「今年のクリスマスはカレカノとしっぽり温泉でも……という夢が敗れ去ったお気の毒なみなさんに、オイシイ話があります」
そんな慇懃無礼な前おきで生徒達を迎えたのは、色白で長身の美少年、春祭・典(中学生エクスブレイン・dn0058)。
「そーゆーお前はどうなんだよ?」
集った生徒のひとりが憮然と言い返す。
「僕ですか? 僕は、女の子と過ごすことより、温泉でお肌を磨く方が大切ですからー」
そう言うと典は、ボタンホールにヒイラギを刺したジャケットの内ポケットから、直径15㎝もある大きな手鏡を出すと、ニキビ跡ひとつない滑らかな両頬を見やり、
「関東の冬はお肌が乾燥してかなわね」
と、小さな声で呟いた。
「で、オイシイ話ってのは何なんだよ? 早く本題に入れ」
微妙にイラっとしつつ、他の生徒が急かす。どうやら温泉絡みであるということだけは予想がつくが。
「ええ、実はですね」
典は満足するまで自分の顔を眺めてから、やっと鏡をしまい、
「熱海に、学園が買い取った温泉旅館があるんです。廃業した旅館を買い取ったので、古くてボロいんですけどね。でも、源泉掛け流しの男女別の大浴場と露天風呂があるそうですよ。で、その旅館をクリスマスに使わせてもらえることになりまして」
おおっ、と生徒達が沸く。学園負担でクリスマスに熱海の温泉に入れるなんて、確かにそれはオイシイ!
「しかもイブの夜には港で花火大会がありまして、それがその旅館の屋上からよく見えるのです。ですので」
典はやたら睫の長い瞼を片方だけパチリと閉じて。
「花火と星空と夜景を見ながらのクリスマスパーティー! ができるわけなんですよ」
おおおお! と更に生徒達が沸いた。拍手まで起きている。
まあまあ、と典は沸きまくった場を抑えて。
「とはいえ、学園のパーティーですから、それなりに皆さんにも仕事はしてもらわなきゃなりません。パーティーまでは観光や温泉も楽しんでもらっていいのですが、ちょっとずつ手伝っていただけると助かります」
まあそりゃそうだろう、と皆は頷く。クリスマスに温泉に入ってパーティーまでできるのなら、ちょっとくらいの労働など安いものだ。
「パーティーために、学食のおばちゃんが1人出張してくれることになりました。チキンとかローストビーフとかオードブルとか、定番のメニューは作ってくれるそうです。でも、人数にもよりますが、1人で作るのは大変ですよね。だから料理の手伝いが何人か欲しいそうです」
集った生徒の中の何人かが頷いた。
「それから何人かには、熱海の街でクリスマス定番メニュー以外の食べものを調達してきて欲しいんですね。多分、おばちゃんの作ってくれる分だけじゃ足りないでしょう?」
まあ確かに、食べ盛り育ち盛りが集まるわけだから。
「もちろん屋上の設営や、飾り付けも要ります。ツリーも学園に飾るものほど大きくないですが、用意します……ね、皆さんで手分けすれば、大した労力でもないでしょう? 当日は昼すぎくらいに旅館に着く予定です。先に温泉に入って、夕方から手伝うのでもいいですし、早めに手伝って、パーティーの前に温泉に入るのでもいいでしょう」
設営隊は、旅館に着いてすぐに倉庫からテーブルを屋上まで運ぶ(立食形式)。それがすんだら、会場とツリーの飾り付け。終わり次第フリータイム。
料理隊は、夕方17時頃から手伝って欲しいとおばちゃんが言っている。
買い出し隊は適当に出かけていいが、パーティーの少し前までに必ず旅館に戻ってくること。
街に出る人には、共同浴場や他のホテルや旅館で無料で立ち寄り湯ができる、入浴手形が支給される(1軒分)。
「熱海は温泉はもちろんですが、散策するにも楽しい街です。商店街で干物の味見をしまくるとか、冬の海辺を散歩とか、歴史的建造物を訪ねるとか、あるいはお宮の松の前で『金色夜叉』ごっこをしてみるとか。温泉の泉質も、海側と山側では違うそうですよ。ちなみに学園の旅館の温泉は塩化物泉ですから、他の泉質の施設に立ち寄り湯してみるのもいいかもしれません」
典は、きらりん、と白い歯を見せて微笑み、
「花火の打ち上げに合わせて乾杯しようと思っています。みなさん、クリスマスの熱海、大いに楽しみましょうね!」
● 熱海到着
「渋滞で少し遅れましたからね、設営・飾り付け係は、荷物を部屋に置いたらすぐに作業にかかってください!」
春祭・典は2台分のバスから降りてきた生徒たちに向かって声を張り上げる。バスから降り立った時には、旅館の眷属でも出そうなボロさに引いてしまった者が続出だったが、中は予め業者を入れて掃除とメンテナンスをしてあるので、そこそこキレイである。生徒たちは安心したように友人と語らいながら、楽しそうにロビーへと入ってくる。食堂のおばちゃんも大荷物を抱え、まず自分のテリトリーである厨房を見ようと、1階の奥へとずんずん向かっていった。
「宿泊室は2階から上です、室長は鍵を取りにきてくださ……うわっ」
階段の上り口で鍵を配る典をかすめるように、ロビーに荷物を放り出した3人の生徒が、階段を猛烈な勢いで駆け上がっていった。
「屋上もこの階段でいいんだよね!?」
「そ、そうですけど……?」
3人は一気に屋上まで駆け上がった。そこにはすでに今朝ほど業者が据え付けていった、まっさらのクリスマスツリーがある。
「わ、私がっ……」
メランジェス・ローレライが我先にとツリーに駆け寄る。
「私もっ!」
友人の鮎宮・夜鈴もツリーの下でぴょんぴょんと飛び跳ねはじめた。それに遅れることなく、
「てっぺんに乗せるのは私だ!」
月見里・都々も腕を伸ばす。
3人ともツリーのてっぺんに星をつけたくて、いち早く屋上まで駆け上がってきたのだった……が、3人ともツリーのてっぺんには手が届かないので、勝負はしばらくつきそうもない。
● 設営と飾り付け、買い出しに観光に温泉
設営・飾り付け係たちはすぐに作業にかかり、買い出し係は三々五々、熱海の街に繰り出していく。
【猪鹿蝶】のメンバーは買い出しの前に、山の上の観光城に立ち寄った。最大のお目当ては、時代衣装の仮装で撮影してもらえる写真館だ。ずらりと並ぶ華やかな衣装を、メンバーは夢中であさる。
「私、絶対ニンジャがいいわ!」
オデット・ロレーヌは大好きな忍者の衣装を選んだ。
一條・華丸は、
「たまには軍服とか着てみたいぜ……え、時代考証? お断りだ」
殿宮・千早は、
「俺は渾名にちなんで、コレにするか」
と、殿様衣装を。
姫乃井・茶子は、
「甲冑着てみたーい♪」
レプリカでも充分重たそうな甲冑を着込んだ。
4人は大きな金の鯱のセットに並ぶとご満悦でポーズをとり、撮影に臨んだ。
仕上がった写真を、オデットは感激の面持ちで眺め。
「この写真、宝物にするわ!」
【吉祥寺中3B】の面々は、屋上の飾り付けをしていた。
「手伝いとか……めんどくせ」
飾り物が入った箱を抱えて座り込み、音鳴・昴はぐだぐだと皆に飾りを手渡している。
雨冠・六はクラスメイトと遊びに出ること自体が初めてなので、まだ幾分緊張した様子だが、
「俺、美的感覚とかないからな。指示出ししてくれ」
それでも見るもの聞くもの全てが珍しいようで、興味深げに作業をしている。
「そこ、わたしが、とどく」
小谷・リンが高いところに手を伸ばす。神代・煉は、リンの背が大きく感じられることに驚く。実はリンは下駄で15㎝も身長をごまかしている。
「もっと輪っかが欲しいな」
煉が少し下がってバランスを見ながら指摘すると、五美・陽丞がいい笑顔で。
「そういうことなら、あそこの手伝ってるようでサボってる人に言うといいよ。言えば意外とやってくれるからね」
リンが頷いて、昴の元へ向かう。
「音鳴、わっか、手伝ってくれ」
「え、俺にもやれって? 何だよもっとデカいヤツに頼めばいーのに、しゃーねーな」
ぶつくさ言いつつも昴は腰を上げる。
「ほーらね」
「昴は、ああ見えて付き合いいいからな」
陽丞と煉は顔を見合わせてクスリと笑った。
【超・帰宅部買い出し班】の七鞘・虎鉄は、鮮魚店でタラバガニを選んでいた。やたら真剣な眼差しである。結城・雅臣と海産物の目利き勝負をしているので、妥協はできない。
「……む、コレよりアレの方が重量的に良いな」
ひとつひとつカニを持ち上げながら吟味していくので、店員は泣きそうだ。1箱分のカニを選び終えると、虎鉄は満足げに頷いた。洗いとアラ汁にするつもりだ。
「よし、これでいい。領収書は、武蔵坂学園宛てで頼むな!」
一方、勝負の相手雅臣は、旬の伊勢海老を求め伊東まで遠征していた。刺身が好物というのもあり、相当力が入っている。
「おっちゃん、この海老、もうちょっと安くなりません!?」
せめて2割は買いたたこうと、市場のおっちゃんにがっちり食い下がる。そしてもちろん、
「領収書は、武蔵坂学園名義でお願いします!」
同じく【超・帰宅部買い出し班】姫乃木・夜桜と風水・黒虎は、大荷物を手にゲーセンの前にいた。
「よーし夜桜、荷物持ちを賭けて、格闘ゲームで勝負だ!」
「上等じゃないの、吠え面かかせてやるわ! ちょうど伊勢海老が重かったのよ……にしても、海老が海老を持つなんてお笑いねっ」
「海老が海老? そ、それはオレが黒虎でブラックタイガーだからか!?」
お約束通り、帰り道は黒虎が荷物を持つことになり――女子に重い荷物を持たせるわけにはいかない、という男子の心得ゆえとは断じて彼は認めないが――その背中に夜桜は、アリガト、と囁いた。
【超・帰宅部温泉班】のメンバーは、買い出しの際に地元の人から薦められた共同浴場を訪れていた。
「じゃあ、またあとでねー」
男女に分かれ、それぞれの脱衣所に入る。
女湯で、もじもじと恥ずかしがっているのは司城・銀河。
(「温泉って恥ずかしいし、良さはよくわからないけど……でも、みんながあんなに楽しみにしているんだし、私も勇気を出して!」)
それとは対照的にオープンにはしゃいでいるのは神座・澪。
「むぎゅーっ!」
「きゃっ、澪、む、胸っ!」
「銀河ちゃん、はよ入ろーや!」
豊満な肢体でスキンシップしまくりである。
一足先に浴場に入っていた疋田・琥珀は、すみっこの方でこそこそと体を洗いながら、
(「むむ、みんないいスタイルしてますね……」)
皆のナイスバディにドキドキだ。
桜川・るりかはもう浴槽に入っており、
「はあ、さすが地元の方オススメなだけあるよ、温泉っていいよねー」
のんびりと息を吐いた。
その女湯のキャッキャウフフっぷりが聞こえてくる男湯で。
「……楽しそうですね」
波多野・師将が、男女を隔てている壁の天井近くに空いている窓を見上げながら言った。
「ふふ、私も楽しいよ。クリスマスをこんなにたくさんの友達と迎えるのは初めてだ。この学園に入って本当に良かった」
志賀神・磯良が笑みを浮かべながら応える。
「そーですね、それに冬はやっぱり温泉なのです」
師将もほっこりと微笑むと、女湯に向かって。
「おーい、そっちの湯加減はどーですかあ?」
「ここだ、ここに入るぞ。湯がいいらしい」
【武蔵坂学園ラグビー部】部長の巨勢・冬崖も、別の共同浴場へと部員たちを引き連れてやってきていた。ごくフツーのひなびた感じの公衆浴場だ。もちろん温泉ではあるが。
「ええっ、混浴じゃないんですか!?」
「ひとりで入るの寂しいわよ?」
今回ラグビー部から男子は冬崖ひとり、あとは女子部員ばかりで、彼女たちはすっかり混浴するつもりだったらしい。
「な、何を言ってる、俺は日頃の疲れを解しにきたんだっ、ひとりでゆっくり入る!」
冬崖は女子たちをふりきり、男湯ののれんをくぐった。続いて女子たちも、仕方ないわねー、と女湯へと入っていく。
「わーい、温泉だー! ……って、あつっ!?」
大喜びで浴場に飛び込んだ秋島・忠桂が、一旦足を浴槽につけて、慌ててひっこめた。
「熱いのは好きだけど、びっくりしたぜー」
今度は充分に掛け湯をしてから、慎重にお湯に浸かる。
「熱いけど、温泉はいいよねー、体が温まっちゃうよ」
皇・なのはも、熱いのを我慢しつつ湯の中で身体を伸ばす。心中では、一緒に入浴しているふたりの身長をうらやましがりながら。
「はぁ……気持ちいいわね。年末の忙しい時期に温泉だなんて、贅沢よね」
檮木・櫂が自分も眠そうな表情をしつつも、
「秋島、寝ちゃ駄目よー」
浴槽の縁に寄りかかってうとうとしはじめた忠桂を起こす。
そんな女湯のキャッキャウフフは男湯にまで聞こえてきていて……ひとりお湯に浸かる冬崖は、つい、
(「俺も、この機会にいわゆる裸のつきあいってヤツをしたかったんだが……アッ、もちろん男子部員とだ!」)
とか何とか思ってしまった――かもしれない。
【りらくぜ~しょんぷらざ・びゃくりん】のメンバーは買い出しの前にまず熱海駅に向かった。遅れて新幹線でやってくる、古海・真琴を出迎えに寄ったのだ。面子が揃ったところで、真琴が、
「割引券を見つけました。これでお買い物しましょうか?」
道中ゲットしてきた割引券つき観光マップを使って、買い物に回る。
菓子類やスナック、ナンに干物など買い物が一段落したところで、文月・咲哉はマップを眺めて。
「そうか、入浴券があるんだったな……」
しかしそこで、男子が自分だけなことを思い出し、何となく女子部員たちから目を逸らす。
「うん、足湯にしよう、足湯に」
というわけで、足湯で混浴である。
「あ~極楽極楽」
そう呻いた安曇・陵華は、大人買いした『おいしい棒スナック』30本入りを何種類も抱えている。
「温泉って不思議ですね、身体だけではなく、心まで温めてくれるのですから」
姫条・セカイはカイロなどの防寒用品もぬかりなく買い込んでいる。
「あー気持ちが良いですー」
「ねー、気持ちいいですね♪」
香祭・悠花は、真琴とのんびり話していたが、
「あーっ、咲哉さん、1人で食べてる!」
咲哉が、先程購入した温泉まんじゅうを味見しているのを、目ざとくみつけた。
「あ、見つかった。皆も食うか?」
咲哉はいさぎよくまんじゅうの箱を皆に差し出した。まんじゅうのおかげで、部員たちは更にほっこりした気分になる。
ただ帰り道に、まんじゅう屋にもう一度寄る羽目にはなったが。
久条・悠夜と邪聖・真魔は、砂浜を散歩していた。
冬の短い日は落ちかけ、冷たい海風が吹いている。
「冬の海って、何ともいえない風情があるよな……っん!」
言葉少なに歩いていたふたりだったが、真魔が海を見て呟いた瞬間、悠夜が突然真魔の手を握り、自分の上着のポケットへと突っ込んだ。
「冷たくなってンじゃねーか」
悠夜は怒ったように、照れたように、ぶっきらぼうに言う。しかし、絡み合った手には、ぎゅっと力がこもる。
「Grazie, 悠夜、温かいな……」
冷たい風と、温かい手。オレンジ色の太陽は海へ刻々と沈み――ふたりは、時よ止まれと願う。
【純潔のフィラルジア】の面々は、すっかり意気消沈した様子で、旅館への帰途についていた。
「混浴、無かったッスね……心が沈んでるせいか荷物も重い……」
十七夜・狭霧が足をひきずりながら呟いた。
「ったく、冬なのに汗だくだぜ。俺たち可哀想……」
早鞍・清純は大量のジュースを運んでいる。
彼らは買い出しにかこつけ、混浴温泉を必死で探したのだが、ついに見つけられなかったのだ。
他のメンバーも一様にうち沈んでいる……いや、一行の少し後ろを歩く十七夜・奏だけは、そんな凹みっぷりに、微妙に頬を緩ませている。
(「……皆うちひしがれて、空腹の子犬みたい。ぞくぞくします」)
「お前らっ」
唐突に、星野・優輝が一行を見回して。
「混浴に入れなかったからって、NOZOKIなんかする猛者はいないよな!? NOZOKIなんてな! 考えててもやるなよ、絶対やるなよNOZOKIなんて!!」
これだけ強調したら、忠告というよりは、むしろ煽りである。
案の定、笠井・匡がハッと顔を上げ、
「そうだ諦めるのはまだ早い、秘密兵器があったんだあ~!」
雄叫びを上げて旅館に駆け込んで行った。
数分後、メンバーは旅館の男湯入口に再集合した。匡は浴衣にくるんだ怪しい荷物を抱えている。
妙に真剣な顔で頷き合ったメンバーが脱衣所に入ろうとした時、頬をテカテカに紅潮させた典が入れ替わりに出てきた。
「ごきげんよう、フィラルジアの皆さん」
「よ、よう、春祭」
典は男子でも一瞬見とれるような笑みを見せてから、メンバーをさっと一瞥し、
「すみませんが、これは没収です」
「ああっ!」
素早く匡の浴衣包みを取り上げた。広げると中からは忍者が使うような鉤のついた縄ばしご。
「な、なぜバレた!?」
「おやおや、僕はエクスブレインですよ?」
「こんなところで無駄に能力を使うんじゃねえー!」
縄ばしごはあえなく没収と相成った。
それでもフィラルジアの猛者たちは諦めない。
「隙間は無いかっ……」
匡は露天風呂の、女湯との境に立てられた塀の隙間を探している。塀の向こうからは、女子たちのキャッキャウフフが聞こえてくる。
「覗きじゃないです……透視です……」
東海・一都も塀際にうずくまり、一心に目を凝らしている……と、その背中に、
「あっ、踏み台にするのやめてっ!」
匡が乗っかった。
「……ん?」
一都と、その背中の上でバランスをとろうとしていた匡は、背後に妙な気配を感じて振り返り……。
「ぎゃあああー! S子~!!」
そこには長髪を前にばさりと垂らし、某ホラーキャラの真似をした奏がいて、ふたりは驚いてひっくり返った。
「よくやりますよねえ」
兎津木・永慈がお湯の中で呆れたように。
「気づかれたら後が怖いのに(遠い目)……って、弐之瀬先輩、なんで男の裸をそんなに嬉しそうに……?」
ふと傍らを見ると、弐之瀬・秋夜がやけにイイ笑顔で、湯端でたわむれる部員たちを眺めているのだった。
「ん、いやみんなイケメンだなーって……おい永慈、狭霧、清純、なんでみんな遠ざかる? しかも尻を押さえて!?」
● 厨房は大騒ぎ
厨房では、調理が始まっていた。
「さあ、おばちゃん、何から始めたらいいッスか?」
月見里三姉妹の紀名が張り切って腕まくりをする。
「料理はできる方なんで、何でも言いつけてください!」
三姉妹はオードブル製作をおおせつかった。
響は手始めに、唐揚げやフライを大量に揚げていく。
「いっぱい食べるヤツが多いだろうから、たくさん用意しておかないとな!」
「あたしはポテトサラダを作るよ!」
末の月海も、どんどん野菜や果物を切っていく。
「盛りつけもあたしがやるね!」
姉妹の協力で、手際よく大量のオードブルができあがっていく。
その傍らでは、御影・弓弦が、買い出し隊が仕入れてきた魚介を捌いていた。次から次へとこちらも手際がよい。おばちゃんに、上手いもんだね、と誉められ、
「モノが違えど、解体はお手のものだからな!」
弓弦はどや顔で怖い答えを返した。
【イトマカルタ】のメンバーは、煮物用の野菜の下ごしらえをしている。
「燎さん、その独創的な包丁の持ち方は危ないと思う!」
天宮兄弟の片割れ・優太が、神波・燎の包丁を慌てて取り上げる。
「え、危なくねぇよ?」
「危ないです! ……って、漣香さんもまた大胆な!」
城・漣香の前には、大胆かつ前衛的に切られた人参の山。
「え、駄目? まあ確かにひどい形状……俺、手先、器用じゃないからなあ」
「そういう問題じゃないと!」
その一方。
「そう、そのくらいの大きさで、お願いしますね」
セーラ・シュガーポットの指導にこくんと頷いた暴雨・サズヤは黙々と、且つ丁寧に野菜を切っていく。
「サズヤさんは大丈夫そうですね。さて、私はこれを何とかしましょう」
セーラは、燎と漣香が切った不揃いな野菜を引き寄せて、こまめに形を整えていく。天宮・祥太もその隣で包丁を握り、
「僕もしますよ……あ、ねこさんだ」
セーラは人参でねこ型を作っている。
「じゃ僕は、うさぎさんを。大きさが揃ってればいいですよね」
「おお、ねこ……うさぎ」
それをサズヤが興味深げに見つめている。
……と。
「あっ、燎さん、漣香さん、つまみ食いなんかしちゃ駄目ですよ!」
オードブルの作業台の方ににじりよっていく燎と漣香に気づき、祥太が慌ててつかまえに行く。
【すーぱーふぁーむ☆あかいくま】は、クラブで収穫した新鮮野菜をたくさん持ち込み、おばちゃんに喜ばれていた。
「オレ、包丁は自信ないから、野菜洗うね! これ終わったらお皿も用意するよ」
佐藤・ときは、冷たい水にもめげず、ざぶざぶと大量の野菜を洗っていく。
「えと、お料理最近はじめたばかりですが、がんばるのです!」
平坂・月夜はたどたどしい手つきながら、一生懸命レタスとトマトのサラダを作っている。
部長の寺見・嘉月は、
「ジャガイモとサツマイモを揚げて、フリッターを作りましょう」
自家製のジャガイモとサツマイモを短冊に切っていき、それを神楽姉妹の片割れ・慧瑠が、泡立てた卵と小麦粉を合わせた衣にくぐらせ、香ばしく揚げていく。
狸の着ぐるみで参加した辻村・崇は、張り切ってエプロンを着けたが、
「き、着ぐるみじゃ包丁を使えないポンポコ。火に近づいて燃え移っても困るし……」
と、うろうろしたあげく、結局お皿の用意をしている。
仙道・司は、キドニーパイと、父の故郷スコットランドの料理・ハギスを作っている。
「両方とも内臓系苦手な方にはダメかもしれませんけど、美味しいんですよ」
「ほう司、珍しいものを作っておるの。どれ妾も手伝ってやろうではないか」
神楽・美沙が、いそいそと手をだす……と。
「美沙、いけません!」
揚げ物をしていたはずの妹の慧瑠が、美沙をがしっと引き留めた。
「あなたはケーキを爆発させてしまう人でしょう!? 下手に手を出すと死人が出ます!」
「し、失敬な! 妾とて女じゃ、料理のひとつやふたつ……あっ」
そこまですごいのか……と、唖然と姉妹を見守る料理部隊員たちの視線の中、妹は姉から包丁とエプロンを取り上げると、全力で厨房から追い出したのであった。
● いよいよパーティー!
太陽はすっかり沈み、冬の夜空には満点の星が輝いている。屋上のツリーとイルミネーションが点灯され、料理の準備もできた。
いよいよクリスマスパーティーの始まりだ!
とはいえ、花火の打ち上げまでにはまだ少し時間があるので、生徒たちはクラブの仲間や友人たちと腹ごしらえをしつつ語らい、その時を待つ。
ちなみに並べられた料理は、ローストビーフやチキンといった定番をはじめ、鶏唐揚げ、ウインナーのフライ、サーモンマリネ、一口ハンバーグにサラダ数種類。それから名物の干物、芋とウインナーのフリッター、キドニーパイ、ハギス、ナン、野菜の煮物、イカメンチ、タラバガニの洗いにアラ汁、伊勢海老をはじめとした新鮮なお造り盛り合わせなどなど。もちろんポテチやおいしい棒などのスナック菓子もたくさん。デザートもクリスマスケーキだけではなく、和菓子にロールケーキ、温泉まんじゅうと、とにかく盛りだくさんだ。
「お、すげぇ、雰囲気出てるな」
会場にやってきた社樹・燵志は、屋上の様子を見て感嘆の声を上げてから、
「料理も本気っぽいし……な、飾り付け作業にして良かったろ?」
同行の陰条路・朔之助に言った。
「そうかあ? 僕は料理したかったのに、たっちゃんが止めるから……まあね、飾り付けがこれだけキレイにできたからいいけどさ」
朔之助も華やかに飾り付けられた会場を見回す。
「にしても、温泉と観光と花火。贅沢をよくここまで並べたよな」
「だよなあ……ま、とりあえずふたりで乾杯すっか♪」
ふたりはジュースの入ったグラスを取り、
「この日を祝して!」
軽くグラスを打ち合わせた。
【超・帰宅部 花火班】の面々は、早速クラブの仲間や友人達の間をお酌して回っている。
「買い出しお疲れ」
橘・清十郎はジュースを片手にクラブ員たちの間を巡る。
「グラスをどうぞなのです」
伊勢・雪緒はグラスと、シャンパン風ノンアルコール飲料を配っている。
テーブルの間をすれ違った清十郎と雪緒の手が触れ、ふたりは指を絡ませる。
「……寒くないか?」
清十郎の問いに、雪緒は微笑んで首を振り。
「このコート、とっても暖かいです。ぬくぬくですよ」
ふたりが着ている新しいコートは、先日一緒に買いに行ったものなのである。
もうひとりの班員、枷々・戦は、そんな先輩たちのいい雰囲気にも気づかず、精力的にお酌をして回る。返杯されて嬉しそうに、
「おおサンキューな! ってうわわ、こぼれるこぼれる!」
沖田・直司と土方・狼華は、屋上の隅の方の手すりにもたれかかり、熱海の夜景と星空を眺めていた。少し離れただけなのに、バーティーの喧噪からは隔てられている。
「寒くないかい?」
直司が狼華に自分のコートをかけてやる。
「ありがとう……」
いつもと違う空間と雰囲気に、狼華は恥ずかしそうに礼を言う。
「あ、お料理、とってきましょうか」
照れたのか、狼華は明るいテーブルの方に振り返った。
「今はいいよ」
直司は狼華を引き留め、肩を引き寄せる。
そして、こちらを誰も見ていないことを確かめてから……そっと唇を合わせた。
炎群・烈斗と幼なじみの御剣・朔夜も、屋上の手すりにもたれかかり、花火が上がる港の方を眺めていた。
「寒くないか、風邪ひくなよ?」
お嬢様育ちの朔夜を、烈斗は何かと気遣う。
「大丈夫ですよ」
「寒いけどな、この季節の花火は特にキレイなはずなんだ。空気が澄んでて」
「花火、楽しみです。今日は、誘ってくれてありがとうございました」
「そうか、楽しんでもらえてるようでホッとした」
「はい、烈斗さんに感謝です。ふふっ、来年もいろんなところに誘ってくれると嬉しいです」
「ああ、来年も一緒に色々行こうぜ!」
ふたりは微笑み合うと、ジュースの入ったグラスを触れ合わせた。
芦夜・碧は、故郷を思い出しながら港の夜景を眺めていた。
(「クリスマスに花火、ね。どこの温泉地でも似たようなことやってるのね」)
彼女の故郷は別府である。温泉と海の組み合わせについ感傷的な気分になってしまったが、思い出を振り切るように冷たい風に顔を上げ。
「ふふ、弟も連れてきたかったわね。あの子も温泉が好きだから」
そう呟くと、友人達がはしゃぐパーティーの輪へと戻っていった。
「はいっ、あみだくじ出来たよ! 名前書いてー」
【探求部】部長の守安・結衣奈は、テーブルを囲んで温かいお茶を啜っていた部員達の前にあみだくじを広げた。プレゼント交換用のくじである。
部員達はあみだくじを回し、名前を書いていく。くじはひと回りして結衣奈のところに戻ってきた。戻ってきたそれを神妙にたどる結衣奈を、皆わくわくして見守る。プレゼント交換は、この時間が一番楽しいかもしれない。
「では、厳正なるあみだくじの結果を発表します!」
結衣奈には、羽丘・結衣菜の蝶のストラップ。
龍海・柊夜には、越前・千尋のアンティークのフォトフレーム。男女どちらにも好まれそうなデザインだ。
アナスタシア・ケレンスキーには、六車・焔迅の樅の木柄のマグカップ。温かい飲み物を注ぐと、星が現れてクリスマスツリーになる。
神泉・希紗には、一・威司の故郷の神社のお守り。
中島九十三式・銀都には、結衣奈の雪の結晶型をした金属の栞。
結衣菜には、希紗のマフラー。希紗自身のマフラーと色違いだ。
威司には、柊夜のハンカチ。これもユニセックスでシックなデザインである。
焔迅には、銀都のマフラー半分サイズ。
「……半分?」
焔迅は首を傾げる。銀都は苦笑して。
「いや、ちょいと編み物習っててさ、その片手間にしてたんだが間に合わなくて」
「あっ、もしかして銀都君が、さっき足湯に行かなかったのは……」
探求部員は作業とパーティーの合間に足湯に行ったのだが、銀都だけは旅館に残っていたのである。
「そうそう、ついさっきまで頑張ってたんだけど、間に合わなくてすまねえな。でも熱血度はしっかり入ってるぜ!」
そして千尋には、アナスタシアのイヌミミ帽子が当たった。
「さあ、プレゼントも決まったことだし、記念写真撮ろうか!」
結衣奈の号令で、部員たちはもらったばかりのプレゼントを手に、ツリーの前に移動する。
「誰かに撮ってもらおう……お、いい人が。春祭先輩、シャッターお願いします!」
ちょうど通りかかった典をつかまえた。
「はいはい、いいですよ……では皆さん並んで」
部員たちはプレゼントを手に持ったり、身に着けたりして並んだ。
「いきますよー、では、チー……じゃなくて」
典はチーズ、と言いかけて、止めて。そしてニヤっと笑うと。
「はい、今度こそいきます。皆さんで、あーたーみー!」
「あーたーみー!!」
【猪鹿蝶】でもプレゼント交換が行われていた。こちらは熱海で選んだご当地お土産品だ。
厳正なるあみだくじの結果。
千早には、オデットの花火柄の手ぬぐいが。
茶子には、千早の用意した文豪の顔がプリントされたボールペンセット。
華丸には、茶子の鯵の開きの形をしたパイ。
オデットには、華丸が選んだ、豪華伊勢海老の開きがそれぞれ当たった。
「ゴハン超うめーんだけど! みんな食べた? これ食べた?」
【霧雨】の藤盛・錬治が皿を片手に部員達を見回す。
「あ、本当だ、美味しいですね」
そう応えた香野・透の上着の裾を、花澤・千佳がつんつんと引っ張る。
「香野さん、わたしに、にく! にくをください!」
「花澤さんはお肉ですか。ローストビーフと……それから、どれにします?」
「香野サン、ローストビーフひとつアタシにもくーださーいな」
ちゃっかり自分の皿を差し出したのは、夢見・喜一郎。
……と、唐突に御統・玉兎が。
「あ……流れ、星……かな。目の錯覚だろうか」
灯りの少ない山側に目を凝らしながら言った。
「え、なになに、流れ星? どこどこ?」
「流れ星……見逃した、かな」
錬治と透も夜空に目を凝らす。
「流れてる最中に3回願い事を唱えると叶うんだっけ」
「願い事かー、まずは病気しないで過ごしたい、かなー」
「今度は皆揃って遊びに行けますように、でしょうか」
千佳が、今度は、ブラッドオレンジジュースを飲んでいる加瀬・玲司の裾を引っ張った。
「加瀬さん、加瀬さん、ほんやさんがいません」
すぐ隣でローストビーフを食べていたはずの喜一郎が、気づけばいなくなっていた。
「おや、いませんねえ、まったくアイツときたら」
玲司はグラスを置くと、喜一郎のいそうな場所を素早く当たり、比較的明るいツリーの傍で、古本を読みふけっているところをつかまえた。
「阿呆、はよこっちに来よし」
玲司に首根っこをつかまれた喜一郎は。
「解りましたって、今夜はアタシも本は止めにしましょう。こういう賑やかなクリスマスも、悪いもんじゃない、ですしねぇ」
「――皆さん、もうすぐ花火の時間になります!」
典の声に、談笑していた生徒たちはそちらを一斉に注目する。
「グラスに飲み物を入れて、花火が良く見える港側に集合してください!」
生徒たちは手早くグラスに飲み物を満たすと、屋上の港側にわいわいと集合した。
見下ろす港には大勢の人が集まり、隣近所のホテルや旅館の窓や庭や屋上にも、花火見物の観光客が群がり、ますますお祭気分が高まる。武蔵坂学園の生徒たちのテンションも上がり、手すりから身を乗り出して友人に引き戻されるもの、早まって、
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
と声を上げる者、どさくさまぎれに、
「リア充爆発しろー!」
などと叫んでいる不埒者もいる。
「さあ、時間ですよ! 花火が上がったら、一斉に例の言葉で乾杯しましょう!!」
生徒たちは典の指示に、はーい! と答えると、花火が上がるはずの港の上空を期待に満ちて見つめる。
――と。
ひゅるるる………。
冷たい空気を縫って、一条の光が海から空へと龍のように上り。
どおん。
腹の底をゆるがす爆発音と共に、冬の澄みきった夜空に眩しい光の花が咲いた。
その花に向かって84人の生徒たちはグラスを掲げ、高らかに聖夜を祝った。
「メリー・クリスマス!!」
作者:小鳥遊ちどり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年12月24日
難度:簡単
参加:83人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 8
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