妖異闇々録『巴』

    作者:西東西


     ――しゃん、しゃらん。
     鈴のような音とともに、牡丹雪の舞う湖畔を真白き獣が歩む。
     狼とも、狗(いぬ)ともとれるそれは、足首に五色の組紐と、いくつかの金環をつけていた。音は、その金環によるものらしい。
     湾岸道路沿いにならぶ松並木を見やると、
     ――オオオオオオオォォォン。
     天をあおぎ、ひと吠え。
     すると狗の前に白炎が湧きおこり、馬にまたがった女武者が姿を現した。
     狗はそれを見届けると、金環を鳴らし、振りかえることなく去っていく。
     女武者と馬の足は縄のようなもので地面と繋がっており、狗を追いかけることはできない。
     女は顔をあげると、
    「おいたわしや、我が殿。……せめてこの浜に、弔いの血肉をささげましょうぞ」
     つぶやき、薙刀の柄を握りしめた。
     

    「……今日もよく冷えるな」
     首周りをマフラーでぐるぐる巻きにした一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が、ぼやきながら、教室に集まった灼滅者たちに茶をさしだす。
     ひと息ついたところで、事件の説明を開始する。
    「昨年末から頻発しているスサノオによる事件だが、新たに、『古の畏れ』が生みだされた場所が判明した」
     出現するのは、夜。関西のある湖畔にて。
     松の木がならぶ浜辺の道を歩いていると、荒馬にまたがった女武者が姿を現し、浜を訪れた者に襲いかかるという。
    「すでに数名の被害が出てしまっている。よってきみたちに、灼滅願いたい」
     
    「この女武者だが、平安時代に活躍したとされる女武将がもとになっているようだ」
     色白の肌に、長い黒髪。将軍のそば近くに仕えていた女のため、容姿はたいそう美しい。
     しかしひとたび華麗な武者鎧に身を包めば、「強弓精兵」「一騎当千」と言わしめるほどの武功をあげたとされている。
     その伝えどおり、古の畏れである女武者も『薙刀(妖の槍)』と『弓(天星弓)』を獲物として戦う。
     また、女武者のまたがる『荒馬(ライドキャリバー)』も、敵として襲いかかってくるので注意が必要だ。
    「荒馬に騎乗した女武者の機動力は、きみたちをはるかに上回る。人馬一体となった女に挑んだとしても、攻撃を当てることすら難しいだろう」
     戦闘を効率よくすすめるためには、なんらかの策を考えておいた方が良いと、エクスブレインは告げた。
     なお、浜辺は松の木のほかに人工物などはない。道は整備され、足元も舗装されているため、戦闘に支障はない。
    「ただし、松並木のそばを湾岸道路が走っている」
     道路をこえたすぐ先には、一般人の生活する住宅街がならんでいる。
    「七湖都」
     呼ばれ、ほかの灼滅者たちと一緒に説明を聞いていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)は、
    「……ん。戦闘中の、一般人対応。する、ね」
     と聞きわけ、頷いた。
     
    「前回から引き続き、この事件を起こしたスサノオの行方を探っているが、どうにも予知がしにくい……。だが、予測にかかった事件を順に解決していけば、いずれ、事件の元凶であるスサノオに、つながっていくはずだ」
     一夜はそう告げ、「そうそう」と思いだしたように続ける。
    「当日の天気は雪だ。浜風も吹くだろうから、防寒対策はしっかりと、な」
     衣服に貼り付けるタイプのカイロを人数分さしだすと、一夜は灼滅者たちを送りだした。


    参加者
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    ラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)
    田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)

    ■リプレイ


     漆黒の夜。
     しんしんと降る牡丹雪が、視界を白く染めあげる。
     湖水緑のダッフルコートを着こんだ七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、光源を手に闇を見すえていた。
     かたわらには、錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)の身を案じて同行を申しでた伊織(d13509)の姿。
     2人の眼前には湾岸道路があり、ときおり、車のテールランプが夜景に弧を描く。
     ともに作戦に臨むラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)の指示にしたがい、さかなはESP『殺界形成』を展開していた。
     そのうえ深夜の雪とあり、湖に近づこうとする者の気配はほとんどない。
     だが、雪の湖見たさだろうか。若い少年少女数名が松並木へ向かいくるのを認め、伊織が声をかけた。
    「これから、湖岸で映画の撮影があるんですわ。大事なシーンやさかい、場所変えてくれはらへんか」
    「ええーっ。なら、見学させてよ!」
    「……あぶない、から。だめ」
     と、さかなが諭すも、
    「いいだろ、減るもんじゃなし」
     少年が強引に詰めよる。
    「(……難義なおひとらや)」
     伊織はひそかに嘆息し、ESP『王者の風』を展開。
    「すんまへんけど。これ以上は、堪忍しとくれやす」
     穏やかな微笑に威圧を含ませると、少年少女は早々に引きあげていった。
     ふいに、伊織がひづめと剣閃の音に気づき、松並木へと顔を向ける。
     ――戦闘は、すでにはじまっている。
    「はよ、みんなのところへ」
     頷き、さかながスレイヤーカードを取りだして。
    「……いくよ、『アニマ・アニムス』」
     光とともに顕現した武器を手に、仲間たちのもとへ、走った。


     時は、すこしさかのぼる。
     さかなと伊織が一般人対策に向かった後、残る灼滅者8人は『古の畏れ』が現れるという松並木を歩いていた。
     それぞれが光源を持ち、視界は十分。
    「……寒いね、涙も凍りそうなくらい」
     足を滑らせないようにとブーツを履いてきた埜口・シン(夕燼・d07230)が、白い息を吐きながら、つぶやく。
     コートにマフラー。耳当て付き帽子に手袋。カイロを貼ってもまだ寒いと、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)も頷き、
    「はしゃいで、つまづかないよう……ですよ」
     灼滅者たちの周囲を駆けまわる霊犬『エル』に声をかけ、道の先を見据える。
    「かの女武者は、こんなところに居たんだな」
     伝承の人物が相手とあり一條・華丸(琴富伎屋・d02101)が意気ごむのへ、
    「彼女の強さは、主を守るという大義だったろう」
     と、幼馴染みの殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)も奮いたつ。
    「武将というからには、相当楽しませてもらえそうだな」
    「本物ではないとはいえ、昂ぶりを抑えられませんよ」
     『都市伝説』のように逸話や伝承から生みだされた『まがいもの』とはいえ、木通・心葉(パープルトリガー・d05961)と氷霧は、名のある猛者との戦いに喜びを隠しきれない。
     一方、ラツェイルと田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)は、敵の出現を前に眉根を寄せた。
    「名高き平安の女傑……。このような形で相まみえるのは、いささか複雑ですね」
    「彼女の誇りを汚されたようで、古典好きとしても許せないわ」
     個々の想いはどうあれ、生みだされた『古の畏れ』は倒さねばならない。
    「……それにしても。うぅ、寒」
     番傘を手にした紗織が吹きつける風雪に身を縮めながら、湖岸の道を歩き続けた、その時だ。
     ――ヒヒーーーン!
     馬のいななきに続き、ドドドッと地を揺らし迫るひづめの音が轟いた。
    「来たわ! 正面!」
     ガトリングガンを構えたシンがいちはやく反応し、爆炎の魔力をこめた弾丸を連射!
     しかし荒馬は驚異的な脚力ですべてかわし、ひるむことなく突進を続ける。
     馬上の女武者が薙刀を振りあげたのに気づき、
    「住之江!」
    「エル!」
     主の命を受けた華丸のビハインド『住之江』とサフィの霊犬『エル』が、同時にシンの前に身を投げた。
     荒馬が『住之江』を蹴り飛ばし、捻りを加えた女武者の一撃が『エル』の身を斬り裂く。 灼滅者たちはとっさに反撃を繰りだしたものの、馬は疾風のように駆け攻撃をやりすごし、行き過ぎていく。
     灼滅者たちでさえ急襲され、ろくに攻撃を当てることができないのだ。
     一般人であれば、ひとたまりもないだろう。
    「……まずは、機動力をうばわないと、ですね」
     すぐにサフィが光輪をはなち、傷ついたサーヴァントたちを癒す。
     ラツェイルは己を覆うバベルの鎖を瞳に集中させ、叫んだ。
    「一騎当千と謳われた兵(つわもの)が、小兵相手に、騎乗しなければ相手もできませんか!」
     ふたたび迫りくる荒馬めがけ、マテリアルロッドを一閃!
     魔力の奔流が荒馬の体内をかけめぐり、内側から爆破する。
     しかし馬は傷口から白い燐光をこぼしこそすれ、勢いを落とさぬまま、灼滅者たちを轢き殺しにかかった。
    「いかに名高い武者とはいえ、所詮は女。駿馬がなければ、男には追いつけませんか!」
    「俺にとってはお前が『巴』だ。勝とうぜ……!」
     氷霧に続き、華丸が『住之江』に声をかけ、仲間たちの攻撃をかばいうけ。
     さらに氷霧と華丸は、続けて左右の死角からWOKシールドで殴りかかかった。
     進路をはばまれ、攻撃を受けた荒馬が甲高くいななくものの、女武者は挑発にも顔色ひとつ変えず弓を引き、嗤った。
    「今宵も我が殿に、弔いの血肉をささげましょうぞ!」
     霊犬『エル』と『住之江』がふたたび仲間の盾となるも、流星のごとく降りそそぐ矢すべてを払いきるには至らず、灼滅者たちを幾重にも貫く。
    「簡単に乗っていただけるほど、甘くはありませんね」
     ラツェイルは傷を抑えながら、挑発が失敗に終わったことをうめいた。
     後衛位置にいたため攻撃をまぬがれた千早は、すぐに己の片腕を異形巨大化させ、
    「スサノオによって生みだされたおまえには、守るべきものなど、なにひとつ――ない!」
     渾身の力をこめ、荒馬を殴りつけた。
     紗織はここぞとばかりに防寒具を脱ぎ捨て、
    「田抜一刀流道場、田抜紗織。一手、指南を所望!」
     叫びとともに冷気のつららを撃ちだし、暴れる馬を凍りつかせることに成功。
     心葉は仲間たちの脇をすりぬけ、巨大化させた腕を構え、声をかける。
    「馬に乗っているままでは、君自身の強さがはかりづらい。降りてはくれないか」
     しかし女武者はやはり、聞く耳をもたなかった。――もとい、『まがいもの』である女に、『己の意志』など存在しないのだ。
     口にする言葉も、写しとったものの反響をくりかえすにすぎない。
    「その首、我が殿にささげよ!」
    「……失望させないでくれよ、誇り高き武者殿!」
     心葉は眉根を寄せ、声とともに馬の頭を殴りあげる。
     荒馬はたまらず前脚を高く振りあげ、女武者をその背から振りおとした。
    「いよいよ、本丸を落とす番だね!」
     落馬しながらも舞うように着地した女武者を見やり、シンは影業『紡伽』を紡ぐ。
     煌めきをはらむ影がはしり、荒馬を引き裂き、その身を縛りあげた、その時だ。
    「おねがい、アニマ」
     駆けつけたさかなが戦列に加わり、聖剣に刻まれた『祝福の言葉』を風に換え、開放。
     傷ついた仲間の傷と枷とを、浄化する。
    「さかなさん、一般人対応は、だいじょぶ……そ?」
    「ん。伊織が、みてる」
     問いかけるサフィに応え、こくこくと頷く。
     荒馬と女武者を引き離し、後顧の憂(うれ)いを断つことができたのなら、あとは個々の灼滅をめざすまで。
     灼滅者たちは相対する敵を前に、改めて陣形を整えた。


     ――雪はなおも、横殴りに降り続いている。
     迫る女武者の薙刀を、氷霧はすべての命を“絶”つ刃『絶姫』で受けとめ、名乗りをあげた。
    「我は百の鬼を束ねる鬼、名は氷霧。振るうは絶姫。手合わせ願いましょう!」
    「ホホホホホホ! 殿の贄となるがよい!」
     斬りむすぶたびに火花が舞い、女が嗤う。
     サフィの霊犬『エル』が氷霧とともに駆け、回復と壁役を担った。
     事前に決めた作戦により、女武者の対応は氷霧と『エル』が。のこる灼滅者は、荒馬の対応にあたる手はずと決めている。
     華丸は怒りに狂う荒馬の攻撃を受けながし、敵を見据えたまま、叫んだ。
    「殿!」
     声に応え、白い息を吐き、千早と、千早の影がはしる。
    「友や仲間とならび立つ俺たちが、負けるわけもない」
     伸びた影が馬の全身を絡めとり、身動きを封じることに成功。
    「確実に、当てていくわよ!」
     紗織のはなった矢が荒馬の脚を貫き、ぱっと、白い燐光が飛散する。
     どうと音をたて倒れた馬めがけ、武器を構えたのはラツェイルと心葉。
    「非力なら、非力なりの闘い方があります……!」
     近接戦は得意ではないものの、己の役割を全うすべくラツェイルがマテリアルロッドを振りかぶる。
     荒馬をとらえ、魔力の奔流を注ぎこんだところへ、
    「君は、ここまでだ!」
     非物質化した心葉の聖剣『Bande』が、いななく荒馬の霊魂と霊的防護をさらに破壊。
     馬は真昼のごとき白光をはなったのち、あとかたもなく消え去った。
     だが、喜びもつかの間。
     女武者の薙刀を受けた『エル』の姿が、消し飛ぶのが見えた。
    「エル!」
     サフィの叫びと同時に、さかなが動き。
    「――おいで、アニマ」
     ささやきとともに鮮烈な裁きの光条をはなち、女武者を牽制。
     その隙にサフィが光輪を飛ばし、氷霧の傷を癒し、護りを固める。
    「耐えしのぐのが俺の役目……。もうしばし、つきあってもらいますよ!」
     氷霧はねじこまれた刃を跳ねのけ、血を流しながら、なおも死角からの斬撃をくりだす。
     長い黒髪をなびかせ、華やかな武具に身を包んだ女が舞う。
     紅い唇に笑みをたたえ、身の丈ほどもある薙刀を手に跳ねる。
    「その血肉を、殿にささげよ!」
    「捧げられるものなら、やってみなさい……!」
     傷をおし、駆けた氷霧が旋風のごとくくりだされた攻撃を受けとめ、弾き飛ばされた。
     同時に、仲間たちをかばった『住之江』が剣閃に散っていく。
    「氷霧! 住之江!」
    (「――死なばもろともじゃなく、『今』を、一緒に生きてくれ」)
     胸中に抱いた言葉は、己のサーヴァントへ向けたもの。
     ――ともに歩み、ともに生きることこそ、女が望んだ未来であったはず。
    「ここで出逢ったのも、なにかの縁だ……!」
     WOKシールドを構え、女を引きつけるべく、殴りかかる。
    「ここからが本番、でしょ?」
     紗織はあえて敵と同様の武器――妖の槍を手に立ちまわり、女の動きを目に焼きつける。
    「技のひとつも、盗んでやる……!」
     一瞬のすきをついて女の死角にまわりこみ、槍を一閃!
     武者鎧ごと、斬り裂いた。
     シンは攻防を続けながら、雪景色に舞う女に想いを重ねる。
     ――白いほそい手で、きっと怖れも臆病ものりこえて、つよいひと。
     ――うつくしかった、ひと。
     ステップを踏むように、くりだされた薙刀を避ける。
     足元で、きらきら。影業がきらめき。
     かすった刃が、シンの身を引き裂いて。
     赤い雫が、スローモーションのように散り、雪を染める。
    (「大事なひとがいるんだ。帰るって約束したんだ、だから――」)
     濁りない朱をまとい、拳を固めた縛霊手を振りあげ、
    「貴女には、負けない!」
     強い決意とともに、女武者に叩きつけた。
    「アアアァァァァア!」
     女は傷口から白い燐光をはなち、絡みつく霊力の網にもがきながら悲鳴をあげる。

     最初こそ機動力で優位をとっていた女武者だったが、灼滅者たちの枷を受け、いくつもの傷を負うごとに、身体のあちこちから白い光を零した。
     白い雪。
     白い燐光。
     白い吐息。
     そして白い、女武者。
     降り続く牡丹雪が、地面を一色に塗りかえる。
     ましろき舞台を、ひとりの女と、9人の若者が舞いおどる。
     彼らが舞えば舞うほど、あかい紅の花が咲く。
    「一気に、畳みかける……!」
     千早は周囲に符をはなち、攻性防壁を築くことで女の退路を断ち。
    「主を守れなかった無念も、ともに死ねなかった執心も。俺たちが、受けとめましょう」
     氷霧は蓄積した傷の疲労に耐えながらも、影業に命じた。
    「眠りなさい。その身をさらなる修羅へと落とす前に――」
     漆黒の影が伸び、女を飲みこんで。
    「殿……! わが殿! アアアァァァ!!」
     己の深淵をかき乱され、『まがいもの』の女は血の涙を流す。
    「サフィ。回復は、まかせて」
     声に頷き、サフィは仲間たちの支援をさかなに託し、詠唱を開始する。
    (「巴さんはニホンの昔、強い女性だったですね」)
     強いひとは、凄いと思う。
     けれど眠っていたところを起こされ、だれかを傷つけずにいられないのなら。
    (「――かわいそう」)
     高純度に詠唱圧縮した魔法の矢を顕現させ、
    「もう戦わなくて良い、の。あなたの大切なひとも、あなた、待ってます」
     女のこころに届くようにと、語りかけると同時に、矢をはなつ。
     その一撃はまっすぐに、女の胸を貫いて。
     心葉は女武者が乱暴に振りかざした刃を受け流し、告げる。
    「君の忠誠は素晴らしく、姿に違わない、美しいものであった」
     次の瞬間、異形巨大化した心葉の腕が、容赦なく女武者を地面に叩きつける。
     妖の槍を手に、ラツェイルが歩み寄り。
    「ああああおいたわしや、我が殿! せめて、せめてこの浜に……!」
     雪の舞う闇を見すえたまま、なおも叫ぶ女を前に、目を伏せる。
     ――超常なるものを追いつめ、殺す、怨念が塗りこめられた魔槍。
     その柄を握る手に、力をこめて。
     ふうと吐いた吐息が、白く染まる。
    「もういいでしょう。……貴女は、十分に悔いました」
     突きだした腕に螺旋のごとき捻りを加え、ラツェイルは槍をくりだし、女を穿った。
    「ああああ、殿おぉ!!」
     舞う雪をつかむように。
     伸べた女の手は空をきり、やがて指先から白い光と化し、跡形もなくこの世から消え去っていった。
     あとには、地面に突き刺さったままの槍が残り。
    「今度こそ、安らかに――」
     ラツェイルは静かに十字をきると、白光のたちのぼる空をみあげ、目を伏せた。


     『古の畏れ』の灼滅を察し、周囲の警戒と逃走阻止にあたっていた伊織が、仲間たちを出迎える。
    「寒かったやろ。おつかれさん」
     さし出された温かいお茶を両手に包めば、凍えた者たちの身も心も、ほっこりと温まる。
     ラツェイルがコップを受けとり、傷を癒した氷霧へ渡す。
    「いただきましょう。温まりますよ」
    「ありがとうございます」
     氷霧はたちのぼる湯気を見やり、相対した女を想う。
    (「『まがいもの』では、ありましたが……」)
     挑発時に向けた言葉を胸中で詫び、そっと、眼を閉ざした。
     そのかたわらでは、心葉と紗織がならんで黙祷をささげる。
    「君に、敬意を払って」
    「……貴女の技だけ、もらってく。それが、武人なりの供養と思うから」
     一方、女の消えた松並木を見やり、シンはスレイヤーカードを見つめていた。
    (「だれかのために戦う強さに、憧れてた。だけど私が戦うのは、自分がダークネスを飼ってるからで。気高い志なんかじゃ、なくて――」)
     歴史に名を残した女は、どこか『特別』のような気がしていた。
     けれどその女も、涙を流していて。
     その無念の叫びが、今も、胸につき刺さっている。
     サフィは瞬く星をみあげ、静かに祈っていた。
    「……おやすみなさい」
    (「巴さんが、大切なひとの元へ、行けますよう」)
     ――くしゅっ。
     続けてくしゃみをしたサフィに、さかながぐるぐると自分のマフラーを巻きつけて。
    「かぜ、ひいた?」
    「はふ……。暖かいところ、戻りましょ」
     仲間たちと連れだって、雪の降る湖岸を、後にする。

    「そういやお前も『殿』だよな。木曾殿と張れるぜ」
    「俺は敗走するはめに陥るような、へまはしないが? ……それにその時は、お前が助けてくれるだろうしな」
     華丸と千早は仲間たちから少し遅れて歩き、言葉を交わしていた。
     女と主。その主と友人の物語は、互いの立ち位置と重なるからこそ、どこか身近なものとして感じる。
     華丸は女の供養代わりにと懐紙を取りだし、千早へさしだした。

     ――ひとりゆく 愛しき君も 潮風と 終ひの住処の 家路につかん。

     ――共に死ぬ 心のままに 乙女駆け 祈る来世は 友笑まんとや。

     互いに一首詠み終えると、その紙を炎で包んで。
    「ちゃんと、木曾殿と兼平のもとへ、帰れればいいな」
    「ああ。今度こそ、きっとな」
     灰塵を潮風に散らし、女が彼岸へたどりつけるようにと、祈る。

     その後、雪はしんしんと降りつづけ。
     すべてを、白く、白く、染めあげた。
     こぼれた紅も、涙も。
     すべてを、しずかにのみこんで。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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