新宿うずめ様事変～迷宮探索行

■リプレイ

●下層にて
　刃が閃き、脚が唸り、肉球が炸裂する。
「本命前にのんびりしていられないなからね。悪いけど、これ以上君に時間は割けない」
　影龍・死愚魔（ツギハギマインド・d25262）とウイングキャット・マオゥの連撃を受けたデモノイドは断末魔の叫びを上げながら地に沈む。もしかするとそれは敵――灼滅者の存在を周知させるためのモノだったのかもしれないが、
「残念ながら、悲鳴は外まで零れないよ」
　死愚魔がサウンドシャッターで戦場を覆っている以上、外に零れることも無く。幾許かの静寂が、灼滅者達に態勢を整えるだけの間を与えてくれた。
「ようやく下層……かな。まだまだ先は長そうだね」
　最上川・耕平（若き昇竜・d00987）は収束した霊力を死愚魔へ渡すと、同時に相棒のピオニーも尾先のリングを光らせ前衛を癒した。
　中層と比較すると、どことなく空気が淀んで感じられるのは、此処より先にダークネスがひしめいているからだろうか。
　今のデモノイドで倒した敵は合計十体目。
　後のことを考えれば敵との戦闘は可能な限り避けたいところだが、中々上手くはいかない。純粋に、掻い潜るべき敵の目が多すぎる。何れかの班がこの目を引き付ける作戦を取っていれば、もう少しスムーズに行ったのかもしれないが……。
　仮定を論じても前には進めない。耕平は懐中電灯・【報燈】で周囲を窺う。
　現在位置は十字路のちょうど真ん中。左右の道は瓦礫で塞がれ、前方の通路は崩落している。
　怪力無双を発動させた二人――耕平は左の道を閉じる瓦礫を除き、
「……邪魔な物は妾がどかしておこう……こう見えて妾、めっちゃ重いものとか持てるし」
　右の道を阻む大岩を朝臣・姫華（姫番長・d30695）が退かす。
「凄いよひめさま！　でも、大きな音は立てないようにゆっくり慎重にね！」
「むむ……そういわれると……逆に緊張する感が……て、手が震え……！」
　ジェルトルーデ・カペッレッティ（生存ジュラメント・d26659）の声援を受け、なんだかんだで姫華は大過無く大岩を排除した。
　ジェルトルーデは埃に塗れた姫華の衣服を数度叩いて奇麗にした後、左右の道を確認するが、どうやらどちらも行き止まり。
「前方（こっち）も駄目だね。道らしい道は無かったよ」
　空飛ぶ箒に掴まって、崩落の先を偵察していた空月・陽太（魔弾の悪魔の弟子・d25198）はまいったね、と苦笑しながら皆の元へ戻ってくる。
　敵から気配を隠す必要があるからだろう。浮かべる笑みは日常のそれと変わり無いが、いつもよりフードを目深に被り、唇に人差し指を当て、しぃ、と、囁く調子で声のボリュームを絞っている様子だった。
「あら、そうですの？　となると……」
　黒嬢・白雛（天翔黒凰シロビナ・d26809）は新宿迷宮に関する既存の資料や地図を広げる。どうやら迷宮構造が変化しているらしい。大まかな地理を把握する分には問題が無いが、細部は再びマッピングし直さなければならないだろう。
　左右前方全てが行き止まり。となると、残る道はただ一つ。
　ぽっかり空いてる闇の先。即ち、崩落部だ。
　淳・周（赤き暴風・d05550）が闇へ向かって飛び出すと、数秒後には着地した。奈落と言うには程遠く、エアライドのお陰で傷も無い。精々十五メートル位の高さだろう。
　指先を齧り、零れた炎で光源を確保する。炎が照らしだすのは、新たな迷宮。
（「この壁……？」）
　ふと、一枚の壁面に違和感を覚えた。触れようかとも思ったが、周は寸前、手を引っ込める。恐らくは罠の類だ。よくよく気を払えば迷宮を構成する四方の壁にも悪意めいたものを感じる。
　罠に注意するよう呼び掛けながら、周は更なる地の底へと仲間たちを導く。
　闇に飛び込む僅か前、祀乃咲・緋月（夜闇を斬り咲く緋の月・d25835）はふと背後を振り返る。
　迷宮の中で輝く赤い糸。細く小さな命綱だ。これがある限り万一の事があっても大丈夫だろう。
「さあ、いきましょう」
　意を決し、緋月達はさらなる深部へと歩を進めた。

●Target
「敵の後をこっそりついていけば、その敵に見つかることはない……賢い」
　水分補給に怪しい飲み物で喉を潤した姫華は不敵に笑った。
　犬に変じた陽太を先頭に、灼滅者達は目星をつけたデモノイド達の後を追う。
「ううむ。その姿。中々愛い。どうじゃ陽太、妾の家来にならぬかえ？」
　陽太は姫華の勧誘を丁重に断って、デモノイド達を監視する。
　数は四。後方を気にする様子は無く、姫華の思惑通り、付かず離れずの位置を取れば追跡は容易だった。
　その為、陽太が陰に隠れて耳を澄ませば、何かを探し情報交換し合うダークネス達の声を拾うことも出来た。
（「……と言っても、探し物が見つからないって難儀してる愚痴ばかりだけど」）
『アレ』がない、『ソレ』が見つからないとぼかした言い方をしているものだから何を探しているのかも今一判然とせず、うずめ様の名も度々話題には上がるが、他愛のない世間話ばかりで大した情報は得られない。
「……しまったなぁ。飴くらい持って来たらよかった。お腹すいた」
　死愚魔がそう呟くのも無理はない。未だ圏外表示の携帯電話に目を落とすと、迷宮突入から既に二時間が経過していた。
「なんで新宿に拘るのかねえ。物理的にソウルボードがその先にあるとか？」
　小腹をすかせた死愚魔へ戦場食・チョコバイドルを渡し、周は暫し思考を巡らせる。
　時期を考えれば、ソウルボードにまつわる何かが彼女の行動の根幹にある可能性は高い。
　何にせよ、あのうずめ様の事だ。放置すればどんな奇手を打ってくるのか見当もつかない。
「そうだね。ここでうずめ様は確実に撃破したい。けど……」
　耕平には、デモノイドの動きが鈍いように思えた。手早く最下層を目指したいが、彼らの動きは緩慢で、何とももどかしい。
「この動き……なんですの？」
　白雛は地図を覗き込む。灼滅者達はデモノイドの後を追う。故にスーパーGPSが指し示すのはデモノイド達の進路でもあり……彼らはどうも、同じ場所を徘徊しているらしい。
　偵察や作戦の類ではない。後方から確認する限りでは、彼らは常に何かを探す素振りを見せていた。
　彼らが呆けていなければ、恐らく彼らの探しているモノは迷宮内でランダムに出現と消滅を繰り返す、超常的な存在だろう。
　だから同一エリア内を探し回る。
　それでいて、うずめ様の元へ戻る気配はない。
「急がば回れっていうけれど……！」
　ジェルトルーデは気付く。配下たちは一定時間で報告に戻ると言うが、その『一定時間』が五分なのか、十分なのか、一時間なのか、それとも一日なのか、既に報告済みなのか、こちら側で確かめる術はない。
「ターゲットを変更しますか？　……いえ、仮にそうしても……」
　緋月も悟る。最下層に戻るダークネスを探し出すための確たるしるしはない。こちらが出来るのはあくまで『そういう素振り』を見せたダークネスに当たりをつけて追跡する程度だ。
　果たして今ターゲットを変更するのは得策だろうか。あと数分後には最下層に行くかもしれない。
　しかし、ターゲットを変更しないのは得策だろうか。もしかすると今すぐにでも最下層へ向かおうとするダークネスが居るかもしれない。
　……迷宮の攻略を、ダークネス達に依存し過ぎたと気付いた時にはもう遅く。
「よう、灼滅者」
　捕捉されたのは、こちらの方か。

●遭遇戦
「結構な数の仲間が消えた。どこでサボってんのかと思ったら、お前らの仕業だな？」
　リーダー格と思しき、やくざの如き風体の羅刹は合点がいったと頷いた。
　敵・羅刹の数は六。前衛二・中衛二・後衛二。リーダー格は後衛か。突破できない数ではないが、消耗は避けられないだろう。
　陽太は返答代わりに犬変身を解くと、SMAMW《Ein Grab Graben》の銃口を、緋月に迫る敵前衛へ向け、即座に漆黒の殺気を放出する。前衛の羅刹は怯みながらも風の刃で反撃し、刃が陽太の頬を掠め、風がフードを吹き飛ばした。
「こそこそと地下を這い回って、まるでゴキブリみたいだな」
　フードが外れた陽太は、嫌悪することも無く、燃えることも無く、ただ無表情に淡々と、芥を処理するように羅刹達へ告げる。
「気味悪がって、逃げ出してくれたら助かるんだがね」
「そうはいきません。お覚悟を」
　緋月が陽太を狙う鬼の腕を受け止めると、ビハインド・黎月が前衛へ霊障波を見舞い、日本刀・黎月の一太刀がそれに続いた。
「こんなところでこそこそ何をやっているのかな？」
　死愚魔が指先に暗き想念を集め、黎月が刻んだ傷痕目掛けて打ち出す。漆黒の弾丸はマオゥの魔法と合一し、羅刹の体を芯から蝕む。
「ガキの使いさ。情けないことに、それすらこなせそうにないがね」
　リーダー格が指を鳴らすと、中衛が風刃を生み出しこちらへ向ける。
「悪いが急いでるんだ、手早くいくよ」
　耕平はその刃をまとめて脚部で受け止める。ピオニーのリング光が耕平を癒すと、荒ぶ風を凌いだエアシューズは炎を帯びた。
　返礼とばかりに豪炎の蹴撃を羅刹に見舞えば、集中攻撃を受けた前衛の一体目が灰となって霧散する。
「進むにしろ、引くにしろ……か！」
　周は十字架を豪快に振るって差し向けられた鬼神腕を弾き飛ばし、そのまま減速せずに前衛を殴りぬいて叩き伏せる。
　十体分の消耗。今はまだいいが、後になってじりじりと効いてくるだろう。
「なに、こっそり付いていくのにも丁度飽いておったところじゃ」
　一暴れするかの、と、姫華は紅白帯を操り周の攻撃を浴びて仰け反った前衛を貫く。
「う～ん、見つかっちゃったら仕方ないね。でも、手加減は出来ないよ！」
　紅白帯が描いた軌跡をなぞり、ジェルトルーデはロッドを羅刹に叩きつけた。
「白雛さん！」
「後は安心なさって、カペッレッティ様！」
　ロッドを伝って羅刹の体内に流された魔力が爆ぜたと同時、白雛はグレイブから光弾を放ち、その命ごと羅刹を凍結させる。
　がしゃん、と羅刹はガラス細工のように砕け散り、残りは四。
「――と思ったかい？　残念ながら、おかわりだ」
　暗闇より、幾条もの光線が瞬いて灼滅者を貫く。
　こちらが先程まで尾行していたデモノイド達。音は聞こえずとも、殺気を感じて戻って来たか。
「数で攻める。お前たちがいつもやってる戦術を、丸々仕返される気分は最高かい？　此処から先へは行かせねぇよ」
　羅刹が嘲笑い、デモノイドが吼える。
　……それでも構いませんわ、と、白雛は闇への敵愾心を満面に笑い返す。
「さぁ、断罪の時間ですの！！」
　罪救炎鎌ブレイズメシア。その切っ先に白黒の如き炎を奔らせ、虚空より無数の刃を喚び出した。

●意地
「しぶとくて敵わないね。全く、いつの間にこんな……」
　リーダー格の羅刹は愚痴りながらも、攻撃の手を緩めない。羅刹は最早後が無く、デモノイドは前に進むため、どうあれこちらの首を取るつもりなのだ。敵の残りは、六体。
「今日こそはそのしぶとい命運もここで尽きるってわけだ」
　デモノイドのセイバーで縦一文字に斬られたが、意識を失っていないと言う事は、まだまだやれるという事だ。
　熱く軋む痛覚を無視して、陽太はEin Grab Grabenの砲身をデモノイドの大口に突き刺した。
「その為の魔弾の射手だと、その意味をここに示そう」
　正真正銘、零距離の光弾がデモノイドを内側から氷のオブジェに変え、
「空月さん。足場、お借りします」
　緋月はそれを足場に跳躍し、中衛の羅刹へと一息に距離を詰める。
「此処で、お終いにしましょう」
　二つの黎月が逃れえぬ黒死となって閃くと、残り四。
　自身へ攻撃が集中していることに死愚魔は気付く。恐らくサウンドシャッターが邪魔なのだろう。
　これさえなければ、容易に増援を呼ぶことが出来る。
「だったらなおさら、ここで倒れる訳には行かないね」
　死愚魔は強酸を振り払い影を伸ばす。デモノイドの足下に辿り着いた影業は異形のシルエットを侵食し、全てを食らうように呑み込んだ。半ば食われながらそれでももがく異形を、マオゥは肉球でぐいと押し込むと、異形は影も形も無くなった。残り、三。
「死愚魔さんはやらせないよ！」
　それでも止まぬ死愚魔への攻撃に、ジェルトルーデは打って出る。機械槍・ユピテル・ランペッジャメントの霊子力原動機をフルに稼働させ、繰り出す螺旋の一撃は正に迅雷に等しく。異形を貫き、残り二。
　異形の一匹が後退る。隙を見て仲間を呼びに行くつもりなのかもしれない。
「逃しませんわ！　あなた方には、ここで消えてもらいますの！」
　異形がもう一歩引くより速く、白雛が使う影の業は刃となって蒼の肉体を切り裂いた。
「ううむ。目論見が狂いに狂ったのぅ。本来ならこやつらと戦う予定は無かったのじゃが……」
　腕を組み、姫華は唸る。
　ダークネスがこちら思惑に乗ってくれないのは、いつもの事、か。
「まぁ良い。ならば真の風刃、その目に焼き付けて逝くがよかろう！」
　姫華は真空の刃で異形を断ち切り、残り、一。
　最後に残ったのはやくざな羅刹。
　彼は短刀を周に突き立てようとするも、その刃は耕平が盾となり受け止めた。
「君たちは一体何を探していたのかな？」
「失せもの探しさ。正真正銘のな」
　はぐらかしているのか、それが本当の答えなのか、現状ではわからない。
　もしかすると作戦方針を探索に傾ければ何か発見できたかもしれない。
　耕平はダイダロスベルトで羅刹をしっかりと拘束し、ピオニーの魔法がさらに束縛を強め、そして周は、最後に問うた。
「うずめ様はここで神でも降ろすつもりなのか？　そしてそれは、彼女自身の意志なのか？」
「さてね。何をするつもりなのかは木っ端じゃわかんねぇよ。そしてそれが彼女の意思かっ『つったら』そうだろう」
　――『つったら』？
「想いは一つってやつさ。あとは自分で考えな」
　これ以上情報を得ることは出来ないだろう。
　周は羅刹を思い切り持ち上げ、そのまま勢い良く地へ叩きつけた。
　最後の意地か、羅刹が周の足首を掴むと、周は思わずよろめいて壁面に手をつき――。
　ばちん、と、極小のダメージが体に走った。
「ああ、このくそトラップめ、たった一人もたおせやしねぇ……！」
　判り切っていたことなのだろう。羅刹は自嘲し息絶える。

　連戦で消耗が激しい。これ以上の探索は無理だろう。
　あとは仲間たちの成功を祈るだけだ。
　……最後の連戦さえなければ、もう少し深く探索できていただろうか。
「羅刹の、最後の、あがき、ですか」
　アリアドネの糸を手に取った緋月は、そう小さく呟いた。

作者：長谷部兼光	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年6月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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