●
――しゃん、しゃらん。
鈴のような音とともに、梅香る日本庭園を真白き獣が歩む。
狼とも、狗(いぬ)ともとれるそれは、足首に五色の組紐と、いくつかの金環をつけていた。音は、その金環によるものらしい。
夜闇にライトアップされた梅林をまえに、人間たちが笑いかわしながら、酒をあおいでいる。
狗はその合間を行きすぎ、竹林を抜け、公園沿いを流れる川の前で足を止めた。
――オオオオオオオォォォン。
天をあおぎ、ひと吠え。
すると狗の眼前で川が泡だち、緋色の毛並みをした妖異が5体、現れた。
狗はそれを見届けると、金環を鳴らし、振りかえることなく去っていく。
猿に似た緋色の妖異――猩々(しょうじょう)たちの足は、縄のようなもので地面と繋がっており、狗を追いかけることはできない。
ひときわ体の大きな猩々が顔をあげ、
「酒。酒ノ匂イ、スル」
とつぶやくと、妖異たちは梅林へ向かい、一斉に駆けだした。
●
「この時期は、なんといっても焼き芋が美味いな」
首周りをマフラーでぐるぐる巻きにした一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)が、教室に集まった灼滅者たちに焼き芋と、茶をふるまっていた。
ひと息ついたところで、事件の説明を開始する。
「昨年末から頻発しているスサノオによる事件だが、新たに、『古の畏れ』が生みだされた場所が判明した」
出現するのは、夜20時。
『日本三名園』のひとつに数えられる、関東のある日本庭園にて。
庭園沿いの川から『猩々』と呼ばれる妖異が出現し、夜梅見物をしている者たちを襲うという。
「この時期、ライトアップされた夜の梅林を見るため、庭園には多くの一般人が集まっている。よって被害が出る前に、きみたちに灼滅願いたい」
「この妖異だが、人語を解し、酒を好む。日本では、赤ら顔に赤毛をもつ存在として、古くから伝わっている架空の生き物だ」
外見は猿に似ており、長い毛足で全身を包んでいると言われる。
現れた古の畏れも伝承と同じ姿で、体長1メートルの小さめの個体が4体と、2メートルの個体が1体。
あわせて5体の敵を相手どることになる。
攻撃は、剛腕による打撃(鬼神変)や、爪による斬り裂き(黒死斬、ティアーズリッパー)。
炎(コールドファイア)や霧(ヴァンパイアミスト)も操るという。
大きめの個体の方が攻撃力はより高くなるため、特に注意が必要だ。
なお、庭園には広大な土地に3000本あまりの梅が植えられており、訪れている一般人の数も100人近くにのぼる。
川から竹林を経て梅林に至るまでの距離は、猩々、灼滅者どちらの足でも3分程度。
作戦しだいでは一般人全員を庭園から避難させる必要はないが、最低限、戦闘区域に近づけない工夫は必要となる。
接触タイミングは、任意で構わない。
ただし、猩々たちを川辺で食いとめられなかった場合、5体それぞれが別行動をとり、一般人を襲おうとする。
「できる限り迅速にことを運べるよう、なんらかの対策を行い、灼滅に臨んでほしい」
注意をうながし、一夜は説明を終えた。
「前回から引き続き、この事件を起こしたスサノオの行方を探っているが、どうにも予知がしにくい……。だが、予測にかかった事件を順に解決していけば、いずれ、事件の元凶であるスサノオに、つながっていくはずだ」
一夜がそう告げ、任務にあたる灼滅者たちに資料を渡そうとした時だ。
「わたしも、いく。てつだう、よ」
ほかの灼滅者たちと一緒に説明を聞いていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、申しでる。
一夜は一瞬沈黙したのち、
「では、頼むよ」
と、さかなの髪をくしゃくしゃと撫でた。
(「誕生日くらい、任務以外でどこかへ、連れて行ってやりたかったんだがな――」)
せめて行く先の梅の花が、少女の、そして灼滅者たちのこころを慰めてくれればと、エクスブレインは静かに、一同を見送った。
参加者 | |
---|---|
藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892) |
鴻上・巧(造られし闇・d02823) |
篠村・希沙(手毬唄・d03465) |
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445) |
雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574) |
霧凪・玖韻(刻異・d05318) |
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067) |
遠野森・信彦(蒼狼・d18583) |
●
夜20時、すこし前。
およそ3000本の梅香る日本庭園には、ライトアップされた花を見に多くの一般人が足を運んでいた。
家族連れの姿もあれば、仕事帰りに寄ったと思しきサラリーマン。携帯電話を手に写真を撮る学生たちの姿も見える。
一部では大人のために酒の席も設けられ、庭園は始終にぎやかな笑い声が響き、穏やかな時間がながれている。
事件発生時刻より前に現場に到着した灼滅者たちは、敵の出現にそなえ川辺へ向かう班と、一般人対応をする班とで別れた。
古の畏れ『猩々』の対応に向かう8人の姿を見送り、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)は手伝いに訪れた柚羽(d13017)、山吹(d08810)、由良(d03007)と示しあわせ、早々に行動を開始。
「……できる限り。だれも、近づけないように」
「まずは、ひと払いじゃな」
由良とさかながESP『殺界形成』を展開し、戦闘となる可能性のある区域に一般人を寄せつけないよう対策する。
「『進入禁止』としておけば、無理に通るひとは居ない……はずです」
「私も、手伝うわね」
さらに柚羽と山吹が手分けをして、カラーコーンとロープで川辺に繋がるすべての道を封鎖。
作業中に近づいてきた一般人は、柚羽がESP『王者の風』を使用し「入ってはダメです」と追いはらった。
20時が過ぎるころ、さかなは十分に一般人を遠ざけたと判断し、
「……由良。あと、おねがいする、ね」
「任せておくのじゃ。猫の子一匹、通しはせん」
戦闘が終わるまで一般人の警戒にあたるという由良にその場を任せ、柚羽、山吹とともに川辺へ向かい、走った。
●
庭園到着後、まっすぐ川辺に向かった灼滅者たちは身を隠し、スサノオの出現を待っていた。
「『猩々』って、能にも登場するんだよね」
そう告げるのは、篠村・希沙(手毬唄・d03465)。
「伝承に出てくる物の怪と勝負とは面白い。せいぜい戦いの宴に、つきあってもらうとしよう」
一般人が楽しんでいる花見の場を、血で穢すわけにはいかない。
刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)も被害を食い止めるため、身を賭けて戦う覚悟だ。
「川辺で敵を食い止め、ましょう。そうでなくても、少しでも数を減らして、おかないと」
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)は、一般人対応に向かったさかなたちを想う。
できれば、大きな騒ぎにはしたくない。
川辺で片を付けることができれば、それに越したことはないのだが――。
「酒を好むということは、必然的に人がいる方に向かっていくわけか。……また随分と、面倒な性質だな」
霧凪・玖韻(刻異・d05318)はエクスブレインの言葉を振りかえりながら、料理酒を用意してきたと、手にした一升瓶を仲間たちに掲げ見せる。
料理酒は『不可飲処置』をほどした料理専用の酒だ。食塩や酢を混ぜているため酒として飲めたものではないのだが、匂いがあれば、猩々たちを誤魔化すことはできるかもしれない。
「俺も、用意してきたぜ」
「水の入った『とっくり』で、少しはだませるかな……?」
遠野森・信彦(蒼狼・d18583)と鴻上・巧(造られし闇・d02823)の2人が、水の入った陶器のとっくりを、ちゃぽんと揺らす。
特に信彦のとっくりには筆字で『酒』と書きこみが施され、いかにもといった風情だ。
同様に、藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)は甘酒を用意していた。
「『古の畏れ』に効果がなければ、任務後にふるまうつもりだ」
と告げた、その時だった。
――しゃん、しゃらん。
夜闇に鈴の音が鳴り響き、川辺に白い狗(いぬ)が姿を現した。
足首に五色の組紐と金環をつけており、一夜が予測した個体と見て間違いない。
身を隠した灼滅者たちには気づかぬまま、狗は天をあおぎ、ひと吠え。
――オオオオオオオォォォン。
すると川面が泡だち、すぐに緋色の毛並みをした妖異5体が現れた。
去っていくスサノオを追うことはできない。『猩々』灼滅後に追ったとしても、足取りを掴むことは不可能だろう。
「またスサノオと戦えないなんて! でも残してったお猿さん、このままにしとくわけにはいかないもんね!」
以前にも別の古の畏れと対峙したという雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)は、今回もスサノオと対峙できないことを悔しく思いながらも、灼滅を決意し拳を固める。
「当該目標に対する全ての制限を解除する」
玖韻がスレイヤーカードの封印を解除し、ほかの仲間たちも、次々と武器を手に飛びだした。
●
戦闘開始とともに、灼滅者たちは即座に猩々たちを取り囲む。
「お花見楽しみに来てる人らに、傷ひとつつけさせんよ!」
叫び、希沙がESP『サウンドシャッター』を展開。
「目標を確認した。速やかに任務を遂行する」
続いて徹也が『殺界形成』を使用し、二重、三重に一般人対策を施していく。
後衛に位置取ったサフィが周囲に一般人がいないことを確認。
「変わった姿、です。大きいと迫力、ありますね……」
緋色の毛並みをした妖異を見やり、思わずつぶやいた。
『酒。酒ノ匂イ、スル』
とつじょ現れた灼滅者たちを前に、ひときわ大きな体躯をもつ猩々が、声をあげる。
「酒は好きかい?」
「ほらほら、こっちにもあるぞ!」
前衛に立つ信彦と巧がとっくりを振りながら気をひこうとするも、大猩々の声に反応し、猩々4体が目指したのは徹也と玖韻――すなわち、甘酒と料理酒を持った2人の方だった。
「そうは、させないよーっ!」
声をあげ、朝嘉が影業を盾に徹也をかばい、横合いから飛びこんだヨークシャー・テリアの霊犬『エル』が玖韻への攻撃を受けとめる。
「逃がしは、しない」
バベルブレイカー『Aegis killer』を構えた玖韻が、渾身の一撃を大地に叩きこんだ。
振動波は酒におびき寄せられた猩々たちをことごとく撃ち、動きを鈍らせることに成功。
「ほら、プレゼントだ。しぃっかり、受け取れっ!」
巧は狙った猩々1体へ、とっくりを投げつけ。
右腕に瞬時にオーラを纏わせると、灰色の巨腕で殴りつけた。
偽装とっくりが空振りに終わった信彦は、脇をすり抜けようとした猩々を見定める。
妖の槍を振りかざし、
「酒が欲しいんなら、俺等を倒してみろよ!」
挑発するように、冷気のつららを撃ちはなつ。
「――いざ、推して参る!」
踏みこんだ刃兵衛の『魂鎮の鈴』がりんと鳴り、御神刀『風桜』が舞う。
刃は傷を受けていた1体の急所を斬り裂き、両断。
真っ赤な燐光をはなち消えゆく配下を見やり、灼滅者たちを疎ましく思ったのか。
大猩々は大地を揺らしながら灼滅者たちの間合いへ踏みこみ、丸太のような剛腕を振りかぶった。
『酒、ヨコセ』
虚ろに響く声とともに、徹也を殴り飛ばす。
灼滅者としては精悍な体躯の徹也だったが、この一撃を受け、踏みとどまることはできなかった。
大きくはね飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「徹也、くん……!」
駆け寄ったサフィがすぐに縛霊手を掲げ、指先に集めた霊力を撃ちこむも、
「生命維持活動に支障は無い。任務の遂行を優先する」
当の徹也は、傷を負ったところで顔色ひとつ変えはしない。
礼を告げ、再び立ちあがり戦線に復帰。
一方、暖かく照らす『陽光』をまとい、希沙は華奢な拳をかたく握りしめる。
「わたしも精一杯、おもてなししましょか。拳で!」
狙い定め、踏みこむと同時に幾重にも拳を叩きこんだ。
裁きの熱を受けた猩々1体が、赤い燐光をはなち、消滅。
酒を用いた作戦が功を奏し、灼滅者たちは順調に敵を撃破していく。
しかし、猩々たちもやられているばかりではない。
『酒、奪ウ』
『殺シテ、奪ウ』
残った猩々2体のはなつ赤い炎が、同時に灼滅者たちへ放たれた。
触れた炎は見目とは反対に魂を凍りつかせるほどにつめたく、灼滅者たちを凍てつかせる。
朝嘉、エル、信彦が仲間たちをかばうも、攻撃は前衛・後衛への同時攻撃で、防御の手が届ききらなかった。
追い撃ちをかけるべく大猩々が迫るも、
「――おねがい、アニマ」
駆けつけたさかなが聖剣に刻まれた『祝福の言葉』を風に換え、開放。
「後方支援は、任せて」
さらに山吹が戦列に加わり、浄化をもたらす優しき風を招いた。
2つの風が傷ついた仲間たちの間を吹きぬけ、傷と氷とを、次々に癒していく。
「一般人の警戒と、敵の逃走阻止は私たちが引き受けます」
さらに妖の槍を手にした柚羽が加わり、周囲の憂いを断つと告げる。
「了解した。支援に、感謝する」
いちはやく体勢を立てなおした徹也が告げ、聖剣を構える。
淡く柔らかな光をはなつ白虹のバトルオーラをその身にまとい、一閃。
仲間たちに迫ろうとした大猩々の腱を、一息に断ち斬った。
凍りついた身を癒してもらい、朝嘉もぴょんと元気よく立ちあがる。
「捕まえたっ!」
掛け声とともに影業を走らせ、影の触手で1体の猩々を絡めとり。
もがく猩々へ向け、迫るのは巧。
「悪いが、逃がさねえって!」
手にしたマテリアルロッド『エレメンタルクォーツ セイントフェザー』を叩きつけ、魔力の奔流を流しこむ。
内側から爆ぜた猩々は真っ赤な燐光となってはじけ、泡のように消えていく。
しかし大猩々も、灼滅者たちの隙を逃さない。
巧へ向け鋭利な爪を向けたのを察し、サフィが声を張りあげた。
「エル!」
主の声に応えた霊犬が飛びだし、代わりに引き裂かれ、消えていく。
小さな体躯が消えていく瞬間は、何度目にしても、切なく、胸を絞られる想いだ。
しかし、猩々はすでに3体を灼滅し。
エルはその間、何度も仲間を守り、懸命に戦った。
(「大きい敵も、残ってますが……。皆さん一緒なので、だいじょぶ……ですよ」)
――畏れを呼びだしている本体を見つけるためにも、できることを頑張るのだ。
小さな拳を握りしめ、再び敵に向きなおった。
後衛位置から冷静に戦況をうかがっていた玖韻は、大猩々へ向け影業『Heart of Darkness』をはなつ。
灼滅順は小さい個体からと決めてはいたが、大猩々を抑えねば、仲間への被害も広がりかねない。
「少し、おとなしくしていろ」
影の先端を鋭い刃に変え、幾重にも傷を斬り裂いて。
その横あいから飛びだすように、刃兵衛は信彦と足並みをそろえ、朱色地のジャケットをひるがえした。
「一気に、カタをつけるぞ!」
「いいぜ、やってやろうじゃんよ!」
応えた信彦は、体内から噴出させた青い炎を妖の槍に宿す。
御神刀『風桜』と燃える槍が、交差し。防御の構えをみせた猩々を斬り裂き、貫いた。
赤い燐光が、夜闇にとけて消えていく。
残るは、1体。
――オオオオオオォォォ!
大猩々は己ひとりとなったことを嘆いてか、大きく哭き。
振りかぶった剛腕の一撃を喰いとめたのは、信彦。
大きくはね飛ばされるも、その一撃によって生まれた隙を、灼滅者たちは好機へと変える。
希沙と徹也が契約の指輪をかざし、魔法弾で動きを抑え。
「これで、『仕舞い』だ」
さらに玖韻が影をはなち、大猩々の動きを確実に封じていく。
その合間にサフィとさかなが信彦を後衛へ下げ、傷を回復。
幾重にも枷をかけられた大猩々には、もはや灼滅者たちの戒めを振りはらう術はなかった。
「そろそろ、覚悟を決めな!」
「戯れはここまでだ。永遠に闇の中へと、消え失せるが良い……!」
左右から迫った巧の聖剣『ブルークレセント』と刃兵衛の刃が、同時に赤毛の妖異を引き裂いた。
――あと、もうひと押し。
そう察した朝嘉は、にんと笑みを深め、『あの技』を使うことに決めた。
跳ねるように大猩々の間合いへ飛びこみ、『影』を宿したバベルブレイカーを構え。
「いっくよー! せーのっ!!」
どん!と勢いよく撃ちこまれた杭が、大猩々の身体に、穴を穿つ。
――猩々さんのトラウマって、どんなだろ?
そんな想いが脳裏をよぎった瞬間、古の畏れの身がはじけ、梅の花弁を思わせる赤い燐光が、灼滅者たちに降りそそいだ。
触れては消えていく、赤い光。
やがて燐光はふわふわ水面をただようと、次々と光をうしない、消えていった。
「徹也、玖韻」
周囲に暗闇が戻るなか、ふいに、さかなが声をあげる。
「お酒。……ちょうだい」
驚いて問いかけると、甘酒と料理酒を、川に流したいと言う。
「能に登場する『猩々』って、お酒や舞でもてなされたら、満足してご褒美与えて去ってくみたいだしね」
事前に調べていた希沙が、納得したように言葉を繋ぎ。
「……だから、お酒。あげたい」
「了解した」
「もとより、酒は猩々たちのために用意したものだ」
灼滅者たちは猩々たちへの手向けとして、甘酒と料理酒を川に捧げた。
「まだ、時間大丈夫そうだよ!」
梅を見に行こうと急かす朝嘉に続き、灼滅者たちは一般人の警戒にあたっていた由良と合流し、そろって梅園へと向かった。
●
夜闇に沈んだ園内の道にはキャンドルライトが連なり、見渡すかぎりの幻想的な風景が広がる。
光に浮かびあがる竹林は、光の当たった枝と影となった枝とのコントラストが美しく、どこか夢現の情景を思わせた。
灯火の道をたどれば、すぐに梅園に到着。
満ちる梅の香が灼滅者たちを出迎え、一般人に交じり梅園を見渡せば、戦いの疲れも癒えていくようだ。
「夜のお花見はあんま経験ないから、ちょと怖いけど」
こういうのも新鮮とつぶやき、希沙は深呼吸。
「春告草の名の如く、華やかな色合いは春の訪れを感じさせるな」
戦闘中、勇ましく立ちまわっていた刃兵衛も、匂梅を見あげる表情は柔らかい。
一般人に被害がでなかったのはもちろん、梅園も荒らされずに済んで良かったと、信彦も心から安堵する。
「梅ときたら、次は桜か……。春が待ち遠しいなぁ」
ふいに、仲間たちと一緒に梅を眺めていたさかなの袖を、引っ張る者がいる。
「さかなさんの誕生日、お祝いしましょ」
こっそり、マフィンと紅茶を持ってきていたというサフィに続き、
「予備の甘酒も、用意してある」
「花見団子を買ってきてあるので、皆で食べましょう」
徹也、山吹が続き、梅の木の下を陣取り、てきぱきと憩う準備を整えていく。
棒立ちしていたさかなの手をとり、希沙が木の下へ連れ、座らせる。
そうしてポケットに手を突っこむと、
「梅味の飴を、皆様にお裾分け! さかなちゃんには、特別に2個!」
と、有無を言わさず仲間たちに飴を押しつけていった。
手のひらからこぼれ落ちそうになった飴を、さかながあわてて握りしめ。
甘酒や紅茶、団子やマフィンがいきわたったところで、皆で任務の成功とさかなの誕生日を祝い、乾杯。
「さかなさん、誕生日おめでとうございます」
――自分より年上だと思っていたら、実は年下だった。
ということに内心驚きつつ、柚羽が祝辞を述べる。
「うむ、まっ、まあ。誕生日おめでとうだな」
どこか照れくさそうに告げるのは、巧。
極端に無感情・無表情な徹也にも、『誕生日を祝うことは、とても大事なことである』と言う認識はある。
「誕生日おめでとう」
どこか自分に似た雰囲気の徹也にまで真顔で告げられ、さかなは静かに、瞬いて。
「……ありが、とう」
いつも通りの様子で、やっと、それだけを返した。
「さかなさんとは、今回もご一緒、嬉し、です」
隣に座ったサフィの言葉に、さかなもこくりと、頷く。
さかなが学園にやってきたのは、昨年の四月。
その性格ゆえに交友範囲も狭いなかで、見知った者とともに任務に臨めるのは、心強いことだ。
「サフィ。それに、柚羽にも。……ありがとう」
礼を告げられ、少女たちがはにかんだ。
「甘酒飲んだことないんですよ、美味しいです?」
「お団子、もうひとつくださーいっ!」
「花に見惚れて時間を過ごすのも、悪くない。こうした余裕がないと、自然の美しさにも気づけないからな」
「社会人の言う『疲れた後の一杯』って、こういうことなんかね」
言葉交わしながら甘酒を飲む者。
花より団子で、食べることに夢中な者。
甘酒を片手に、余韻にひたる者。
そして言葉なくただ静かに、匂梅を愛でる者。
任務のあととは思えないほど、穏やかな時間が過ぎていく。
「この何気ない『日常』こそが、私達が守っていく世界なのだな」
ぽつりとこぼした刃兵衛の言葉に、少年少女たちはそろって月を見あげる。
――『日常』を生きる一般人たちは、暗闇よりも深い『闇』が迫りつつあったことを、知らない。
任務の後だからこそ、この時間の尊さを、より強く実感する。
希沙がカメラを取りだして、庭園を撮った後に、みんなで一緒に写ろうと提案。
「お誕生日の記念。戻ったら、現像して渡すね」
そうして一同はこころゆくまで夜梅見物を満喫し、閉園時間とともに、庭園を後にした。
仲間たちの背を見ながら、さかなは歩く。
これまで、見よう見まねで「おめでとう」の言葉を、重ねてきた。
どうしてそうするのか、よく、わからなかった。
けれど。
――お誕生日、おめでとう。
降りそそぐ言葉は、ぬくもりと光になり。
瞼を閉じれば、いまも胸中に、きらきらと輝く星が視える。
(「みんなが笑っていると、……うれしい」)
「うれしい」と、確かめるように、口にして。
梅の残り香を吸いこむように、すうっと、月に向かって深呼吸をした。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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