女羅刹が求めるものは

    ●逢魔が時の榛名湖畔
    「――うっ!?」
     百目鬼の両脚を、突然糸のようなものが絡め取った。そのまま脚をすくわれ、背中を路面にこすりながら勢いよく引きずられる。路面に爪を立て抗おうとするが、まるで歯が立たず爪がベリッと剥がれた。すさまじい力だ。
    「くそっ、なんじゃこりゃあ!」
     百目鬼は内ポケットから拳銃を出し、引き寄せる力の方向に連射した。ひきずられながらなので狙いはまるで定まらないが、牽制くらいにはなるかもしれないと。
     しかし、弾を撃ちつくしても勢いはまるで弱まらない。引っ張る者は、楓の大木の枝上にいるらしい。紅く色づいた木がどんどん迫ってきて、
    「ぶつかる!」
     そう叫んだ瞬間、ガクンと体が浮いた。
     糸を引く者が太い枝から飛び降り、その分百目鬼が浮き上がったのだった。
     逆さ吊りで揺れる百目鬼の視界に入ってきたのは――細い鋼の糸を操る女。
     派手な着物姿の美しい女だ。しかし堅気ではないことは一目でわかった。はだけた襟元から刺青が覘いている。
     それから、額に見える黒いあれは――角?
     大体、大柄な百目鬼を、これほど軽々と引っ張って吊り下げられるとは……。
    「(この女、何者だ……人間、なのか?)」
     女は男を吊り下げた糸を幹に結びつけて固定すると、別の糸を彼の首と腕に回し、
    「暴れると締まるからねェ、静かにおしよ」
     よく通る声で言った。他人に指示を出すことに長けている声だ。
    「……姐さん、何者だ?」
     得体の知れない敵という恐怖に強ばってはいるが、百目鬼とて若頭まで上った男だ。ただ成されるがままというわけにはいかない。
    「あたいかい? あたいは鈴山・虎子。二つ名は箕輪御前、赤城山の虎と呼ばれたこともあったね」
    「俺に何の用だ」
    「アンタ自身に用があるわけじゃあないのさ」
     虎子と名乗った女は、百目鬼の背後に回る。
    「用があるのは、アンタの背中の昇り龍さね!」
     ビリビリッ。
     高価な背広がYシャツごと引き裂かれた。秋の冷たい風に、背中のアブラ汗が冷えていく。
    「立派な龍じゃないか」
     ふふ、と虎子は笑い、指先で刺青をなぞる。
    「とにかく、この刺青はいただくよ」
    「いただくって……うっ!?」
     どうやって、と思った瞬間、百目鬼の背中に5本の鋭い刃物が食い込んだ。
     刃物と思ったそれは、虎子の右手の爪だったのだが。

     ベリベリベリベリッ!

     虎子は背中の刺青を皮膚ごと一気に引きはがした。
     逢魔が時の榛名湖畔に、男の絶叫が響き渡り……そして止み、紅く染まった楓の葉がざわざわと散った。
     
    ●武蔵坂学園
     予知の内容を語り終えた春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は、考え込んだ表情でパタリ、パタリと手鏡を机の上でもてあそんだ。いつものようにのぞき込みもせず、ひたすら考え込んでいる。
     しびれを切らした灼滅者のひとりが問いかける。
    「虎子って、羅刹百鬼陣時に、三夜沢赤城神社で戦った女羅刹かい?」
    「え……ああ、そうです」
     典は我に返り、
    「あの戦争の敗残ダークネスの多くは、ソロモンの悪魔・美醜のベレーザの配下についたようですが、虎子は、それに加わらずに独自に活動していたらしいのです」
     その虎子が、群馬の榛名湖畔で一般人――百目鬼というヤクザの若頭――を襲う。
    「百目鬼は、ヤバい取引のために夕刻の榛名湖を単独で訪れていたようです」
     若頭ともなれば単独行動は普通しないものだろうが、たまの機会をすかさず狙われたということだろう。
     昼間、特に休日はレジャー客で賑わう榛名湖であるが、秋の夕暮れともなれば人気は殆ど無い。ヤバい取引にも、襲撃にも都合のいい場所である。
    「百目鬼を救い、虎子を撃退して欲しいのですが、戦争では死の宿命を与えたとはいえ、強敵には違いありません」
     それはそうだろう。戦争であれほどの配下を従えていた羅刹だ。
    「作戦としては、虎子が百目鬼を楓の大木に吊る作業をしている最中が、最も近寄りやすいと思います。それまでは周辺の茂みなどに慎重に隠れていてください」
     それまで待つと、引きずられた百目鬼はかなり痛めつけられることになるが、そこはヤクザなのであまり同情しなくてもいいだろう。
    「重ねて言いますが、虎子は強敵ですから、現在のところ灼滅は簡単ではありません。接触を図り、今回の事件に関する何らかの情報を得て、撤退させればそれで充分です。無理はしないように――それにしても」
     典はまた考え込む表情になり。
    「虎子の行動は謎だらけです。百目鬼そのものではなく、刺青を必要としている……何のために?」
     確かに、刺青を奪ってどうしようというのか?
    「とにかく皆さん、用心してかかってください。嫌な予感がします。彼女の単独行動であることは間違いないですが、周辺の状況には充分に警戒して、不測の事態が起きても対応できるように準備していってください」
     不安げな典に、灼滅者たちは真剣な面持ちで頷いた。


    参加者
    天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    室崎・のぞみ(世間知らずな神薙使い・d03790)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)
    物集・祇音(月露の依・d10161)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)

    ■リプレイ

    ●百目鬼奪取
     ダン、ダン……ダン!
     銃声が響き、灼滅者たちは茂みの中で警戒レベルを一段階上げる。
     逢魔が時の薄闇の中、虎子が潜む楓の木がひときわ紅く、そしてざわざわとそれそのものが百目鬼を引き寄せているかのように激しく揺れて秋色の葉を落とした。
     もうじき作戦開始だ。
    「――全く厄介な仕事だな」
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が溜息交じりに、けれど鋭く囁いた。
     神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)が幾分心細そうに頷いて。
    「悪い予感しか、しません、ですね……何が目的か、全然わかりませんし……魔利矢さんと鞠花さんも……」
    「ええ……おふたりも今の虎子さんは、自分たちが知っている彼女とは、きっと別人のように変わっているだろう、と言ってましたしね」
     そう語った結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は蒼と共に、虎子の刺青について魔利矢と鞠花に話を聞きに行ったのだが、殆ど具体的な情報は得られなかった。そもそも、いわば幽閉状態だったラグナロクとその護衛という立場だった2人は、外回りを担っていた虎子との接点は少なかったようだ。
    「しっ」
     様子をじっと窺っていた天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)が、仲間たちに沈黙を促した。いよいよ奇襲のタイミングがやってくる。
     灼滅者たちはチクチクする葉を透かして、楓の木を一心に見つめる。ちょうど虎子が樹上から飛び降り、百目鬼の巨体を吊り上げていくところだった。地面に降りた虎子は、派手な着物に大きく結った日本髪。女性らしい装いからは、成人男性を軽々と吊り上げるような怪力を持っているようにはとても見えない。しかし彼女が人外の存在であることは、その額に黒光りする角を見れば明らかだ。
     百目鬼を吊す糸を、虎子が幹に回し結びつけたその瞬間。
    「今デース! Go!」
     ウルスラが叫んで、強力な懐中電灯で虎子を照らした。灼滅者たちは一斉に茂みを飛び出し、ターゲットに向かって走り出す。
     静菜がサウンドシャッターを発動したのを見て、続けて守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)は殺界形成をかけると、
    「チェーンジケルベロース!! Style:Mountain!!」
     バトルオーラを具現させる。
     物集・祇音(月露の依・d10161)は霊犬・菊理を出現させ、自らは腕を異形化させた。森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)は影を足下に引き寄せてタイミングを計り、室崎・のぞみ(世間知らずな神薙使い・d03790)は、
    「誰も傷つけさせませんし、死なせませんっ!!」
     ブレス&パニッシュから、光の輪を飛ばす。狙うは百目鬼を吊っている糸である。糸が虎子の武器である鋼糸であったら破断することはできないが、普通のワイヤーならば切れるので、試してみる価値はある。
    「――あっ、切れました!」
     光の輪は金属の糸をぶつりと断ち切った。幸いにして普通のワイヤーだったようだ。
    「よし、任せろ!」
     脇差が怪力無双を発動すると、一直線に百目鬼の保護に向かう。
     さしもの女傑・箕輪御前も、突然の灼滅者たちの出現に一瞬立ちすくんだ。その隙を逃さず、攻撃の届く範囲に達したメンバーは一斉に仕掛けていく。
    「……逃がしません……」
     蒼と心太が影を伸ばして捕縛を図り、
    「隙有り! でゴザル」
     ウルスラが足止めを狙って死角から斬りつけると、引きずるほど長い着物の裾が千代紙のように華やかに裂けた。
    「理由は知らんけど、やり過ぎじゃろ!」
     神楽は影に縛られた敵に跳び膝蹴りを喰らわせ、静菜はガトリングガンから炎弾を放つ。
     祇音は、
    「(百目鬼退避の邪魔だけはさせないぜ……!)」
     袂で顔を庇う敵を、異形の腕で抑え込もうとする……が。
     ビシュルッ!
     虎子は攻撃を振り払うかのように体を捻り、腕を大きく振った。左手の鋼糸がひらめき、投網のように伸びて広がる。
    「……ぐっ!?」
    「うわあ!」
     投網は、接近していた前衛を跳ね飛ばし遠ざけた。
    「(さすが、赤城の虎……速い、です!)」
     下がったポジションにいたため一撃を逃れた蒼は、生き物のようにうねり跳ねる糸を目の当たりにし、驚きを禁じ得ない。
    「(……もしかして、強くなってる、です? 羅刹百鬼陣の、時よりも……?)」
     一旦飛び退いて着地した虎子は、しゅるりと糸を手元に引き寄せると、ずいと1歩灼滅者たちの方に踏み出して啖呵を切る。
    「なんだいなんだい、仁義も切らず、奇襲たァ卑怯じゃあないかえ? 人の獲物を横取りするアンタたちは何者サ。あたいが箕輪御前と知っての所行かい?」
     堂々とした物腰、張りのある声、隙の無い鋭い視線。確実に迫力は戦争時より増している。
     虎子は着物の裾をさばきながら、また1歩、前へ出る。灼滅者たちは気圧されそうになりつつも、防御を固める。脇差が最後方に避難させた百目鬼だけは何としても守らなければならない。少なくとも、何らかの情報を得るまでは。
     心太が張り合うように1歩前に出て、口火を切る。
    「まさかこんな所で名のある羅刹と会うとは思いませんでしたよ、鈴山虎子さん」
    「なんであたいの名を……ああ」
     思い当たったらしく、ふっ、と紅い唇に微かに笑みを漏らし。
    「そうかい、アンタたちは武蔵坂の灼滅者。そうだろう?」
    「ソノ通り。赤城山ぶりでゴザルな」
     ウルスラは軽い口調で応えたが、油断なくハンマーを構えている。
     鈴子は目を細め顎に手を当て考え込む。
    「灼滅者……とすると、そうか、アンタたちはアイツを救い出すために来たンだね」
    「そういうこと。観光業にとってはどんな人間でも客になる可能性があるけんな」
     神楽がボウとバトルオーラを手の中で光らせて。
    「それと、何故あんたが刺青を収集しちょるのかも知りたいし」
    「刺青といえば」
     祇音がするりと黒い着物の肩を滑らせ、肩を出す。白い肩に、金木犀の耳飾りと相まって、妖狐の刺青が映えている。ただしタトゥーシールであるが。
     祇音は唇に雅な笑みを浮かべ。
    「妖狐を施してみた。どうだい? アンタも刺青が好きなんだよな、気が合いそうだ」
     祇音に続き、タトゥーシールを貼ってきた他のメンバーも、虎子に向かってそれを示す。ウルスラは頬に薔薇の花。神楽は牡丹。心太は昇龍。静菜は鬼と花を片腕ずつに。刺青の柄に意味があるのではないかと考え、虎子の反応を見るために多種用意してきた。
     静菜が虎子の表情を慎重に窺いながら。
    「趣向をこらしてみました。お眼鏡に適う柄はありますか?」
     すると――。
    「――アッハハハハハ」
     虎子は急に笑い出した。艶やかに、しかし可笑しくてたまらないというように。
    「そうじゃない、そうじゃあ無いのサ」
     
    ●刺青の理由
     一方、百目鬼を攻撃の届かない最後方まで下げ、護衛している脇差は。
    「俺たちはあの女を追ってきた。お前の命を守ってやる代わりに、俺たちの調査に協力して欲しい」
     足首に食い込んだワイヤーをほどきながら、百目鬼に取引を持ちかけ、質問をぶつけていた。
    「お前堅気じゃないよな、どこの組の者だ? 襲撃される心当たりはあるのか?」
     しかし百目鬼からは何の返答もない。
    「なあ、ちょっとくらい返事してくれてもいいんじゃないか? 悪い話じゃないだろ……ん、どうした?」
     足から顔に視線を向けると、百目鬼は呆然と虎子と灼滅者の戦いに見入っており、脇差の問いが聞こえている様子はない。
    「ああ……そりゃ人外の戦いだからな、驚くよな。ショックも受けてるだろうし」
     仕方ない、質問はもう少し落ち着いてからにするか、とワイヤーを解くのに集中する。ワイヤーはきつく食い込み、足首から先が鬱血して青黒くなっている。その青黒さを、嫌な色だ、と脇差は何となく思う。
     祇音に命じられ、護衛の補助にやってきた霊犬・菊理が、何故か百目鬼に向かってグルルと唸った。

    「そうじゃないって、どういうことだ!?」
     神楽が不快そうに虎子に問いただす。
    「ああ、ごめんよ笑ったりしてサァ」
     虎子は一応謝ったが、まだ笑いを漏らしながら。
    「あたいは、あの戦争で死の宿命を受けて、自分が何者かを知ったのさ」
     自分が何者か……?
     虎子のはだけた襟から刺青が覗いている。その刺青を虎子は掌で押さえ。
    「あたいのこの刺青と、引き合う刺青を持つ羅刹を探してんだよ。そいつを狩り、刺青を奪えば、持ち主の力をも奪って強くなれるのさ」
     引き合う刺青を持つ羅刹? 刺青と共に、力をも奪える?
     しかし……。
     灼滅者たちは後方を振り返る。
     百目鬼は脇差に服の背中をめくりあげられ、のぞみのカメラで刺青の写真を撮られようとしていた。彼は大柄でいかついし、人相も悪いが、それでも……。
    「あの人は、人間でしょう?」
     心太が嫌な予感にかられつつ訊く。
     虎子は小さく頷き、
    「まあ今のところはね。でもアイツは放っておけば羅刹になる。そういう宿命なのさ」
     羅刹になる……? つまり。
    「(――闇堕ち?)」
     灼滅者たちの背筋を悪寒が駆け上がる。
    「ああ、そう言ってるうちに……ホラ見なよ。あたいとアンタたちの存在と、戦闘と……それからあたいの刺青に影響されて――堕ちるよ、今」
     虎子の刺青が、薄闇の中、ボウッと光を帯びる。

     背中の昇り龍を観察していた脇差は、百目鬼の変化に気づいていた。
    「……刺青が、薄くなってる?」
    「ええ、確かに」
     ファインダーを覗いていたのぞみも、不審そうに顔を上げる。
     くっきりと見えていた刺青が見る間に薄らいでぼやけていく。それと並行して背中の皮膚の色が、鬱血した足と同じ青黒い色に変わっていき……と、その時。
     ボコ。
    「……え?」
     ボコ、ボコ。
     背中の筋肉がいきなり盛り上がりだした。背中だけではない、全身の筋肉がふたりの見ている前でみるみる太く大きくなっていく。
     菊理が激しく吠える。
    「何だ!?」
    「……や、闇堕ち……です! 離れて、ですっ!!」
     前方から蒼の悲鳴のような叫びが聞こえ、ふたりと1匹は咄嗟に跳び退る。
     バリィ。
     百目鬼が立ち上がり、上等なスーツの背が腕が足が一時に裂けた。それでなくとも大柄な体が、更に二回りほど大きくなっている。皮膚は全身青黒く変色し、目が金色の光を帯び、耳まで裂けた唇からは牙が覗き……そして。
     脇差は百目鬼の頭を見上げる。
    「……角」
     月桂冠のように頭をとりまいて、黒曜石の角がじわじわと伸びている。
     保護するはずだった一般人が、灼滅者たちの目の前で羅刹に変じようとしている。
    「なんてこと……」
     のぞみが呆然と呟く。
    「くっ、とりあえず隊列に戻るぞ!」
    「はい!」
     変化を続ける百目鬼から離れ、ふたりと1匹は仲間と合流する。
     隊列に戻ると、我に返った祇音が、
    「なるほど百目鬼が羅刹だから狙ったというわけか……そしてアンタはアイツを狩って、刺青と力を奪う」
     厳しい目で虎子に問うていた。
    「いや、こうなっちまったら、確かめてからでないとねェ」
     虎子は意味不明の台詞を呟くと、ひらりと跳んだ。
     灼滅者は身構えたが、虎子は彼らの頭を越えると、変化を完了しようとしている百目鬼の目前に着地した。しげしげと青鬼に変じた百目鬼を眺め回しながら一周して。
    「ああ……」
     チッ、と舌打ちした。
    「消えちまったよ。コイツははずれだね」
     百目鬼の刺青は変身の過程で消えてしまっていた。
     虎子はつまらなそうに着物の裾をさばいて踵を返すと、
    「はずれには用はないのサ。後はアンタらの好きにしな……あたいは行くよ」
    「何!?」
     灼滅者は慌てて距離を詰めたが、ザッ、と山側の森の中から音が聞こえただけで、虎子の姿はかき消えた。
    「待て!」
     灼滅者たちは気配の方向に遠距離攻撃を撃ちこんだが、届いている感触はない。
    「待つでゴザル!」
     ウルスラが逸って森の中に駆け込もうとするが、神楽が腕を掴んで止める。
    「待って、あの強さと速さ、追いつくとは思えん。それに、百目鬼の羅刹もいるんじゃけん……ああっ、心太先輩!!」
     ガアアァアアアアッ!
     完全に羅刹となった百目鬼が獣じみた声で吠え、巨大化させた腕で心太に殴りかかろうとしていた。
    「しんちゃん!……クッ」
     静菜がクラブの後輩である心太を庇い、身を投げ出しておおいかぶさった。代わりに殴り倒された彼女は、激しい勢いで楓の木に激突する。
    「静姉さん!……よくもやったな!!」
     静菜に“しんちゃん”と呼ばれたことに幾分驚きつつ、心太は咄嗟に静菜をカバーする位置に駆け込むと、鬼に影を放って捕縛を図った。その間にのぞみが静菜を助け起こす。
    「コノーっ!」
     ウルスラが歯噛みしてロケットハンマーを握り直し、影に絡みつかれもがく敵に殴りかかる。防御した腕の骨を砕いた手応えがあった。脇差は影の刃を伸ばして肩口をザックリと切り裂き、祇音がナイフを抜き、更にその傷口をえぐる。
     蒼は槍を構え、
    「……打ち抜け……凍えよ!」
     つららを撃ち込み、続けて神楽が炎を叩き込む。
     グワアッ!
     青鬼が一声吠えて動きを妨げる影を振り払い、灼滅者たちの方を紅い目でぎらりと見た。
    「コイツはヤルでゴザルよな!?」
     ウルスラが顔を紅潮させて叫び、脇差が悔しそうに答える。
    「ああ、もちろんだ」
    「虎子ほど手強くはないだろうしな」
     珍しく祇音の瞳もギラギラしている。
    「やりましょう」
     のぞみに回復を受けた静菜も前線に戻り、厳しい表情でシールドを掲げて防御を高めた。
    「行くでゴザル!」
     ウルスラが掌にオーラを輝かせて鬼の足下に潜り込んだのを皮切りに、灼滅者は一斉に攻撃を浴びせかけはじめた。

    ●深まる謎
     少し後――。
     灼滅者たちは複雑な心境で、百目鬼だった青鬼の骸を見つめていた。骸はしゅうしゅうと嫌な匂いの煙を上げ、じわじわと崩れ溶けてていく。
     煙を、榛名湖を渡る風が散らしていく。
    「闇堕ちするなんて……」
     心太が当惑したように呟き、脇差しが頷く。
    「ああ、意表を突かれたな……」
     祇音も、
    「要するに虎子は、羅刹になる宿命の一般人のうち、刺青のあるヤツを狩ろうとしてたってことのようだな」
    「刺青を狙う理由はワカッタでゴザルが……」
     ウルスラが腕組みをして台詞半分で考え込む。
    「ええ、分からないことが、まだたくさんありますね」
     受けた静菜が途方にくれたように溜息を吐き、神楽も呟く。
    「羅刹百鬼陣の後、虎子にも何ぞあったんじゃろうか?」
    「強くなっていたようですね。また、彼女と相まみえることがあるでしょうか……」
     のぞみが暗い目をして敵が消えた森に視線を向ける。
     ぶるり、と蒼が身震いをして自分の腕を抱きしめた。
    「……これ以上、何も、なければ、いいの、ですが……」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 34/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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