愛より青し

    作者:西東西

    ●
     雨が降っている。
     うす暗い森のなかを、ひとりの少女が駆けていく。
     異質なのは、その衣装。
     少女は純白の着物――婚礼のための白無垢を着ていた。
     本来であれば身につけているであろう綿帽子や、日本髪のかつら、草履は見当たらない。
     それらは、式場を抜けだした際にかなぐり捨ててきた。
    (「捕まれば、すべてが終わる」)
     走り続けた肺が痛い。喉がひりつく。
     石や木の根が足裏に突きささり、血がにじむ。
     それでも少女は着物のすそをたくしあげ、長い黒髪を振り乱し、前へ前へと足を踏み出し続けた。
     この先には道路がある。
     バスに乗れば、別の地へ行ける。
     少女を連れだした青年の言葉。その先に、未来を想う――。
     その時だ。
     パアンという音が山中に響きわたり、山鳥が一斉に飛びたった。
     声に振りかえれば、黒の紋付き袴を着た男が立っている。
     手にした猟銃を、少女に向け、
    「帰るぞ、瑠美。戻って、式の続きだ」
    「いいえ、戻りません。私は、貴彦さんと一緒に生きます」
     叫ぶなり、少女は背を向け、再び走りだす。
     男は短く舌打ちすると、銃を構えた。
    「……ならばあの男と同じように、おまえも死ね!」
     銃声。
     鮮血。
     全身を襲う、焼けつくような、痛み。
    (「――おまえ、も? まさか、まさか貴彦さんは」)
    「いやああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
     悲鳴がくぐもる。
     繊細な体躯が、次々に醜く膨張していく。
     やがてまだらに染まった着物を引き裂き、青い異形が姿を現した。
    「……な、なんだこれは……!」
     男は猟銃を投げ捨てて逃げだそうとするも、『それ』は腕をひと振り。
     男を大地に叩きつける。
     男が絶命したのを確認し、咆哮。
     消えかける意識のなか、声が響く。
     ――瑠美。きみはこのまま、逃げるんだ。
     ふたりの想いを、遂げるために。
     絶望と哀しみにより生まれ落ちた異形は、ただまっすぐに、駆けはじめた。
     
    ●
    「ひとりの少女が、闇に堕ちようとしている」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)の言葉に、教室に集まった灼滅者たちが息をのむ。
     少女の名は、藍川・瑠美(あいかわ・るみ)。
     高校二年生となる年齢だが、学校には通っていない。
    「旧家の娘で、許婚と結婚することが決まっていた。……いわゆる、政略結婚だな」
     だが婚礼の日、瑠美は想い人とのかけおちを決行。
     森へ逃げるも、追ってきた許婚(いいなずけ)に撃たれ、デモノイドと化してしまう。
    「許婚を殺した後、瑠美は森を抜けた先にある道路へ向かって走る。そうなれば、より多くの被害が出ることは想像に難くない」
     よって、事態が悪化する前にデモノイドを灼滅。
     被害を未然に防いでほしいというのだ。
     
    「接触タイミングは、許婚が殺された後だ」
     許婚の救出はできなくなるが、必ず、そのタイミングとしてほしいと、一夜は念を押した。
     瑠美の闇堕ちは、許婚との対峙が引き金となり、発動する。
     それを灼滅者が阻んでしまえば、予知したタイミングでデモノイド化が発生せず、被害を防ぐ機会を逃してしまう。
     そうなっては、元も子もない。
     なお、デモノイドはとにかく体力、攻撃力が高い。
     殺傷率の高い単体攻撃に加え、咆哮をあげることでマヒを狙う全体攻撃も行ってくる。
     デモノイドヒューマンと同様のサイキックも扱うので注意が必要だ。
     
    「デモノイドになったばかりの状態であれば、多少はひとの心が残っている可能性がある。うまくいけば、灼滅後に『デモノイドヒューマン』として生き残れるかもしれない」
     だが、救出できるかどうかは、瑠美がどれだけ強く人間に戻りたいと願うかにかかっている。
    「藍川は想い人の死を聞き、絶望の果てに闇堕ちする。……説得は、容易ではないだろう」
     人を殺めた事実。
     想い人を喪った事実。
     それらを覆し、瑠美の想いを揺さぶるだけの、決定的な『なにか』。
     それさえあれば、うまくいくかもしれないが――。
     
    「瑠美さんとかけおちした、男のひとは……?」
     ひとりの灼滅者のことばに、一夜は静かに首を振る。
     瑠美を連れだした青年の名は、水無瀬・貴彦(みなせ・たかひこ)。
    「彼は、藍川瑠美を逃がすため、囮として別の道をいき、許婚に撃たれた」
     瑠美がデモノイド化した時、貴彦は山中のいずこかで倒れ、衰弱し、死を待つばかり。
     デモノイド化した瑠美の元へ連れていくことは叶わず、彼女の灼滅・救出後に、貴彦の命は間にあわない。
    「水無瀬貴彦さえいれば、まだ説得の可能性もあったかもしれないが……」
     一夜は視線を落とし、顔を伏せた。
    「ともあれ、どうかできる限りのことを、してやってほしい」
     そう告げ、一夜は深々と頭をさげた。


    参加者
    鉗・あきつ(緋刻・d00281)
    英・糸子(仕合せ糸の紡ぎ手・d00575)
    夜空・大破(白き破壊者・d03552)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    鳴神・千代(星月夜・d05646)
    御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)
    カーティス・シュルツ(小学生デモノイドヒューマン・d17058)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)

    ■リプレイ

    ●藍
     薄闇の森に、雨が降る。
     湿り気を帯びた服が、体温を奪っていく。
     鉗・あきつ(緋刻・d00281)は予測地点に身をひそめ、仲間たちにESP『アリアドネの糸』を展開。
    「まさに、不条理極まりないドミノ倒しのような不幸の連鎖だな」
     赤い糸がお互いを繋いだのを確かめ、四津辺・捨六(伏魔・d05578)は嘆息とともに吐きだした。
    「……でも、助けなきゃ。悲劇は……ここでとめる……」
     ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)も、今回の救出対象者――藍川・瑠美(あいかわ・るみ)と『同じもの』を宿す身。
     悲劇を止める覚悟を新たに、スレイヤーカードを握り締める。
    「現状は最悪ですが、少しでも抗いましょう」
     夜空・大破(白き破壊者・d03552)の言葉に、鳴神・千代(星月夜・d05646)も頷きかえす。
    「水無瀬さんを連れてくる間、瑠美さんの抑え&説得はまかせて!」
     あきつと大破は瑠美の説得の助けとするため、かけおち相手である水無瀬・貴彦(みなせ・たかひこ)の元へ向かう。
     2人が別行動をとる間は、6人でデモノイド化した瑠美と対峙しなければならない。

     準備を整え、待つこと数分。
     予測の通り山中に銃声が響きわたり、山鳥が一斉に飛びたった。
     すぐに複数の足音と、ひとの声が響き、
    「いやああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
     瑠美の悲鳴とともにデモノイド化が発生。
     惑う許婚を一瞬のうちに叩き殺した。
     初依頼でこの事件に臨むカーティス・シュルツ(小学生デモノイドヒューマン・d17058)は、場に満ちた緊張感をひしひしと感じていた。
     予測で聞いていたできごとが、あっという間に展開していく。
    (「何かのきっかけで、自分もこうなるんだ」)
     だが、必要以上の不安は感じない。
     それが、ともにいる仲間たちの存在のおかげだと気づき、深呼吸。
     自分ができることをしようと、武器を握りしめる。
     一方、御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)は殺された許婚の元へ走った。
     『怪力無双』で遺体を運び、大破とあきつに託す。
     ――オオオォォォォォオオ!
     咆哮の後、デモノイドはすぐに駆けはじめた。
    「あっきー、こっちは任せてね!」
     英・糸子(仕合せ糸の紡ぎ手・d00575)があきつへ手を振り、瑠美を追い、走る。
    (「しばらくは、耐えないとだな……」)
     司は2人の姿を見送り、足場の悪い森を駆けた。

    ●哀
     デモノイドと仲間たちの姿を見送り、あきつは許婚の遺体に『走馬灯使い』を施した。
     驚異的な腕力に圧し潰された身体ではあったが、ESPは効力を発揮。
     だが、
    「なんだ、おまえら」
     目を覚ました許婚は、開口一番、2人に疑惑の目を向けた。
    「落ち着いて、話を聞いてほしい。コトが済んだら、ちゃんと解放する」
     あきつが声をかけるも、
    「『解放する』? ……おいおい、何様のつもりだ。この俺を誘拐でもしようってのか」
    (「まずい……!」)
     大破は急ぎ『プラチナチケット』を展開させ、続ける。
    「勘違いしないでください。私たちは、あなたを助けに来ました」
     ESPが功を奏し、許婚は2人が『かけおち狩り』の手の者と理解した。
    「藍川瑠美は、依然逃走中です。状況を打開するには、水無瀬貴彦が必要です」
     ――だから鉗さんを、貴彦の元まで案内して欲しい。
     大破は口からでまかせを告げ、許婚を見据えた。
    「確かに。あの女をおびき寄せるのに、男の死体を使うのはアリだな」
     「ついてこい」と言い放ち、許婚が歩きはじめる。
     連れ立って森に消える許婚とあきつの背を見送り、大破は震えるほど拳を握りしめた。
    (「『あれ』が居なければ、ここまでの悲劇にはならなかった」)
     死してなお、許婚の傲慢さは際立っていた。
     ――状況が許すなら、殺してしまいたいと思うほどに。
     湧きあがる殺意を押しとどめ、大破は仲間たちの元へ走った。

    「あそこだ」
     許婚の指さした方向に人が横たわっているのに気付き、あきつはすぐに駆け寄る。
    「……コレは」
     何度も散弾銃を受けたのだろう。
     全身に裂傷が広がり、目をそむけたくなるような有様だ。
     だがあきつは、努めて平静を装った。
    「案内、アリガトな……」
     「後は、コトが解決するまで逃げてくれ」と、それだけを告げる。
    「いいか。あの女を逃がしたら、おまえらも覚悟しとけよ」
     脅しをかけて去っていく男を見送り、あきつは唇を引き結ぶ。
     許婚に対して思うところはあれど、今は時間がない。
     貴彦は説得の要だ。
     なんとしてでも貴彦を連れていくべく『走馬灯使い』を施すも、許婚の時とは違い、特に反応がなかった。
    「どうして……!」
     何度も、何度もESPをかけなおしたが、貴彦に効果はあらわれない。
     ――もとより、綱渡りのような作戦だったのだ。
     許婚の遺体の損傷の程度によっては、蘇生できない可能性があった。
     許婚との交渉も、言葉ひとつで危うく決裂するところだ。
     貴彦を蘇生できたとて、瑠美のもとへ連れていくに足る言葉があったか。
     瑠美の姿を受け入れさせるに足る言葉があったか。
     また、『走馬灯使い』は死者に『穏やかで自然な死』を迎えさせるためのESPだ。
     死者が『己の死』を自覚しようものなら、ESPの効果が失われる危険性もあった。
     講じた策が失敗した時のことを考え、誰か一人でも別の対策をたてることをしたか。
     あきつは貴彦の傍に座りこみ、地面に手をついた。
     どのみち、それを今悔いているようでは、遅いのだ。
    「……ここまできて、ダメなのか」
     それでも。
     それでも望みを繋ぎたいという希望を抱いて、再びあきつがESPをかけようとした時だ。
     眼前にあった貴彦の指が、かすかに動いた。
    「まさか」
     ふいに、エクスブレインの言葉を思いだす。
     ――瑠美がデモノイド化した時、貴彦は山中のいずこかで倒れ、衰弱し、死を待つばかり。
     作戦では皆、『走馬灯使い』を使い、戦場へ連れていくことばかりが考えていたが。
    「……だれ…………、か……」
     貴彦はまだ、かすかに命を繋いでいた。

     一方、デモノイド化した瑠美を追っていた6人は足止めに成功し、森の中で青い異形と対峙していた。
     すぐに大破が合流するも、闇堕ちしたてとはいえ、圧倒的な攻撃力を誇るデモノイドを前に手加減するだけの余裕はない。
    「藍川さん。聞こえてるか!?」
     捨六は瑠美の打撃を避け、影業『壱影』でその腕を絡めとる。
    「俺たちがやってるのは、勝手な善意の押しつけだってことはわかってる。……それでも! 貴彦さんの意思を汲んで人生続行を望んでくれるなら、僅かでもその闇を灼き払おう!」
    「瑠美さん、闇になんかに心を支配されないで! 水無瀬さんだって、貴女のそんな姿望んでいないよ!」
     巨大化した腕で瑠美の巨躯を押しとどめ、千代も攻撃の傍ら、叫び続けていた。
     だが、灼滅者の言葉が瑠美に届いた様子はない。
    「たかひこさんに言われたんじゃないの? 逃げて、って。……だいすきな人が、きみに言ったんだよ。逃げてほしいって、お願いしたんだよ!」
     声をかけ、糸子は瑠美に掴みかかる。
    「ごめんね、ちょっと痛くするよ」
     そのまま、森の奥の方へと投げつけた。
     瑠美――デモノイドが、たまらず苦悶の声をあげる。
     ――オオオオオオオォォオオ!
     耳をつんざくほどの咆哮。
     司のビハインドがカーティスをかばったが、それ以外の前・中衛の灼滅者たちの感覚が狂わされ、膝を折る。
     すぐさま司が夜霧を展開させ、仲間たちの枷を払った。
     傷が蓄積していた糸子、ビハインド、ポルターは、千代の霊犬『千代菊』とポルターのナノナノ『エンピレオ』が癒して回る。
     降り続く雨の冷たさ。
     届かない言葉の空しさ。
     あらゆる悔しさに打ちのめされながらも、カーティスは諦めない。
     ウロボロスブレイドで瑠美を斬り裂き、動きを封じながらも声をかけ続ける。
    「藍川さんが死んじゃったら、心の中の水無瀬さんも本当にいなくなっちゃうよ!」
     デモノイドの中にいる瑠美を助けたい。
     その一心で、カーティスは仲間がうまく立ち回れるよう、攻撃を続けた。
     救出を強く願うのは、ポルターも同じだ。
     闇に負けなければ、明日を迎えることができる。
     だが、ここで引き留めることができなければ、瑠美に、明日はやってこない。
    「私も、あなたと同じもの宿してる……。だけど打ち勝つことができたから……大切な日常がある。……負けちゃ、駄目……」
     己の利き腕を巨大な砲台に変え、至近距離から一撃。
     毒を宿した『死の光線』が、青い異形を蝕んでいく。
     唸り声をあげるデモノイドに、もはやひとの面影はどこにもない。
    「止まってください! あなたは、『そちら側』に行ってはいけません……!」
     説得に加わりながら、大破は焦りを感じていた。
     あきつの戻りが遅い。
     なにか不測の事態が起こったのか。
     貴彦の元まで、自分も同行した方が良かったのではないか。
     許婚の不遜な態度を目の当たりにしたこともあって、いやな不安を拭い去ることができない。
    (「ここで救えなければ、この物語は本当に何も残らなくなってしまう。それだけは……!」)
     悲劇を、壊す。
     そのために、己はここに居るのだ。
     マテリアルロッドを振りかぶり、大破は打撃とともに魔力を流しこむ。
     内部から破裂する青い異形。
     苦悶の表情を浮かべるのは、灼滅者たちも同じだ。
     長期化する戦闘で、デモノイド、灼滅者ともに、殺傷ダメージが蓄積されつつあった。
     灼滅者たちは回復サイキックがあるものの、瑠美には、その手段がない。
     このまま瑠美の意識が戻らなければ、灼滅は必至。
    「もう、いい加減に目を覚ましてよっ!」
    「暴れないで……これ以上は……!」
     怒りとも、祈りともつかぬ糸子とポルターの悲痛な声に、デモノイドは再び咆哮する。
     ――ウオオオオオォォオ!!!
     仲間をかばい、眼前で司のビハインドが霧散していく。
     消えゆくビハインドは、ただ、主の手を見送った。
     唇をかみしめ、再び仲間たちを癒しながら、司は、それまで胸中に押し留めていた説得の言葉を、吐き出した。
    「お前さ、水無瀬に伝えたいことは、ないの。感謝でも、謝罪でも、愛情でも。居なくなった後に紡ぐ言葉なんて、意味が無い……!」
     連れる少女は、恋人を写しとっただけの虚ろな存在。
     伸べる手も、かける言葉も。
     いくら願ったところで、今さら『本当の恋人』の元へ、届きはしない。
     司は、それをいやというほど、知っている。
    「このままじゃ貴女まで死ぬことになる。貴彦さんの意思に背いて!」
     捨六は縛霊手を掲げ、攻撃しあぐねていた。
     デモノイドの動きは鈍りつつある。
     もう何度か灼滅者たちが立ちまわれば、灼滅となるだろう。
     ――対峙しているのは、もう『瑠美』ではない。デモノイドだ。
     受け入れなければならない。
     灼滅しなければならない。
     だが、灼滅者たちは知っている。
     相対する異形が、かつて少女であったことを。
     白無垢を着た少女の、悲痛な叫びを。
    「身勝手な言い草だってことは判ってる。けど――」
     捨六は迷いを胸に、縛霊手を掲げ、叫んだ。
    「――頼むから! 頼むから俺たちに、貴女を殺させないでくれ……!!」
     その時だ。
    「待て!」
     とつじょ響いた声に捨六は攻撃を中断し、デモノイドの前から飛び退いた。
     声の主は、あきつ。
     デモノイドと仲間たちの間に駆けこみ、荒い呼吸を整えながら、それ以上攻撃をするなと告げる。
     しかし、肝心の貴彦の姿はどこにもない。
     あきつ一人、アリアドネの糸を辿り、戻ったのだ。
    「……だめ、だったんだね」
     カーティスの問いに、あきつは頷く。
     だが、その瞳に諦めの色は見えない。
     あきつはデモノイドの――瑠美の攻撃を避けながら、声をかける。
    「藍川。悪夢から醒める、希望になるように」
     武器を捨て、固く握りしめていた拳を、デモノイドの前に掲げる。
    「……泡沫の夢を、届けよう」
     ひらいた手のなかには、瑠璃石を戴いた、小さな指輪の姿があった。

    ●愛
     その異形に、目とみられる部位は見あたらなかったが。
     デモノイド――瑠美は確かに、指輪を認識しているようだった。
     動きを止めた瑠美を前に、あきつは続ける。
    「水無瀬貴彦から、君へ。これが、最期の伝言だ」
     単身、仲間の元へ戻ろうと決めたあきつに、貴彦が告げたのだ。
     想い人に伝えてほしい。
     きっと今ごろ、泣いているはずだから、と。
     指輪を見つめ、あきつは声を張りあげる。
    「『藍は哀より出でて、愛より青し。……大丈夫。きみは、哀しみを越えられる。どこへだって、行ける』」
     ――……ア……! アァ……ア!
     ひとの声と、咆哮を交えながら、デモノイドが頭を抱え、悶えはじめた。
    「目前の希望を奪われるのは辛い、な。ケド、ともにした時間も、想いも、希望も。貰ったモノは、ちゃんと君に残っているハズなんだ」
     糸子が、あきつをかばうように立ち、続ける。
    「想いを遂げるんでしょ。だったら、そんなとこにいちゃだめだよ。帰っておいで!」
    「そう、あなたは託されているはずです。駆け落ちなんていう分の悪い賭けをしてまでも、成し遂げたかった貴彦さんの想いを!」
     大破は捨六と目線を交わし、改めて攻撃を再開する。
     2人の鬼の腕が青い巨躯を打ちのめし、動きを封じる。
    「水無瀬さんのためにも、瑠美さんは前へ進まなくちゃ。私達も力になれることはするから。だから、負けないで……!」
     続く千代の招いた風が、渦巻く刃となって瑠美を切り裂いて。
     カーティスとポルターは頷きあい、それぞれに武器を構えた。
     瑠美と同じ青の腕に、カーティスは刀を。ポルターは、砲台を抱いて。
    「待ってて。すぐに、助けるからね」
    「……大丈夫……。今、治すから……」
     重い一撃と、死の光線に撃たれ。
     哀しみの青は、泣き崩れるように雨の森に倒れた。

    「よくがんばったね、るみちゃん!」
     人の姿に戻った瑠美に駆けより、糸子がその身を抱きしめる。
     ポルターが手にしていた服をかけてやり、『エンピレオ』と『千代菊』が癒しを施す。
     重ねた千代の清めの風が、傷ついた仲間たちを同時に癒した。
     あきつは周辺に咲いていた野花を摘み、手にしていた指輪とともに、瑠美の手に乗せた。
     瑠美は灼滅者たちから、あらかたの話を聞いた。
     己の命を救ってくれたことも、理解した。
     けれど、「ありがとう」を言うことが、できなかった。
     許婚は、数日のうちに二度目の死を迎えるという。
     貴彦は今ごろ、森の中で死に。
     己だけがこうして、生きている。
     一向に言葉を交わそうとしない瑠美に、司は言った。
    「現実は酷だとしても。後悔が残るより、ずっといい」
     一緒に学園へ来てほしいと語るカーティスや千代の言葉を聞きながら、瑠美は己が生き残ったことの意味を、考え続けていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 12/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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