黒歴史を解き放て! ~絶唱ポエムコンテスト~

    作者:西東西


     芸術の秋。
     武蔵坂学園の秋を彩る、芸術発表会に向けた準備が始まろうとしていた。
     全8部門で芸術のなんたるかを競う芸術発表会は、対外的にも高い評価を得ており、武蔵坂学園のPTA向けパンフレットにも大きく紹介された一大イベントである。
     この一大イベントのために、11月の学園の時間割は大きく変化している。
     11月初頭から芸術発表会までの間、芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが芸術発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動でも芸術発表会向けの特別活動に変更されているのだ。
     ……自習の授業が増えて教師が楽だとか、出席を取らない授業が多くていろいろ誤魔化せて便利とか、そう考える不届き者もいないでは無いが、多くの学生は、芸術の秋に青春の全てを捧げることだろう。
     少なくとも、表向きは、そういうことになっている。

     芸術発表会の種目は『創作料理』『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』の8種目。
     芸術発表会に参加する学生は、それぞれ自分の得意とする種目を選び、その芸術を磨き上げ、一つの作品を作りあげるのだ。
     芸術発表会の優秀者を決定する11月22日に向け、学生達はそれぞれの種目毎に、それぞれの方法で、芸術の火花を散らす。
     それは、武蔵坂学園の秋の風物詩であった。
     

    「『ポエム』。それは胸の内より沸きあがる想いを、『言葉』によって表現しようという歴史ある創作芸術のひとつ……。武蔵坂学園の芸術発表会においては、特に『独創性』と『表現力』を問われる部門として名高い。ゆえに、この難関に挑む者たちの勇姿は深くひとびとの記憶に刻みこまれ、その栄誉は末代まで語り継がれるという……」
     ――べべんっ。
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)がひと息に語り、慣れた手つきで三味線をかき鳴らす。
     説明役をかって出たところをみると、彼もこの部門の参加者であるらしい。
    「というわけで、ポエム部門は『オリジナル詩の創作』を行い、『歌唱』もしくは『朗読』での発表を行うコンテストとなる。参加にあたり、定められている規定は次の通りだ」

     ・発表は1人ずつ行うこと。
     ・ポエムは『オリジナルの創作詩』であること。
     ・発表時は『歌唱』や『朗読』などで、必ず声に出して読みあげること。

     上記3つの規定さえ守って参加すれば、誰もが最優秀賞を狙うチャンスがある。
    「この部門の面白いところは、『ポエム』と『アピール方法』、両方を合わせた表現を問われるところだろう」
     ひとの心に訴える、という要素が評価に直結するため、学業成績や身体能力に関わらず、だれもが同じ土俵の上で力を発揮することができる。
     まさに、数多の感性がしのぎを削ってぶつかり合う、熱いコンテストとなるはずだ。

    「ポエムの内容・形式については自由だ。自分の好きなものや、興味のあるもの。あるいは、創作詩らしく想い人をテーマにした作品も良いだろう」
     「でも、ポエムなんて書いたことないし」と、ひとりの灼滅者が自信なさげにつぶやけば、
     ――べべべんっ。
     一夜はふたたび三味線をかき鳴らし、続ける。
    「発表会だからといって、難しく考えることはない。君たちの部屋をひっくり返せば、恥ずかしい詩のひとつや、ふたつ、赤裸々に綴ったノートがあるのではないか? ポエムはそういった、感情のままに想いをぶつけたものほど伝わりやすい。まずは『なにを伝えたいのか』を考え、テーマを決めた上で、効果的な発表方法などを検討するのが良いだろう」
     また、発表方法についても詳細は自由だという。
     アカペラで歌いあげるも良し。一夜のように楽器を演奏しながら歌うも良し。あえて朗読でシンプルに魅せるのも良い。
     作品内容と発表方法が決まったなら、あとは練習あるのみだ。
    「発表会当日、舞台に立てるのは予選を勝ち抜いた参加者だけだ。予選の際は不特定多数の生徒によって評価される。栄光の舞台に立とうと思うのであれば、入念な練習と予選対策が必要になるだろう」
     評価はポエムの内容や発表方法を含め、総合的に判断される。
     発表会までの授業の時間を使い、作品をどのようにアピールしていくかを検討したいところだ。

    「ともあれ、創作すること、表現することを楽しむための発表会だ。戦いの場とは違う、君たちの新たな一面が見られることを楽しみにしている」
     一夜はそう告げ、静かに微笑んだ。
     べべべん、べんと、三味線をかき鳴らしながら。


    ■リプレイ

    ●準備期間
     参加種目を決めた生徒たちは発表会へ向け、さっそく、思い思い準備に取りかかる。
     武蔵境キャンパス高校校舎では、玉兎(d00599)が教室でボイストレーニングをしていた。
     隣の教室で声を聞きつけた摩那(d04566)が顔を覗かせる。
    「あなたもポエム部門参加者なの? どんな詩?」
     興味津々で玉兎に話しかける。
    「どんなって……。なんだ、煙?」
     そこで、周囲が乳白色に包まれていることに気づく。
    「やっべ! スモーク焚きすぎた!」
     近くの教室から銀助(d10147)が飛び出し、2人の視線とぶつかる。
    「これは、演出の一環で」
     どうやら皆ポエム部門の参加者らしいと気づき、3人は顔を見合わせて笑いあう。
     発表は個別となるものの、クラブのメンバーと示し合わせて参加する者たちもいる。
     【☆星空芸能館☆】からは6人が参加とあって、連日部室では賑やかな会話が飛び交う。
    「みなさんの詩を聞くの、とても楽しみです。……ところで、黒歴史ってなんでしょうか?」
     藍(d10764)が微笑み、首をかしげる。
    「わかりやすく言えば、知られたくない過去ってことかな」
     ファルケ(d03954)の言葉に、部長のえりな(d02158)が続ける。
    「恥ずかしいこと、みたいに思ってたんですけど……。私は、明るく楽しい詩を書く予定です」
     紗里亜(d02051)はすでに構想が決まっているらしい。
    「書き溜めていたものがあるので、私は童話調の子守唄で参加します」
    「私はこんな詩なんですけど……この部分、どう思いますか?」
     ここは恥ずかしさを捨てていくべき、と華乃(d02105)が皆に意見を求める。
    (「ボクもいつかアイドルに……。そのためには、作詞の勉強もしなくちゃ」)
     くるみ(d02009)は部員たちの会話に耳を傾けながら、素直な気持ちをノートに書き綴った。

     天文台通りキャンパスでは、句穏(d08056)と文織(d08057)が練習のために寄り添っていた。長いマフラーをふたりで巻き、頬を寄せあう。順に、お互いを想いあった恋詩を交わす。
     ――どうしたら届くだろう。
     ――どうしたら感じてくれるだろう。
     2人が2人、こぼれる吐息と、温もり越しに探りあう。
     なお今回、井の頭キャンパスから参加する生徒が最も多かった。
     八奈(d09854)は朝から発声練習を欠かさない。歌える音階を広げる為だ。
    「3年前のにい様、格好良かったな……」
     歌に気持ちをこめるべく、かつての兄に想いを寄せる。
     5年生の教室では、緒々子(d06988)がみかんを剥いては食べ、食べては歌っていた。
     全ての練習はみかん箱を被って行われていたため、端目にはダンボールから歌声が聞こえており、不審極まりない。
     中学1年G組の教室には律(d01795)の姿がある。
    「……思春期というのは、内在する肯定と否定と戦い。葛藤することかもしれないね」
     すこしでも伝わるものがあればと、紅葉に染まる窓の外へ視線を移した。
     中学2年A組では光理(d00500)・悠花(d01386)・璃理(d01097)が会話に花を咲かせている。
    「ポエムって、『黒い』とは限らないと思うんです」
     小道具に使う紙を切りながらつぶやく光理へ、霊犬を撫でながら悠花が頷く。
    「ですよね! わたしはコセイとの出会いを詩にしたんですけど、あんまり黒歴史になりませんでした」
    「ポエムは愛だよね♪ わたしは土星ブーム作るんだ☆」
     フラフープで作った土星の輪を見せ、璃理はこれから仮装で練り歩くという。
     高校校舎の廊下では、蝸牛(d01675)と修(d01796)が発表会の話をしている。
    「俺、母の詩で参加するんです」
    「奇遇だね。俺も母さんのことを朗読するんだ」
    (「……まさか同じテーマの人がいるとは」)
    (「どんな詩か気になるな……」)
     親近感がわくものの、ネタバレしないよう、2人は当たり障りのない会話でその場をしのいだ。
     校舎の屋上ではウルスラ(d00165)がギターをでたらめにかき鳴らす。
    「この学園は、いつも笑い声にあふれているでゴザルな!」
     学園生活への憧れと想いをこめ、紡ぐ『言葉』を選んでいく。
     予選の日は近い。
     ウルスラは清々しい青空を見あげ、ギターをぼろんと響かせた。

    ●予選
     そして、予選当日。
     武蔵坂学園内の特設ステージにて、ポエム部門の発表会が華々しく開催された。
     ステージ前にはポエム部門に参加した生徒をはじめ、不特定多数の生徒が集まっている。
     クロエ(d02109)と刑一(d02621)は、ステージの影でサバト服を身にまとい『りあ獣化計画R・ω』の極秘概要を復唱していた。
    「「周りのランクが下がればボク達がモテる!」」
    「モテる……素敵な響き」
     恍惚にひたる刑一であるが、彼らの作戦はこれから始まる。クロエは己の出番を演出するため、目的地へと向かう。

     幕開けは響姫(d04346)の発表から始まった。雪の結晶をモチーフにした衣装を身にまとい、会場の照明が落とされる。
    「夜空に舞い散る白い花」
     名前の韻を、己の力の意味を想い、語るように、歌う。
    「舞いて 踊って たゆとうて」
     歌にこめるのは、夜に降る雪の切なさだ。
    「儚く溶けゆくその花は 空の想いか 人の想いか――」
     消え入るような声に続き、舞台の反対側に立っていた飴莉愛(d06568)にスポットライトが降り注ぐ。黒の衣装はラメを散りばめ、きらきらと光る。傍らには、マンションを抱く山の書割がある。
    「山は人間の世界 日が沈み」
     練習を思い出しながら、書割に手早く黒い布をかぶせる。一部から覗くのは、暖かな橙色。
    「家の明かり? ……いいや、あれは山の灯」
     語りに合わせ、書割が山から影へ、影から灯りへ、次々と姿を変えていく。
    「全て 飲み込んで 山は黒々と其処に在る」
     抑揚に富んだ語り口に、観客は皆しんと聞きいった。
     続いて、まだ幼い、けれど早熟な身体をもつタシュラフェル(d00216)を照らす照明は扇情的なピンク。薄紫色のネグリジェをまとった少女は、『一夜の逢瀬』をテーマにした詩を読みあげる。愛する人との出会い、交わり。夢心地の恋人たちの想いを、時に熱く、時にしっとりと語った。
    「私と、どこまでも逝きましょう?」
     吐息混じりに締めれば、惜しみない拍手が降りそそぐ。

     ここからは『和歌』のオンステージだ。
     しずしずと天花(d05859)が進みでて、ゆっくりと一礼。身にまとうのは艶やかな振袖だ。短い句にこめた想いを、丁寧に、余韻を残すように詠みあげる。
    「うつせみの 我が身は剣と思えども 友らの声に 心ぞ躍る」
     続く露香(d04960)も和服姿だが、雅楽オーケストラを描いた手描き看板&ラジカセ持参で、
    「五・七・五のリズムに乗せて ぽっかぽっかにしてみせますあなたの心!」
     琴をかき鳴らすフリをしながらマイクパフォーマンスを行い、個性に富んでいる。
    「雪崩きて これもうムリぽと うなだれる ところでそもそも あんた、なぁ、誰?」
     聴衆の心が温まったか、凍りついたかは、聞いた者のみぞ知る。
    「エントリー番号……えーと忘れたでゴザル。中学1年天鈴ウルスラ、参りマース!」
     意気揚々と宣言し、おぼつかない手つきでギターを鳴らす。
    「木枯らしが 我に届ける 笑い声」
     シンプルだが、それゆえに、言葉は深く観客の心に染みいった。

     暖かな拍手に包まれたまま、舞台は『家族』をテーマにした発表へと移る。
     律は和服姿で姿勢良く立ち、これから発表するのは家族との四季を詠んだものだと伝える。
    「投げ返す 指の色づく 春の泥」
     一句一句、間を意識する。
    「ひと夏を カレーに奉げ 汗黄色」
     聴衆はそれぞれの季節に想いを馳せながら、少年の声に聞きいった。
     続いて、蝸牛と修がそろってステージにあがる。
    「母の手料理が下手な事に、最近気づいた」
     塩鮭の水煮。フライパンいっぱいのひじき。じゃが芋サイズの蒟蒻。
    「エンターテインメントはいらないので、普通のご飯が食べたいよ~!」
     衝撃的な食卓が思い出され、蝸牛が目元を拭う。
     修も意を決し、己の詩を読みあげる。
    「母さん、いつもありがとう だけど帰るたびに、これは聞かないで」
     彼方を見つめ、そして穏やかな声で、
    「修、彼女はできたかい?」
     その一言に、同様に心の傷をえぐられた経験を持つ少年たちがむせび泣いたとかどうとか。
     無邪気な八奈の想いは、練習の時から変わらない。
    「に~い様はね? ほんとは武闘派 斬りむすぶのが好きなんだほんとはね♪ 今度斬り合おうよ にい様♪」
     目を凝らすと、遠く観客の中に頭を抱える兄の姿が見えた。
     悠花はでたらめにギターを鳴らしながら、マイクを手に、叫ぶ。
    「手を伸ばせば近づいてきてくれた君 狐婿(コセイ) いつも一緒に居てくれる わっふわふな君が、大好きだー!」
     これからもよろしくと、傍らの霊犬に微笑む。


     続く発表は『自分の好きなもの』をテーマに選んだ者たちだ。
    「毛糸はたった一本だけど マフラーはどんな気持ちも包んでくれる」
     千尋(d02304)が語りながら、壇上でマフラーを編んでいく。
    「悲しみの色は何色? 嬉しさの色は何色? どんな心の色も優しく包んでくれる」
     サポート役の一夜(dn0023)とともにマフラーを広げる。そこには、モノトーンで雪の結晶が描かれていた。
    「全てを編みこむ 僕の毛糸」
     その技量の見事さに、客席から拍手が飛ぶ。
     次に一夜が三味線を奏でながらカエル愛を歌いあげ、ステージを降りたエクスブレインに向かい、千巻(d00396)が声をかけた。
    「カエル、好きなの?」
     一夜は頷く。
    「カエルは縁起が良いし、見ていて和む」
     千巻は生真面目な返答に、笑った。
    「アタシのも、好きなものの詩なんだ。良かったら、聞いといて」
     ステージに駆けあがり、司会からマイクをひったくる。
    「井の頭1-9、朝山! 黒歴史作りにきたぜー!」
     金切り声のようなハウリングに被せ、叫ぶ。
    「甘いもの 可愛いアクセ クラスの皆 部活の友達」
     少女は叩きつけるように叫び、聴衆に向かって手を振る。
    「アタシの大好きなもの それはキミたち 絶対にもう 二度と言わない! 以上!」
     マイクは摩那に手渡される。詩は今日まで決まらなかった。ゆえに、今なら湧きあがる感情のままに歌える。
    「クリスマス フライドチキン 楽しみね! 辛子たっぷり ふんわり衣 あぁ~、早く来い来い クリスマス♪」
     『フライドチキン賛歌』に続くのは恋時(d07502)だ。ご当地ヒーローとして、『眼鏡愛』を語らずにこの場を退くわけにはいかない。戦闘仕様の黒縁眼鏡を装着し、すっと息を吸いこむ。
    「鋭利だとか優しいとか いつも違った表情(かお)のキミが好き」
     持参したメガホンを握りしめ、叫ぶ。
    「セルもメタルも好きすぎて どっちかなんて選べない フレーム越しの世界が好きよ アタシだけのキミでいて!」
     引き継ぐようにステージ上に等身大みかん箱が現れた。会場がざわめく。緒々子だ。
    「わたし、おみかん 箱の中でお話しするの」
     童謡を思わせる幼いアカペラに、不思議な哀愁が漂う。
    「わたし、おみかん 冬のいつかの日に 会おうね」
     異様なざわめきを押しのけ、こなた(d08526)が立つ。歌うは『ああ、愛しのエクスカリバー!』。
    「研ぎ澄まされた銀色の輝き 神秘のベールに包まれた その剣の名は エクスカリバー!」
     時おり、ドヤッ!と得意顔を見せ、自信満々な様子が愛らしい。
    「黄昏の時(ラグナロク)に現れるその刃 すべてを切り裂き世界を導く奇跡の宝具!」
     「厨二病全開の拙者、カッコ良い!」と、胸中で自画自賛も忘れない。
    「私は土星のマジカル~♪」
     璃理は土星のオブジェクト&フラフープ装備で現れた。
    「君のブレイブハートでサターンを救おうYO! ハッピーマジカルドリームラヴー♪」
     締めとともに、フラフープを高く投射。
     あき(d01863)は『すてま』を成功させるべく、メイド服を着てマイクを手に取る。片手には銀盆いっぱいの焼き餃子を掲げ、テンション高く詩を読みあげる。
    「ぎょうざはおいしい いろんな楽しみかたができる!」
     愛らしい振る舞いと餃子の香りのギャップが、会場を包みこんでいく。
    「そのなかでも宇都宮ぎょうざはかくべつだ みんなもたべよう宇都宮ぎょうざ!」
     シャルロッテ(d05090)は出番を前に、ぐっと手を握りしめる。感情と抑揚をつけ、己の声に全てを乗せる。
    「泣きそうになった時 励ましてくれる曲がある 元気をくれる曲がある」
     徐々に、大きく身振りを加えていく。
    「声に出して伝わる事はきっとある だから思いを歌にのせ 誰かの力となるように」
     舞台を降りるときには頬が上気していた。けれど、だれかの心に響けばと思う。
     入れ替わるようにレイリア(d09766)が舞台に駆けこんだ。全身を使って表現するのは、大好きなラインスケートについてだ。ステージ上を駆け回り、時には跳躍を交え、その表情は始終明るい笑顔に満ちている。
    「風を切る爽快感が伝われば嬉しいなっ!」
     自分も周りも、一緒に楽しくなるように願って。
    「思いっきり歌おうかと思ってたけど、面白そうなこと思いついちゃった」
     キティ(d03276)はレイリアからマイクを預かるものの、壇上で沈黙を保つ。ややあって、マイクを口元に運んだ。
    「聞こえたかしら? みんなで作る、みんなの詩」
     芸術祭のざわめきを『詩』とする。それがキティの作品『無言騒楽』だ。
     最後まで楽しもうね!と声をかけ、湧きあがる会場を後にする。

     次の瞬間、暗転した舞台を6つのスポットライトが一斉に照らす。浮かびあがったのは【☆星空芸能館☆】の6人だ。
     ステージ衣装に身を包んだ皆と目線を交し、えりながステップを踏み、キーボードを演奏する。
    「皆で集まる毎日に 響く歌声、楽器の音♪ 歌よ、響いて世界を紡いで……無限に続く楽しき日々を♪」
     ファルケが愛用の白いギター唸らせ、テンションをあげる。
    「巡りあえて心からありがとう、言えたらなと思っていた♪」
     死ぬほど音痴なのはわかっている。けれど、仲間たちと一緒であることが勇気をくれる。
    「楽しいこの月日、忘れずにいたい 永遠に誇りたい、みんなといられることを♪」
     引き継ぐくるみはギターを爪弾き、ナノナノへの想いを歌う。
    「キミはいつも隣にいてくれる とってもキュートなボクのともだち♪ ずっといっしょに歩いてゆこう とっても大好き、ボクのともだち♪」
     ギターがフェードアウトし、紗里亜が歌うのは優しい魔女の物語。
    「大きな大きな黒い魔女 紡いだ調べは夢魔法 小さな小さな白い魔女 奏でる調べは花魔法♪」
     静寂のなか、やさしい子守唄が響きわたる。
    「泣くのはおよし子どもたち 明日はきっといい天気 ロンロンロン♪」
     続いてステージ中央に立ったのは藍だ。晴れ舞台のための化粧が、より少女を美しく魅せる。
    「星空の下 あなたに出会えた 小さな奇跡に いっぱいの感謝を♪ いつまでもこの出会いと喜びが続きますように♪」
     トリを飾るのはチェックの私服に身を包んだ華乃。
    「ラブ&ピース&ラブ 願いをこめて 消えない闇を彷徨う心 どうか気づいて♪」
     ギターの弦が鳴き、切ない戦慄を紡ぐ。
    「『貴女が好きです』って言えますように 一筋の差す光に手を伸ばすから♪」
     終わりに横並びに手を繋ぎ、「ありがとうございました!」と一斉に礼をする。拍手に満ちた舞台の上で、6人は清々しい達成感に包まれていた。


     ここからは『恋』をテーマにした個人作品が続く。
     先陣をきるのは句穏と文織。同じステージの上で、お互いを想いながら、言葉を紡ぐ。
    「緩やかな言ノ葉が空を舞う くるくる くるくる 空へと溶けていく」
     伸べた手の先には、文織の姿。
    「そっと、抱きしめる 私だけの言ノ葉」
    「闇夜を照らす紅の月 甘やかな光は私を照らす」
     呼応するように、句穏が朗々と詠う。
    「光を手繰り この腕に抱く 甘やかな口づけとともに いつまでも」
     皆にもだれかを想う気持ちが伝わればと、願った。
    「見上げる星は 幾億の時を超えて届いた光 永久にも思えた闇を照らす光」
     悠二郎(d00377)はマイクを手に、記憶した言葉を紡ぐ。
    「だけど 触れることでさえもかなわない せめて 今は見上げさせて? 夜空に輝く太古の光を この胸にも 輝く光がうまれていくから」
     観客席の女性たちに目線を合わせ、天上を指さし、『君』のことだと語りかけるように。
     愛のポエムならナイト(d00899)も負けてはいられない。発表会は学園の全女子に対して愛を告白するチャンスなのだ。
    「あぁ、俺の姫君達への愛があふれ出しそうだ 彼女達の笑顔に魂が溶かされてしまう」
     情熱的に手を振りかざし、笑顔を咲かせてみせると手を伸べる。
    「マイディアプリンセス どうか慈悲を与えてほしい、この病を癒せるのは貴方達だけなのだから」
     気づけば参加が決まっていた神夜(d10593)は腹をくくり、舞台の上で呼吸を整える。もはや恥は捨て去った。
    「無茶ばっかりしやがって……まぁ、無茶をしても良いけどな?」
     呆れ顔から、真剣な面差しへ。少年の熱のこもった語りに、聴衆の視線が釘付けになる。
    「たまには、素直に守られておけよ……? お前が、好きなんだからな」
     それは、かつて恋人に贈った言葉だ。
     幸(d06678)は過ぎ去った記憶を詩に乗せる。
    「一学期の終業式の日 きみに告白したね ふられるとは思わなかった さよならぼくの初恋」
     真に迫るように熱が入ったかと思えば、時々記憶を探るように、会場の彼方を見あげる。
    「やっと気持ちに整理がついた新年度 また同じクラス 席も隣にならんでる なんてこったい」

     朗読が終われば、続くのは歌唱に挑む者たちだ。
     美桜(d02021)は舞台の上に凛と立ち、声のみで想いを歌いあげる。
    「I love you. 貴方に愛を囁く 口を開けば、貴方への愛があふれだす」
     細く、繊細な歌声が、徐々に大きく、激しい感情をともなっていく。
    「ずっと、ずっと一緒に居たかったよ でも、もう叶わぬ願い Please be happy...」
    「遠き日の約束 繋いだ手の温もり 君の笑顔も 涙も 声も まだ掌に残ってる」
     すぐに、独白のような玉兎のアカペラが引き継ぐ。
    「この身が闇に染まっても 唯一、君を思う 愛(いと)し、生きとし逝けるヒト」
     会場の隅々まで気持ちが伝わるようにと、声を、目線を、遠くまで投げかけた。
    「黒き翼に抱かれて 消える私に 君は優しく微笑んでくれたね」
     広竜(d06674)がタタンッ!と床を踏みしめ、ステージに上がる。軽快なタップダンスとカスタネットに合わせ、歌声は朗々と響く。
    「欲しいのは君と居れるTo be continued リセットされ微笑む君に 笑顔を貰った私は何もできない」
     竜角面の角が煌々と輝き、フィニッシュを飾る。
     想い人に捧ぐ決意の歌を弾き語るのは、大和(d10407)だ。
    「枯れかけた華 俺の指に 一滴の蜜を流した」
     学園にいる者たちは一人ではない、ここに在る事ができて良かった。そんな想いをこめ、ギターを奏でる。
    「Life Flower 蕾のままの 太陽の華は 俺の命で 咲かせよう この黒い世界を 今 塗り替えよう」
     続く音緒(d10404)が大和を見送り、弾けるような笑顔でマイクを手に歌う。
    「大好き! って言うのは簡単だけど 想いを伝えるのはすごく大変♪」
     ありったけの情熱を歌にこめ、リズムに乗ってステージ中を駆けめぐる。
    「愛はエクスプロージョン 大爆発だよ! ボクの全力全開ぶつけるのさ それがボクの愛だもの! 届け愛ラヴ♪」
     V-ROCK系のダークなイントロは梗也(d02261)の友達が作曲したものだ。何度も聴いたメロディを背に、観客席を臨む。
    「独り眠る夢の中 もう届かない君の姿を探してた I wish 願いは一つだけ 君を心ゆくまで愛したい」
     感情をこめ、ささやきかけるように、口説くように。魂の赴くままに歌う。
    「全ては遠く、甘い夢 愛しているよ、と囁いた あの夜の君の姿は月が描いた幻」

     激しくも切ない歌唱が終わり、ステージには特定の思い人へ宛てた詩を抱く4人の姿。
     進み出たむい(d01612)が、心のままに全力シャウト!
    「しー君、だーいすきーー!!」
     その表情はあふれんばかりの愛情に満ち溢れている。歌になっていない、リズムもめちゃくちゃ。観客のドン引き上等! 本人が聞いていなくても構わない。
    「語って話してお喋りして たくさんの君を僕に聞かせて ずっとずっとずーっと一緒 遊んで笑って目一杯、楽しい毎日すごそーね!」
     進みでた蓮璽(d00687)は緊張を抑え、観衆の顔をじっと見渡す。呼吸を整え一礼。目を閉じた。
    「あなたが好きです 心から ずっとずっと 一緒に居たい 誰が何と言おうと 俺は貴女を守れるだけの男になってみせる」
     最愛のひとへ向けたまっすぐな気持ち。偽りのない気持ち。それが、蓮璽の想いの全てだ。だから最後まで堂々と胸はり、告げる。
    「大好きです、心から」
     2人が去り、舞台に残されたのは木毎(d02107)と壱爪(d03103)。ステージが明るく照らされ、木毎が歌いながらどてどてと踊る。
    「つめくんはな やえばがあるよ かわいいね うめは つめくんが だーいしゅーきでしゅ♪」
     意味不明でも良い。大事なのは気持ちだ。両手を広げ、体全体で喜びを表現する。
    「だいしゅきって うれちーなー たのしいで ぽっかぽかー♪」
     この想いが皆にも伝わるなら、『黒歴史』は『白歴史』になるとさえ思う。
     壱爪が応えるように、手を伸べる。
    「春は桜と人は言うけれど 桜よりも鮮やかに咲く春の花を、僕は知っている」
     堂々と、声を張りあげる様子に、木毎が嬉しそうに微笑む。
    「鮮やかに 香り豊かに 僕の隣に決して枯れない梅の花 今日もきっと、心は春」
     続いて現れたのはサバト服姿の刑一だ。そして、会場に響き渡るクロエの校内放送。
    『ボクの、はーれむ天地無用!』
     どうやら放送室を占拠したようだ。
    『可愛い子がボクは大好きです 水着の似合う子は凄く好きです ボクの志は軌道エレベーターよりバベルより高くてラブ堅いのです!』
     放送に続き、刑一が壇上で声を張りあげる。
    「春、夏、秋、冬 事あるごとにいちゃつくカップルを爆破した RB団はいつでも孤独の中、番いと戦う だけど、やはりいつか番いに!」


     魔人生徒会がRB団を追い出したところで、発表は『仲間』や『自分』へ宛てたテーマに移る。
     舞台の端で奏でられるピアノ演奏を背に、悟(d10373)の憂鬱な声が響く。
    「青春は濁りきっている 今日も隅で孤独な食事 休み時間は空気友達と会話が弾む」
     ばっと両腕を広げ、まるで悲劇の主人公のようにスポットライトを浴び、涙を流す。
    「願いをこめて私は叫ぶ 『リア充爆ぜろ』と心で叫ぶ 明日を逸らすことはできない だから日は沈む 『あぁ、青春は濁りきっている……』」
     哀愁漂う語りの余韻を残し、寿(d10596)の電子オルガンが響く。
    「ヤラナクテハ イソガナクテハ 時は決して待ってくれない 人はいつも許してくれない」
     発表会への参加を決意したものの、ギリギリまで何も思い浮かばなかった。その時の焦燥感をもとに書いたのが、この詩だ。
    「求めしモノは既にない 全てを失うその前に 振り返れ 私がなくなるその前に」
     成り行きで参加することになったヘカテー(d05022)が、ステージ上に映写される詩に合わせ、ゆっくりと朗読をはじめる。
    「君の背を照らすは東の光明 にくしみの影は白刃に散る 幸うすき世々に一筋の閃き」
     聞き取りやすいよう発音に気をつけ、間を意識しながら続ける。
    「あれはまさに熱き正義の人 れっきとした闘士の誉れよ」
     涼やかな読みあげに続くのは、仮面とマントを身につけた薫(d00602)だ。
    「我が名はケイオス。冥府より生まれいでしシ者『混沌の仮面(マスク・ド・ケイオス)』! 汝の高潔なる魂は、もはや地に堕ちた!」
     ふわりとマントをひるがえし、小道具の剣(自作)を抜き放ち、決めポーズ!
    「ゆえに今、汝をこの煉獄の炎で灼滅せん!」
     さらに続きを演じようとする薫のそばから現れたのは、ティナーシャ(d01553)。
    「私に眠るこの力 みんなを守れる希望の力 想いを込めた歌声が 闇の軍団打ち破る!」
     張りのある声楽の発声に、熱意のこもった歌唱。正義に躍動する歌声は、ヒーローものテーマソング大全集をヘビロテするという特訓の成果だ。
    「流れる涙をなくすため 黒い学ラン勇気の印 目指すはみんなを守れる私!」
     ドヤ顔で舞台を去るティナーシャと入れ違いに、美咲(d02108)がマイクを手にする。
    「自分らしく 自分らしく 進んで行こう その先にある未来を信じて」
     過去の出来事を乗り越え、今ここに在る。その宝物のような時間を想い、二度目の言葉を強く、繰りかえす。
    「自分の歩む道を誇りに思って―― 今日ではない明日へ それはすべて 未来の光に繋がるのだから」
     美空(d05343)は名作アニメのテーマソングに合わせ、過去に記した詩を歌いあげる。
    「水色の髪は美空のあほ毛 優しく抜いてくれとねだる 瞳の奥の思い出求めて、空しく設定書を埋める悲しみもあるさ♪」
     学園の先生たちが考えてくれた過去を支えに、美空は今日もここに在る。
    「美空にも生きた証がある たとえるなら宝箱の中の一粒の宝石 一途な瞳で、ぼけかまして、心で餓える美空の生き様♪」
     楔(d06675)は舞台に立ち、観客を見渡してフッと笑んだ。抱いたギターでバラードを奏でながら、切々と朗読する。
    「秋(ペルセポネー)とはそう、罪(タルタロス)な季節(ヒュペリオン)だ……! だが我々の魂(プシュケ)に……陰り(ニュクス)はない! あの約束(リング)の為に 戦うのだ……世界(ウラノス)を得る……その日(オリュンポス)まで……!」
     楔の演出する世界観に圧倒され観客が聞きいっていたところへ、結衣(d09877)が静かに進みでる。
    「私の過去と、未来への希望を込めて。歌います」
     過去を、本当の自分を穏やかな眼差しの向こうに見据え、すべてを包みこむようにやさしく歌う。
    「この身朽ち果てるまで 踊り歌い狂い咲き すべてあなたの意のままに 私は私で生きてゆくから あなたも闇に堕ちないで 思い出して本当の愛を……」
     凪紗(d10542)は紋付羽織姿で、日本刀を手に朗読に挑む。舞台が静まるまで待ち、おもむろに語りはじめる。
    「剣も柔(やわら)も修羅の道 死して拳を振るわんとても 鬼の獄吏にゃ歯が立たぬ」
     詩は家の道場と絶縁した時に書いたものだ。他を殺める己は地獄に堕ちるだろう。だが、生き方は変えられない。
    「武士の一徹背は向けぬ 紅い剣(つるぎ)の林に嗤え 我の一刀砕けぬと」

     幾度かの休憩を挟み、予選参加者全67名の発表が終わった。
     会場に集まった不特定多数の生徒たちから投票用紙が集められ、魔人生徒会による集計と発表が即時に行われる。
     惜しくも本選進出を外れたものの、予選だけの特別賞が設けられ、次々に名前が読みあげられる。
    「リリック賞には、紫苑寺響姫さん! 巴津飴莉愛さん!」
    「ラブポエム賞、ナイト・リッターくん! 高遠梗也くん! 橘美桜さん!」
    「ほんわか賞には、灰月千尋くん! 九十九緒々子さん!」
    「和の心賞に、神楽火天花さん! 彩風凪紗さん!」
    「アピール賞、八重葎あきさん! 土御門璃理さん!」
     盛大な拍手で幕を閉じる中、選ばれた10名の生徒は、本選の舞台へと進む――。

    ●最終選考
     11月22日、芸術発表会当日。
     全校生徒が注目する中、栄誉ある10名の生徒たちがステージに集められた。
     予選落ちした蝸牛は光画部の腕章をつけ、カメラを構える。もちろん、歴史的瞬間を逃さないためだ。

     一番手の京(d02355)は静かに壇上にあがり、観衆を見据えた。
    「世界で一番なんて、くだらない この世で一人だけなんて、つまらない」
     言葉を紡ぐ口元には微笑。両腕を広げ、愛らしい子が飛びこんできやしないかと願う。
    「世界中の全てを、愛して、欲して、包めるくらいに 心の奥の深くまで、慈しみを染み込ませ 世界中の愛を、きみに」
     いつだって慈愛が私を作ると、胸中でつぶやく。
     二番手の八雲(d00642)は風を切って壇上に立つ。詩を恥じる気持ちは一切ない。
    「あるいは一つの不確かなもので ある者は夢で見 ある者は触れて思い出す そこに『未知』がいるならば 俺様はそこへと飛び立とう そこに『オカルト』があるならば お前を必ず捕まえる」
     ぐっと拳を握り締める。これは八雲の、八雲自身への宣言。
    「知らぬことは人生を彩れる 知ることは人生を豊かにするのだ!」
    「触れる者全てを傷つけた、中二時代のポエムを食らえー!」
     叫びながら現れた三番手は、津比呂(d02278)だ。
    「正直者は恥知らず 誰もが嘘の服を着るのに 汚い身体を晒して歩く」
     汚れた己が素直になったところで、共感してくれる人間などいない。そう想っていたころに綴った、自虐ポエムだ。
    「裸で良いのは赤子だけ まだ汚れてない身体だけ」
     『一番尖ってた』詩というだけあって、観客も唸る。
     四番手のリヒト(d07590)はピアノを弾き、スクリーンに映る風景写真に合わせ、静かに歌う。
    「挟んだままの栞を見つけた なくしたはずのプロローグ いつか見た 夢の続きを」
     これは灼滅者たちに向けた歌だ。
    「時計の針を巻き戻して 置き去りにした気持ち取りに行こう エピローグまで まだ遠いから」
     戦いという非日常に直面し続ける宿命だからこそ、純粋さを失わないでほしいと願う。
     五番手で現れた剣(d03964)は、舞台上から観客の顔を見渡した。詩の工夫などわからない。伝えたいのは、ただまっすぐな感謝の想い。
    「なあ言わせてくれサンキュー みんなへのサンキュー いい天気にサンキュー 美味いメシにサンキュー!」
     予選落ちしたヘカテーが客席から見守る。クラスメイトの姿も見える。感情のままに、叫ぶ。
    「きみと笑えるサンキュー 一緒にいるサンキュー 一人じゃないサンキュー!」
     六番手の光理は、うつむき加減に語りはじめる。
    「この手に掴めるものは 一体どれだけだろうか 指の間をすりぬける砂のように この手に残るのはわずかな夢の欠片だけ」
     金や銀の紙吹雪を語りに合わせて散りばめ、顔をあげる。
    「この世界にわたしがいた証を ほんの少しでも残すことができるのなら わたしは決して諦めない」
     七番手の美弦(d06886)はパイプ椅子に腰掛け、その場で呼吸を落ち着ける。
    「今日も私は霧中を歩く 遠くに見える薄ら灯りを目指し、私はただ、霧中を往く 歩いているのが道なのかさえ解らずに」
     読みあげるのは、先の見えない道を往く苦悩と、希望。
    「目指す先が正解かも判りはしない ただ薄ら灯りと一歩先だけは見えている 『夢』と言う灯りを目指し、私は今日も霧中を歩く」
     八番手の煌介(d07908)は表情と声の情感を失った身だ。それでも、皆への感謝の気持ちを胸に、舞台に立つ。
    「こころの伝え方を失くして 独り彷徨った 何時か 僕を待つ 君に会える 信じて」
     感情が入らない分、発声と滑舌、間の置き方を繰りかえし練習した。
    「失せ物はまだ霧の彼方 けど 微笑ってくれる 君達が居る 今度は 僕が 君を待つ 今度は 僕が 君と出会う」
     静かに閉ざした眼に、涙がにじんだ。
     九番手の信蔵(d07956)は胸中に熱を抱き、悠然と舞台にあがる。この日のために整えた喉は、信蔵に応え、張りのある声が会場に響く。
    「火に焦がれよ 炎を求めよ 心の臓に薪をくべよ 抱いた熱を糧として」
     青春がいかに素晴らしいか。それを教えてくれた青年がいる。
    「地を駆けよ 空を翔けよ いずれ朽ちる刹那まで あの日の太陽はまだ遠い」
     青年への感謝を想い、伸べた手をぐっと握りしめた。
     ポエム部門最後の発表は、銀助だ。スモークを抜けて颯爽と現れるも、足を滑らせ転倒! だが、観客の笑い声に負けぬよう、心をこめて朗読する。
    「枯れた花を咲かせよう 不安や悲しみ、憎しみや孤独 暗い花を明るく咲かせよう」
     『花』は笑顔や、人を表す。
    「俺の願いはただ一つ 世界の全ての花を 笑顔という名の花を 満開にする事!」
     悲しんでる者や、孤独を感じている者を笑顔にする。それが、銀助の信念なのだ。

     発表後、本選の投票は生徒たちに加え、PTAの大人たちの票も加わる。
     魔人生徒会の手によって迅速に集計が行われ、選ばれたのは――、
    「芸術発表会ポエム部門・最優秀賞は、一文字剣くんの『感謝』のポエムに決まりました!」
     会場中から歓声が湧きあがり、「まさか」という面持ちで剣が再びステージにあがる。ヘカテーが肩を叩き、共に喜びを分かち合う。
     予選に参加した者たちがステージに集い、剣を囲んで即興で祝福の演奏をはじめた。
     ウルスラ・悠花・楔・大和が、それぞれのギターを手に爪弾く。
     リヒトのピアノ、寿の電子オルガンが旋律を紡げば、露香はその横でエア琴をかき鳴らし、恋時はメガホンを手に、凪紗は声を張りあげ合いの手を入れる。
     広竜が角を光らせタップを踏み、レイリアが飛び跳ね、木毎は壱爪の手を取り、くるくるとスカートを膨らませ踊る。
     ティナーシャは拳を、薫とこなたは一緒に剣を、摩那は念願のフライドチキンを、音緒と美空はマイクを掲げ、手を振った。
     美弦・幸・シャルロッテ・キティ・聖(d00986)が、美咲・むい・蓮璽・八雲・秀一(d06647)が手を打ち鳴らし、リズムを刻む。
     その影ではクロエ・刑一・悟が、がっちりと握手を交わしていた。
     一夜が用意したクラッカーを配布し、タシュラフェル・悠二郎・千巻・光理・藍・玉兎が舞台右手側に、律・修・美桜・梗也・津比呂・京・煌介・信蔵・八奈・結衣・神夜が舞台左手側に立ち、「せーの」で一斉にクラッカーを鳴らす。
    「一緒にいるサンキュー 一人じゃないサンキュー! 聞いてくれてサンキュー 明日からもヨロシク!」
     剣の詩を最後に、発表会は幕を閉じた。
     だがステージを取り囲む生徒たちの熱気は、参加者や観客を巻きこんでおさまる気配をみせない。

     芸術という舞台の上で、偽りのない心を、赤裸々な想いを、全身全霊でぶつけあった。
     青春を謳歌する生徒たちの歓声は、遠く秋の空に、いつまでも響いていた。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月22日
    難度:簡単
    参加:68人
    結果:成功!
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