楔を喰らう炎獣～海峡を渡った炎熊

■リプレイ

●ファミレスにて
「お客さんたち、裏のビルの探検に来たんですって？」
　お茶や軽食を運んできたウェイターが、興味津々といった目で話しかけてきた。
「ああ、オカルト研究会の学生さんたちで……ん、わしか？　わしはあのビルの管理を請け負ってる会社のモンでな、監督しにきた」
　穂村・元児丸（鬼焔・d07338）がひょうひょうと答える。今夜のメンバーの中では年下の方である元児丸であるが、風貌と話しぶり、プラチナチケットのおかげで、ウェイターは全く疑っていないようだ。
「あのビルに出るなんて知らなかったなあ。いい画が撮れたら見せて下さいね。僕、そういうの好きなんですよう」
　廃ビルの怪奇現象を調べにきたオカルト研究会、と称して確保した窓際の席からは、ファミリーレストランの広い駐車場と、その奥に件のビルの裏口が遠いながらも良く見える。
「ああ、もし撮れたらな」
　乾・剣一（高校生ファイアブラッド・d10909）が、熱い紅茶を啜りながら調子を合わせる。
　ウェイターが行ってしまってから、九湖・鐘（祈花・d01224）は、ふふ、と含み笑いを漏らした。
「私がいても、違和感なかったみたいね。どうかしら、大人の私は？」
　小学生である彼女はエイティーンを使っていて、今夜はしっかり中高生に馴染んでいる。
「いいカンジよー。ねえねえ、それより、今夜の獲物は大きなクマさんよ。わくわくしない？」
　野和泉・不律（サイコスピーカー・d12235）は、すでに今夜の戦闘にノリノリの様子。
　一方、真剣に窓越しにビルの裏口を見張っている白鐘・睡蓮（火之迦具土・d01628）は、秘めた決意を呟いた。
「絶対に、イフリートにだけは負けられないんだ……」
　同じように小雪が降り続いている窓の外に視線を向けていたアリス・バークリー（ホワイトウィッシュ・d00814）も頷いてから、
「ええ『ガイオウガ』なんてものを顕現させるわけにはいかないわ。ひとつ残らず打ち砕いてみせる……あら？」
　アリスが上げた驚きの声に、全員が観測地点に目を凝らした。いつの間にか、ボウと輝く物体が現れていた。小雪と結露した窓のせいで見えにくいが、ビルとの対比からいって、それは人間よりも大分大きく、そしてそれ自体ばかりでなく、周囲を照らすほどに発光していて……めらめらと炎を纏った四つ足の獣に見える。
　獣はビルの施錠されている扉を何回かの体当たりで破壊すると、ゆっくりと建物内に入っていった。
「出たわ！　行くわよ、みんな！！」
　小声で、けれど鋭くアリスが言い、皆は素早く防寒具を身に着け、席を立つ。急いで……しかしあくまで慌てる様子は見せないように。
　上木・ミキ（ー・d08258）が、
「ちょうどあるはずですよー」
　予め計算して集めておいた飲食代で、素早く会計を済ませた。ついでのように元児丸が、
「後で、ビルの方がチカチカ光ったりするかもしれないが、撮影なんで気にしないでくれ」
　と店員に言い、戦闘の伏線を張っておく。
　店を出るとそこは北海道の小雪降る深夜。気温はマイナス二桁に近いだろう。足下は踏み固められた雪で、堅く凍り付いている。
「雪……綺麗ね♪　なんていうと、雪国の人に苦笑いされちゃうらしいけど」
　鐘が、キラキラと光る細かい雪の下で楽しげにくるりと一回転し、本来の小学校２年生の姿に戻る。
「でも寒っ。寒いですよっ。なんで冬なのに、わざわざ北海道に来ちゃうのか、熊さん、理解不能系です」
　ミキが白い息を吐きながら愚痴ると、檮木・櫂（斬雨・d10945）が。
「アイヌの民話には熊の神や妖にまつわる話が多いそうよ。熊イフリートも、北海道が故郷なのかもしれないわね」
　愚痴りはしても、準備万端整えてきた灼滅者たちは、臆することなく廃ビルへと向かう。

●　廃ビルにて
　乱暴に破壊されている裏口からビル内部を覗いたが、１階の見える範囲には敵の姿は無い。地下からドシンドシンと、どうやらボイラー室のドアを壊しているらしい音がしているし、まっすぐ獲物のところに向かったようだ。
　灼滅者たちは、極力靴音などの物音を立てないように階段を下りていく。アリスと鐘は箒を使う。
　階段を降りきる前に、ボイラー室の様子を窺う。階段から廊下に首を出した途端、ドドド……とバルカン砲が発射される音が鳴り響き、びくりとする。戦いが……というより、予知によれば一方的な虐殺らしいが……始まったらしい。ミキが持つ、マフラーでくるみ光量を落としたランプの灯りの中、灼滅者たちは頷き合うと、打合せ通りに前衛からそっと地階の廊下に踏み出した。ディフェンダーだけがボイラー室が覗けるところまで進む作戦だ。
　半ば開いたボイラー室の扉からは、チュウチュウというよりは、ギャアギャアというようなネズミの声と、バルカン砲の音が断続的に聞こえてくる。廊下の半ばまで進んだ睡蓮が、持参の小型の録音機器のボタンを押した。録音しておいて、イフリートをおびき出すのに使うのだ。
　ディフェンダーは、破壊され半ば開いたボイラー室の扉の向こうの暗がりに、巨大な熊の背中を見る。黒々とした背中は、青い炎のような光沢を放ち、そのものが光源となっている。
　……と。
　グアァァァァア！！
　ビル全体を揺るがすような咆哮と共に、ボイラー室に真っ赤な炎が充満した。部屋の外にいる者の髪をも熱風が吹き上げるほどの勢いで。
　ネズミの断末魔の鳴き声が耳をつんざく……しかし炎が消えると共に、唐突に静かになった。
　毛皮と肉の焼ける、嫌な匂いが漂ってくる。
　そして……。
　ぺちゃぺちゃ、ボリ、バリ。
　廊下から見えるのは熊の背中だけだが、その音から、熊が焼きネズミを貪っているのは明らかだ。
　前衛のメンバーは怖気を震いつつも、階段付近に残っている仲間に向かって手を上げて、戦闘が終わったこと、作戦が次の段階に入ることを知らせる。
「炎熊にとっては、最後の晩餐ね」
　櫂が小声で呟く。
　廊下を戻りながら、先程録音したネズミの声と戦闘音を再生すると、すぐに、夢中でネズミを貪っていたはずの熊の動きが止まる。それほど大きな音で再生したわけではないのだが、獣は敏感なものだ。
　来る……。
　灼滅者たちは下がりつつ、小声でカードを解除する。
「Slayer Card,Awaken!」
　アリスはまず預言者の鐘で体勢を整え、
「燃え上がろうぜ！」
　元児丸は、まずはドラゴンパワーを発動し、しんがりをつとめる。
「我が征く道を照らせ！」
　不律は軍服デザインのステージ衣装風防具を着ける。
　熊がのっそりとボイラー室を出た。ネズミ音に耳を澄ませているようだ。
「来たぞ……引きつけて……」
　ガアッ、と熊が吠え、そして一気に廊下をこちらに向けて走り出した。灼滅者たちは音を流したまま階段を上る。熊が階段の下まで来たところで、
「よし、今だ！」
　踊り場に片膝をついた睡蓮が、ガトリング連射を熊に向けて撃ち込んだ。
　一瞬熊が怯んだ隙に、灼滅者たちは１階まで駆け上る。
　階段の下から、グワアッ、と猛り狂った熊の声が聞こえる。
　
●　雪と炎と
　灼滅者たちはビルから走り出た。炎熊はしっかり後をついてくる。
　メンバーは駐車場に次々と展開していくが、しんがりの元児丸は、ビルと駐車場の境目に高々と積み上げられた除雪の雪山の下で立ち止まり、それを見上げた。優に２メートル以上の高さがある。
「元児丸さん、どうしたの、危ないわよ！？」
　鐘が呼ぶが、元児丸は雪山の前でビルの方を振り返ると、牛を挑発する闘牛士のように仁王立ちし、熊に向かってひらひらと手を振る。
「オラオラ、こっちだ！」
　熊は雪上でもスピードを落とさず、彼の方目がけて突っ込んでいく。
「元児丸っ！？」
「避けろ！」
　仲間たちは思わず目を閉じ、もしくは武器を携え駆け寄ろうとし……と、ひらり、と元児丸が身を翻した。
「そらよっ！」
　元児丸は雪山から横っ飛びに離れたが、熊は勢いを止めることができず真っ直ぐ雪山に突っ込んでいった。ドサドサ……と雪山が崩れ、熊の上に何百㎏もの雪が覆い被さり、雪煙で辺りが一層白くなる。
「してやったりだ！」
　元児丸も雪まみれになりつつ、仲間の方へと駆けていく。
「やるわねー！」
　不律が飛び跳ねて喜ぶ。
　ダークネスは雪の下敷きになったくらいでダメージを受けることは無い。熊はすぐに雪の上に這い出てきた。怒りの雄叫びを上げ、炎でしゅうしゅうと雪を溶かし、蒸気を上げながら。
「いくぞ！」
　しかし一時でも動きを止めることはできた。熊を囲んだ灼滅者たちはすかさず先制攻撃をかける。
　櫂は、熊が跳ね飛ばした雪を軽快なフットワークで避けながら、ギルティクロスを放つ。
「冥府に墜とされしモノの影よ。憎しみのままに怨嗟の腕を延ばせ！」
　アリスの影縛りは雪に溶け込むような白さ。
「私が場をあっためてあげるわ！」
　不律は勢いよくギターをかき鳴らす。
　さしものイフリートも集中攻撃にもんどりうって倒れた。しかしすぐに起きあがる。大きくダメージを受けた様子は無い。ただ黒い毛皮を覆う青い炎が幾分増したようだ。
『グワアアッ！』
　熊が吠え、大きく開けた口から噴き出した真っ赤な炎が前衛を舐めた。ネズミバルカンを一気に焼き尽くした炎だ。
　しかし灼滅者たちはネズミとは違い、それで一気にやられるようなことはない。
「クラッシャーをメインに回復してくれ！　俺らはヤバくなったら言うから！！」
　剣一は髪や服を焦がしながらも回復役に向けて果敢に言い放つ。
　ミキと不律による回復で立ち直った灼滅者たちは、再び攻撃に出る。
　アリスはマジックミサイルを撃ち込み、櫂は黒死斬で切り込んでいく。睡蓮が抗雷撃で、元児丸が雲耀剣で、剣一が縛霊撃で、鐘がバスタービームで続く。バッドステータスを蓄積させていく戦法だ。
『ガワァアアアァッ！』
　炎熊は後ろ足で立ち上がり、右前足を高く上げると、
「うわあっ！」
　睡蓮を殴りつけた。鋭い爪と炎が襲いかかる。
　しかし、立ち上がり腹を見せている今が攻撃の好機でもある。
「睡蓮、シールドリングをあげるわ！」
　不律が、うずくまった睡蓮に回復を施している間に、灼滅者たちは熊に一気に襲いかかった。
「秘されし世界の理よ、魔力の矢となりて我が敵を討て！」
　アリスがマジックミサイルを乱れ討つ。
　ファイアブラッドのルーツを持つ元児丸、睡蓮、剣一は、身体のあちこちの傷や火傷から、金色や蒼などの、それぞれの色の炎を見せ始めている。しかし、炎熊がまとっている炎の量はその比ではない。青白い炎が全身をイルミネーションのように流れ落ちている。
「すげ……あんなもんが俺の中にもいるのか……なら余計に負けらんねえよな」
　剣一が改めて自らのルーツを自覚したかのように呟く。
「……わー、燃えてて超暖かそう。こっちがこんだけ寒い思いをしているというのに、おのれー」
　一方ミキはそう呟くと、寒そうにぶるっと身体を震わせた。
　炎の量からみても、かなりのダメージを与えていることは確かである……が、四つ足をついた熊は、大きく息を吸うと、牙を見せながら激しい炎を吐いた。
　しかし、この炎では一撃で大ダメージを喰らうことはないと既にに悟っている灼滅者たちは、炎を突っ切るようにして熊に向かっていく。
　アリスがオーラキャノンを放つ。
「あいにくと火遊びは趣味じゃないのよ！」
　続いて鐘が更なるプレッシャーを狙い、バスタービームを撃ちこむ。
「熊さん……せっかくだから、踊りましょう、か！？」
　熊はふたたび前足を大きく振り上げたが、それを振り下ろす前によろけて四つ足を突いた。ダメージと、バッドステータスの蓄積が効いてきたらしい。熊はたまりかねたように、雪空に向かって長く吠えた。
「シャウト？　……ってことは、大分弱ってるってことね」
　櫂がじりっと間を詰め。
「一気にいくわよ！」
　二刀を振り下ろしながら叫んだが、幾分回復した熊は、それをギリギリのところでかわす。
「ちっ！」
　櫂は舌打ちした、が、
「どっこい、避けたとこにも刀だ！」
　元児丸が体勢の崩れた熊にすかさず居合い切りを見舞い、他のメンバーたちも灼滅が近いと見て、攻撃に集中する。
「早いとこ仕留めて、あったかい部屋に入りたいもんです！」
　ミキが光の輪を熊に叩き込むと、ガウッ……と、炎熊が弱々しい鳴き声と共に、小さく炎を吐き出し、とうとう前足を折った。
　睡蓮が、瞳に憎しみを露わにして、ガトリングガンを構える。彼女のイフリート灼滅への強い思いとその理由を知っている仲間たちは、戦闘態勢こそ保っているが、じっとそれを見守っている。
「貴様には死すら生温い。無間大炎熱地獄へ堕ちろ！」
　連続した銃撃音と同時に、熊が蜂の巣になる。

　そして……。
　燃え尽きるようにして、炎熊は消えた。

　しんと白い北海道の雪景色が戻ってくる。
　しかし激烈な戦いがあった証拠のように、灼滅者たちの周囲の雪だけが溶け、黒く地面が覗いていた。
　
●　戦い済んで
「……ふう、お疲れさん。運動したら腹減ったな。ちょうどファミレスがすぐそこだしよ、何か食わねえか？」
　元児丸は、火傷を負った顔で、それでも仲間達に鷹揚に笑いかける。
「えー、このボロボロな姿でえ？」
　不律は直接攻撃こそ受けなかったが、それでもあちこち焼けこげのついたステージ衣装風の防具を見回す。
「元児丸にまたプラチナチケット使って、言い訳してもらえばいいわ」
　櫂がカードに武器をしまいながら言い、
「そうね、槙奈さんがとっても心配していたから、すぐに連絡しておきたいし、一旦ファミレスで落ちつきましょうか。それに他のイフリート灼滅チームがどうなったかも気になるわ」
　アリスも同意する。
「じゃ、私、また18歳になるわね、ふふっ」
　鐘がきらきらくるっと回って、ふたたび18歳の姿になった。そんな彼女を、剣一がまじまじと見つめながら感心して。
「しっかしエイティーンって、すげえよな、色んな意味で」
「……あのー」
　ミキが小さく足踏みをしながら。
「入るなら、早く入りましょうよう。私、一刻も早くあったかいとこに行きたいんですけどー」
「そらそうだ、早く行こうぜ！」
　プラチナチケットを発動した元児丸を先頭に、何と言い訳するか相談しながら、灼滅者たちは揃って暖かな灯を目指した。

作者：小鳥遊ちどり	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年1月16日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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