四隅の怪

    ●四隅の怪
    「四隅の怪」という山怪談をご存じだろうか。

     ――4人パーティーが冬山で遭難しかけた。吹雪に巻かれて日も暮れて、今にも凍え死にそうな状態で、彼らは近くにあるはずの避難小屋を目指した。それしか助かる道はない。
     何とか4人全員が小屋にたどり着き、とりあえず一命をとりとめた。だが、凍えた身体と濡れたウェア、小屋の中とはいえ火はない。熟睡してしまえばそのまま凍死してしまいそうだ。
     そこで彼らは眠らないように対策を立てた。部屋の4隅にそれぞれ立ち、1番から4番までの順番を決める。1番から壁伝いに反時計回りに歩き、次の角にいる2番の肩を叩く。肩を叩かれた2番は、3番がいる角を目指して歩き、同じように仲間の肩を叩く。3番は4番の……という風に順番にゆっくりと歩き続け、夜を乗り切ることにしたのだ。
     燃料とバッテリーの節約のため小屋は真っ暗で、疲労のために言葉も少なかったが、この行為を根気良く続けたことで彼らは無事に夜明けを迎えることができた。
     しかし彼らは下山後に気づいた。
     この行為は4人では不可能なのである。4つ角に4人では、絶対空白が出来てしまうのに……?

    ●武蔵坂学園
    「あら本当だわ。4人では無理なんですね」
     高峰・紫姫(守り抜くための盾・d09272)は、ホワイトボードにくっつけた4個のマグネットを動かしながら、困ったように首を傾げた。
    「そうなんです。4人のうち誰かが常に動いているわけですから、どうしても角がひとつ空いてしまいます」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)が頷く。
    「この『四隅の怪』というのは古くからある定番の山怪談ですが、この現象が頻繁に発生する小屋が北アルプスにありまして」
     北アルプスの不帰岳(かえらずだけ)の避難小屋である。
     不帰岳は、雪渓やお花畑で有名な白馬岳の東側にある2,053mの山である。100名山などには入っておらず、コースも長くてキツい玄人好みの山なので、近郊の有名処に比べるとちょっとマイナーだ。その分、静かな登山が楽しめるという利点もあるが。
     マイナーな山だし、怪奇現象が良く発生する小屋、というだけならよくある心霊スポットのようなもので害はないから放っておいてもいい。しかし先日、噂を聞いて興味本位にここで「四隅の怪」を実行した地元高校の山岳部のパーティーが、その怪奇現象を発生させてしまい、驚いて小屋を飛び出し滑落事故を起こした。
    「まあ、危ない……」
     紫姫は眉をひそめた。
    「こうなると、もう都市伝説と言っていいと思うんですよ。小屋を管理している地元の遭難対策協議会でも困ってます」
     典はホワイトボードに向き直り、
    「予知によると、この小屋で『四隅の怪』を実行すると、輪をつなぐための5人目が出現するようなのです」
     5つ目のマグネットを小屋に見立てた四角形の中に置いた。確かに5人いれば、延々と歩き続けることができる。
    「この5人目こそが『四隅の怪』を成立させてしまう都市伝説です」
     紫姫は頷き、
    「この5人目を灼滅すればいいのですね」
    「そうです……ですが、やっかいなことに、この5人目は4人の中の誰かにそっくりな姿で出現するのです」
    「えっ?」
     紫姫は驚いて口元を抑えた。
    「そっくりって……間違って攻撃してしまったら大変じゃないですか!」
     暗いし、咄嗟に見分けるのは困難だろう。
    「ええ、ですから、武蔵坂学園の生徒しかわからないような符丁を決めておいたらいいんじゃないかと考えたんですけど」
     そっくりさんが現れてしまったら、その符丁を答えさせて本物か偽物かを見極めるというわけだ。
    「手順を整理しますね」
     不帰岳への登山口は富山県黒部市の祖母谷(ばばだに)温泉。そこから5時間ほどひたすら登山道を上ったところに件の避難小屋はある。
    「『四隅の怪』は、夜中0時頃に始めてください。その時間帯が出現率が高いです。灯りを消すのも忘れずに」
     チームが5名以上だったら『四隅の怪』を実行する以外のメンバーは、小屋の外で待機しているといいだろう。5人目が出現したら即座に呼んでもらおう。
    「皆さんのことは、ボランティアの祓い師ということで、遭対協には話をつけてあります。この夜は小屋を使用禁止にしてもらいましたので、一般人は近寄りません」
    「わかりました。頑張ってみます」
     紫姫はメモを取りつつ、真面目な顔で頷いた。
    「ホラーな上に、登山もキツいですが、どうかよろしくお願いします……首尾良く解決したら」
     典はやっと微笑んで。
    「せっかくですから不帰岳に登頂して、下山後は祖母谷温泉でゆっくり疲れをとられたらどうですか? 涼しいでしょうし……いいなあ、温泉までなら僕もついていきたいくらいだなあ」


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    近江・祥互(影炎の蜘蛛・d03480)
    姫橋・憂妃(久遠の御子・d07945)
    アストル・シュテラート(星の柩・d08011)
    高峰・紫姫(守り抜くための盾・d09272)
    高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)
    砥塚・英明(天を射す太陽・d15134)
    鴛海・忍(夜天・d15156)

    ■リプレイ

    ●避難小屋内にて
     懐中電灯の光の輪の中、白茶けてささくれた木の床の上に、赤と青のふたつの十面ダイスが転がり、そして止まる。
    「71……すると紫姫先輩が、ラストの4番だよ」
     暗がりの中、メモを取りながらアストル・シュテラート(星の柩・d08011)が言い、
    「わかりました」
     高峰・紫姫(守り抜くための盾・d09272)はごくりと唾を飲んで頷いた。
     ダイスを振り、歩く順番を決めたところだ。
     十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)が懐中時計を開き、
    「ぼちぼち時間っす」
     ぶるりとひとつ身震いし、小屋の4つ角を見回した。
     近江・祥互(影炎の蜘蛛・d03480)が共に「実行班」を務める3人に湯気の立ったシェラカップを配る。彼は避難小屋泊に備えてしっかり食料を持参している。
    「茶を飲んだら、はじめようぜ」
     3人はカップを受け取って頷いた。

    ●小屋の外では
    「うーん、やっぱり4人じゃできないんだね?」
    「待機班」の高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)がこちらも懐中電灯の灯りの下、地面に小屋の図を書き、石ころを置いて、四隅の怪の検証をしている。
    「私これ、小学生の時に友達と実践したことがあって」
     鴛海・忍(夜天・d15156)が図を眺めながらぼそぼそと話し出す。
    「同級生が見えない5人目に首を閉められたんです」
    「えっ!?」
    「小学生でしたから、それが本当にあった事なのかどうか定かでないですし、それなりに怖かったので、今まであまり人には言わずにきたんですけど」
    「うわ……」
     砥塚・英明(天を射す太陽・d15134)がむき出しの二の腕をさすり始める。
    「夕方登ってくるときはあんなに暑かったのに、なんか涼しくなってきたよ」
     黙って話を聞いていた姫橋・憂妃(久遠の御子・d07945)も、仲間たちの方に身を寄せる。
     英明は傍らの小屋を見上げて。
    「都市伝説そのものはそうでもないけど、この小屋自体が怖いし」
     緋月も小屋に目をやり。
    「実行班はそろそろ始めてる頃だね……お姉ちゃん、大丈夫かなあ?」

    ●四隅の怪
     1番のアストルは右手を小屋の壁につけながら、闇の中におそるおそる足を踏み出した。灯りを消してしまえば、小屋の中とはいえど、深山の闇と変わらない。しかも、今夜はわざわざ怪異を呼び出そうというのだから、怖がるなという方が無理だ。
     夜になってずいぶん涼しくなったはずなのに、空気が湿気って重たい。もしかしたら闇が重たいのかもしれない。
    「(怖いけど……でも、狭霧先輩も一緒だしっ。先輩意外と恐がりだし、僕が守らなきゃ!)」
     自分を鼓舞しつつ歩くが、壁がやたらと長く感じる。
    「(こんなに小屋、広かったっけ?)」
     それでも一歩一歩進んでいけばゴールは近づいてくる。目が慣れてきたのか、暗がりの中に更に黒く、2番の祥互らしき背中が見えてきて、少しだけホッとする。
     ぽん、と肩に触れると祥互は軽く振り向いて頷き、歩き出した。
     彼が歩く一辺は造り付けの棚になっており、遭対協の備品らしき湿っぽいシュラフや背負子などが積まれている。それらを一つ一つ確かめるように右手の指先で触れながら、ゆっくり歩く。
    「(自分に似た都市伝説が現れたら……イヤだな。ダークネス化した自分を重ねちまいそうで……)」
     祥互は怪異そのものよりも、自身の暗黒面のような都市伝説が現れるかもしれないという方にゾッとするものを感じる。
     祥互は無事に歩ききり、3番の狭霧の肩を叩くと、細い背中がびくりと跳ねた。
    「(うう、やっぱりこういうの苦手)」
     狭霧は歩きながら左手で自分の右の二の腕を抱いた。冷たい。
    「(でも、一番怖いポジションは4番だよね……やっぱ、4番が1番の角に着いた時に現れる確率が高いだろうから……)」
     思わずぶるっ、と身震いする。
    「(いやいや、おびきだすためにやってるんだから、現れないと困るしっ! でも、紫姫センパイ、さぞかし怖いっすよねぇ……)」
     4番の角で待っていた紫姫も、同じことを考え、緊張していた。
     狭霧の気配が背後に近づき、肩を軽く叩かれ、歩き出す。
     理論的には、紫姫が目指す角は無人であるはずだ……しかし、今夜はどうだろう?
     ――何が、誰が、待っているのだろう?
    「(いけないわ、怯んでちゃ。こんな性質の悪い都市伝説放っておけないでしょう?)」
     怖じけそうになる足を叱咤し、敢えて大股で進む。
     彼女が歩く壁面は、小屋の入り口やトイレのドアに面しているので、暗闇でも自分がどのあたりを歩いているかはわかる。どんどん1番の角が近づく。そこはアストルが移動してしまったから、無人のはず……はずなのだが。
     紫姫のうなじの毛がぞおっと逆立った。
    「(……何かいる!)」
     暗闇に慣れた目と、灼滅者の鋭敏な感覚が、角にたたずむ黒い影を感知したのだ。
    「(アストルさんが戻ってる……? いえ、でもそんな足音は聞こえなかった)」
     紫姫よりも頭半分低い身長と、華奢なシルエットはアストルのものに見える。
    「(声を上げて皆さんに知らせるべき……? でも、私の恐怖心が見せている幻かもしれない)」
     勇気を出して震える手を伸ばす。そっと指先で触れたその肩は、確かな質量と体温を持っている。
    「(幻じゃない! やっぱりいつの間にか戻ってきてたの?)」
     テレパスも使ってみるが、灼滅者もしくは都市伝説であるわけだから、人間のように上手く読みとることができない。
     紫姫はたまらず、
    「あ……アストルさん?」
     名前を呼んだ。すると、
    「はあい?」
    「はあい?」
     同時に、同じ声の同じ返事が、目の前の影からと、左側の遠い処から聞こえた。

    ●影との戦い
    「きゃああぁーーーーっ!!」
    「お姉ちゃんだ!」
     ホラー映画顔負けのすさまじい悲鳴が中から聞こえ、入り口を睨み付けていた待機班の4人は、緋月を先頭に小屋に飛び込んだ。
    「出たの!?」
     懐中電灯の光の中に見えたのは、呆然としている実行班のメンバーと――顔を見合わせているふたりのアストル。
    「アストル君!?」
     英明が思わず名前を呼ぶと、
    「ぼ、僕が本物だよ!」
    「僕だよ!」
     ふたりのアストルは同じ顔同じ声で返事をする。
     ハッと忍が我に返り、
    「アストルさん、この依頼のエクスブレインは誰でしたか!?」
     張りのある声で符丁を問うた。
    「あっ、はっ、はあいっ!」
     アストルのひとりがサッと手を上げて、必死に叫ぶ。
    「春祭・典先輩だよっ!」
     もうひとりの方は、きょとんとしている――つまり、こちらが偽物。
    「アナタが犯人です!」
     緋月が指さし叫ぶ。
    「わかった、こっちが偽物だな……」
     祥互が素早くカードを解除し、複数の光源で分散していた影を足下に引き寄せる。
    「マジでそっくりだな……外見だけは、なッ!」
     頷きながら、他のメンバーも次々とカードを解除し、偽アストルを囲む。
    「間違って僕を攻撃しないでよ!」
     アストルがガトリングガンを構えながら注意を促す。
    「間違えやしないよ」
     狭霧はナイフを左右にチャッと持ち替えながら、偽アストルを睨み付ける。
    「そっくりなのは外見だけ。芸術品同様、本物以上の魅力を持つ贋作なんて存在し得ない」
     偽アストルはニヤリと嗤う。確かに外見はうり二つで、手にした武器も同じだが、その笑みは本物のアストルとは異なり、どこか邪悪だ。言うなれば、暗黒のエネルギー体がアストルの皮を被っているかのような。
    「お先にいくっすよ!」
     狭霧はダンッと床を斜めに蹴ると、壁にもう一度足を突いて反動をつけ横っ飛びに敵の足を斬りつけた。
     アクロバティックな攻撃を皮切りに、灼滅者たちは一斉に踏み込んでいく。
     紫姫は先ほどの恐怖の叫びはどこへやら、日本刀で冷静に敵の武器を狙い、緋月は轟音を立てるNoisy Silver βで姉に続いて斬り込んでいく――と、至近に灼滅者が来るのを待っていたかのように、偽アストルの異形の腕が緋月に伸びる。
    「あっ!」
    「危ないっ!」
     英明が割り込み、斧で受ける。英明も床に倒されたが、敵の腕からも血がしぶく。
    「英明さん、大丈夫!?」
    「妹を守ってくださってありがとうございます!」
     紫姫と緋月が助け起こし、
    「今回復します」
     忍がすかさず守りの光を飛ばす。
    「ありがと、大丈夫だよ……戦闘はやっぱり楽しいなあ……♪」
     英明は痛いはずなのに、嬉しそうに起き上がった。
    「やりやがったな、まずは動きを止めてやるぜ!」
     祥互が伸ばした影が敵に絡みつく。捕縛効果を狙うと共に、山小屋をなるべく傷めないようにという気遣いもある。
     影が絡まっている敵を、アストルは異形化させた腕で殴りつけたが、
    「自分と同じ顔に攻撃するって、すっごいヤなカンジ……」
     切れた唇から血を垂らす自分とそっくりな顔から目を背ける。
    「だよねえ、私も、仲間と同じ顔ってやりにくいよ」
     緋月も困った様子で首を傾げた。
    「うん、かわいい後輩の顔を傷つけるのは俺も忍びないっす」
     と言いつつも、狭霧は躊躇なく攻撃を繰り出していく。高く跳び上がると、むき出しの鉄骨の梁に一瞬つかまり、勢いを増して敵の背後に飛び降りナイフを突き立てる。
    「でも、戦いの後には、お楽しみが待ってる。だから偽物には早々にご退場願いましょ!」
    「そうだね! ボクらを登山と温泉が待ってるよ!!」
     英明が嬉々として斧を振り回し挑発しながら突っ込む。
    「ほらほら、偽アストル君、ボクが相手になるよ!」
     挑発に乗った敵が、ガトリングガンを英明に向ける。
    「脇ががら空きよ」
     紫姫と緋月の高峰姉妹が影の刃で斬りつけ、光を宿した拳の連打を見舞う。
     炎弾がかすった英明を忍が素早く回復している間に、
    「ちょろちょろすんじゃねえ!」
     祥互が影を伸ばして更なる捕縛を図り、憂妃が武器を封じる逆十字を薄暗い小屋の中いっぱいに出現させる。
     気づけば、敵の姿は徐々にアストルからかけ離れていっていた。顔形や姿、装備・武器は今だアストルそっくりなのだが、輪郭がぼやけ、中からもやっとした黒い霧のようなものが染み出してきている。
     攻撃が確実に効いてきている。そう確信した灼滅者たちは、更に攻勢に出る。それに、ここまで人間離れしてくれば、アストルと見間違えることもないし、ためらいも減る。
    「さあ、もうひとがんばりっすよ!」
     狭霧が小屋いっぱいに黒々と蔦と花と蝶を展開させて敵を飲み込み、紫姫が影を宿した日本刀で峰打ちにする。すると、刀で殴られた肩口がビシリとヒビが入るように破け、そこからどろどろと一層黒く濃い霧状物資があふれだしてきた。
    「うわ……なに?」
    「キモッ」
     ……と、敵の目が暗がりの中、数秒だけ金色に爛々と輝いたと思うと、そのあふれ出た黒い霧がするすると体内に戻っていく。
    「あっ、集気法ですよ! 回復したんです!」
     忍が後方から叫ぶ。
    「そうか、そういえば集気法持ってきてたっけ……」 
     自らにそっくりな敵のおぞましい姿に青ざめながら、アストルが悔しそうに言った。
    「ちょっとくらいの回復なんて何でもないよ。回復しなきゃならないほど、ダメージを受けてるってことだし……そおれっ!」
     英明が舌なめずりしながら、緋色のオーラで輝く斧を回復したての敵の腰にざくりと食い込ませる。
    「よっしゃ、一気にいっちまおうぜ! 俺は山の風景を撮るのを楽しみにしてんだ!!」
     祥互が眩しい炎を叩きつけ、
    「くらえっ!」
     緋月がチェーンソーで東部を狙う。
    「お願いだから、早く消えてよっ」
     アストルはガトリングガンから炎弾を、憂妃は裁きの光を撃ち込む。
     輪郭がますます不鮮明になり、黒く濁った姿になった敵は、よろめきつつも足を蹴り上げる。
    「!」
     影が蛇の鎌首のように祥互に迫る……が、
    「当たるもんか! ……頼むぜ!!」
     ひらり、と跳び上がってそれをかわした。
     敵が祥互に引きつけられているのを見て、仲間たちは一斉攻撃に出る。紫姫は日本刀で斬りつけ、英明は斧をひらめかせ、狭霧はナイフを突き立てる。緋月は拳を握って突っ込んでいき、アストルはガトリングガンを連射する。憂妃は赤い逆十字で封じ、忍も最後方から眠りの符を投げつける。
     ゆらり、と偽アストルの全体がピンボケ光量不足の画像のようにゆらいで、不鮮明になった。輪郭の外側から小屋の薄暗がりに溶け込んでいく。
     しかし、ぼんやりと見える顔が、いつまでも不気味に笑み続けていて……。

     ……アハハハハハッ。

     煙か霧のように都市伝説『四隅の怪』は闇に溶けて消えたが、灼滅者たちの耳には微かな嗤い声が残った。

    ●男湯
    「……ああ、疲れが吹き飛ぶっすね」
     狭霧は大自然まっただ中の露天風呂で手足を伸ばす。
     祖母谷温泉の泉質は単純硫黄泉(硫化水素型)。効能はうちみ、切り傷、ヒフ病、(飲用)胃腸病、糖尿病等。ハードな依頼をこなしてきた彼らにはぴったりだ。
    「冬はもちろんですけど、夏の温泉も最高っすね」
     仰ぎ見れば北アルプスと、夕焼けが見える。
    「だよねえ」
     英明もリラックスした溜息を漏らす。その容姿ゆえ脱衣所では変に注目を浴びていた彼だが、脱いでしまえばこっちのものだ。
    「不帰山、キツかったけど登頂して良かったね」
    「ですねえ、達成感アリアリっす」
     都市伝説を灼滅した後、仮眠を取った彼らは夜明けと共に起床し、小屋をできる限り片付け、不帰岳に登頂して、やっと祖母谷温泉に降りてきたのだ。
     英明は、
    「(こういう男同士の温泉もリラックスできてイイけど……)」
     幼いガールフレンドとも来てみたいかもと、ちょっと思っていたりする。
     一方、祥互はお湯にゆったりと浸かりながら、
    「おいアストル、体洗ってから入ったか?」
    「洗ったよ!」
    「タオルは湯船につけるんじゃねーぞ」
    「浸けてないでしょ!」
     アストルは頭の上に乗せたタオルを指す。
     祥互は、意外と構いたがりらしい。
    「風呂上がりは牛乳飲もうな-。腰に手を当ててなー……こら誰だ今“おっさんくさい”とか言ったのは!?」

    ●女湯
     女湯でも4人がまったりと山の疲れを流していた。
    「……登山に露天風呂、山の空気がたくさん吸えて、リフレッシュしましたね」
     忍はお湯の中に体を伸ばして、夕日が照らす北アルプスに目をやった。
    「ええ、本当に」
     隅っこの方にいる紫姫が控え目に答える。
     一緒に戦った仲間とはいえ、他人との入浴が恥ずかしいのだが、妹もいるので、大分くつろいできている。
     その緋月が、ざばっと勢いよく浴槽を出て
    「お姉ちゃん、背中流そうか?」
     と、声をかける。
    「そうね、お願いしようかしら」
     紫姫もタオルで体を隠しながら浴槽を出、露天風呂に残る忍と憂妃は、
    「ごゆっくり」
     笑顔で仲良し姉妹を見送る。
     高峰姉妹は洗い場で、お互いの背中を流し合う……と、紫姫がふとその手を止めて。
    「ねえ緋月、もしかしたら今回の件は、人が悪ふざけさえしなければ、普通の怪談で終わっていたのかもしれないわね」
     と、感慨深げに呟いた。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ