鶴見岳の激突~獣と魔と光の輪舞~

    作者:西東西


     先の日本各地でのイフリートとの戦いは、多くの灼滅者たちが力を尽くしたかいあって、そのほとんどを灼滅することができた。
    「勝利をおさめ、『ガイオウガ復活』を阻止することができたのも、すべて戦地へ赴いてくれたきみたちのおかげだ。あらためて、礼を言う」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が頭をさげ、集まった灼滅者たちに謝意を示す。
     学園は今回の勝利を受け、鶴見岳とイフリート事件の関係を探るべく、調査準備を進めていた。
     ――だが、ここで想定外の事態がおこる。
     先の大規模事件を、『ソロモンの悪魔』一派が察知。
     新たに、大きな動きを見せたのだ。
    「現在、鶴見岳周辺に『ソロモンの悪魔』が率いる軍勢が集結しつつある。目的は、我々との戦いに敗退したイフリートたちを滅ぼすこと。そして、鶴見岳に集まった力を手にいれることだ」
    「……弱った敵勢力を駆逐して、集めていた力を横取りしようっていうのね」
     つぶやく灼滅者に、一夜は頷く。
    「そう。いかにも『ソロモンの悪魔』らしい、狡猾なやり方だ」
     そのうえ、今回の『ソロモンの悪魔の軍勢』には『デモノイド』と呼ばれる強化一般人が投入され、軍勢の主力を担っている。
     これまでの強化一般人とちがい、ダークネスに匹敵する戦力を有する存在だ。
     『ソロモンの悪魔』一派は、それだけ鶴見岳の力を重くみて、奪いにきているということなのだろう。

    「でも、ダークネス同士の戦いだろ? ちょっかいをかけずに、見守ってりゃいいんじゃねえの?」
    「そうだよ。お互い潰しあってくれれば、万々歳じゃないか」
     その声はもっともな意見だ。
     話を聞いていた灼滅者たちも、頷いて顔を見あわせる。
     だが、エクスブレインは厳しい表情で答えた。
    「この抗争に我々が介入しなかった場合、『ソロモンの悪魔の軍勢』が勝利をおさめる、という予測が成っている」
     鶴見岳の力を手にいれた『ソロモンの悪魔』たちは、さらに勢力を肥大させていくだろう。
     また、『イフリート』たちは一点突破で包囲を破り、鶴見岳から逃走。
     『ソロモンの悪魔の軍勢』も鶴見岳の力を奪えれば良しとしてか、敗走するイフリートへ追撃を行おうとはしない。
    「つまりこのまま見過ごせば、『ソロモンの悪魔』一派が強大な力を得、『イフリート』もその戦力をほとんど失うことなく逃走する、という最悪の結果になるのだ」
     現在の武蔵坂学園は、2つのダークネス組織と正面から戦うだけの戦力を有していない。
     よって、ダークネスたちの争いを利用しつつ、最善の結果を引きだせるよう介入を行うのが今回の目的となる。
     

     武蔵坂学園は予測をかんがみ、大まかに3つの作戦を提示した。
     灼滅者たちは参加するチームごとに、いずれかの作戦に則って行動することとなる。
     各作戦の内容は、下記のとおりだ。

     第1の作戦。
     赴く地は『鶴見岳』。
     対する勢力は『ソロモンの悪魔の軍勢』。
     鶴見岳に攻めこむ『ソロモンの悪魔の軍勢』を、背後から攻撃する作戦となる。
    「要するに、鶴見岳を守るイフリートを利用し、『ソロモンの悪魔の軍勢』を挟み撃ちにする作戦だ。『ソロモンの悪魔の軍勢』はイフリートと灼滅者を相手にすることになるため、きみたちも戦闘を有利に運びやすくなるだろう。
     懸念すべきは、これまで数多のイフリートを灼滅してきた我々は、イフリートたちにとって憎むべき存在、ということだ」
     戦場でイフリートと出会えば戦闘は避けられない。
     最悪、『イフリート』『ソロモンの悪魔の軍勢』を相手に立ちまわらなければならない可能性がある。
     ともあれ、『ソロモンの悪魔の軍勢』の壊滅に成功すれば、鶴見岳に集まった力の強奪を阻止することができる。
     一方で、イフリートたちは灼滅者たちとの連戦を避け、鶴見岳からの脱出を行うだろう。

     第2の作戦。
     赴く地は『鶴見岳のふもと』。
     対する勢力は『ソロモンの悪魔の司令部』。
     司令部に集う『ソロモンの悪魔』を急襲する作戦となる。
    「この司令部には『ソロモンの悪魔』が多数集っている。よって、普段姿を現さない『ソロモンの悪魔』と相対する、またとない機会だ。……しかし、多数の悪魔が揃うだけあって、司令部全体でかなりの高戦闘力を有すると予測されている。苦戦は、まぬがれない」
     また、この場の『ソロモンの悪魔』たちは、あくまでも司令塔。
     鶴見岳の作戦さえ成功させれば、特に戦闘に加担することなく撤退していく。
     もし『ソロモンの悪魔の司令部』を壊滅させ、多くのソロモンの悪魔を討ちとることができれば、ソロモンの悪魔組織を弱体化させることができる。
     一方で、司令部の壊滅に関わらず、『ソロモンの悪魔の軍勢』が鶴見岳を制圧した場合は、鶴見岳の力はソロモンの悪魔に奪われる結果となるだろう。

     第3の作戦。
     赴く地は『鶴見岳』。
     対する勢力は『イフリート』。
     鶴見岳から敗走する『イフリート』たちの脱出を阻止する作戦となる。
    「先の大規模事件を引きおこした『イフリート』だ。鶴見岳から敗走した後、ふたたび各地で事件を起こすであろうことは容易に想像がつく。
     先のような事件を未然に防ぐためにも、戦地から脱出しようとする『イフリート』たちを掃討することが目的となる」
     脱出を試みる炎獣たちは、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊している。
     この作戦は『イフリート』たちを叩く、千載一遇のチャンスとなるだろう。

    「どの作戦を選ぶかは、現地へ赴いてくれるきみたちの判断に任せる」
     どの作戦も、なんらかの危険な要素をはらんでいる。
     選ぶ作戦によって、もたらされる結果も全く違うものとなる。
     『なにを目的とするのか』、『どういった結果を重視するのか』で、選びとる道は変わることだろう。
     一夜はひととおりの説明を終え、改めて灼滅者たちに向きなおる。
     戦地へ赴けば、灼滅者たちはいやおうなく困難にまきこまれる。
     ――深い傷を負う者もあるだろう。
     ――あるいは、それ以上の犠牲をあがなうことも。
     それでも、エクスブレインは告げる。
    「きみたちならば、どんな場面でも必ず活路をきりひらける」
     そこで、表情を和らげる。
    「……もし死地でみちを見失ったなら、『無事カエル』と三べん唱えたまえ」
     「きっとまた、ここに帰れる」一夜はそう告げ、深く頭をさげた。


    参加者
    杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    九十九院・鶍(仮想領域の孤独な軍勢・d01801)
    夜刃・眠子(殴りWiz・d03697)
    蒼崎・鶫(ラブラドライト・d03901)
    神木城・エレナ(霊弓・d08419)
    小田切・真(少尉・d11348)

    ■リプレイ

    ●今はまだ幼き光
     夕刻。
     空に、重く、灰色の雲が垂れこめている。
     戦地へと向かった灼滅者たちは、その大部分が鶴見岳へ進攻。
     ソロモンの悪魔の軍勢と対峙することとなった。
     エクスブレイン、一夜崎・一夜の説明を受けた8名も、他チームの灼滅者と行動をともにしながら軍勢の背後に移動しているところだった。
     全体方針で、『ソロモンの悪魔軍がイフリートへ攻撃を仕掛けたころを見計らい、奇襲攻撃を仕掛ける』と決まったのだ。
    「ほかの班は、大丈夫やろか」
     風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)が周囲を見渡すも、別チームの灼滅者たちの姿は、すでに見えない。
     個々の作戦に準じ、それぞれ、別の位置へ散っていったのだ。
     8人は敵の背後に迫りながら、駆けゆく先を見据えた。
     遠く、イフリートの炎が篝火のように燃えている。
     押しよせる悪魔の手先を前に、獣たちがひるむ様子はない。
    「凄まじい光景ね。……まるで戦だわ」
     この場所に自分が立っていることが信じられないと、神木城・エレナ(霊弓・d08419)は大地を踏みしめる。
     いずれ、戦端がひらかれる。
     数刻の後には、この大地も別の色に染めあげられるかもしれないのだ。
     用心深く身を隠し、駆けながら、夜刃・眠子(殴りWiz・d03697)は周囲に視線を走らせた。
    「Demonの軍団は、強化一般人とデモノイドの寄せ集め、なのかしら」
     視界に入るのは強化一般人ばかり。
     デモノイドらしきものの姿は見えないが、戦場に投入されていることは間違いない。
     となれば、イフリートとの戦いのため、前線に配置されているのだろう。
    (「そして、Demonは高みの見物、というわけね」)
     奥歯をかみ締め、眠子は激情を胸に押しこめる。
     狡猾な悪魔は、舞台の上で踊りはしない。
     彼らは舞台の袖――火の粉の届かないもっとも安全な場所で、行く末を見守っているのだ。
     この地には在るのは、暴虐の獣と、簒奪者と、今はまだ幼き、光たち。
     ――オオオオォォォォオオオン!
     イフリートの遠吠えが響きわたる。
     対する悪魔の軍勢たちが、それぞれの武器を手に、進軍を開始した。
     戦端が開かれたのだ。
     灼滅者たちの攻撃開始は、イフリートと悪魔の軍勢がぶつかってから、3分後となる。
     耳元に手を当て、小田切・真(少尉・d11348)はひとり「任務了解」と頷いた。
     インカムに向かい、相手の武運を祈る言葉をささやく。
    「この作戦は、今後を左右する戦いですね。……かならず成功させます」
    「目の前の敵を倒して、鶴見岳を守って。皆で、『無事カエル』。……そうよね」
     蒼崎・鶫(ラブラドライト・d03901)が三角帽をかぶりなおし、唇を引き結ぶ。
     今は、どんな手であれ、やれる事をやるしかない。
     ――2分。
    「ついにこの時が……」
     杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)は左手薬指にはめたシルバーリングに指を這わせた。
     脳裏に浮かぶのは、愛する者の面影。
     スレイヤーカードを掲げ、叫ぶ。
    「咲け、竜胆――!」
     鈴の音が響く。
     顕現したWOKシールド『神護之籠手・金剛』を掲げ、蓮璽はすぐさま己と仲間の守りを固める。
     ――3分。
    「さあ、はじめましょう、踊りましょう――」
     フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)は、鋼糸を手に大地を跳ねた。
     武器を手にした強化一般人が、次々と灼滅者たちの姿を見咎める。
     魔力を宿した霧を周囲に展開し、フローレンツィアはひるむことなく大人びた微笑を浮かべる。
    「ねえあなたたち、デモノイドがどんなものだか、レンに教えてちょうだい?」
     九十九院・鶍(仮想領域の孤独な軍勢・d01801)は表情を消し、スレイヤーカードを手にする。
     解除コードは、脳裏に響く、言葉。
    「『天国の祝福を、君に』」
     影業《Mel do desastra》が足元で踊り、どす黒い殺気が爆発するように強化一般人たちを呑みこんでいく。
     あちこちから響く、灼滅者たちのときの声。
     8人はそれぞれの武器と、想いを胸に、戦場へと身を躍らせた。

    ●簒奪者たちの行軍
     ソロモンの悪魔の軍勢。
     その背面は、強化一般人たちが陣を固める。
     武蔵坂学園の奇襲は功を奏し、灼滅者たちは比較的優位に戦闘を進めることができていた。
     居並ぶ強化一般人たちを前に、薫は静かに言い放つ。
    「しっかり送ってやるさかい、逝きたい奴からかかって来なはれ」
     抜き身の日本刀を手に、薫は息つく間もなく3人の敵を切りふせた。
     予言者の瞳を宿した眠子のマテリアルロッド『偽典魔装マステマ』が空をきり、強化一般人の体が無残に破裂する。
     眠子が倒したのは、これで2人目。
    「どうやら、軍勢に投入されている強化一般人は、戦うしか能のない荒くれ者ばかりのようね」
     ロッドに付着した血を振りはらい、眠子は肉片と化した敵を冷めた目で見おろす。
     知略を計るような切れ者は闇堕ちを促す計画に使われ、戦闘を得意とする血気盛んな者たちは、こうして、捨て駒のように扱われるのだろう。
    「皆さんが少しでも攻撃にまわれるように、サポートしてちょうだい」
     傷ついた仲間に駆けより、浄霊眼で癒してまわる霊犬『凍鈴』を鼓舞し、エレナ自身も黒と朱に塗られた天星弓を構える。
    (「――言われるまま、ただ祈りを捧げていた巫女はもういない」)
     流星のごとき煌めきが、前衛位置で攻撃を受け続けていた真の傷を癒していく。
     ガンナイフ『MPX-AⅡ』を繰りだし、敵の間合いに飛びこむ。
     首筋を一閃。
     赤黒い血を撒き散らしながら倒れ伏す敵を見おくる間もなく、真は続く一撃をナイフで弾きかえす。
    「蒼崎さん!」
     主よりも早く、霊犬『ヴェイン』が疾風のように駆け抜けた。
     次いで迫りくる強化一般人を、斬魔刀のするどい一撃が薙ぐ。
    (「……大丈夫、いまさら、怖気づいたりしない」)
     懐にある『お守り』へ想いを寄せながら、鶫は手にした契約の指輪を掲げる。
     魔をはらむ石が、妖しくまたたいて。
     指輪に魅入った強化一般人が、石化の呪いに侵され、倒れた。
     これで、灼滅者たちが倒した強化一般人は計11人。
     周囲の強化一般人は、あらかた排除したようだ。
     視界の開けた戦地を改めて見渡し、鶍は仲間たちの様子を確認する。
     攻防、そして回復を厚く配置していた灼滅者たちの作戦のかいあって、深手を負った者は誰ひとりいない。
     念押しの回復のかたわら清風で邪を祓いながら、鶍は視覚・聴覚をフル稼働し、戦況を読んでいた。
     ふいに、耳が『異音』をとらえる。
     ――グオオオオォォォオオオ!
     腹の底に響くほどの断末魔。
     続いて、押しよせる熱風。
    「……ッ!」
     異変を察知し、後方へ跳ねた鶍の眼前に、どうっと、巨大な首が落ちた。
     巨大な眼が、うつろに見開かれている。
     イフリートの首だ。
    (「前に出すぎた――!?」)
     仲間たちへ警告を発しようとした、その時。
     硝煙のむこうから、『それ』がうっそりと姿を現した。

    ●深淵を往く者
     『それ』は突出したイフリートを追い、後方へと移動しつつあった一体だった。
     全身を、青い筋組織で覆ったような異様な体躯。
     頭部に双眸はなく、白い歯が、笑みを深めるようにむき出しのままだ。
     腕は武器のように変形、融合し、いびつに膨れている。
     首筋や腕、腰位置には、枷のような装置が据えつけられているのが見てとれた。
     『ヒト型』をしているが、明らかに『人』ではない者。
     前情報は『それ』の呼び名、ただひとつ。
     だが、その場にいる誰もが確信していた。
     ――ソロモンの悪魔が生みだした、邪悪な存在。
    「……気ぃつけや。『デモノイド』はんのお出ましや」
     日本刀を脇に構え、薫が間合いをはかる。
    「その首、レンがもらってあげるわ」
     地を蹴る薫を援護すべく、『紅月の魔』はしなやかに舞い、鋼糸を手繰る。
     糸の結界は、たやすくデモノイドを絡めとった。
     死角にまわりこんだ薫の一撃が、苦もなく青い筋を切り裂いていく。
    (「なんや。おかしい」)
     敵を目の前に、微動だにしない。
     違和感を感じた瞬間、唸り声をあげてデモノイドが片腕を掲げた。
     その腕が振りおろされようとした寸前、
    「――させるかよ!」
     蓮璽が薫の前に飛びこんだ。
     いびつにふくれあがった拳が蓮璽の腹部をえぐり、殴り飛ばす。
     その身体は大きく弧を描き、地に落ちた。
    「杞楊はん!」
     エレナと凍鈴が走り、すぐに浄霊眼による治癒と光輪による盾を展開させる。
    「なんて一撃なの……」
     一撃で痛手を負った蓮璽を支え、エレナは唇を噛みしめながらデモノイドを見やった。
     およそ知性を感じない風貌。
     それでいて、灼滅者たちをひるませるほどの威圧感。
    「先刻、一瞬。デモノイドの動きに『間』があったな」
     用心深く間合いをとり、真が『MPX-AⅡ』を構える。
     「これは、うちの推測やけど」と前置きし、薫は続ける。
    「『デモノイド』はんたちは、人間の見分けがつかんのと違うやろか」
     真は一瞬目を見開くも、すぐに「なるほど」と頷く。
    「攻撃されるまで、私たちを『強化一般人』と誤認していた、ということか」
     続くデモノイドの力任せの攻撃を避け、真はガンナイフの引鉄を引いた。
     弾丸は暴れるデモノイドをぴったりと追従し、ひときわ強く弾ける。
    「この調子じゃ、頭の中身もカラッポかもしれないわね……!」
     WOKシールドで猛攻を受け流し、眠子は至近距離から魔法の矢をねじこむ。
     眠子の一撃で腕の一部が吹き飛んだ。
     が、すぐに反撃を受け、横殴りにはね飛ばされる。
     駆けつけた鶍の癒しを受けながら、眠子はその眼に悔しさをにじませた。
     青い巨躯には、すでに幾重にも傷が刻みこまれている。
     だが、敵はいまだ動きを鈍らせる様子をみせない。
     爆風をはらうように、デモノイドが再び腕を振りかざした。
     刃をくわえ、飛びこんだ霊犬の身体が引き裂かれる。
    「ヴェイン!」
     消え行くサーヴァントに手を伸べるも、届かない。
    「奔れ、走れ、紅い糸」
     踊るフローレンツィアのスカートが、ふわりとひるがえった。
     口元に浮かぶのは、微笑。
     目当ての敵との邂逅が、少女の心を躍らせる。
    「翔て、踊って、切り刻め……!」
     高速で操る鋼糸がデモノイドを絡めとり、食いこみ、幾重にも切り裂いた。
     鶫は拳を握りしめ、消滅した霊犬の姿を見送る。
     癒しを施す間もなかった。
     だが、感傷に浸っている暇はない。
     なおも攻撃を受け続ける前衛たちの背を見つめ、鶫はWOKシールドを手に、真へエネルギー障壁を施す。
    (「耐えきるか、押しきられるか。ふたつにひとつ、ね」)
     抗うのなら、最後まで。
     勝利への希望を捨てたくはない。
    「……無事カエル、無事カエル、無事カエル」
     ふいに聞こえた言葉に、蓮璽が笑う。
    「おまじない、ですね」
     槍を、日本刀を。
     それぞれの武器を繰りだしながら、念じるように、続ける。
    「うちらが負けるはずがない」
     薫の胸中には、強い確信がある。
    「人の心を忘れたもんに、うちらが負けるはずがないんや」
     この戦場には、多くの仲間たちがいる。
     なにより、この場を共にし、戦い抜いてきた7人がいる。
     未来を見つめる『人』の心。
     それこそが、ダークネスにはない、『ひと』の力なのだと信じて疑わない。
    「性根の腐ったDemonに、ひとあわ吹かせてやらなくちゃ、ね」
     返り血にその身を染めながら、眠子が不敵に笑う。
     『おまじない』とともに聞いた、エクスブレインの言葉が、脳裏をよぎる。
     ――きみたちならば、どんな場面でも必ず活路をきりひらける。
     ――きっとまた、ここに帰れる。
    「いきましょう」
     鶍の言葉に、仲間たちが頷く。
     誰ひとり、この場を退く気は、なかった。

    ●悪魔たちの輪舞
     デモノイドとの長期戦は苦難を極めた。
     無尽蔵とも思える体力と、圧倒的な攻撃力をもつデモノイド。
     そして、これまで休む間もなく戦い続けてきた灼滅者たち。
     デモノイドの一撃は重く、特に前衛陣の疲労は顕著だった。
     敵の攻撃を回避しそこね、真がひざをついた。
     わき腹をえぐられ、軍服に血がにじんでいる。
     デモノイドを牽制するべく蓮璽が灼滅槍を振るい、その前に立つ。
    「無茶は禁物です! 今度は俺が、前に……!」
     受けた傷をかばい、真はなおも前に立ち続けようとした。
     だが、万が一ここで戦力が欠ければ、その負担は別の仲間たちが負うことになるのだ。
    「すいません杞楊さん。お願いします」
     真が頷き、蓮璽と真が立ち位置を入れ替える。
    「凍鈴、頑張って!」
     仲間たちの合間を縫い、霊犬はひたすらに駆け続けた。
    「回復は私たちに任せて、皆さんは一手でも多く攻撃を……!」
     エレナは清めの風を招きながら、祈るように仲間たちに声をかける。
     ――今の私にできることを、私が選び、私が決めた。
     渡しはしない。
     鶴見岳も、仲間の命も。
    (「すべて、守り抜いてみせる……!」)
    「ここまできて、負けられないわ!」
    「ほうら、釣瓶撃ちよ!」
     倒れた霊犬の分も、ここで引きさがるわけにはいかない。
     意気ごむ鶫の制約の弾丸に続き、眠子のマジックミサイルが爆ぜる。
     傷を負い、血を浴びるほど、眠子の眼は鋭く敵を見据えた。
     その姿は、憎きソロモンの悪魔の身代わりに、デモノイドをいたぶるかのようだ。
    「夜刃さん!」
     蛇と稲穂の絵が描かれた護符揃え『九十九画符』を放ち、鶍の術が眠子を癒す。
     それでも、傷は完全にはふさがりきらない。
    「あんさんには地獄がお似合いや。いいかげん、すんなり逝きなはれ!」
     叫ぶ薫の刃が、一直線にデモノイドを両断。
     だが、続けざまに体当たりされた薫の身体も投げ飛ばされ、地面を転がる。
     次々と前衛が崩れいくなか、ふいに、デモノイドが体勢を崩した。
     重ね続けた傷の効果が、弱ったデモノイドの行動を阻害しはじめたのだ。
    「今よ……!」
     フローレンツィアの鋼糸が煌き、すぐさまその巨躯を絡めとる。
     鶫は間髪いれず、影業を走らせてその戒めをさらに強固なものとする。
    「抑えは任せてください」
     真が援護射撃を行い、唸るデモノイドを翻弄。
    「蓮璽さん、お願いします!」
     エレナは蓮璽へ癒しの矢を放ち、続く連撃に賭ける。
    「どうか、俺に力を……!」
     灼滅槍・煌竜胆が唸り、その刃を敵の胸深く突きたてた。
     捻りを加えた一撃が、貫通。
     デモノイドを縫いとめたまま、蓮璽は叫ぶ。
    「さあ、眠子さん!」
     『破壊の魔女』は暴食の闇をまとい、敵の姿を睨めつけた。
     掲げたマテリアルロッドに、残る魔力のすべてを注ぎこむ。
     地を蹴る。
     全身がきしむ。
     激痛がはしる。
     それでも、全身全霊をこめてロッドを振りかぶった。
    (「醜く、無様な絶対死を与えてあげる……!」)
     殴りつけると同時に注ぎこまれた呪詛が、デモノイドの体内ではじけた。
     頭部を吹き飛ばされた異形は、やがて溶解するかのように崩れ、大地に消えた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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