バレンタインデー~世界でひとつのぬくもりを

    作者:西東西


    「学園の中庭で、編み物をしないか?」
     ある日の昼休み、一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)は唐突に、そうきりだした。
    「編み物って、なんでまた」
     居合わせた少年が、驚いたように問いかける。
     編み物は一般に広く親しまれている手芸ではあるものの、目の前のエクスプレインに、編み物の趣味があるとは聞いたことがない。
    「もうすぐ、バレンタインデーだろう? せっかくの機会だ。家族へ渡すチョコレートと一緒に、手作りの品を添えようと思ってな」
     バレンタインデーといえば、チョコレートを手に愛の告白をする日。
     ーーと思われがちだが、最近では、家族や友達へ、感謝をこめて贈り物をする者も多い。
     当の一夜も、そのひとりだ。
    「チョコレートだけでも良いとは思うのだが、毎年そうしてきたので、今年はひとくふうしてみたくなったのだ」
    「たしか、一夜崎の家って大家族なんだろ? 編むったって、なにを編むんだ?」
     問われ、一夜は一冊の本をとりだして見せる。
     編み物のレシピが載っている本だ。
    「家族全員ぶんマフラー...…は、さすがに無茶だろうからな。小物入れを作ろうと思っている」
     ちいさめの小物入れであれば、一日頑張れば、いくつか作ることができそうだ。
     編み棒などの道具は学園の家庭科室から借りれば良いし、単色の毛糸であれば、いくつか一夜が用意する予定だ。
     材料にこだわる者は、当日、好きな毛糸や道具を持参すると良いだろう。
    「かくいう私も先日本を買ったばかりで、初心者同然だ。手慣れた者に指導してもらえればありがたいし、なにより、皆と一緒に楽しく編めたら、と思うよ」
     ひとりでは手を出しにくい手芸も、仲間がいれば、チャレンジしやすいかもしれない。
    「興味のある者は、次の休日、学園の中庭に集まってくれ」

     青空の下、世界でただひとつの贈り物を、編んでみませんか?


    ■リプレイ


     編み物会、当日。
     その日は朝から、春のような暖かい陽光が降りそそいでいた。
    「おはよう、一夜クン!」
     中庭にたどりついた千巻(d00396)は一夜(dn0023)の姿を認め、声をかける。
     編み物は初めてだが、祖母と幼馴染への贈り物を作りに来たのだ。
     同じく中庭を訪れた智哉(d12465)は、帽子に付けるコサージュを作るつもりだ。
    「初心者だから、不格好なものしかできないだろうけど……」
     はじめてなのは、誰しも同じ。
    「一夜崎先輩。一緒に、本を見せてもらっても良いかな……?」
    「ああ。いくつかあるから、好きに見ると良い」
     そうして、三人はおぼつかない手つきで毛糸を手繰りはじめる。

     すこしして訪れたのは、虎鉄(d00703)と澪(d05738)の二人。
     作るのは、長い長いマフラーだ。
     澪は虎鉄を膝の上に抱え、抱き寄せた肩越しに作業を見守る。
    「こてちゅ~、編むの上手やなあ!」
     単調な作業は虎鉄が進め、ハート模様を編む時に交代。
     今度は、虎鉄が澪を膝の上に乗せる。
    「ここはこう、手首をかえして……。そう、こっちはそのまま、まっすぐ」
     添えられた手のぬくもりを感じながら、澪はハート模様に一編み一編み、たっぷり愛情をこめていく。


     昼過ぎ。
     もっとも暖かくなるころが、もっとも賑やかな時間となった。
     ましろ(d01240)はひとり中庭を訪れ、芝生の上に座る。
     持ちこんだ本を広げ――さて、なにを編もう?
     周りを見れば、皆せっせと指を動かしている。
    (「みんなが、大切なひとへの、大切な想いをこめて編んでるんだよね」)
     わたしのももちろん、贈り物用なんだけど。
     と胸中でひとりごち、想いをめぐらせる。
     家族や友達に対する『すき』とは違う、この気持ちが何なのか。
     ――今は、まだわからない。
     見あげれば、ぽかぽかと暖かい太陽。
     そのぬくもりが、『あのひと』の面影に重なる。
    (「……間に合う、かな?」)
     ましろはお日様色の毛糸を手に、手を動かしはじめた。
    「あ、案外難しいねんな……」
     立夏(d01190)は大仰に腕を動かし、赤と白の毛糸と格闘していた。
     時おり徹也にあてて見せながら、「やっぱ徹やん、こん色似合うわ」と笑う。
     当の徹也(d01892)はマニュアルを手に、手順と編み図を確認していた。
     一目、一目、見本どおりにこなす勢いだ。
    「徹やん、こないでええんか?」
    「ああ。そのまま、目のねじれに気をつけながら進めれば良いようだ」
     丁寧に答え、今度は逆に問いかける。
     編み始めるマフラーの色を考えているという。
    「どの色が良いだろうか」
     これと、これと。と、取り出されるいくつもの毛糸玉。
     見れば、同系色の毛糸ばかり。
    「ちょっ! 全部ピンク系やーん!」
     微妙な色合いに悩みつつ、立夏は自分の髪色に最も近い毛糸を選んだ。

     一方、千李(d09847)は必死に本を読みこんでいた。
     作るのは、銀狼と黒猫の編みぐるみ。
     大切なひとと自分をモチーフにして、毛糸の色にもこだわるつもりだ。
     しかし、刀や扇とは違い、編み棒の扱いには慣れない。
     苦戦していると、声をかける者があった。
    「こんにちは。なにを作っているの?」
     結弦(d01731)は千李の手元を覗きこみ、微笑む。
    「僕も、犬の編みぐるみを編もうと思っているんだ」
    「……大切なひとへ?」
    「そう。大切な飼い犬たちへ。うちに来てくれた感謝をこめて」
     「君も?」と問いかえされ、千李は頷く。
    「俺も、大切な……大好きな人へ感謝をこめて、だな」
     心配をかけている礼と、いつもそばに居られないから、自身の代わりに、と続ける。
     せっかくの縁だからと、千李は結弦に教わることにする。
     指導のかいあって、仕上がりはどちらも上々。
    「少し網目が抜けてるけど」
     つぶやく千李の表情は明るい。
    「きっと喜んでくれるよ」
     告げる結弦がつくったのは、犬と猫と、鳥の編みぐるみ。
     一夜はその見事さに、
    「カエルの編みぐるみも、ぜひ」
     と声をかけずにはいられなかった。

     千代(d05646)と灯倭(d06983)は、二人で並んで編みはじめる。
     灯倭は自分用にマフラーを。
     千代はカーディガンを作る予定だ。
    「千代ちゃんは誰につくるの?」
    「ふふ♪ 灯倭ちゃん、知ってるくせに!」
     一緒に頑張ろうと、編み始めてすこし。
    「ここをこうして、と、こうなって?」
     編み目を見るうちに、混乱しはじめてきた。
     一夜に借りた本を読みこんでみると、いくらかほどかなくてはならないようだ。
    「ちょっと時間がかかりそう……」
     見れば灯倭も悪戦苦闘している。
    (「よし、ここはアレンジして!」)
     千代は気を取りなおし、再び作業に取りかかる。
     お弁当を手にやってきたのは、陽和(d02848)と朔夜(d02935)の双子のきょうだい。
    「ひごろお世話になっている燐姉に、手作りの手袋を編んでプレゼントするの!」
     とうとつに告げられた陽和の言葉に、編み物の得意な朔夜が乗った形だ。
     陽和が右手を。
     朔夜が左手を。
     ふたりで編んだ手袋をあわせて、ひとつの贈り物ができあがる。
    「燐姉へのプレゼントだからね。最高の物にしなきゃ」
     陽和の編んだ手袋を確認しながら、足りない部分を朔夜が補っていく。
     所々直してくれる朔夜の手つきはプロ級だ。
     陽和は手間取りながらも、安心して、自分のペースで黒の手袋を編み進めていく。
     やがて完成した手袋を、お互いに比べ見て。
    「燐姉、喜んでくれるよね。朔夜」
    「うん、喜んでくれると思うよ」
     姉へ渡す時を待ち遠しく思いながら、二人は頬を寄せあって笑った。

     朝から編み進めていた虎鉄と澪のマフラーは、やっと半分とすこしができあがっていた。
     長さを確認するため、身を寄せあって作りかけのマフラーにくるまる。
    「えへへ、作りかけやのに、あったかやなあ♪ でも、こうしたらもっとあったまるえ♪」
     無邪気に頬をすり寄せる澪の頬も、髪も、身体もやわらかで。
     伝わるぬくもり。
     耳元で響く声。
     そのすべてが愛しかった。
     虎鉄は頬を染めながらも澪の身体を抱きしめ、その存在を確かめた。
     愛莉(d14322)は義弟よりもひとあし早く中庭を訪れ、作業に取りかかる。
     作るのは、義弟への感謝をこめたマフラーだ。
    「翔ちゃん、喜んでくれるかな」
     水色と白の毛糸を手に、黙々と作業を進める。
     義弟を待てば、きっと一から編み方を教えてくれただろう。
     しかし、当の本人への贈り物なのだ。
     自分でもできる部分は、できるだけ自分で編んでしまいたい。
     愛莉は義弟がくるまではと、一目、一目、丁寧に作業を進めた。

     るい子(d04214)は持ってきた本とにらめっこをしながら、頭から煙が出そうなほど煮詰まっていた。
     簡単な裁縫はできるが、編み物は初挑戦。
    「うーん……、難しい」
     抹茶色とクリーム色の毛糸を手に編み進めるものの……。
    「むー、もう飽きたっ!」
     うまくいかずに、すぐに投げ出してしまった。
    「るい、手伝いましょうか?」
     メルキューレ(d05367)に諭され、るい子は再び編み棒を手にする。
     優しく教えるメルキューレや、真剣な面持ちで向き合うるい子の様子をあたたかく見守りながら、瑞樹(d05406)は慣れた手つきで自分の作品を編み進めていた。
     二人がプレゼントをくれるというので、そのお返しを編んでいるのだ。
     そしてやっとのことで、完成!
    「ありがとう、メルくん!」
    「どういたしまして」
     微笑み、できあがった品をそのまま瑞樹へ。
     るい子からは、やや不恰好ながらも、想いの詰まったレース編みコースター。
     メルキューレからは、ハナミズキの花が添えられた青緑色のブックカバーだ。
    「よくできたな」
     瑞樹はるい子の髪をなで、「メルも、先生お疲れさま」とねぎらう。
     お返しにと二人に渡されたのは、手編みの編みぐるみだ。
     るい子へは濃い灰色の毛糸でねこを。
     メルキューレへは白の毛糸でうさぎを。
    「ありがとうございます、瑞樹先輩」
     微笑むメルキューレのそばで、るい子は手のひらに乗ったねこを見つめ、とびきりの笑顔で微笑んだ。

     しばらくして、桜太郎(d10960)・戒那(d09099)が友達を引き連れて現れた。
    「こんちわ一夜崎先輩。お誘いあざっす!」
    「一夜崎君、今日はよろしくね~」
     百合亞(d02507)に引っ張られ、花色(d03099)は桜太郎の背中から顔をのぞかせるばかり。
    「やあ、いらっしゃい」
     一夜は仲の良さそうな5人を歓迎し、微笑む。
     すぐに、一同はすこし離れたところへ退避。
     やっとのことで、花色はいつもの調子を取り戻した。
    「見た見た!? なま一夜崎先輩ちょうかっこよかった……! やばい……!」
    「花さん。気持ちはわかりますが、手を動かした方が良いんじゃないですか?」
     百合亞の声に花色はあわてて藍色のマフラーを編みはじめるが、正直、それどころではない。
    「椎葉、編み目間違ってる」
     桜太郎のツッコミに、慌てふためきながら間違ったところを編み直していく。
    「見ていられないわねえ」
     女装姿で同席していた拓馬(d10401)だが、編んでいるのは『彼女』へのマフラーだ。
    (「樹ちゃん、喜んでくれるかしら」)
     本格的な手芸は久しぶり。
     手馴れた戒那や桜太郎に要所を教わりつつ、花色を見守る。
    「うん、なかなかのできばえ~」
     戒那は慣れているだけあって手もはやく、早々に猫の編みぐるみを複数完成させていた。
     できあがった物は、店に置いておくつもりだ。
     百合亞も久々ながら、気合いと根性で作業を進めていく。
     やがてできあがったのは、白い籠に、ピンクの蓋がついたきのこの小物入れ。
     編み物をせず、皆を見守っていた桜太郎だったが、同行者たちがなにを作るかは気になるところ。
    「それ、どうやって作るんだ?」
     好奇心にかられて尋ねれば、百合亞は作り方を説明し、微笑む。
    「この中にチョコレートを入れて渡すのって、ちょっと可愛くないですか?」
     ちなみに、この品を誰に贈るかは、ここでは内緒だ。
     5人はワイワイと賑やかに笑いあいながら、各々の作業を進めた。


     陽が傾きはじめ。
     幾人かはすでに、作品を作り終えはじめていた。
    「よーし! 完成!」
     隣りを見れば、灯倭も編みあがったようだ。
    「……初めてにしては、良くできたかな?」
     振りかえり、千代が腹巻きを手にしていることに気づく。
    「あれ? カーディガン作るって言ってなかった!?」
    「そういう灯倭ちゃんも腹巻きに!?」
     当初の目的は達成できなかったけれど。
    「可愛くできたよね」
     少女たちは笑いあい、お互いの健闘をたたえあった。
     千巻は一夜の元を訪れ、なにを作ったのか尋ねる。
    「小物入ればかり、五つほど」
     贈る相手ごとに模様を変えたという完成品を見つめながら、恥ずかしそうに自分の作品を差しだした。
    「コレ、なんに見える……?」
    「……コサージュ、か?」
     案の定の回答に「コースターだよぉ!」とうちひしがれるも、
    「見た目悪くて、実用性なくてもイイの! 大事なのは気持ちだし!」
     編むのは難しかったけれど、面白くもあった。
     「自分のペースでできるのがイイねぇ」と告げる千巻に、一夜も笑う。
    「楽しんでもらえたなら、何よりだ」
     立夏と徹也の作業も終盤。
     立夏は仕上げにデフォルメした鳶のマークを編み。
     徹也は仕上げに双頭の烏のマークを編み。
     交換したマフラーを手に、お互いに感謝を告げる。
    「徹やん、何時もほんまにあんがとな。これからもよろしゅう頼まっさ!」
     うそいつわりのない、まっすぐな言葉。
    「……少しでも喜んでもらえれば、幸いだ」
     徹也は赤い瞳を瞬かせ、静かに頷いた。
     智哉もなんとかコサージュを完成させ、手持ちの帽子に飾りつける。
    (「綺麗とは、言えないけど……」)
     それでも、自分の手で作り上げただけに、愛着が沸いてくる。
     智哉は満足感を胸に、中庭を後にした。

     夕方も間近になり、中庭を訪れたのは翔(d13932)だ。
     姉・愛莉の姿を認め、自分もそばで作業をはじめる。
    「愛莉姉さん、どこまで編めたの?」
     見れば、不器用ながら、半分以上は編み進められていた。
     水色と白のボーダーは既製品のように美しくは仕上がらないが、それも、手作りの良さだ。
    「慌てなくていいから、ゆっくり。こうやって編み棒を動かして……」
     オレンジ色のマフラーを編み手本を見せつつ、翔はすいすいと編み上げていく。
     愛莉のマフラーが仕上がるころには、翔は水色の小物入れも完成させていた。
    「はい、翔ちゃん」
     できあがったばかりのマフラーを巻いてもらい、二人は並んでその場を後にした。
     人影にまぎれ、ひっそりと中庭を訪れたのは菫(d12259)。
     ひとけのない木陰に座り、純白の毛糸を編みこんでいく。
     作るのは、ビハインド『リーア』への、感謝と懺悔をこめたマフラーだ。
    (「もう笑った顔を見られないことは、分かっています」)
     贈り物を編むのは、ただのわがままで。
     「こんなことをしても無駄だ」とさえ思う。
    (「けど、それでも彼が喜んでくれたなら……」)

     集った学生たちが、ほぼ、帰途についたころ。
     最後に残ったのは、花色とともにやってきた4人の学生たち。
    「椎葉」
     立ち尽くす花色の背中を、桜太郎がそっと押しだす。
    「花色ちゃん」
     「応援してるわ」と、拓馬は優しい笑顔を向ける。
     花色はこくりと頷き、ただただ長くなってしまったマフラーを桜太郎に押しつけ、駆ける。
    「い……、一夜崎先輩!」
     振り向いた先には、青い眸の少女。
    「突然すみません。中学3年、椎葉花色と申します!」
    「ああ。昼間に、声をかけてくれた」
     5人連れの、ひとり。
     始終たのしそうに過ごしていたので、一夜もよく覚えている。
     花色は腹をくくり、震えそうになる声を張った。
    「これ、その、チョコレートで!」
    「……私に?」
     問いかける一夜に、花色はやっとのことで頷く。
    「いつ、も、応援して、ます。今日は、ありがとうございました!」
     そう、勢いよくお辞儀をして。
     しばしの沈黙の後、一夜は静かに口を開いた。
    「礼を言うのは、私の方だ」
     己の告げた言葉を信じ、命を賭して戦地へ赴く灼滅者たち。
     その姿に、どれだけ励まされていることか。
     向けられた包みを受け取り、顔をあげた花色に、微笑む。
    「こちらこそ。いつも、ありがとう」

     その様子を見届け、見守っていた4人も顔を見合わせる。
    「うまくいった、かな~」
    「乙女モードの花さん可愛いです……」
    「壁役になったかいがあったな」
    「ええ、花色ちゃんの可愛らしさと勇気、しっかりとデジカメに記録したわ!」
     ――えっ?
     そこには、デジカメを手に、満面の笑みを浮かべる拓馬の姿が。
     当の写真データがどうなったかは、また、別のおはなし。

     あたたかな一日が終わる。
     世界でひとつの贈り物を手に、学生たちはそれぞれの帰途へついた。
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:24人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 15
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