イフリート源泉防衛戦~地獄の道行

    作者:西東西


     それは、とつぜんの来訪だった。
     武蔵坂学園に、ある一人の男が訪ねてきたのだ。
     男の名は、クロキバ。
     人間の姿をとったダークネス・イフリートは、警戒半分、好奇心半分の面持ちで集まった生徒たちを前に、厳かに口をひらいた。
    「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
     イフリートから眷属退治の手紙が届く件については、すでに多くの生徒の知るところだ。
     実際に事件の手助けをした生徒もあり、クロキバの語る言葉に息をのむ。
    「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ。モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
     武蔵坂学園と共同戦線を張るということかと問うと、クロキバは静かに頷いた。
     ナワバリが荒らされるとなれば、少しでも加勢が欲しいところなのだろうか。
    「ヨロシク頼ム」
     ざわめく生徒たちを前に、イフリートは手を貸してほしいという源泉の地名を告げた。
     

    「まさか、ダークネスが直接、武蔵坂学園に依頼を持ってくるとはな……」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)がうめくように告げ、事の説明をはじめる。
     クロキバからの情報は、『イフリートのいる源泉に、ノーライフキングの眷属による襲撃が行われようとしている』というものだった。
     サイキックアブソーバーの魔術情報からも同じ事件が予測されたため、襲撃が行われるのは、間違いない。
    「きみたちに赴いてもらいたいのは、北海道・登別だ」
     先日、イフリートの依頼で登別原生林にはびこるゾンビを灼滅したばかりだが、この地でも、襲撃が予測された。
    「今回は、登別の源泉地をナワバリとするイフリートがきみたちの作戦指示に従い、行動する手はずとなっている。うまく協力し、ノーライフキングの眷属を撃退してほしい」
     
     戦場は、夜。
     登別原生林のすぐそばにある、『地獄谷』と呼ばれる爆裂火口跡となる。
     ここは直径約450mのエリアに、計15もの源泉の穴が密集している。
     ノーライフキングの眷属たちは『地獄谷』を取り囲むよう数か所から現れ、源泉を目指し、進軍してくる。
     敵が合流してから源泉でむかえ撃つこともできるが、眷属たちが合流する前に、各個に撃破する事ができれば、有利に戦うことができるだろう。
     戦場が広範囲となるものの、偵察を行って眷属の動きを確認するなど、うまく立ちまわることができれば、優位な状態での戦闘も不可能ではない。
    「クロキバからは、敵を源泉に近づかせずに撃退してほしいといった要請もあったが……。それを実現するには、我々も人数を分散し、各所の敵と戦わなければならない」
     分散した仲間との距離が離れてしまうと、他の戦場で勝利した仲間がいたとしても、別の戦場に救援に駆けつける――といった事は難しくなる。
    「ともあれ、最優先事項は『源泉の防衛』だ。クロキバの希望にそった戦術をとるかどうかは、きみたちの判断に任せたい」
     
     敵眷属は、『地獄谷』周辺5か所に分かれて出現する。
     ゾンビとスケルトンの混成部隊で、クラッシャーとスナイパーを多めに据えた、やや力押しの構成だ。
     前衛に立つ眷属は殺傷ダメージの高い近接攻撃を行ってくるうえ、各部隊にはメディックも存在する。
    「それと、共闘するイフリートについてだが。現地のイフリートのなかでも、特に好戦的で、気位の高い者が力を貸してくれるようだ」
     灼滅者の力を信用していないものの、クロキバの指示があり、しぶしぶ共闘に従っている。
     戦闘となれば活躍が期待できるとはいえ、相手はイフリート。
    「難しい指示を出した場合は、思い通りに動かない可能性がある。特に待機や、戦闘を控えるような指示は、我慢しきれずに無視してしまうことがあるかもしれない」
     イフリートの性質をうまく利用し、指示を考えてほしいと、一夜は告げた。
     
    「この戦いは、全体指針はもちろん、イフリートへの指示、きみたち自身の戦術など、総合的な作戦力が必要となる」
     なにかひとつの行動が秀でていたとしても、ほかの行動にほころびがあれば、そこから作戦が瓦解しないとも限らない。
    「色々とやっかいな事案ではあるが、この作戦が成功すれば、暗躍するノーライフキングの目的阻止にもつながる」
     「きみたちの無事の帰還を、待っている」と告げ、一夜はしばしの間、深く頭を下げ続けた。


    参加者
    花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    荒野・鉱(その眼差しの先に・d07630)
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)
    獺津・樒深(燁風・d13154)

    ■リプレイ


     茜色の空が、群青に染まる。
     地獄の谷が、夜闇に沈む。

     防衛に赴く8人は、3班にわかれて行動する作戦を選んだ。
     源泉周辺に配置し、防衛に尽くす【A班】。
     源泉外周をまわり、索敵・戦闘を行う【B班】。
     そして、残る源泉外周をまわり、遊撃を行う【イフリート班】。
     広大な原生林を臨む位置に、【A班】の4人の灼滅者が佇んでいる。
    「こういう戦いって、いつもとは違う意味で怖いっていうか。緊張しますね……」
     荒野・鉱(その眼差しの先に・d07630)は、主に他班との連絡を担当する。
     戦闘区域が広大となるだけに、情報共有のもつ役割は、重い。
    「縄張りを荒らされるくらいなら敵と共闘、か。思ってたのとは、違う奴等なのかね」
    「『共闘』って言っても、あんまり興味ないけど……」
     獺津・樒深(燁風・d13154)の言葉に、花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)が続ける。
     先ほどアルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)とともに発ったイフリートは、エクスブレインの話にあった通り、よほど灼滅者を信用していないらしい。
     作戦を聞くだけ聞いて、ろくに挨拶もせずに行ってしまった。
    「なんで……イフリート……なんかと……」
     皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)は始終嫌悪感をあらわに、眉根を寄せていた。
     失った己の過去には、イフリートが関わっていた。
     できる限り、顔を合わせたくはない。
     4人は源泉周辺の警戒を続け、外周を往く仲間たちの連絡を待った。

     一方、源泉外周へ向かった【B班】は、3名。
     『スーパーGPS』を発動させた千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)を先頭に、道なき道を進む。
    「イフリートと、共闘する日が来るとはな……」
     燃える血を持つがゆえの親近感か。
     志命は、炎獣とともに戦うことを喜ばしく思っていた。
    「わたしたちが源泉を守らなきゃ、もっと大変なことになっちゃうかも。なんだよ、ね」
     函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)が頷き、懐中電灯を手に双眼鏡を覗きこむ。
     夜闇のなか、原生林を進むのは容易なことではない。
     それでも足音や影、気配を探りながら索敵を続ける。
    「障害物なんかは、特になさそうですね。このまま、時計回りに進みましょうか」
     ハンドフォンで【イフリート班】と連絡をとっていた月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)は、おおよその進路を志命に告げ、地図に記入してもらう。
    「困ったときはお互い様、だし。クロキバや、他のイフリートたちのためにも、がんばろ」
     浮遊するナノナノ『しまださん』が、賛同するようにくるりと回る。
     3人は慎重に周囲を探りながら、闇色の森を進んだ。

     そして、【イフリート班】。
    「待て! 待たぬか!」
     アルカンシェルは、先へ行こうとするイフリートの背を小走りで追いかけていた。
     黄金の毛並みをもつイフリートは、名を『コハク』と言った。
     キツネを思わせる切れ長の眼差しに、オオカミの如きするどい牙と爪。
     額には、その名の通り琥珀色に透きとおった一角をいただいている。
     振りかえった炎獣は、カタコトで灼滅者を非難する。
    「オマエ ノロマ」
    「脚の長さがけた違いなのじゃ、仕方なかろう!」
    「ノロマハ オイテイク」
    「待て、待て!」
     ここで別行動をとられては、作戦そのものが崩壊してしまう。
     そこで、アルカンシェルは提案を試みた。
    「気高く雄々しい神話の獣よ。その背に、身をゆだねても構わぬか?」
     炎獣は鼻先を寄せ、小柄な少女を今にも踏みつけんばかりに覗きこむ。
     少女はひるむことなく、堂々とその瞳を見つめかえした。
    「……セイゼイ オレノセナカデ フルエテイルガイイ」
     その言葉を了承ととったアルカンシェルは、炎獣の気が変わる前にと急いで背に飛び移る。
     多少の暑さは感じるものの、毛並みは柔らかく、心地良い。
     人の足に合わせる必要がなくなったため、機動力も一気に増大した。
     炎獣は立ちあがるなり、ひと駆け。
     木々の合間を疾風のようにすり抜け、岩から岩へ、大きく跳躍する。
     ともに風をきりながら、アルカンシェルは『シビュラの託宣』を掲げ、叫ぶ。
    「ゆくぞ! 見敵必殺じゃ!」
     黄金の獣は声に応えるかのように、ぐんぐんと速度を増し、駆けた。


     ――ウオオオオォォォン!
     夜のしじまに、遠吠えが響く。
    「敵発見の合図、だね」
     ゆずるが顔をあげ、遠く、仲間とともに戦う炎獣に思いをはせる。
     【イフリート班】はすでに、小規模のアンデッド部隊を1つ壊滅に追いこんでいる。
    「あちらは快進撃のようですな」
     【A班】の鉱と連絡をとっていた无凱が、すぐに情報を共有。
     接敵から戦闘まで、余裕がなかったのだろう。
     アルカンシェルから直接の連絡はなかったが、源泉位置からイフリートの炎が視認できたという。
     おおよその方角から、位置を把握。
    「……だいぶ、遠くへ行ってるな」
     志命は眉根を寄せるものの、そのおかげで、敵の数を減らせているのも確かだ。
     気をとりなおし、索敵に戻ろうとした、その時だ。
     ゆずるが懐中電灯の明かりを消し、無言で无凱と志命を引き止めた。
     声を出さぬようジェスチャーで伝え、その場に身をかがめる。
     耳をすませば、カラカラと乾いた音。
     そして、鼻が曲がりそうなほどの、腐臭。
     どれほどの間、そうしていたのか。
     行軍中のアンデッド部隊をやり過ごした3人は、ゾンビやスケルトンの向かった方角を見やる。
    「敵の数。確認できましたか?」
    「たぶんだけど……ゾンビが6体。スケルトンが、5体くらい」
    「……多いな」
     【B班】で対応するにしても敵の数が多く、不安が残る。
     状況をかんがみ、无凱は即断した。
    「この作戦の主目的は、『源泉の防衛』です。すぐに、【A班】と合流しましょう」

    「【B班】が、1部隊発見したみたいっす。自分たちと合流して、迎撃しようって言ってるっす」
     鉱が【B班】からのアンデッド部隊発見の報を受けたころ、源泉周辺の偵察を行っていた【A班】でも、敵の接近を察知していた。
     【B班】が見つけたものとは別の、10を越えるアンデッドで編成された部隊。
     すでに目視できる位置まで進軍しており、このままでは源泉に踏みこまれる上に、両部隊から挟み撃ちを受けてしまう。
    「イフリート……手を抜いたんじゃ……ないだろうな」
    「自分たちの縄張り争いだ。なおさら、手は抜かねぇっしょ」
     いまだ炎獣を警戒する零桜奈に、樒深は確信をもって答えた。
     炎獣のあの気性だ。
     灼滅者たちを追い詰めるなら、姑息な手段など用いず、正面から向かってくるに違いない。
     アンデッド部隊に出しぬかれた要因があるとすれば、おそらく、連絡手段として用いた『遠吠え』。
     ノーライフキングの眷属ともなれば、強力なアンデッドは高い指揮力を持ち、配下を率いて戦うという。
    「原生林じゅうに聞こえるような、声だったし。敵も、イフリートを避けて、進路を変えたんじゃないかな……」
     依鈴はポーカーフェイスを保ったまま。
     しかしわずかに、唇を噛みしめる。
     こうしている間にも、敵軍は接近している。
     迷っているだけの時間はない。
    「ソノ死ノ為ニ、対象ノ殺戮ヲ是トスル」
    「熄(うずびみ)」
     覚悟を決めたようにスレイヤーカードを解放した零桜奈と樒深を見やり、鉱が不安げに問う。
    「……自分たち4人だけで、両方の部隊と、戦うんすか?」
    「さっさと……ゾンビ……殺して……帰る」
    「ま。今回は手を貸す、つーことで」
     2人に続き、依鈴も魔導書を手に取る。
     ここはダークネスの占有する源泉で。
     イフリートそのものにも、興味はないけれど。
     ――なにかを『守りたい』と思う気持ちは、一緒かもしれない。
     そう、感じていたのだ。
    「だから……。頑張って悪いことは、きっと、ないと思う」
     仲間たちの言葉に、鉱は己のスレイヤーカードを見つめた。
     作戦の失敗を恐れる気持ちがある。
     難しい戦いは避けるべきだという、思いも。
     けれど、
    「みんなで一緒に、帰るために」
     決意を含んだ言葉が、スレイヤーカードの封印を解き放つ。
     猛るオーラを身にまとい、鉱は顔をあげ、拳を固めた。
    「【B班】と合流するまで、必死で、頑張るっす……!」


     『地獄谷』は、山の爆発によって大地がえぐられた土地だ。
     15ある噴気孔や湧出孔からは湯煙がたちのぼり、周囲には硫黄のかおりがたちこめている。
     クロキバの要望に添うならば、この地に、敵を踏み入らせるわけにはいかない。
     【A班】の4人は先に接近しつつある敵部隊を迎え撃つべく、先制攻撃を仕掛ける。
    「……ここで、食い止める!」
     零桜奈が妖の槍を振り払い、鋭利なつららで前衛を凍てつかせる。
    「既に住人が居る場所だ。横取りしようってのは、頂けねぇぞ」
     樒深はウロボロスブレイドを高速で振り回し、前衛のゾンビを一気に切り刻む。
     仲間たちを狙う攻撃は鉱がかばい受け、依鈴はひたすらに、弓を構える後衛のスケルトンへ裁きの光条を放った。
    (「せめて、メディックを落とすことができれば!」)
     10を超えるアンデッドが、その数を半分ほどに減らしたころ。
     樒深は肩越しに背面を見やり、するどく呼びかける。
    「花城」
     告げるなり反転し、走る。
     もう一方の部隊が視界に見え始めている。
     【B班】の姿は、未だ見えない。
    「こっちは、自分たちにまかせるっす……!」
     樒深の意図を汲み、鉱はWOKシールドを掲げ、零桜奈と己の傷を癒す。
     続けて、依鈴も離脱。
     零桜奈は敵に視線を定めたまま、振りかえらない。
     胸をかき乱す怒りをアンデッドたちにぶつけるべく、日本刀を抜きはなち、吠えた。
    「貴様ら。ここから先に……行けると思うな!」

     遊撃のすえに三連戦を行った【イフリート班】は、三つめの部隊を撃破したところで、体力を著しく消耗していた。
     炎獣の戦闘力は圧倒的で、どの戦闘でもめざましい活躍をみせた。
     しかし敵からの集中攻撃を受け続け、疲労の色が濃い。
     アルカンシェルは炎獣を休ませ、他班へ連絡を取るべく『ハンドフォン』を試みたが、【A班】とは連絡がつかない。
     【B班】に連絡をすれば、源泉へ向かい移動中だという。
    『遠吠えで、イフリートの位置を掴まれたようで。源泉に、二部隊が集まっています』
     【B班】も敵に気付かれぬよう源泉へ向かっているが、敵は暗闇をものともせず進み、疲れ知らず。
     一方、灼滅者たちは足場の悪い原生林に夜闇とあって、後追いするのが精いっぱい。
     できれば【イフリート班】も源泉に戻って欲しいと告げる无凱の声を受け、アルカンシェルは炎獣を振りかえった。
     見れば立ちあがり、再び移動しようとしている。
    「まだ動いてはならぬ! 身体を癒すのが先じゃ!」
     だが、回復を待っていては到底源泉の戦いに間に合わない。
    「ゲンセン マモル。ソレガ オレノヤクメ」
     走りはじめた炎獣の背に、アルカンシェルは飛び移った。
     大地を踏みしめるごとに、炎獣の身体から炎が――体液が飛散する。
     アルカンシェルはせめてもの癒しとなるよう霊力を撃ちだしながら、遠く、源泉の方角を見やった。
    (「言っても聞かぬなら、早々に戦闘を終わらせるまでじゃ……!」)

     やがて源泉にたどり着いた【B班】は、樒深、依鈴の2人と戦うアンデッド部隊の横合いから攻撃を仕掛けた。
    「……すまない。遅くなった」
     依鈴への攻撃を肩代わりした後、志命はウロボロスブレイドを左手で手繰り、メディックとみられるスケルトンへ巻きつけた。
     ゆずるは2人の傷を癒すよう『しまださん』に指示し、バトルオーラを練りあげる。
    「今度は、わたしたちが相手、だよ……!」
     捕縛した敵めがけ、両手からオーラを放出!
     倒れた仲間に構わず、アンデッドたちはなおも進み続ける。
     ここを通せば、敵を源泉に近づかせることになる。
    「バレットストーム!」
     見かねた无凱がガトリングガンを構え、大量の弾幕で進軍を阻む。
     回復を受けた樒深と依鈴は、蓄積した殺傷ダメージをおして、戦線に戻った。
    「サッサと除け。お呼びじゃねぇんだ」
    「温泉も、たまには大掃除、しないとね……」
     樒深の影業が戒めたゾンビを、依鈴の禁呪が、他のアンデッドもろとも爆破する。
     集った仲間との連携を駆使し、灼滅者たちは徐々に、アンデッド部隊を打ち崩していく。

     しかし、その一方で。
     別部隊の抑えに残った零桜奈と鉱の体力は、限界を迎えていた。
     残る敵は、2体。
     鉱は最後の力を振りしぼり、零桜奈へ向けられた一撃を受け、弾き飛ばされた。
     意識はあるものの、身体に力が入らない。
     起きあがることができない。
     ただひとり立つ零桜奈は、刀と槍を手に、何度も、何度も、アンデッドに斬りかかる。
     傷口から炎が散る。
     怒りとも、哀しみともつかぬ叫びが、響きわたる。
     そして、ついに。
     1体のアンデッドを道連れに、零桜奈は倒れ、動かなくなった。
    (「くそっ、ここまできて……」)
     鉱は仲間の言葉に奮いたち、ともに戦った。
     それだけに、最後まで力を尽くせないことが、悔しい。
     トドメをさそうと迫るアンデッドを見やり、死を覚悟した。
     その時だった。
    「鉱! 零桜奈!」
     アルカンシェルの声が聞こえたと思うと、急に周囲が昼間のように明るくなり。
    「シニゾコナイフゼイガ コノチヲ ケガスコトハ ユルサヌ……!!」
     空気を震わせるほどの大音声の後、駆けつけた黄金の獣がアンデッドを蹂躙する。
    「覚悟せい! ここがお主の……『デッドエンド』じゃ!」
     緋色に染まった『シビュラの託宣』を振りかざし、一閃。
     両断されたアンデッドは、湯煙の影で灰になり、消えていった。


     鉱、零桜奈に続き炎獣が倒れたころには、【A・B合同班】もアンデッドとの戦闘に勝利していた。
     皆、一様に傷を負ってはいたものの、命に危険がある者はいない。
     深手を負い、なおも駆けつづけた炎獣の傷は悪化していたが、すこし休めば平気だと言う。
     最善の形ではなかったかもしれない。
     しかし目的通り、源泉を守り抜くことは、できた。
    「コハク。一緒に戦ってくれて、ありがとう」
    「……しかし、無茶をする」
    「今回の件。貸し一、な」
     ゆずる、志命、樒深の言葉に、炎獣は目線を向けたまま、喉の奥で唸り。
    「ニンゲンヲ ノセテ ハシルナド……。 ニドト ゴメンダ」
     そうしてゆっくりと、まぶたを閉じた。

     夜は更け、湯煙のたちのぼる谷に、ようやく静寂が訪れる。
     意識を失った者たちはそのまま眠らせ。
     灼滅者たちは炎獣のそばに座りこむ。
     体力が回復するまで、ただ静かに、星空を見あげ続けた。
     
     

    作者:西東西 重傷:荒野・鉱(その眼差しの先に・d07630) 皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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