潰エシ蝶ニ、鬼ハ哭ク。

    作者:西東西


     はじめに、同じ組の『若衆』同士のシマで、小競り合いが起きた。
     つぎに『組長』が下っ端のもめごとに苦言を呈し、『若頭』に始末をつけるよう命じた。
     そして『若頭』は互いに金を積み、双方『五分の手打ち』とすべくもちかけた。
     だが、先に手をだしたと主張する若衆たちの交渉はこじれ、やがて、片方の若衆が殺された。
     殺した方は『蜂谷(はちや)組』。
     殺された方は、『蝶野(ちょうの)組』といった。

     ある日の、事務所前の路上にて。
     蝶野組の4人の舎弟が、黒スーツの兄貴分の後を追い、走っていた。
    「兄貴が行く必要ねえっす!」
    「そうですよ梅津さん! カチコミなら、オレたちに任せて――」
     振り向きざま、先を歩いていた男・梅津(うめづ)の膝が、舎弟の腹にめりこむ。
    「チンピラ風情がナマ言ってんじゃねえぞコラ。テメェらがろくにケジメもつけられねぇから、このザマなんだろが」
    「そ、それならなおさら――ゲハッ!」
     今度は、拳を一発。
    「こっちは親ぁ殺されて、顔に泥塗られたんだ。小汚ぇ命(タマ)のひとつやふたつで片付く話じゃねぇんだよ」
     そう吐き捨て、梅津は舎弟たちとともに車に乗りこむ。
    「……俺の手で、きっちりオトシマエつけてやる」
     その手には、鈍く光る『道具』が握られていて――。

     数時間後。街中の路上にて。
     梅津と舎弟4人は信号待ちをしていた蜂谷組組長の車に後ろから追突し、拳銃を手に襲撃。
     しかし5人は居合わせた蜂谷組の組員たちによって文字通り『蜂の巣』にされ、その場で絶命。
    「……おい。まだ終わってねぇぞ」
     ひとり黄泉帰った梅津の頭には、黒曜石の角が生えた。
     背中の刺青が焼けつくように痛むも、梅津は人とは思えないほどの怪力で組長・蜂谷の首を引きちぎり、その血肉を喰らった。
    「ちがう……。俺が欲しいのは、こんなモンじゃねぇ」
     羅刹と化した梅津はそううめくと、次の獲物――周囲の一般人に手をかけた。
     

    「あけましておめでとう。今年も、どうぞよしなに。……新年早々で申しわけないが、ひとつ、頼みたい」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)は手短に挨拶を終えると、すぐに、事件の説明に移る。
    「このところ、『刺青を持つ者が羅刹化する事件』が発生しているのは、知っているだろうか」
     昨年11月ごろから発生している事件で、これまでにも多数の報告書があがっている。
     『羅刹化』の原因は不明。
    「詳細はどうあれ、事件がおこれば一般人に被害が出るおそれがある。よってきみたちに、灼滅願いたい」
     
    「今回羅刹と化すのは、梅津という名の男だ」
     二十代後半。背負う刺青は『鯉と鬼若丸』。
     強面の武闘派だが、カタギに手を出したことはない。拾ってくれた蝶野という組長を親と慕い、忠義を尽くしてきた昔気質のヤクザだ。
    「この梅津だが、灼滅するためには一度、『殴り殺す』必要がある」
     一瞬、教室にざわめきがおこるが、一夜は表情を変えずに説明を続ける。
    「梅津を殴り殺せば羅刹として復活し、人間だった時の傷はすべて回復する」
     羅刹化した梅津は『バトルオーラ』『ガンナイフ』を装備し、『神薙使い』に似たサイキックを扱ってくる。
     あとは通常のダークネスと同様、戦闘のすえに灼滅すれば良い。

     なお梅津との接触には、2つのタイミングが考えられる。
    「ひとつめは、路上で舎弟と会話をしている時」
     梅津から離れようとしない舎弟4人をなんらかの手段で遠ざける必要が出てくるが、うまく事を運ぶことができれば、梅津以外に死人は出ない。
    「ふたつめは、梅津が蜂谷組に殺され、羅刹として覚醒した時だ」
     舎弟4人と蜂谷組の組員は全員死亡するが、梅津の復讐は、果たされる。
    「どちらを選ぶかは、きみたちに任せたい。……梅津も、ほかの組員も。これまで一般人を平気で手にかけてきたような男たちだ。どちらの道となっても、恨みごとは言うまいよ」
     すっと目を細めてそう告げると、一夜はまぶたを伏せた。
     
     刺青と羅刹の関係は、今のところわかっていない。
     そして『刺青をもった羅刹』をめぐって、強大な羅刹が動いているという情報もある。
    「時間をかけすぎたり、派手に周囲の注目を集めすぎた場合、思いもよらぬ強敵が現れるかもしれないので、充分に注意してほしい」
     情報収集を目的として出現を狙うのも、ひとつの手ではあるかもしれないが――。
    「最優先すべきは、羅刹化した梅津の灼滅だ。それをどうか、忘れぬように」
     一夜はそう告げ、深く頭をさげた。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    水縹・レド(焔奏カンタービレ・d11263)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    西条・紫苑(ものぐさライダー・d23341)

    ■リプレイ

    ●事始
     蝶野組事務所前の、路上にて。
     予測の時刻よりもはやく現場に到着した灼滅者たちは、物陰にかくれ、梅津(うめづ)と舎弟4人が出てくるのを待っていた。
    「刺青羅刹も、そろそろ手がかりくらいは見つけたいですよね」
     建物の影から顔をのぞかせ、日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)が嘆息する。
     8人は最大限の対策と警戒を行ったうえで、羅刹を灼滅し、『強大な羅刹』をおびき寄せる、という作戦を試みることに決めた。
     ――死して鬼と成る。
     執念や怨念で鬼となる話は伝承などでも散見されるが、実際に、その変化を誘発するという『刺青』。
    「まるで呪いの刻印、ですね」
     その謎を解きあかすことができればと、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)も事件に臨む。
     今回、梅津を灼滅するためには、一度殺し、羅刹の身に貶めてから、再度手にかけねばならない。
    (「覚悟なら決まっているというに……。情けないな」)
     命を奪う。
     灼滅する。
     その難しさ、重大さに、初任務の白石・作楽(櫻帰葬・d21566)は冷えた指先を握りしめ、背筋を伸ばす。
     西条・紫苑(ものぐさライダー・d23341)も作楽と同じく、今回が初陣となる。
     経験不足であることは、己が一番、よくわかっているつもりだ。
    (「余計なことは、考えるな。目の前の任務に集中しろ」)
     ライドキャリバー『エスカル号』に触れ、気持ちを落ち着かせながら、胸中で己に言い聞かせた。
     こわばった表情の2人を見やり、
    「だいじょうぶ」
     水縹・レド(焔奏カンタービレ・d11263)がそっと、声をかける。
    「みんな、ついてる」
     はじめの一歩。それは、だれもが通る道。
     なにより、ここには頼もしい仲間たちがいる。
     「焔丸も。がんばろう」と霊犬の頭を撫で、レド自らも決意を固める。
    「梅津たち、出てきた……ね」
     ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)の言葉に、仲間たちが視線を交わし、頷きあう。
    「あのひとも、不幸ですね」
     はりつめた空気をよそに、織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)の声は弾む。
    「まあ、死んで力を得られると考えれば、むしろ幸運なのかもしれませんが」
     梅津を殺めるのは麗音の担当だ。
     だが真紅のドレスを身にまとった少女は、大役を前に微笑みすら浮かべている。
     マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)はスレイヤーカードを手に、『刺青羅刹事件』の発端となる、虎子の存在を思いかえしていた。
     けれど推測の先に想いを馳せるのは、後だ。
    「往こう」
     仲間たちをうながし、マリアはだれよりも早く、駆けだした。

    ●終生
    「こっちは親ぁ殺されて、顔に泥塗られたんだ。小汚ぇ命のひとつやふたつで片付く話じゃねぇんだよ」
     激昂した黒スーツの男・梅津が舎弟を殴りつけたところへ、
    「貴方が、蝶野組の梅津か」
    「すこし、お時間いいですか?」
     作楽と翠が声をかけ、騒ぎに割ってはいる。
    「はぁ? ガキが、兄貴になんの用だってんだ」
    「嬢ちゃんよォ。ここはガキの遊び場じゃねぇんだ。さっさと帰んな」
    「おい待て。追い返すなんてかわいそうだろ。俺たちと遊ぼうぜ。可愛がってやるからよ」
     好き放題にはやしたてる舎弟たちが、作楽と翠に手を伸ばそうとした時だ。
    「下がりなさい。用があるのは、その男だけです」
     ESP『王者の風』を発動させた静香が、鮮やかな赤い着物に威厳をまとい、睨めつける。
    「……ッ!?」
     威圧された舎弟たちはとたんに表情を凍りつかせ、静香の顔色をうかがいながら、少女2人から離れていった。
     下っ端とはいえ幾度も修羅場をくぐってきた男たち。その4人を、たったひと睨みで黙らせたのだ。
     梅津は灼滅者たちへ、強い警戒の眼差しを向けた。
    「てめぇら、どこの組の衆だ」
     エクスブレインの情報どおり、梅津にESPは効いていない。ESPを使い続ける静香を前に、梅津は一歩も退こうとしない。
     しかし灼滅者たちとて、ここで退くわけにはいかない。
    「おとなしく去った方が、身のためだ」
     『エスカル号』に乗った紫苑がエンジンをふかしながら、舎弟たちとの間合いをつめていく。
     レドもすぐに戦闘へうつれるよう警戒しながら、霊犬『焔丸』をけしかけ、仲間たちの行動を後押し。
     ユエファは手にしたチェーンソー剣を駆動させ、
    「殺されたくなければ、さっさと失せるよ!」
     唸る剣先をつきつけ、舎弟たちを追いたる。
     そこで舎弟のひとりが転げるように逃げていったが、残る3人は灼滅者たちに怯えながらも、気丈に立ち続けた。
     とはいえ、えたいの知れない殺気にさらされ、正気ではいられない。
    「極道なめんじゃねぇぞオラァ!」
     懐から取りだした拳銃を灼滅者たちに向け、発砲。
     マリアはそくざに地を蹴り。
     弾道を見切り、わずかに身をひねって回避すると、舎弟に当身をくらわせ、銃を奪いとる。
    「これは、脅しじゃ、ない」
     淡々と告げ、事務所前に停められていた車をためらいなく撃ちぬいた。
     二発、三発。
     乾いた発砲音が、鳴り響き。
    「この、ガキ……!」
     舎弟のひとりが叫びながらマリアに掴みかかろうとするも、『悪魔殺し』は顔色ひとつ変えずに、再び引きがねに指をかける。
    「馬鹿ヤロウ、伏せろ!」
     梅津が飛びだし、舎弟を突きとばした瞬間、
     ――ドォン!
     炎と爆風がうずまき、黒塗りの車が一瞬でひしゃげた。
     それまで遠巻きに見ていた一般人たちも、ここへきてただごとではないと察したらしい。
     ユエファの展開した『パニックテレパス』や、翠の『殺界形成』の効果もあいまって、一般人たちは我先にと現場から遠ざかっていく。
     黒煙をまき散らしながら、炎は勢いを増し続ける。
     見れば舎弟のひとりは火傷を負ったようだが、ほかの2人と梅津は軽傷のみで、無事のようだ。
    「そいつを連れて、逃げろ」
    「でも、兄貴」
    「行けッってんだよ!」
     一喝され、2人は口をつむぐと、梅津に向かって一礼。
     怪我を負った兄弟を支え、一目散に走り去る。
     梅津は灼滅者たちが舎弟たちを追わないとみてとると、3人の姿が遠ざかるまで、十分に見送った。
     そうして、8人に向きなおり。
    「……てめぇらみたいなクソガキが、俺になんの用があるのか知らねぇが。こっちも、急ぎの用があるんだよ」
    「それでは、手短に」
     笑んだ麗音がドレスをひるがえし、歩みでる。
     色白の輪郭をふちどる桃色の髪が、爆風にあおられ、大きくなびいた。
    「この場で、散ってください」
    「な――」
     梅津が反論するよりはやく、麗音の拳が唸り、男の顎を砕く。
     二打目はこめかみへ。地面へ叩きつけるように撃ちこんだ。
     アスファルトに紅が広がる。
     極道の男はそのまま沈黙したかに思えたが、やがてぴくりと、指先が震え。
    「…………へっ。面白れぇ」
     つぶやき、黄泉帰った梅津の頭には、黒曜石の角が生えていた。
     血まみれの顔を灼滅者たちに向け、ふところからガンナイフを取りだし、構える。
    「こいよ。お望み通り、相手になってやる」
     鬼と化した梅津の身を、紅蓮のオーラが包みこんだ。

    ●鬼舞
    「一期は夢よ。――ただ、狂え」
     唱え、スレイヤーカードの封印を解いた作楽に続き、
    「おまえらの理屈は知ったこっちゃないが、ダークネスは、潰す……!」
     紫苑が影業を操り、2つの影が梅津を左右から縛りあげる。
     その隙に間合いに飛びこんだ静香は、
    「血染斬鬼。――鬼切る刃として、その呪詛を祓います」
     妖刀『血染刀・散華』を一閃。
     上段の構えから、まっすぐに重い斬撃を振りおろした。
     翠は二本の紙垂揺れる御幣(ごへい)を掲げ、憑きものを祓うかのように鬼を体内から爆破する。
     その一撃で梅津の黒いスーツが裂け、背の合間からただれた肌と、『鯉と鬼若丸』の刺青がのぞいた。
     ――鯉は滝登りを経て龍となり、鬼若丸はのちに弁慶となる。
     どちらも出世を象徴するため、古くから縁起物とされてきた図案だ。
     精緻にして、精彩。
     肌に刻まれた極彩絵図は、見た者すべてを圧倒し、魅了する。
    「素敵な彫り物ですね。どなたにお願いされたのですか?」
     すかさず翠が問いかけるも、
    「知ってどうする。どうせてめぇらは、ここでお陀仏だ……!」
     ガンナイフを手にした梅津が灼滅者たちに接近し、至近距離から弾丸を浴びせかける。
     すぐに紫苑のライドキャリバー『エスカル号』、レドの霊犬『焔丸』、作楽のビハインド『琥界』が走り、仲間たちの盾となり攻撃を受け止めた。
     ユエファと麗音も傷を負ったが、深手には至っていない。
     先ほどユエファがチェーンソーを唸らせたのも、マリアが車を爆破させたのも。すべては、『強大な羅刹』をおびき寄せるため。
     ゆえに後のことを考え、今回はサーヴァントであっても、たやすく倒れさせるわけにはいかない。
    「すぐ、癒す」
     レドは己の背に炎の翼を顕現させ、サーヴァントや仲間たちへ、不死鳥の癒しをもたらし、支援する。
     回復したユエファと麗音は、そのまま足並みをそろえ攻撃に転じた。
    「私たち、相手なる。覚悟する……ね」
    「さあ、殺しアイを愉しみましょう?」
     騒音をまき散らすチェーンソーを振りあげ、ユエファが腹を。
     麗音が『死』の力を宿した断罪の刃を、『鬼若丸』ののぞく背へ振りおろす。
     腹の傷を引き裂かれ、背に傷を刻んだ梅津は、全身を血に染めあげながら、なおも灼滅者たちに挑みかかった。
    「ハッハァ! てめえら全員、俺の糧になれ!」
     笑う鬼の腕が一瞬でふくれあがる。
     梅津は紫苑――前衛でもっとも動きに隙のあった者を狙い、走る。
     作楽は鬼の意を察し、とっさにビハインド『琥界』に命じた。
    「琥界!」
     異形の腕が風をきり、唸る。
     作楽の『育ての親である羅刹』は地に叩きつけられ、一瞬で、消し飛んだ。
     目の前で奪われたビハインドを見送り、作楽の指先が、ふたたび血の気を失っていく。
     攻撃をまぬがれた紫苑は安堵するより先に、実戦の厳しさを痛感していた。
     ただの羅刹を相手にしてさえ、この様なのだ。
    (「現れるかどうかもわからない羅刹相手の作戦を考えるより前に、梅津への対応を、しっかりと練っておけば良かった――」)
     その瞬間、2人のそばを影がはしった。
     マリアの背から延びた黒い翼が、梅津の腕を絡めとる。
    「悔いるくらいなら、動いて」
     抗い、暴れようとする鬼へ向け、マリアの霊犬は斬魔刀をくわえ、斬りかかる。
     戦場は、いつだって選択の連続で。
     一瞬の判断が、灼滅者たちの。そして、『日常』を生きる者たちの未来を分ける。
    「思考を止めれば、そこで、すべてが終わる」
     だから、動け。
     省みるな。戦え。
     マリアの言葉に、作楽の胸がふるえた。
    (「動け。動け。動け、動け、動け……!」)
     冷えた指先がわずかに反応し。
     作楽は今度こそしっかりと日本刀を握り、地を踏みしめる。
    「行け、エスカル号!」
     恐れにたちむかう作楽を鼓舞するようライドキャリバーに命じ、紫苑自身も、駆けだす。
     突撃するキャリバーの死角から作楽の影業が伸び、鬼をひと呑み。
     心の傷を引きずりだされた梅津は、頭を抱えて苦悶の声をあげている。
     紫苑はバベルブレイカーを構え、叫んだ。
    「当たれ……!」
     ドリルのごとく回転する杭を、至近距離から叩きこむ。杭は梅津の胸深くを貫き、傷を抉った。
    「仲間も、未来も。呪鬼の腕で、握り潰させなどしません」
     なおもガンナイフを構えようとする、血まみれ鬼へ告げ。
     静香はひと息で、その腱を断ち斬った。

     灼滅者たちはできる限り派手に、時間をかけて戦い続けた。
     梅津の傷は確実にかさんでいるとはいえ、戦闘が長引けば長引くほど、灼滅者たちの傷も増えていく。
     しかしどれだけ粘っても、それらしき羅刹の気配も、姿も、一向に現れる気配はない。
    「これ以上の時間稼ぎは、難し、ね……!」
     ユエファは龍砕斧『銀雷』を盾代わりに、梅津の怒涛の連撃をやりすごす。
     情報収集のため『強大な羅刹』との遭遇を狙いたいと言った以上、発生した危険は引き受ける覚悟だ。
     しかし、無理に戦闘を引き伸ばし、無用の傷を負うのは本意ではない。
     なにより万が一の時に撤退の切り札とするサーヴァントたちを、これ以上失うわけにはいかなかった。
    「灼滅、しよう」
     ユエファを癒し、仲間たちに呼びかけたレドの言葉に、灼滅者たちは覚悟を決める。
     真っ先に飛びだしたのは、サーヴァントたち。
     『エスカル号』が機銃掃射を仕掛けると同時に、『焔丸』が六文銭射撃で鬼を牽制。
     マリアの霊犬はふたたび斬魔刀をくわえ、梅津のガンナイフと切り結ぶ。
    「お覚悟ください……!」
     翠は異形巨大化させた腕を振りかぶり、跳躍の勢いに乗せ、梅津を殴り飛ばした。
     もんどりうって道路に転がった鬼の眼前には、麗音のつま先がある。
     緋色のドレスをまとった少女は鉄塊のごとき刀を軽々と持ちあげ、
    「ふふ、なかなか愉しめましたよ?」
     微笑みとともに超弩級の一撃を繰りだし、鬼の全身を打ち砕いた。
     ひび割れたアスファルトに埋もれる梅津を見やり、マリアが契約の指輪を掲げる。
     眼前にいるのは、一般人に仇なす鬼と成り果てた男。
     マリアは選択を過つことなく、つぶやいた。
    「こんな形で、終わりたくて……生きてたわけじゃ、ないだろうに、ね」
     はなたれた魔法弾が、梅津の眉間を貫いて。
    「死んでも死にきれない想いは判りますが……。人の魂まで、失うことはなかったはずです」
     進みでた静香の鋼糸が、ふわりと、鬼の首にからみつく。
    「こんな、このまま死んでたまるか! なぁ、おやじ――!」
     ぷつん。
     叫ぶ鬼の言葉は、さいごまで紡がれることなく。
     静香はそっと、目を伏せた。
    「一度はじまった鬼哭は、決して、止まらないのですから」

    ●闇躍
     戦闘終了後、灼滅者たちはその場に留まり続けたが、灼滅者たちの傷が癒えるころになっても、『強大な羅刹』は現れなかった。
     死した梅津の肉体はすぐに塵と化し、『刺青』についてもよくわからないままだ。
    「結局、手がかりなし、ですね」
    「私たち、騒ぐ、たりなかった……?」
    「そんなこと、ない」
     肩を落とす翠とユエファに、レドが答える。
    「なにか、打つ手が足りなかったのだろうか?」
     作楽も首をひねるが、
    「……なんにしろ、羅刹は灼滅できたんだ。目的は達成できた」
     紫苑は無事に任務を終え、安堵していた。
     心残りがないといえば嘘になるが、今はひとまず、身体を休めたい。
    「報告もありますし、学園へ戻りましょう」
     麗音の提案に、皆が歩きだす。

    「マリアさん……?」
     佇んだままの少女をいぶかり、静香が声をかける。
     最初の刺青羅刹事件から、数か月が経過している。
     その間に類似事件はいくつも発生し。
     戦争を経て、羅刹たちはすっかりなりをひそめた。
    (「あの戦いの前後で、なにかが、変わった……?」)
     マリアは微かに眉根を寄せ。
     ふたたび推理を組みたてるべく、仲間たちの背を追い、歩きだした。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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