闇を抱く獣 ~ominous flames~

    作者:西東西


    「大分県別府市にある別府温泉付近で、イフリートの目撃情報が多数発生している」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が、資料を手に告げる。
     日ごろあまり表情を崩さないエクスブレインにしては珍しく、眉間にしわを寄せ、苦い顔をしていた。
    「どうやら鶴見岳のマグマエネルギーを吸収し、強大な力を持つイフリートが復活しようとしているらしい。すぐにでも灼滅に向かって欲しい――と言いたいところだが、強大なイフリートの力の影響か、出現直前まで予知が行えない」
     通常のダークネス事件であれば、出現までいくらかの猶予があり、いつものように予知後での対応が可能だ。
     だが今回は直前まで居場所がつかめないため、予知があってから九州へ移動していてはとうてい間に合わない。
    「……となれば、我々が先回りしておくしかない」
     灼滅者たちがあらかじめ『別府温泉周辺で待機』。
     イフリートの出現が予知されしだい現場へ急行。迎撃・灼滅を狙う。
     ――というのが、今回の依頼の概要となる。
     
    「イフリートは眷属などは連れていない。強力な個体というわけでもなさそうだ」
     とはいえ、相手は神話の存在である巨大生物『幻獣種』。
     たとえ1体でも迎撃に失敗してしまえば、温泉街に甚大な被害を出してしまうことは想像に難くない。
    「よってきみたちには、イフリートが温泉街に到着する前に対峙し、撃破してもらう必要がある」
     連絡は携帯電話を用いて行われる。
     出現位置の詳細が出しだい、すみやかに灼滅者たちへ連絡が入る手はずだ。
     なお連絡は到着後すぐになるかもしれないし、数日後になるかもしれない。
    「詳細がわかるまで宿でじっとしていろというのも酷な話だ。状況をかんがみて、別府温泉付近であれば、きみたちの自由行動が許可されている。せっかくの機会だ。皆で楽しんできてはどうだ?」
     個別に行動するのも、集団で行動するのも自由。
     別府観光気分で、気になる場所を訪れるチャンスだ。
    「もっとも、連絡が入ればすぐに現地に向かってもらうことになる。その点は、こころしておいてくれ」
     ばらばらに行動する場合は、連絡が入った際の対応を相談しておいた方が、迅速に集合できるだろう。
     現地で待機しておきながら、うまく集合できずに対応が遅れてしまった――という失敗は、起こらないようにしたい。
    「くれぐれも携帯電話の圏外にでたり、電源を切ったり、長電話をして連絡に気づかない、それ以前に携帯不携帯だった……といった失態のないよう、気をつけてくれ」
     そう念を押し、一夜は灼滅者たちに資料を手渡した。


    参加者
    アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)
    天城・兎(無名の歌い手・d09120)
    蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)

    ■リプレイ

    ●待望の観光
     朝一番に別府に到着した灼滅者一行は、あらかじめ予約していた宿に早々にチェックイン。
     余分な荷物を預け、すぐさま街へ飛び出した。
     地獄巡りをメインに回るA班と、食べ歩きをメインにするB班の、2班に分かれて行動する予定なのだ。

    「ようし、みんなついてこいっ!」
     中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)を先頭に、食べ歩きツアーを開始したB班一行。
     古い洋食店や映画館などを通り越し、昭和レトロを思わせる風情が目に楽しい。
     だが、行けども行けども、目的地にたどり着かない。
    「おい銀都。道、間違ってないか?」
     持ち合わせていた別府地図と携帯電話のGPSを照らし合わせ、丹生・蓮二(エングロウスエッジ・d03879)が現在地を割りだす。
     手にしていた地図を回転させたせいか、最初にめざす場所とは別の方向へ来てしまったようだ。
    「こんなはずではっ!」
     実は方向音痴であったことに気付き、頭をかかえる銀都。
    「気に病むでない。一日はまだ始まったばかりじゃ。慌てる必要はなかろう」
     アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)は飄々としたものだ。
     もっとも、彼女の手にはすでにいくつかの甘味が握られ、ひと足先に食べ歩きを開始している。
     「腹が減っては戦えぬからのぅ」と、戦闘までに満腹になっていれば良いという。
    「あそこの店で温泉プリンっての売ってるみたいだけど、ひとまず行ってみるか?」
     天城・兎(無名の歌い手・d09120)が示した方を見やれば、『温泉蒸しプリン』の文字が目に入った。
     温泉の多いこの街では、温泉熱を使った蒸した料理が多く作られる。
     プリンも、そんな名物スイーツのひとつなのだ。
     「それが良さそうだ」と、蓮二も頷く。
    「お店のひとに聞いてみれば、ほかの食べ物について聞けるかもしれないし」
     そうと決まれば時間が惜しい。
    「とり天と冷麺は押さえておきたいな!」
     道には迷ったものの、銀都はガイドを手に食べたいものをピックアップ済みだ。
    「九州といえば、ラーメンも気になるよな」
     地域ごとに特徴が色濃く現れるラーメンは、食通の定番メニューでもある。
    「妾は、別府銘菓を制覇してみたいのじゃ」
    「俺はお土産に大分銘菓を買って帰りたいんだけど、どっかで買えるかなー」
     アリシア・蓮二も、次々に希望をあげはじめる。
     ともあれ、4人は一品目の食べ物を平らげるべく行動を開始した。

     ところ変わって、こちらはA班一行。
     定番の温泉巡りを行うとあって、一直線に現地へ出発。
     公共の遊覧バスを活用し、一番にめざしたのは『血の池』と称される赤い温泉だ。
    「楽しみ過ぎて、昨日は夜しか寝れなかったわ! 全力で楽しむわよ!」
    「うおおお、すげー蒸気! たちこめる硫黄の香り! まさに地獄って感じだな……!」
     到着と同時にテンションをあげる衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)と蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)のそばで、笠井・匡(白豹・d01472)は沸きたつ泉を前に、つぶやく。
    「僕一瞬、地元の人はこれに入れるんだ、スゴイ! ……って本気で思ったよ」
     七は手早く携帯を取りだし、電波アンテナが立っていることを確認。
     「そんなわけないでしょ」とすかさずツッコんだ。
     有名な8地獄は、どれも泉温が80度~100度近くある。
     眼前に広がるのはあくまでも源泉であり、使用する場合は湯温を調整するのだ。
    「こうも赤いとびっくりだけど、同じ温泉でも白とか青とか。色も違って面白いわよね」
    「まるで不思議の国、魂の故郷に帰ってきたようだ♪」
     そう言って源泉へ駆け込もうとするのは、有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)。
    「だから、入れないんだってー!」
     3人がかりで引きとめ、順に温泉を巡ることにする。
    「温泉の熱を利用した熱帯魚館とか、ワニ園ってのもすごいな」
     餌付けタイムのワニの迫力に圧倒され、飛鳥が思わず後ずさる。
    「大きい生き物大好きなのよ。ワニカッコイイ!」
     水しぶきをあげてうごめくワニの群れに、七は黄色い声を飛ばす。
    「ここはボクの出番のようだね!」
     見ると、腕まくりをしたへるが柵をよじ登ろうとしているではないか。
     さすがのロリコン――もとい、可愛いもの好きの匡も、叫ぶ。
    「だーっ! アリス! 乱獲禁止ッ!」
     必至の形相で引きとめるも、
    「ボクに常識があるわけないじゃないか♪」
     と、当のへるはそしらぬ顔だ。
     そして、各地の温泉には温泉饅頭に温泉卵。
     湯熱を利用してゆでたトウモロコシやふかしいもなど、食の魅力も見逃せない。
    「温泉饅頭は僕がおごるね! 皆で食べよ!」
    「よーし、せっかくだ。卵は俺がおごるぜー!」
     匡と飛鳥の申し出に、七とへるが諸手を挙げる。
    「ゴチになりまーす!」
     各々がお土産を買い求め、仕上げに足湯で疲れを癒す。
     無事8地獄を巡るころには、すっかり日が暮れていた。

    ●不吉な炎
     夜になり宿に戻った一行は交代で温泉につかり、一日の疲れをとっていた。
     最後に湯船に浸かりに行っていた兎と飛鳥も戻り、全員が顔をあわせる。
    「――で、一日満喫したわけだが」
    「連絡はいつになるかのぅ……」
     蓮二とアリシアの言葉に、皆が手元の携帯電話を見やる。
     着信履歴も、メール受信の履歴もない。
    「長期待機の覚悟も、しておいた方が良いのかしらね」
     七の言葉に、へるも頷く。
    「となれば、今からすることはひとつだねっ♪」
     明日のために、お互いの班の情報交換を行うのだ。
     せっかくの九州遠征。
     とことん楽しまない手はない。
     A班は温泉めぐりの見どころを、B班はガイドブックに載っていない小さな店の情報を伝える。
     あちこちを気の向くままに歩き倒したB班は、行き当たりばったりの食べ歩きツアーになった反面、温泉街を把握しつくしていた。
    「現地のひとが使ってる抜け道とかもあったし、この地図を持っていけば効率良くまわれるぜ」
    「すごいね! 僕たち、別府通になれちゃうかも」
     蓮二が作成した地図を手に、匡がさっそくチェックをはじめる。
    「イフリートよ、早く来ないと温泉街を遊び尽くしちまうぜ?」
     銀都の言葉に笑い交わしながら、8人は交代で布団に入ることにした。

     翌日になり、A班とB班が行く先を変えて一日を満喫するも、イフリート出現の報はない。
     次の日も、その次の日も。
     やがて灼滅者たちが現地の観光に困るころになっても、一夜からの報告はなかった。
     念のため電話で連絡をとってみるも、未だ予測は成されていないという。
     そろそろ滞在から一週間近くなる。
     観光地はひととおり踏破し、地元の味覚もあらかた食い尽くしてしまった。
     できることといえば、くまなく地図をなぞることくらいで、近辺の山登りを含め、数日の調査を経て8人が地の利に精通しつつある。
     翌、深夜4時。
     匡はへるとともに寝ずの番をしながら、考えていたことをぽつりとつぶやく。
    「今回のイフリート事件、マグマエネルギーがサイキックエナジーと同じ働きをするってことなのかな」
     ――もしそうであるとすれば、日本各地で今回のようにあらゆるダークネスが活性化する恐れがあるかもしれない。
     と、そんな予測をたててみたものの、現状の情報だけでは、真相はわからない。
    「さて、どうかな。ボクはまさかとは思うけど、裏でご当地怪人が暗躍してないか、軽く調べようと思ってるよ」
     トランプの手札を捨て、へるが空いた手をひらひらと振ってみせる。
    「さて、今夜もボクの勝ちのようだ♪」
    「ぬうぅ。……なぜ勝てない!?」
     最初はへるの愛らしさにほだされていた匡だったが、温泉巡りでの行動といい、トランプの強運といい、舌を巻くことだらけだ。
     取り決めの2時間が経過し、次の番となる銀都と蓮二を揺り起こす。
    「おつかれさん。後は俺たちにまかしとけっ!」
     力強い銀都の言葉に、匡とへるが安心して布団に埋まる。
     蓮二がトランプを手に、銀都へ声をかけようとした時だ。
     携帯電話から着信音が響いた。
     液晶ディスプレイに表示された名前は、『一夜崎・一夜』。
     眠りにつこうとしていた匡とへるも、異変に気づいて飛び起きる。
    「……もしもし!」
    『丹生、深夜にすまない。ようやくイフリートの出現を察知できた。これから伝える場所へ、すぐに向かって欲しい』
     ――ここで食い止められなければ、温泉街が壊滅する。
     すぐに全員が起こされ、エクスブレインからの情報が共有される。
     出現地点は、船原山。
     イフリートはすでに街へ向かって移動中であり、すぐにでも迎撃が必要だ。
    「温泉街のすぐそばじゃない!」
     現地を知りつくした七たちには、それがどれだけほど近い場所か、瞬時に察することができた。
     裏をかえせば、灼滅者たちも余分な時間を割かずに直行できるということだ。
     宿を抜けだし、七と蓮二がESP『ヒッチハイカー』を発動。
     兎がライドキャリバー『因幡』に騎乗して仲間たちの乗った車を誘導し、飛鳥が『スーパーGPS』で正確な位置を確認しながら、山間へと急いだ。

    ●闇を抱く獣
     たどりついた山はずいぶんとさびれた場所だった。
     登山道は荒れ果て、今は使われていない赤錆びたリフトの残骸など、打ち捨てられた感が強い。
     深夜の山ということもあり、人払いをする必要はなさそうだ。
     各自が持ち寄った照明のおかげで視界は十分に確保できそうだったが、イフリートそれ自体が、暗中にあって煌々と体躯を輝かせている。
     迅速に到着できたおかげで、街までの距離を抑えることもできた。
     あとは、灼滅するだけだ。
     敵の姿を視認し、スレイヤーカードの封印を解放。
    「待ちかねたのじゃ、イフリート!」
     マジカルロッドをバトンのように回して掲げ、アリシアが真っ先に攻撃を仕掛ける。
     急速に体温を奪われ、炎獣が咆哮をあげた。
    「中島九十三式・銀都参上! てめぇの温泉旅行もここまでだ!」
    「覚悟はできてるんだろうね♪」
     銀都が燃えあがる炎を叩きつけ、へるの影業が前脚を一閃。
     足取りを鈍らせる。
    「ご当地ヒーローじゃねーけど、温泉街の平和は俺たちが守るぜ!」
     蓮二が日本刀『蒼天』を手に夜霧を展開。
     仲間たちの姿を虚ろに隠す。
    「ここから先には、行かせないよ……!」
     匡の解体ナイフが炎獣を容赦なく斬り裂き、
    「喰らい尽くせ!」
     兎の影業『天上の影』が膨れあがり、数多のウサギが地を駆ける。
     ウサギの群れはひとつの塊になり、炎獣を呑みこんだ。
    (「イフリートは、相変わらず綺麗ね」)
     だがその存在、暴虐の性は、ひとの暮らしの中に在って許されるものではない。
    「絶対に、被害は出させないわ」
     決意を秘めた七の殺気が、周囲を埋め尽くす。
    「一気にケリをつけようぜ!」
     飛鳥のシールドリングが飛び、仲間たちの守りを固めた。
     この一週間。
     ともに過ごした仲間たちの足並みはぴったりと揃っており、イフリートに攻撃する隙を与えない。
     アリシアの魔法の矢と、へるの漆黒の弾丸がひときわ強く弾ける。
     ひるんだ獣を銀都の炎が捉え、正義の火で圧倒。
     匡の撃った黒死斬が足止めを発動し、隙をついた蓮二の一撃が炎獣の体力をそぎ落としていく。
     炎獣に喰らいつくウサギごと、七の斬撃が獣を切り裂いた。
     蓮二の霊犬『西園寺つん』と兎のライドキャリバー『因幡』がメディックに回っているおかげで、回復も十分に追いついている。
     飛鳥は攻撃に専念すると決め、体内から噴出させた炎を力の限り叩きつけた。
     イフリートとて、ただやられるばかりではない。
     機を見て反撃を狙うものの、幾重にも積み重ねられた妨害効果がそれを阻んだ。
     事前の対策。
     仲間たちとの連携。
     そして温泉街の平穏を願う灼滅者たちの想いが、炎獣の横暴を許さない。
     絶対不敗の暗示をかけた、銀都の魂が燃えあがった。
    「くらえ、必殺! 燃える温泉卵割りっ!!」
     無敵斬艦刀に炎を宿し、叫びとともに剣を振りおろす。
     ずんと、腹の底に響く振動。
     大地に叩き伏せられた獣は、やがて己の身を焼き尽くし、炭化して塵と消えた。

    ●待望の帰還
    「やっと解放されたのじゃ……!」
     アリシアの声に、仲間たちも同じ気持ちで歓声をあげる。
    「んじゃ、退治したとこで、今日も楽しく――」
     「あれっ。でもイフリートを倒したから、もう観光終わり?」と銀都が首をかしげる。
     そこで、携帯電話を手にした兎が振りかえった。
    「今日の飛行機で帰れってよ」
     灼滅が完了したことを、エクスブレインに報告していたのだ。
    「今日! ということは、今日中ならまだ観光が許されるのね!?」
    「まずいね。もうすぐ夜があけてしまうよ。急がないと!」
     一週間滞在したものの、最後の一日と言われたら名残惜しくなるものだ。
     女子3人はアリシアの箒に乗り、ひと足早く宿に戻るという。
    「たっぷり朝風呂を満喫して、出陣よ!」
     あわただしく去っていく3人を見送り、残された男子5人が顔を見合わせる。
    「そういえば僕、この一週間でお肌がつるつるになっちゃったんだよね……」
     温泉三昧の効果だろう。
     「姐さん、美肌狙いかな」と心中を察しながら、匡は山からの景色を臨んだ。
     街はいまだ夜闇に沈んではいたが、あと数時間もすれば日が昇るはずだ。
    「せっかくだし、このまま山を降りながら日の出でも拝んでいかねー?」
    「おっ、いいな! うまくすれば朝飯の時間に宿に戻れそうだし」
     蓮二の提案に、飛鳥が賛同する。
    「よおし! 道案内は任せろ!」
     ――一週間滞在したし、今度は大丈夫だろう。
     そう思い銀都を先頭に歩きはじめた一行だったが、そこは、天性の方向音痴である。
     宿につくころには、すっかり日が昇りきっていた。
     もっとも、道に迷ったおかげで朝陽に浮かぶ別府の街を一望でき、一同は清々しい気持ちで山を降りたそうな。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年12月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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