ホワイトデーの準備はできた?~武蔵坂の下校風景

    「ホワイトデーの準備はもうできましたか?」
     と、スカした様子で訊いたのは、春祭・典(中学生エクスブレイン・dn0058)
    「僕もそろそろしなきゃと思ってるんですけどね。まあ、友チョコと義理チョコのお返しばかりですけれども」
     なるほど、いくら美形といえどナルシーに本命チョコを上げる女の子はいないということだ。
    「買い出しに行くもよし、手作りしてみるもよし。お返しはお菓子とも限りませんし……甘いもの苦手な人もいますもんね」
     典は、手帳のお返しリストらしきページを開き、
    「バレンタインに比べて、ホワイトデーって影が薄いですけど、こういうのって、忘れないことが大切なんじゃないでしょうかね?」




    ■リプレイ

    ● 君のために選ぶよ
     狭山・雲龍(信じるものの幸福・d01201)は、商店街のパティスリーから出ると、ふと気づいたように周囲の店を見回した。
    「(この時期は、お彼岸とホワイトデーが混じっておかしな感じだな)」
     さすがにパティスリーはホワイトデー一色だったけれど、和菓子屋や花屋の店頭は、和洋が混じって賑やかだ。しかしどちらも商店街にカラフルな華やぎを添えていて、春の訪れを感じさせる。
     雲龍の手にはケーキの箱。“結也”へのお返しだ。
     “結也”といっても、男子ではなくて正真正銘の女の子。照れるので、雲龍の中でそう名付けたのだ。
     ホワイトデーのお返しを選ぶにあたり気を付けたのは、重たくならず気軽に受け取ってもらえるもの、ということ。自分はすぐに重くなる傾向があるらしいと、雲龍自身も気づき始めているから。
     見つけたのは桜色のロールケーキ。桜の香りと桜葉のチップが印象的な春告げ菓子。
     思えば――ずっと近くにいたのに気がつかなかった。そして、気がついてしまえば後戻りなんてできない。だから雲龍はこれを選んだ。
    「(――君みたいなお菓子を見つけたよ)」

     東当・悟(紅蓮の翼・d00662)は商店街を行ったり来たり、うろうろと歩き回っていた……と、そこへ。
    「あ、典先輩助けてや!」
     通りかかったのは春祭・典(中学生エクスブレイン・dn0058)両手に大きな紙袋を提げている。
    「何返したらえぇんかめっちゃ迷うんや! 義理でもチョコ貰ったん初めてで、どないしたらえぇんか解らへん! 女心キャッチできる贈り物ってどんなんや? おしえてー典えもーん」
     悟は典に泣きつくと、幾軒かの店へと引っ張って行った。
    「返すからには倍返しやろ。菓子やとやっぱ菓子返しが無難やろか。クラブの女子に手作り菓子貰ったんやけど俺手作りなんか出来へんし……あ、大福とかうまそー!」
     ホワイトデーに大福はどうかと……典は首を捻る。
    「俺が好きだからってのはあかんか。ならケーキとかどうやろ? 春風味のクグロフとか見た目も洒落とるんとちゃうか? この桜の花入った奴!」
     うん、いいんじゃないですか。と典は頷く。季節感もあるし。
    「そっかあ、これがええかあ」
     悟はホッとしたように笑い。
    「喜んでくれるやろか。カードとか添えたら雰囲気出るやろか?」
     それならカードも選びに行きましょうか、と、典も笑って悟の肩を叩いた。

     敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)も、商店街をうろうろしていた。
    「(ホワイトデーか……俺には縁のなかった日だ……去年まではな! しかし今年は貰ったからな……!)」
     雷歌は赤いトンボ玉を拳の中にぐっと握りしめた。
    「(きちんとお返しせんと!)」
     というわけで、気合い充分で買い物に出たまでは良かったが。
    「(お返し……お返しか……一般的な女子って何が好きなんだ、可愛いものか?)」
     雷歌の目に、ファンシーショップが留まる。
    「(……無理! 野郎一人で入るにはハードルが高すぎるっ……!)」
     店の前を走るように素通りする。
    「(落ち着け俺、要は贈る相手の好きそうなものだろ?)」
     贈る相手の、クラブでの様子を思い出す。
    「(……甘いものが好き。犬が好き。アンティークっぽいものも好きって言ってたか。あとは……歌。歌か。ん、よし……気に入ってくれればいいんだがな)」
     雷歌は意を決すると、可愛らしいキャンディーがディスプレイされたスイーツ店へと突進していった。

     紅羽・流希(挑戦者・d10975)は、パワーストーンのショップで色とりどりの石を選んでいた。天然石でブレスレットを作る計画なのだ。
    「まぁ、貰ったものをお返しするのは礼儀ですしねぇ……どういった色と配置にしましょうか」
     真剣な顔で吟味している。
    「この後、部活の仲間に出す、お菓子の材料も買いに行かなきゃですねえ……」

     アーナイン・ミレットフィールド(目に見えているものしかない・d09123)は、学園から少し離れた、あまり訪れたことのない商店街にいた。ホワイトデーのディスプレイをしている店を見かけるたび、ふらふらと寄っていく。
     痩躯に銀髪、ロングコートという、夜の路地裏の暗がりが似合うような風体だけに、いらっしゃいませ、と出てきた店員をビクリとさせたりもしているが、気にしていない様子。
     実は、彼は誰からもチョコレートを貰ってはいない……貰ってはいないのだが、バレンタインの後に、彼にとっては壮絶に衝撃的なことをある人に言われたのだ。
    「(格好良い……しかも仲良くしてほしい、なんて)」
     戸惑ってはいるが、断る理由もないので、ホワイトデーに何か贈りたいと思い、こうして慣れないことをしている。
    「いらっしゃいませ、ホワイトデーの贈り物ですか?」
    「ええ……」
    「こちらなんかいかがです?」
     恐れ知らずの店員のオススメを聞き流しながら、
    「(これからどうなるのだろう……?)」
     アーナインは自分と相手の未来に思いを馳せる。

    「さて、この時期に見つけられるだろうか?」
     戯・久遠(薄明の放浪者・d12214)は、武蔵野中の花屋を巡って、目当ての花を探していた。見つかるまで根気良く花屋を巡るつもりだ。
    「今は無くても、3月13日までに取り寄せてもらえればいいのだが」
     無理なようであれば、普通の方を購入するしかない。
    「これで報いる事が出来れば良いが……早いところ花の目処をつけて、帰って仕上げに取り掛からんとな」

     この世で一番大好きな女の子の姿を思い浮かべて溜息を吐いたのは、杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)
    「彼女……喜んでくれるかなぁ?」
     手には綺麗に包装されたプレゼントの小箱。中は彼女の髪の色と同じ赤い石、小さくて可愛いらしい薔薇の花を模ったガーネットのイヤリング。きらきらしてて綺麗だけど、どこか可愛らしい感じが彼女の姿と重なり、即決したものだ。
    「趣味が合わなかったらどうしよう。気に入ってもらえるかな……」
     そんなことを考えると、ちょっぴり不安でドキドキはしてしまうが、このイヤリングを通じて感じた想いは確かなものだった。
    「もっと、自信をもって堂々としなきゃ……!」
     杞楊は、気合いを入れ直すと背筋を伸ばして机に向き直った。添えるカードにメッセージを書く。
     “甘い思い出と大切な絆をくれたあなたへ。沢山の愛を込めて――“

     アンカー・バールフリット(宮廷道化師・d01153)は自宅でひとり、通販で届いたばかりの荷物を開けて、笑みをもらしていた。
    「ふっ、バレンタインデーに君がくれたチョコレートは納豆入りだったよね……」
     納豆チョコの得も言われぬ香りを思い出したのか、少し鼻をしかめ。
    「あぁそうさ、君はこういう冗談が大好きだったね。そして私も冗談が大好きだ。ならばここはホワイトデーも冗談で返すのが礼儀というもの。世間では3倍返しというが、私は大きな男だ、18倍で返そう。受け取って欲しい。納豆の18倍の芳醇な香りを!」
     アンカーは輸入品らしい大きな缶詰を、両手で掲げ。
    「これで君の名前が香織だったら最高だったが、世の中そこまで上手くいかないことは知っている! しかしこのプレゼントで、君から贈られたワルツに返礼として奏でてあげようじゃないか、レクイエムを!」
     アッハッハッハッ、とアンカーは心底嬉しそうに邪悪な高笑いを響かせた。

    ●君のために作るよ
    「今年は初めて家族以外からバレンタインチョコもらえたなあ。義理だけど」
     竹尾・登(何でも屋・d13258)は、いつも以上の笑顔だ。
    「義理はちゃんと返さないとな! いざっ!!」
     登はクッキー作りにチャレンジしている。とは云うものの、そこは小学生男子、お小遣いも限られているため、材料は昼食のお好み焼きの粉の残り。しかも初めてのお菓子作りである。案の定、クッキーはこげ茶色の仕上がりに……。
     味見した登は顔をしかめ。
    「ううん、甘いカツオ出汁風味の焦げたクッキーじゃ流石に悪いよなあ……」
     ……というわけで、結局近所のケーキ屋さんにクッキーを買いに走る羽目になっちゃったのであった。

    「お菓子作り、すっごく苦手だけど頑張らなきゃね!」
     高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)は、苺味のハート型のキャンディー作りに挑戦しているのだが、手先が不器用らしく、歪な形のものばかりできてしまう。
    「まだ柔らかい飴を……こう……形が、あああ! また潰れたぁー! 上手くいかないわねぇ……もうっ」
     溜息。
     しかし、どんなに苦手なことでも彼女……チョコラのためなら頑張れるから不思議なものだ。
    「10個中1個は綺麗に作れてるもんね、イケルイケル!」
     綺麗な形の飴を選んで紙に包んで、袋詰にしてラッピングにかかる。しかしそのラッピングも……。
    「……うう、アタシって不器用……」
     モバイルで方法を調べるが、なかなか上手くいかない。
     それでも……。
    「やっと出来た! ……チョコラ、喜んでくれるかな」

     長月・紗綾(へっぽこエクソシスト・d14517)は、手作りのマシュマロに挑戦していた。武蔵坂学園に来てまだ日の浅い彼女ではあるが、バレンタインデーにクラブやクラスの仲間からチョコをもらったので、そのお返しがしたい。
     半ば泡立てた卵白に、溶かして砂糖を入れた粉ゼラチンを少しずつ入れながら、しっかりと角が立つまで泡立てる。そこにエッセンスとフレーバーを混ぜて、コーンスターチで作った凹みに流し入れる。あとは固まるのを待つだけだ。
     紗綾は額の汗を手の甲で拭い、
    「ふう、お菓子作りの経験はそこそこありますが、お師匠様には遠く及びません……」
     それでもマシュマロが固まるのを待ちながら、笑みが漏れる。
    「たくさん作りましたから、同行者の皆様にも差し上げたいですわね」

     駒瀬・真樹(高校生殺人鬼・d15285)も、キッチンに立っていた。同性から友チョコを貰ったお返しに、オーソドックスな定番のココアクッキーを作るのだ。
    「これも人付き合いか……大変だなー」
     などと呟いてはいるが、事前にネット等を駆使してレシピを調達し、材料は少し多めに購入するなど、気合いは充分だ。堅実な彼女は、作業に入ってもレシピに忠実に従い、分量や時間をキッチリと計り、ミチミチと詰めていく。
    「……ここまではよし」
     型を抜き、天板に整然と並べたクッキーを、温めたオーブンに入れる。
     彼女は一人暮らしなので簡単な料理は慣れている。けれどお菓子系は手を出してこなかったので、多少不安がある。
    「大丈夫かな……上手く焼けてよねー」
     いい香りを漂わせはじめたオーブンを、心配そうに覗く。

    「まぁ、この様な物を不恰好なりにって言うものでしょうねぇ……」
     流希は、自室にて仕上がった天然石ブレスレットを眺めていた。
    「まぁ、非モテなりに誠意は示せるとは思いますがねぇ……」
     自嘲気味に笑い、
    「恋心 涙に隠す 道化師か……ま、盛大に笑われましょう。私にはそれが似合いですからねぇ……」
     寂しげに一句詠んだ。

     花探しから帰宅した久遠は、製作作業に戻っていた。
    「自分のような者に贈ってくれたのだ。せめて、きちんと形になる物を返さねばな」
     バレンタインには、感謝の気持ちとしてチョコを贈られたので、お返しにも感謝の印として、形になる物を作ろうと考えたのであった。大仰な物でなく、日常的に有れば便利というチョイスだ。過去の相手との会話からもヒントを得ている。
     ようやく手に入れたヒメスミレが傍らで咲いている……花言葉は「一途」

     両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)と、エウロペア・プロシヨン(舞踏天球儀・d04163)は、クラブ「色町小町」で、それぞれの作業に没頭していた。
     式夜は和菓子の練り切りを作っている。実はエウロペア用の試作品なのだが、今日のところは、みんなにお返しを配るからという名目にしている。
    「それにしても、作りすぎちまったな……」
     試作ということで、色々な形を作っているうちに大量になってしまった。
    「なかなか良い出来だし、エウロペに味見してもらうか」
     と、振り返ると、そのエウロペアは銀粘土で、式夜の霊犬のお藤をモデルに、刀の柄に結ぶ武器飾りを作っている。バレンタインに式夜からチョコレートをもらったので、そのお返しだ。粘土を一生懸命こね、細かくヘラや楊枝で彫っていく。なかなか手先は器用らしく、じわじわとハスキー犬の形が形づくられていく。
    「む、何じゃ式夜よ、邪魔するでない」
     式夜が近づいてきたのに気づき、エウロペアは顔を上げる。式夜の手には、美しい色合いの菓子。
    「さっきから何をしとるかと思えば……ぬ、和菓子か?」
    「味見してみないかい? はい、あーん」
    「なんと、あーんじゃと……!?」
     エウロペアは一瞬身を引き、軽く頬を赤らめたが。
    「て、手が汚れとるから仕方が無いのう。ほれ、食わせよ、あーん」
     と、口を開けた。
    「美味い?」
    「う、美味いではないか」
     エウロペアのちょっと落ち着かないそぶりが可愛らしくて、式夜はほのぼのと微笑む。
    「ところで、エウロペは何を作ってるんだい?」
     エウロペアはますます頬を赤くしてそっぽを向きながら。
    「お、お藤にじゃ。そなたの為では、ないからの!?」
     
    「これは家族ので……こっちは従姉たちの分と……で、ねえやとばあやと、隣のおばちゃんのと」
     帰宅した典は、買い出ししてきたホワイトデーのプレゼントを大きな箱に詰めていた。
    「東京のお菓子、みんな喜ぶべな」
     調達してきたお菓子は殆ど実家行きの箱へと納められた。
    「ふう……今頃学園のみんなはどうしてるべ」
     作業が一段落した典は、商店街で買い出しをしたり、手作りの計画を聞かせてくれた学園の仲間たちに思いを馳せる。
    「上手く気持ちが伝わるとええだな……」
     窓を開け、霞む春の夜空に祈りをこめて呟く。

     ――Have a happy white day!


    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月13日
    難度:簡単
    参加:14人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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