カルマは輪転す

    作者:西東西


     さびれた別荘の一室に、ひとりの青年の姿があった。
     避暑地の紅葉は早々に終わり、窓の外から見える夕暮れの木々が寒々しい。
     舞い落ちる葉を見やり、ひとりごちる。
    「やあ、もうすっかり冬だねえ」
     デザインシャツにデニムパンツ。ファー付きのジャケットというラフな格好で、見た目は二十代半ばのように見える。柔和な草食系男子という表現がぴったりくるだろうか。
     扉をノックする声に応えて振りかえり、にこやかに客を出迎えた。
    「ふたりとも、おつかれさま。首尾よくいったようだね」
     作業着姿の2人の男女に両脇を挟まれる格好で、スーツ姿の壮齢の男が部屋の中央にほうり投げられる。
     目元・口元は黒い布でふさがれ、両手首をロープで固定された姿でじたばたと暴れている。
     周囲の会話を聞きとれるからだろう。床の上であがく男を認めて満足そうに頷くと、青年は手にしていたナイフの柄を2人に向けた。
    「さあ。彼が来世、悪業から解き放たれるよう。きみたちの手で、救いを」
     ふるえる手をナイフに伸べる2人に、笑みを向ける。
    「安心して。『守護者様』からいただいたその刃なら、現世の業にまみれた魂を浄化することができる。彼は、救われるんだ」
     青年の微笑みはあくまでも優しく、2人を諭すようだ。
     作業着姿の2人は頷きあい、意を決して青年の手からナイフを受けとる。
    「『罪』を駆逐し、一緒に、より良い世界をつくろう」
     ささやくような声に後押しされ、ナイフを手にした男女は、その腕を振りあげた。
     

    「ダークネス・ソロモンの悪魔の配下に動きがある。ついては、きみたちに灼滅願いたい」
     集まった灼滅者の顔を見渡し、一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が資料を手に説明をはじめる。
     事件の中心人物は瀬之口・敬(せのくち・けい)という若手の男性モデル。
     収入のほとんどを自らが立ちあげた慈善団体の運営資金にあてており、主にこどもを対象とした支援活動を行っている。
     メディア上でも人道的なメッセージを多く発信する『善人』としての印象が強く、年齢性別を問わず彼を信望する者は多い。
    「その瀬之口が事務所としている別荘で、新しく団体に加入する者たちの『儀式』が行われる」
     恐喝。強盗。薬物売買。脱税。殺人。
     大小問わず『罪』を犯した人間を連れ去り、その手にかける。そうすれば、晴れて慈善団体の一員になれるというのだ。
    「瀬之口は『ソロモンの悪魔から受け取ったナイフであれば、悪業を犯した人間の魂を浄化できる』等とそそのかしているらしいが、そんなもの、当然眉唾だ」
     このままでは一般人が一般人を手にかけるという、痛ましい事件がおきてしまう。
     
     なお、今回は慎重さを優先するだけの余裕はない。
     正面突破がもっとも成功率が高いとの予測が出ているため、別荘正面から侵入し、『儀式』の行われている2階に向かわねばならない。
    「別荘のつくりは単純だ。横長の建物で、2階へあがる階段は中央にひとつだけ。どの階も、階段からみて左右に3つずつ部屋がある」
     つまり、屋敷内に合計12の部屋を持つ別荘というわけだ。
     予測では部屋の場所までは特定できなかった。2階へ上がりしだい、『儀式』の部屋を探す必要がある。
    「また、屋敷への侵入後、1階に待機している強化一般人がきみたちを狙ってくる。先に2階を目指しても良いが、その場合は1階の敵もきみたちを追って2階に上がってくることに注意してほしい」
     1階の敵を完全に排除して2階へ向かった場合、2階の『儀式』は終わっている可能性が高い。
     かといって2階へ行くことを優先すれば、2階の敵と1階の敵にはさまれる可能性がある。
    「どういった手順を踏むかは、きみたちの選択に任せる。だが、できればきみたち自身に危険が及ぶような手順は避けてほしい」
     1階の強化一般人と2階の一般人は、それぞれ解体ナイフを扱う。
     瀬之口・敬は咎人の大鎌、チェーンソー剣を所持し、魔法使いと同様のサイキックを扱うという。
     
    「一般人も無事であれば言うことはない……。だが、なによりも、きみたちの無事の帰還を、祈っている」
     一夜は沈鬱な表情でそう告げると、静かに頭をさげた。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    九十九院・鶍(仮想領域の孤独な軍勢・d01801)
    十三屋・幸(影牢・d03265)
    天羽・桔平(悠閑神風・d03549)
    片桐・秀一(戦慄の刃・d06647)
    浅儀・射緒(射貫く双星・d06839)
    名取・逝司(悪意の人・d07251)

    ■リプレイ

    ●寂静の遊戯館
     豪邸が建ちならぶ別荘地の一角。
     エクスブレインから伝え聞いた屋敷の見える位置に姿を隠し、灼滅者たちは息を潜めていた。
     夕刻の風が冷たく通り過ぎていくが、ダークネスに関与する者たちを目前に、寒いとばかりも言ってはいられない。
    「やっかいな儀式をやっているのは、あの別荘か」
     片桐・秀一(戦慄の刃・d06647)が様子をうかがうように、建物を見あげる。
     敷地内はひっそりとしてはいるが、1階にいくつかの人影が見えた。
     おそらく、強化された慈善団体のメンバーだろう。
    「『罪を憎んで人を憎まず』! 罪を犯したひとを殺すことが救いだなんて、間違ってるよ」
     事前に聞いた情報を思い出し、天羽・桔平(悠閑神風・d03549)はキッパリと言い切った。
    「人殺しなんて、ひとに意思を預けたままやることじゃないわ」
     リンデンバウム・ツィトイェーガー(飛ぶ星・d01602)もそう言い放ち、すっと目を細める。
    (「殺すなら、断固たる自分の意思でなくちゃね」)
     一方、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は今回の事件に引っ掛かりを感じていた。
    「……ソロモンの悪魔は、なにか大きな事でもするつもりかしら?」
    「真相はどうあれ、今回の相手は悪魔の配下です。さっさと処理してしまいましょう」
     任務に対して特に感想をもたない名取・逝司(悪意の人・d07251)は、にべもない。
    「ん……。いつでも……、いける……」
     浅儀・射緒(射貫く双星・d06839)の言葉に、九十九院・鶍(仮想領域の孤独な軍勢・d01801)も頷く。
    「打ち合わせの手順どおり。みんなで頑張ろう」
     十三屋・幸(影牢・d03265)は仲間たちの会話を聞きながら、胸の内に湧きあがる怒りを抑えこんでいた。
    (「たとえ犯罪者だとしても、ひとを裁くのは法律。好き勝手に殺していいわけがない」)
    「Slayer Card,Awaken!」
    「紅桔梗、天の羽と参上~☆」
     スレイヤーカードを手に、各々が意志をこめ、唱える。
    「試合、開始(tip off)……!」
     幸の声を皮切りに、灼滅者たちは武器を手に、屋敷へと突入した。

    ●傀儡人形の踊り
     正面玄関から突入する少年少女の姿は、すぐに1階に待機していた慈善団体のメンバーの眼にとまった。
    「お前たち、何者――ぐおっ!」
     突入後すぐに駆けつけたメンバーの1人を、秀一が出会い頭に殴り飛ばす。
     射緒が次に現れたメンバーを蹴り倒し、
    「ごめんあそばせ」
     その合間を、リンデンバウムが箒に乗って一直線に階段を目指した。
     リンデンバウムの霊犬『りゅーじんまる』が主を追うのを見送りながら、桔平は振りおろされた解体ナイフを軽やかに避け、後方を見やる。
    「お兄さんたちの相手は、あっちだよー☆」
     次の瞬間、慈善団体のメンバーたちをどす黒い殺気が包みこむ。
     逝司の鏖殺領域だ。
    「往くぞ、馬鹿犬」
     主の声に応え、ビハインド『馬鹿犬』の放った霊障波が殺気にひるんだメンバーを切り裂く。
     幸は屋敷の床に解体ナイフをつきたて、蓄積された『犠牲者たちの呪い』を呼び起こした。
     毒の風が逆巻く。
     ごうごうと響く風鳴りに、館で散っていった犠牲者たちの声が聞こえるようだ。
    「これが、貴方たちが『救った』人だ!」
     呪いの風がはしる。
     風から逃れようとしたメンバーめがけ、続く鶍の殺気が敵を包みこんだ。
    「……っと、ごめん、2人外した!」
     予言者の瞳を宿したアリスが反撃をかいくぐり、すぐさま階段へ先行。
     階段の中央に陣取り、2階へ向かおうと迫る敵の前に立ちはだかる。
    「心冷たき氷の王妃よ――」
     呪文を唱える間にかかってきた敵のナイフを避け、相対する者たちを静かに見おろす。
    「その凍てつく吐息もて、我が敵どもの熱を奪い去り給え……!」
     目に見えない魔法が、慈善団体のメンバーたちを蝕んでいく。
     急速に体温を奪われ、次々に膝を折る敵を、アリスはすかさず階下へ向けて蹴り飛ばした。
    「うおおぉ……!」
     転げ落ちたメンバーの前に、『馬鹿犬』が浮かぶ。
     亡霊のようにたたずむ黒衣の女を前に、敵は解体ナイフを振りまわす。
     攻撃を受けながらも、『馬鹿犬』の手が、敵の頭を挟みこむように伸びた。
     逝司は唇の端をもたげ、笑みを深める。
    「殺れ」
     ばっと、水が壁を打つ音。
     見ると階段脇の壁が赤く染まっている。
     ワンテンポ遅れて、頭を失った死体が床に倒れ伏す。
    「くっそおおおおぉ!」
     叫びながらナイフを繰りだしてきた別のメンバーへ向け、逝司は影業をはしらせた。
     だが、逆上した勢いゆえか、ギリギリでかわされてしまう。
    「行かせないよ……!」
     すぐさま鶍の影業《Mel do desastra》が伸び、横合いから敵を飲みこんだ。
     八つ裂きになった骸が、またひとつ、屋敷の床に転がる。
    「2体、処理完了です」
     逝司の声に、幸が頷く。
     1階の敵を2体減らせたら、ひとりが2階へ助勢に行く手はずなのだ。
     幸が階段を駆けあがろうとした、その時。
     ――ピイイイィーーーーーー!
    『右側、真ん中……!』
     甲高いホイッスルの音に続き、叫ぶ射緒の声が届いた。
    「右、真ん中!」
     すぐに幸が2階へ向けて復唱しかえし、1階でも声が確認できたことを知らせる。
     一方、敵もまた笛の音を聞いている。
     侵入者たちが叫びあった部屋でなにが行われているか。
     彼らはその内容を把握していた。
     事態を察知し、階段へ殺到しようとする敵メンバーを、アリス・逝司・『馬鹿犬』・鶍が迎撃する。
     幸は急いで階段を駆けあがり、アリスの横をすり抜けた。
    「先に行きます! お願いします……!」
     「待ってますから!」と声が続き、少年の気配があわただしく2階へ消えていく。
     アリスは仲間の攻撃を縫い、相対する慈善団体のメンバーを見下ろした。
     いびつに変形した刃が迫るも、光剣 『ピュアリィ・ホワイトネス』で受けとめる。
     瞬間、白夜のように淡い輝きを放っていた剣の輝きがふくれあがり、爆発。
     光の刃に貫かれた敵を前に、アリスは静かに言い放った。
    「相性が悪かったわね、あなたたち」
     がくりと、敵の足がくずおれる。
     力をうしなった骸が、音を立てて階段を落ちていった。

    ●カルマは輪転す
     2階へ先行した秀一・射緒・桔平・リンデンバウムは階段から左右に散り、ソロモンの悪魔の配下である瀬之口敬の居場所を探る。
     階段そばの左右の部屋をリンデンバウムが。
     左側の2部屋を秀一が。
     右側中央を射緒、最奥を桔平が受けもち、各自が担当の扉へ走る。
     ホイッスルと拡声器を用意して準備万端のリンデンバウムだったが、確認した2部屋のどちらも、ただの空き部屋だった。
    「……と、いうことは」
     秀一の居る左側の廊下を見やる。
     中央の部屋を確認したようだが、ハズレらしい。
     最奥の部屋へ向かおうとしたところで、ホイッスルの音が響いた。
     ――ピイイイィーーーーーー!
    「右側、真ん中……!」
     射緒の声だ。
     すぐに、同方向へ向かっていた桔平が駆けつける。
    「お兄さんの悪事は、一切合財ぜーんぶお見通――!?」
     開け放った扉へ叫ぶ桔平の言葉は、最後まで続かなかった。
     扉の前に立つ2人の身体を、黒い衝撃刃が薙ぐ。
     衝撃で、廊下の壁面に叩きつけられた。
    「先制攻撃……!」
     リンデンバウムと霊犬『りゅーじんまる』が駆け寄り、すぐに射緒と桔平の傷を癒しにかかる。
    「射緒! 桔平!」
     すぐさま秀一が駆けつけ、開け放たれた扉から部屋の中を見やった。
    「――!」
     部屋は赤黒く染まり、ただひとり、柔和な笑みを浮かべた青年が佇んでいる。
     秀一は瞬時にその意味するところを悟った。
     愛刀『村正』を抜き放ち、斬りかかる。
    「……殺したのか!」
     青年――瀬之口・敬は刃を受けとめ、激昂する少年を見やった。
    「急に笛の音とか、大声が聞こえたから。びっくりしてね」
     「彼らを避けて撃つ余裕がなかったんだよ」と、こともなげに笑う。
     敬は、敵を攻撃するために、部屋に居た3人の人間を巻きぞえにしたのだ。
    「つまらないことをするわね」
     リンデンバウムの眼が、いつも以上に鋭く細められる。
     もとより犯罪者は救出した後、捨て置くつもりだった。
     だがそれでも、命だけは救うつもりだったのだ。
    「……んん」
     そのかたわらで、痛みの残る身体を奮い立たせ、射緒が再び立ちあがる。
     せめてプレッシャーを与えられればと、バスターライフル『ザ・ツインズ』を構え、敬に向かって無言で魔法光線を放つ。
     間をおかず、桔平が日本刀『紅桔梗・天』を手に、走った。
    「……お兄さん、罪で罪は消せないんだよ。あなたは、なにもかも間違ってる!」
     光線に続き、振りおろした重い斬撃が敬の身体を一閃。
     そこへ、1階から駆けつけた幸がたどり着いた。
     部屋の惨状を把握し、絶句する。
    「こんな……神様気取りなんて、一番しちゃいけないことだ……!」
    「ちがう」
     怒りに声を震わせる少年を見やり、敬は目を細めた。
     咎人の大鎌を掲げ、『虚』の力で無数の刃を喚びよせる。
    「『世を脅かす者は浄化すべし』。僕は、『守護者さま』の声を皆に伝えているだけだよ」
     中空に浮かんだ4つのギロチンが、敬の合図で一斉に灼滅者たちめがけ、落ちる。
     重たい刃が身体を打つ。
     あまりの痛みに、幸は思わずうめいた。
     だが、うずまく怒りをとどめることができない。
     叫ばずにはいられない。
    「そんなの、自分を正当化してるだけだ!」
    「そうかな? でも、ひとを殺すのは、きみたちだって同じじゃないの?」
     幸の服についた返り血を見やり、敬。
    「はぐらかすな! お前が人殺しである事に変わりはないッ!」
     腹の底からの叫びとともに、幸は瞬時に死角に回りこんだ。
     手にした解体ナイフをひらめかせ、刃を引こうとする。
     だが――、
    「そうか。きみも、誰かを『浄化』したことがあるんだね」
     ギンッと甲高い音が鳴り、大鎌の柄によって攻撃がさえぎられる。
     敬が反撃に転じようとした、その瞬間、
    「瀬之口の言うことを真に受けちゃだめだ!」
     ふいに聞こえた鶍の声に、幸は慌てて敬から距離をとった。
     その横を、魔法の矢が高速で飛んでいく。
     矢は敬を正面から捉え、盛大に爆発。左肩を貫いた。
    「……くっ! まだいたのか!」
     矢を放ったのはアリスだ。
     遅れて合流した鶍は防護符で仲間たちの傷を癒しにかかり、逝司・アリスは部屋の惨状から状況を察した。
    「あなたにならって、あなたの部下はみんな『浄化』しておいたわ」
    「ゴミは処分して当然です。私には、瀬之口様の言葉を否定する理由はありません」
    「ではなぜ! 僕たちと一緒に、世を『浄化』すればいいものを……!」
     逝司はにやりと笑み『馬鹿犬』に命ずる。
     ビハインドの霊障波が敬の身を撃った。
     痛みにあえぐ敬を前に、逝司はすぐさま影業の先端を鋭い刃に変え、笑う。
    「強いて言えば気分、ですかね」
     言葉と同時に、敬の身が引き裂かれる。
    「うぉおおおお!」
     続けざまに、解体ナイフ『時雨』を手にした秀一が間合いに飛びこむ。
     変形した刃が敬の身を削ぎ、抉っていく。
     射緒の眼前には、漆黒が渦巻いていた。
     自らの心の深淵に潜む暗き想念を集め、敵を蝕む弾丸が形成。
     『ザ・ツインズ』を構え、つぶやく。
    「美緒……一緒に……」
     渾身の一撃は、敬の腹部を貫いた。
     あふれ出る血と全身を巡る毒を身に受けながら、敬はなおも大鎌を振りあげる。
    「……くらえェ!」
     『咎』の黒き波動が、灼滅者たちを薙ぎ払う。
     これほどの傷を受けても、敬の攻撃はなおも灼滅者たちの身を深く傷つける。
     だが8名の灼滅者がそろった今、彼らの連携した攻撃と、回復の追いつかない敬では、いくら仕掛けたところで勝負は目に見えていた。
    「みなさんは攻撃に集中して!」
     リンデンバウムの契約の指輪が煌き、幸にダークネスの力を注ぎこむ。
     主にならい、霊犬『りゅーじんまる』も浄霊眼で射緒の身を癒した。
    「頑張ろう、もうひと押しだ!」
     防護符を飛ばす鶍の癒しを受け、桔平が頷く。
     犠牲者の変わり果てた姿を見やる。
     救いたかったひとたち。
     手を伸べたかったひとたち。
     一般人である敬が、こうまでしてソロモンの悪魔に与する理由はわからない。
     ただ、敬のしていることが間違っていることだけは、はっきりとわかる。
     だから桔平は、いつもの笑顔を浮かべたまま、叫んだ。
    「これが、ご当地ヒーローポレポレ☆きっぺーの」
     血に染まった床を蹴り、高く飛びあがる。
    「とどめの一撃だー!!」
     全身全霊の想いをこめた一撃が、敬の身を穿つ。
     現世の業を憎み、悪魔の声に傾倒した青年は、そうして二度と、起きあがることはなかった。

    ●脱輪、そして綻び
    「状況終了、ね」
     瀬之口敬の死亡を確認し、アリスが部屋を見渡す。
     もはやこの別荘に、灼滅者たち以外の気配はない。
    「皆、怪我はないか」
     秀一が確認するも、灼滅者たちは疲労こそすれ、重傷を負った者は居なかった。
    「つまらない男のせいで、後味が悪くなってしまったわ」
     『りゅーじんまる』を撫でながら、リンデンバウムが嘆息する。
     幸は瀬之口敬を含め、部屋に横たわる4つの遺体を無言で弔った。
     一瞬、2人の一般人だけでもESP『走馬灯使い』を使おうかという考えが脳裏をよぎる。
     だがESPを行使することが、果たして彼らのためになるのか。
     それを判ずることは、幸には最後までできなかった。
    「ケーサツに連絡ー……、かな?」
     幸のとなりで桔平が手を合わせ、仲間たちを振りかえる。
    「放置したところで、なんの問題もないとは思いますが」
     逝司はそう口にするものの、
    「ええっと、ひとまず。学園に戻って状況を報告。そこで指示を仰いだほうが確実じゃないかな?」
     鶍の言葉に、射緒も頷く。
    「ん……。僕も、それがいいと……思う」
     さすがに放置には賛同しかねるものの、仲間たちがこのまま屋敷内に留まることも、得策とは思えない。
    「そうと決まったら、行きましょう」
     リンデンバウムの言葉に頷き、灼滅者たちは次々と部屋を後にした。
     撤収する仲間たちの背を見送り、アリスは最後にもう一度、部屋の中を見渡す。
     死した一般人の手には、彼らが死の直前まで握りしめていたであろうナイフが握りしめられたままだ。
    (「結局、この事件はなんだったのかしら……」)
     事件の要因となるダークネスの配下は灼滅することができた。
     だがアリスは、この事件になおも釈然としないものを感じていた。
    (「学園に戻ったら、ほかの事件の報告書とつき合わせて、調べてみる必要があるわね」)
     銀色に光輝くナイフに、夕暮れの紅が映りこむ。
     アリスはきびすをかえし、小走りで仲間たちの背を追った。

     あとには、静寂だけが残った。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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