guilt ~さよなら、セカイ~

    作者:西東西


     ――カミサマなんていない。
     ――トクベツにならなきゃ、なにも変えられない。

     むせかえるような、生臭い香り。
     血だまりの中心には、出会ったばかりのツインテールの少女が立っている。
     間延びした口調で、お天気の話題でもするかのように、呼びかける。
    「ねー、ジュリ。こんな感じで、どうかなあ?」
     少女の周囲には、8人の少年少女たちが倒れていた。
     みな一様に、腕か、足を落とされている。
     それでも今のところ一命をとりとめているのは、少女が『そういうふうに』加減をしたからだ。
     香坂・樹理(こうさか・じゅり)は眼前に広がる血の海を前に、腰を抜かし、動けずにいた。
     だが内心、少女に喝采をおくってもいた。
     ――己を虐げる者たちに、罰がくだった!
     これで明日からは、平穏が訪れる。
     やっと、『イヤなセカイ』から逃れられる。
     ――でも、これで終わり?
     ――たったこれだけで、終わりなの?
     樹理の心に、どす黒い感情が生まれ、ぶくぶくと醜くふくれあがっていく。
     己が受けた苦痛は、こんなものではなかった。
     こんなものではなかったはずだ。
    「……まだ足りない。足りないよ」
     大鎌を構えた少女は一瞬きょとんとした後、ぱっと表情を輝かせる。
    「あ、やっぱり? ジュリもそう思う? じゃあ、あたしにいい考えがあるんだー!」
     少女は樹理を立ちあがらせると、一目散に走りはじめた。
     

    「……揃ったようだな。では、説明をはじめる」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が厳かに告げ、いつものように事件についての説明を開始する。
    「六六六人衆・序列第五八八位、八波木々・木波子(ははきぎ・きばこ)。予測により、かのダークネスの足取りがつかめた。よって、きみたちに対応願いたい」
     八波木々木波子は『罪を犯した者を殺すこと』を至上とする六六六人衆だ。
     一度目の事件では少年少女4名の命を。二度目の事件では一般人3名の命を奪い、そのたびに灼滅者たちの前から逃走している。

    「今回ダークネスが姿を現すのは、ある中学校だ」
     1階には1年生、2階には2年生、3階には3年生の。
     1年生から3年生まで、4クラスずつ合計12クラスの教室がならんでいる。
     ダークネスは瀕死の少年少女8人を、校舎内のいずれかの教室に放置。
     1人につき1体のむさぼり蜘蛛を配置しているという。
    「こんな悪趣味なことをするのは、もちろん、きみたちの闇堕ちを狙うためだ」
     むさぼり蜘蛛は、灼滅者の足止めをするよう命令されている。
     そのうえ、
    「……10分だ」
    「えっ?」
    「きみたちが校門をくぐった後、10分が経過した時点で、むさぼり蜘蛛たちは全少年少女を殺害する」
     救出を後回しにすれば、少年少女全員の未来が、確実に潰えるというのだ。
     
    「当の八波木々木波子はむさぼり蜘蛛をともない、夕暮れの屋上を陣取っている」
     そこには一般人の少女、香坂・樹理(こうさか・じゅり)の姿もある。
     樹理は木波子につきしたがい、木波子から離れようとしない。
     むさぼり蜘蛛3体は2人を守り、灼滅者の邪魔をするように動く。
    「気をつけなければならないのは、香坂樹理の存在だ。香坂は八波木々木波子が、己の願いを叶える存在だと、思いこんでしまっている」
     いかに樹理の望みにそった行動をしようとも、八波木々木波子の本性はダークネス。
     10分が経過した後、残る一般人は樹理のみとなる。
     そうなれば、木波子は己の目的を叶えるため、樹理を闇堕ちを狙う小道具として利用することは、想像に難くない。
     
     侵入は正門からのみ。それ以外は予測から外れ、どうなるかわからない。
     少年少女たちの救出は、10分がタイムリミット。
     樹理の確実な安全が保障されるのも、10分までだ。
     あらゆる予測をたて、何度演算しなおしても、一夜の視るヴィジョンからは犠牲者の姿が消えなかった。
     選択肢の数だけ映る、悲惨な未来。
    「……私には、きみたちに託すことしかできない」
     己が視た悲壮な光景を、灼滅者たちに負わせること。
     それを、今ほど苦痛だと思ったことはない。
    「どうか、彼らを。頼む」
     一夜は唇を噛みしめ、灼滅者たちに向かって頭をさげる。

     忌まわしい殺人遊戯が、ふたたび繰りかえされようとしていた。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    上條・和麻(黒炎宿りし二刀流・d03212)
    土方・士騎(隠斬り・d03473)
    野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)
    イーライ・ウォルシュ(キルケニ猫・d04211)
    時宮・霧栖(は神には決して祈らない・d08756)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    暁・紫乃(悪をブッ飛ばす美少女探偵・d10397)

    ■リプレイ

    ●日常
     夕暮れ時の中学校。
     その校門前に、8人の灼滅者たちが佇んでいた。
    「イーライ、きっといい主夫になるよ?」
     先ほど皆で食した味噌汁の味を思いだし、時宮・霧栖(は神には決して祈らない・d08756)が告げる。
    「えへへ、ありがと。お味噌汁食べたし、元気出して行こー!」
     イーライ・ウォルシュ(キルケニ猫・d04211)は長ネギと豆腐入りの手作り味噌汁を準備し、事前に皆にふるまっていた。
     彼らが守るべき、『日常』。
     そのもっとも身近な料理に触れ、改めて、これから立ち向かう『非日常』を想う。
     灼滅者たちが見据える先。
     屋上のフェンス上に、漆黒のツインテールをなびかせ、少女が立っている。
    「八波木々木波子……。これ以上好き勝手にはさせん」
     決意を確かめるように、一・威司(鉛時雨・d08891)は拳を固めた。
     一同は校舎の入口を確認すると、一気に校門を駆けぬけた。

    ●八天秤
     放課後の学校内は不気味なほどに静まりかえっていた。
     意図的に殺戮の舞台をあつらえられたかのようで、いい気はしない。
     だが、生徒たちの姿がないのは、灼滅者にとっては好都合。
     囚われた一般人の安全が保障されるのは、灼滅者たちが校門を抜けてから10分間。
     8人は2人1組のペアを作り、黄昏に染まる校舎内を、走った。

     真っ先に3階へ向かったのは、威司とイーライ。
     階段を駆けあがる途中でスレイヤーカードを解放。
     並ぶ教室は4つ。
     慎重に扉を開いていく。
    「外れだ」
     威司はほっと息を吐き、すぐに次の扉へ。
     だが、二つ目の教室も、三つ目の教室も、敵の気配はなかった。
     となれば――、
     最後の扉を開けはなち、イーライが叫ぶ。
    「一さん……!」
     威司はガトリングガン『H.B.D.0414 mode.18』を構え、視界に入ったむさぼり蜘蛛へ弾丸の雨を叩きこんだ。
     ひるんだ大蜘蛛の死角へ迫り、イーライはバトルオーラを一閃。
     禍々しい色の身体を、躊躇なく斬り刻む。
     節足からくりだされる攻撃を避け、威司は続けざまに閃光百裂拳を放つも、
    「やはり『壁役』か……!」
     連打を受けてなお踏みとどまる蜘蛛のポジションを察し、うめく。
     イーライとともに1体を倒した時には、早くも5分が迫ろうとしていた。

     2階では。
    「殺め、重ねた罪に救済の理無し。……さぁて、いよいよ殺戮演戯の開幕なのー!」
     暁・紫乃(悪をブッ飛ばす美少女探偵・d10397)は唸るチェーンソー『重爪剣"百足姫"』を、大蜘蛛の腹めがけて振りおろした。
     妖の槍『Raphael.』に捻りを加え、霧栖は抉るようにその腹を貫く。
     多足を丸め、転がるように敵が消滅したのを確認し、手早く仲間たちの携帯電話にメールを送信。
     すでに1階から灼滅の報告が届いていたが、まだ8体の灼滅には満たない。
     傷を負った少年をその場に残し、隣の教室の扉を開ければ――、
    「!?」
     扉の真上。
     頭上の殺気に気づき、霧栖はとっさにその場から飛び退いた。
     脇腹に鈍痛が走る。
     見れば防具ごと引き裂かれ、血がにじんでいた。
     隣接した教室に潜んでいた蜘蛛は、灼滅者の気配を察し、待ち伏せていたのだ。
    「……っ! ちょっと、あったまきた……!」
     拳に集束させたオーラに怒りを乗せ、怒涛の連撃の後、教室の壁へ殴り飛ばす。
     紫乃は仕込み鋼糸『殺奪』と重爪剣『百足姫』を眼前で交差させ、軽く打ち鳴らした。
     静かに目を開き、一声。
    「おとなしく灼滅されろなのー!」
     しなる糸が大蜘蛛を捕え、
    「こっちは、急いでるんだよ!!」
     霧栖の『Raphael.』が2体目の大蜘蛛を穿ち、滅ぼした。

     そして、1階。
     この階では、2組4名の灼滅者たちが両端から教室を確認していく手はずだ。
     最も早く接敵したのは、土方・士騎(隠斬り・d03473)と上條・和麻(黒炎宿りし二刀流・d03212)のペア。
     士騎は教室に飛びこむなり、すばやく敵の間合いに踏みこむ。
     空を裂くように振りかぶったマテリアルロッドが、大蜘蛛の頭部を横殴りにする。
     次の瞬間には頭がはじけ、同時に、いくつかの脚が吹き飛んだ。
     異形巨大化した和麻の手が蜘蛛を掴み、とどめに圧し潰す。
    「……他愛もないな」
     つぶやき、倒れた一般人へ目を向ける。
     ――香坂樹理を追い詰めた生徒。
     『罰』というにはあまりにも重い傷を負い、少女は泣きながら倒れていた。
    (「これが、『正義』であるものか」)
    「気をしっかり持て。すぐに戻る」
     士騎が声をかけている間に、和麻がメールで灼滅を報告。
    「土方。もうすぐ3分だ」
     士騎は頷き、身をひるがえして次の教室へ向かった。

     同じころ、1階にて。
     椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)と野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)のペアも、士騎と和麻に続いて1体目の灼滅報告を行っていた。
     すぐに2階からの報告が届き、3体の灼滅が完了したことを確認。
    「野々宮さん、次へ向かいましょう」
     腕を失い、痛い痛いとうめく少年を残し、教室を去る。
    (「……僕は自分のためにダークネスを倒しに来ただけだ。人助けができるほど、善人じゃない」)
     2つめの教室に居た大蜘蛛は戦端が開かれたことを察知し、灼滅者たちを待ち構えていた。
     なつみはそれをWOKシールドでいなし、敵の注意を惹きつける。
     スキを逃さず遠路が死角から斬りこみ、続くなつみの連撃が大蜘蛛を圧倒。
     すぐに2体目の灼滅を終え、仲間の携帯電話に連絡を入れた。

     2階へは、すでに3階担当の威司とイーライが手助けに下り、最後の大蜘蛛を相手にしていた。
     すぐに2体目の灼滅を終えた紫乃と霧栖が合流し、加勢。
     一気に灼滅の運びとなった。
     8体全ての灼滅が完了し、再び全員が顔を合わせる。
     なつみがすぐさま時間を確認。
    「残り、1分とすこしです……!」
     8人の少年少女の安全は、確保できた。
     だがあと1人。
     香坂樹理が屋上に残っている。
    「もはや一刻の猶予もない。このまま斬りこむぞ」
     士騎の言葉が終わるよりも早く、灼滅者たちは階段を駆けあがっていた。

    ●闇のカタチ
     屋上へ続く扉を開け放つ。
     灼滅者たちから距離をおき、赤い空を背に、八波木々・木波子は立っていた。
     間近には3体のむさぼり蜘蛛が配置されている。
    「いらっしゃい、『ナリソコナイ』たち!」
     威司はうむを言わさず『H.B.D.0414 mode.18』で弾幕を展開。
     だが間近に控えた3体のむさぼり蜘蛛が、ダークネスへの攻撃を受け止める。
    「この蜘蛛たちも、『壁』か……!」
     木波子の背に隠れるように、香坂・樹理の姿があった。
     出口のない屋上に、逃げ場のなかった、少女の世界を想う。
     士騎は『殺人刀』で大蜘蛛を薙ぎ、樹理に向かって叫んだ。
    「八波木々を使って、君自身は特別になれたのか! それは君の手を離れた凶器。身勝手な罰が君へ向く前に、全て捨てていい世界か、考えろ!」
     和麻は大蜘蛛の放った糸をその身に受けながら、マテリアルロッドを振りかぶる。
     以前にも一度、まみえた敵。
     宿敵の、ダークネス。
    「八波木々木波子! 人は殺しをした時点で絶対的な悪だ、『断罪』なんて詭弁でしかない。だから俺は、お前の騙る『正義』を認めない!」
     「あ、前にもあったおにーさん!」と指をさした後、
    「べつに、あんたたちに認めてほしいとか、おもってないもーん」
     大鎌を振るい、漆黒の波動で灼滅者たちを薙ぎ払う。
     一方、紫乃は焦っていた。
     予測にあった10分は過ぎた。
    「その子を離せなのー!!」
     せめてダークネスを樹理から引き離さねばならないと、ご当地ビームを放つ。
     だが木波子は攻撃を受けるものの、致命傷には至らない。
    (「この『壁』を抜けられれば……!」)
     なつみは仲間たちの前に出ると、WOKシールドで残る大蜘蛛を殴り飛ばした。
     その一撃で、1体が灰塵と化し消滅。
    「このまま他の人に頼っててもいいの? 一人で解決するのは難しいかもしれない。……けど、自分で解決しなきゃ何も変わらないんじゃないかな」
     同じくWOKシールドで大蜘蛛を攻撃しながら、霧栖も樹理の説得を試みる。
     だが樹理は、ダークネスを見た。
    「あの『ナリソコナイ』たち、いじめっこをみんな助けちゃったよ?」
    「……コロセなかったの?」
     遠路は夜霧を展開し、仲間たちの傷を癒す。
    「でも! ギヨちゃんは、ちゃんとコロシてくれるんでしょう!」
     その言葉の危うさに、イーライは声を張りあげる。
    「誰かを傷つけたら、その時は気付かなくても自分の心も傷ついて……後からその傷が痛くなるよ! 樹理さんはもう十分痛い思いをしたのに、これ以上傷つく事をして欲しくないよ!」
     灼滅者たちの攻撃が2体目の大蜘蛛を灼滅する。
     瞬間、木波子の刃が樹理に向けられた。
    「行ってください!」
    「早く……!」
     残る1体の蜘蛛を、なつみと霧栖が抑えにかかる。
    「『Bois de Justice』? 笑わせるな。機械的に命を殺める者は『正義の柱』どころか悪ですら無かろう!」
    「これ以上、何一つくれてやるものなどないぞ、八波木々木波子……!」
     威司、士騎は地を蹴り、一気にダークネスとの間合いを詰める。
     連携攻撃を繰りだそうとしたその瞬間、
    「きゃああああぁぁ!!」
    「「!?」」
     とつじょあがった悲鳴に、2人が動きを止めた。
     眼前には、木波子に襟首を掴まれ、泣き叫ぶ樹理の姿。
     その隙にダークネスはギロチンを召喚。
     2人の身を容赦なく引き裂いた。
     樹理を手にしたまま、灼滅者たちに迫ろうとした時だ。
    「スキありですのーーー!!!」
     叫ぶ紫乃が狙ったのは、樹理。
     ダークネスを巻きこんで盛大に当身を食らわせ、
    「駆逐してやる……!」
     続く和麻が日本刀『黒刀【無月】』を手に、一閃。
     腕に深手を負い、たまらず木波子は樹理を手放した。
     ダークネスが再び手を伸ばそうとする前に、イーライと紫乃がたちはだかる。
    「反省じゃなくて無かったことしようなんて、ちゃんとごめんなさいってできない弱虫の考えることよ」
    「正直、木波子のやってることに嫌悪や怒りはありませんなの。でも、そうポンポン闇堕ち出されても堪らないの!」
    「君にとってはお遊びだろうけど、アタシ達にとってはすっごく困るんだよね。……とっとと帰ってくれない?」
     最後の大蜘蛛を灼滅し、合流した霧栖も、武器を構えて言い放つ。
     しかし、樹理はそれでも『ギヨティーヌ』――最初に、そう教えられた――の名を呼んだ。
    「ギヨちゃん! ギヨちゃん……!」
     遠路は今にも走ってダークネスの元へ行きそうな少女の腕を掴み、引き止める。
    (「香坂には、僕らよりダークネスの方が正しく見えるんだろう。罪を犯した者を殺すのも、それを助けるのも――」)
     どれだけ叫んでも、どれだけ祈っても。
     世界はなにひとつ変わらなかった。
     ――カミサマなんていない。
     ――トクベツにならなきゃ、なにも変えられない。
     だから少女に頼んだ。
     『断頭台』を名乗る、おそらくトクベツであろう、あの少女に。
     だがダークネスは微笑み、冷たく言い放つ。
    「かわいそうなジュリ。あんたのセカイは、永遠に変わらないよ」
     そうして、樹理へ向かってナイフを投げつける。
     灼滅者たちが庇おうと動いたところで、木波子は一足飛びに灼滅者たちから距離を置き、フェンスの上から身を投げた。
    「ばいばい『ナリソコナイ』たち!」
     手を振りながら去っていく木波子を追いかけ、和麻が校舎下を覗きこむ。
     だが案の定、ダークネスの姿はどこにもなく、
    「アーッハッハッハッハ!」
     高笑いが響き、薄闇に消えていった。

    ●つづく、セカイ
     灼滅者たちはダークネスの撤退を見届けた後、すぐに校舎内へ戻り、傷を負った少年少女たちの元に走った。
     回復サイキックを使える者たちが手分けをして治癒してまわり、なんとか状態悪化を食い止める。
     なかには危険な状態にある者もいたが、これ以上は、彼ら自身の運を天に任せるしかない。
     樹理は傷ついた少年少女たちのそばに座りこみ、うなだれたまま動こうとしなかった。
     一度、少年少女たちの首を絞めようとしたが、紫乃がすぐに気づき、止めた。
    「これ、アタシのアドレス。もしまた何かあったら、ここに連絡して」
     「すぐ会いにくるから」と、霧栖は少女の手にメモを握らせる。
     遠路は救急車を呼び、
    「後はもう、関係ない……」
     と、撤収を提案する。
     遠路の言う通り、もはやこれ以上、この場で灼滅者たちにできることはない。
     だがイーライは最後にこれだけと断ると、ランチジャーから味噌汁を注ぎ、樹理に向かってさしだした。
    「長ネギと豆腐入りのお味噌汁。……あったまるよ?」
     最初は触れようともしなかった。
     だが、器からたちのぼる湯気を見おろし、やがてそっと口をつけた。
    「…………おい、しい」
     言葉とともに、いろんな想いがあふれてくる。
     味噌汁を手に声をあげて泣きはじめた樹理の背を、イーライは優しく撫でてやった。
    「それ、全部あげるね」
    「今度は君の手で、世界を変えてみることだ」
     最後に士騎が声をかけ、仲間たちとともに教室を去った。

     空の色が、黄金から群青に変わる。
     薄闇に包まれながら、樹理ははただ静かに8人の少年少女たちを見ていた。
     ――かわいそうなジュリ。あんたのセカイは、永遠に変わらないよ。
     よりどころとした少女の、最後の言葉が蘇る。
     彼女の言う通りだ。
     私はトクベツになれなかった。
     セカイを変えられなかった。
     だけど、生きてる。
     ――セカイはまだ、ここにある。
     樹理は手渡された紙を握りしめ。
     そしてもう一度、味噌汁を口に含んだ。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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