恋心、砕けて

    ●直海
    「――別れようって、どういう意味!?」
     直海は恋人の腕に……恋人であると思っていた男の腕にしがみついた。しかし男は、その腕をやんわりと、しかしきっぱりと振り解き。
    「言葉通りの意味だよ。もう会うのを止めようってことさ」
    「なによそれ!」
     直海はかすれた声で叫ぶ。
    「私が卒業したら結婚しようって言ったのは、嘘だったの!?」
     男は表情も変えずに肩をすくめる。
    「あんな冗談を真に受けてたのかい?」
    「……冗談?」
     ぐらりと足下が揺らぐ。いや、揺らいでいるのは今日まで彼女が信じていた世界。
     この男を信じることでできあがっていた世界。
    「言いつけてやる、学校に」
     直海は呻くように言った。
    「言いつけてみれば? 僕もクビになるかもしれないけど、君も退学になるのは確実だね」
     男は余裕の表情を崩さずに応える。
     直海はぎり、と唇を噛む。
     悔しいが、男の言うとおりだ。この名門女子校がこんな不祥事を許すとは思えない。
     そして直海は悟る。男ははじめから遊びのつもりだったのだと。直海が絶対に学校や親に話せないことを見越して、甘い言葉で騙して弄んだだけ。
    「(私が馬鹿だった……)」
     こみあげる感情は、怒りと悲しみ。青春をこんな男のために無駄にしてしまったという後悔。
     視界が赤く染まるほど激昂しているのに、涙は出ない。握りしめた拳を振り上げることもできない。その代わり胸の奥に、すさまじい勢いで黒々とした固まりが膨れあがり――。

     ピシリ。

     直海のどこかに亀裂が入った。

     ピシ、ピシ、ピシ……。

     そして、それを皮切りにして、全身で次々と何かがはじける音が続いた。直海という殻を破り、何かが出てこようとしているかのよう。

    「……お、おい、直海、どうした?」
     男の声が、動揺している。
    「(どうしたもこうしたもないわよ!)」
     言い返そうとして、直海は自分の喉が言葉を発さなくなっているのに気づく。発生できたのは、
    『キシャァアアアッ!』
     という、軋んだような吠え声だけ。
     その間も、直海の全身はピシピシとはじけ続けて巨大化、そして異形化を続ける。筋肉が露出したような青白い不気味な皮膚に覆われ、片手の先は大きな刃物に変形し、狼のような鋭い歯が覗く大きな口を持つ化け物に。
    「ひぃ……」
     男の悲鳴とドサリという音に顔を上げると、尻餅をついた無様な姿と、ひどくおびえた顔が目に入った。不思議なことに、男が妙に低い位置に見える……いや、直海の視点が上がったのだ。
    「(私、こんなに背が高かったっけ……?)」
     薄れていく自我の片隅で、直海はぼんやりとそんなことを考える。
     しかし、次の瞬間、強烈な殺意に襲われる。
    「(――そうだ、こんな酷い男は、殺してしまえばいい!)」
     直海は左手の刃を一閃した。まるで生まれた時からそこに刃が生えていたかのような、躊躇無い滑らかな動作で。
    「ギャアァァァァアアア!」
     男の首と、血しぶきが、飛んだ。
     
    ●デモノイド出現
    「――ご推察通り、静寂・直海(しじま・なおみ)さんを捨てた男は、彼女が通う女子高の教師です」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は、怒り混じりの声で。
    「こんな男、助ける値打ちもないですが、直海さんの方はまだ救えるかもしれません。デモノイドになったばかりの状態ならば、まだ人間の心が残っている場合がありますからね。彼女の心にしっかり訴えかけた上で灼滅すれば、デモノイドヒューマンとして救出できる可能性があります」
     集った灼滅者たちは力強く頷く。こんな男に捨てられたからって、闇落ちするほど絶望する必要はない。まだ若いのだから、いくらでもやり直しは利くのだ。
     典は説明を続ける。
    「救出できるかどうかは、デモノイドとなった者が、どれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかに掛かっています。デモノイドとして人を殺してしまうと人間に戻りたいという願いが弱くなり、助けるのは難しくなってしまいますから、介入のタイミングはよく考えてください」
     灼滅者のひとりが、いいこと思いついた、というように手をひとつ叩いて。
    「ねえねえ、直海さんが異形化する前に接触して、男と引き離して慰めてあげるってのは駄目?」
     残念ですが、と典は首を振り、
    「事件が起きる前に介入すると、せっかく予知できたタイミングではなく、後日、違うタイミングでデモノイドになってしまう可能性がありますので、むしろ被害を防ぐことが難しくなってしまいます」
     そうか……と、灼滅者たちは無念そうに溜息を吐く。
    「そういうことなら、彼女が異形化するまで隠れて見張ってて、男に襲いかかる寸前に介入するしかないな」
    「ええ、それがいいでしょう」
     典は頷いて、作戦へと話を移す。
    「学校への侵入方法ですが、現場は裏庭、時間は放課後ですので、女子はこの学校の制服を着れば問題なく動けるでしょうし、男子もプラチナチケットを使うとか、それが無くても塀を乗り越えて潜入できると思います」
     広げられた学校の見取り図によると、裏庭は塀を乗り越えてすぐだし、隠れていられそうな植え込みなどもある。作戦的にはそれほど問題は無さそう――だが。
     灼滅者のひとりが、皆の疑問を代表するように。
    「……なあ、どうして直海さんはデモノイドになったんだ? 他のダークネスと違って、デモノイドはソロモンの悪魔の儀式とか、例の短刀とかによって変化させられるモノだろ?」
    「それは、不死王戦争で蒼の王コルベインが倒れた結果です。そのサイキックエナジーが日本全国に拡散していき、その影響でデモノイド化する人間が出現しているようなのです。直海さんも本来は、他のダークネスになる可能性を持っていたのでしょう」
     先日の戦争の影響!?
     驚く灼滅者たちを典は見回して。
    「デモノイドの救出は難しいですが、このタイミングだったら成功の可能性は大いにあります。この時点で予知できたことを幸いと思って、どうか頑張ってください!」


    参加者
    椙森・六夜(靜宵・d00472)
    呉羽・律希(凱歌継承者・d03629)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)
    高野・ひふみ(殺人鬼・d11437)
    柾・菊乃(同胞殺しの巫女・d12039)
    キング・ミゼリア(トノサマキングス・d14144)
    楠木・朱音(破邪の咆吼・d15137)

    ■リプレイ

    ●放課後の潜入
    「よっ……と」
     楠木・朱音(破邪の咆吼・d15137)は、懸垂の要領で高い塀の上に顔を出し、中の様子を窺った。
    「大丈夫。今なら人気は無い」
     朱音は先にかさばるバッグを投げ入れてから、軽やかに中へと消えた。
     キング・ミゼリア(トノサマキングス・d14144)と、近衛・一樹(紅血氷晶・d10268)が続く。
    「男子は結局全員塀を乗り越えて侵入か……まあね、せっかく女子校に潜入するんだから様式美を大切にしておこう」
     最後に椙森・六夜(靜宵・d00472)が呟いて、背後を確かめてから塀を乗り越えた。高くて頑丈な塀であるが、灼滅者たちには何ほどのこともない。
     降りたところはうっそうとした裏庭。木々を透かして古びた西洋館風の校舎や煉瓦造りのチャペルが見える。
    「色恋沙汰にはあまり関わりたくないんですけどね……でも、今回の原因は明らかに男性ですし、私も男性である以上、しっかり救出しませんと」
     一樹はぶつぶつと呟きながら、咲き始めのツツジの植え込みの蔭に隠れた。
     キングもその隣に大柄な体を一生懸命隠しながら、
    「そろそろ女の子たちも着く頃かしらね? ……それから、直海ちゃんたちも」

    ●堂々たる潜入
    「私、説得は不得手なのです……上手く考えを伝えられるといいのですが」
     高野・ひふみ(殺人鬼・d11437)が、無表情ながらも幾分不安そうに言った。
    「私は直海さんの気持ちは痛いほど解ります……」
     呉羽・律希(凱歌継承者・d03629)はせつなげに首を振り、
    「手酷い失恋のあげく怪物になんて、絶対させないから!」
     リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)は力強く拳を握る。
    「そうですね、ただの人間にも悪人はいるし、逆にダークネスにも、きっと……」
     と、柾・菊乃(同胞殺しの巫女・d12039)が感慨深げに呟いた時。
    「あら、あなたたち、見かけない顔だこと?」
     裏庭へ向かっている4人に、通りかかった女教師が声をかけた。この学校の制服は着ていても見るからに西洋人であるリリアナに目を止めたらしい。
     マズい……!
     4人は目配せしあい、この場を乗り切るのに使えそうなESPを思い浮かべたが、とっさにリリアナが、
    「あ……I am a foreign student and have just come to this school recently. I do not understand Japanese well yet!」
     英語を早口でまくし立て、教師が怯んだ隙に、
    「ごきげんよう~♪」
     と、いかにもお嬢様学校の生徒らしい挨拶と笑みを残し、4人は早足で逃げた。

    ●裏庭の修羅場
    「――別れようって、どういう意味!?」

     裏庭に無事集合した灼滅者たちは、植え込みの蔭で息を潜め、目の前で繰り広げられている修羅場に目と耳を凝らしていた。

    「言葉通りの意味だよ。もう会うのを止めようってことさ」
    「なによそれ! 私が卒業したら結婚しようって言ったのは、嘘だったの!?」

     予知で詳しく聞いていたシーンではあるが、いざ目の前にすると痛々しい。
    「(どうしてあんな酷いこと言えるの! 見ていられない……直海先輩かわいそうだよ)」
     リリアナは目を逸らす。

    「言いつけてやる、学校に」
    「言いつけてみれば? 僕もクビになるかもしれないけど、君も退学になるのは確実だね」

    「……この男、むしろ俺が殴りたい」
     朱音が思わず呟く。
     気持ちはわかるが今は我慢して、というように、一樹が背をぽんぽんと叩いた……と、その時。

    「……お、おい、直海、どうした?」
     嘲笑うようだった男の口調が突然変わった。
     灼滅者たちは直海の姿に目を凝らす。深くうつむいた直海の、豊かな髪に隠された肩から首にかけてのラインが、クラシカルな制服を持ち上げるように内側からぐうっと盛り上がっている。
    「(始まったか!?)」
     灼滅者たちはカードに手をかけ、いつでも飛び出せるように身構える。
     バリッ、と音がして直海の制服が肩から背中にかけて大きく裂けた。そしてそこから、むくむくと青白い筋肉繊維のような物体が盛り上がってくる。まるで直海の体内で孵った寄生動物のように。
     しかし、灼滅者たちでさえ驚きに目を見張る怪現象であるのに、当の直海は硬い表情でうつむいたまま。
    「ひ、ひい……」
     男がひきつった悲鳴を上げて尻餅をつく。
     その悲鳴に直海は顔を上げる。
     そうしている間にも、直海から孵った異形はみるみる増殖し、彼女をくるみこむように巨大化していく。いびつに太い左腕には夕暮れの光にぎらりと光る巨大な刃が形成されていく。
    「……今や!」
     一樹が眼鏡を外して声をかける。灼滅者たちはカードを解除しながら飛び出した。
     現場に駆け寄りながら朱音は殺界形成をかけ、
    「さて、お仕事です」
     ひふみは冷静な声でコードを唱え、
    「さぁ、戦劇を始めようか!
     律希はソードを華麗にひらめかせる。
     六夜は、
    「本多さん、来い!」
     ライドキャリバーを呼び寄せ騎乗し、まっしぐらに男へと向かう。
     変化途中の直海は、突然灼滅者たちに取り囲まれ驚いて動きを止めた。
     が、すぐに囲みを突破しようと足を踏み出した。視線の先には、騎乗した六夜にベルトを引っ掴まれ引きずられて脱出しようとしている恋人が。
    「追いかけてはいけない!」
    「直海さん、感情のままに動いては駄目!」
     灼滅者たちは必死に立ちふさがる。
    「ナンナノアナタタチ……ダレ?」
     半ばデモノイド化しつつも、直海は人語を発した。しかし声は、先ほどまでの大人になりつつある少女の甘やかな声とはうって変わった、くぐもって妙に太く響く不気味なものに変わっている。
    「気持ちは痛いほど解りますけど、感情に流されては駄目です!」
     律希はソードを突きつけ必死に叫ぶ。
    「ホットイテヨ!」
     直海は灼滅者の輪に飛び込み、刃を振るう。
     前衛を刃が切り裂く。しかし灼滅者たちはそのままふんばり道を開けることはしない。
    「その程度の傷、すぐ癒すよ!」
     リリアナが清めの風で、朱音がシールドリングで素早く回復を施す。
    「直海ちゃんのバカァッ!」
     キングが跳躍すると、王笏で手加減攻撃を見舞った。
    「話くらい聞いてちょうだいよ!」
    「そうだよ、俺たちは君を救いに来たんだ。あとは、ナンパかな」
     六夜も男の避難を本多さんに任せ、説得の輪に入ってきた。
     朱音も頷いて。
    「一時の感情で、貴女に人間辞めさせたくないんだ。まだ引き返せる。姿含めてな」
     ひふみが静かに言う。
    「貴女自身気づいているでしょう? 身も心も人間でなくなってきていることに」
    「ニンゲンデ……ナイ?」
     直海は半ば異形と化している自分の体を見下ろした。人間としての理性と自我が薄れつつある彼女に、自らはどう見えているのか。
    「モドレナイ……?」
    「いいや、心から人に戻りたいと願うなら、必ず俺達が助ける。元の姿にも戻れるし、直海さんならきっと、新しい力を得て更に魅力的になれるよ。だから、人であり続けようとすることを諦めないで欲しいんだ。」
     六夜が紳士的な笑みで言いきかせる。しかし半ばデモノイドの組織に隠された直海の目がぎらりと光る。
    「オマエ……センセイヲドコニカクシタ!? コロシテヤルッ!!」
     グワァ、と直海の喉の奥から獣めいた叫びが上がり、再び刃を振り上げて灼滅者の囲みを振り切ろうとする。
    「駄目です、人間を殺したら戻れなくなってしまいます!」
     菊乃が丸太丸で受け流そうとするが、かわされる。
    「わたしが……」
     ひふみがライドキャリバーのよいつのハンドルを切り、直海の進行方向へと体を入れた。巨大な刃がざっくりと食い込み、ひふみはドゥと倒れる。
     小さな体から流れ出す鮮血に怯んだのか、直海は立ちすくむ。
    「今回復を!」
     リリアナの回復をうけながら、ひふみは苦しげに、しかしひたと直海を見つめ。
    「よほどお相手の方を信じ想っていたんですね。こうして身姿を変じ力を得ることがそのお心を守る方法だったなら、それだけ強い想いを抱ける貴女にむしろ感服致します」
    「それだけ、大好き、だったってことですよね? 先生の気持ちは紛い物だったのに、あなたはこんなに真剣で」
     菊乃が涙目で言い、リリアナも悲しげに。
    「そうだね、どれだけ悲しかったんだろう。悔しかったんだろう。ボクらには想像できないほど本気だったんだよね」
    「……スキ、ダッタ」
     ぽつりと直海が言った。
    「デモ、ダマサレタ。ウラギラレタ」
     キングが優しげに語りかける。
    「ねえ、直海ちゃん、アナタ今、恋なんてしなきゃよかったって思ってる? 恋なんてした自分が大嫌いになっちゃった?」
     直海はこくりと頷く。
    「でもね、アナタには楽しい思い出もいっぱいあったはずよ。ご両親や友達に会いたいとは思うわよね。でも、その姿じゃ無理でしょ?」
     また直海はこくりと頷いた。
     残り少ない理性と自我で、精一杯考えているらしい。
     一樹が一歩踏み出して。
    「なあ、誰しも人生いいことばかりやないで。せやけど、経験ちゅうもんはな、人を強くしてくれるんや。だからお前はひとつ強くなって、人間に戻ることができるんやで」
    「そう、貴女は素敵な女性!」
     律希が劇中のようにりりしい立ち姿で。
    「相手を心から信じられる一途さは美徳です。あんな男の所為で青春どころかヒトの人生をやめるなんてあまりに勿体ない。いつか素敵な人と出会えるはずなのに!」
    「そうだよ、いっそ新しい学校で気持ちも新たにやり直してみるってのはどうかな?」
     そう言った六夜に向ける直海の視線に、凶暴な光は失せている。
    「実は俺たち、あんたに負けず劣らずの化け物でさ」
     と、朱音がフェニックスドライブを発動し炎の翼を現した。直海はその美しい翼に見入る。
    「こんな俺らでも許容される学園……っていうか、世界があるんだ。男はあんな奴ばかりじゃないし、あんたの知ってる世界だけじゃないんだぜ。一緒に来ないか、俺らと」
     キングが頷いて。
    「武蔵坂学園は、アナタの助けになる人が沢山居る場所よ」
    「しかも共学だよ」
     と、六夜が付け加える。
     直海は考え込んでいるようだった。異形化は完成間近で止まっていて、顔や上半身などに、人間部分がわずかながら残っている。人間としての理性や自我が残されている印かもしれなかった。
    「……ドウスレバイイ?」
     小さな声で直海が訊いた。
    「私たちが貴女に寄生しているモノを倒します。貴女はその間、人間に戻りたいという気持ちを強く持ち続けてください」
     ひふみが冷静に、しかし幾分ホッとしたように説明し、直海はためらいがちに頷いた。
    「じゃあ、いくで。頑張って耐えてや」
     一樹は氷茜をぶんと振り、
    「直海先輩が女の子に戻るの、手伝うからね!」
     リリアナは護符を握りしめる。
    「……悪いが、行くぞ!」
     六夜が槍を突き出し妖冷弾を撃ち込んだのを皮切りに、灼滅者たちは一斉に直海にかかっていく。キングは鬼神変を叩き込み、ひふみは黒死斬を仕掛け、同時によいつに機銃掃射を命じて足止めを狙い、一樹は自らを槍と化して飛び込んでいく。
    「お前の辛さは一撃の重さ、ってか!」
     直海は連続攻撃に耐えかねて叫び声を上げ、刃を振るうが、朱音とリリアナは傷ついた仲間に次々と回復を施していく。
    「誰も倒れさせないよ!」
    「直海さん、自分を見失わないで、心の闇に負けないで!」
     律希が叫んで輝く剣を直海に叩き込み、
    「貴女の世界はまだ終わっていません。海のように広がる世界を、人として真っ直ぐに生きるの……直海さん!」
     菊乃は丸太丸を軽々と振り回し、戦艦斬りを見舞う。
     悲鳴を上げ刃を振るいつつも、灼滅者たちの励ましに支えられ直海は良く耐えた。灼滅者たちも傷つきながら、絶えず直海に語りかけ、そして攻撃を加え続けた。
     ついに……。
     重たい音を立て、青い半異形が地面に倒れた。
     しかし、寄生はまだ溶けない。
    「まだ駄目でしょうか?」
     菊乃がつらそうに唇を噛んで丸太丸を構える。
    「待って」
     キングが王笏を手に踏み出す。それを思いっきり振りかぶると。
    「ごめんなさいねっ、これで終わりよ!」
     頭部に手加減攻撃を叩き込んだ。
     王笏は青い組織にグシャリとめり込み……そこからぐずぐずと組織は溶け崩れ始め……そして灼滅者たちが固唾をのんで見守る数分のうちに、そこには眠る直海だけが残った。

    ●お灸と目覚めと
    「……うう、ここはどこだ? うっ、頭が痛い」
     目覚めた、というか灼滅者たちにひっぱたかれて目覚めさせられた直海の元恋人の男は、地面に転がされたまま目をしばたいた。本多さんに乱暴に振り落とされたため、校舎の角に頭をぶつけて昏倒していたらしい。
    「随分好き勝手やってたみたいだが、天網恢々疎にして漏らさずって奴だ」
     朱音がすごみを利かせる。
    「な、なんだ君たちは?」
     律希も目を細めて冷たい声で。
    「悪い夢を見ましたね。でも貴方が心を改めないと現実になるかもしれません」
    「ゆ、夢? そ、そうだ直海が化け物に」
    「それは夢ですが」
     菊乃が微笑み、
    「でも、次にまたこんな悪さをしたら、夢ではすまないかもしれませんよ。そう、こんな風に……!」
     腕を一瞬異形化させ、鬼神変を見せた。
    「ひっ、ひいっ!」
     後ずさって逃げようとする男に、
    「これも夢だと思いたいなら、それでも良いさ。だがな……夢と現実の壁など無に等しいのさ……こんな風にな!」
     朱音がフェニックスドライブで追い打ちをかける。
     仕上げに一樹がだめ押しに王者の風を発動しつつ、
    「と、言うことです。二度目はないですよ。わかりましたか?」
     眼鏡の奥の目が怖いまま笑いかけ、4人は男を放置してその場を離れた。

     戦場に近い木陰では、残った者たちの介抱をうけ、直海が目を覚ましていた。朱音持参の毛布にくるまれている。
    「ああ……お帰り」
     朱音が眩しそうに言う。
    「先生は……?」
     直海は青ざめた顔で訊いた。
    「ちょっとお灸を据えておきました。ああ、あくまで精神的に、ですよ」
     一樹が答える。
    「そう……」
     ポロリ、と直海の目から涙がこぼれた。
    「直海さんっ……」
     菊乃が駆け寄って、
    「泣いていいんですよ、大丈夫……顔は隠しておきますからね」
     巫女服の胸にぎゅっと抱きしめた。
     キングが直海の乱れた髪を指で梳きながら。
    「アナタは闇を振り払い、人の姿を取り戻した強い心の持ち主よ。怖いことなんて何もないわ」
    「そうです、素敵な恋もきっと見つかるはずです」
     律希も肩に手を置く。
     ひふみが人差し指で眼鏡を直しながら。
    「ただ、思いの丈を彼に物理的にぶつけるならば、武蔵坂へ転校手続きしてからをお薦めしておきます」
     リリアナも頷いて。
    「うん、先輩自身が後日でも決着つけてくれるといいなって、ボクも思う……」
     オーッホッホッホ! と、突然キングが高笑いを響かせた。
    「これでまた仲間も増えたし、とりあえず大団円ねッ!」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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