ヒデヨシなんかに負けないミン!~佐賀のセミ小僧

    ●セミと秀吉
    「その昔、秀吉が朝鮮出兵の際、この虹の松原にちょいと寄ったと思いねえ」
    「は、ちょっと待て、秀吉? ここの黒松は江戸時代に植林されたものだってさっき案内板に」
    「まあまあ、細かいことはキニシナイ。伝説だから伝説。で、夏だったもんで、セミがすっげえうるさく鳴いてたんだな。あまりのうるささに秀吉が、ウルサイッ! と一喝すると、セミはぴたりと鳴き止み、以来、虹の松原ではセミは鳴かなくなったそうな」
    「ほほー。まあ伝説としては面白いな。秀吉の権威のすごさを表現してんだろ……ってか、セミ鳴いてるやないかーい」
     伝説にボケツッコミを入れながら、佐賀を代表する景勝地、虹の松原を歩いているのは、ツーリングの男子大学生ふたりだ。5kmに渡って弧状の海岸線に見事な黒松が植えられており、日本三大松原のひとつに数えられる。
     秀吉とセミの伝説は、虹の松原七不思議のひとつらしいが、ツッコミの方が言う通り、普通に夏らしくセミが鳴いている……いや普通以上に元気に鳴いている。
    「うん、鳴いてるな」
     ボケが顔をしかめて掌で耳を押さえた。
    「秀吉が怒鳴ったの解るな……うるさすぎ」
    「気のせいか、段々激しくなってね?」
     ツッコミも耳をふさぐ。
     気のせいではない、セミの声が段々と大きくなっている。
    「うわっ、ひでえ!」
     掌で抑えても、ガンガンと頭に直接響いてくるような、何種類もが複合した鳴き声。
     ミンミンニイニイカナカナジージー……。
    「いくらなんでも……おい、行こうぜ!」
     すでに相方の声すら聞こえない。恐怖を感じたふたりは松原から脱出しようとする……が、今や遅し。
    「ぐわっ、あ、頭が割れるっ」
    「に、逃げ……」
     セミの声が凶暴な音波となり、ふたりを襲う。大学生たちは、音に打ち倒されるようにして昏倒してしまった。
     ――と、セミの声が突然止んだと思うと。
    「……はあっはっはっはっ。ざまあみろだミン!」
     高笑いと共に現れたのは、セミのゆるキャラっぽい帽子をかぶり、セミの羽っぽいマントをつけた、小学校低学年くらいの少年だった。
    「夏にはセミは鳴くものと決まってるミン! それをウルサイっ、とか言う、ヒデヨシとかゆうヤツはボクがゆるさないミン!!」
     少年は耳を抑えたまま昏倒している大学生たちを仁王立ちで見下ろすと、
    「おいっ、お前たちのどっちがヒデヨシだミン? ボクがやっつけてやるミン!!」
     
    ●セミ小僧
    「というわけで! セミ小僧が現れたんだ!!」
     集った灼滅者たちに向かって元気いっぱいに叫んだのは、野神・友馬(マスクドレイモンド・d05641)。
    「そーなんです……」
     一方、手鏡ならぬうちわであおぎながらぐったりと顔を上げたのは春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)。北国出身の彼には、東京の夏はことのほか堪えているらしい。
    「佐賀の景勝地、虹の松原に、セミ好きが高じて“ご当地怪人・虹の松原セミ小僧”になりかけている阿武良・珉(あぶら・みん)くんという男の子がいまして」
     小学校1年生である。
    「彼は断然セミの味方なので、秀吉の伝説にめっちゃ腹を立ててます。なので、虹の松原で秀吉の話や、セミうるせぇとか言っちゃうと、見境なく攻撃してくるんです」
    「つーか、秀吉が何者なのか解ってないんじゃないの?」
     友馬が首を傾げる。
    「ええ、解ってないでしょうね。小1ですから。なので、まずは秀吉ってのは何百年も前の武将だから、今怒っても仕方ないってことを珉くんにわからせてやってください」
     納得させた上で彼をKOすれば、ダークネスになりきってしまう前に救出することができるだろう。
    「急いで向かえば、ボケツッコミの大学生2人組より先に現地に到着することができます。松原でうろうろしながら、秀吉ラブとか、セミうるせーとか言うと、珉くんが出てくるはずです」
    「うん、わかった……じゃあ、みんな、早速佐賀にGoだ!」
    「ちょ、ちょっと待ってください」
     張り切って立ち上がる友馬のシャツの裾を典は慌てて引っ張って。
    「小僧といって侮らないでくださいね。彼は虹の松原中の何万匹というセミを武器として使ってきます。特に、大学生を昏倒させた鳴き声攻撃は強力です。気をつけてください」
     友馬をはじめ、灼滅者たちは神妙に頷いた。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    赤星・麗樹(六花蝶・d02649)
    成瀬・圭(ミッドナイトディージェイ・d04536)
    野神・友馬(高校生無職・d05641)
    三園・小次郎(愛知讃頌・d08390)
    袖岡・芭子(匣・d13443)
    祟部・彦麻呂(災厄を継ぎしもの・d14003)
    百瀬・優希(ターミガンズストライカー・d15530)

    ■リプレイ

    ●虹の松原も夏である
     黒松の大木に幾分日差しは遮られていたが、虹の松原もうだるほどに夏であった。
    「佐賀……佐賀ねえ……なあ、暑くね?」
     成瀬・圭(ミッドナイトディージェイ・d04536)がだるそうな足取りで松原の奥を目指しながら愚痴った。自慢の逆毛も萎れている。
    「あー、セミもめっちゃ鳴いてるしな。聞いてるだけであちーわ」
     三園・小次郎(愛知讃頌・d08390)も流れる汗を拭く。
     袖岡・芭子(匣・d13443)も無表情ながら木漏れ日を物憂げに見上げて。
    「この暑いのによく鳴くよね……」
    「せっかく海があるんだし、ちょっと泳ぎたいよう」
     百瀬・優希(ターミガンズストライカー・d15530)は、松原の向こうに透けて見える青い海を物欲しげに見やる。
     しかしこの猛烈な暑さの中、野神・友馬(高校生無職・d05641)だけは、全くテンションが下がっていない。
    「おいみんな、暑さなんかに負けてるんじゃない! 蝉少年だぞ!? この俺を差し置いて……いや探してたのは俺だが、蝉を何万匹も操るとは恐ろしい少年だ! なんとも将来有望すぎる! 是非! 友に欲しい! 絶対に救うぞ!」
    「はいはい、わかってますって……じゃ、早速おびき出しましょうか。ええと、あんま、セミのこと悪く言うのも良くないですよね……」
     祟部・彦麻呂(災厄を継ぎしもの・d14003)はちょっと考えてから。
    「えーっと……ひ、秀吉ーーっ! あ、ああ、愛してるぅーーーーっ!!」
     と叫んだが、
    「うう、何この羞恥プレイ……」
     顔を覆って松原にしゃがみこんでしまった。小次郎は彦麻呂の肩をぽんと叩き、
    「くじけるなヒコ、俺も続くぞ……やっぱ秀吉はスゲーよなっ、この鳴き声を一発で収めたんだろ!? さっすがー!」
     続いて圭もやけくそのように、
    「秀吉サイキョー!!! アイラブ秀吉!! 亀甲船ジェノサイ!! テンサイ!!」
     と、ラップ風にリズムに乗せて絶叫し、
    「こんなんで、本当に釣り針に掛かるのかねえ……」
     疑わしそうに呟いた。
     ――と。
    「……掛かったみたいよ」
     赤星・麗樹(六花蝶・d02649)が耳に手を当てながら冷静に言った。
    「セミの声が大きくなってきたと思わない?」
    「本当だ」
     加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)も耳に手をやり顔をしかめた。
    「こりゃたまらんな」
     急速に大きくなっていく鳴き声。まるで松原中のセミが灼滅者たちの周囲に集まり、一斉に鳴いているかのようだ。きりきりと耳から頭にかけて締め付けるように痛む。
     ミンミンニイニイカナカナジージー……。
    「(これじゃ、一般人が倒れてしまうのは無理もない)」
     互いの声も聞こえない中、灼滅者たちは耳を抑えながら辺りを見回す。凶悪なセミ音波が灼滅者を包み込み、圧迫する。目眩がし、平衡感覚すら狂ってきた……その時。
     ぴたりとセミの声が止んで。
    「どうしてお前ら、立ってられるんだミン!?」

    ●セミ小僧登場
     ひらりと現れたのは、ひとりの少年であった。健康的に日焼けした丸顔、Tシャツにハーフパンツにビーサンと、パッと見は普通のやんちゃな小学生男子である。しかし彼は、セミ帽とセミマントを装着していた。
     虹の松原セミ小僧、阿武良・珉の登場である。
     ターゲットの出現を受け、一般人への被害を防ぐため、蝶胡蘭はサウンドシャッターを、芭子は殺界形成をかけ、他の者は素早くカードを解除する。
    「――それは私たちが灼滅者だからよ」
     麗樹が珉の問いに優しい口調で答える。
    「しゃくめつしゃ?」
     珉は首を傾げ不思議そうな顔をしたが、
    「なんでもいいミン! お前たち、ヒデヨシのこと褒めてたミン!?」
     サッと手を振り上げ、
    「どいつがヒデヨシだミン? セミをいじめるヤツは、許さないミン!!」
     振り下ろす!
    「うわあっ!」
     灼滅者たちを取り囲む松林から、どこにこんなにいたのだというくらい大量のセミが一斉に襲いかかってきた。剃刀のような羽が、前衛の装備と皮膚を切り裂く。
    「ちょ、ちょっと待てよ!」
     圭が怒鳴り、
    「おいセミ、もとい珉、お前伝説だけ鵜呑みにして、秀吉ってのが誰だか解ってないだろ。いいか、秀吉ってのはな、今から200年……あれ500年だっけ?」
     うろ覚えのまま語りだしたが、麗樹が引き継いで。
    「没年は1598年……今から400年以上前よ。ねえ珉くん、江戸時代は何となくわかるかしら?」
     珉は首を傾げ。
    「えっと、ミトコーモン? おばあちゃんが再放送観てるミン」
    「そうそう、その水戸黄門より更に100年も前の安土桃山時代に、天下統一した武将なのよ、秀吉ってのは。鎧兜で戦ってた時代の人ね」
     具体的な数字や元号まで出して説明したのだが、珉は実感がわかないらしくきょとんとしている。なにせ小1、無理もない。
    「まあとにかく、昔むかしの人なんだよ。一度は日本を治めたけれど……とっくに亡くなってるし、今の日本は別に秀吉の子孫が支配している訳でも無いしさ」
     芭子も夜霧隠れをかけつつ根気良く言い聞かせるが、珉はぷうっと頬を膨らませ、
    「むむう、わけのわからないこと言って、ごまかそうったってダメだミン! 行け、おしっこ隊!!」
    「げっ、くるっ!」
     恐れていた攻撃が発動されてしまった。編隊を組んだ数十匹のセミが灼滅者の上空に猛スピードで飛んできたかと思うと、彦麻呂の頭上で止まる。
    「えっ、私!?」
     じゃばっ。
    「大丈夫か、彦麻呂!?」
    「うう、帰ってシャワー浴びたい……」
     情けなさそうに液体を振り払う彦麻呂を庇うように立ちながら、蝶胡蘭が些か困った顔で。
    「とにかくだな、秀吉ってのは500年も前に生きた武将で、今は当然亡くなってるんだから、今怒っても仕方ないんだってことはわかるよな?」
     用心深くアイムロックンロールを構えた圭が続けて、
    「そうだよ、今ここに秀吉が出てきたら、そりゃお化けだよ。お前、お化け殴れるんか?」
    「ええっ、お化け?」
     珉は急に顔をひきつらせ、
    「お化け、こわい……」
     ダークネスになりかけているくせに、お化けは怖いらしい。
     そこに「真打ち登場」という風情でずいと進み出たのは、友馬だ。
    「珉くん、冷静に考えるんだ。あの素晴らしい蝉が、俺と君が愛して止まない蝉が、秀吉ごときに負けたと思うか? 今だってずっと蝉は鳴いているじゃないか! 秀吉はとっくに亡くなってるわけだし、戦いはセミの勝利で終わってるんだよ!」
     そう言って友馬は空を指さした。
     確かにセミは鳴いている。その鳴き声に誘発されたように、
    「ジジジブブジジ(考えてみてくれ、蝉は年単位で地中で成虫になるのを待つ。今、君が操っている数万数千のセミたちはその年単位で待った先の、貴重な1週間~1ヶ月を過ごしているわけだ)」
     友馬は、セミ語で語り出す。
    「ジジブジジジジ!(キミの蝉への愛は素晴らしい。だが、蝉の気持ちを考えて欲しい。君が操ることによって、蝉の短く太い成虫人生を邪魔してはいないかい? 蝉は自由だから美しい、君も怒りに捕らわれてちゃいけない!)」
     珉もそのセミ語を理解しているらしく、食い入るように聞き入っている。
     更にいつの間にマスターしていたのか、
    「ブブジジジブ(そうだぜ、大好きなセミをそんなふうに戦闘の道具に使って楽しいのかよ。セミの声を聞けよ。ホラ、悲しそうな羽音が聞こえるだろ……? 今、大事なセミの儚くて短い命を削ってんのはお前なんだぞ)」
     小次郎までが、セミ語で語り出した。
     セミ語で熱く語り合う仲間たちを、芭子は真顔ながら、うわぁ……という目で見ている。
    「ううん、熱いね……っつーか暑苦しいね」
     蝶胡蘭も小次郎の霊犬・きしめんをもふもふなでなでしなから呆れたように呟く。
     片や圭は、
    「ヤツらはセミだ!! セミのプロ! いわばセミプロだ!! セミの心がヤツらにはわかる……!!」
     背景に稲妻のエフェクトを走らせそうな勢いで感動していた。
     一方彦麻呂は、
    「(凄い……ホントにセミ語で会話しているなんて……)」
     セミ語による説得に目を丸くしていたが、ハッと我に帰り、
    「そ、そうだよ、こんな事したって、セミの立場が悪くなるだけだよ……セミを武器として扱って、それが本当にセミを愛していると言えるの?」
     優希もチアフルシールドを振ってターミガンズ・チアオーラを前衛にかけながら、
    「あたしも、セミの鳴き声は嫌いじゃないよ。夏ー! って感じを伝えてくれる声だよね! だけど、君は大好きなものが嫌われるような使い方をしてる! だから、もう秀吉退治はやめよ?」
     灼滅者たちの言い分を理解してきたのか、珉はもじもじと自分の足下を見つめた。
    「……ヒデヨシは昔の人で、もう死んでるミン?」
     うんうん、と灼滅者たちは頷く。
     珉はちらりと顔を上げて。
    「……お前たちも、セミ好きなのかミン?」
     うんうんうんうん、と友馬はもちろんだが、他の者も大げさに頷く。
     圭が珉の顔を覗き込んで。
    「セミの声はオレだって嫌いじゃねえ。おまえ、つまんねーことしてないで、セミ愛を活かしてこっちこいよ」
    「……こっち?」
     芭子が松の梢を見上げながら。
    「ん、セミ強いよね、鳴き声だけで言えば、毎夏日本統一してるって言えなくも無いかも、ね。君とセミの、その力を世界平和に使ってみない?」
    「せかい……へいわ?」
    「セミが好きだからって、怒りのままに行動してると、キミ自身がセミ怪人になっちゃうんだよ」
     彦麻呂も優希も言い聞かせる。
    「でもキミがここで自分の中の黒い気持ちと戦って打ち勝てば、世界平和を守りつつ、虹の松原やセミの素敵さを伝えられるような人になれるんだよ!」
     恥じらってうつむいていた珉の瞳が輝きはじめる。
    「ボク、そんな人に、なれるミン?」
    「ああ、なれるさ!」
     友馬が頷く。
    「どうやったらなれるミン?」
    「君の中の黒い気持ちを、俺たちがやっつけてやる。君はその間、自分の気持ちを抑えて我慢しなけりゃならない」
     直感的に、痛いことをされると悟ったのか、珉は一瞬泣きそうになった。が、すぐに唇を噛みしめ頷き。
    「わかったミン!」
     地面に細っこい脚を踏ん張って仁王立ちになった。
    「よし、いい覚悟だ……ちょっとだけ辛抱しろよ!」
     小次郎が先鋒を切り、拳を握って飛び込んでいく。しかし渾身の連打にも、珉の小さな身体は揺らがない。子供で、なりかけとはいえ、やはりダークネスである。そう簡単には倒せない。
     続いて蝶胡蘭がロックハート・バスターから魔法光線を撃ち込み、圭はロッドを叩きつける。
    「ジジジブブジジ!」
     セミ語で励ましながら友馬は槍で突っ込んでいき、後方からは彦麻呂が影の刃を、
    「セミを愛する純粋な心、必ず救うわ!」
     麗樹が石化の呪いを指輪から放つ。
     その間に芭子がシールドリングを、優希が、
    「ターミガンズ・マウンテン!」
     ソーサルガーダーを発動し、防御を固める。
     ――と。
    「あ……セミの声が……」
     気づけば、セミの声が再び異常なやかましさで鳴っていた。灼滅者たちは咄嗟に耳を覆うが、たちまちキリキリと頭が痛み出す。
     珉は変わらず地面に仁王立ちしてるが、小さな拳が白くなるほど強く握りしめられ、ふるふると震えている。良く堪えているが、怒りが漏れ出してセミに影響しているらしい――。
    「珉くんっ、我慢だよっ!」
     声が届くぎりぎりのタイミングで優希が叫び、珉がハッと顔を上げる。
    「セミの声は、求愛の証なんだよ! 人を苦しめるものじゃないんだよ!!」
     彦麻呂も耳を抑えつつ必死に声を上げる。
     珉がゆっくりと頷き、肩の力を抜き、セミの声が収まっていく。
    「ボクだって、セミを武器にはしたくないミン……」
    「そうか、偉いぞ! もう少しだからな……きしめん、お前も斬り込め!」
     小次郎がきしめんに斬魔刀を命じつつ、permanentを振り上げて飛びかかる。
     芭子と麗樹は怒りの暴発に備え、更に前衛へとシールドリングを飛ばす。
    「ミン、頑張れ!」
     圭と彦麻呂が槍で突っ込んでいき、優希が、
    「ターミガンズ・ストライク!」
     ご当地パワー漲るサッカーボールを撃ち込むと、珉はよろりと膝をついた。
    「珉!」
    「珉くん!?」
     なりかけ怪人とはいえ、見かけはか弱い子供である。灼滅者たちが思わず駆け寄ろうとすると、スッ、と珉の右手が上がり、瞳に一瞬暗い影が走った。
    「(まだ来るか!?)」
     灼滅者たちは踏み出しかけていた脚を止める……と。
     シュッ。
     高い位置から黒いセミ……いやセミの形をした影が伸びてきて、珉の右手に絡みついた。影の伸びてきた方を見上げれば、いつの間にか友馬が松の大木の梢にセミのようにしがみついているではないか。
    「珉君、いけない!」
     珉は影を操る友馬を苦しそうに見上げる。その目には涙。
    「くっ……今決めてやるからな!」
     蝶胡蘭が振り切ったように叫ぶと、地面を蹴り、珉に飛びかかった。左手でTシャツの襟首を掴み、
    「たあーっ!」
     力一杯地面に叩きつける。
     ドオンッ!
     小さな子供にしてはやたらと重量感のある音がした。
     地面に倒れ伏したままの珉は、動く様子がない。友馬も木から下りてきて、灼滅者たちは小さく地面に横たわる子供を見守る。
    「……珉くん?」
     麗樹がおそるおそる声をかけると、珉はうっすらと瞼を開き。
    「……ジジブジ……」
     セミ語で何事かを呟いた。

    ●セミ兄弟増殖中
     数時間後。
     無事回復した珉の案内で、灼滅者たちは唐津城に観光に向かっていた。一団の先頭は、友馬と仲良さげに手をつないだ珉だ。もちろん交わされている会話は、
    「ジジブブジジジ?」
    「ジブジジジ」
     セミ語である。
     そんなふたりを後方から見守る彦麻呂は、おしっこの恨みは忘れたようでニコニコしている。
    「ふふっ、セミ兄弟ですね♪」
    「うん、まあ、珉と野神先輩はほほえましいと言えないこともないけど……」
     チョコラはふたりのすぐ後ろにいる小次郎と圭の後ろ姿を見やり。
    「三園先輩だけじゃなく、成瀬先輩までいつの間に」
     気づけば、圭もセミ語で会話していた。
    「セミ兄弟が増殖してるわね」
     麗樹も前を行く男子たちにうさんくさげな眼差しを向ける。
    「まあいいじゃないですか、とりあえず珉くんを無事に救えたんだし」
     優希は素直に嬉しそう。
    「うん、それはなによりなんだけど」
     芭子が腹を押さえ、真顔で。
    「セミ語で、唐津名物の美味しいもの紹介して、って、何て言うの?」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 8/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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