My music is only one!

     音楽室からは、とつとつとしたピアノの音が聞こえていた。そっと覗くと、ピアノの前には髪の長い女生徒が座っている。技術的には決して上手くはないのだが、小動物がよちよちと歩いているかのようなほのぼのと楽しい曲に、心が和む。弾いている女生徒の口元にも、ほのかに笑みが浮かんでいる。


     ――芸術の秋。
     武蔵坂学園の秋を彩る芸術発表会に向けた準備が始まろうとしていた。
     全8部門で芸術のなんたるかを競う芸術発表会は、対外的にも高い評価を得ており、学園のPTA向けパンフレットにも大きく紹介された一大イベントである。

     この一大イベントのために、11月の学園の時間割は大きく変化している。
     11月初旬から芸術発表会までの間、芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動も、発表会向けの特別活動に変更されているのだ。

     ……自習の授業が増えて教師が楽だとか、出席を取らない授業が多くて、いろいろ誤魔化せて便利とか、そう考える不届き者もいないでは無いが、多くの生徒は、芸術の秋に青春の全てを熱心に捧げる。
     少なくとも、表向きは、そういうことになっている。

     芸術発表会の種目は『創作料理』『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』の8種目。
     発表会は基本的に個人戦である。それぞれの得意種目に参加する生徒は、その芸術を磨き上げ、独自の作品を作りあげるのだ。

     芸術発表会の優秀者を決定する11月22日に向け、生徒達は、それぞれの種目毎に、それぞれの方法で、芸術の火花を散らす。

     それは、武蔵坂学園の秋の風物詩であった――。
     曲が終わり、拍手を送ると、女生徒はピアノから立ち、こちらを向いて頭を下げた。
    「今の曲は、私のオリジナルで『ぺんぎんあるく』といいます」
     えへへ、と女生徒……五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は恥ずかしげに笑った。
     座るように促され、生徒たちは席に着く。
    「器楽種目エントリーの皆さん、ようこそ」
     灼滅依頼の際とは違う柔らかな表情で、姫子は説明を始めた。
    「楽器を演奏するのって、楽しいですよね。皆さんも得意な楽器があるからこそ、ここにいらっしゃることと思います」
     生徒たちは頷く。それぞれ腕におぼえがある面々である。すでに発表会に向けて練習を積んできている者もいるようだ。
     しかし姫子は柔らかな笑顔のままで。

    「でも、今年の器楽種目は、その得意楽器では勝負できません」

    「!?」
     音楽室に衝撃が走る。
     なぜだ? 一体なにをやらせるつもりなんだ!?
     姫子が黒板に向き直り、書いたのは。

     『珍し楽器の演奏会』

     意味不明のタイトルに、生徒たちはざわつく。
    「説明しますね」
     動揺を宥めるように、姫子は穏やかな口調で。
    「今年は、国内外の珍しい楽器を探しだし、演奏法をマスターして発表する、というのが器楽種目のテーマになりました。音楽好きの皆さんですから、もちろんレアな楽器に挑戦したい気持ちはあるでしょう?」
     それは……ないことも……ないけれど。
    「予選の日までに、それぞれ珍しい楽器を探し出して、奏法を勉強してきてください。なるべく珍しい楽器がいいでしょう……なぜなら」
     姫子はもったいぶるように生徒達を見回した。

    「同じ楽器を持ってきた人が、他に誰もいなかった人だけが、予選突破できるからです」

     一瞬の沈黙の後、再び音楽室がざわめいた。
     自分ひとりだけが探し出してきた楽器! それでなければ予選突破もできないとは!? 
    「予選を突破した方の中から優秀者を選んで、発表会へと推薦します。得意な楽器とは違うものを使うわけですし、練習期間も短いですから、音を出すのがやっとという人もいるでしょう。ですから、演奏の出来不出来よりは、どれだけ珍しい楽器を探し出してきて、楽しくアピールできたかが、審査の要点になります……もちろん」
     次第に不安げな表情になっていく生徒たちに反し、姫子は変わらぬ和やかさで。
    「カブってしまった人たちにも、予選で演奏する機会は差し上げます。せっかく探してきた楽器ですもんね。同じ楽器の人同士で合奏してもらうとか……そうそう、申し上げておきますけど」
     ふふっ、と姫子はいたずらっぽく笑い、
    「“珍し楽器”とは言っていますけど、予選会には、自分ひとりだけがその楽器を持ってきてさえいれば、何でもいいわけです。例えば、みんながレア楽器探しに血道を上げている裏をかいて」
     姫子は、先程弾いていたピアノに手を置いた。
    「ピアノを選んでみてもいいわけです」
     おお、と音楽室が沸いた。ありふれた楽器であっても、それを選んだのが自分ひとりであれば、予選突破はできるのだ。ピアノであっても、リコーダーであっても、ハーモニカであっても。
    「つまり」
     姫子は口の脇に手を添えて、ちょっと小声になって。
    「読みとかけひきも、重要なんですよ」
     そうか、読みとかけひき……。
    「ですので皆さん、持ってくる楽器については、お友達にも秘密にしておいてください。予選前に、楽器の名前を出して話し合うことは、止めてくださいね。事前にお互い知ってしまうと、イベント自体の正当性にも関わりますし、なんたってスリルが無くなって、つまらないでしょう?」
     それはそうだ。誰がどんな面白い楽器を持ってくるのか、お互い予選まで秘密にしておいた方が、絶対わくわくする。
     “珍し楽器”に不安を覚えていた生徒たちの顔が、段々明るくなってきた。
     それを見て、姫子も嬉しそうに頷く。
    「ね、なかなか楽しそうでしょう? 皆さん、頑張って面白い楽器を探してきてくださいね! 私も頑張って探しちゃいますよ!!」


    ■リプレイ

    ● 珍らし楽器求めて

     花廼屋・光流はロンドン、ヒースロー空港に降り立った。芸術発表会器楽種目のための楽器を探す旅だ。
    「さて、ダブリン行きは……」
     と乗り換えの表示を探して見回した光流の目に、見知った顔がとびこんできた。しかも2人。器楽種目の説明会で見た顔……つまり、彼女らも楽器探しのためにここに。
    「!?」
     その2人も光流を見つけ、驚きの表情を浮かべる。
    「……こんにちは、花廼屋先輩、奇遇ですね」
     仙道・司は嫌そうな顔をしながら一応挨拶した。
    「キミたちは、一緒に?」
    「いえ、違いますよ、飛行機が偶然近くの席で」
     鏡宮・来栖もうんざりしたような顔で答えた。もしかしたら光流も同じ便だったのかもしれない。予選までの間に海外まで楽器の調達に出かけようとしたら、この週末を利用するしかないのだから。
    「ああっ!?」
     その時、背後から聞き覚えのある声が上がり、3人が振り向くと。アイリッシュ・ウェルズがこちらを指さして口を開けていた。彼女も御同類のようだ。
    「キミたち、これからどこへ? ロンドンで楽器探しかい?」
     光流が尋ねると、
    「私は、アイルランドへ向かいます。自分と同じ名前の楽器を見つけましたの」
     アイリッシュが少々つんとしながら答える。
    「ええっ、キミもアイルランド?」
    「えっ、ということは先輩も!?」
     と、光流と来栖は肩を落とす。
    「あ、ボクは違いますよ、スコットランドがルーツですからね、親戚の家へ」
     司はそう言うと、幾分ホッとしたように笑い、
    「ではでは、お3人はカブってないといいですね、ごきげんよう~」
     と、嬉しそうに手を振って去って行った。
    「……目的地が一緒だからって、カブってるとは限らないし」
    「そうですよねっ。行きましょうっ」
     3人は肩を並べ、牽制しあいながらダブリン行きのターミナルへと向かった。

     その頃イングリッド・レーンクヴィストは、実家に国際電話をかけていた。
    「大至急送ってよ、もう来週なんだ。うん、練習する時間は無いかもしれないけど、今回は演奏内容は問われないからさ」
     イングリッドは電話を切って、ほっと息を吐いた。
    「間に合いますように……」

     その頃、石英・ユウマはとある音楽喫茶を訪れていた。
    「ほら、これだよ」
     マスターが自慢げに出してきた楽器に、ユウマは目を見張る。
    「おお、これは素晴らしい。しかしこのような珍しい楽器、音楽の“お”も知らぬ自分に弾きこなせるでしょうか?」
    「頑張ってみようよ。僕が一から教えてあげるから」
    「はい、ありがとうございます。よろしくお願い致します」
     ユウマは深々と頭を下げた。

     その頃、東京某所の古道具屋。
    「はい、お嬢さん、いい買い物したね」
     蘚須田・結唯は店主から人形のような形をした包みを受け取った。
    「ありがとう! これ師匠に勧められたんです。見つけられて良かった」
    「これで、その変な演奏会もバッチリだね」
    「ええ! がんばって練習しますっ」
     結唯は弾む足取りで店を出ていった。
     それからほどなくドアが開き、店内に入ってきたのは結唯と同じ年頃の、しかも同じ制服を着た少女。
    「!」
     その少女、古樽・茉莉は店に入るなり、結唯が先程買っていったのと同じ商品に飛びついた。
    「か、かわいい……でも、ウチの学園の人たちがこんなネタ楽器、見逃すわけない……でも珍しい……」
     茉莉はそれに釘付けになり……そして閉店間際まで悩みまくったあげく、結局買ってしまったのだった。
     店主はもちろん、同じ学校の子が同じのを買って行ったよ、などとは告げなかったわけで……。

     その頃、都内某所の楽器店で。
    「はうあっ」
     綾部・茜は値札を見て、変な声を上げていた。
    「170万円んん~?」
     学生にはとても無理な値段に思わずへたりこむ。
    「お、お嬢さん、どうしたの、具合悪いの?」
     茜の様子を見かねたのか、店長が声をかけてきた。
    「実は学校で変な演奏会があってかくかくしかじか……」

     その頃、斎賀・なをはPCに釘付けになっていた。
    「……あった、これだな」
     テレビで見かけて心引かれた楽器を検索しているのだ。
    「ほう、割と手に入りやすい材料で作れるんだな。空き缶と、ええと……うん、これなら俺にもいけそうだ」

     その頃、武蔵坂学園近くのショッピングセンターで。
    「御手洗くん!?」
    「リーファさん!?」
     リーファ・エアと御手洗・陸が食品売り場でバッタリ出会っていた。
    「どどどうしてこんなとこに」
    「先輩こそ、もしかして楽器の素材探しですか?」
     リーファは答えなかったが、お互いの表情だけで事情はわかりすぎるほどわかる。
    「はあー、似たようなこと考える人はいるもんですねえ」
    「さっき、覇穿さんと、社樹さんと、東当くんも見かけましたよ」
    「ええっ、そんなに?」
    「でも、食品売り場じゃなくて、雑貨の方に行きましたけど」
    「へえ……何探してるんでしょう」
     ふたりは雑貨売り場の方に様子を見に行ってみた……すると。
     覇穿・騎人は多種の皿を買い集め。
     社樹・燵志はガラスコップをためすがめつつ見比べ。
     東当・悟は真剣な眼差しでストローを物色していた。
     ぶっちゃけ3人ともかなり怪しい。
    「何するつもりなんだろ……?」
     リーファと陸は物陰で顔を見合わせた。

     その頃、花屋敷・栞は祖母の家の倉庫をあさっていた。
    「けほっ、すごい埃……え、これお琴じゃないの? へえ、ラトビアの楽器……意外とお祖母ちゃん、コレクターさんなのねえ。なんでこんな楽器、持ってるの?」

     その頃、都内の河川敷を。
    「楽器のレパートリーを増やす良い機会なのです。でも、一体何にしたら……」
     支倉・月瑠が疲れた足取りで歩いていた。一日中楽器屋巡りをしていたのだが、ピンとくるものが見つからなかったのである。
     と、少し先の橋の下から、リズミカルな音が聞こえてきた。
    「……なんでしょう?」
     月瑠は音に向かって走った。近づくにつれ見えてくる、その楽器は……
    「! これが良いのです♪」

     その頃、天河・桜良は自宅で、キラキラと輝くガラスのバームクーヘンのような不思議な物体を磨いていた。
    「これをお披露目する機会がくるとは……」
     丁寧に、大事そうに磨く。
    「日頃の練習の成果を、みなさんに聞いていただきましょう」

     その頃、都内某所の骨董品店で。
    「よく分からぬが、なんだか可愛いのだ。これを買うのだ!」
     卯道・楼沙が衝動買いをしていた。
     店主が楼沙に。
    「それ、オカリナみたいな音がするらしいよ」
    「そ、それはますます可愛いのだ!」
     実は西場・無常も同じ店に行ったのだが、楼沙とはすれ違いになった。彼が購入したのは、楽器ではなく……少なくとも楽器には見えない。
     しかし無常は、
    「よし、これなら充分だ。帰ってネット動画を見ながら練習しよう」
     包みを大事そうに抱え、満足げに頷いた。

     その頃、都内某所の廃ビルで。
    「……こんな所にこんなものが」
     行野・セイは棚の奥にうち捨てられていたそれを発見していた。
    「や、壊れているな」
     セイはキーをカタカタと動かしてみた。
    「直せるだろうか……」

      
    ● 練習とか製作とか修行とか

    「あった、これだこれ」
     敷島・雷歌は軽音楽部室から、目当ての楽器の発掘に成功していた。
    「更に、これにコレをつけてだな」
     オマケもつけたようである。
    「さ、どこで練習すっか。人目の少ないとこ……」
     楽器を背後に隠しながら、部室から廊下を覗き込むと。
    「うわ、敷島先輩」
     エモ・オルタナティブが大きな楽器ケースを抱えて通りかかった。エモはケースを背中に慌てて隠したが、隠しきれていない。
    「慌てんな、中身までは見えねえから」
     と言いつつ、雷歌は自分の楽器を素早く部室に押し込む。
     と、そこに、
    「先輩方ごきげんよう」
     これまた身長より長いくらいのケースを担いだ脇坂・朱里が通りかかり、スタスタと通り過ぎていった。
    「(何の楽器だろう?)」
     と、そこに。
    「はっ、先輩方、こんにちはっ、失礼しますっ」
     恋川・想樹が、まるで巨大芋虫のオブジェのような物体を持って通りかかった。想樹は必死にその物体を隠しながら早足で去っていく。
    「(……あれ、楽器か?)」

     その頃、吉祥寺キャンパスの音楽倉庫で。
    「チューニングはしておいたからね、気を付けて練習するんだよ。学校の楽器だしね」
     音楽教師が出してきてくれた憧れの楽器を見上げ、時諏佐・華凜の瞳は星をちりばめたようにキラキラと輝いた。
    「はい、大事に使わせていただきますっ。ありがとうございます、頑張って練習しますっ」

     その頃、井の頭キャンパスの空き教室で、狐雅原・あきらは小ぶりのピアノのような楽器と向き合っていた。結構な大きさであるが、いつの間にかこっそり校内に搬入したらしい。
    「うぐぐ、やっぱり難しいや。さすがダ・ヴィンチ考案……」
     苦戦しているようである。

     その頃電脳部室で、月代・アレクセイは、チューニング・メーターを睨みながら、何本もの竹を削っていた。
    「このくらい、かな」
     削った竹に息を吹き込んでみる。
    「ああっ、削りすぎちゃった。材料代が安いのはいいけど、なかなか難しいもんだなぁ」

     その頃、相良・太一は家の押入から、その楽器を引っ張り出していた。
    「へへ……こいつと何年連れ添ったと思ってるんだ。楽器の習熟、なんて段階はもう不要、吹き口の噛み跡やぶつけた凹みまで、俺にピッタリ! まさに一身同体!」
     太一はその楽器で、気持ちよさそうにチャルメラのメロディを吹いた。

     その頃、五十里・香は楽器を手に、武蔵境キャンパス校舎の屋上に出ようとしていた。
    「……あれ、先客がいるや」
     屋上では、神坂・稜が楽器の練習らしきことをしているのが見えた。
    「ちえっ、せっかくストリートミュージシャン気分でバリバリに吹きまくるつもりだったんだけどな、仕方ない、別の場所を探そ」
     香は諦めて階段を下りかけて。
    「でも、稜の、あれって楽器なのか……?」
     もう一度稜を振り返らずにはおれなかった。楽器の練習というよりは、投げ縄の練習に見えるのだが……。

     その頃、奥村・都璃は吉祥寺キャンパスの音楽室で、黙々と練習に励んでいた。
    「同じ鍵盤楽器とはいっても、ピアノとは随分勝手が違うものだな……叩けば音が出てくれるからいいようなものの……」
     ……黙々。

     その頃、水海・途流はPCに釘付けになっていた。耳にはヘッドホンを装着し、なにやら繊細な作業を行っている。
    「……お、これ面白い音だな……これをこっちと重ねて、と」

     その頃、神宮時・蒼は机ほどもある大きな台形の箱を前にして、溜息をついていた。
    「弦、いっぱい、ありすぎ……です」
     難しい楽器を選んでしまったらしい。
    「……でも、音楽は心ですから……がんばる、です」

     その頃、華槻・灯倭は亜熱帯観察部kokopelliの部室で。
    「芸術発表会のための楽器? うん、見つけたよ、いいモノ。この部の名前とも関係している楽器でね、あったかーい音がするんだよ。吹くのは結構大変なんだけど。うふふ、楽しみにしててね?」

     その頃シャルロット・メディナは、河川敷でひとり、淡々と、しかし気持ちよさそうに、練習をしていた。周りで遊んでいた子供達がいつの間にか近くに寄ってきて、彼女が奏でる音に聞き入っていたが、それにも気づかない様子だった。
     実はその同じ川のもう少し下流では、八槻・十織が。
     ぷう。
    「お、やっと音がでたのう、十織」
    「出ました、爺様」
    「しっかしお前は不器用じゃのー」
    「爺様たちが上手すぎるんですよ」
    「かっかっかっ、昔取った杵柄というやつよの」
     近所の爺様たちに、同じ楽器を習っていた。

     その頃、布都・迦月は楽器の前に座り、流ちょうに曲を奏でていた。
    「よし、鍵盤はピアノと同じだし、大丈夫なようだ。今回はバッハの平均律で勝負しよう。バロックの空気を皆に感じ取ってもらえるといいが……あとの問題は、搬入か」

     その頃、星宮・ゆうひは。
    「ああ、クラクラする……」
     楽器を手に、傍らの椅子にへたりこんでいた。
    「ちっちゃいのにキツいなあ、この楽器。でもなんとか音が出るようになったから、曲考えなきゃ……あ、校歌の楽譜ってあるかな、音楽の先生に聞いてみようっと」

     予選会前日になっても、小暮・梨子は悩み狂っていた。
    「ああっどうしようっ、決まらないー。こうなったらいつものギターを弾くしかないのかー!」
     と、そこに。
    「これ、そこの少女よ」
     突然白髪白髭の老人が現れた。
    「ワシがとっておきの珍し楽器を教えてしんぜよう」
    「えっ、マジですかっ、ぜひお願いしますっ。ところで、あんた、誰?」
    「ワシはスタイ老師じゃ」
     梨子は老師の元で一夜漬けの厳しい修行を行った。穴を掘ったりプラモを作ったりと、それはそれは厳しい修行であった。そして修行の最終段階には、楽器対決で老師を打ち破るほどの腕前になったのである。
     老師は梨子に満足げに微笑みかけると、いずこかへと去っていった……。


    ● 予選会直前

     予選会に出場する生徒たちは、会場となる講堂の裏手に集合していた。
    「陽和さん、ステキな着物だねえ」
     神凪・陽和は、サザキ・ローレンスに衣装を誉められ、
    「ありがとうございますー、楽器に合わせてみましたっ」
     くるりと紺の着物の袖をかざして回ってみせた。着物は百合の柄、髪にも百合が刺してある。
    「ローレンス先輩の衣装も可愛いですー」
    「ありがとう、おれも楽器に合わせたんだよ。ポーランド風なんだ」
     と、サザキは掌で小さな楽器を転がす。彼の衣装にはたくさん鳥の羽があしらってある。
    「乃董くんのも、ステキだよねえ」
     乃董・梟はまんざらでもなさそうにマントを翻し、
    「へへっ、俺も楽器に合わせて、吟遊詩人のコスプレさっ……あっ、ごめんなっ、大丈夫か?」
     翻したマントの裾が、しずしずと台車で楽器を搬入していた天埜・雪をかすめた。雪は軽く首を振ると筆談用スケッチブックを開き、
    『だいじょうぶ。でも気をつけてね。このがっきは1600万円するの』
    「ええーっ!」
     3人はひっくり返った。

     ――そこへ。
    「皆さん、お待たせしました、エントリー表ができました!」
     進行役の姫子が、刷りたてのプリントの束を持って駆け込んできた。
     配られたプリントを見て、ああーカブっちゃったー、やったーカブらなかったー、という悲鳴がひとしきり上がる。
    「あのー、皆さん」
     姫子が申し訳なさそうに声を張り上げる。
    「思いの外カブらなかった方が多かったものですから、審査員の音楽の先生方と相談して、今回の種目の趣旨にいまひとつ添わなかった楽器……というか、本来楽器ではないものは、予選を通過しても、芸術発表会の推薦対象にはしないことにしました。ご了承くださいね」
     ええー、とあちこちから声が上がったが、ある程度予想はしていたのか、というか、基本的に楽器探しと予選を楽しめればいいという者も多いのだろう、それほど非難の声は上がらなかった。

    「……ということはだ、お前はハネられるクチだな」
     燵志が悟をからかった。
    「先輩なんて、カブってはるやないですか」
     悟はそう言い返すと、ストローをぶーぶー吹いた。
    「そうよなあ、まさかグラス叩きがカブるとは思ってなかったぜ、な」
     同意を求められて、赤鋼・まるみが頷く。手にはガラスのマドラーがある。
    「ですよねえ、驚きました」
    「グラスハープがカブらないで、叩く方がカブるっていうのが、この学園らしいですよね」
     武月・叶流が笑ったが、ちょっと真顔になって。
    「私も、ハネられるクチかしら……」
    「叶流ちゃんはセーフでしょうよ。覇穿先輩はダメっぽいけど……」
    「そうか? 残念だな。いい音がするんだがなー」
     騎人はチーンと、箸で皿を叩いた。
    「自作の『美少女をたたえる歌』を、お偉いさん方の前で披露したかったんだけどなあ……」
    「「「そりゃあかんやろ!」」」
     食器関係者たちは、思いっきり騎人にツッコんだ。
     
    「カブっちゃったねー」
    「カブっちゃったわねー」
     風間・海砂斗と猪坂・仁恵は、サンポーニャを手に顔を見合わせていた。アンデスの民族楽器である。
    「仁恵おねーさんは、サンポーニャ好きなの?」
    「ええ、素朴でキレイな音だし、何より名前が!」
    「名前?」
    「さんぽ、にゃーん、って感じしない? お散歩してる猫みたい」
    「あ、ほんと、かわいいかもだ」
    「海砂斗くんも、好きなの?」
    「うんっ、好きだよ。『コンドルは飛んでゆく』吹くつもりだったんだ」
    「そうなのー」
     仁恵はにっこりと。
    「じゃ、コンドル、一緒に吹こうね」
    「うんっ!」
     
    「厳密に言うと、カブってないと思うんだけどなー」
     仲村渠・弥勒は、溜息を吐いた。月元・叶は笑い、
    「いやまあ、三線は三線だし、仕方ないデショ」
     弥勒が持参したのは普通の三線であったが、叶のは手作りのカンカラ三線であった。
    「月元先輩、悔しくないんですか」
    「んー、それほど。誰かと合奏してこそ、楽しい楽器かなとも思うし」
    「あ……言われてみれば、そっスね」
     弥勒は気を取り直したように、傍らの三線をピンと鳴らし。
    「ですねっ、みんなで歌って踊ってこその三線ですもんねっ。賑やかにやりましょ!」

    「ビアンカ先輩、カブってしまいましたね」
     天河・蒼月はそれほど残念そうでもなく、深杜・ビアンカに声をかけた。
    「そうね、カブっちゃったわね」
     答えるビアンカも悔しがっている様子はない。というか、むしろ微妙に嬉しそうだ。
    「カブって幸いかもしれなくてよ」
    「え、そーですか?」
    「うん。だって、ひとりハンドベルって、持ち替えとかすごーく大変じゃなかった?」
    「確かに……」
    「私、必殺技の4つ持ち、必死で練習したのよ。鳴らせるようにはなったけど、練習しすぎて腱鞘炎気味なのよ!」
     優雅に見えるハンドベルだが、実は結構重い。
    「だからっ」
     ビアンカは蒼月の手をぐっと握り。
    「カブって幸いだわよ、蒼月ちゃん、一緒にやりましょう!」

     平坂・月夜は橘・美桜を見上げて。
    「カブっちゃいましたねー」
    「ええ、そうね。でも構わないわ、私、ベルリラに挑戦したかったの」
     美桜はにっこりと。
    「小学校のマーチングバンドで、これをやりたかったんだけど、じゃんけんで負けてポンポンになっちゃったことがあるの。それ以来の夢だったの」
    「へえー、そうだったんだあ」
    「だから、月夜ちゃんと演奏できるのも、とっても嬉しいわ」
    「ボク、お家で一生懸命練習してきたです!」
    「まあ、そうなの、一緒に頑張りましょうね!」

    「ブズーキがカブるとはなあ……」
     来須・桐人は溜息を吐いた。
    「しかも花廼屋くんは、アイルランドで仕入れてきたんだろ?」
    「ええ、そうです」
     光流は苦笑して、
    「ロンドンで会ったヤツらとはカブらずに、ギリシャで入手した来須先輩とカブるなんて、不思議なもんですね」
    「ま、それだけ広くヨーロッパの民族音楽に取り入れられているということだろうな」
     来須は傍らのブズーキを取って。
    「僕は、アドリブでやってしまおうと思ってたんだけど、君は?」
    「即興で弾き語りしようかと」
    「ほう、いいね。じゃ、今のうちに打ち合わせておこうか。ギリシア風と、アイルランド風、どっちがいいかな?」

    「へえ、変な太鼓」
     蒼崎・鶫は、藤原・広樹が持ってきた太鼓の、胴に空いた穴を覗き込んだ。
    「だろ? 南米の太鼓で、カホンっていうんだ。中に鈴が仕込めるようになってるんだよ。ところで鶫の、それは篠笛?」
    「そうよ、これならお祭りで吹いたこともあるし」
    「はーい、すみません、ちょっとこっち向いてもらえますか?」
     ふたりが楽器を見せ合っていると、突然入り込んできた者がいた。
    「光画部です。記念写真を撮らせてくださーい」
     光画部の腕章をつけた雁屋・蝸牛であった。カシャカシャと素早くデジカメのシャッターを押す。
    「はいありがとうございましたー」
     そしてあっという間に、蝸牛は次の集団へと移動していった。その後ろ姿の手元にはスマホ、背中には大きなのこぎりを担いでいる。
    「……あの人も、出演者なんだよね?」

    「カブっちゃいましたね」
     隅っこの方で、比嘉・アレクセイと綾瀬・栞が顔を寄せ合っていた。
    「ねえ、カブっちゃったわねえ……っていうか、ひとりだとしても声楽は結局ハネられたんじゃないかしら」
    「そうかもですね……」
     年齢の割には大人びたアレクセイだが、さすがにがっかりした様子。
    「ね、元気だして。わたし合唱できそうな楽譜いくつか用意してきてるし、歌えそうな曲をやる人がいたら、便乗させてもらってもいいでしょう?」
     栞が励ますと、アレクセイは顔を上げ、少しだけ笑顔を見せた。

     その時、再び姫子がやってきて――。
    「さあ皆さん、時間です、講堂に入ってください!」


    ● いよいよ演奏会

     出演者も大人数だが、ひと目、いやひと耳、珍し楽器の音色を聞こうという聴衆も大勢集まっており、講堂はすし詰め状態だった。そこにずらりと珍し楽器が並んでいるのは、正に壮観である。
     いよいよ演奏が始まると、次々登場する珍し楽器に、会場は大いに盛り上がった。

     藍屋・ドロシーは舞台上で、手品のように机の上からサッと黒い布を取り去った。現れたのは、卓上木琴だ。
     懐かしい、かわいい、という声が講堂のそこかしこから上がる。
    「懐かしいでしょー、初等部から借りてきちゃいましたー」
     ドロシーはオリジナルの可愛らしい曲を披露した。

    「ボクは、最近流行りのコレを用意しました」
     桜川・るりかが舞台に据えたのはテルミンである。2本のアンテナの間にるりかが手をかざすと、笛のような不思議な音色が流れ出した。
    「面白いですよ、後で皆さんも触ってみてくださいねー」

     自・鳴琴は水色のシンプルな小箱を手に舞台に登場した。
    「うちは、自分の名前と同じ、オルゴールを自作してみました」
     鳴琴が小箱の蓋を開けハンドルを回すと、可愛らしい音が講堂に流れた。

    「これはフィンランドのカンテレという楽器です」
     結音・由生は膝の上に小さな琴のような楽器を載せている。
    「フィンランドの小学校で習ったのですが、久しぶりなのでまた練習しなおしました。今日は『荒城の月』を弾きます。結構音色に合うのですよ」

    「愛媛のご当地楽器、水軍太鼓、いくぜ!」
     源・頼仁は、ドドン、カカッ、と威勢良く大小2つの和太鼓を叩きはじめた。
     ……と、それを舞台下で見ていた鶫が。
    「……うずうずする」
    「は?」
     隣にいた広樹は思わず鶫の方を向く。
     驚く広樹には目もくれず、鶫は篠笛を手に舞台に飛び乗った。
    「笛、合わせていい?」
    「おうっ、もちろんだ!」
     頼仁は太鼓を叩きながら笑顔で答え、鶫は笛を口に当て、祭囃子を吹き始める。講堂は一瞬にして、お祭り空間になった。
     広樹は感心したようにクビを振り、
    「めっずらしー、鶫がこんなに積極的なの……」

     演奏が進むにつれ、出場者たちの間で、カブってなくともセッションを組んで演奏したいと申し出るものが現れだした。互いの楽器を見せ合っている間に、意気投合したのだろう。
     審査員の競技の結果、カブっていない楽器については、セッションで発表しても、それぞれ単独で審査を行うこととなった。
     早速、揚琴の蒼と、塤の楼沙は中国つながりで一緒に演奏し、ガラスチェロの雪と、ハープの華凜は、サン・サーンスの『白鳥』を優雅に合奏した。

     椎名・茜と、伝皇・雪華は、一見手ぶらで舞台に登場すると、いきなり踊りだした。
    「わたしの楽器はタップシューズでーす!」
    「うちの楽器はグングル、インドの舞踏用の鈴やで!」
     雪華は、鈴がついた布を巻き付けた足首を高く上げた。
    「「ダンスユニット組んでみましたー!」」
     タップシューズの小気味よい音と、ある種なまめかしい鈴の音が響く。
     ふたりのダンスは即席ユニットにしては息が合っており、会場は大いに盛り上がった。

    「これはアルモニカという、アメリカで発明された楽器です」
     桜良は、例のガラスのバームクーヘンを舞台に据えている。
    「ガラスを指で擦り、共鳴させて音を出します、つまり」
     そこまで言うと、桜良は傍らに立つ叶流を見て軽く笑み、それを叶流が受け。
    「グラスハープと同じ原理です。ですので、今日はふたりで演奏します」
     ふたりが演奏したのは『アヴェ・マリア』天上の音楽が、学舎を満たす。

     素破・隼と琴桜・ライラも一緒に舞台に上がった。
     揃って一礼してから隼が。
    「拙者共はアイヌの民族楽器を選んだでござる。偶然とはいえ同好の士がいるのは嬉しいので、合奏するでござる」
     ライラが受けて。
    「素破先輩のはトンコリ、あたしのはムックリっていうのさ。どっちも面白い音がするよ、聴いてね!」
     トンコリは5音しか鳴らないし、ムックリは口で音程を調節する口琴であるから、どちらも曲という曲にはならないのだが、それでもその独特の響きは、アイヌのシャーマニックな雰囲気を充分感じさせるものだった。

     ぞろぞろと7人もが舞台に上がってきた。
    「えっと、私たちはアジアの楽器を選んだんですけど、大勢いるので思い切ってアジアセッションを組んでみました。ちなみに、私のは、サウン・ガウ。いわゆるビルマの竪琴ですねえ」
     天城・兎が赤白ツートンカラーに塗装した竪琴を掲げた。
    「私のはアンクロンといいます。インドネシアの楽器です」
     コルネリア・レーヴェンタールが、3つの竹細工をカラコロと揺らしてみせた。
    「3つ使ってチャルメラをやろうとしてたんですが、かなーり苦しかったので、セッションに誘ってもらえて助かりましたー」
    「私のは、コーン・ウォン・レック、です」
     テン・カルガヤが言葉少なに楽器を紹介し、円形に並べてつり下げられたドラを、ポーンとひとつ鳴らした。タイの楽器である。
    「私のは、インドのシャーナイという宮廷楽器です」
     野村・さやかは、金属のオーボエのような楽器を、
    『ベェ~~~~~~~~~』
     と、吹いた。蛇が出てきそうである。
     その4人に、都璃のシロフォン、ちょっとエリアが違うが、なをの水カンリンバ、想樹のディジュリドゥが加わっている。想樹の芋虫オブジェの正体は、アボリジニの伝統楽器であった。
     セッションは、実にエキゾチックで、幻惑的なものだった。

     今度は、8人もが一度にステージに上がった。
    「僕たち和楽器チームは、カブりまくっちゃったというのもありまして、皆で合奏することにしました」
     甘粕・景持は軽く苦笑している。いつのまにかチームまで結成されていたらしい。
    「自分と甘粕先輩が龍笛で」
     アイネスト・オールドシールが横笛を掲げて見せる。
    「私と謡さんが、笙です」
     灯屋・フォルケと紫乃崎・謡は、細い竹を丸く並べて束ねたような楽器を示した。
    「私は小鼓です」
     ぽん、と白咲・朝乃が、右肩の上の小鼓を叩く。
    「俺のは篳篥です」
     風嶺・龍夜は漆塗りの縦笛を手にしている。
    「これも縦笛ですが、ひとよぎりといいます」
     ヘカテー・ガルゴノータスは、小さめの尺八のような楽器を上げる。
    「そして俺のが」
     黒守・燦太が、ベン、とばちで力強く弦を叩いた。
    「楽琵琶だぜ。俺たちは、日本の伝統楽器の良さをもっと知って欲しいって気持ちで、意気投合したんだ」
    「曲は――」
     謡が進み出て。
    「皆それぞれ用意してきてたんですが、このチームの趣旨から、皆さんも知っている曲がいいだろうと、龍夜さん提案の『荒城の月』にしました。カンテレの由生さんとカブってしまって申し訳ないんだけど……」
     舞台下で由生が、かまいませんよ、と笑顔で首を振る。
    「ありがとう! では、聴いて下さい」
     曲は琵琶の力強い一音から始まり、前奏のアルペジオは縦笛2本が風のように奏でる。1フレーズ目のメロディは龍笛が取り、2フレーズ目には笙へと移る。琵琶の伴奏と、小鼓の合いの手も味わい深い。管楽器のトゥッティで盛り上がったサビを経て……静けさの中、演奏は終わった。
     聴衆には、涙している者もいた。

     ドドン!
     腹に響くバスドラムの音を皮切りに、万事・錠は激しくドラムセットを叩きだした。2つのバスドラムとハイハットの間を、めまぐるしく足が動く。バスを増やしていることもあり、迫力満点だ。
    「万事先輩、カッコイイ!」
     我慢しきれなくなったのか、朱里がエレクトリック・アップライト・ベースを抱え、ステージに駆け上がった。
    「合わせてよろしいですか!?」
    「もっちろんだ!」
     錠は野性的な笑みで、嬉しげに答えた。
    「わたしも入れてくれっ!」
     香がザブーン片手にステージに飛び乗り、
    「俺もだ! 鍵盤ハーモニカの実力を見せてやるぜ!!」
     太一が続く。
    「電子楽器もいいスか?」
    「おう、なんでも来い!」
     途流がPCとアンプをステージに運び上げる。デジタル・オーディオ・ソフトで予め作ってきた音が、PCにたくさん入っている。
    「それなら俺も入れてくれ!」
     無常が古道具屋でゲットしたプッシュホン式電話機を弾き始めた。ピ、ポ、パというひょうきんな電子音がセッションに加わった。
    「パーカッションが足りねえんじゃねえのか!?」
     雷歌がティンバレスを抱えて乱入し、
    「よい、しょ」
     月瑠がスティールパンをステージに載せる。

     ――ステージが一杯になってきたが、セッションはどんどん大きくなっていく。出演者たちは、自分の楽器を取り出し、演奏が終わった者も、まだの者も、次々と音楽に加わっていく。

     ゆうひはピッコロで。アレクセイは手作りのパンフルートで。エモはダブルコントラバスフルートで。桐人と光流はブズーキで。梨子は老師に仕込まれたスタイロフォンで。セイは何とか修理が間に合ったタルゴットで。紅羽・流希はウクレレで。アイリッシュはアイリッシュ・ハープで。栞はラトビアのチター、コクレで。イングリッドはスウェーデンの実家から送ってもらったニッケルハルパで。灯倭は北米先住民族の伝統楽器、精霊を呼ぶというアサナジフルートで。あきらはピアノ型の弦楽器ガイゲンヴェルクで。迦月は秘密の方法で搬入したチェンバロで。

     ――もうヨーロッパもアジアもクラシックもロックも民族音楽も予選通過者もカブりも正統派もキワモノも、全く関係なかった。
     ここには音楽があるのみ。

     司はキルト姿でバグパイプを吹き、メディナと十織は草笛を精一杯響かせ、陽和は中国の琵琶月琴を弾き、サザキは楽しげにバードコールを鳴かせ、梟は吟遊詩人になりきりリュートをかき鳴らす。騎人は皿を、燵志とまるみはグラスを叩く。悟はストローをぶいぶい言わせ、仁恵と海砂斗は並んで仲良くサンポーニャを吹く。ビアンカと蒼月は息の合った様子で次々とベルを持ち替え、美桜と月夜はベルリラを楽しげに叩く。叶と弥勒は踊りながら三線をかき鳴らし、蝸牛はミュージックソーを時折弾きながらも、写真撮影にも余念がない。栞とアレクセイは手をつないで声を響かせ、綾部・茜は楽器店が貸してくれた鍵盤グロッケンシュピールをごきげんに弾きまくる。リーファはちくわ笛を、陸は人参笛を楽しそうに吹き鳴らし、茉莉と結唯は手の中のマトリョーシカ……ではなくマトリョミンを操る。稜は人混みから離れたところで(危ないから)唸り木を振り回し。来栖はアイルランドで見つけたティンホイッスルをノリノリで、ユウマはやっとマスターしたチベットの弦楽器ダムニェンを真剣な表情で奏でている。

     ――気づけば。
     観客もセッションに加わっていた。手を叩き、歌い、踊っている者もいる。
     自然発生セッションであるから、当然そこには統一されたメロディもコードもない。けれどそこには、不思議な一体感があった。
     音を聴き合い、楽器で応える。そのシンプルな楽しさから生まれる一体感。
     その一体感はうねりとなり、講堂中を――いや学園中を満たしていた。

     私たちは、音楽が好きだ――。

    「ラストいくぜー!」
     錠の合図で、皆は最後のワンフレーズを全力で奏で、そしてきちんと打合せていたかのように、スッキリとセッションは終了した。
     わあっ、と、歓声と拍手が起こる。
    「楽しかったですねーっ」
     いつの間にか、進行役の姫子まで、インドのシタールでセッションに加わっていた。インド好きの叔母様に借りたんですう、と照れ笑いをする姫子を、審査員の音楽教師たちが呼んだ。姫子は慌てて駆けていくと、審査員たちと二言三言、言葉を交わし。
    「皆さん、今の大セッションの間に、審査結果が出たそうです!」
     審査!? と講堂がざわめく。審査のことなどすっかり忘れていた者が多かったようだ。
     そうか、そういえば、そういう演奏会だったような気がする。
     それにしてもこの状況で審査ができるとは、さすが武蔵坂学園の音楽教師である。

    「では、発表します。器楽部門優秀者、及び、芸術発表会からの推薦者は」
     姫子は緊張の面持ちで。

    「アルモニカを演奏された。天河・桜良さんです!」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月22日
    難度:簡単
    参加:85人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 27/キャラが大事にされていた 9
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