無声慟哭 Modified Soul

    作者:西東西


     ――カミサマなんていない。
     ――トクベツにならなきゃ、なにも変えられない。

     開いた窓から吹きこむ風で、カーテンがはためいていた。
     薄暗い部屋のなかで、少女が寝台に横たわっている。
     胸に抱くのは、新書本サイズの『謎の機械』。
     おもちゃのゲーム機にも見えるそれは、赤や緑の光を、ちかちかと明滅させている。
    『これを抱えて眠れば、強い力を得られる』
     そんなふれこみで手に入れた、機械。
     少女は迷うことなく機械を抱え、夢を視ていた。

     夢のなかで、黒木・春子(くろき・はるこ)は黒いセーラー服に身を包み、雪に覆われた田舎道に立っていた。
     手には日本刀を持ち、ずっしりと重さまで感じる。
     道は一直線に、どこまでも伸びている。
     歩きはじめた春子の前に、やがて、ゼリーのような生き物が現れた。
     ――日本刀を振るう。
     簡単に、弾けて消えた。
     虫、動物、人型の異形。
     ――日本刀を振るう。
     ぎちぎちと不快な音をたてて、ばらばらになった。
     蛮族風の盗賊、甲冑に身を包んだ兵士。
     ――日本刀を振るう。
     数回斬りこむと、悲鳴をあげながら倒れた。
     麗しい女騎士。
     現代の服装をした兵士。
     街で見かけた不良。
     ナンパしてきた下品な男。
     ――日本刀を振るう。振るう。振るう。振るう。
     足を落とし、腕を落とし、首を落とし。
     みんな、みんな。
     血と汚物と臓物をまき散らし、最期には『ひとではないモノ』になった。
    「フフ、フフフ! ひとをコロスって、こんなに簡単なことだったのね……!」
     春子の後ろには、春子の足跡と、倒した者たちの血。死骸。それらが、途切れることなく続いている。
    「刀の使い方もわかってきた。これなら私、やれるわ」
     幾度となく斬りすてたモノたちとの戦闘を経て、春子は着実に、日本刀での戦闘技術を体得していた。
     クラスメイト。
     居心地のいい、友だち。
     哀しそうに微笑む、両親。
     肩で息をつきながら、血濡れの刀を地面に突きたてる。
    「ハル」
     ふいに呼びかけられ、春子は思わず動きをとめた。
     目の前に、兄が立っている。
     数年前、見ず知らずの通り魔によって殺された兄。
     殺した男は無期懲役になった。
     男は今もまだ生きていて。
     だから。
     復讐のために、力が欲しかった。
     『兄』は、バタフライナイフを手にゆっくりと歩みくる。
    「もういいんだよ、ハル。さあ、こっちへおいで」
     ――チカラを手にできるなら。
     ――あたしは、修羅にだって堕ちてみせる。でも……!
     目に見えて震える刀を押さえつけるように、春子は日本刀を両手で握りしめる。
    「にいさん、やめて。邪魔、しないで! こないでよおおぉ!」
     春子は泣き叫びながら、雪道を後ずさった。
     

    「新たに『HKT六六六人衆』に関する予測が成った」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)の言葉に、集まった灼滅者たちがざわめく。
    「今回の事件は、博多で『謎の機械』を受け取った人間が、『悪夢に囚われる』というものだ」
     事件を起こしているのは、シャドウの協力を得た六六六人衆。
     悪夢を視ている人間を、新たな六六六人衆として闇堕ちさせようともくろんでいる。
     機械を手にしたのは黒木・春子(くろき・はるこ)という、HKT六六六人衆の研修生の少女だ。
     春子は自ら望んで悪夢を視はじめ、夢のなかで殺人ゲームを行っている。
     『兄の姿をした敵』を倒せば『最終決戦』へ進み、六六六人衆と戦うことになってしまう。
     そうなれば、闇堕ちは必至だ。
    「よってきみたちは黒木春子の悪夢のなかに入り、なんとしてでも、殺人ゲームを食い止めてくれ」
     
    「黒木春子との接触推奨タイミングは、『最後の試練』の敵――『兄』と対面した時だ」
     敵は春子に襲いかかるものの、それほど強くはない。
     春子を守り、敵を撃破すれば、ひとまず殺人ゲームを食い止めることが、できる。
    「ただし、簡単に敵を撃破してしまえば、春子はそのまま『最終決戦』の場へ向かおうとする」
     それを防ぐためには、『敵』を倒す前に、これ以上ゲームを行わないよう、説得しなければならない。
    「幸い、黒木春子は『兄』の姿をした敵を前に、戦意を喪失しつつある。それを踏まえて説得を行えば、手を引いてくれるかもしれないのだが……」
     春子は、闇堕ちを強く望んでいる。
     可能であれば、二度とHKT六六六人衆の誘惑に乗らないよう、更生したい。
     だが、人を殺し、闇に堕ちることをいとわぬ少女だ。
     どうすればそれが叶うのか。
     一夜には、まるでわからなかった。

    「……それから。黒木春子を目覚めさせることができれば、察知した六六六人衆が、ソウルボード内に現れる可能性がある」
     もっとも、必ず現れるわけではない。
     また現れたとしても、灼滅者たちはその時点で、目的を達成している。
     戦わずに悪夢から撤退しても、なんら問題はない。
     「どう対応するかは、任せる」と、一夜は多くを告げなかった。
    「きみたちが優先すべきは、『殺人ゲームの阻止』と『黒木春子を目覚めさせること』だ。……続ければ闇堕ちするとわかっているものを、往かせてなるものか」
     拳を固め、いつになく険しい表情で、エクスブレインは奥歯を噛みしめた。


    参加者
    有沢・誠司(影狼・d00223)
    萩埜・澪(彩り彩られ黒人形・d00569)
    花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)
    月見里・都々(どんどん・d01729)
    桜之・京(花雅・d02355)
    小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)

    ■リプレイ

    ●白い雪
     黒木・春子(くろき・はるこ)の部屋に侵入した灼滅者たちは、『謎の機械』を使い、ソウルダイブを実行。
     揺らぐ感覚の後、目をひらけば、夕焼けに染まる雪景色の真中に立っていた。
     まっすぐ伸びる、白い道。
     そこに、点々と、血と屍が続く。
     雪をえぐるようについた足跡を追っていくと、がむしゃらに日本刀を振るい続ける、春子の姿があった。
     灼滅者たちは春子に気付かれぬよう距離をとり、そのちいさな後姿を見守る。
    「常々思ってはいた事だが、負の連鎖は恐ろしいな」
     敵を倒すごとに動きが研ぎ澄まされていく春子の姿に、小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)が感慨深げにつぶやいた。
    「神様なんていない、……そうだね。祈ったところで、助けてくれない。だから、自分で打開しにいく。その考え自体を、間違ってるなんて思わないけど……」
    「……復讐って、楽しいのかしら」
     返り血に染まる少女を遠目に、花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)と桜之・京(花雅・d02355)の言葉が空しく響く。
    「さて、どうだろうね」
     『復讐者』たる有沢・誠司(影狼・d00223)は短くかえし、両の手の日本刀を握りしめた。
     春子が『復讐』をどう思っているか。
     それは、直接本人に聞いてみないことには、だれにもわからない。
    (「赤く染まった夢。恨むなとは、言えない。――でも、いかせない」)
     森田・依子(深緋の枝折・d02777)は胸中でつぶやき、唇を引き結ぶ。
     依子も春子と同じような経験をし、『なぜ犯人が生きているのか』という感情を、抱き続けてきた。
     いつしか感情は膿み、胸の奥深くに、重くのしかかっている。
     それだけに、今回の事件を見過ごすことが、できなかった。
    「私たちの言葉に、耳を傾けてくれると良いんですが……」
     天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)には、義理の兄妹がいる。
     春子の悲劇を己が身に置き換え、その気持ち、悲しさを理解し、どうにかして救えないかと必死に想いめぐらせてきた。
     静かに見守る萩埜・澪(彩り彩られ黒人形・d00569)も、表情には出さずとも、伝えたい想いが、ある。
    「あ、そろそろだよ」
     月見里・都々(どんどん・d01729)の声を受けて春子を見やれば、少女が両親と思しき2人を、斬り伏せたところだった。
     偽りの親の幻影であろうと、春子はためらうことなく、切り捨てた。
     その事実を目の当たりにし、灼滅者たちは気を引き締める。
    「……皆、準備はいい?」
     都々の言葉に、仲間たちが頷く。
     『最後の試練』の敵――春子の兄の姿が見えると同時に、灼滅者たちは雪道を踏みしめ、一斉に駆けだした。

    ●紅い華
    「もういいんだよ、ハル。さあ、こっちへおいで」
    「にいさん、やめて。邪魔、しないで! こないでよおおぉ!」
     後ずさる春子を追いぬき、飛びだしたのは一葉。
     春子をかばうよう、『兄』の持つバタフライナイフの前に身を投げだし。
     そのまま、切り裂かれた。
    「……っ!」
     鮮血がほとばしり、足元の白を赤く染める。
     斬られた腕を押さえ春子を見やれば、少女は怪訝な顔をして、一葉を見ていた。
     日本刀を構えなおし、問いかける。
    「だれ」
    (「――『兄』が人を傷つけることに、反応しない」)
     わずかでも迷いが見えれば、説得に移るはずだった。
     だが、春子は己が『兄』と対峙することに及び腰ではあっても、『兄』がひとを傷つける姿を見ても、特に反応を見せない。
    「貴女に、お兄さんと貴女自身を、殺させないために来ました」
     すぐに依子が答え、春子と対峙する。
     説得をする間は、こちらから『兄』に攻撃はしないと決めている。
     麗は『兄』の攻撃を受け流し、赤の名を冠する真紅の鞭剣『ヴェルメリオ』を張り巡らせ、盾を展開。
     次いで依鈴が進みでて、言葉を重ねた。
    「あなたが人を斬り伏せていくの、見てた……。荒くて、力任せで、理不尽で」
    「……ゲームの登場人物? それにしては、なんだか人間みたいなことを言うのね」
     右から左へ。
     言葉を、聞き流しているかのような反応だった。
     むしろ、『存在自体に関心をもっていない』というのが、正しいか。
    「通してよ。にいさんを倒せば、先に進めるんだから!」
     振りかざした春子の日本刀をかわし、依鈴は眉根を寄せる。
    「復讐したいならすれば良い。けど、そのためなら、鈴の大切な人も、その刃で貫けるの?」
    「できるわ。あんたの大切な人間なんか、私、知らないもの!」
     悪夢に囚われた者に武器を向けられるなど、まったく想定していなかった。
     慌てて後方へ飛び退る依鈴の代わりに、同じく日本刀を手にした誠司が迫り、刃を受け止める。
     粗削りな春子の剣には、灼滅者を圧倒するほどの力量はない。
     誠司は加減しながら、説得を試みる。
    「僕は君の復讐を肯定しよう。だが、君のとろうとしている手段に関しては、否定させて頂くよ。……その方法では、必ず後悔する事になる。先達からの忠告だ」
    「うるさいっ!」
     春子は誠司の剣を振りはらい、『兄』のもとへ行こうとする。
     だが京が進みでて、阻んだ。
    「復讐のために修羅に落ちる覚悟、私も、賛同したい。だけれど、殺してお終いじゃぁ、復讐とは言えないわ」
     鋼の糸で日本刀を絡めとり、続ける。
    「だって、そうでしょう? 邪魔をする存在を殺すことは、通り魔の行いとなにが違うのかしら。せっかく大義を掲げているのに、そのために『畜生』に成りさがるなんて、もったいないわ」
     説得の間も『兄』の攻撃は続いている。
     灼滅者たちは入れ替わり立ち代わり、回避や防御で、正面からやりあうのを避け続けた。
     しかし僅かずつとはいえ、傷は蓄積していく。
     澪は霧を展開して仲間たちの傷を癒しながら、春子へ向けて言葉を紡いだ。
    「春子……よく、聞いて……。このまま夢に捕われ続けると、春子は『闇堕ち』する……。『闇堕ち』すると、人格変わっちゃう、よ……。お兄さんへの想いも、歪むかもしれない……」
    「ゼロからまたはじめよう? 枯れた木にだって、花が咲くことだってあるんだよ。春子ちゃんなら、きっと綺麗な花が――」
    「やめて! やめなさいよ!」
     都々の言葉を遮るように、春子が叫んだ。
    「突然現れて、なんなのよあんたたち! 私のこと知ったかぶりしようっての!? この数年間の私の想いは、そんな……そんな簡単なものじゃないんだから!!」
     言葉をかけられれば、かけられるほど、いらだちは募っていった。
     すでに『力』を手にした者たちの姿に、春子は『兄』と対峙した時の惑いを凌駕するほどの、怒りを抱きはじめている。
    「にいさんから離れて!」
     一葉はマテリアルロッドで春子の刃を受け止め、声を掛けつづける。
    「こんな風に貴女を試し、ここに居るお兄様を貴女自身に殺させ……。そうして手に入れる力を、信用すると言うんですか?」
    「そうよ! 私は『力』が欲しいもの!!」
     依子は春子に負けじと、声を強めた。
     自分たちは『能力』について詳しいのだと告げ、『力』のデメリットを強調する。
    「堕ちれば貴女の意識は保てず、目標に辿りつけない可能性が、高い。無差別に人の命を奪う、自分も失う。憎い相手と同じになる手段をとるの?」
    「ダークネスになっても、特別なことなんか無い……。このまま進めば、なにも果たせず残せず終わってしまうだけって、解ってる……?」
    「力が欲しいならば、僕が鍛えよう。その力で復讐するのも、誰か護るのも君の自由だ」
    「姿はお兄さんだけど、実際は違う。死者を冒涜してるんだ。もう眠らせてあげよう?」
     依鈴の、誠司の、都々の。
     続く言葉にも、春子はなんの反応も見せない。
     京は一歩踏みだし、春子へ凛とした眼差しを向ける。
    「私は、人殺し自体に嫌悪も躊躇も抱かない、既にただの『畜生』よ。春子さんには、そんな風にはなってほしくない」
     ――己が身に『桜』を持つがゆえに、『春』の子に親近感を抱いた。
    (「できれば、仲良くなりたい」)
     だがその望みは、続く春子自身の言葉をもって、断たれた。

    ●黒い夢
    「ウフ。フフフフフ……」
     日本刀を持った手をだらりとさげ、灼滅者たちを見つめる。
     その瞳はどことなく、よどんでいるようにも見え。
    「私、わかったわ。これも『試練』なのね? ゲームとわかっていながら、にいさんを殺せない。この程度の弱い心じゃ、『力』は手にはいらないと思い知らせるための。そうでしょ?」
     言葉を重ねれば、重ねるほど。
     春子と灼滅者の距離はひらいていった。
     過去を、現在を、未来を。
     示し、さとすたびに、少女の心は遠ざかっていった。
     ――『兄』と自分を阻む者たち。
     ――『兄』と自分を凌駕する『力』を持つ者たち。
     その力量の差を見せつけられるたび、春子は奥歯を噛みしめた。
     己の無力を、思い知った。
    「にいさんは、私に『力』を与えるために、現れたんだわ」
    「……違、う。そうじゃ、ない……」
     否定する澪の言葉も、もはや春子の耳には届かない。
     遠くから見ていた少女の背中は、あんなにもちいさくて。
     言葉を交わせば、その心にさえ、手が届く気がしていたのに。
     ――目の前に居るのに。今はもう、こんなに遠い。
     薄く微笑む春子の声に、
    「……そう。修羅道を往くというのね、春子さん」
     京は困ったように眉根をさげ。
     それでもしたたかに、口の端に笑みを浮かべてみせた。
     先に『畜生』として堕ちた身なれば。
     どんな場面であろうと、与えられた任を全うするのが己の務め。
     それまで一度も説得に参加せず、ひたすらに『兄』の攻撃を阻み続けていた麗が、口を開く。
    「これ以上は、無理だ」
     言い捨て、WOKシールドで『兄』――『最後の試練』の敵を、殴りとばした。
     ――説得失敗。
     そう判じたならば、灼滅者たちのなすべきことは、ひとつしかない。
    (「『これ』を消せば、春子さんは二度、彼を失うことになる」)
    (「復讐したいという心を、咎めはしません。けれど、彼女の本当のお兄様が、それを望んでいないであろうことは、間違いないはずです……!」)
     想像以上に深い、春子の心の闇。
     重ねた言葉がまるで届かなかったことを悔やみながらも、依子は炎の奔流を、一葉はロケットハンマーを、春子の『兄』に叩きつけた。
    「鈴は、過去に負けたくないよ。生きている今は過去じゃないから、忘れないまま、前に行く……!」
     吹き飛んだ身体へ向け、依鈴はバイオレンスギターを力強く弦をかき鳴らす。
     都々は魔導書を開き、ぼろぼろになった『兄』を見やった。
    「今は無理でも。春子ちゃんなら、厳しい冬を乗り越えて、きっと綺麗な花を咲かせるもん。満開の花を、見せてくれるもん!」
     願いとともに、『兄』の身に原罪の紋章を刻みこむ。
     先ほどまで『兄』と呼んでいたものが、ぐちゃぐちゃに、破壊されていく。
     雪道のあちこちに、ばらばらに、飛び散っていく。
    「アハッ……。アハ、アハハハハ……!」
     灼滅者と己の実力差をいやと言うほど思い知った春子は、滂沱の涙を流しながら、『兄』が殺されていくのを、笑って見ていた。
    (「せめて春子さんからお兄さんへ、攻撃はさせないわ。大切な人を自らの手で傷つけるなんて、絶対に、本意ではないでしょう……?」)
     京は鋼糸を手繰り、残った『兄』の身体を引き裂いて。
     麗は血色に染まった逆十字を召喚。
     緋色のオーラで追い撃ちをかける。
     全身を、雪道を赤く染め。
     人としての原型をとどめない『兄』を見据え、誠司は左手に鞘を持ち、構えた。
    「この一太刀で、終わらせる――」
     声とともに、一閃。
     『最後の試練』は胴を両断され、どっと音をたてて倒れ、動かなくなった。
     ――黄昏の道は、いつまでも朱色。
     ――黄昏の道は、どこまでも血の色。
     冗談のようにまき散らされた『兄』の体液を前に。
     春子はしばらくの間、涙を流しながら笑い続けた。

    ●ハルと修羅
    「あんたたちが強いのはわかったわ。今の私じゃ、とうてい敵わないってこともね。だから今回は、ゲームから手を引いてあげる」
    「君の代わりに、僕が復讐を代行してやろう。……と、言ったら?」
    「あんたにやらせて何になるの? 『復讐とは自らの手でやり遂げてこそ意味がある』。あんたはそう、言ったわね?」
     説得の最中、誠司から受けた言葉をそのまま返し、春子が笑う。
     澪はそんな春子を静かに見守り、最後に、念を押した。
    「闇堕ちすれば、春子が、春子じゃ……なくなるの……。兄の思い出すら、全部失くして……ただ人を斬る存在になるだろう、ね……」
    「『力』が手にはいるなら、そんなのささいなことだわ」
     出会った時の粗削りな雰囲気が消え、春子はかえって、落ち着いた態度をとるようになっていた。
    「力に頼っても。特別になんか、誰もなれないんだよ」
     続く依鈴の言葉にも、春子は薄く笑むばかり。
    「……今からでも。別の手段を、探しませんか。もしまだ迷っているのなら、何処まででも止めに行くし、付き合うから」
     述べられた依子の手を、春子はするどく振り払う。
    「あんたたちには、感謝してるわ。私がどれだけ弱くて。どんなに『力』を求めていたかってことを、こんなにも強く、おもいださせてくれたんだもの」
     満面の笑みを浮かべ、少女はセーラー服をひるがえし、去っていく。
     悪夢が終わる。
     やがて現実世界の春子も、目を覚ますだろう。

     殺人ゲームを阻止することはできた。
     だがそれは、灼滅者たちが望む結果とは、大きくかけ離れたものとなってしまった。
    「……こんなのって、ないです」
     うつむき、一葉が唇を噛みしめる。
    「でもこれが、春子さんの選んだ答えよ」
    「復讐は連鎖する。その事実を、奴はどう受け止めるんだろうな」
     京と麗の言葉に、一同は大きく息をついた。
    「こんな悪趣味な事ばかりして。何度だって阻むから。いつか絶対、倒してやる……!」
     いきどおる都々の言葉に、答える声はない。
     結局、灼滅者たちが六六六人衆と出合うことは、なかった

     現実の世界。
     カーテンのひるがえる部屋に、春子の姿はなく。
     動かなくなった機械だけが、ぽつんと、残されていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 9
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