阿佐ヶ谷地獄~百屍鬼夜行

    作者:西東西

     まだ夜も明けきらない、朝方四時ごろ。
     阿佐ヶ谷の市街地を、異形の集団が闊歩していた。
     アンデッド――ゾンビ、あるいはスケルトンたちは、それぞれ儀式用と思しき短剣を手に、通りがかった人間を手あたりしだいに斬りつけていく。
     ジョギング中の男性。
     あくび交じりにペットを連れていた老女。
     朝帰り、にやけ顔で歩いていた年若い女性。
     今にも倒れそうな、くたびれたサラリーマン。
     血だまりに伏した一般人たちは、そのまま、二度と起きあがらなかった。
     だが時おり、そうではない者もいた。
     一部の者たちの身体はぶくぶくとふくれあがり、やがて一体のデモノイドへと変化する。
     アンデッドたちは生まれたばかりの蒼い異形を見あげると、再び、行軍を開始した。
     
    「先の戦いで相手取った、『デモノイド』のことを覚えているか」
     集まった灼滅者たちに向かい、一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が静かに語りはじめる。
    「そのデモノイドを含むアンデッドの集団が、今度は阿佐ヶ谷に現れる」
     ――デモノイド。
     ――ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された、異形の存在。
     だが今回は阿佐ヶ谷を往くアンデッドたちの持つ短剣で斬られた者から、デモノイドが生み出されているという。
     未確認の情報ではあるが、その短剣は少し前に、『ソロモンの悪魔の配下』たちが扱っていたものと同じである可能性が高い。
    「しかし今は、ことの仔細を論じている場合ではない。このまま行軍を許せば、阿佐ヶ谷地区は蹂躙され尽くしてしまう。少しでも被害を食いとめるために、アンデッドと、生み出されてしまったデモノイドを灼滅願いたい」
     
     早朝の阿佐ヶ谷の市街地を、一台のワゴン車が走っていく。
     乗っているのは、この3月に大学を卒業したばかりの5人の学生たち。
     ちょうど、卒業旅行先から阿佐ヶ谷に戻ってきたところだ。
    「交代しながらとはいえ、やっぱ車での強行軍はキツイわ!」
    「でも、いい記念になったわ。免許取りたてでも、ちゃんと運転できるって自信になったし」
    「またこのメンツで、一緒にどっか行こうぜ」
     これからそれぞれの家を周り、解散すれば、旅も終わる。
     数日間の想い出を語りあいながら、5人は残りわずかとなったドライブを楽しんでいた。
     助手席に座っていた少女が、ふと運転席を見て声をあげる。
    「あ、ガソリン。なくなりそうだよ?」
    「ほんまや。このへん、24時間営業のとこってあったっけ?」
     早朝ということもあって、車通りは少ない。
     ややスピードを落とし、全員で周囲を見渡す。
    「あ、あそこ! やってるっぽい、かも?」
     見れば、目の前の交差点に、一軒のガソリンスタンドがある。
     すぐに車を走らせ、店内に乗りいれる。
     5人全員が車外に降り、そこではじめて、街が奇妙な静寂に包まれていることに気づいた。
    「あれ、店のひと……どこ行ったんだ?」
     ガソリンスタンド内に、ひとの姿はなかった。
     セルフサービスのガソリンスタンドかと思ったが、そうは書いていない。
    「ねえ、あれ。なんだと思う?」
    「え?」
     少女が示した先には、巨大な体躯の異形の姿。
     やがて現れたアンデッドが短剣を構える姿に気づき、5人はそこで初めて、悲鳴をあげた。
     
    「――以上が、きみたちが到着する、直前のできごとだ」
     一夜は眉根を寄せ、続ける。
    「アンデッドはデモノイドを引き連れ、人間を殺しながら阿佐ヶ谷の市街地を破壊してまわっている。ガソリンスタンドで学生5人を見かければ、すぐに彼らを殺そうとするはずだ」
     出現するアンデッドは5体。
     短剣とは別に武器を手にしており、それぞれがデモノイドを支援するように動く。
     デモノイドは1体だが、その攻撃力の高さが問題となる。
     圧倒的な力技で、灼滅者たちを叩き伏せようとしてくるだろう。

     ひと通り説明した後、一夜は考えこむように、唸る。
    「……いやな胸騒ぎがする。阿佐ヶ谷は、武蔵坂から近すぎる……。なにか理由があるのか。あるとしたら、なんだ」
     いくら一夜が思惑を巡らせようと、これから起こりうる事態は好転しない。
     己にできるのは、このまま予測を続けることだけ。
    「私は学園に残り、引き続き事件についての情報を集める」
     灼滅者たちを見据える。
    「どうかアンデッドとデモノイドを灼滅し、阿佐ヶ谷を、守ってくれ」
     一夜はそう告げ、静かに頭をさげた。


    参加者
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)
    朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)
    上代・椿(焔血・d02387)
    星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    半崎・切(空に浚われる影・d14720)

    ■リプレイ


     生まれてからこれまで、なんでもない『日常』を生きてきた。
     楽しかったり、苦しかったりする日々を暮らして。
     どこにでもいる、ただのひとりだった。
     なのに。
     それなのに。
     わたしは、いったい、いつの間に『非日常』の世界に堕ちていたのだろう――。

    ●此岸往路
     ガソリンスタンドに居合わせた5人の学生は、『現実』を前に恐慌状態にあった。
     視線を向けた先にいるそれらは、明らかに異質な存在。
     おぞましい武器を振りかざし、悠々と日常と非日常の境界を破り、襲いくる。
    「キャアアアア!」
     女子学生2人が続けざまに悲鳴をあげ、走りだした。
     男子学生がかろうじて1人の手をつかみ、引き留める。
     だがもう1人の女子学生は、でたらめに駆け続けた。
     スケルトンの1体が女子学生に狙いを定め、ほの暗い闇をまとった矢をつがえる。
     細く、白い指が弦を弾く寸前――、
    「させないわよ!」
     威勢の良い声とともに、朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)が女子学生の前に飛びこんだ。
     矢はひときわ大きく爆ぜ、薫の脇腹を容赦なくえぐる。
     ぼとぼととアスファルトに落ちる血を見て女子学生は再び悲鳴をあげるも、薫はつかんだ手を固く握りしめ、離さない。
    「切、あとはお願い」
     続いて駆けつけた半崎・切(空に浚われる影・d14720)に学生を託し、薫はゾンビの元へ、走る。
     切は薫に言われるまま女子学生を連れ、胸中で念じた。
     ――初めての依頼。
     ――初めての戦場。
    (「うまく……やらなく、ちゃ……。足、引っ張る、だめ……」)
     一方、薫と同じタイミングで駆けこんだ上代・椿(焔血・d02387)は殺界形成の展開を中断し、前進するデモノイドの進路上に身を投げた。
     振りかざされた一撃を受け、大きく殴り飛ばされる。
    「ぐっ……!」
     壁役に就いていなければ相応の傷を負っていただろう。
     重い一撃に、思わず口から呻きが漏れた。
     椿はすぐさま身を起こし、影業の触手で蒼い巨躯を幾重にも絡めとる。
    「乃木!」
    「さあ、かかってきなよ」
     呼応するように乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)が駆け抜け、デモノイドに迫る。
     WOKシールドで蒼い異形に殴りかかろうとするも――、
    「っ!」
     攻撃を受けたのは、ぼろぼろに朽ちた身体のゾンビ。
     腐敗した肉片をまき散らしながら、手にしていた解体ナイフで聖太の身体を引き裂き、反撃する。
    「ってことは、こいつのポジは『ディフェンダー』かー」
     死角から回りこんだ御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)が、ゾンビと同じ得物を閃かせ、構えた。
     明け方とあってやや眠気が残っていたが、ここへきてようやく覚醒しはじめた。
     ――ゾンビのディフェンダーは、撃破優先順位は高くない。
     だが、一般人へ迫ろうとするのを、見過ごすわけにもいかない。
     雪春はそのまま、眼前のゾンビを叩き斬る。
     一般人と敵の距離が近い。
     避難を呼びかけるにせよ、もっと引き離さなくては。
     薫は受けた傷をそのままに、ゾンビとデモノイドの前に立つ。
    「ずいぶん顔色悪いけど平気? ……なわけないか。ま、ちょっち手荒いけど、私たちのモーニングコールで、蒼い布団を引っ剥がしてあげるわ!」

     急きょはじまった大立ちまわりを前に、学生たちはさらに混乱を極めていた。
     すぐに着物姿の椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)が王者の風をまとい、進みでる。
     なおも戸惑いの声をあげる学生たちを前に、一喝。
    「お静かに!」
     穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、眼差しは鋭い。
     ――ここで説得しきれなければ、犠牲者を出しかねない。
     漏らさず声を伝えようと、切は割り込みヴォイスを使用し、口を開く。
    「今の、うちに……ここ、から、離れて」
    「詳細を説明している時間はありません。車で、できるだけ遠くへ逃げてください」
     ガソリンは、長くは保たないかもしれない。
     それでも、今、この場から離れられれば、潰えかけた未来を繋ぐことができる。
     疑問を抱いたまま、しかし紗里亜に言われるまま車に乗りこむ学生たち。
     最後まで車に乗るのを渋っていた女子学生が、叫んだ。
    「あ、あなたたちは? さっきの子だって死んじゃうわ!?」
     薫に託されていらい、手を握り続けていた女子学生だ。
     切の手を引っぱる。
     一緒に車に乗ろうと、言っているのだ。
     切は驚いたように顔をあげた。
    「私たち……戦う、から」
     その時だ。
     灼滅者たちから距離を置いていた2体のスケルトンが、天上へ向け、弓を構えた。
    「『ミッション・スタート!』」
     いちはやく動きを察知した星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)が、指の間に挟んだカードを掲げ、その手にマテリアルロッド『Zauberer』を喚び寄せる。
     あの日。
     あの惨劇の後。
     優輝はこの杖に誓った。
     ――もっと強くなる。
     ――『代償』を必要とする力など、頼らずとも良いように。
    「阿佐ヶ谷の悲劇は、絶対阻止してやる……!」
     決意をこめた魔法の矢がはしる。
     矢は1体のスケルトンの肩を貫通し、攻撃態勢を崩すことに成功。
     しかし、もう1体の矢は止めきれない。
    「佐竹!」
    「攻撃を、切り替える……!」
     鬼神の腕が届かないと判じ、佐竹・成実(口は禍の元・d11678)はすぐに光を念じた。
     間一髪。
     鋭い裁きの光条がもう1体のスケルトンを撃ち、その態勢が崩れた。
     衝撃で弦は弾かれたが、矢は的外れな方向に飛んでいく。
     明けの空に、闇の流星が消えた。
    「さあ、急いで!」
     見かねた紗里亜が念押しの声を発すると、女子学生はしぶしぶワゴン車に身を押しこんだ。
     最後まで離そうとしない手を、切がそっと、両手で包みこむ。
    「……大丈夫……」
     女子学生は唇を噛みしめ、目に涙をためていた。
     男子学生のひとりが、その手を無理やり引き離す。
    「いくで!」
     運転席に乗りこんだ男子学生の一声で、すぐに、ワゴン車の扉が閉ざされた。
     阿佐ヶ谷の外へ向かい、全速力で去っていく。
     たった一瞬の邂逅。
     もしかしたら、もう二度と、出会うことはないかもしれない。
     それでも。
     多くを語り交わすより、雄弁に。
     この手に残るぬくもりが、女子学生の言葉を伝える。
     ――きっと。きっと無事でいて。
     緊張でかたくなになっていた心が、和らいでいく。
     切はそっと、両手を握りしめた。

    ●終の境界
     一般人の避難が終わり、次はガソリンスタンドへの引火を避けるため、敵をさらに遠ざけていく手はずだ。
     灼滅者たちはガソリンスタンドに背を向けぬよう、攻撃を撃ちこまぬよう注意しながら、少しづつ敵を誘導していく。
    「ゾンビ2体は『ディフェンダー』。あっちのスケルトン2体は『メディック』だなー」
     攻撃を続けるにつれ、アンデッドがどの立ち位置で動いているのかが見えてくる。
     特に、雪春は時おり攻撃に鏖殺領域をおり混ぜ、敵の癒し手をかく乱していた。
     先ほどから癒しを施すのは弓手の2体で固定されている。
     薫はゾンビへ、聖太と椿は積極的にデモノイドへ枷を与えていたが、いずれも2体のスケルトンによってことごとく解除されてしまっていた。
    「あの2体が『メディック』なのは、間違いなさそうだな」
     聖太へ向けられた攻撃をその身に受け、傷を負いながら、椿も敵の動きを見定める。
     そうとわかれば積極的にデモノイドを攻撃し、アンデッドたち自身に回復の機会を与えないという手が、使えそうだ。
     残る1体のスケルトンがどのポジションかはわからない。
     だが、弓を持った癒し手は最優先で潰すよう、あらかじめ皆で決めている。
     となれば、まずはその敵を集中して狙うまで。
     優輝は目したスケルトンめがけ、『Zauberer』を振りおろす。
     ――こんなところで、負けるわけにはいかない。
     気迫とともにロッドを打ちすえ、スケルトンの頭蓋を木端微塵に吹き飛ばす。
     頭蓋を失ってなお、スケルトンは弓を構えた。
     己の身を差し置き、最期の最後に癒しの矢をデモノイドへと捧げる。
     力尽きたようにばらばらとその身を崩すと、一瞬で塵と化す。
     一方、薫は引き続きゾンビと相対していた。
     バトルオーラを練りあげ、雷をまとった拳で腐った肉体を穿つ。
     一瞬の後、ゾンビは溶解して灰と消える。
    「まずは2体!」
     ガッツポーズを掲げるも、本来は列攻撃で一気に牽制する手はずだった。
     だったのだが――、
    (「いろいろ置いてきちゃったみたい、なのよね」)
     まさか、とは思ったが、手元にないものは、使いようがない。
     それでも回復を含め、3つのサイキックが手元にあっただけ、幸いだった。
     ――2つあれば、見切られずに済む。
     最低限とはいえ、戦う術はある。
     あとは己の腕と、頭脳と、ヒトのもつ無限の力を信じて、立ち回るまでだ。
    「デモノイド、この俺が相手だ!」
     聖太はWOKシールドを構え、再び殴り掛かる。
     狙う『怒り』は再三解除されてしまうかもしれない。
     だがそれも、癒し手の動きを固めるには有効な一手だ。
     ――アンデッドとともに行軍するデモノイド。
     ――そのデモノイドを支援する、アンデッド。
    (「裏で何か、大きいことが起こっているようだけど」)
     成実はひとまず戦闘に集中するべく、両の手に集めたバトルオーラに意識を戻す。
    「すべて倒せば、問題ない……!」
     気合とともに放ったオーラキャノンが、残るスケルトンを吹き飛ばす。
     すでに幾重にも攻撃を受けていた骨はたやすく崩壊し、乾いた音を立ててアスファルトに散乱。
     一瞬で塵と消える。
    「これで3体目、ですね!」
     紗里亜が声をかけ、仲間たちを鼓舞する。
     すぐに紗里亜と切の光輪が舞い、椿と薫に癒しと盾を施す。
     癒し手が倒されたとみるや、最後のスケルトンが動いた。
     メディックに移ったのだ。
     ――癒し手は、なにをおいても真っ先に、潰す。
     ロッドを振りかざす優輝に迷いはない。
     眼前のアンデッドを、そしてデモノイドを倒さねば、阿佐ヶ谷の未来はないのだ。
    「くらえ!」
    「そのまま、滅びろ……!」
     優輝のマジックミサイル、成実の裁きの光が戦場を照らす。
     連撃を受け、スケルトンは片腕を砕かれ、肋骨のいくつかを失った。
     雪春は静かに手を掲げ、赤いオーラをまとった、禍々しい逆十字を出現させる。
     すべらかな白骨に、紅のオーラが色をさした。
     『夜色パラドクス』は静かに目を細め、小首を傾げる。
    「バイバイ?」
     瞬間、スケルトンの全身にヒビが入り、声なき怨嗟をあげながら一瞬で塵と化した。
     行先を見失った闇色の流星が、見当違いの方向へ飛んでいく。
    「やった、4体――」
     薫が喜んだのもつかの間、
     ――オオオォォォォォオオ!
     デモノイドがひときわ大きな咆哮をあげた。
     ディフェンダーたちが駆けるよりも早く、強烈な衝撃派が前衛陣を襲う。
     至近距離に居た椿・聖太の2人が遠くへ投げだされ、薫・優輝・成実も攻撃を受け、地面を転がる。
    「ッ痛ぅ……。春の新色なのに、台無し」
     薫は血の混ざった唾を吐き捨て、乱暴に唇の端を拭った。
     淡く、さわやかな色合いの衣装は、大部分が赤黒く染まっている。
     蓄積した傷が痛む。
     それでも、薫は唇の端をもたげ、笑った。
    「こんな格好で、ハラワタをブチ撒けて死にたくないわ」
    「すぐ……回復、する……!」
     紗里亜と切はもっとも傷の深い椿と聖太を癒し、残る者たちは己の手で傷を癒した。
     ただ一人攻撃を回避した雪春が仲間たちの前に立ち、残るゾンビに解体ナイフを叩きこむ。
     立ち回りながら、とりとめもない思いが脳裏をよぎる。
    (「あれって、元は人間だったんだよなー」)
     蒼い巨躯や容赦のない攻撃を見る限り、その面影はどこにも残されていない。
    (「こんなのになったら、もう助かんねぇよな」)
     雪春は冷めた桃色の瞳で、デモノイドを見あげる。
     ただただ、破壊に殉ずる蒼い異形。
     万が一、『それ』が可能だったとしても。
     もはや雪春たちは、敵として相対してしまった。
     境界を、踏み越えてしまった。
    (「――だから、たぶん。もう届かない」)
     そんな、気がした。

    ●彼岸逝路
     回復手を失った敵陣はもろく、残るゾンビは仲間たちの総攻撃を受け、容易く倒れた。
    「上代さん!」
     聖太の声に、椿が頷く。
    「知能がないヤツくらい、完封しないとな!」
     ようやく己の本領発揮とばかりに、椿の炎が勢いよく逆巻き、蒼い異形をのみこんだ。
    「どんな巨体にも弱点はある。そこを突き――斬り裂くッ!」
     同じく、牽制に徹していた聖太が忍刀『那智の滝』を逆手に持ち、一閃!
     猛る炎を、毒を、仲間たちの架した枷を、より強固に重ねていく。
     ――グオオォォォオオオ!
     傷を負えば負うほど、手負いの異形は身をよじり、激しく暴れまわる。
     勢いにまかせて振りかぶった衝撃派が仲間たちを捕える寸前、薫と椿が駆けた。
     ふたつの身体が、宙を舞う。
     弧を描いて落ちた2人の身体は、アスファルトに打ちつけられたまま、動かない。
     緒戦から打たれ続けた彼らの身は、もはや限界だ。
    「朝霞! 上代……!」
     切が駆け寄り、血に濡れた身体を戦場から遠ざける。
     魔力を乗せた旋律で仲間たちを鼓舞した後、倒れた2人の代わりには、紗里亜が戦線に立った。
     バトルオーラを燃えあがらせ、凛とした瞳でデモノイドを見据える。
     敵は強大だが、負けるわけにはいかない。
     必ず、勝たねばならない。
    (「――せめて、手の届くところは守りたい」)
    「今度は、私が相手です……!」
     祈りをこめた拳を、至近距離から撃ちはなつ。
     怒涛の連撃の後、渾身のとどめが異形の態勢を崩した。
     間をおかず、予言者の瞳を宿した優輝が至近距離から『Zauberer』を叩きつける。
     魔力の奔流がデモノイドへと流れこみ、その背が弾けた。
    「まだまだ……!」
     成実はふくれあがった己の腕を振りかぶり、拳を固める。
     デモノイドの横っ面に、鬼の拳がめりこんだ。
     振りきった勢いで首筋がよじれ、異形を拘束していた金具がはじけ飛ぶ。
     起きあがろうとする異形の脚を、さらに死角から迫った雪春が斬り裂いた。
     デモノイドの腕はもはや灼滅者を捕える正確ささえなく、むなしく空を切る。
     聖太は軽やかに身をかわし、『那智の滝』を構え、抜き放った。
     焼けただれた異臭が鼻をつく。
     倒れたままの異形に迫り、切り裂く寸前。
     弔いの代わりに、胸中で囁いた。
    (「――さらば」)
     ――オオォォォオオオ……!
     断末魔をあげ、蒼い巨躯が溶け崩れていく。
     聖太は朽ちていく骸に背を向け、学生帽を目深に引きさげた。
     そうして静かに、宣言した。
    「任務、完了」

     戦闘後。
     切は儀式用の短剣を探すため、戦場跡を歩いた。
     だが、それらしき剣はどこにも見当たらず、結局、仲間たちとその場を後にした。

     そぞろ歩く屍鬼は、もう居ない。
     阿佐ヶ谷の街に、ようやく、朝日がさしこもうとしていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263) 上代・椿(焔血・d02387) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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