スノーボール・マーダー・ゲーム

    ●樹氷の山で
     立ち並ぶスノーモンスター。腿まで埋まる深さの雪。10代から30代ほどの若い男女約10名が、吹雪の中、立ちすくみ震えていた。皆スキーやスノボのウェアは着ているが、全員見知らぬ同士だ。どうして自分たちが、コースを離れたこんな山深いところにいるのか、分かっている者は誰もいない。気づいたら、ここに連れてこられていた。
    「揃ったか?」
     突然、頭上から声が降ってきた。見上げると銀髪の少年がスノーモンスターのてっぺんから彼らを見下ろしていた。少年は、チキキ、と手にしたカッターナイフを鳴らすと、
    「ようこそ、縫村委員会プレゼンツ・殺戮雪合戦大会へ……アンタたちには、この山で殺し合いをしてもらうよ」
     と、楽しげに言った。
    「寒いだろう? 寒いよね、アンタらはまだ一般人だもの。帰りたいよね? 暖かいトコに。もちろん帰してあげるよ」
     少年は笑顔で、
    「殺し合いをして生き残った、1人だけはね」
     悪夢のような展開に呆然とするばかりの一般人たちに、少年は淡々と説明を続ける。
    「この山の一部に、殺し合い専用閉鎖空間を作った。アンタたちはその中にいる。野球場くらいの広さだ。最後の1人になると同時に、その閉鎖は解けるようになってる……おっと」
     少年はニヤリと黒い笑みを見せ。
    「助け合って脱出しようなんて思っても無駄だからね? っていうか、アンタたち、そういうタマじゃないだろ?」
     少年はポーンと跳んで木から下りた。何故か彼は雪に沈まない。
    「武器は、アンタたちの腕についてるコレ」
     いつの間にか一般人全員の腕に、小型バズーカのような武器が装着されていた。
    「これは、強化雪玉射出機。めっちゃ堅い雪玉を発射することができるんだ。トリガーを引けばいいだけで、球数にも制限はない……そこのアンタ、木狙って撃ってみな」
     言われて、体格のいい男性がおそるおそるトリガーを引いた。
     ……ズドォン!
     尻餅をつくような勢いで発射された雪玉は、トドマツの太い枝を粉砕した。
    「スゲェだろ? 打ち所悪きゃ、一発でお陀仏だ」
     少年は歌うように。
    「子供の頃、雪合戦しながら思わなかったかい? 雪に石を入れて、いじめっ子にぶつけてやりたい。氷を入れた玉を、優等生にぶつけて泣かせてやりたい」
     一般人達の瞳に光が宿る。暗い光が。その光は与えられたばかりの武器と、周囲の敵たちをギラギラと見つめる。
    「思ったよなァ? アンタたちはそういうヤツらだ。だからここに集められたんだ」
     少年は再び木のてっぺんに戻り。
    「さあ、始めなよ。俺はもう行くけど……せいぜい頑張りなよ。誰が残るか、楽しみだな?」
     
    ●武蔵坂学園
    「六六六人衆に新たな動きが見られます」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は堅い表情で語り出した。
     正月早々の暗殺ゲームで多くの六六六人衆を灼滅することができたが、それに危機感を覚えたのか、新たなメンバーを生み出す儀式を始めたらしい。
    「それを行っているのは、縫村針子とカットスローターという2体の六六六人衆であるようなんですが……」
     典が感知したのは、長野県内のスキー場がある山中での儀式だ。六六六人衆は、周辺のスキー場から素質のある一般人10名ほどを攫ってきて、雪深い山中に閉鎖空間を作り、閉じ込めた。そしてその中で殺し合いをさせる。
    「最後に残ったひとりが閉鎖空間から解き放たれ、六六六人衆となります。その儀式を止めることはもちろん、完全に闇堕ちしているので事後に救うことも不可能です」
     なんとタチの悪い儀式だろう。
    「ただ、閉鎖空間内で殺し合いをしていますから、ある程度ダメージを受けており、灼滅するチャンスとも言えます。皆さんは、閉鎖空間が解かれた瞬間に突入して、堕ちたばかりの六六六人衆を倒してください」
     人里に降りる前に何としても灼滅しておかなければ。
    「今回、六六六人衆となるのはスキーのインストラクターをしていた女性です」
     山埜・雪子(やまの・ゆきこ)という20代の女性は、元々サディストの気があり、子供を教えるにもやたら厳しく当たって泣かせたり、練習と称してわざと転ばせたりするので、スキーの腕は抜群なのだが、インストラクターとしては評判が悪かった。
    「元々がそんな性格ですから、六六六人衆としても残虐な部類になってしまうでしょう」
     ますますタチが悪い。
    「しかも、スキーのインストラクターですから、雪中の行動に長けています。スキーは取り上げられていますが、それでもスピードは侮れません」
     こちらも何らかの対策をしておくべきであろう。
     典は山の地図を広げて指しながら、
    「スキー場はこちら、閉鎖空間は山の反対側、このあたりです。閉鎖空間は半透明のドーム状の壁で覆われています。最後のひとりになった瞬間、壁が消滅しますので、そうしたら突入してください」
     雪子は、スキー場側に出てくるだろう。
     典は、頷いた灼滅者たちを見回して。
    「強制的に闇堕ちさせられたことを考えるとやるせないですが、しかし他の一般人を犠牲にして六六六人衆になったわけですから、もう救うことはできません。これ以上の被害を出す前に、どうか迅速な灼滅を!」


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    巫・縁(アムネシアマインド・d00371)
    ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)
    皐月・詩乃(中学生神薙使い・d04795)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    幸宮・新(揺蕩う吾亦紅・d17469)

    ■リプレイ

    ●閉鎖空間
     灼滅者たちは、雪の山中に唐突に存在する半透明のドームを、じっと見つめていた。この中で今、雪玉による命をかけたバトルが行われているはず――しかし、磨りガラスのようなドームの壁と雪の森に遮られ、その様子を窺い知ることはできない。
     幸宮・新(揺蕩う吾亦紅・d17469)が白い息を吐きながら呟く。
    「……六六六人衆はホントにろくなことしないよね。人となりはどうあれ、ターゲットも被害者ではあるんだろうけど。でも……もう戻れないなら、被害が出る前に終わらせないと」
    「正直、気分が悪いことこの上ないですね」
     皐月・詩乃(中学生神薙使い・d04795)も眉を潜めて。
    「望まぬ者を無理に堕とし、戦力とする事も、そうする過程において多くの命を犠牲とする事も。六六六人衆の儀式の全てが許せません」
    「全くっす。強制闇堕ちなんて、許せないっすよ……しかも、こんなやり方で」
     小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)は悔しそうにドームを覗き込む。
     本当ならば、この儀式自体を止めてやりたい、元凶の六六六人衆を滅ぼしたいという気持ちは皆同じ……なのだろうが。
     嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)が、
    「でも、今回のターゲット、自分的には、なかなかに気が合いそうっす」
     率直に殺人鬼らしい心情を述べ、仲間たちは苦笑を漏らす。
     と、そこへ、シャッと雪煙を立てながら、巫・縁(アムネシアマインド・d00371)がスノーボードで滑り込んできて。
    「ま、無理矢理殺し合わせたって意味じゃ同情はするが、堕ちちまった以上一切手加減しねぇさ」
     そりゃそうっすよ、と絹代は頷く。
     縁はスノーボード初体験なので、突貫で練習していたのだが、さすが灼滅者の身体能力、もう移動に使える程度には慣れたようだ。
    「うん……敵は倒すだけだし、特に思うことはないはずなんだけど」
     ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)が首を傾げ。
    「でも、無性に気に入らないのはなぜなんだろう……?」
     ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)が箒をぎゅっと握りしめ。
    「生き延びるために他の『命』を殺めるということにおいては、私たち灼滅者だってさほど違わないわけですが……でも」
     表面に現れた行動だけを見たらそうかもしれない。しかし六六六人衆とは根本的な心の在り様が違うはず。
     ――ガタッ。
     突然、ドームがわずかではあるが振動した。灼滅者たちは一斉にドームを注視する。その彼らの前で、ドームは震え、薄れ……消えた。
     スノーボール・マーダー・ゲームが終わったらしい。
     勝者であり生き残りであり新たな六六六人衆となった山埜雪子は、戦いが終わったと悟り次第、灼滅者たちがいる方角に向かってくるはずだ。
    「――行きます」
     ミネットはサッと箒にまたがり、雪の森へと飛び立った。上空から雪子を探すのだ。
     泉二・虚(月待燈・d00052)はかんじきのベルトを点検しスキーを背負うと、空高く舞い上がるミネットを見上げてから、
    「私たちも、行こうか」
     仲間達を促した。

    ●捜索
     地上では、新と縁がスノーボードで先行し、用心深く捜索を進めていた。ふたりは山スノボを楽しんでいるふりをしつつも、後に続く徒歩の仲間たちと離れすぎないよう、また空を行くミネットを見失わないよう、油断なく目を配る。
     森は深く、雪も深い。たっぷりと雪を纏ったトドマツで見通しは効かず、治まってきたとはいえ吹雪が視界を遮り、あったかもしれない戦闘の痕をもどんどん消し去っていく。
     新はポケットに手を突っ込み、無線機をそっと確認した。

     ミネットは白一色の眼下に目を凝らしながら箒の高度を下げた。安全のためには高い位置からの捜索の方がいいのだろうが、この気象条件では下げざるを得ない……と。
     ズドォン!
     突然銃が発射されるような音がして、同時に、雪を被った木陰から雪玉が飛び出してきた。
    「!?」
     咄嗟のことで避けきれず、雪玉は脇腹をかすめた。
    「……くっ」
     雪玉とは思えない堅さと勢いにバランスを崩しそうになったが、距離があるし、かすっただけなのでダメージは殆ど受けずに済んだ。箒の上に踏みとどまり発射されたとおぼしき場所に急降下する。
     探すまでもなかった。ターゲットは自ら木の下から飛び出してきた。
    「アーハハハハハッ!」
     ヒステリックな哄笑でミネットを見上げたのは、真っ赤なスキーウェアの女性だった。女性は右手に装着した小型バズーカ砲のような武器を掲げて。
    「まだいたんだぁ。ねえ、降りといでよ! こいつで抉って抉って抉りまくってやるからさぁ!」
     ミネットは旋回しつつ、無線のスイッチを押した。
    「ターゲット発見! 私が飛んでいる真下です。赤いウェアなので目立ちます!!」

    「……了解!」
     新はミネットからの無線にそう応えつつ、すでに滑り出していた。ミネットに向けて雪玉が撃ちあげられるのは、彼らからも見えていた。
    「オレたちは先にいく!」
     縁が走り出した後続の仲間にそう言い残し、新を追う。

    ●戦闘
     縁と新がターゲットの元へたどり着くと、ミネットは箒でくるくると飛び回り、敵を引きつけようとしていた。
    「アスカロン、アクティヴ!」
     縁はカードを解除すると、斜面の勢いを借りてターゲットに急接近し、光を宿した拳で殴りかかった。新は少し間を空けてボードをストップさせると、片足を外して雪の上に黒々と影の一つ目鬼を出現させ、鋭い爪で襲いかからせる。
    「……ぐっ!?」
     奇襲攻撃にターゲットは雪の上でよろめいたが、素早く2人の方を向き直る。
     新は鬼を足下にぐっと引き寄せ、雪を蹴って敵に少し近づいて。
    「……初めましてデ、悪いけど……僕達は、貴女を殺さないといけません」
    「そりゃあ、そうさね」
     アハハハー、とまた雪子は狂気じみた笑い声を上げ、ぎらぎらした瞳で新を見据え。
    「全員殺さないと帰れないんだからさぁ!」
     腕を上げた瞬間に、新に雪玉を撃ち込んだ。まるで早撃ちのような素早さである。
    「!!?」
     高速回転した雪玉が新の腹部にめり込む。至近からのサイキック攻撃、ダメージは大きい。
    「新さんッ!」
     その時、追いついてきた虚がスキーを投げ捨て、かんじきで雪を蹴立て敵の視界を遮りつつ飛び込んできた。
    「くらえ!」
     雪煙の向こうから現れた虚の刀は中段のニュートラルな構え。敵がどう動くか一瞬迷った隙に、刃は赤いパンツの脚を斬り上げた。
     翠里と詩乃も霊犬を従えて追いついてきて、
    「蒼、斬魔刀!!」
     翠里は霊犬に敵を引きつけさせると、自らは影を伸ばして捕縛を図り、
    「大変!」
     詩乃は雪を血で赤く染める新に駆け寄ると、霊犬・切那にカバーを命じておき、素早く回復を施す。
     その間にミネットは雪上に降り、かんじきを装着していた。
    「ミネミネちゃん、いけるか!?」
     同じクラブの縁がカバーに入るが、
    「はい、もういけます!」
     雪深い森林地帯出身のミネットは素早く装備を調え、揃いつつある仲間の包囲網に加わる。
    「こい……つっ!」
     雪子は翠里の影を振り払い、至近にいた虚に武器を向ける。
    「む……」
     虚は攻撃を受け流すべく刀を構えるが、すさまじいパワーで撃ち込まれる雪玉を受けることができるかどうか……と。
     ビシュルッ、と突然、誰かの影が伸びてきて雪子の利き腕を払った。
    「お待たせっすよ!」
     影は絹代のものだった。雪装備が無いため移動に苦労していた絹代とハノンが追いついてきたのだ。ハノンも虚と敵の間に割り込むと、挨拶代わりとばかりに『ミランダ』で斬りかかる。
     その一太刀は、さすがの雪中スピードで躱した雪子であったが、全員揃った灼滅者たちは、回復を受けた新含めて、ぐるりと雪子を取り囲む。
     改めて雪子の姿を見てみれば、スキーウェアは赤とばかり思っていたが、実は元々白っぽいもののようだった。血糊で全身真っ赤に染まっているのだ。長い髪もごわごわと血で固まっている。
     殺し合った一般人たちの血で染まっているのか……そう気づいて、灼滅者たちは慄然とする。
     しかし、彼女の武器を装着していない左腕が、だらりと下がったまま動かないことにも気づく。ウェアもあちこち穴があいてボロボロだ。殺し合いで負傷したのだろう。ということは、ウェアを染めている血には、雪子の自身ものもかなり含まれているだろうか。
     雪子は、チームワーク良く包囲を固める灼滅者たちを不思議そうに見回す。
    「アンタたちは殺し合わないのかい?」
    「言ったでしょう、僕『達』は、貴女を殺さないといけない、って」
     新が怒りの籠もった口調で、しかし幾分悲しそうに応える。
    「ふうん?」
     雪子は首を傾げたが、次の瞬間にはまた狂気を含んだ笑顔に戻り。
    「まあいいや、とにかくあたしは、全員殺して帰るだけだよ!」
    「うわっ!?」
     バシュッ、と前衛の足下に雪玉が撃ち込まれ、深い雪がめくれ上がるようにして灼滅者たちの脚を覆った。
    「ぐほ! すげぇ雪玉……」
     ハノンが雪に脚を取られつつ嘆く。しかしミネットが、
    「私の故郷は秋には雪に閉ざされるような所でしたから……雪遊びの延長に負けない自信は、ありますよ!」
     素早く前衛の間を抜き影を伸ばして、雪子を絡め取る。敵の動きが一瞬止まったその間に、詩乃は切那にも手伝わせ、前衛を深い雪から救出する。
    「ありがたい……今度はこっちの番だぜ!」
     縁がボードで回り込みながら『斬機神刀アスカロン』を振りかぶったのを皮切りに、息を吹き返した前衛を含め、灼滅者たちは敵に一斉に飛びかかっていく。
    「恨んでくれていい。 憎んでくれていい……でも、見過ごすわけには、いかないんですッ!」
     新は『鬼ノ眼』で押さえ込み、ハノンは利き腕を刃と化して斬りつける。翠里がバスタービームで、虚が日本刀で、効かなくなっている左腕を痛めつけると、二の腕にぱっくりと深い傷が開いた。どくどくと血が流れ、しかし雪子は意に介した様子も見せず、
    「なかなか手応えのある子たちじゃないの」
     狂気の笑顔を崩さず、じり、と灼滅者たちの方に一歩近づく。その物凄い様子に、灼滅者たちは思わず一歩引く……が。
    「新鮮なトラウマ、見てくれっす!」
     絹代の影がすっぽりと雪子をくわえこんだ。
     その影が離れると、雪子は、
    「……アハハァ、また殺されにきたのかい?」
     あらぬ方向に目を向け嬉しそうに舌なめずりし、嬉々として雪玉を撃ち込み始めた。
    「何回蘇っても、何回でも殺してやるよ!」
     雪子の目には先ほど殺した人々が映っているのだろうか、不気味だが、この隙を逃す手はない、灼滅者は雪をものともせず敵に襲いかかる。
     縁は槍を構えて鋭く尖ったつららを撃ち込み、虚はかんじきで軽やかに敵の背後に回り、足止めを狙って再び脚を斬り上げる。
     ハノンが光の剣で利き腕に斬りつけると、ガキーン、と金属質な音がした。武器に接触したようだ。
    「――何すんだい!」
     その音で我に返ったか、雪子はハノンに雪玉射出機を向ける。
    「蒼!」
     翠里が霊犬の名を呼び、蒼は敵とハノンの間に体を入れ、まともに雪玉を受けた。
    「蒼っ……」
     悲しげな鳴き声を上げて倒れた愛犬を心配しつつも、翠里は雪の上に膝をついて慎重にガトリングガンの狙いを定め、連射する。
    「切那、蒼ちゃんを!」
     蒼には、詩乃に命じられた切那が走り寄って浄霊眼を施した。詩乃自身は最後方から、仲間たちのポジションに応じて能力upを伴う回復サイキックを送り続けている。
     新がロッドを仕込んだ縛霊手で魔力を叩き込むと眩しい火花が散り、その眩しさを利用したかのように、その真後ろから、
    「殺されるヤツが悪いのさ! 私らは所詮そういう連中だろう!?」
     絹代が影を伸ばして右腕を縛り上げ、がら空きになった胴体に、ミネットが至近から杭を高速回転させて撃ち込む。
    「ぐばあっ!」
     雪子が血反吐を吐いた。苦し紛れにトリガーを引いたのか、ズドンと空に雪玉が打ち上げられる。
    「……ち……ちくしょう……」
     腹を押さえつつも雪子はゆらりと立ち上がる。血まみれのウェアのその上に、更におびただしい血が流れている。顔も血まみれで苦痛に歪んでいる……と、彼女は突然雪空を仰いで、
    「うおおおぉぉおぉぉ!」
     女性とは思えない野太い声で叫んだ。
    「しまった、シャウトですっ!」
     詩乃が気づいて、咄嗟に風の刃を雪子へとぶつける。
    「させないよ!」
     詩乃の刃に怯んだ敵の懐に飛び込んでいったのはハノン。ハノンは変化させた利き腕を振るい、虚はすかさず回り込んで背中を斬り下げる。
     回復を試みたということは、敵はかなり弱ってきているということだろう。灼滅者たちは、雪子は不利を悟ったら、雪山での行動力を生かして逃亡を図るのではないかと考え対策をしてきた。しかし、これだけボロボロになっても逃げる気配はない。
     バッドステータスが効いてきているのもあるだろうが、おそらく雪子は、この山にいる人間は全て殺さなければならないという思い込みに囚われている。
    「(とにかく、ここで逃がして一般人に被害を出すのだけは、マズい)」
     縁は改めて決意を固め、渾身の一撃を放つタイミングを計る。
    「貴女が元凶じゃないことは知ってるっすけどっ……!」
     翠里とミネットがよろめく敵を影で縛り上げ、
    「地獄で待ってな! 私の席もとっといてくれよ!!」
     絹代が脚に切りつけると、とうとう雪子は雪原に膝を突いた。
    「……く……くそう……あたしは、皆殺しにして帰るはずなんだ……」
     おそらく生命は尽きかけている。しかし雪子は灼滅者への攻撃を諦めるつもりはないらしく、倒れ込みそうになりつつもジャキリと傷だらけの武器を上げた。
    「今だ、ゆきみー、捕まえといてくれ!」
     縁が新に叫んで刀を振りかぶった。
    「は、はいっ!」
     新は縛霊手で身を起こそうとした雪子を素早く殴りつけ、抑え込む。
    「たあーっ!」
     次の瞬間、新の斬艦刀の重たい刃が、雪子の肩口に深々と沈み込んだ。
    「……あ……?」
     空気の抜けたような声がして、雪子の瞳の輝きが失せた。新が刃を引くと、そのまま音もなく深い雪に倒れ伏す。
     もう、動かない。
     その動かない体は、雪の中に溶け込むように消えていき……。
     灼滅者たちは、その消えかけていこうとする骸に、雪の森に、手を合わせ瞑目した。雪子と、六六六人衆の邪悪な儀式によって倒れた者たちに向けて。
     詩乃が小さく呟く。
    「せめて、雪子さんと、今回の件で犠牲となった方々が。静かに眠りにつくことが出来ますように……」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ