modi ~殺戮協奏曲~

    作者:西東西


     ――カミなどいない。
     ――トクベツにならなければ、なにも変えられない。

     夕暮れの廃校舎に、ピアノの旋律が響く。
     西日の差しこむ音楽室で、よれよれのスーツをまとった男が鍵盤を叩いている。
     時につよく、時にやさしく。
     全身を揺らし繊細に奏であげる様子は、まるでコンサート会場で演奏を楽しむ奏者のよう。
     しかしその指先は赤黒い血に濡れ、鍵盤には、おぞましい数の指の跡がついていた。

     血濡れの指でピアノを奏でる男――森島(もりしま)は、無名の作曲家だった。
     作曲にいきづまり、創作のアイデアを求めひとり深夜の街を徘徊していたおり、気がつけば廃校舎内に倒れていた。
     女子高生。大学生。サラリーマン。主婦。老人。
     同じように迷いこんだ者たちが廃校舎からの脱出を試みるが、謎の『壁』に阻まれ叶わず、そのうちにひとり、またひとりと死んでいく。
     残された十数名が疑心暗鬼を起こし殺戮がはじまるなか、
    「あんたも殺らなきゃ、殺られるよ」
     カッターナイフを手にした少年が、森島にピアノ線を手渡した。
     おどろくほど良く斬れる糸で。
     最初に殺したのは、その少年だった。ずいぶんアッサリと死んだ。
     次に鋭利な爪をもった少女を。包丁を手に襲いくる主婦を。ラケットを振りかぶる大学生を。のこぎりをくりだす老人を。
     ――興奮に高鳴る鼓動。
     ――恐怖に逃げまどう者たちの足音。
     ――傷口からほとばしる血しぶきの描く放物線とリズム。
     音。音。音。
     それらがないまぜになり、奏でられる旋律。
    「素晴らしい……!」
     高揚した森島は、いつしか廃校舎にいた一般人全員を殺戮しつくしていた。
     だれも襲ってこないとわかるや音楽室に駆けこみ、浮かんだ音楽を編曲にかかる。
    「ははは、そうだ! 私が求めていたのは、この旋律! この旋律だ……!」

     夕暮れに染まる廃校舎を見あげ、ひとりの少年が、響く旋律に耳を傾ける。
    「死んだふりが、ああも功を奏するとはね。……これから存分に、『死の旋律』を奏でてくれよ」
     森島にピアノ線を渡した少年――カットスローターはそうつぶやき、廃校舎の外へと、消えた。
     

    「先日、武蔵坂学園の灼滅者たちに仕掛けられた『暗殺ゲーム』。その裏で暗躍している六六六人衆『縫村針子』と『カットスローター』の2体が、新たに、六六六人衆を生みだす儀式をはじめていることがわかった」
     教室に集まった灼滅者たちを前に、一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
     儀式の名は『縫村委員会』。
     一般人たちを閉鎖空間に閉じこめ、殺しあいをさせ、最後に残った者が闇堕ちし、新たな六六六人衆として、世に放たれる。
     この儀式を受けた六六六人衆はより残虐な性質をもつという。ここで灼滅できなければ、いずれ別の事件を引き起こすようになるのは明白だ。
    「閉鎖空間を出たばかりの六六六人衆は疲弊しており、配下もいない。よってこの機会に、確実に灼滅願いたい」
     
     事件の起こる場所は、あるうち捨てられた小学校。
     新たに六六六人衆として闇堕ちしたのは、森島という四十代の作曲家だ。
    「儀式を受けるまでは、スランプに悩む気弱な男だった。……だが殺しあいを経て、作曲のために殺しを行う、残虐な人物と化してしまう」
     ピアノ線(鋼糸)と楽譜(魔導書)を装備し、殺人鬼に似たサイキックとシャウトを扱う。
    「推奨される接触タイミングは、儀式終了後すぐに『音楽室にいる森島を襲撃する』方法だ」
     最も簡単でわかりやすい方法だが、音楽室に踏みこむ必要があるため奇襲はできず、必ず相手に先手を取られてしまう。
     また森島は廃校舎で殺しあいを経験したがゆえに、内部に詳しい。逃走を図った場合、取り逃がしてしまう可能性も高くなる。
    「私の提示したタイミングでは、必ず一手、出遅れる。ゆえに、奇襲や逃走阻止を図るなら、廃校舎内の別の場所へおびき寄せる等、なにか別の策を練るしかない」
     わかっているのは、森島は、儀式終了後3分間は音楽室でピアノを弾き続けるということ。
     3分を過ぎれば、廃校舎を出ようとすること。
     時間をかけすぎたり、敵に気付かれそうな行動をとった場合、失敗する可能性もあること。
    「……行動の結果が凶とでるか吉とでるかは、きみたちの、作戦しだいだ」
     どの道を選ぶかは任せると告げ、エクスブレインは説明を終えた。
     
    「重ねて言うが。森島を、救出する術はない」
     灼滅者たちがいくら願おうと、それは覆せぬ事実。
    「また儀式直後で傷を負っているとはいえ、致命傷ではない。……手負いだからと油断すれば、足元をすくわれかねない。それを、くれぐれも忘れないでくれ」
     一夜は唇を引き結び、「武運を」と告げ、静かに頭をさげた。


    参加者
    布都・迦月(幽界の深緋・d07478)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    暁・紫乃(殺括者・d10397)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    小早川・里桜(黄泉へ誘う黒氷桜・d17247)
    花鶏・イスカ(蒼橙コメティエッタ・d21017)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●開演
     しずむ夕陽が、世界を真紅に染めあげる時刻。
     『縫村委員会』の儀式終了前に現場に到着した灼滅者たちは、侵入可能な校庭と周辺の確認を行っていた。
    「不愉快な蠱毒で生まれた『哀れな存在』、か」
    「空間の閉鎖とは、厄介な力ですネェ」
     今なお殺しあいが続いているであろう廃校舎内を見やり、月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)と霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)が口を開く。
    「音楽を学ぶ身として、俺も他人事とは思えないな」
     境遇に重なる部分があるとはいえ、布都・迦月(幽界の深緋・d07478)の胸にあるのは、六六六人衆『森島(もりしま)』への純粋な興味だ。
    「人を殺す素養なんてだれだって秘めているものだから、確かにこのやり方は、効率がいいとおもうの」
     続いて、暁・紫乃(殺括者・d10397)が感心したように感想を述べるのとは対照に、
    「無理やり閉じこめられて、殺しあわされて……。そんなの、ひどいよ」
     白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)は憂いを秘めた表情で、つぶやく。
    「マァ、気の毒とは思いますヨ」
     と、ラルフが同意するも、
    「だが六六六人衆の存在は、赦せない」
     小早川・里桜(黄泉へ誘う黒氷桜・d17247)は拳を固め、森島の灼滅を胸に誓う。
    「そうだよね。……汚れちゃったんだもの、掃除しないとダメだもんね」
     純人は自分の手を見つめ、つぶやく。
    (「うぇー……やだなぁ。こういうのはやだ」)
     重苦しい内容の任務に嘆息し、花鶏・イスカ(蒼橙コメティエッタ・d21017)は胸中で密かにうめいた。
     しかし、同じように深刻になるのは、性にあわない。
     パンと景気よく手を打つと、
    「はいっ、今日も笑顔で元気にお仕事しまっしょい」
     明るく声をかけ、仲間たちを鼓舞する。
    「私の知る最低の音楽は、宇宙の中心で奏でられる陰鬱なフルート。それにくらべれば、森島の音楽は幾分かマシ」
     廃校舎から聞こえはじめたピアノの音色に気づき、深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)はESP『猫変身』を使用。
     潜伏するため、廃校舎正面の出入り口へ向かう。
     迦月もスレイヤーカードの封印を解放し、るるいえに続き。
     残る仲間たちも配置につくため、それぞれが校庭に散っていった。

    ●第一楽章
     今回の作戦はエクスブレインの予測とは違った道を選ぶため、迦月が囮役として、森島を校庭までおびきだす手はずだ。
     ひとり廃校舎に踏みこみ、ピアノの旋律を頼りに廊下を歩く。
     校舎内のいたるところに『縫村委員会』の犠牲者と思しき遺体が残されており、儀式の凄惨さを物語る。
    (「まさに、魂を売って手に入れた曲ってところか」)
     ――森島が音楽室でピアノを弾き続けるのは、3分間のみ。
     それ以降は廃校舎内を移動しはじめる。
     出発前、純人にESP『DSKノーズ』を使用してもらったが、おおまかな位置しか把握することができなかった。
     そのため、音楽室の正確な特定と退路の記憶を、ひとりで同時にこなさねばならない。
     鮮血の色をした魔楽器『Bloody rose』を手に、できるかぎり校舎内の間取りを頭に叩きこみながら、進む。
     ようやく音楽室にたどり着いた時には、すでに3分が経とうとしており。
     急ぎESP『割り込みヴォイス』を使用し、音楽室の外から、声量の届く範囲で呼びかけた。
    「素敵な、曲ですね」
     声が届いたのか。3分が経過したのか。
     奏でられていた旋律が、ふつりと、途絶えた。
     すぐに音楽室の扉が開く気配が続き、慌てて、扉から見えない位置へ身を隠す。
     本来であれば森島の演奏にあわせ即興演奏を行う予定だったが、こうなっては仕方がない。
    「申し訳ないが、その曲が、外に出ないようにさせて頂く……!」
     声を飛ばし、身を隠しながら後退をはじめる。
     森島がついてきているかどうかを、確認する術はない。
     身を乗りだせば目視できたかもしれないが、仲間に位置を知らせるために演奏を続ける必要もあり、敵の注意をひきながら行うには、あまりにも危険だ。
     すぐに迦月は不安にかられはじめ、
    (「本当に。森島を、おびき出せているのか……?」)
     心に惑いが生じた時には、完全に森島の気配も、己の位置さえも見失っていた。
     ――敵の気配をうかがいながら演奏を続け、さらに身を隠しながら、うろ覚えの退路をたどる。
     そのすべてをひとりで遂行するなど、迦月以外の仲間であったとしても、どだい無理な話だったろう。
     足を止めた瞬間、首に『糸』が絡みつき。
     背後から、一見ひとの良さそうな男性――よれよれのスーツを着た森島が現れ、朗らかに笑う。
    「さっき声をかけたのは、きみかい? 良かった。ちょうど『ネタ』に困ってたんだ」
    「くそっ!」
     影業をはなち反撃しようとしたが、森島はその外見からは考えられないほど機敏な動きを見せ、回避。
     小脇に抱えていた楽譜を手に、指揮をとるように手を掲げる。
    「きみは、いったいどんな『音』を聞かせてくれるのかな」
     呟きとともに、調子はずれの鼻歌が響き――。

     数分後。
     迦月は鮮血に沈みながら、遠ざかる森島の背を見送る。
    (「知らせ、なくては……」)
     ――しかし、どうやって?
     己の窮地を仲間たちに伝える手段さえ持たずにきたことを悔いながら、薄れゆく意識を、手放した。

    ●第二楽章
     それから、数分後。
    (「あれっ」)
     異変に気づいたのは、灼滅者たちのなかで唯一ESP『DSKノーズ』を使用することができた、純人だった。
     廃校舎の壁を歩き『業』の匂いの大まかな位置をつかむべく警戒していたのだが、その動きが、どうにもおかしい。
     迦月が向かってからすでに3分以上が経過しており、森島のピアノも仲間の旋律も途絶えたままだ。
     もし囮が成功しているのなら森島は移動し続けるため、DSKノーズで察知できない位置に遠ざかるなり、近づくなり、なんらかの変化があるはず。
     しかし、『業』の匂いは一向に廃校舎から出ることなく、留まり続けている。
     純人の様子に気づいた猫姿のるるいえが駆けつけ、「どうかしたのか?」と問いかけるように、壁の上に向かってしっぽを振った。
     しかし詳細を伝えるにはジェスチャーでは不十分で、るるいえは首をかしげるばかり。
    (「内容ごとにどんな合図をするとか、決めておけば良かった……!」)
     一瞬後悔が胸をよぎるも、純人は緊急事態と察したがゆえに、迷うことなく、声をあげた。
    「深海さん! 森島の動きが、おかし――」
     しかし、言葉は最後まで紡がれることなく。
     窓を割って伸びた漆黒の糸に絡めとられ、少年の身体は一瞬で廃校舎の二階に引きずりこまれた。
    「汚れは、綺麗に綺麗に綺麗に綺麗に……!」
     純人は危険を察知し、瞬時に鉤爪に変化させた腕を振りかぶるも、
    「きみは、第二楽章の旋律だ」
     高速で迫った森島に防具ごと引き裂かれ、倒れた。
    「純人!」
     瞬時に猫変身を解いたるるいえが、降りそそぐ硝子片をふり払いながら叫ぶ。
     声を聞きつけた紫乃がESP『壁歩き』を駆使し、まっさきに駆けつけ、
    「いつまでたってもツッキーは戻らないし、いったい何がどうしたなの!」
    「純人が襲撃された! この様子では、おそらく迦月も……!」
     紫乃は瞬時に事態を察し、割れた窓を覗きこんだ。
     血まみれの純人を引きずり去る男の姿が見え、すぐに飛びこもうとするも、
    「行くな、紫乃! 私は、皆を呼びにいく!」
     とっさにるるいえが制止し、そのまま、仲間を呼びに走る。
     ――るるいえの言う通りだ。
     ――ここでひとり追いかけたとしても、第三の犠牲となりかねない。
    「ただでさえ壁に張りついて頭に血がのぼってるのに、ふっざけんななの!」
     紫乃は壁面で地団太を踏むと、気持ちを切り替え、るるいえとは別の方向へ仲間を呼びに走った。

    ●第三楽章
     数分の後。
    「これで、全員だね」
     イスカの声に頷き、残る6人の灼滅者たちは己自身を囮とすべく、覚悟を決めた。
     次々にスレイヤーカードの封印を解いていき、
    「『誓約の為の剣を、此の手に』」
     最後に、里桜が厳かに解除コードを唱える。
     顕現した愛刀『咲耶』をたずさえ、里桜は仲間たちとともに、血の色に染まる廃校舎へ足を踏みいれた。
     廃校舎内の惨状は、目を覆いたくなるようなものだった。
     『縫村委員会』によって絶命した者たちの骸で校舎内はいたるところが赤黒く染まり、死臭に満ちている。
     灼滅者たちは、それがいまだ合流を果たせずにいる仲間の姿でないと確かめるたびに、深い息をついた。
     はじめてこの場を歩く灼滅者6人に対し、廃校舎内は森島に地の利のある場所。
     もはやどこから敵が現れても不思議ではない。
     6人は出入り口のみならず、窓や天井にも警戒しながら、慎重に歩みを進める。
     その時だ。
     イスカのビハインドとるるいえのナノナノ『てけり・り』が、勢いよくそれぞれの主を突き飛ばし。
     ピアノ線に捕えられたビハインドと、巴の全身が引き裂かれた。
    「おかしいな。なんだかへんな手ごたえだ」
     首を傾げながら、現れた六六六人衆が「まぁいいか」とピアノ線を手繰り寄せる。
     敵の姿を認め、巴は返り血のついた仮面をそのままに、口の端をもたげた。
    「さあ、死合いを始めよう」
    「こんな旋律じゃ、退屈過ぎて眠ってしまうな」
     るるいえが挑発とともに『てけり・り』に命じ、傷ついたサーヴァントと巴の傷を癒す。
     しかし、現れた六六六人衆は、彼らの言葉に動じる様子はなく。
     ラルフは森島を見るや、「クハハッ!」と笑い声をあげた。
     蟲毒を喰らいつくし、ためらいなく仲間を襲った男。
     死者の血にまみれた眼前の男は、まごうことなくダークネス・六六六人衆。
    「生き残ったばかりで実に申し訳ございませんが、死んでくださいませ……!」
     赤水晶であつらえた細身の魔槍『Grief of Tepes』を操りだし、捻りを加えた一撃を叩きこむ。
    「ゴキゲンですか音楽家! ついでに紫乃のビートも、刻んでいきななの!!」
     間髪入れずに、紫乃が地を蹴る。
     おぞましい造形のチェーンソー剣『重爪剣"百足姫"』と『蜘蛛鉤爪"アトラクナクア"』の切っ先が唸るも、森島は槍の一撃を受けた後、二対のチェーンソー剣をピアノ線で受け止めた。
     剣と糸が眼前で火花を散らすのを見やり、
    「なるほど、ビートか! そうだな。躍動感に満ちた、賑やかな曲も良い!」
     楽しげに告げ、チェーンソー剣を跳ねかえす。
    「削いで穿って断ち斬って、裂いて逆せて咲かせましょう! これを以て鏖殺と成すっ!」
     イスカがうたいあげるようにどす黒い殺気を叩きつけ、森島を覆い尽くした。
     もんどりうって倒れた森島へ向け、里桜は契約の指輪を掲げる。
    「貴方の存在は赦せない……。この場で、灼滅させてもらうぞ!」
     手を振りはらい、魔法弾を撃ちはなつも、
    「ハッハア!」
     森島は大口を開けて笑い、迫りくる攻撃を、灼滅者たちを、すべてを、笑い飛ばした。
     血を吐きながら始終楽しげに灼滅者を相手取り、決して包囲させまいと廃校舎を連れまわす。
     灼滅者たちはそのたびに態勢を崩され、翻弄され続けた。
     やがて音楽室の前へたどり着くと、森島は高速で楽譜を手繰り、タクトを振るように、手を掲げ、
    「いいぞ、いいぞ! 勇ましいきみたちには、この旋律をささげよう!」
     調子はずれの鼻歌が響くや、前衛に立っていた仲間たちの身が、破裂する。
     幾度も仲間や主の身を守った『てけり・り』とビハインドが、炎にまかれ、消えていった。
     倒れたまま立ちあがらない紫乃の身をラルフと巴が確保し、急いで後方へと避難させる。
     イスカがすぐにWOKシールドを広げ、仲間たちの傷を癒し、炎をはらった。
     消しきれなかった火は、るるいえが夜霧を展開し、はらった。
     だが、だれもが、満身創痍だった。
     決定的な勝機が見えなかった。
     そしてそれは、敵である森島も同じ。
    「今日はすばらしい日だ! 新世界! そうまさに、新世界がひらけたようだ!」
     狂ったように哄笑をあげるも、眼前の少年少女たちを『ネタ』とし尽くすには、己の力はまだ足りぬと悟ったらしい。
     音楽室へ駆けこむ森島を追い、
    「逃がして、たまるか……!」
     里桜は自制しがたい激情とともに、影業を走らせた。
     しかし。
    「――ッ!」
     音楽室の窓際で、森島が気絶したままの迦月と純人を抱えているのを見るや、慌てて影を呼び戻す。
     2人の首にはピアノ線が何重にも巻きつけられ、糸の先には森島の指に繋がっている。
    「この2人の死をもって、私の『殺戮協奏曲』は完成する。……じつに楽しかったよ、諸君。いずれ、私の旋律となってくれることを願うよ!」
     言い捨てるなり森島が逃走を図り、
    「ここからが本番デス。愉快に痛烈に素敵に殺し合おうカ、ヒトゴロシ……!」
     ラルフが己の闇を見据えた、その時。
    「……随分と、舐めた真似をしてくれるじゃねぇか」
     声とともに、巴の気配が、爆ぜた。
     瞬く間に森島の間合いに飛びこむや、異形巨大化した腕で森島の頭を掴み、力をこめる。
    「ひいいいぃぃぃいい!」
     男は頭部を締めつける痛みと死の恐怖に、すぐに人質を手放した。
     イスカとるるいえが駆けつけ、救出した2人の身柄を確保する。
    「月居さん……!」
     もがく森島の頭を握り締め、背を向けたままの巴へ、里桜が呼びかける。
     しかし巴は振りかえることなく、
    「花と散る。風と舞う。赤い緋い、血の花が――」
     歌うように告げ、もがく森島を道連れに、窓から身を投げた。
    「月居君!」
    「巴……!」
     仲間たちが慌てて窓に駆け寄った時には、直下の地面に、赤い、大輪の華が咲き。
     仮面の少年は、それきり、二度と仲間たちのもとへ戻らなかった。

    ●終演
     森島の死と巴の覚悟を見届けた後。
     動ける者たちで廃校舎内の遺体を集め、できる限りの弔いをささげた。
     迦月と純人は一命をとりとめ、紫乃の傷も深いが、命に別状はない。
    「やれやれ。……六六六人衆という存在は、本当に厄介デス」
    「……奴等は赦さない、絶対に」
     巴と同じく闇落ちを考えていたというラルフと里桜へ向け、イスカが声をかける。
    「大丈夫。すぐに、見つかるよ」
     それは、自分自身にも言い聞かせるよう。
     願いというよりも、祈りにちかい気持ちで。
    「森島はすでに死に……。これは彼が死の間際に視た、悪夢の続き。そして、醒めない悪夢は……ない」
     続けた言葉は、るるいえなりの励ましであり、無念の言葉であったのかもしれない。

     1体の六六六人衆の灼滅と引き換えに、1人の仲間が堕ちた。
     堕ちた少年は、『殺人鬼』。
     ふたたびまみえるその時は、彼もまた六六六人衆として、姿を現すだろう。
     ――まるで呪いのような、殺しの輪廻。

     重苦しい夜のとばりが、灼滅者たちの姿を隠し。
     少年少女は傷ついた仲間の身を支え、死と嘆きに満ちた廃校舎を背に、歩きだした。
     
     

    作者:西東西 重傷:布都・迦月(幽界の斬弦者・d07478) 暁・紫乃(殺括者・d10397) 白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496) 
    死亡:なし
    闇堕ち:月居・巴(ムーンチャイルド・d17082) 
    種類:
    公開:2014年3月4日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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