●
12月に入り、あたりはすっかり冬の気配に包まれている。
街を歩けば、目に入るショーウィンドーはどこも煌びやかな雪模様で飾られ、あちこちから軽快なメロディが聞こえてくる。
2012年も残すところわずかではあるが、年越しを迎える前に、ひとびとが楽しみにしている日がやってくる。
そう、クリスマスだ。
●
ある日の武蔵坂学園にて。
空き教室を通りがかると、一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)の姿があった。
顔の半分をストールに埋め、カエルの形をしたエコカイロを手に暖をとっている。
「……一夜崎、なにやってんだ?」
ひとりの灼滅者が声をかけると、「やあ」と会釈がかえってくる。
「クリスマスはイベントも多いし、出かけるにはいい時期だろう? 私もどこか、足を運んでみようと思ってね」
おもむろに、手にしていた資料を差しだされた。
「『クリスマス・お台場デートMAP』……?」
広げてみると、4ヶ所に付箋が貼られている。
「なんだこれ?」
「多彩な施設が集まっている台場は、テレビ局や科学館など、気になる場所が多い。……が、欲張ってあちこち回っても疲れるだけだ。そこで、いくつか行きたい場所に目星をつけてみたのだ」
ひとつ目は、『大観覧車』。
ふたつ目は、『巨大ショッピングモール』。
みっつ目は、『潮風公園』。
よっつ目は、『水上バス』。
「お台場の『大観覧車』といえば、日本最大級の大きさを誇るランドマークとして知られているうえに、デートスポットの定番だ」
乗ればお台場一帯、東京タワー、新宿高層ビル群、羽田空港など、東京を一望することができる。
1周にかかる時間は16分ほどで、思う存分空の散歩を楽しめる。
仲の良い友達はもちろん、カップルで乗ればとっておきの時間となるだろう。
「大観覧車のそばにある巨大ショッピングモールは、中世ヨーロッパをイメージした館内を見て歩くだけで楽しめる。店舗数も多く、プレゼント探しにも重宝するだろう」
だれかのためのプレゼントを探すのも良し。
自分の欲しいものを探したり、おねだりするのも良いかもしれない。
また、モール内の天井には『空』が広がり、約2時間で朝~夜の空を疑似体験できる。
空の様子に合わせて表情を変えるクリスマスイルミネーションも見逃せない。
「潮風公園は、台場駅のそばにある臨海副都心最大の公園だ。自然も多いが、海を臨むロケーションも見どころだ」
広場で集まって遊んだり、気ままに散策してまわったり、自由に過ごすことができる。
また、クリスマス当日は公園内にツリーが設置される。
各自持ち寄った飾りでツリーを飾り付けるイベントが催されているので、参加してみるのも良いだろう。
「ガラス張りの水上バスで、お台場周辺の海を遊覧する、というのも楽しそうだろう? 海から眺める景色には、風情がある」
日の出桟橋~お台場海浜公園を約20分かけて進むコースは周辺に見どころも多い。
船内でのんびり過ごすのはもちろん、船体屋上の甲板から景観を臨むのも良い。
乗る時間帯を選べば、夕暮れや夜景など、様々なロケーションを楽しむことも可能だ。
「……とまあ、そんな壮大で隙のないクリスマスプランを考えたわけなので、きみたちも行ってきたまえ。是非に」
そう言って、灼滅者たちにぐいぐいとお台場地図を押し付ける。
「行ってきたまえって、一夜崎が企画したんだろ。おまえこそ行ったらいいじゃないか」
ツッコまれ、一夜は真顔のまま、ストールの下からもごもごと答えた。
「私はすでに、お台場を巡る己の姿を想像して満足した」
「妄想クリスマスかよ!」
「そもそも、寒いのは苦手だ。寒くなると、冬眠したくなるだろう?」
「ならねーよ! おまえは変温動物か!」
「あと、冬はコートを着ると静電気で髪の毛が爆発するのが難儀で」
「静電気除去スプレーでも買っとけ! てか、おまえアレだろ。寒い寒いって言って外出を渋ってるうちに時間が過ぎて、休日を無為に過ごすタイプだろ」
「くっ。なぜわかった……!」とうめき、続ける。
「むしろ起きたら一日が終わっているので、休日などない」
「ただの寝すぎだ! てか、なにからなにまでぐだぐだじゃねーか!!」
灼滅者の裏手ツッコミが、エクスブレインの後頭部にヒットする。
冬の空に、スパーンと通りの良い音が響いた。
ともあれ、一年に一度きりの祝祭の日。
仲の良い友達や大切なひとと一緒に、お台場で過ごしてみてはどうだろうか?
●ふぁーすとのえる
クリスマス当日。
その日は朝から好天に恵まれ、絶好のお出かけ日和となった。
潮風公園に現れた『少女』に向かい、開口一番、昂修(d07479)は言う。
「……誰だ、お前?」
この日のデートを楽しみにしていた飛鳥(d08035)は、
「えへへ♪ 可愛いでしょ?」
くるりと回ってみせる。
ツリー会場へ行こうと飛鳥が手を引けば、昂修は邪険にしながらも、その傍を並んで歩いた。
「これ、俺と昂修の人形だよ♪」
飾り付けのために作ったという人形は、すこし感想に困る出来で。
昂修は「俺のはこれだ」と木彫りのクマを見せる。
「そのクマさんも手作りなの!?」
出来の違いに飛鳥は涙目。
昂修はクマと人形を並べ、高い場所へ飾りつけた。
飛鳥の肩車はスカート姿なので断念。
「来年も昂修と過ごせますように!」
えへへと笑う飛鳥を見やり、昂修はぽんと青い髪を撫でた。
この日、日中はショッピングモールを訪れる生徒の姿が多くあった。
イルミネーションに彩られたモール内を歩くのは、沙雪(d02462)とユニス(d00035)だ。
「ここって中世ヨーロッパ風の街並みだし、昼とか夜の場所もあって楽しいよな」
「沙雪さん、詳しいんですね」
「今なら、降雪イベントもやってるんだよ」
ふいに沙雪の指が触れ、ユニスが思わず手を引っこめる。
「す、すみません……!」
頬を染めるユニスを見やり、
「……ユニスが嫌じゃないなら、手を繋いでも良い?」
火照る頬を隠すように、こくこくと頷く。
手を繋いで向かった先は噴水広場。
光の中を、真っ白な雪が舞い落ちていく。
佇むユニスの横顔を盗み見る。
傍に立つ少女にこの胸の高鳴りが聞こえてしまうのではと、沙雪は気が気でなかった。
台場駅で途方にくれていた千巻(d00396)は一夜(dn0023)の姿を見かけ、すかさず声をかけた。
「ああ、芸術発表会の時の」
「朝山だよぉ」と名乗り、両手をあわせる。
「後でおごるから、ガイド見せて! お願いしますっ!」
「地図くらい、いくらでも」
一緒にショッピングモールへ向かいながら、とりとめのない言葉を交わす。
「寒いの苦手って、本人までカエルみたいなんだ」
「それは、最高の褒め言葉だ」
真顔で答える一夜に、やはりぷっと吹きだす。
「ちょっとだけど、お礼っす」
「クリスマスなのにショボくてごめんねぇ」と手渡したのは、ホットドリンクとカイロ。
「謝る必要はどこにもない」
「ありがとう、朝山」と、一夜は小さく微笑んだ。
沙紀(d00600)は藍(d04139)とともに服やアクセサリーを見て回っていた。
「これ、似合いますか?」
「これとかどうかな?」
気がつけば、お互いが見立てた買い物袋で両手一杯に。
休憩を兼ねて広場に向かえば、幻想的な風景に思わず感嘆の声が漏れた。
「せっかくですから、一緒に写真を撮りませんか?」
藍の提案に、沙紀も異論はない。
「じゃ、こんな感じで!」
スマホを構える藍の肩に手を回し、ポーズを決める。
記念の一枚を共有し終えたころ、藍が沙紀へと、プレゼントを手渡した。
買い物の合間に、こっそり買っていた香水だ。
「もったいなくて使えないかも」
はにかむ沙紀に、藍が微笑む。
「もし良ければ、今度一緒に遊びに行く時にでも、つけてきてくださいね♪」
「今日一日はお供しますよ、お姫様?」
花梨(d02376)の手をとり、恭しくかしづくのは朱祢(d01004)。
数あるアパレルショップを巡り、姫の衣装を見定める。
目に留まったのは普段通りの愛らしい衣装。そして、大人びたシックな衣装。
「さて……どっちを選ぶ?」
「普段着ないお洋服って、不安にならない?」
「似合うと思うから選んでるんだけど」
「止めといてもいいぞ?」と声をかけるも、姫が引き寄せたのは後者の服だ。
「王子様が選んでくれたお洋服だもの」
はにかみ、小さく「ありがとう」とこぼす。
「かりんも、あかねちゃんに似合う何かを、選びたくなったのよ」
小さな姫は、始まりと同じように手を差しだす。
「ちゃんとお供してね、王子様」
彩希(d01890)は鷲司(d01958)の腕に手を絡め、満面の笑みで歩いていた。
「鷲くんとクリスマスにお出掛けできるなんて、嬉しいな」
「去年はそれどころじゃなかったしな」
昨年のことは過ぎたこと。と、彩希は軽く受け流す。
「鷲くんあのね、お揃いのモノ欲しいなぁ」
「ペアリングなんてどうかな?」
「彩希以外の相手なんて考えられないし」と告げる鷲司に、
「私も、鷲くん以外考えられないよ」
と、すがる腕に頬を摺り寄せる。
「あれはどう?」
彩希が示したのは、色違いの鉱石を盛ったリングだ。
お互いのリングに、お互いのイニシャルを刻んで。
「また、来年も一緒にこの日を過ごそう」
――そうやって、1年1年を一緒に生きていこう。
2人は静かに、誓いを交わした。
アクセサリーショップの一角では、天花(d05859)が品定めの真っ最中。
「ね、壱にぃ。これは?」
手にしたのは、濃赤の鉱石をあしらったペンダントだ。
問われた壱兵衛(d11346)は真摯に答える。
「スピネルだな。かつてはルビーと混同されがちで、紛らわしいと言われていた石だ」
だが、天花が欲しかった言葉は、そうではない。
急に沈黙して頬を膨らませる少女の様子に、壱兵衛も失言に気づいた。
フォローすべく、言葉を重ねる。
「しかし、スピネルは稀少な宝石だ。花、お前さんの眼の色によく似た、美しい石だと俺は思う」
そこまで語り、「まるで恋人に言うようなセリフじゃないか」と気づく。
慌てふためく壱兵衛に、天花は「そういう不意打ち、ずるい」と、唇をとがらせた。
璃梨奈(d02150)・藤枝(d02531)・香乃果(d03135)の3人は髪飾りを見ていた。
「香乃果ちゃんは、雪の結晶バレッタとか似合いそうなの」
藤枝の言葉に、璃梨奈がそっと灰色の髪にバレッタをあて「よく似合うわ」と微笑む。
「藤枝さんには、このシュシュはどう?」
「結晶がお揃いで素敵っ。璃梨奈ちゃんは、コサージュで豪華な感じかな?」
「派手めな方が好みだから、いい感じかも」
コサージュをあてて見せる璃梨奈へ、「上品で綺麗ね」と香乃果が目を細めた。
「あ。もうすぐ雪が降る時間だよ」
急ぎ噴水広場へ向かえば、降り注ぐ光と白雪が一帯を幻想的な雰囲気で包みこんでいる。
「綺麗ね……」
「キラキラ、光の欠片みたい……!」
「せっかくだからみんなで写メ撮ろ!」
「こんなところで写真なんて、浮かれてるみたいで恥ずかしいわ」
渋る璃梨奈の両脇に、藤枝と香乃果がスタンバイ。
「はいはーい、寄って寄ってー!」
シャッターチャンスには、今日一番のきらきら笑顔で。
「写メ、私の携帯にも送ってね」
笑いあった時間は、きっと大切な想い出になる。
「たまにはこんなのもいいかしら」と、璃梨奈は小さく微笑んだ。
【ゆるコミュ同好会】からは、4人が集まって買い物に来ていた。
黒々(d07838)にカッコイイ服を見立てるためだ。
「黒々さんは、アクティブな感じも似合うと思います」
「ジャケットがいいかな?」
「えーと……じゃあ、ハルのに合わせて帽子とか?」
ぽすっとキャスケット帽を被せる雲英(d09366)。
着せ替え人形状態だが、鏡に映る姿を見る黒々もまんざらではない。
「キラも自分で選んで服買わないからなー。皆、適当に選んでくれない?」
陽花(d09367)が提案すれば、皆よろこんで服を持ち寄る。
「雲英くんは、こういうカジュアルな服が似合いそうです」
「ビシッとスーツとかでも似合いそうですけど」
由乃(d09414)と黒々が選ぶのは、対極の衣装。
そのまま、お互いに服を見立てる流れへ。
「陽花さんは寒がりですから、羽織りものはどうです?」
「これはどうですか? 可愛いと思うのですが」
由乃が選んだのはふんわり広がる白のニットケープ。
「ハルは……ちまっこいからこういうの」
「寒いの苦手だから、暖かいのはいいかも」
ぽんぽん付きの帽子を被り、陽花は「買っちゃおうかなー」と財布と要相談。
「由乃ちゃんにはワンピースとかいいよねー。普段ロングが多いけど、膝上とかどう?」
「ブーツを合わせてみるとか」
「似合うといいんですけど……わ」
雲英がラビットファーのニット帽をかぶせ、満足げに頷く。
「ブーツも、ちょっと気になります」
いつもと違った装いに及び腰だった由乃も、しだいに興味を覗かせはじめた。
【Cc】の4人は、はぐれないようお互いの姿を探して歩く。
「季節がら賑やかじゃのう」
「サズヤ君、桜子ちゃん、はぐれないようにね」
「ん……はぐれない」
「います、大丈夫です、まだ!」
篠介(d02820)と依子(d02777)の声にサズヤ(d03349)が頷き、すこし遅れて桜子(d01901)が駆け寄る。
気ままに歩けば、お互いの一面が垣間見えてくるもの。
「シルバー、好きなの?」
「小遣いで買える範囲じゃがな」
「八握脛は、光り物が好き。……覚えた」
依子といえば、眺めるのは圧力鍋だ。
「お菓子用のフライパンとかロマンっ♪」
桜子がその横で、ハート型のフライパンを手にはしゃぐ。
「お、スノードーム作りじゃと」
篠介が手作りイベントを見つけ、皆で挑戦することに。
桜子はツリーとぴー助、雪と桜の舞うドームを。
依子はスノーマンと動物に一等星を添え、静かな夜を閉じこめる。
篠介はトナカイの棲む森に星をちりばめ、願いをこめた。
サズヤは雪だるまと星を詰め、「上手く出来たと、思う」とかすかに微笑む。
「暴雨、クリスマスケーキは食ったことあるか?」
「確か、サンタクロースへの……供え物」
ちがうちがう、と3人でツッコミ、
「土産に一個買って行こうか」
色々買って、クリスマスパーティをするのも楽しい。
「賛成、です」
サズヤを見ているとお腹一杯にしたくなる、と依子も賛同。
「シャンパン気分で、サイダーも買って帰りましょう♪」
帰った後も、楽しい時間はまだまだ続く。
ともに過ごす時間に温もりを感じながら、4人は買い物を楽しんだ。
一方、御手洗家の6人兄弟は。
「ひとが、たくさん……」
見渡す限りのひとごみに、狂夜(d06022)が枷織(d06020)の服の裾をぎゅっと掴む。
「皆、はぐれないように手をつないで……って、もう居ない!?」
見事にはぐれていた。
「ぼんやりし過ギたか」
手を振る枷織の姿を遠くに見つけ、七狼(d06019)は見失った弟妹の姿を探す。
「あ、あれ……くるちゃん、るーちゃん、皆どこ……?」
ひとの波に押し流された黒雛(d06023)は、行き過ぎる人を呆然と見送っていた。
天井の『空』やイルミネーションに目を奪われていた流空(d06024)も、気がつけば流されつつあった。
もがく2人を七狼が見つけ、そっと頭を撫でる。
戻った3人を見て安堵するなり、枷織はイベント会場へ風船をもらいに走った。
兄弟妹に持たせ、目印にするのだ。
「たくさんつけたら、空飛べる?」
はしゃぐ狂夜に頷きかえし、七狼は自分のベルトにも飾り付ける。
「リクにぃも、綺麗な女性に見惚れてたら駄目だよ?」
集ったそばから気もそぞろな陸(d06021)に、流空。
「それじゃあ、またはぐれないよう手を繋ごうか」
陸の声に、6人はしっかりとお互いの手を確かめた。
「何を買うんダ?」
落ち着いたところで七狼が問いかけ、兄弟それぞれの希望の品を探しに行くことに。
楽器屋、本屋、靴屋を巡った後に、兄弟はストラップ屋で足を止めた。
「あ、これ。チビに似てるな。よし、決めた」
枷織が即決するのへ、陸が提案する。
「七兄さんも何も要らないと言わず、ストラップを買うと良いんじゃないか」
狂夜はライオン。黒雛はネズミ。流空は猫。
陸はゆっくりでも前に進めるようにと、亀のストラップを選んだ。
「ナラ……こノ、団子ミタイなのを」
6つ繋がってル奴を、と買い求める。
「動物のにしないの?」
流空が聞くと、長男は「何とナく」と首をかしげた。
ひとしきりイルミネーションを堪能し、それぞれに荷物を抱え、歩く。
帰りは、知り合いの店で予約しているケーキを取りに行く予定だ。
「皆でお買い物、とっても楽しかったね」
黒雛の言葉に、兄たちも目を細める。
ひとり荷物が多い枷織は、こっそり兄弟たちへのプレゼントを買っていた。
夜、皆の枕元に置くのが楽しみだと、ひとり笑む。
弟妹の喜ぶ顔を見やり、七狼は幼い弟妹たちの髪をやさしく撫でた。
●あかねいろせかい
やがて日が落ち、祝祭の空が緋色に染まるころ。
「海、キラキラしてる!」
極彩色のイルミネーションに歓声をあげ、紅子(d01792)は翔(d00123)と潮風公園のツリー会場に向かっていた。
「桜森さんは、どんなのを持ってきたんです?」
翔がサンタのキーホルダーを見せて問うと、紅子が「あ!」と叫ぶ。
手にはトナカイとサンタの人形が。
「翔君、私と被っとるー!」
翔が2人のサンタを並べて飾り、ひとしきり公園を歩いた後はベンチでひと休み。
翔から手渡されたのは、一杯の珈琲とできたてのクレープだ。
「本物のサンタにはおよびませんが」
「すごい! なんでわかったん?」
「ちょうどお腹空いててん」と、紅子が微笑む。
手にした珈琲の温もりが、2人の心をも溶かしていった。
ショッピングモールでは日姫(d00963)と正嗣(d01992)が並んで歩いていた。
日姫には、この時期特有の賑わいさえもが目新しく映る。
モノトーンの洋装を着た正嗣や、着慣れないワンピースにブーツと、おめかしした自分にもちょっと心を躍せて。
「留守さんは、何か探し物ありますか?」
「……そうだな、ブックカバーが欲しいな」
革のカバーを購入した後、日姫は別の店で青い石のペンダントに目を奪われた。
値段を見て諦めようとするも、正嗣が日姫へのプレゼントに、と買い求める。
「つけてもいいと思ったら、つけるといい」
楽しみにしていると、ほんの少しだけ、口の端をもたげる。
「せっかくですし、イルミネーション見て帰りませんか?」
少しでも長く一緒にと、日姫は願った。
梓(d10432)の誘いを受けた明(d01101)は、普段訪れない場所を前に目移りしていた。
「イルミネーションにでも――」
声をかけようとすると、明の姿が見えない。
慌てて周囲を探し、腕を掴む。
「見たいものがあるなら、遠慮なく言ってくれ」
いくらでも付き合うからと言われ、明は頬を赤らめる。
「ぬいぐるみが気になって……」
おずおずと告げると、梓は可愛いもののある店に寄ってくれるようになった。
(「五十鈴君は、お優しい」)
梓の気遣いに、すっかり肩の力が抜けていることに気づく。
「今日は、ありがとうございました」
「楽しんでもらえたなら、何よりだ」
どんな場所も、五十鈴君とならきっと楽しい。
「……また、どこかご一緒しましょう」
明は心から告げ、淡く微笑んだ。
幼馴染の深景(d00400)と詩織(d01846)にとって、今年は恋人同士になって初めてのクリスマス。
特別な想いを胸に、お互いのプレゼントを探し歩く。
(「私、ちゃんと喜んで貰えるもの、あげられるかな」)
深景は買う物を決めていたらしい。
早々に会計を済ませたところを捕まえ、問いかける。
「何を買ったの?」
「秘密」
詩織は「意地悪」と頬を膨らませるも、中身はお互いにナイショだ。
家で行うホームパーティの下準備は万端。
あとは2人が帰るだけ。
「この時間がとても好き」と微笑む詩織に、深景がささやく。
「手、繋いで帰ろう」
「こうしていれば暖かいから、ね」
絡めた指先からぬくもりが伝わる。
秘密のプレゼントに思いを馳せ、2人はショッピングモールを後にした。
「館内も彩りあって綺麗だなぁ」
「うん、これは確かに飽きないや」
美流(d07009)に促され、千優(d10552)も一緒になって天井を見あげる。
人工の『空』に、ヨーロッパ風の街並みは歩いて回るだけでも楽しい。
店を巡った後、2人はベンチでプレゼント交換をすることに。
「俺からは、淡いピンクのブランケット」
「可愛い! ありがとー、帰ったら早速使うね!」
千優が美流へ贈るのは、不思議の国のアリスがモチーフのティーカップ。
「アリスモチーフ大好きだからスゲー嬉しいよ! 本当に有難う!」
「やべ、にやけるわ」と笑う美流に、千優の表情も思わずほころぶ。
「喜んでくれたなら良かったー」
時計を見れば、イルミネーション点灯の時間。
2人は慌ててベンチを後にした。
クラブ仲間へのプレゼントを探しにきた菫(d12259)は、ひとり店を巡り歩く。
「そうだ! ケーキを買って帰りましょう!」
気に入ったものを2ホール買い求めると、もう両手が一杯になる。
リーアに荷物持ちを手伝わせたくもあるが、人目がなくなる場所までは我慢だ。
(「来年こそ、誰か誘おう」)
そう心に決め、菫は心行くまでイルミネーションを堪能した。
夕暮れ時の大観覧車は人であふれていた。
そんな中、圭(d04536)と鈴(d06617)のにらみ合いは乗車後8分を越え、観覧車に乗る醍醐味がゲシュタルト崩壊しつつある。
せめて会話をしようと口を開けば、
「見ろよリン、外、すごく綺麗だ。オレは、おまえの瞳に映った景色を見ていよう」
「私の空に映った景色、ケイにはどう見えるの」
棒読みとはいえ、耐え難い会話の応酬。
「……見蕩れるくらい綺麗だったからあああ痒いッ! 無理!」
先にギブアップしたのは圭だ。
「ま、正直なトコ、その瞳を見てて飽きないってのは、本当なんだけどさ」
なにげなく続いた言葉に、鈴が目を見開く。
「駅前のバーガー屋で勘弁してやる。もちケイの奢り!」
火照る顔をごまかすように、鈴は強引に押しきった。
潮風に凍えながら、今日子(d00051)と立夏(d05735)は手を繋いで順番を待つ。
今日子は周囲の眼を気にするも、立夏は堂々としたものだ。
ボックスに乗りこみ、2人並んで座る。
すぐに今日子は夕景に目を奪われ、すっかり外の景色に魅入ってしまった。
観覧車は回る。
天頂に近づく。
「キョーコ、こっち向いてみてー?」
振りかえると、ごく間近に、立夏の顔。
触れ合ったおでこが、なんだかくすぐったい。
「メリークリスマス」
幸せになれるおまじないと、囁く。
交わす視線。
かかる吐息。
でも、不快ではない。
「………こういう時間も、いいものだな?」
可憐な唇が言葉を紡ぐ。
2人は指を絡め、お互いの体温を感じあった。
別のボックスでは、小夜子(d01974)と雄介(d04467)が並んで座っていた。
「いやー、観覧車に乗るのって初めてなんだよ!」
「人が豆粒になっちまってるぜー」と、歓声をあげる雄介。
「こんな景色、並んで見れるなんて幸せだな」
沈んでいく夕日を前に、小夜子が微笑む。
観覧車が頂点へ至り、雄介は意を決して口を開く。
「さや、今日は最高の幸せをありがとう」
正面から視線を受けとめ、肩を抱く。
「愛してるぜ」
ささやく言葉。
顔が赤いのは、きっと夕焼けのせい。
「幸せじゃないなんて、言わせるわけないだろ……」
天邪鬼な唇に、雄介の唇が重なる。
もっと想いが伝わるよう。
もっと愛を求めるよう。
2人はぴったりと身を寄せ、とろけるような温もりに想いを馳せた。
シェアハウスの同居人5名は、シェリー(d08714)の誕生日を祝うべく水上バスに乗りこんでいた。
夕日を反射し、きらめく海。
薄闇に沈みゆくビル。
「海から見えるお台場って、全然景色が違うのなー!」
煉火(d08468)は賑やかにはしゃぎ、有貞(d06554)にデジカメを手渡す。
「はい、撮影係の七生くん。景色だけじゃなくて、皆の写真も撮っといてくれな」
海に出はじめたころを見計らい、そろって甲板にあがる。
「うわっ寒いな」
勇んで外へ出たものの、吹き付ける潮風が冷たい。
身を縮める秀憲(d05749)のそばで、
「手ぇ震えてカメラ落としたら……すまん」
マジすまんと、有貞が繰りかえす。
「お、落とすなよ……!?」
周囲に目を移せば、茜色の空を前に感嘆の声が漏れる。
「あぁほら、夕日だ。キレイだな」
「……凄く綺麗」
秀憲の言葉に、シェリーが頷く。
と、そこでシャッター音が。
「……景色に気を取られて、表情が緩んでいたかも」
シェリーが恥ずかしがる間も、カメラマンはシャッターをきりまくる。
「カイちゃん真面目な顔してっけど、そんな所いたら風になびいた緑髪にやられんぞ」
撮るぞと告げるカメラマンに、
「写真は苦手なのよ……」
と渋りながらも、仲間たちの笑顔に負け、フレームの端に収まった。
(「センチメンタルなのは、今日は禁止だ」)
やがて水上クルーズも終わりが見えはじめ、船を降りたら、カフェにでも行こうと提案する。
「全員、ココアの一杯ぐらい奢ってやるわ」
「松下くんの奢りだと! 行く行く!」
「シェリ子にはケーキもつけちゃろう」と、秀憲は大盤振る舞いだ。
「おめでとう、プラネット」
「いい誕生日になったじゃないか、なぁシェリーくん!」
同居人たちの言葉に、シェリーが口元をほころばせる。
「……ありがとう。本当に嬉しいわ。今までで一番……」
――皆との写真は、部屋に飾ろう。
胸中に灯る温かい想いを胸に、シェリーは船内へ向かう皆の姿を追った。
●むつのはなふる
空が夜闇に包まれるころには、ちらほらと雪が降りはじめた。
大観覧車では、冰雨(d01671)と月(d03647)が並んで空中散歩を楽しんでいる。
「月様とクリスマスにお出掛けできるなんて、嬉しいですぅ♪」
「他ならぬお前の願いだからな。特別に聞いてやっただけだ……」
景色が昇るにつれ、視界いっぱいに極彩色の空と海がひろがる。
「とってもロマンティックですね♪」
「……ああ、悪くはないな」
袖を掴む冰雨の手を、握りしめる。
天頂に届いたところで、冰雨は手編みのマフラーを取りだした。
「あまり上手に編めなかったのですが……」
月も、プレゼントがあると告げる。
「こんなものしか用意してないが」
中身は、手袋だ。
「とっても嬉しいです……大事に使いますっ」
感激する冰雨を見やり、月は答えの代わりに、そっと指を絡ませた。
悠(d00540)は颯志(d04842)と一緒に観覧車に乗りこむ。
「ほら、颯志さん、夜景がとっても綺麗ですよ」
あの一つ一つが命の営みなのだと、宝石箱のような夜景を見おろす。
「相変わらず、詩のような言葉が好きみたいだね」
凛とした姿の中に知った面影を見出し、颯志が微笑む。
「こんな風景が見られるなんて、一緒に来て下さったおかげです」
「此方こそ、誘ってくれてありがとう」
去年の今頃は、赤く染まる世界に身を置いていた。
「君が君で在り続けてくれたお蔭で、僕もまた、昔に戻れた」
粉雪が舞う。
静寂が包む。
夜空の真中に、放り出されたような感覚。
「ありがとう」
――まるで夢の中みたい。
でも、夢じゃない。
静寂の中、悠は重ねられた手の温もりを感じ、目を閉じた。
傍らに座る華凜(d04617)とともに、藍(d02798)は穏やかな時間を楽しんでいた。
離れてゆく景色、近付く空。
たくさんの装飾の光に彩られた世界。
「藍君、ほら、東京タワーです、よ」
示された方を見やる。
ふいに、背中から抱きすくめられる感覚。
「華凜……?」
振りかえると、上目遣いの華凜が見つめる。
「……えっと、駄目、でした?」
「駄目です。恥ずかしいじゃないですか」
声とともに離れていく体。
寂しさを覚える前に、再び温かさに包まれる。
「――こういうのは、俺の方からするのが礼儀ってものです。ね?」
繊細な身体を、ぎゅっと抱きしめる。
うつむく華凜の頬は、真っ赤に染まっていた。
藍は伝わる鼓動を愛おしく想い、優しく微笑んだ。
2人きりのボックスの中。
「……今、不安に思ってることとか、ある?」
花夜子(d03950)は桐人(d04616)に問われ、うつむいた。
「アタシ、桐人に嫌われるの、怖い……」
だれかを想うがゆえの、不安。
「好きすぎて……いつか暴走して、傷つけるかも」
対する桐人は、この先僕らが傷つけあわない確証はないと告げ、
「でも、そういう経験を経て互いを理解し合えれば、きっと僕らの絆はもっと深まると思うんだ」
涙をこぼす花夜子を、そっと抱き寄せる。
「大丈夫だよ。大切な花夜子を、簡単に嫌いになんてなるもんか」
視線を交わし、どちらともなく顔を寄せる。
一度目の口付けに『約束』を。
二度目の口付けに、『大好き』の想いを寄せる。
確かな感触に、桐人は淡く微笑んだ。
夜は水上クルーズが人気で、武蔵坂学園だけで貸切の船が一隻出たほどだ。
夜鈴(d04235)はメランジェス(d11503)とともに、甲板から夜景を楽しむ。
「観覧車が見えるよ! あっちには自由の女神がある!」
「メーちゃん、身を乗り出しては危ないのですわ……!」
はしゃぐあまり、メランジェスが海に落ちてしまうのではと気が気でない。
「水中呼吸のESPが使えるし、平気だよ」
しかし、潮風は想像以上に冷たい。
くしゅんとくしゃみをし、「あゆみゃ、あっためてー」と夜鈴にすり寄った。
「こうして身を寄せ合えば、暖かいですわね」
街灯りは遠く対岸に浮かぶ。
その輝きにもひとの温もりを感じ、夜鈴はそっと微笑んだ。
同じ船の甲板で、逢紗(d00135)は義兄の火鳥(d00360)とともに夜景を眺めていた。
憧れていたクリスマスの夜。
今年は火鳥のおかげで、こうして出歩くことができた。
「ありがとう兄さん。こういう風に過ごすのって、夢だったのよ」
「こっちこそよ、一緒してくれてありがとうな?」
その言葉の裏に、義父や義母の内心を思う。
「――けどよ、もうその夢は見れなくなるぞ、妹君」
「えっ?」と問いかける瞳に、火鳥は思いきり笑い、告げる。
「来年も再来年も、お兄ちゃんが何処だろうと連れてってやるからな!」
それはこの先もずっと、一緒に居るという約束。
「それじゃあ、来年も楽しみにしているわ、兄さん」
逢紗は言葉を詰まらせながらも、隠しきれない喜びを胸に、笑った。
同じく乗船していた帷(d00834)とすずめ(d01665)は、あまりの寒さに売店に避難していた。
カイロとホットドリンクを手に、しばしの暖をとる。
「夜景と水面の二重のキラキラで、お得感も二倍だよね!」
美しい風景を見逃す手はない。
体が温まったら、再び甲板リベンジだ。
「早く早く!」
「……ちょっ、待てって! いや……待って下さいっ」
帷の声に、手を引くすずめが不思議そうに振りかえる。
「流石に……女性に触られると照れますよ」
つぶやいた言葉は、波音に紛れて。
「今回も楽しかった!」
帷先輩、また一緒に出掛けようねと約束を交わす。
「先輩、つけなくてもいいですよ」
「じゃあ、帷くんねっ」
「私のことも呼び捨てでいいんだよ?」と告げると、帷はふふっと微笑んだ。
「寒ッ……冬、寒ッ!」
軍(d01182)は甲板に出るなり、あまりの寒さに思わず叫ぶ。
見かねた涼花(d01935)が耳あてを取りだすも、声が聞き取りにくくなることに気づき、愕然。
「こっちのが、あったかい」
おもむろに涼花の手を握り、上着のポケットに突っこむ。
指先から広がるぬくもり。
涼花がそっと身を寄せ、微笑む。
「ね、見ていっくん! 東京タワー!」
夜空に浮かぶ真っ赤な塔。
赤は軍の瞳の色。
最近、お気に入りの色なのだ。
「紅葉みたいだな」
心にも焼き付けたいが、写真にも収めておきたい。
乗り合わせた客が気を利かせ、2人一緒に写真を撮ってくれた。
吐息に雪が解ける。
お互いの吐息が、白く混じりあって消えていく。
繋いだ手を握りしめ、軍は空の先に、星を探した。
「聖しこの夜、お相手はこの俺、レクトが勤めさせてもらうぜ」
恭しく礼をするレクト(d05976)に、
「よろしくお願いしますね」
しいな(d03029)も礼儀正しく頭をさげる。
「メリークリスマス、レクトさん」
「メリークリスマス、しいな」
祝いの言葉とともに、しいなが橙色の手編みのマフラーを手渡す。
「編み目がいびつなところもありますが……」
レクトはそれを首に巻き、自分が付けていたマフラーをしいなへ。
「もっとこっちに。その方が暖かいだろ」
おしゃれと厚着の相性が悪いことは、レクトも承知している。
「は、はい……」
しいなは手引かれるまま、レクトの傍に立った。
波音に耳を澄ませ、過ぎゆく夜景を見送る。
交わす言葉は少なくとも、2人の心は温かく満ちていた。
夜の潮風公園で緑茶を飲むのは千代(d05646)と喜一郎(d06078)だ。
「こうやって、のんびりできるところも素敵だよね?」
「ええ。……とても素敵ですよ」
天上には輝く星。
お互いの霊犬をモフれば、心も体も温まる。
広場のツリーをみやれば、あちこちにカップルの姿が。
「何処もかしこもクリスマス一色ですねぇ」
微笑ましいとこぼす喜一郎へ、
「私は、先輩と星空を見ることができたのが一番嬉しいかな……なんてね」
「鳴神サン、何か仰いました?」
千代は慌ててなんでもないと答え、
「メリークリスマス、先輩♪」
「来年も宜しくお願いしますね――千代サン」
また一緒に、この星空を見れるように願った。
白き六花に、喧騒が溶ける。
それぞれの想いを宿し、祝祭の夜は静かに深けていった。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2012年12月24日
難度:簡単
参加:72人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 21/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|