●
世界が血の色に染めあげられる、黄昏時。
朽ちかけ、骨となりかけた廃墟の一角に、三つ揃えのスーツを着こなした男が足を踏みいれた。
居合わせた面々を見やり、被っていた中折れ帽を手に、一礼。
建物の壁に背を預けていたセーラー服姿の少女が気づき、目線を向ける。
「――来たのですか。天・遊星(あまね・ゆうせい)」
「そちらこそ。アポリアへの協力は、貴女の主義に添うとは思えませんが? 『通り雨』の敷島・瑠以子(しきしま・るいこ)さん」
「貴方には、関係のないことです」
牽制するように視線を交わし、沈黙した男と少女をよそに。
「おいおいおい! てめーら! オレたちを無視すんじゃねーよ!!」
睨みあう両名のそばで声をあげたのは、パンクスタイルの少年だった。
「おや。『アリズミア』の五童(ごどう)兄弟。存命のようですが。――お一人、亡くなりましたか」
少年のそばに並ぶ3人の子らを見やり、「お悔み申しあげます」と、男が心にもないことを言う。
「末妹を殺られたんだ。灼滅者にな」
「仇をとるのよ」
「力が要るんだ」
「……」
オレはリツ。双子の妹がリズム。弟がノイズ。黙ってオレの背に隠れたのがミュート。と、手短に自己紹介をして。
「個々の目的を開示する必要性は、感じません」
「別に構わねーよ。オレたちも、アポリアの話を聞きに来たんだ。どうするかはヤツの出方を聞いて考える」
「では、待つとしましょう。もう少しすれば、天然の星が見える良い刻限です」
退屈はしないでしょう、と男が告げて。
6体の六六六人衆は、その時を、待った。
●
「闇堕ちしていた灼滅者たちの救出は、その多くが成功した。だが、救出を望まなかった狐雅原・あきら――六六六人衆のハンドレッドナンバー『戦神アポリア』が、逃走している」
教室に集まった灼滅者たちを前に、白衣姿の一夜崎・一夜(エクスブレイン・dn0023)が口を開いて。
このアポリアが、早々に動きだしたようだと説明を続ける。
「どうやら、どのサイキックハーツ勢力にも属していないダークネスを集め、自分の軍団を作ろうとしているらしい」
第三勢力を結成しようとしているのか。
戦争に介入し、場を争うとしているのか。
既にいずれかのサイキックハーツ勢力に協力しているのか、詳しい事はわかっていない。
しかしこのまま、見過ごすことなどできようはずがない。
「調査の結果、呼び寄せたダークネスたちの集結場所が判明している。そこへ向かい、ダークネスの灼滅を願いたい」
現れる敵は、全部で6体。
6体すべてが六六六人衆となる。
「『五童』の名を冠する4人の少年少女は、連携攻撃をとってくる」
リツは、近接攻撃を得意とする格闘系のクラッシャー。兄弟の中でもっとも戦闘力が高い。
リズム&ノイズは、スナイパーとジャマーとしてリツを援護する。
ミュートは兄弟を中心に、居合わせたダークネスの回復を行う。
「特に注意が必要なのは、敷島・瑠以子と、天・遊星の2体だ」
2体は単体でも戦闘力の高いダークネスで、これまでも灼滅を逃している。
「双方の性質的に連携をとるとは考えにくいが、利害が一致すれば共闘する可能性は否めない」
この2体に関しては詳細な情報を得ることができなかったため、『生命力賦活』の恩恵がある状態とはいえ、十分に注意して対応して欲しいとエクスブレインは警告した。
「敵の数が多いため、回復役として七湖都にも同行を頼んだ。必要に応じて、指示を出してくれ」
集結したダークネスを、アポリアがどうやって自分の軍団に組み込むのかは、不明だ。
「現場で待っていれば、アポリア自身が現れる可能性もある。だが、日本各地で同時に発生しているから、その可能性は低いか……」
ひと通りの説明を終えた一夜が、そうひとりごちて。
「エスパー達の脅威となるダークネスを灼滅する、せっかくの機会だ。皆、よろしく頼む」
深々と頭をさげ、一同を見送った。
参加者 | |
---|---|
朝山・千巻(愛しい雫・d00396) |
丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879) |
木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461) |
神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
鈴木・昭子(金平糖花・d17176) |
糸木乃・仙(蜃景・d22759) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
●鼓動
「もう少しすれば、天然の星が見える良い刻限で――」
天・遊星の言葉が終わる、直前。
敷島・瑠以子が弾けるように顔をあげ、瞬時に腕を薙いだ。
――中空に顕現する、数多の灰色のつぶて。
『雨』は、殺人兄弟めがけ降りそそぎ、
「なにしやがる!」
末弟を抱え、とっさに回避した五童・リツが非難するも、
「ああ。お目当ては、『これ』でしたか」
手帳を手に、男も嗤って。
――ヅ、ドォン!
業火で焼きつくした壁の陰から、多数の灼滅者が現れる。
真っ先に飛びだしたのは、丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)だ。
「六六六人衆が、まとめて6体も居るなんてね」
足元から生みだしたのは、深海魚のごとき影、影、影。
悠然とひるがえる細身を刃に、殺人兄弟の末弟・ミュートめがけ、群体となって襲いかかる。
「クソッタレ!」
傷を負った弟を見やり、やむなくリツは散開。
「――!」
続いてミュートに絡みついたのは、影色の蓮の花だった。
まだ幼い――幼く見えるその体躯を蛇のごとく締めあげ、呑みこんでいく。
「はじめまして。そして天は、お久しぶりです」
影の花を手繰りながら、神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)がスーツの男を睨みつけるも、
「「シね!」」
男と言葉を交わす前に、左右の死角から双子が斬りかかる。
おそらく、末弟を助けるため、一糸乱れぬ攻撃をくりだす二人。
「血の繋がりがなくても、『絆』はあるのね」
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)の瞳が、ゆらと揺れて。
――少し、羨ましい。
胸中で呟いた次の瞬間、
「凍えてしまえ、全て」
血紅の瞳を見ひらき、魂から削りだした『冷たい炎』を、解きはなつ。
リズムは難を逃れたが、ノイズは凍りつくような炎に焼かれ、地に転げた。
ミュートが回復に走るも、
「きっちりフォローするんだね」
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が行く手を阻み、剣帯を鞭のように手繰り、追撃を仕掛ける。
「ミュート、立て!!」
吠えたリツの回し蹴りが暴風を巻き起こし、前衛に立っていた者たちを薙ぎ倒す。
百花(d14789)のウイングキャットとさくらえ(d02131)が、エアンとキィンをかばい護って。
「リツにいさん!」
叫んだリズムの自律帯が空を駆る。
しかし、
「怪談に似合いのシチュエーションだけど」
糸木乃・仙(蜃景・d22759)は、あえてその一撃を受けとめた。
血の滴る拳を固く握りしめ、蠢く帯を繋ぎとめる。
気圧されたリズムの眼前で、巨大十字架型の全砲門を開放。
視界の端で仲間たちと攻防をくりひろげる瑠以子と遊星を認め、肩をすくめる。
「あのメンバーに、そんな叙情はなさそうだね」
至近距離で引鉄を引けば、砲撃を受けたリズムの身体が、鮮血をまき散らしながら吹き飛んだ。
同じく射程範囲内に居たミュートの身体にも、複数の穴が穿たれている。
血だまりをつくりながら上半身を起こした幼ダークネスの耳に、ちりんと鈴の音が響く。
見あげれば。
縛霊手を携え、覗きこむように鈴木・昭子(金平糖花・d17176)が立つ。
「逃がしません」
次々に腕の祭壇がひらき、霊的因子に作用する結界が構築されていく。
場が完成する、寸前。
「――い、…さ…!」
茜と紺に塗り分けられた空めがけ。
ミュートは最後の力を振りしぼり、弓を撃ちはなった。
●律動
星が堕ちるように、幾筋もの赤光が流れた。
それは灼滅者たちの頭上に次々と降りそそぎ、天・遊星を牽制していた朱那(d03561)をも、傷つける。
朝山・千巻(愛しい雫・d00396)はすかさず、一帯に法陣を展開。
(「無理に攻撃に参加はしない。私は、私の仕事を…!」)
仲間たちに癒しと天魔の力を宿らせて。
「ふたりも、皆の背中を支えてあげてね!」
頷いたさかな(dn0116)と漣香(d03598)が、揃って黄の交通標識を掲げる。
除霊結界の完成とともに、ミュートは消滅。
星を愛する男は、観劇後の観客よろしく、拍手喝采を浴びせた。
「命がけの流星群とは、なかなかの見世物でしたね」
「ン、のやろォ!!」
リツの蹴り、ノイズの鏖殺領域が、男もろとも灼滅者たちを巻きこんでいく。
間一髪。
飛びこんだルティカ(d23647)が、木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)を殺気の領域から突き飛ばして。
即座に体勢をたて直し、漆黒のオニキスが飾られた皮のベルトループに手を伸ばす。
――双子はどちらも深手を負っている。
――だが今、狙い定めるなら。
「まずは、お前を崩す!」
射出した帯がリズムの身体を引き裂き、片腕を切断。
血を流しながらも反撃に移ろうとした、その時だ。
「後衛、狙われています!」
さくらえが叫び、仲間をかばおうと手を伸べる。
灼滅者の牽制をいなし、瑠以子はプリーツスカートをなびかせ、跳ねた。
ごう、と降りそそいだ灰の雨が、ダークネス、灼滅者、そして朽ちかけの廃屋までもを、ひとしく穿つ。
強度を失った廃墟の一部が崩落し、天・遊星と五童兄弟も戦闘を中断。
灼滅者たちの追撃を避けるように、遊星は手帳に描かれていた紋章を後衛めがけ刻みこむ。
千巻の身は、ビハインド『泰流』が護った。
「絶対、逃がさない。ここに『雨』は、降らせない…!」
『怒り』にかられた仲間たちの枷を祓おうと、千巻とさかな、そして漣香が手分けをして癒しを展開していく。
(「ちろるさんが追い続けた女。彼女を、水底に堕とした女」)
今なお憎く、許せはしないけれど。
――ちろるさんは、恨みで戦わない。
だから自身も、この戦いに恨みを持ちこまないと、決めたのだ。
――敷島・瑠以子は、灼滅者を滅するためなら同族の死もいとわない。
「雨女ァアアアア!!」
激昂したリツが殴り掛かるも、瑠以子はわずかに身体の軸をずらすのみで、回避。
『雨』の集中砲火を見舞い、少年を蹴り飛ばす。
「にいさん、出直そう! こんなの分が悪すぎるよ…!」
隻腕になった双子の姉に肩を貸し、ノイズが兄へと呼びかける。
妹弟の仇は討ちたい。
しかし、なりふり構わず戦う格上の六六六人衆まで相手になっては、たまらない。
「逃しはしない」
柚羽のリボンが紅色の刃となり、リズムを一閃。
なおも逃亡を試みようとする双子へ牽制を仕掛け、紫月(d35017)は言った。
「深紅のワンピースに、ウェーブヘア」
その言葉に、双子の双眸が見ひらかれる。
「あの六六六は。確か、『ハルモニア』の異名を冠してたな」
――五童・和音。
紫月はかつて、プレスター・ジョンの国で五童の末妹にまみえた。
怒りを再燃させた双子の胸中に、もはや撤退の文字はなく。
「堕ちたばかりの、かわいい妹」
「きっと、無念だったろうに!」
自律帯とチェーンソー剣を携え、姉弟は攻勢に転じた。
長兄が気づき、振り返った時には、もう遅い。
包囲する灼滅者たちからの、集中攻撃。
『えあんさん、ふぁいとっ!』
無線から届く妻の声に、エアンは柔らかな笑みを浮かべて。
「連携は、こちらも得意としている所だからね」
構えたモノリスから、荘厳な聖歌が響く。
その銃口が、まっすぐにダークネスを見据えて。
光の砲弾がほとばしる。
ノイズの心臓を正確に撃ちぬく。
半身ともいうべき弟が消滅する、その時。
「ぅああああぁぁああ!!」
姉もまた、蓮二のはなった爆炎の弾丸に貫かれていた。
死の痛みか。
兄弟を喪った慟哭か。
片手で顔を覆い、血の涙を流すリズムを見やり、
「俺も。殺人鬼だった頃から、泣き虫だったよ」
呟いて。
蓮二は、血濡れの子らが消え逝く姿を、見送った。
●凶星
残るは、リツ、遊星、瑠以子の3体。
遺った五童の長兄は、誰の眼にもわかるほど取り乱し始めた。
攻撃先は定まらず、ダークネス、灼滅者問わず、やり場のない怒りをただただ周囲にまき散らす。
「――いくよ」
バイオレンスギターをかき鳴らし、さかなは仲間たちを鼓舞し続けた。
腹の底に響く、重低音。
「とっておきを語ってやろうか」
仙が怨恨のこもった怪談を語れば、猛るリツは苦悶に膝をついて。
「背中を向ける暇は、ありませんよ」
昭子が黒曜刃の斬槍を振りかぶり、撃ちはなった氷刃がリツの身体を八つ裂きにする。
なんてザマだと、少年は奥歯を噛みしめて。
「シ、ねェ!!」
後には退けない想いと怒りを、渾身の一撃に叩きこむ。
「こう見えても、我はそれなりに堅いで、な!」
炎を纏った蹴りをかばい受け、ルティカは不敵に笑った。
裁きの光条を撃ちはなちながら、キィンは想い巡らせる。
機会は、驚くほど簡単に消えていく。
それを踏みにじらなかったとして。
すべてが、都合の良いように手元に届くわけではない。
だからその都度、天秤にかけてきたのだ。
(「オレが甘いとすれば。星が見える夜で、良かったってところか」)
夜の帳に包まれつつある中、リツの表情は判じ難くなっている。
仲間たちの用意した光源のおかげで、戦闘に支障はない。
影法師のおどる死角から飛びだし、想々が叫ぶ。
――かつて、己が見つけたダークネスたち。
「私のこと、覚えてますか五堂・リツ、天・遊星!」
「知る、かァ!」
満身創痍の、リツの即答。
叩きこまれた重い蹴りに、唇を噛みしめる。
遊星の様子を伺う余裕は、ない。
「こっちだよ!」
朱那がフェイントを仕掛け、一瞬のスキを突いて少年を殴り飛ばした。
(「ずっと思ってた。いつか必ず、殺してやるって…!」)
あの頃よりも強くなった。
こんなふうに。
――次々と、彼らを殺せるくらいに。
ガトリングガンの銃口を定め、吠える。
「末っ子の元に、送ってあげる!!」
リツは地を蹴り回避を試みたが、斉射に捕まった後は、ひとたまりもなかった。
連射の唸りは、しばらくの間続き。
蜂の巣状になった遺体は、夜闇に溶けるように一瞬で消滅。
「ああ、さっぱりしましたね」
包囲する灼滅者たちの牽制を喰らいながらも、スーツの男は他人事のように戦場を跳ねまわる。
一方、セーラー服の少女は、執拗に回復手と壁役を潰しに掛かっていた。
漣香のビハインド、百花のウイングキャットは、五童兄弟を灼滅している間に、既に撃破されている。
そしてまた、回復手のさかなへ向け、爆炎をこめた大量の『雨』を降りそそぐ。
「抜かせはせぬよ!」
ルティカはとっさに学友への攻撃を受け止めたが、それが限界だった。
力尽きた身体を紫月が抱えあげ、急ぎ、後方へと下がらせる。
「敷島はともかく。天は、縛りつけておくでもしないとなんだが…!」
寄生体から生成した強酸性の液体を飛ばし、敵の装甲を腐食させキィンがぼやけば。
「年配こそ、配慮いただきたいものですがね」
「人徳の差だ、エセ紳士」
振りかぶった拳が、空を裂く。
「望外の評価、痛み入ります」
跳ねた先には、瑠以子の一撃を避けたさかなが居る。
「おねがい、アニマ…!」
仲間たちに癒しと護りが施されるのと、さかなの身体が壁に叩きつけられ、意識を手放したのは同時だった。
男の間合いに飛びこんだ柚羽は、すぐさま漆黒の長剣を非物質化させて。
空いた手で首筋を押さえ、微かに眉根を寄せる。
――いつかの傷は、もう、すっかり癒えたけれど。
「凶星は、堕とす」
霊魂と霊的防護だけを破壊する剣を、一閃。
至近距離からの一撃に、落としかけた帽子を受け止め、男がようやく体勢を崩した。
「ああ。貴女は、あの時の」
因縁があるのは、朱那も同じだ。
「アンタは絶対逃がさない――」
太陽と月を象った長槍を手に、逃げ道を潰すよう果敢に仕掛ける。
「アマネ! もう一度、遊んでぇな!」
(「そうだ。忘れるものか」)
凄惨な地獄を作った男。
大きな犠牲を払ってさえ、届かなかった凶星。
「今度こそ、お前が墜ちろ!!」
続く想々が怪談蝋燭を掲げ、炎の華を咲かせて。
『えあんさん、うしろ!』
百花の無線が警告を発すると同時に、さくらえが仕掛けた。
――灰色の雨の、因縁。
「出会えて何より。そして今日で、さよならだ…!」
死角から迫った瑠以子へ、白蛇を模した帯締めで斬りかかり、攻撃を相殺。
エアンは天・遊星の背を追い、クロスグレイブを叩きつけて。
「きみたちは、アポリアからどういう話を聞いて集まったのかな?」
満身創痍の男は、半壊した床にめり込んだ格好であっても。
血を吐きながら、ニタニタと嗤っていた。
蓮二は、六六六人衆はヒトに近いのだと感じていた。
怒ったり、笑ったり、泣いたり。
それでいて。
――こんなふうに、決定的に違う。
「庇うばっかじゃ、終わらないからね!」
携えたガトリングガンで、崩壊寸前の床もろとも弾幕を浴びせかけ。
「戦神と連絡を取る方法があるなら、是非知りたかったんだけど」
なおも灼滅者に迫ろうとした男へ、仙も制約の弾丸を撃ちはなつ。
スーツも本人も、人間であればとうに息絶えているであろうほどに、ズタズタだった。
それでも、覗く双眸は、今も狂気に満ち満ちている。
――ちり、り、りん。
昭子が駆け、跳ねるたび、戦場に澄んだ音色が響きわたる。
きっと、何度もない機会。
この場では、因縁ある者たちの手助けをするのだと、決めている。
「おわりにいたしましょう」
顕現させた影を手繰り、天・遊星の脚めがけ影刃をはしらせて。
柚羽も過去の借りを返すべく、黒剣を手に踏みこんだ。
「いつかの、お返しです」
首筋を、一閃。
血をまき散らしながら倒れ往く男へ、キィンはつぶやいた。
「どうして、殺されなければいけなかったのか」
忘れもしない。
かつて己に、愚問を投げかけた少年。
だから、答えた。
「『ひとをころすのに、理由が要りますか?』」
二年経っても、男の言葉は変わらず、明瞭で。
「一線を越えるのに無い迷いが。許せないと思うには、事足りすぎたんだ」
遊星や瑠以子のことすら、キィンにとっては『道』のひとつだった。
『相容れぬもの』がいる。
そのどれもが、切実なのだ、と。
「だとしたら、オレは」
己の利き腕を巨大な刀に変え、腹を括る。
腕を掲げる。
「お前に『恨まれるもの』にでもならなければ、釣りあわないだろうよ」
「は、は、は!」
――ドッ。
夜空をあおぎ嗤う男の身体が、両断され。
セーラー服の少女は、高く跳ねた。
●灰雨
『雨』の追撃をかばい受け、さくらえの身体が地に崩れ落ちる。
とどめをさすべく、瑠以子は即座に蹴りをしかけた。
「昭子!」
叫び、蓮二が自律帯で攻撃を払い。
入れ替わり、槍を構えた昭子が続く斬撃を受け止めて。
「お逃げください!」
漣香は戦闘不能になったさくらえを廃墟外へ運びながら、恐怖を覚えていた。
多数の灼滅者に包囲され、攻防を続けていたダークネスとて疲労は色濃い。
――それでも、標的を戦闘不能者へ変えたということは。
(「突破する気なんだ!」)
瑠以子はなにも語らない。
表情からも、うかがい知ることはできない。
しかし、千巻にはわかった。
あの少女は、最後の最後まで『可能性』を捨てはしない。
だからこそ、仲間たちへ回復と戦闘不能者たちへの攻撃を警戒しながら、改めて決意する。
(「雨が降るこの季節だから。泣いても、笑っても、これを最後に、する。――必ず」)
隙を与えれば、突破される可能性が高くなる。
ならば、やることはひとつだ。
「悔いて、喰え」
紫月は怪談蝋燭を掲げ炎の花を飛ばし、朱那は回避する少女の横合いから、赤の交通標識で殴り倒した。
受け身をとり立ちあがろうにも、一瞬、動きが止まって。
「想々ちゃん!」
「これ以上、いのちを狩らせない!」
決意とともに、ガトリングの引鉄を引く。
瑠以子は回避を試みたが、弾幕に押しきられ、多くを被弾する。
「もも。仕掛けるよ」
『はいっ、えあんさん!』
夫の呼びかけに、百花がすぐさま全方位に帯を放出。
翼のごときそれが六六六人衆を捕縛したところへ、
「逃がしはしない」
手にした十字架を構え、エアンが光の砲弾を撃ちはなつ。
「っぐ!」
それが、戦闘開始後、初めて聞いた少女の声で。
柚羽は死角からの斬撃を繰りだしながら、疑問を抱いていた。
他者がいる限り、ぶつかりあうのがこの世界。
譲りたくないものがあるからこそ、そこに、たたかいが生まれる。
だとしたら。
「何が、あなたを『そう』させるのですか?」
瑠以子は、ふっと鼻で笑って。
灼滅者たちへ明確な殺意を向け、言った。
「貴方たちへの、『怒り』が」
その言葉にキィンは違和感を覚えながらも、オーラキャノンをはなった。
ダークネスの思惑を探るには、圧倒的に情報が足りず。
「その言葉、そのままお返しするよ!」
仙はダイダロスベルトを高速射出し、死角という死角から斬り刻む。
ボロボロになっても、瑠以子は反撃をやめない。
仙は体をはって、それを受け止めて。
背を押し、送りだすように呼んだ。
「朝山、行け!!」
千巻は頷き、駆けながら叫んだ。
「私も雨は好き。音も、香りも、湿っぽさも。それでもやっぱり、私は雨あがりを見たい。雲の切れ間から差す光が好きだから…!」
言葉を重ねるごとに、涙があふれる。
想いがあふれていく。
「貴女がいなければ見えなかった。だから、私は、貴方が好き」
押さえこもうとする灼滅者たちの手を振り払い、瑠以子は千巻を睨みつけた。
「全人類から『選択肢』を奪った貴方たちには。『私たち』の想いは、決して理解できないのでしょう」
そうして、己のこめかみに、銃をあてがうかのように手指の先を突きつけて。
「これが、私の選ぶ『最期の選択肢』です」
その、まっすぐな瞳をみた瞬間、千巻はすべてを悟った。
葬儀場の少女も、卒業式の少女も。
きっと瑠以子にとっては、行き場のない想いを抱えた、『私』だった。
――いかせはしない。
浄化の光が満ちあふれ、あたりを真昼のように照らしていく。
「く…!」
あまりのまばゆさに、瑠以子がこめかみから手指を逸らした。
瞬間。
「貴女の雨は、私が晴らす」
収束した光条が瑠以子を撃ち、その身をたちまち浄化する。
燐光と化してゆく己をかき抱き、泣きじゃくる千巻へ。
瑠以子は灰の眼を向け、言った。
「それで? 貴女はいったい。『何者』になるのですか?」
その答えを伝える間もなく。
腕のなかのダークネスは、夜闇に溶け、消えていった。
●光芒
戦闘後。
「さかな殿はお疲れさまじゃよ。木嶋殿もの?」
「ん。ルティカも」
「猫の手以上だったぞ」
『生命力賦活』の効果を受けた灼滅者たちは、即座に回復。
戦闘不能者やサーヴァントたちの体力も戻り、継戦は可能と思われた。
「皆さえ良ければ、アポリアを待ってみたい」
「現れたら、サイキックハーツに巻き込まれずに生き延びる方策でも見つけたのか、聞いてみようか」
「一応、隠れとこ」
エアン、仙、蓮二の提案で、廃墟のガレキに身を潜める。
やがて急な豪雨が現地を襲い、灼滅者たちは冷たい雨に耐えながら一夜を明かすこととなり。
結局、明け方になってもアポリアは現れなかった。
雨は、霧雨のまま降り続いていて。
ちりりと鈴鳴らし、昭子が口をひらく。
「悔しかったことも、悲しかったことも。ここで、幕引きを」
だれひとり、答える声はない。
けれど、確かに。
これまで連綿と続いてきたなにかが、ここで、終わったのだ。
「見てください」
柚羽の言葉に地平をみやれば、天上へ向かい、あわい『天使の階段』が伸びている。
想々がこてんと首を傾げ、
「…帰りましょう、皆さん」
やわかく、微笑んだ。
先往く仲間たちの背を見やり、千巻が足を止める。
その日見た朝焼けは、梅雨明けの空にふさわしい清々しさで。
どこまでも、うつくしく澄んだ色をしている。
「さようなら」
空を仰ぎ、故人をしのぶ声を耳にして。
漣香の眼に。
たまらず、涙がにじんだ。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年7月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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