クラブ同窓会~カミ廻る、五百夜の郷で

    作者:西東西

    ●2028年
     かつて、過疎地だった村にて。
     村の交流施設『五百夜(いほよ)の郷』の、庭先で。
     古めかしい竹ぼうきを手に、二十代後半の女性――七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が空をあおいでいた。
     血紅を思わせる、ぼんやりとした瞳。
     左の片耳にだけ、瞳と同じ色のピアスが揺れている。
     白にちかい青の髪は背中を隠すように長く、風吹くたびにさらさらと流れて。
    「……きれい」
     はらり、舞い落ちる紅葉を見送り、そっと、かすかな微笑をうかべる。
    「さかなちゃん、手が止まってる」
     ぴしゃり檄を飛ばしたのは、施設から顔を覗かせた妙齢の女性だ。
    「まあまあ。今日はお客さんも少ないし、のんびりしたらいいさ」
     女性の夫であり、施設の代表者である壮年の男性が、「気持ちのいい秋晴れじゃないか」と、同じように空をあおぐ。

     10年前。
     過疎地として苦境にたっていたこの村は、夫婦の奮闘のかいあって、今では知るひとぞ知る観光地として賑わっている。
     いまだ村の人口はすくないものの、村を気に入った若者たちが移り住むことで、新しい世代も暮らすようになった。
     七湖都・さかなも、そんな移住者のひとりで。
     数年前に亡くなった村の神主のあとを継ぎ、ひとり、神社を守っている。
     時間がある時はこうして、『五百夜の郷』の手伝いもしていて――。
    「そういえば。さっき懐かしい子から連絡があったのよ。朝山・千巻さん、っていったかしら。また、みんなで遊びに行っても良いですかって」
    「ずいぶん前に、七湖都ちゃんたちと一緒に遊びに来ていた子じゃなかったかな? ほら、武蔵坂の――」
    「千巻……! いつくるの!?」
     眼を輝かせ、勢い込んで声をあげたさかなに。
     夫婦は顔を見あわせ、高らかにわらった。


    ■リプレイ


     村にたどり着く直前。
     千巻(d00396)は愛用のスマートフォンから、馴染み宛てにメールを送った。
     ――研究者クン、私の場所が分かるカナ?


    「またこの村へ遊びに来れるなんてすごく嬉しいです! 千巻さん、ご縁をつないでくださり感謝なのですよー♪」
     村に着くなり、千巻を熱烈に歓迎したのは陽桜(d01490)と霊犬あまおとだった。
    「陽桜ちゃん! また会えて私も嬉しいっ!」
     千巻とハグする合間にも、次々と到着する観光客の中に、見知った顔が通り過ぎていく。
    「以前にご一緒させていただいてた方々にお会いすることができて、あたしもすごく幸せなのです!」
    「千巻、陽桜。いらっしゃい」
     銘仙の着物を着たさかな(dn0116)が施設から現れ、じゃれつくあまおとを、わしわしと撫でる。
    「さかなちゃん、身長伸びた? こっちの生活どう?」
    「まだ伸びてる。ここは…、空気と水がおいしい」
     往年の少女からは出なかったであろう生活じみたワードに、千巻は目に涙を浮かべて。
    「さかなちゃん、成長したねえ…!」
     ぎゅうぎゅうハグされるも、本人はまんざらではない。
     ふいに、陽桜がさかなの袖を引いた。
    「さかなさん。一夜さんは、来ていないのですか?」
    「ん。一夜は、後で」
     朝まで仕事をしていたから、きっと昼過ぎに来るだろうとのこと。
     エクスブレインとの再会の楽しみは、もう少し後にとっておくことにして。
     懐かしの村を前に、かつてのワクワクが蘇る。
    「この村の景色は、全部好きですけど。できるなら、また、あの田んぼ見に行きたいです。もう収穫は終わってるのでしょうけど、もう一度見たいなぁって」
    「賛成!」
     大きな荷物を施設に預け、身軽になった女性たちと霊犬が、次々に駆けていく。
     風に揺られ、海のように波うつ稲穂は、来年までお預けだけれど。
     地平まで見渡せるあの景色を見たら、きっと清々しい気持ちになる。
    「収穫した新米は。今年も、神社に奉納した、よ」
     村の神事は、今ではさかなが主だった役目を負っているらしい。
     せっかくだからと、神社へ向かった先で出会ったのは、
    「さかな殿…!」
    「サーニャ!」
     大きく手を振り、駆け寄ったのはさかなの友達のサーニャ(d14915)だった。
    「さかな殿が、村に移住したって聞いて来たんだ」
     北欧で見つけたというお土産のバレッタは、手渡してすぐに髪に付けるほど気に入ったようだ。
     お互い髪が伸びて大人びたねと、なんだか照れくささもあって。
     木陰に座り込み、おしゃべりに花を咲かせる。
    「この10年は、どんな感じで過ごしてたの?」
    「ずっと、村に通ってて。数年前、神主さんが亡くなった時に、わたしが、ここを継いだの」
     建て直され、今ではすっかり立派になった社を振りかえり、「サーニャは?」と問い返す。
    「今は世界を飛びまわって、各地の民芸品を買ったり売ったりする仕事をしてる。ついでに、日本の伝統品や時代劇も布教してたり」
    「それで、このバレッタ」
    「そう!」
     村にも着物を作る人や、昔ながらの玩具を作る人がいると告げると、話が弾んで。
     以前よりも感情豊かになった友を見やり、ふと、問うた。
    「さかな殿は今、幸せ?」
     かつて孤独を抱えていた少女は、静かに、頷いた。
    「『居場所』が。できた、から」


     ――パン! パン!
     高く手を打ち鳴らすのは、神社の参拝に訪れていた命(d05640)。
     健勝祈願の後に、郷の名前の由来をさがすも、
    「あー、『五百夜の郷』って、公募で付けた名前なんだよね」
     たしか、と、千巻が命の元に駆け寄って。
    「元気にしていたかな? かわりはないかな? 赤ちゃんとかできてないかい?」
    「やだな、私はお独り様だよぉ」
     命ちゃんは?と返せば、
    「私は今度、軌道エレベーターを建設する事になったよ」
    「スケール大きい、すっごい!」
     その声がよく響いたものだから、近くに居た陽桜やサーニャ、さかなもわっと集まった。
    「せっかくだ。けっこう美味しくできたんだ、チロルや他のみんなも、良かったらどうかな?」
     持参していたお弁当の包みに、皆のお腹がぐうと鳴る。
    「社のなか、使える、よ」
     さかなが鍵をあけ、普段は入れない建物の中へ。
    「カラアゲ、出汁巻き卵、おにぎり、それにお茶まで!」
     感動し喉を詰まらせるサーニャに、千巻が慌ててお茶を注いで。
     満腹後。
     山を下りるついでに、のんびりと風景を眺め歩く。
    「土木関係って、開発とかかな?」
     千巻が問えば、「そうだな」と、命が頷く。
     しかし眼前には今、変わることのない、古くからの風景が広がっていて。
    「私は、いいものをつくってこれただろうか――」

     女性陣がそろって施設に戻ると、そこには建物に魅入る漣香(d03598)の姿。
     千巻とは度々会っているので、軽く挨拶。
    「ちっす」
    「建築士さん、勉強してる?」
    「してるよ。いい所だねー此処、人も景色も優しい感じ」
    「うんうん、そでしょ? 漣香くんにも気に入ってもらえると嬉しいなっ」
     楽し気な様子を見やり、改めて屋敷を仰ぎ見る。
     リノベーションされた建物。
     大切に残された大黒柱。
     村の歴史を伝える資料室。
     静かに小川が流れる庭園と、人々。
     ――こういう、何気ない小さな世界を守るために、オレ達は戦ってきたのかな。
     駆け抜けた、あの青春の日々を。
     もっと、誇っていいのだろうか。
    「――」
     傍らのビハインドは、笑んだまま何も言わない。
    「お前は。これからも、そうなんだろうな」

     建物を食い入るように見つめる弟分の傍らで。
    (「――あれ?」)
     千巻は一瞬、だれかの視線を感じて、振りかえった。
     けれど視線の先には、だれも居なくて。
    (「気のせい。だった、のかな」)

     同じころ。
     紅葉を眺めるべく訪れた保(d26173)は、再訪した村の賑わいに微笑んでいた。
     施設の一室で澄んだ空気を吸い、ふと庭を見やって。
    「さかなさん? さかなさんかな…?」
     手を振れば、ほのかな笑顔が返る。
    「十年、かぁ」
     青空に舞う、紅を見送る。
     はらり、頼りなく舞う様に、かつての己を重ねる。
    「ボク、初めて戦いに出ましたとき。さかなさんと一緒やったなぁ」
     「ほら、唐橋の」と付け加えた言葉に、「あ」と、さかなが目を見開く。
    「保、りっぱになった、ね」
     その物言いが、なんだかおかしくて。
     保はフフッと笑い声をあげる。
     ――お茶を飲んで、一服。
    「この村、変わったねぇ。変わらずに美しいんやけど。温こう、感じるよ」
    「ん。ここ。本当に、居心地が、よくて」
     だから越してきたと、さかなが頷く。
    「時の流れて、なんやろ…て、思います。変わるのは、人ばかりやないんかな。…さかなさんは?」
     何か変わったかと問われ、小首を傾げて。
    「ほしいもの。ほしいって、言えるように。なった」
     「たぶん」と付け加えるのへ、「そりゃええなあ」と、いつかの記憶を手繰る。
     この建物が、交流施設になる前。
     あの時、友達が言った。
     ――この景色を覚えている。
     鮮やかな情景と、星々にも負けぬ笑顔が、併せて想い出される。
    「時間は、前を向いて流れるね」
     村と、自然と。
     そして、人々とともに。


     世界が茜色に染まる、黄昏時。
     アリス(d00814)は交流施設の庭園を臨む座敷で、沈みゆく夕陽を眺めていた。
     紫の瞳に太陽を見据えつつ、静かにまぶたを閉ざす。
    「この村は。『夜』を越えて、再びの『朝』を迎えることができたのね」
    「?」
     いぶかるさかなに、言葉を重ねる。
    「正直、あの頃は。この村が長くもつとは思ってなかった。最期を目に焼き付けて、看取る気持ちでここへ通ってたの。ずいぶん傲慢で、失礼だったと思うわ」
    「ん。奥さんが聞いたら、おこられそう」
     「でも、今も在るから」と、零して。
    「アリス。ご飯食べていく?」
    「もう晩ご飯? 出てくるお料理は、あの頃から変わっていないのね」
    「ん。代替わりしてる、けど」
    「人が変わっても、その場所は変わらない。…この村はもう大丈夫ね」
     しみじみと告げる言葉に、
    「ん。そう思う」
     さかなが、心底嬉しそうに、微笑んだ。

     同じころ。
     村はずれにある神社の、鎮守の森では。
     紫と紅葉の着物をまとった想々(d23600)とシルキー(d09804)が、梅林の道を並び歩く。
    「まだ梅は咲いてないけど、前より賑わっとるね」
    「ほんと、何だか私達も嬉しくなりますね」
     梅を見れないのが惜しいけれど、ひと笑み。
     ――あれから、10年。
    「いつのまにか…っていう気分」
     決して一瞬ではなかった、語りきれない日々。
    「あの頃より穏やかな日常は、得難いものだけど。私が私でなくなった気がして、なんだか、時々悲しくなるの。…えへへ、なんでやろ」
    「…貴女が昔の自分を惜しめるのは、きっと過去を肯定できているから」
     物憂げな横顔に、かつての少女の面影を重ねる。
     しかし。
    「儚げな処も危うい処も、貴女の魅力の一つだったけれど。私は、今の落ち着いた貴女も好きよ」
    「シルキーさんが居てくれるから。生きていけてるんやと、思う」
     その言葉に、令嬢がふわりと微笑む。
    「綺麗なものや素敵な物が、貴女を形作ると嬉しいから。これからも、色んな所を見て回りましょうね」
    「…ん。もっと沢山、綺麗なもの、素敵なものに触れて、ほんの少しでも、やさしいものになりたい」
     さぁと吹く風に、白と銀の髪が揺れ。
     きらめく陽光に、眼を細める。
    「また来ましょうね」
    「勿論、差し当たっては来年」
     今度は、梅の咲く頃。
     梅が咲く季節を、楽しみに――。

     遅くに村にたどり着いた一夜(dn0023)は、川沿いの道を歩く路程で、見覚えのある面差しの女性――優雨(d05156)に気付いた。
     こちらの姿を認め、気配を消して待っていたらしい。
    「久しいな、小鳥遊」
     呼びかけには、応えず。
     いつかの世間話の続きのように、語り掛ける。
    「人類がエスパーになったから、私が学んだ薬学とか必要なくなると思ったのですけど。研究することは、意外とあるものですね」
     静かなその声音に、思わずフッと笑って。
    「同じ研究者として、その意見には同意する。私もいまだ、ヒトとダークネスの研究が尽きない」
     学園に所属している一夜の元には、卒業生のその後について、情報が入ることがある。
     けれど優雨に関しては、この10年間、聞いた覚えがない。
    「今は、どこで、なにを?」
    「まぁ、一年の半分は世界中の旅してるのですけどね。奪った命より多くのものを救いたいと始めたけれど。旅をすることが目的になってる気がします」
    「身動きのとりにくい私には、羨ましい話だ」
     そう、微笑んで。
    「…会って、行かないのか?」
     この道で優雨が佇んでいた意味を、わからない一夜ではない。
     怪文書を送った本人は、きっと最後に、この川にやってくる。
    「『居ることがわかってる人』を探すのは、簡単ですけど。『居るという認識がない人』を探すのは、困難ですからね」
    「小鳥遊」
     声を振り払うように、「チロルちゃんに見つかることはないでしょう」と、背を向ける。
     ふと見あげた空は、紅く。
     迫りくる群青を端に、冴え冴えとどこまでも広がっている。
     過ぎてゆく風に、乱された黒髪をかきあげて。
    「さて、チロルちゃんに気付かれる前に、次に向かいます」
     『優しい雨』はそう告げて、一夜とは真逆の方角へ歩き始める。
     いつも、言葉少なく。
     けれど、誰かのために行動していた少女を、一夜はよく、覚えていたから。
     だから――。
    「いつか。お前がどこかに『無事カエル』ことができるよう、祈っておくよ」
     消えゆく背中を。
     そっと、見送った。


     夜の帳がおりた頃。
     鉛色の着流しを身にまとい、かつて訪れた場所をひとめぐりしたキィン(d04461)は、最後に交流施設に立ち寄った。
     代表者夫婦とさかなは、客に出す夕食の支度を整えるため、忙しく動き回っている。
    「これ菓子折り。皆でどうぞ。甘いものは山程ありそうだから、煎餅で」
    「あら~、助かるわあ! お菓子はいくつあっても足りないから」
    「さかなちゃん。彼の案内を」
     菓子を手に上機嫌の妻を押しのけ、男がさかなを促して。
    「こっち」
     着物姿にエプロンを付けたさかなが、慣れた様子で二階の見晴らしの良い部屋へ案内する。
    「七湖都、元気そうだな」
     問いかけるのへ、「ん」と、短く頷いて。
    「キィン、いらっしゃい。……いらっしゃい」
     自分の居場所はここで。
     そう挨拶できることが嬉しいのだというように、繰りかえす。
    「七湖都ちゃん。そろそろ時間じゃないの」
     出かけるんでしょと、階段を上がってきた男が声をかけ、さかなが掛け時計に眼を移す。
    「キィン。今日、泊まる? 明日もいる?」
    「いるぞ。泡になって消えたりは、しない」
    「きっと、ね」
     「やくそく」と言い置いて、エプロンを外し、階段を降りていく。
     その背中を、見送って。
    「あいつはよくやっていますか?」
    「君にはどう見える?」
     問い返され、ひと呼吸。
    「七湖都は、会ったばかりの頃、自分のことを空っぽだと言った」
     泣いたり笑ったり、激昂したりはしなかったけれど。
    「オレのことを、心配したりするんですよ」
     ――ひとと触れあうことを恐れながら。いつも、皆を見ていた。
     男は無言で御猪口に酒を注ぎ、客人へとさし出す。
    「…うまく言えないんですが。変わっていくのを感じ取ったから。安心させられました。頼もしかった」
    「神主さまが亡くなった時にね。こっちに来ることを決めたって、言ってたよ」
     「受け継いで、護りたいんだと」と、男が杯を傾けて。
     窓の外に広がる、灯りの増えた村を前に、キィンが眼を細める。
    「ここの景色もずいぶん変わったんすね。七湖都に頼めば手紙もくれるだろうけど…、また来ます。探検家なんで」
    「おっ。言ったな?」
     おかっぱ頭は全然顔を出さないんだと、男が管をまいて――。

     屋敷を出た後。
     さかなは、慣れた足取りで夜闇を進んでいた。
     やがて清流のほとりに、ひとり佇む柚羽(d13017)を見つけて。
    「此方に移住していらしたのですね。さかなさんらしい場所だと思いました」
    「ここは大切な場所。だから」
     「会えてうれしい」と、かつては触れることのできなかった手を、握り締める。
     ――己の望むものを何でも欲しがった『半身』は、ひとつに成った。
     だからもう、喪うことを恐れる必要はなくて。
    「今年の夏も、あの時と同じように、蛍が舞っていたのでしょう」
     柚羽は往年を思い返しながら、今は知人の古書店で代理店主をしていること。
     結婚し、子どもが2人いること。
     のんびり暮らしていること等、近況を告げた。
    「いつか。蛍を見に、家族で此処に来ます」
    「柚羽。よかった。本当によかった、ね」
     その言葉と表情が、あまりにも、自然だったので。
    「…さかなさん。笑っているように見えるのです」
     さかなが、はたと、動きを止める。
    「わらったら。おか、しい?」
     柚羽は「いいえ」と、優しく笑んだ。
    「貴女らしい笑み。その様に、私には見えます」
    「ありがとう。…あ!」
     慌てて、着物の袖口に手を突っ込み、「これ」と手にした小瓶をさしだす。
    「天気管。まだみえるの」
     「ほら」と月明かりに掲げ見れば、ふわふわと羽根のような結晶が浮かんでいて。
     白と黒、吐く息を白く染める冷気に、身を寄せあいながら。
     さかなは、何度も何度も、柚羽の手を握り締め、言った。
    「柚羽、会いにきて。また10年後も。きっと。きっと、ね」

     朝から、夜まで。
     思い出の場所も。
     知らなかった場所も。
     学生時代に訪ねた軌跡を、千巻はひとつひとつ、踏みしめながら歩いた。
     やがてたどり着いた先で待っていたのは――。
    「遅い。あの程度、解読できない私と思ったか」
     かつてと変わらず、涼し気な表情を浮かべた緑眼の男の姿で。
    「そりゃ私は、水が好きですから」
     君にとっては簡単だったでしょうよと、流れゆく川を見やり、背を向ける。
     それから、
    「ここでの日々は、全部。『大切な想い出』、でした」
     「ありがとう」と、深々と頭をさげる。
     顔をあげれば、一夜が憮然とした表情でこちらを見ていて。
    「朝山。――来い」
     一夜が手を伸べ、いつかのように手近の川床へ導く。
     あの日見た、流れに従う花。
     沈む花。
     水音に、散る花に心ざわめいたのが、まるで遠い昔のようで。
     川面を見つめる千巻を前に、一夜が続ける。
    「他人行儀に敬語を使うな。過去形で語るな。感謝を告げたら『サヨナラ』か。もう、そう考える必要はないだろうに」
     かつて、千巻が零したつぶやきを。
     この男は、どれだけ拾い聞いていたのだろう。
     あるいは、幾多の未来視で聞いたのか。
     いずれにせよ、
    「一夜くん。良く覚えてたね」
    「忘れるものか」
     ――人間になりたい女と、力なき人の身が悔しい男。
     互いが、互いの持たぬ部分に憧れていた。
     けれど、あれから月日は過ぎて。
    「私は、ようやくヒトに成れた。それで? おまえは、『何者』になったんだ?」
     きっと、忘れはしない。
     あの日の『彼女』の問いかけも。
     今なら。
    「私? 私はね――」

     奥底から冷えるような刻(とき)も、路(みち)を探し、色を得ればいい。
     想い出すことのできる場所と、だれかがいれば。
     きっと褪せることなく、抱いていける。
     五百夜を越え、いのちは巡る。

     この先も、ずっと。
     ずっと。

     どうぞ、おだやかな時を――。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月26日
    難度:簡単
    参加:12人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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