汝、臨終せよ

    作者:西東西


     ある夜。
     田舎の、民家にて。
     介護ベッドに横たわった老人と、白衣を着た男が向かいあって座っていた。
    「ホスピスはいいところですよ。おなじ境遇の患者さんとも交流できますから、闘病の励みにもなります」
     声をかける男は、この地域で訪問治療を行っている医師だ。
     もう何年も老人の治療を担当し、ともに、辛い時期を乗り越えてきた。
     だが病気は末期症状となり、老人は選択を迫られていた。
     男は紹介先のホスピスの資料を手渡し、静かに微笑む。
    「私も、いつも来られるわけではありません。最後の最期までこの家で独りなんて、寂しいじゃないですか」
     しかし老人は資料を開こうとはせず、視線を落とした。
    「……新尾先生、無理です。金もない、身寄りもない。わしに残っとるのは、もうこの病体と、想い出がつまった家だけなんです」
     健康をとり戻したい。
     けれど治療費はかさみ、貯金は減っていく一方。
     現在の治療費とて、老人にはかなりの負担になっていた。
    「最近、考えるんですよ。このまま、この家で死んでいけたら、どんなに幸せかって」
     病床にあれば、気弱になるのは良くあること。
     医師はその気持ちに寄り添い、患者を励ますのも務めだ。
     しかし、この男は、そうしなかった。
    「……わかりました。では」
     「へっ?」と驚いたように見やる老人を前に、男は立ちあがる。
     拳を握りしめた腕が一瞬で膨れあがり、砲台の形をとる。
    「これで、終わりにしましょう」
     放たれた毒の光線が、老人の痩せた身体を穿った。
     絶命した老人を見おろし、乾いた笑いを浮かべる。
    「は、ははっ! またひとり救った、救ったぞ……!」
     ガチガチと歯を鳴らし、怯えた表情で部屋を去る。
     男の腕は、鮮やかな青色をしていた。
     

    「新しい予測が成った」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)は教室に現れるなり、早々に口を開いた。
    「一般人が闇堕ちし、『デモノイド』と化す事件が発生しているのは、皆も知っていると思う。しかし今回、この『デモノイドの力を使いこなす存在』が確認された」
     ざわめく灼滅者たちを見据え、一夜ははっきりと、告げる。
    「彼の者の名は、『デモノイドロード』。きみたちの手で、丁重に『灼滅』願いたい」

     『デモノイドロード』は、普段は『デモノイドヒューマン』と同じ能力を持っている。
     だが危機に陥った際はデモノイドの力を使いこなし、『デモノイド』として戦う。
     そうして危機が去れば、普段の姿に戻ることが可能なのだという。
    「言うなれば、『己の意志で闇堕ちできるデモノイドヒューマン』、といったところか」
     だが、灼滅者たる『デモノイドヒューマン』と、いつでも闇堕ち可能な『デモノイドロード』では、決定的な違いがある。
     それは――、
    「『デモノイドロード』には、説得の余地がない。仮に説得できたとしても、完全なデモノイド化を促してしまうだけだ」
     デモノイドの力を『悪の心』で凌駕し、押さえこんでいるからこそ、彼らは『デモノイドロード』でいられる。
     ゆえに、戒めとなる『悪の心』が弱まれば、デモノイドの力に支配されてしまう。
    「強大な力を操ることができる一方で、悪の心を失えば、理性とともに全てを失う……。よって彼の者を解きはなつ術は、『灼滅』以外に、ありえない」
     
     今回、灼滅対象となるのは、新尾・伊織(にいお・いおり)という男性医師だ。
     あるホスピスに所属し、周辺地域の訪問治療や在宅ホスピスを行ってきた。
     しかしデモノイドロードと化して以降、すでに何人もの患者を手にかけているという。
    「事件が起きるのは、夜。老人の家でだ。家の中には老人と新尾伊織しか居ない。隠密行動を徹底すれば、よほどのことがない限り侵入に失敗することはない」
     部屋の中も十分に広く、戦闘に不足はない。
     なお、敵との接触推奨タイミングは、老人を手にかけようとする瞬間。
     それより早ければ察知され、逃亡。
     それより遅くなれば、老人は確実に死に至る。
    「人型の時はデモノイドヒューマンのサイキックとシャウト、そして格闘技を扱う。デモノイド化した時も同様のサイキックを使うが、さらに殺傷率が高くなる」
     そして何よりも注意して欲しいのはと、一夜は続ける。
    「『デモノイドロード』は、デモノイド時も知性を持っている」
     つまり、これまで相手にしてきた『デモノイド』とは違い、戦略的な攻撃を行ってくるということだ。
     灼滅を目指すからには、デモノイド化した伊織との戦闘は避けられない。
     十分に対策して欲しいと、一夜は念を押した。
     
    「『デモノイドロード』の中には、完全なデモノイド化を恐れ、悪の心を持ち続けるために悪事を繰りかえす者もいるらしい」
    「…………それ、伊織も?」
     七湖都・さかな(終の境界・dn0116)の言葉に、一夜はかぶりを振る。
    「わからない。新尾伊織は、患者を救いたいのか。殺したいのか……」
     眉根を寄せ、黙りこんでしまった一夜を見つめ、さかなは、こくりと首をかしげた。


    参加者
    刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)
    崎守・紫臣(激甘党・d09334)
    東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)
    鬼神楽・神羅(鬼の腕・d14965)
    神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)
    カリーナ・ランドルフ(パラサイトナース・d17268)
    樺・ハルキ(ショットガンニング・d18007)
    藍沼・樹(カカシ・d18285)

    ■リプレイ


     8人の灼滅者は黒い色の服を着るなど事前に対策を行い、夜を待って予測地点へ向かっていた。
     藍沼・樹(カカシ・d18285)は道すがら見つけた公園の前で足を止め、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)を振りかえる。
    「この公園なら木も多いし、身を隠すには良さそうだな。爺さんを保護したら、ここに避難させようぜ、七湖都」
    「……ん。わかった」
     やがてたどりついた老人の家は、カーテンの隙間から、わずかに明りがこぼれていた。
     しかし、テレビの音や、音楽などは聞こえてこない。
     寂しげに灯る明かりを見つめ、神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)はつぶやく。
    「……デモノイドロード。一筋縄ではいかない相手でしょうね」
    「わたくしたちデモノイドヒューマンと、なにが違うのか。見極めたいですわね」
     ナース服をまとったカリーナ・ランドルフ(パラサイトナース・d17268)は、衣装にかける想いを胸に、先行する仲間たちの背を見守った。

     不用心にも、玄関の鍵はかけられていなかった。
     闇をまとった東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)が先陣をきり、屋内へ侵入。
     その足元を、蛇に姿を変えた鬼神楽・神羅(鬼の腕・d14965)と樺・ハルキ(ショットガンニング・d18007)、樹の3人がすり抜け、老人が居ると思しき部屋へ向かう。
     同様に、猫に変身した刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)、崎守・紫臣(激甘党・d09334)、蒼慰の3人が、足音を忍ばせて続いた。
     樹はひとり仲間たちが向かった部屋を行きすぎ、避難経路を確認するために家の中を這ってまわる。
     一方、老人の姿を探していた者たちは、光の漏れている部屋――広めの和室を覗きこんでいた。
     ふすま戸が半開きになっており、老人は介護ベッドの上でうたた寝をしている。
     蛇と猫に姿を変えた灼滅者たちは、これ幸いと介護ベッドの下に身を潜ませた。
    「こっちだ」
     屋内を把握した秋五が、庭に身を隠して待機していたカリーナとさかなに声をかけ、手招く。
    「いろは。外のこと、よろしく、ね」
     さかなの手伝いを申しでていた四月一日・いろは(d03805)は、戦闘開始後に殺界形成を展開し、この家に一般人を寄せつけない手はずだ。
     そして――、
    「こんばんは。往診に参りました」
     インターホン越しに新尾・伊織(にいお・いおり)の声を聞き、老人は二つ返事で家に入るように告げた。
     家主に招かれ、デモノイドロードが部屋に入る。
     続けて、予測で聞いた通りの会話が交わされる。
    「……わかりました。では」
     立ちあがった伊織の腕が一瞬で膨れあがり、砲台の形をとった。
    「これで、終わりにしましょう」
     告げた言葉が、合図となり。
     待機していた灼滅者6人は、一斉にその場を飛びだした。


    「終わらせないわ……!」
     変身を解除すると同時に、スレイヤーカードの封印を開放。
     放たれた毒の光線を遮るように、蒼慰・神羅・樹の3人が身をていして老人をかばう。
     直撃を受けたのは、神羅。
     至近距離からの砲撃が身を焦がし、傷口から血があふれた。
     灼滅者だから、この程度で済んだ。
     しかし人間であれば、ひとたまりもなかったはずだ。
     ――それをわかっていて、何故。
    「汝も人を救うために医療を志したのであろう! その時の気持ちを、思い出せぬのか!」
     傷をおし、踏み留まった神羅が、咆哮とともにWOKシールドで殴りかかる。
    「な、なんだおまえたちは!!」
     伊織は現れた灼滅者たちに驚きながらも、後方へ跳躍。攻撃を回避する。
     その隙に、別室に身を隠していた秋五・カリーナ・さかなの3人が駆けつけた。
     カリーナはここへ来るまでにサウンドシャッターを展開。
     これで、この家が戦場になっていると近隣住民に気づかれることはないはずだ。
    「先生の腕が、腕が……!!」
    「爺さん、歩けるか? いや、歩けますか!?」
     避難誘導役の樹が呼びかけるも、老人は事態を飲みこめず、パニックを起こしかけていた。
     また老人の身体は衰弱しており、歩けたとしても、走ることはできなさそうだ。
     見たところ、点滴などの医療機器の使用はない。
     樹はすぐさま老人を背負い、さかなが2人を守りながら部屋の出口をめざす。
    「待て! 私の患者だ! どこへ連れていく!」
     デモノイドロードの振りかざした刃が樹を狙うも、蒼慰がウロボロスブレイドを手繰り、武器を絡めとった。
    「させるかよ!」
     間髪入れず伸ばされた紫臣の妖の槍が、伊織の脇腹を貫く。
    「ぐぉ、おおおお……!!」
     追い撃ちをかけるように、秋五の槍が伊織の体を穿った。
     晶のビハインド『仮面』が霊撃を放つと同時に、晶は断罪の刃を振りおろす。
    「行け!」
    「ご老人を、頼んだよ」
     樹とさかなは頷き、仲間たちに背を向ける。
     3人が部屋を抜けたのを確認し、カリーナは庭に通じる窓の前に、ハルキがふすま戸の前に立った。
     ハルキは光輪を飛ばし、神羅の傷と毒を癒し、守りの盾を与える。
     老人が気になるものの、今は、目の前の戦闘に集中しなければならない。
    (「初めての依頼で、ヘマはしたくねぇからな……!」)
     緊張する足を、しっかりと踏みしめる。
     果敢に攻撃を繰りだす仲間たちとともに、できうる限りの力を尽くそうと、ハルキは天星弓を握りしめた。
    「なんという……なんということをしてくれたんだ」
     声を震わせ、伊織は部屋に残る灼滅者たちを睨みつける。
     己と同様の腕を持つ蒼慰とカリーナの姿を見つけ、叫ぶ。
    「おまえたちも同じ身なら、わかるだろう! なぜ邪魔をするんだ!」
    「いいえ、わかりませんわ!」
     伊織の攻撃を回避し、すかさず漆黒の弾丸を撃ちこみながら、カリーナは言葉を重ねる。
    「お医者様を目指したきっかけはなんだったのですか? なぜ助けを求める人たちの命を奪うなんて、非道なマネを続けているのですか!」
     たとえ命が助からなくとも、助けようという懸命な姿を示すことで、ひとの『心』を助ける事もできたのではないか。
    「違う! これは『救済』だ!」
    「でもよ、『救済』という理由で殺人行為をしているところに、俺はあんたの葛藤を感じるんだ」
    「医師はひとを救うために生きる人。人を殺さねばならなくなったあなたは、心の底で苦しんでいるのでは?」
     紫臣の影が走り、刃となって伊織を切り裂く。
     蒼慰のDESアシッドが、同じ、青い腕を腐食させていく。
    「生きていく気力がない患者ばかりを標的にするのは、罪悪感を少しでも軽くしたいからでしょう?」
     ――相手に、殺されるだけの理由があった。
     ――だから殺した。
     そう言えたなら、きっと、罪の重荷は軽くなる。
     霊障波を放ったビハインドの『仮面』に続き、晶は説得に続けて神秘的な歌声を紡いだ。
     しかし伊織は頑なに耐え、灼滅者たちへの攻撃をやめない。
    「この際おまえたちでもいい、死ね!!」
     繰りだされた攻撃を、秋五は寸前でかわした。
     デモノイド寄生体を宿しているだけあって、その威力は人の姿を保持している今でさえ圧倒的だ。
     反面、青ざめ、ガチガチと歯を鳴らす伊織の顔には、『恐怖』や『怯え』がまざまざと浮かんでいる。
     ――『悪の心』が薄れ、理性を失えば、『得体の知れないなにか』に体を明け渡さなければならないという、恐怖。
    「あんたの救済は、究極の意味では間違ってないんだと、俺は思う。でも、そんな風に、罪悪感にさいなまれて、怯えながらやるのは、間違ってる……!」
     秋五は導眠符を放ち、反撃にかかる。
     後衛位置でデモノイドロードの動きを注意深く観察していたハルキは、先ほどに比べ、伊織の動きが鈍っていることに気づいた。
     仲間たちが掛けつづけた『枷』の効果でもあるが、それだけとは思えない。
    (「新尾にしてみれば十分『危機』って状況のはずだけど……デモノイド化する様子がない。たぶん、説得を、『聞いて』るんだ」)
     ――俺の言葉も、届くかもしれない。
     ハルキはそう信じ、伊織の心に届くよう、声をかける。
    「なぁ、おまえずっと頑張ってきたんだろ? 本当に、もう殺すしかねぇのかよ!」
     その瞬間、伊織がハルキに向かって跳ねた。
     繰りだされた蹴りを受け、かばいに入った蒼慰の身体が壁に叩きつけられる。
     ハルキと、蒼慰への追撃をさせまいと、すぐに仲間たちが攻撃を集中させる。
    「神前!」
     駆けつけたハルキが蒼慰を助け起こすも、
    「……大丈夫よ」
     蒼慰は癒しを受け、再び立ちあがった。
     だが、壁役として受け続けた傷が深く、このまま前衛に立てば、倒れてしまうのは明白だ。
     その時、樹が戦列に戻った。
     さかなは老人につき、公園に残っている。
    「神前は下がってな。俺だって一捻り……いや、二捻りくらいは耐えてみせるぜ」
     傷だらけの仲間たちを見やり、内心冷や汗をかきながら樹が意気ごむ。
     伊織はなおも攻撃の手を止めず、しかし刃を交えるごとに、ぽつりぽつりと、想いをこぼしはじめた。
    「選んで……選んだ末の答えだ!」
     青い腕から伸びた刃が、晶のビハインドを一閃。
     その姿が、霧散する。
    「私の患者だ。バケモノになって殺すくらいなら、私の意志で、逝かせたかった!」
     ただ一度、凶暴な奔流をねじ伏せれば、あとはどうとでもなると思っていた。
     だが、『力』を手にした代償は、『己のすべて』。
     力を暴走させないため、己を失う恐怖を避けるために、選ぶ選択肢はひとつしかなかった。
    「これは救いだ。救いなんだ!!」
     繰りだされた刀を樹がWOKシールドで受け流し、体勢を崩したところを勢いよく殴り掛かる。
     伊織はたたらを踏み、灼滅者たちを見つめる。
     武器をもつ者。己と似た姿を持つ者。
    「なのに、なぜ……」
     カリーナは刃と化した腕で、徐々に戦意を喪失していく医者を斬り裂いた。
     伊織は己の身体からあふれ出る血を、見おろす。
     その顔に浮かぶのは、『絶望』。
    「なぜ私には、救いがないんだあぁぁあああ!!!」
     叫ぶ伊織の目には涙が流れていた。
     己の意志ではない。
     『闇』の力によって、腕のみならず、足が、身体が、次々に青く、醜く膨張していく。
     ――説得をするということは、伊織を『恐怖』に直面させるということ。
    (非道の策で有るが躊躇はすまい。……怨むなとは思わぬ)
     神羅は胸中で詫びながら、螺穿槍を一閃。
     伊織の――もはやデモノイドと化した異形の足を貫いた。
    「いやだ、シにたくない。こんな、コンナばけものニなってシニタクナ―――」
     やがて声が途切れ。
     佇ずむのは、傷だらけのデモノイドの姿。
     ――オオオォォォォォオオ!
     悲しげに咆哮をあげる青い異形を見あげ、晶は口を開く。
    「安心して。君が、君の意に染まぬ行動をとる前に」
     咎人の大鎌を構え、もとの――伊織の魂に届くようにと、願う。
    「私たちが、『救済』する」

    ●汝、臨終せよ
     灼滅者たちの言葉は、伊織の『心』に届いた。
     だがそれゆえに『悪の心』は薄まり、完全なデモノイドと化した。
    「……ウッ。なにあれ強そう」
     樹は思わず本音をこぼし、及び腰で漆黒の弾丸を撃ちだした。
     仲間たちの傷を癒しながら、ハルキもまた、その姿に圧倒されていた。
    「これが、『デモノイド』……!」
     すでに相当の傷を負っているとはいえ、相手は高殺傷力をもつ青き異形。
     油断すれば、一撃が命取りとなりかねない。
    「此処からが、本当の勝負となろう」
    「援護するわ!」
     神羅は妖の槍を振りかざし、異形の身体めがけて氷の刃を放った。
     被弾した部位が氷漬けになり、動きが鈍ったところを、蒼慰のDCPキャノンがまっすぐに貫く。
    「患者を殺そうと思えばいつでもできた。でも、あんたはそうしなかった」
     紫臣はつぶやき、妖の槍を握り締める。
    「待ってろ。今、助けてやる」
     繰りだした妖の槍が、異形の腱を断ち斬った。
     デモノイドは膝をつき、そのまま大きく体勢を崩す。
     秋五はその隙を逃さず、間合いを詰めた。
     ――新尾が根っからの『悪の心』をもつ人間だったなら、こうも苦しまなかったのかもしれない。
     デモノイド化する前に見た、青ざめ、震えていた伊織の顔がよぎる。
    (「怖いよな、やっぱり」)
     一度『力』を望んでしまったが最後。
     伊織は『闇』に怯えつづけ、そして、『闇』にのまれた。
    「……なら、終わらせて、やらないとな」
     秋五は光の祝福を捧げ、せめてこの光が、伊織を蝕んだ闇を完全に滅ぼすようにと願った。
     デモノイドは続く攻撃に呻き、もはや立ちあがることさえできない。
     晶は伊織の抱えた『罪』ごと、すべて断ち切れればいいと、咎人の大鎌を振りあげた。
     ――オオオオオオオォォオオ!
     咆哮するデモノイドを前に、カリーナは葛藤する。
    (「この方と、わたくしたちデモノイドヒューマン。いったい、何が違うというのでしょう」)
     『正義の心』をもつヒューマンと、『悪の心』をもつロード。
     伊織は、その境界で、苦しみ続けた。
     迷いを断つように、カリーナは青い刃を構え、渾身の力で薙ぎ払った。
     ひざまずいたデモノイドの身体が、大きく、切り裂かれ。
     青い異形はついに倒れ、動きを止めた。
    「……これで、良かったのですよね?」
     今は亡き恩人――かつて優しくしてくれた看護婦へ向け、小さく問いかける。
     青い巨躯すべてが溶けて消えるまで、カリーナはじっと、その最期を見つめ続けていた。


     デモノイドロードの最期を見届けた後、灼滅者たちは老人を迎えに行った。
    「ホスピスにはあなたと同じ境遇の人も多い」
    「ずっと一緒に頑張って来た人が、道を示してくれたんだしさ。あと一歩だけ、頑張れねぇかな?」
     晶とハルキの言葉に、老人は考えこんでいるようだった。
     連れだす時は混乱していた様子だったが、家に戻ってからはすっかり落ち着いている。
     避難している間、さかなから説明を受けたのだという。
    「……なんて、伝えたんだ?」
     秋五が問いかけると、
    「伊織は『境界』をこえた。だから、もう、もどらない」
     抽象的な言葉の羅列。
     それでも、さかななりに考えて言葉を選んだのだろう。
    (「一応、考えてはいるのか」)
     秋五は抱いていた疑問を胸にしまい、後日また縁があったならと、機を改めた。

    「ダークネスの力を使う者が、道を誤ればこうなる……か」
    「今後も、こういった事件が増えるんだろうか」
     神羅と紫臣がつぶやき、眉根をよせる。
     灼滅者も同様の身の上である以上、他人事とは思えない。
     樹は仲間たちの会話を聞き、家をでた。
     伊織にかける言葉は、なかった。
     だが、樹の眼に映った伊織の姿は、ひどく哀れで。
    (「だれも、あんな終わり方、しなくていいはずだ」)
     
     胸の奥にしこりを残し、灼滅者たちは老人の家を後にする。
     生ぬるい風がそよぐ。
     月の見えない、夜だった。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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