め! 覚悟しろよ!」
     脇差は一息に距離を詰め、怪人を徹底的に切断した。

    ●希望と共に
     激励(こえ)が聞こえる。最後の激励だ。
     後ろは見ない。ここに至るための布石は散々打った。
     それ故終局のスタンスは奇しくも怪人と同様、徹底して、前進あるのみ。
    「これで最後だ、もう少しだけキミの力を貸して欲しい。一緒にこいつを、キミの夢から追い出してやろう」
     柩が虚空へ声をかけた刹那、非物質化していた水晶片の刀身は、決して埋まらぬはずの欠乏がすべて満たされたように、今まで経験したことの無い程の眩い輝きを放ち始める。
     柩の一閃の後、怪人は初めて大きな呻き声を上げた。
    「君の夢はパティシエになることなんだろ? それを邪魔する奴は俺達が今倒すよ。ツラくてカラい悪夢が終わったら、君の夢を見せてくれ。そのために、俺たちに協力してくれるかい? 一緒に、あいつをやっつけようぜ!」
     自分自身、どうやって制御しているのかもわからないほどの強大な希望(ちから)。
     敵の観察を一瞬で完了させた陽司は徐に怪人の眼窩へクロスグレイブを投げつけて、突き崩し、叩き潰す。最後はキツネユリが象を轢断し、
    「俺は君の夢を皆の心を護りたい。この想いを願いを諦めたくはない。同じ気持ちであるならば、どうか共に戦う仲間として皆の力を貸して欲しい、頼む!」
     そして脇差が、神域を超えた速度で死角を取る。
    「ここはソウルボードだ。想いの強さが力になる。そして俺達は一人じゃない。八人でもない。沢山の仲間が支えてくれているんだ。この意味が分かるかカレー野郎……人間を絆の力を舐めんなよ!」
     譲れない想いを胸に。【黒雨】による不可視の蹴撃が、象を脂肪ごと切り裂いた。
    「あと一押しだ。最後の力を貸してくれ!!」
     最大級の『絆』を受け取った摩耶はふと、あの時地に還った炎を思い出す。あの色は、今も尚摩耶の道行きを照らし続けているのだろう。
     これまで紡いだ絆は、決して無駄にはしない。
    「最後まで立って、全てを見届ける!」
     奇々怪々の形状に変じたナイフが象の肉体を深々と引き裂き、これまで溜め込ませていた悪性全てが増殖し、飛沫となって噴出する。
     破局噴火を繰り返す象は再び炎を巻き起こす。
     だが。もう、蹲ったりはしない。
     統弥がその身を盾にして藍を守り抜き、周は全てを受け止め無理矢理耐える。
    「守るべき人が、まして応援してくれる人がいるなら! ヒーローはどこまでも強くなれる! どこにでもいる正義のヒーローの拳、受けやがれ!」
     決して膝は折らない。倒れている暇など刹那すら有りはしない。
     焔の様に、血の様に、どこまでも紅い闘気を両掌に収束し、周は全力をかけて百の拳を、千の拳を、万の拳を、全ての悲劇を灼き尽くす為の拳を象へ撃ちつける。
    「ねえ、名前を教えて。その名前であなたを呼びたい。そして、他でもないあなたを私は助けたいと思ってる。手を伸ばしたいと思っているから」
     結衣菜の問いかけに、少女は『願い』を託すことで応える。今はそれで精一杯なのかもしれない。その元凶は、間違いなく象だ。
     ならばやるべき事は一つきり。結衣菜は無限無数に魔法の矢を創り出し、象を間断なく、徹底的に攻め立てる。
    「統弥さん!」
    「解りました。貴女の想いと共に敵を打ち砕きます! 力を貸して下さい!」
     少女の『祈り』が統弥の体に浸透し、炎となって溢れ出る。
     戦艦どころか島まで断ち切れそうなフレイムクラウンの一撃は、象の急所に至るすべての防御を吹き飛ばし、
    「行けっ、藍! 僕の想いは常に君と共にある!」
    「後もう少し! 後もう一押し! 抗うあなたを助けたいの。笑顔が見たいの。絶望を押しのけ未来に手を掛けるために! だから……声を聞かせて!」
     ――頑張って!
     凍てつく蒼のオーラが渦を巻く。藍は少女の『声』を纏い、一心不乱に拳を乱打する。
    「ぐ、おおお!」
     怪人がついに悲鳴を上げた。
     だが、まだ終わらせない。出し惜しみはしない。最愛の人からのエールも受け取れば、運命(クリティカル)すら引き寄せて――。

    ●宴の後
     声はもう、聞こえない。
     それでも怪人は仁王立つ。
    「……タフだね。一体、どうすれば倒れてくれるのかな」
     柩が皮肉交じりに象へ訊く。
    「貴方がたこそ。声援を失ったのに諦めませんか。改めて、灼滅者の厄介さを知れたのは今回最大の収穫と言えるで象」
     象の姿が朧に霞む。怪人は、閾値を超えて此処から弾き飛ばされるのを気合で耐えていただけなのだ。
    「さようなら。インドゾウカレー怪人。現実でキミに会えるのを楽しみにしているよ」
    「望む所です」
     そう言い残し、象の姿は完全に消失した。

     現実世界に帰還すると、統弥と藍は抱きしめ合って、互いの無事を喜んだ。
     周が少女を診る。血色は良く、表情は晴れ、今は静かに寝息を立てている。
     灼滅者達は、少女の精神を護ったのだ。

     今一度。ありがとう。と。
     誰ともなく。
     少女にそう、感謝した。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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