運動会2018~化けるのは、今でしょ!

     ぺたぺたぺた……。
     黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)と春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)は、武蔵坂学園のキャンパスのあちこちに『運動会』ポスターを貼りだしていた。
    「こんな切迫している時に、運動会ってのもナンですけれどもね……」
    「だーかーらぁー、今年は学園全体じゃなく、有志で企画したんじゃないの」
     ソウルボードの異変により様々な大作戦を次々に行わなければならない昨今の状況では、例年のような大々的な運動会は開催することができない。
     だが、運動会が完全に中止となるのは悔しいし悲しい……という有志が集い、小規模ながら運動会を行うこととなった。
    「こういう時だからこそ、みんなに日常を思い出してもらいたいじゃないのよ」
    「そうですね……」
     と、典はしみじみ頷いたが、すぐにチラリと湖太郎を横目で見上げて。
    「で……こういう時なのに、湖太郎先輩が仕切るのは、相変わらず仮装レースなんですね?」
     湖太郎は仁王立ちし、ふんっと鼻の穴をふくらませて。
    「あったりまえじゃないのよう。こういう時こそ、難しいこと考えないで、小学生から大学生まで……ううん、社会人になったセンパイたちまで、純粋に楽しめる競技がいいんだってばー」
     今年は勝敗は関係なく、とにかく好きに仮装してパフォーマンスしながらコースを一周するだけの競技になっている。
    「ま、仮装は楽しいですもんね」
    「そうよう。本番はもちろん、何に化けようか、どう見せようか考えるのも、衣装や小道具作るのも楽しいでしょ。しかも見てる人も楽しいんだもん、サイコーじゃない」
     確かに今の切迫した状況からの、いい気分転換になるかもしれない。
    「今年は準備期間が短いのが、少々難点ですけどもね」
    「そうだけど-、こういう時こそ、日頃からやりたかった仮装を思い切ってやってみるとかー。そうだわ、ハロウィンや文化祭で作った衣装や小道具を、アレンジして使ってみたりするのもいいんじゃないの?」
     お蔵入りしている自慢の衣装を引っ張り出してきて、披露するのもいいかもしれない。
    「今年もアタシ、張り切ってお手伝いしちゃうわよー!」
     湖太郎は出場者のヘアメイクなどを担当するつもりのようだ。
    「典ちゃんも、手伝ってくれるわよね?」
    「もちろんですよ」
     典も頷いて。
    「ダークネスになんか負けないという意気込みを見せる良い機会です。ぜひ賑やかで楽しいレースにしましょう!」


    ■リプレイ

     関東地方はすでに梅雨入りしているが、その日は武蔵坂学園の運動会を祝うかのような爽やかな青空が広がっていた。

    「湖太郎センパイ! 僕の化けっぷり、どう、どう?」
     仮装レースのスタート直前まで、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)は衣装の調整に余念がない。
    「中華風時計兎なんだよー、おかしいとこない!?」
     ハロウィンに作ったものの何年間分かをアレンジした衣装なのだ。
    「大丈夫、ちゃんとしてるわよう……っと、スタートよ、ホラホラ並びなさいな」
    「うわわわ、もう出発かー!」
     樹斉は慌ててスタートの列に並んだ。
     用意……パァン!
     競争ではないけれど、やっぱりそこは運動会、華やかにピストルが鳴り、競技者……というより演者たちは一斉にスタートを切った。
    「いってらっしゃーい、かわいいわよー、自信もってー!」
     オネエの黄色い声援に送られ、樹斉もトラックを走り出す。
    「うん、元気にがんばるよ!」
     跳んだりはねたり、回ったり。兎の耳と、チャームポイントのぷにぷにがかわいらしい。
     観客の声援を受けて走っていると、樹斉自身もどんどん楽しくなってくる。
    「ちょっと方向性違うの混ぜちゃった仮装だけど……こういう時間を楽しめるってのが、やっぱり一番だよね!」

    「おら、恥ずかしがってんじゃねぇよ」
    「うぅ、これスカート短くない………?」
     紫崎・宗田(孤高の獣・d38589)が、栗花落・澪(泡沫の花・d37882)の細腕を強引に引いた。
     宗田は吸血鬼伯爵風のゴシック衣装でビシッと決めている。相方の澪は天使の羽付き純白のワンピースに、白猫の付け耳付け尻尾、腰までの長さのウィッグという、女の子にしか見えない可憐な出で立ちである。
     題して『不良吸血鬼と猫系天使』。
    「喜べ、今宵のお前は贄だ。俺様のな」
    「に、贄って……紫崎君、吸血鬼似合い過ぎじゃない……?」
     演技しつつ、小柄な相方に極力歩幅を合わせて走っていた宗田だが、面倒くさいのと、澪のかわいらしい反応に、加虐心がむらむらと……。
    「走りを競う種目じゃねえが、演出のうちって事にすりゃ……いいか」
     いっそ吸血鬼らしく、と、
    「しっかり掴まってろよっ!」
     澪を姫抱きにしてかっ攫い、本気で走りだした。
    「んにゃっ!? ちょ、ひゃああぁぁっ!?」
     澪が宗田のガチ走りに怯えて首にしがみついた。
     そんなわけで、走りとしてはダントツ1位でゴール!
    「はぁ、はぁっ……こ、怖かった……」
     ドキドキしたまま、澪は宗田の首にしがみついたままで。
    「疲れた。おい贄、血寄越せ」
     どさくさまぎれに、首筋に触れるだけではあるが、キスしちゃったりして。
    「ひゃっ、んっ……もう……ばかぁ……」
     照れてますます宗田にぎゅっとしちゃう澪なのであった。

     【カフェ・フィニクス】は、大所帯で出場のはずなのであるが、スタートしたのは、彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)と綾瀬・涼子(サイプレス・d03768)の2人きりであった。
     トラックを歩みつつ、19世紀後半のレトロなバルドーコート+シルクハット姿のさくらえが、まず語り出す。
    「珈琲の歴史にはいくつかのブームがありました」
     ともに進む、淡水色のバルーン・スリーブワンピース、短めエプロンに白レースの靴下、黒ローヒールのシューズ、服に合わせた小さな帽子を合わせた、レトロ・ウェイトレスな衣装の涼子へと受け継ぐように、手にしたマグカップで乾杯し。
    「最初の波は、19世紀後半~1960年代迄のインスタントコーヒーなどによる、家庭への普及です」
     ナレーションを終えた涼子はくるりとターンし、掲げたマグカップを楽しげにトレーに載せた。
     その頃には2人はトラックを4分の1程回っており……。

     リレーゾーンで穏やかに待っていたのは、かの有名珈琲チェーン店の制服風のエプロンと白シャツ・黒のチノパン姿で、接客モードの穂照・海(暗黒幻想文学大全・d03981)であった。
     今年のフィニクスは、現代につながるコーヒーブームの歴史を3つの波とプラスアルファのステージに分類し、リレー形式で紹介するという趣向なのだ。
    「(起承転結の承にあたる部分だから、しっかりと決めて次に繋げよう)……セカンド・ウェーブは、1960年代から2000年頃の、シアトル系コーヒーの普及です。いわゆるコーヒーチェーン店の台頭です」
     海は、コーヒーフロートとクッキーを提供するようにトレイに乗せて、大胆にアレンジされたコーヒーの形を見せた。
     ナレーションを引き継いだのは、白い襟ありシャツに黒いエプロン。髪は後ろで一つに纏めて、清潔感重視の出で立ちの神凪・燐(伊邪那美・d06868)。
    「そのブームにより、コーヒーチェーンごとにアレンジされたコーヒーが広がって行きました」
     続いて、ポニーテールに白の縦縞半袖ワイシャツに黒のチノパン、その上にモスグリーンのエプロンという、コーヒースタンド店員の扮装をした天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)が。
    「皆さんご存知の、フォームミルクを乗せたカフェラテや、シロップで香り付けしたフレーバーコーヒーなど、アレンジの幅が広がっていったのです」
     3人は、ナレーションを終えると、
    「お待たせしました。カプチーノと栗モンブランになります」
    「コーヒースムージー、トッピングのホイップとチョコソース、増量ですね!」
     にこやかで丁寧な接客と、爽やかな笑顔で、コース脇に居合わせたラッキーな観客たちに、アレンジ・コーヒーを配りながら進む。そして3番目のステージを担当する仲間に演技を引き継ぎ、深々とお辞儀をした。

    「そしてサード・ウェーブは、2000年から今に続いています。それは良質な珈琲を専門店が責任もって提供すること」
     氷上・天音(拳が打ち砕くのは悲しみの氷壁・d37381)は、長袖のパフスリーブのロング丈な黒ワンピに真っ赤なリボン、同色のローファーを合わせて、フリル付きロングエプロンとカチューシャを着けたヴィクトリアンメイド姿だ。髪を束ねたリボンが風で揺れ、もちろん手にはコーヒーカップの載ったトレイ。
     堂々と語っているようだが、内心では、
    「(長い丈の服って気慣れてないし、裾踏まないように気をつけなきゃ……)」
     着慣れないドレスにかなり慎重になっていたりもするのだが、葉書サイズに仕上げたクラブの宣伝用チラシを観客に手渡すのは忘れない。
     壱越・双調(倭建命・d14063)は、義弟の神凪・朔夜(月読・d02935)白Yシャツ+黒いベスト、黒のスラックスに黒の蝶ネクタイという、ほぼお揃いの姿で登場した。双調が長髪を後ろで一つに纏めているが。
     2人は息の合った様子でナレーションする。
    「それぞれの店が拘りのコーヒー豆を自ら深入りして提供したり」
    「専門店が拘りのシングル・オリジンを使ったコーヒーを扱っていたりと、工夫をこらしているのです」
     そして、笑顔でカップを載せたトレイを持ってコースを進み、
    「お待たせしました。拘りのブルーマウンテンになります」
    「お待たせしました。キリマンジャロになります」
     いい香りを漂わせつつ、観客に丁寧サービスをはじめた。
     居木・久良(ロケットハート・d18214)は、黒のベストとスラックス、白い糊の利いたシャツ、首元には黒い蝶ネクタイというギャルソン服で決めているが、足下は青いレザーのデッキシューズで少しラフな感じをかもしだしているのがオシャレ。
     彼はサードステージのスタート地点で、ハンドドリップで丁寧にコーヒーを落とす演技をしていたのだが、タイミングを見計らってレトロなデザインのコーヒーポットを手に走り出した。
     観客に向けて手を振ったり、お手製の珈琲味のクッキーを配ったりと、存分にレースを楽しんでいる。
     リレー地点に到着すると、4人は丁寧にお辞儀をして、ラストステージに引き継いだ。
     引き継いだ後、朔夜が思わず、
    「……凄く緊張した。コーヒー、もっと良く勉強してみようかな」
     と漏らすと、双調はニコリとして、
    「そうですね。一緒にコーヒーを飲みに行きたいですね。もちろん、専門店に」
     と応じた……その一方。
     天音がラストステージに臨む仲間たちに、意味ありげに手を振っていて……。

    「(天音、何とか転ばなかったわね……)」
     氷上・鈴音(夢幻廻廊を彷徨う蒼穹の刃・d04638)は、妹がドレスにけつまづくことなく無事にバトンを渡してくれたことにホッとしながら、ファーストステージからやってきたさくらえと声をそろえて語り出す。
    「「しかし大きな波とは別に、珈琲は様々な楽しみと共にあります」」
     天音は、菫色の矢絣の着物に紫の袴とブーツ、紫の襷をかけて緋色のリボンで髪を束ねている。その上にフリル付きの前掛けをキュッと決めた、大正喫茶の給仕さん風である。
    「例えば、大正時代の日本のカフェ」
     手には和綴じのメニュー、観客の皆に渡すのは珈琲味の有平糖の小袋という芸の細かさ。
     演出は、神凪・陽和(天照・d02848)と黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)の、義姉妹に受け継がれる。
     2人もレトロ路線の大正の女給さん風で、陽和は赤い縞模様の着物に、レースが添えられたサロペット・エプロンと草履、ポニーテールに赤いリボン。空凛は、紫の無地の着物に、フリル付きのサロペット・エプロンを付け、髪は高い位置でお団子に纏めている。
     ここまでクラブ員たちが作り上げてきたステージを、うまくラストまでもっていかなければ、と気合いの入った様子である。義兄弟たちも参加しているので、思い入れもひとしお。
     2人は、
    「お待たせしました。アイスコーヒーとシベリアになります」
    「コーヒーとあんみつ、お待たせしました」
     これまた衣装に合わせたレトロなカフェメニューを観客たちに勧めていく。
    「そして、現代ではカフェの在り方は実に様々です」
     いよいよ最後に待っていたのは――。
     珈琲とは別の何かがメインなカフェにいそうな、ミニスカ猫耳メイドさんたちであった!
    「お帰りなさいませご主人様、お嬢様♪」
     宮中・紫那乃(グッドフェイス・d21880)は、当然猫耳に、付け襟チョーカーとデコルテ強調のデザインの上着に、ギリギリのスカート丈で攻め攻めである。
    「(女は度胸です!)」
     一方。
    「(今年もなんでこーなったーーーー!)」
     心の中で絶叫している猫耳ミニスカメイド服の巨体は、神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)。
     今年もさくらえと湖太郎により、よってたかってバッチリ着付けとメイクされてしまっている。
    「(そりゃ身軽だよ、例年に比べりゃ! 寧ろ軽過ぎて怖いよ、特に膝上これ何センチだ!?)」
     思わずぎゅむと短いスカートを押さえてしまう。見えそーで怖いのだ。
    「(しかもトリって……って、うおおおお引きずり出すなぁ!)」
    「はい、とりさん、レッツ・ダンシング♪」
     満面の笑みのさくらえが、ぐいと勇弥をセンターポジションに引きずりだした。
     彼もいつの間にか早変わりで猫耳メイドに変身しており、涼子が黒子よろしく脱いだ衣装とハットを素早く回収している。
    「(さ、後は皆の衣装を堪能しましょうか♪)」
     という余裕の笑みで。
     勇弥は顔を真っ赤にしつつも、
    「くっ……皆が(生温かく)見てるんだ、皆の大切な思い出作りなんだ……やるしかないだろ!」
     彼が締めないとレースが終わらないし。
     開き直った勇弥は、紫那乃とさくらえと息を合わせ、仕込まれた猫ダンスを踊りだした。
     さくらえはノリノリだし、勇弥は自棄だが、紫那乃は割と冷静に直立に近い姿勢でハートマークを出したりしている。
    「(私はメインダンサー陣を引き立てるバックダンサーですから……というか、跳ねたら大惨事なのは分かってますから!)」
     衣装がきわどいからね。
     なまあたたかい視線や、笑いに包まれている間に、先に演技を終えた仲間たちも集まってきて。
     足が引きつり、顔が強張りそうなのを、勇弥は責任感で抑え込み。
    「そんな、歴史と喜びの傍らにある珈琲、『カフェ・フィニクス』でお楽しみくださいませだにゃん♪」
     なんとかかんとか笑顔を作り、レースを締めたのであった。

     温かな拍手の中、レースの参加者たちは、待機所へと引き上げていく。
    「お菓子、みんなの分もあるのよ。参加者の皆さんも、裏方さんも一緒に食べましょ」
    「衣装ステキですね、とってもお似合いです」
    「猫耳メイドもなかなかですよー」
    「ななな、なかなかなわけないだろー!」
    「あら、可愛いと思いますけど?」
     和やかな会話と、くつろいだ笑顔――ここしばらく厳しい状況が続いていた、武蔵坂の学生たちに不足していたものだ。
     その楽しい空気は、参加者だけではなく、観客にも充分に分け与えられているようで。

     やっぱり学園生活は楽しくなくっちゃね!

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月10日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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