無限夢幻のマヌカン女王

    作者:西東西


     ある有名ブランドのファッションショー当日。
     出番直前のモデルがひとり、控室のなかを必死の形相で漁っていた。
    「ない、ない、ない……!」
     この後、すぐに着用しなければならないはずの、自分の衣装がどこにも見当たらない。
     今朝、事前ミーティングを行った時には、きちんとすべてそろっていた。
     最後のフィッティングもしたのだから、間違いない。
    「ちょっと。控室はみんなとの共用の場所よ。見苦しい真似はやめてちょうだい」
     一番大きな鏡台でメイクをしていた黒髪のモデルが、赤い唇を曲げ、あからさまに不快感を示す。
    「あ、あの、莉緒さん。私の……私の衣装がないんです。もう、出番がきちゃうのに!」
     黒髪のモデル・莉緒は小さく舌打ちし、立ちあがる。
    「衣装をなくしたなんて、あなた、それでもモデルの端くれなの? デザイナーになんて申し開きするつもり?」
     黙りこみ、涙を流しはじめた少女を睨みつけ、莉緒は少女の髪を容赦なく引っ張り、顔をあげさせる。
    「あきれた! このうえ、泣いたらメイクが台無しになるってわからないの!?」
     パンと頬を叩き、「出ていきなさい!」とけしかける。
    「さあ、この子の荷物を放りだして! こんなド素人に、ランウェイを歩く資格はないわ!」
     命じられた他のモデルたちは莉緒をおそれ、言われた通りに従った。
     その後、穴があいたステージは莉緒が代役を務め、ショーは無事に、幕をおろした。

     数時間後。
     消えた衣装は八つ裂きにされ、真紅のルージュで汚された靴とともに、ゴミ箱の中から見つかった。
     

    「先日は私たちを受けいれてくださり、本当にありがとうございました」
     移動型血液採取寝台・仁左衛門(にざえもん)に乗った天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が教室に現れるや、灼滅者たちがざわめく。
     カノンはその反応を気にすることなく、事件の説明を開始する。
    「私たちが以前より追っていたシャドウについて、新たな予測を得ることができました。そのシャドウ名は、『贖罪のオルフェウス』」
     人間の心のなかの罪の意識を奪い、奪った罪の意識によって、闇堕ちを促進するダークネスだ。
     今回狙われたのは、文珠・莉緒(もんじゅ・りお)という二十代後半のファッションモデル。
    「莉緒様はライバルとなる年若いモデルをおとしいれ、業界から追いだし続けています。最初こそ罪の意識もあったのですが、ソウルボードはオルフェウスの手におち、今やその行為に良心の呵責は一切ありません」
     莉緒はモデルとしての成功を収める一方、同じモデル仲間からは怖れられ、噂を聞いたスタイリストなどからも敬遠されつつある。
     よってこれ以上被害が増す前に、莉緒を夢から救いだして欲しいとカノンは告げた。
     
    「莉緒様はある高級マンションに、ひとりで暮らしています」
     まずは莉緒が寝入っている間に家に入り、ソウルボードへ侵入。
     夢の中で、莉緒はただ延々と神に懺悔し、罪を告白し続けている。
     この懺悔を邪魔すると、敵が現れる。
    「懺悔の邪魔をすれば、莉緒様自身がシャドウもどきとなります。一方、邪魔をするだけでなく、罪を受け入れるように説得することができれば、莉緒様とは別にシャドウもどきが現れます」
     夢の中に現れる『シャドウもどき』は、シャドウハンターとリングスラッシャーに似たサイキックを使用する。
     説得をしなかったり、説得に失敗すれば、シャドウ同等の力を持った強力な個体が出現。マネキンに似た配下4体を呼びだし、計5体の敵と戦うことになる。
     説得に成功すれば弱体化した個体1体との戦闘になるが、莉緒が攻撃を受ければシャドウもどきが強化されてしまうため、注意が必要だ。
     
    「説得に成功した場合、莉緒様はいままで犯した罪の意識にさいなまれてしまいます。そのため、なんらかのフォローを行った方が良いかもしれません」
     説得をしなかった場合、説得に失敗した場合は、これまでの罪の意識を失ったままだ。崩壊した人間関係などの問題は、解決しない。
     もっとも人と人との繋がりは、他人が下手に手をだすと悪化することもある。あまり、深入りしない方が良いのかもしれない。
    「いずれにせよ、このままオルフェウスの策略を見逃せはしません。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします」
     そう告げ、カノンは仁左衛門の上で、ぺこりと頭をさげた。
    「……。…………あ~っ、やっと説明終わった~っ! ねえねえ一夜くんっ! 予測の説明って、こんな感じで大丈夫だった?」
    (「説明終了後、2秒ももたなかったな」)
     くつろぎモードに呆れつつ、傍らで見守っていたカエル好きのエクスブレインは渋々頷いた。


    参加者
    仰木・瞭(朔夜の月影・d00999)
    黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)
    六連・光(リヴォルヴァー・d04322)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    阿久沢・木菟(灰色八門・d12081)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)
    石黒・嵐(無響サンクトゥス・d17267)
    鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)

    ■リプレイ

    ●無限夢幻
     ソウルボード内は、前も後ろも、天も地も。すべて闇に包まれていた。
     どこからか風の唸る音が轟き、まるで悲鳴や怨嗟のように響く。
    「ここが、文珠さんのソウルボード……」
     説得のためESP『エイティーン』を使用し、有名ブランドのパーティドレスを身にまとった鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)がつぶやく。
     阿久沢・木菟(灰色八門・d12081)は、事前に調べた内容を皆に伝えた。
    「文珠・莉緒(もんじゅ・りお)。十代前半にデビューしたモデルで、当初はあまり売れていなかったようでござるな。ただ、かなりの努力家で、地道な勉強や売込みを経て着実に人気を獲得。今では、国内外からお呼びがかかるプロモデルのひとりでござる」
     モデルとして、いまが人気絶頂ともいえる時期。
     さぞや栄光を反映した輝かしい世界と思いきや、ソウルボード内には莉緒らしさをうかがえるものなど、どこにも見あたらない。
     あるのはただ、重くのしかかるような闇、闇、闇――。
    「オルフェウスの力、真恐ろしき……!」
     シャドウの影響力を目の当たりにし、清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)は拳をかたく握りしめる。
    「罪の意識を奪いながら『贖罪』を名乗るとは、諧謔(かいぎゃく)のつもりでしょうか」
     敵の手口に不快感を示す六連・光(リヴォルヴァー・d04322)に、
    「『被害者』とは、一概にまとめられないですが……。聖人君子でいられるひとは、多くありません。ましてや誰かにそそのかされたのなら、なおさら」
    「これ以上、文珠さんが文珠さんらしくいられなくなる前に。オルフェウスの干渉を、止めなくちゃ、ね」
     仰木・瞭(朔夜の月影・d00999)、石黒・嵐(無響サンクトゥス・d17267)が、周囲を警戒しながら、頷いた。
     事件について色々と思うところはあるものの、まずは莉緒を、オルフェウスの影響下から解放することが先決だ。
    「シャドウをとりのぞいて、すべてが解決するかはわかりませんが……。そこまでは、助けてさしあげましょう」
     莉緒の性格にも難があるのではと考える黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)が、仲間たちの先を歩きはじめる。
     あてどなく進んでいくと、やがて中空に巨大なステンドグラスが現れた。
     描かれているのは白いドレスに身を包んだ女性のマネキン。
     ステンドグラスの下には、おびただしい数の燭台が置かれている。
     その中心に、黒いヴェールとドレスに身を包み、まるで喪に服したような文珠・莉緒の姿があった。

    ●贖罪の神はささやく
    『さあ、莉緒。あなたの罪を告白なさい』
     ステンドグラスから降りそそぐ女の声にうながされ、莉緒は語りだす。
    「私はショーの当日、後輩モデルの服を隠し、彼女の出番を奪いました。衣装は、切り裂いて着られないように。靴はルージュで汚して、私が、捨てました」
     莉緒はひれ伏し、震えながら罪を告白していく。
    「デザイナーには私から伝えて、あの子をかばうような報告を。そうして私が、あの子の代役としてステージに立ちました」
     その時のことを想いだしたのだろう。莉緒は笑いながら。しかし、涙を流してステンドグラスを仰いだ。
    「私の評判はあがったわ! 当然よ! だって私の方が、ずっと美しいもの! あんなぽっと出の素人には、最初から務まるはずがなかった!」
    『よく話してくれました、莉緒。――良いでしょう。あなたの罪は、神の名のもとに、すべて赦しましょう』
     声が響き、ステンドグラスから光が漏れた瞬間、
    「だれにでも心の闇はあるよな。問題はそれを、制御できるかだ」
     関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が進みでて、声を張りあげた。
    「高いプロ意識には感心する。プロはそうあるべきだ。だが卑劣な方法で勝って、本当に満足なのか」
     振りむき、立ちあがった莉緒へ向け、灼滅者たちは次々に説得の言葉を紡ぐ。
    「仕事に誇りを持っているからこそ、いきすぎてしまったのですね」
    「強い上昇志向は、悪いことではありません。ですが、他人を蹴落としてまで自身をよく見せようというのは、ただの迷惑です」
    「ほかのモデルを貶めても、文珠さんの実力や魅力が輝くわけじゃ、ないよね」
    「自分は歳をかさねて美貌が衰えていく一方。それなのに、私みたいな若いモデルはいくらでもでてくる。それが、怖かったんじゃないですか?」
     瞭、璃羽、嵐。そして音々の言葉に、莉緒は黒いヴェールの奥から叫んだ。
    「なによ、あなたたち! なにも知らないくせに、知った風なこと言わないで!」
     静音はモデルの世界には詳しくないがゆえに、わかることがあると告げる。
    「モデルとはデザイナー、スタイリスト、仲間たち、裏方の皆々。そしてモデルを見る人々と、皆が作る世界にござろう。決して、文珠殿ひとりで完結するものではござらぬ」
     「拙者も、見る側でしかものを言えないでござるが」と前置きし、木菟が続ける。
    「文珠殿が、いままでに応援してくれたファンから力をもらったなら。その者たちに恥じない輝き方を、して欲しいでござる」
    「女優や、執筆業など、いろいろな形でモデルとしてのステップアップを目指すやり方も、あるはずです」
     そうして莉緒自身が輝けば、自ずと居場所はできると瞭は説く。
     音々は莉緒のプロ意識、強さ、美しさに好意を抱くからこそ、姑息な手段に手を染めたことを残念に思っていた。
     莉緒が真にモデルへの信念を持つのなら、シャドウなどには決して屈しないはずと信じ、説得を重ねる。
    「『本物のモデル』は歳を重ねるごとに、年齢にあった鮮やかな美貌を描きだすものです。若さだけしかないなら、ただの三流。貴女もそうなんですか? 違いますよね?」
    「違う! 私は違うわ!」
     美しくあることが好きだった。
     魅せることが好きだった。
     自分が美しくあることで、「莉緒のようになりたい」と前を向き、顔をあげる女性が増えることが嬉しかった。
     ――私が輝けば輝くほど、みんなの背中を押すことができる。
     だからどんなにつらいことがあっても、化粧の下に辛苦を隠した。
     だれよりも輝く自分であろうと、上を目指して努力してきた。
    「……でも、私ひどいことしたわ。もうだれにも、赦されるはずがない!」
     長く居続けた業界だからこそ、その厳しさはだれよりもよく知っている。
     悪い噂は消えない。
     踏み外した道は、貶めた娘たちの心の傷は、もとにはもどらない。
    『いいえ、莉緒。あなたの罪は、何度でも赦されます。「神」の、名のもとに』
     なおも降りそそぐ女の声を、光が「黙れ!」と一喝。
     その合間に、璃羽が静かに問いかける。
    「それでも、最初から酷い仕打ちや裏工作をしていたわけではないですよね? きっかけとなった事を思いかえし、その時の後悔や葛藤、モデルへの想いを思いだすことはできませんか?」
    「貴女が今の立場を得られたのは、だれよりも努力してきたからでしょう。昔の自分に恥じる想いがあるのなら、過ちから、目を逸らしてはいけません」
    「今ならまだ間に合う。自らの罪を忘却することなく、向き合うんだ」
     畳みかけるように告げる光と峻の言葉に、莉緒は強く唇を噛んだ。
     皮膚が裂け、口の中に血の味がにじむ。
     後悔が、次々と胸に押しよせる。
    「夢のなかで悔やんで楽になっても、現実は、辛くなるばかりだから」
     大粒の涙が次から次へとこぼれ、ヴェールを濡らしていく。
     向けられる言葉が、胸に沁みわたっていく。
     嵐は手を伸べ、莉緒をうながした。
    「独りきりになってしまう前に……帰ってきて、ください」
     莉緒は意を決し、乱暴にヴェールを脱ぎ捨てた。
     黒いドレスをひるがえし、嵐の手をとる。
    「私、あの子に、謝りたい。赦してもらえなくても。ちゃんと『ごめんね』って、伝えたい……!」
     その瞬間、燭台の火が一斉に消え、けたたましい破裂音とともにステンドグラスが粉々に砕け散った。
     降りそそぐ七色の硝子片から莉緒を守りつつ、灼滅者たちが次々とスレイヤーカードの封印を解放していく。
    『おお、莉緒。罪深き娘……! おまえの罪は、永遠に赦されぬであろう!』
     割れたステンドグラスの奥から現れたのは、王冠をかぶった無貌のマネキン人形。
     その手足は異様なまでに長く、馬のように四つん這いになったシャドウもどきは灼滅者たちを見据え、ぐるんと、頭を一回転させた。

    ●シャドウ・マヌカン
    「文珠さん、こちらへ」
     嵐が手を引き、莉緒を後方へ導く。
     その間に仲間たちが隊列を形成し、守りを固めた。
    「これでも、くらえ……!」
     峻が真っ先にシャドウもどきに接近し、ドリルのごとく高速回転させた杭を、敵の身体に叩きこむ。
     その隙に、死角へ回りこんだ木菟が日本刀を一閃。
    「文珠殿の元へは、行かせぬでござるよ!」
     四肢のひとつを断ち、足止めを狙う。
    『告解セヨ! 告解セヨ!』
     目も鼻も口もない顔から響くマネキンの声に応え、七色の鋭利な破片が灼滅者たちを襲う。
     静音はビハインドとともに仲間たちへの攻撃をかばい受け、縛霊手の爪でさらに別の脚を断った。
    「影千代!」
     命じたビハインドは即座にマネキンへ迫り、霊撃を見舞う。
     瞭は縛霊手を掲げ、力の限り殴りつけた。と同時に網状の霊力を放射し、敵を縛りあげる。
    「今です、六連さん!」
    「さて、と。お仕置きタイム、です」
     口調は軽いが、向ける眼差しは冷ややかだ。
     光は妖の槍を構え、捻りを加えた穂先で敵を穿つ。
     光が退くと同時に璃羽の影業が走り、
    「服を着ていたら、切り刻んでさしあげたのに」
     刃と化した影が幾重にもマネキンを切り刻む。
    「あなたは、文珠さんの夢にはふさわしくありません!」
     音々はデモノイド寄生体で右腕を覆い、DMWセイバーで至近距離からの一撃を叩きこんだ。
     だがマネキンは垂直に跳びあがると、中空から莉緒に狙いを定め、
    『告、解、セヨ!』
     声とともに、漆黒の弾丸を撃ちはなった。
     とっさに光が莉緒をかばい、攻撃をその身に受ける。しかし受けた一撃は想像以上の痛撃をともない、光はおもわず、その場にひざをついた。
    「ち、血が……!」
     闇のなか、ひときわ映える赤を目の当たりにして莉緒が駆け寄ろうとするも、嵐は腕を掴み、引き留める。
    「大丈夫です。これは、夢の中のできごとですから」
     夢とはいえ、受けた傷は本体に影響を与える。しかし、今それを莉緒に伝えたところで、不安がらせるだけだ。
     嵐は極力平静を装い、光へ向け治癒の力を宿したヒーリングライトを施した。
     光は傷が癒えると同時に立ちあがり、己の片腕を異形巨大化させる。
     傷の痛みをおして着地したマネキンに迫ると、
    「退け、ダークネス! 貴様の触れて良い女性じゃ、ありません……!」
     渾身の力で、その横っ面を殴りつけた。
     態勢を崩したマネキンへ向け、峻は非物質化させたクルセイドソード『Medieval-Red』を振りあげる。
    「罪は捨て去るものではない。背負って、償うべきものだ!」
     声とともに、霊魂と霊的防護だけを破壊。
    「そろそろ、観念してもらいましょうか」
    「ダークネスも、諦めが肝心でござるよ!」
     瞭が影業で縛りあげ身動きの取れなくなったところを、木菟が『影』を宿した日本刀で殴りつける。
     傷を負ったマネキンの脚は削げ、動こうとするたびにその身をガクガクと揺らす。
     それでも莉緒を狙うべく、シャドウもどきは再びステンドグラスの破片を撃ちはなった。
    「させま、せん……!」
     光が莉緒を。静音、『影千代』がふたたび仲間たちの前に身を投げだし、攻撃をその身に受ける。
     傷はすかさず嵐が癒し、仲間たちを援護する。
    「文珠殿を惑わす悪しき存在は、去るでござる!」
     縛霊手で殴りかかった静音が霊力でマネキンを縛りあげたところへ、『影千代』が霊障波を叩きこむ。
     シャドウもどきの動きがさらに鈍ったのを確認し、璃羽と音々は目線を交わした。
    「これで、終わりとしましょう」
     璃羽のリングスラッシャーが死角からマネキンを斬り裂くと同時に、音々が利き腕を巨大な砲台へと変化させる。
     瞬時に間合いへ迫り、マネキンの頭部へ砲口を突きつけ。
     音々は、無邪気に告げた。
    「さようなら。醜いマネキン人形さん」
     死の光線が、シャドウもどきの頭部を吹き飛ばし。
     絶命したシャドウもどきは、次の瞬間には一瞬で炭化し、灰と化して消えた。

    ●女王の帰還
     すべてが終わった後、ソウルボード内は徐々に明るさを取り戻した。
     一面の闇は灰色から、白へ。
     莉緒のまとっていた黒いドレスも、今は白の、質素なワンピースへと変じている。
    「どうぞ」
     瞭は用意していたハンカチや櫛を差しだすも、莉緒は静かに、首を振る。
    「ありがとう。でももう、必要ないわ」
     その顔に、もはや当初の苦悩の色はなく。
    「いままで積み重ねてきた努力は、貴女だけの財産だ。それを無駄にしないためにも、これからは正々堂々、立ち向かっていってほしい」
     峻の言葉に、莉緒が頷く。
    「酷なようですけど、どうするかは自分で考えるべきだと思います」
    「過ちは認めて、また、やり直せばいいんです」
    「そう。貴女の思う償いを、すべきですよ」
     音々、光。そして瞭の言葉に、莉緒がうつむく。
    「……やり直せる、かしら」
     光は莉緒の手を握り、即答した。
    「やり直せますよ。貴女は、強い女性でしょう?」
     莉緒は傷を負った光が、何度も自分を守ってくれたことを思いだした。
     灼滅者たちが傷を負いながら、一度も、弱音を吐かなかったのを見ていた。
    「ええ、そうよ」
     莉緒は目に涙を浮かべ、頷く。
    「私も、戦ってた。あなたたちみたいに。ずっとずっと、戦ってきたもの」
    「貴方が進むべき道は、『貴方のプロ魂』に問うて決めるしかござらぬ。これからは、己に恥じぬ道を選ばれよ」
     静音に続き、嵐と木菟も告げる。
    「僕たちは頑張る文珠さんを、応援しています、から」
    「辛くなったら連絡するでござる。愚痴くらい、いくらでも聞くでござるからね」
    「貴女がモデル仲間と一緒に、再びランウェイに立つ日を楽しみにしています」
     そう告げる璃羽に続き、灼滅者たちは次々と、莉緒に背を向けた。

     カーテンの隙間から差しこむ陽光が、朝の訪れを知らせる。
     莉緒は手にした連絡先がどこにもないことを知り、すべては夢だったのかと嘆息する。
     ――でも、己に巣食う闇は、あの子たちがはらってくれた。
     そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。
     積みあげた罪は重く、これから往く道は、決して、易しいものではないだろう。
     けれどあの少年少女が、示してくれたように。
     後輩たちに。世界中の女性たちに。己も、強い背中を示したい。
    (「泣いたって良い。ぼろぼろになってもいい」)
     ――だけどもう、負けない。
     莉緒はベッドから降り、己の手でパンと両頬をはたくと、
    「よしッ!」
     鏡のなかの自分に向かい、にっこりと、微笑んだ。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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