雪中迷家~黒星を抱くスサノオ

    ●雪山の懐で
     山形県と新潟県の県境にそびえる朝日連峰の、とある峰の中腹。
     3月になってもまだ雪はたっぷりと残っているが、さすがに真冬よりは緩みはじめており、どことなく春の気配を感じることができる。

     その雪山に、どこからともなく大きな獣が現れた。ポニーほどもある犬……いや狼のような獣だ。そのふさふさとした体毛は銀灰色で、額には黒い星を抱いている。

     ワオォーーーーン。

     山を震わせるような遠吠えをひとつ。
     そしてまた、どこへともなく去っていった。

     ――狼の気配が消えた頃。

     雪の中から現れたのは、立派な門構えの純和風の屋敷であった。
     最初ゆらゆらと蜃気楼のように不安定だった屋敷は、次第にしっかりと実存感を増していく。
     不思議なことに門の中には雪は無く、梅の花が咲き、鳥が鳴いている。
     そしてその門は、客人を招くように開かれている……。
     
    ●武蔵坂学園
    「大柄で黒星を持つスサノオの尻尾を掴みました!」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は意気込んで教室の机にバンと手をついた。
    「朝日連峰の山形側で、迷家(まよいが)を呼び出そうとしています」
     迷家?
     灼滅者たちの目に「?」が浮かぶ。
    「迷家というのはですね……」

    『迷家』の伝承は、東北や関東に多い。
     猟師や木こりなどが山で道に迷い、山奥で場違いに立派な屋敷を見つける……というあたりは、どの話でも共通している。
     しかし、その屋敷には人がいたり、いなかったり。
     もてなされたり、怖い目にあったり。
     その屋敷のものを持ち帰ると富を授かるとも言うし、欲深な者にはしっぺ返しがあるとも言う……つまり様々なパターンがあるということで。

    「今回のは怖い目に遭う迷家です」
    「じゃあ、春になって山に一般人がやってくる前に、迷家を撤去……もとい灼滅しないと」
    「ええ、もちろんそうなんですが」
     典は頷いて。
    「しかし、今回は古の畏れ発生前に出没地点が予知できてますので、元凶のスサノオを倒せるチャンスがあります」
     典は登山地図を広げ、山中のある地点を指さした。
    「このあたりで隠れていて、スサノオの出現を待ち伏せしてください」
     木の陰や、雪に塹壕などを掘って隠れているといいだろう。
    「畏れを呼び出す遠吠えが終わったタイミングで、戦闘開始してください……但し」
     典はちょっと困った顔で。
    「6分以内に灼滅してもらわなきゃなりません。6分経つと、古の畏れがスサノオの配下として戦闘に加わります。しかも、スサノオは手下に戦闘を任せて自らは撤退してしまう可能性もあるんです」
     6分以内にスサノオを倒せば、古の畏れは目覚めることはない。スピード勝負だ。
    「遠吠えの前に戦闘開始しちゃダメなの?」
    「逃げられて、別の地点で畏れを呼び出されたら、もっと間に合いませんよ」
     確かに、雪山での獣の移動速度には敵わないだろう。
    「うーん、畏れも一緒くたに相手にするのはキツいよねえ」
    「ええ、いっぺんに相手にするのはお勧めできません。なので、もう1つ作戦があります。別の意味でキツくなっちゃうんですけどね……」
     もう1つは、スサノオが遠吠えの後去って行こうとするのを追けて、畏れ出現地点からある程度離れてから襲撃するという作戦。これならば合流を防げ、時間を気にせず戦える。しかし。
    「しかしこの場合、スサノオを灼滅した後ですぐ戻って、連戦で畏れも倒してもらわなきゃなんですよ」
     こちらの作戦を選ぶ場合、連戦に対応した作戦と能力が必要になるだろう。
    「……ねえ」
     灼滅者のひとりがぎょっとしたように顔を上げて。
    「今回の畏れって……家?」
    「当然そうです」
     典は頷く。
    「外から攻撃すると、屋根瓦を飛ばしたり、庭木を触手のように使ってきたりしますので、侮れません。皆さんの戦い方としてはサイキックで家を壊していく感じですね」
     家型の妖怪とでも思ったらいいだろうか。
    「屋敷の中からぶっ壊そうとするとどうなる?」
    「柱でぶん殴られたり、トラウマを蘇らせる悲鳴が聞こえてきたりします」
    「どっちもイヤだな……」
    「作戦も選ばなきゃいけませんし、戦闘も楽じゃないんですけれど」
     典は申し訳なさそうに。
    「スサノオ本体を灼滅できるチャンスですので、どうかよろしくお願いします……!」


    参加者
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)
    氷寒咲・菫(バイオレットブルース・d16887)
    フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)
    豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)
    雨宮・栞(雨と紡ぐ物語・d23728)

    ■リプレイ

    ●追跡
     ワオォーーーーン。
     山を震わせるような長い遠吠えの後、銀灰色の大きな獣はのっそりと雪の森へと戻っていく。その姿が木々の間に隠れてから、灼滅者たちは隠れていた雪の塹壕から這い出た。まだ古の畏れ『迷家』は出現していない。
     雨宮・栞(雨と紡ぐ物語・d23728)がちらりと名残惜しげに塹壕を見る。皆で雪を掘るのは、童心に帰ったようでなかなか楽しかったのだ。
     ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)と氷寒咲・菫(バイオレットブルース・d16887)は、早速箒にまたがると、仲間達に頷いて飛び立ち、木々の間を低空飛行で獣を追う。
     フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)はスノーボードを履き、ざくざくした春の雪の上でバランスを取りながら、
    「スサノオ……つくづく縁がある……というべきかな、くふ♪」
     箒で先行する2人の背中を見つめて呟く。
     リーファ・エア(夢追い人・d07755)も、
    「スサノオって、パワースポット巡りでもしてるんですかね? 何だかシステム的な行動をする存在にもみえますし……」
     獣が去った方向を見やって、首を傾げる。
    「スサノオと夜叉丸、どっちがモフモフしてるのかな~? 触らせてくれたら嬉しいのに」
     そう言って霊犬を撫でニコニコしているのは、豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)。
    「全くだ」
     へくちっ、と可愛いくしゃみを挟んだのは赤威・緋世子(赤の拳・d03316)。
    「うー寒い寒い。スサノオでもいいからもふもふして暖を取りたいぜー。まっ、大人しく触らせてくれるとは思えないから……体を動かして温まるしか無さそうだがな」
    「そうですね」
     クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)は上品な笑みを浮かべ。
    「皆様、用意がよろしければ、参りましょう」
     皆は頷き、雪の森へと足を踏み入れる。バベルの鎖がチリチリと、背後に妖の出現を知らせたが、今はとにかくスサノオを追わなければ。

     一方、箒部隊は、雪を被った木の枝に隠れつつ、低空飛行で。
    「阿武隈川、飯豊山、米沢、朝日岳……次はどこへ行くつもりなのかな?」
     呟く菫は、銀灰もふもふ狼天狗の着ぐるみ姿で地図を見ている。
     前方には銀色の獣がゆったりと歩いているのが木々の間に見え隠れしている。
    「うむ、これだけの出没数では、よくわからんな……」
     ワルゼーは時々背後を振り返る。スサノオが遠吠えした場所――古の畏れ『迷い家』の出現地点はすでに見えず、雪装備に身を固めた仲間たちが用心深く、しかし着実に白い森を進んでくる姿だけが見えている。
    「そろそろどうだ?」
     菫は問われて地図と現在地を照らし合わせる。このあたりならば、足を踏み外してしまいそうな危険な斜面なども無い。
    「うん、この先が良さそうだよ」
     頷くと、後続に向かってワルゼーは大きく手招きし、地上の仲間はスピードを上げて近づいてくる。
    「古の畏れを呼ぶスサノオか……さてその実力、いかほどのもの哉と。距離可し、仲間との連携準備可し、開幕だな!」
     箒部隊は一気に高度を上げて前方へと向かう。

    ●スサノオ戦
     スサノオの前方に飛び出した箒部隊は、勢いよく箒からジャンプして、ターゲットの行く手を遮るように雪上に降りた。
     獣はバッと雪を蹴立てて跳び退り、グルル……と2人に向かって低く唸った。長い銀灰色の毛がぶわりと逆立ち、更に獣を大きく見せる。武装し、闘気を漲らせたふたりの姿に、獣は敵であることを瞬時に察知したようで、前足を振り上げワルゼー目がけて跳びかかってきた。
    「――オレがっ!」
     ディフェンダーの菫が咄嗟に割り込む。鋭い爪の生えた、巨大な前足が迫る……その時。
    「おっと! そう易々とやらせるわけにはいかんのだよ、これがね!」
     後方からしゅるりとフィナレの蛇剣が伸び、スサノオの足に絡みつく。スノボを使った彼女は、いち早くターゲットに追いついたのだった。咄嗟の捕縛は、動きを止めるまではいかなかったが、敵はバランスを崩し、菫への殴打は幾分軽減された。それでも雪にめりこんでしまったほどの勢いだが。
    「菫、フィナレ、感謝するぞ!」
     ワルゼーは雪に埋まった菫を塹壕とし、充分にタイミングを計って跳びだして。
    「たあーっ!」
    『Amphisbaena』による初撃を放った。銀色の毛と血しぶきが散る。
     そうしている間に、徒歩の仲間たちも続々と戦場に到着し、展開していく。
    「大丈夫ですか!?」
     メディックの栞は緊張した面持ちで菫に駆け寄って雪を払いのけ、早速癒やしの光を与えた。
    「(足手まといになりませんように……!)」
     回復を受けた菫は、ありがとう、と雪まみれで起き上がりつつも、
    「わあ、すごいんだよ! 額の黒星もかっこいい! わおーん!」
     敵の姿につい見とれてしまう。
     ふさふさとした銀の毛並みといい、金色の瞳といい、そしてこのスサノオを特徴づけている額に渦をまく黒星といい、確かに美しい獣である。しかし、その口元に現れた鎌は、禍々しい黒い輝きを放ち、いかにも切れ味がよさそうだ。
    「わあ、武器をくわえたスサノオってなんだか霊犬みたいだねー?」
     有紗がそんな感想を漏らすと、夜叉丸が、そんなこと言ってる場合か、というように前足でポンとツッコミを入れた。有紗と菫は隙をみてスサノオをモフりたいと企んでいたのだが、とてもそんな雰囲気ではない。囲んだ灼滅者たちを見回す視線は鋭く凶暴である。
    「そんじゃ、いくぜ、わんこ! ボディがお留守だぜ!!」
     スサノオを包囲した輪から、思い切りよく緋世子が飛び出していく。雷を宿した拳が巨体に食い込み、続いてクラウィスのロッドが叩き込まれる。リーファが振り上げられた前足をかいくぐって光の剣を振るい、有紗は踏み込むと異形化した腕でスサノオを押さえ込んで。
    「ねぇ、君は何の為に畏れを呼び出してるの? セイメイが言ってた大神になるため? 狼だけに? ……冗談だけど」
     語りかけてみる……が。
     ブン、とスサノオは鎌を振った。
    「!!」
     空間から無数の刃が出現し、前衛を襲う。
    「猫! 菫さんを!!」
     リーファは霊犬にガードを命じ、自らは緋世子を庇う。
    「……くっ」
     クラウィスは刃を受けつつも緋色のオーラを槍に載せて突っ込んでいき、
    「燃え上がれ!」
     緋世子もロッドの炎で続く。
    「クラウィスさん、回復します!」
     刃を喰らってしまったクラウィスには、栞がすかさず癒やしの光を送った。
     フィナレは『TATARI Breaker』を捻り込み、ワルゼーはロッドを叩きつけて魔力を流し込もうとする……が、その杖は鎌の柄で押し戻された。
    「むむ、見かけ通りの凄まじいパワーだな! だが、負けぬ!!」
     その隙に、猫のガードで連打を逃れた菫は、聖剣で斬りかかり、
    「クロはご主人様がいるの?」
     と、着ぐるみで首を傾げスサノオに問いかけてみたが、ギロリと睨まれて慌てて飛び退く。
     夜叉丸にガードされながら下がった有紗は、
    「ボクたちの言葉、わかってないんじゃないかなあ?」
     悲しそうに首を振り、リーファに癒やしの光を送った。回復を受けたリーファは、頬に流れた血をぐいと手で拭うと、
    「ありがとうございます………私は、正直コレが人間から闇墜ちした存在とは思えないんですよね……っ!」
     足を蹴り出して影を伸ばし、霊犬たちも跳びかかっていく。
     まだまだ謎が多い幻獣、スサノオ。しかし強敵ではあるが、歯が立たない相手ではないことは、ここまでの戦いでわかってきた。銀色の毛並みがところどころ血にそまり、息が荒くなっている。
     灼滅者たちはダメージを与えられつつも時間をかけて、徐々に、しかし確実に獣を痛めつけていく……と。
     バッ、と白い雪煙を立てて、獣は群がる灼滅者たちから跳びのいた。逃げるか!? と身構えたが、スサノオはその場で動かず、グルルル……と低く唸りだす。
    「あっ、回復ではないですか!?」
     栞が気づいて叫ぶ。
    「ふむ、やらせるわけにはいかんな!」
     フィナレの蛇剣が絡みつき、唸りが止まる。灼滅者たちはここが勝負処と一気呵成に攻撃にかかる。
    「派手に喰らってやるんだぜー!」
     緋世子の影が喰らい付き、ワルゼーの聖剣が胴体に深々と食い込み輝きを増す。リーファは『L.D』に影を宿して斬りかかり、その後ろから有紗が光輪を撃ち込み、メディックの栞もナイフでスサノオの急所を狙う。
    「スサノオ……貴方も元は人、なのでしょうか……?」
     グルルル……。
     スサノオは低く唸ると、たたみかける攻撃に絶えきれなくなったのか、ついに前足を折った。
    「参ります!」
     クラウィスがロッドを振り上げて雪を蹴り、精一杯の魔力を叩き込む。灼滅者たちさえ目を細めてしまうほどの眩しい光が発せられ、バフン、と盛大な雪煙を上げてスサノオは倒れた。動かなくなったその姿は、ゆらり、と、たちまち不安定に揺らめく。
    「おっと、消え去る前に」
     フィナレが骸に駆けよって、掌で触れる。闇堕ちしていた間に伝播させたデモノイド寄生体の行方が逆探知できないか……?
     しかし、温もりの残滓も感じ取れる間もなく、スサノオは消えた。残されたのは、雪上の大きな獣の痕跡だけ。
    「そう上手くはいかないか」
     フィナレは残念そうに苦笑して立ち上がった。

    ●迷家戦
    「迷い家……マヨヒガ。一度は出会ってみたいとは思ってたんですけど……まさか解体作業をすることになるなんて」
     リーファが門前で腕組みしている。
     スサノオとの戦場から回復を施しつつ元の場所に戻ってみれば、雪の森しかなかったはずの場所に立派な屋敷が現れていた。
    「やっぱり中を見てみたいよね」
     菫はそわそわと門の中を覗いてみる。旅人を誘い込むように開かれた門の内側は庭で、予知にあった通り雪はなく、花が咲き、鳥が鳴いていてすっかり春だ。
    「皆さん、回復は万全でしょうか?」
     栞がチームメイトを見回すと、皆は力強く頷いた。ヒールサイキックだけでなく、心霊手術も行ったので、ダメージの大きかった者でも、7、8割にまで回復することができた。
    「準備ができたら、早速解体作業を始めようじゃないか、くふ♪」
     フィナレが顎で迷家を指し、灼滅者たちはおそるおそる門をくぐる……と。
     するするする……。
     正面の玄関の引き戸が、触れてもいないのに、もちろん人影もないのに、ひとりでに開いた。おびき寄せられている感満載で、悪い予感がすること夥しいが、入らないわけにはいかない。
    「失礼致します」
     クラウィスがこんな時でも礼儀正しく先に立って土間に踏み込んだ。広い土間を上がると板張りの廊下で、すぐ右手に広い座敷。
     灼滅者たちは座敷に入り、きょろきょろと辺りを見回す。青々とした畳に格子天井。広い床の間には水墨画の掛け軸と青磁の香炉。開け放たれた障子戸の向こうは、梅咲く庭で、ウグイスの声が聞こえ、その奥には白壁の蔵も見える。店舗が付属していれば、江戸時代の粋な豪商の屋敷という感じか。
    「よっしゃ!」
     一通り見回した緋世子が拳に炎を宿らせて。
    「解体作業開始なんだぜ-!」
     その声が聞こえたかのように。
     ドバアッ!
    「わあっ!?」
     いきなり座敷の畳が何枚か裏返り、足を取られた前衛がひっくり返った。それでもディフェンダーたちは必死にクラッシャーの急所を守ろうと体を入れる。
    「わあすごい、忍者屋敷みたいっ!」
     有紗は目を丸くし、緋世子の下敷きになっている夜叉丸が恨めしげな視線を向ける。
     夜叉丸のおかげで頭を打たずに済んだ緋世子はパッと立ち上がり、
    「こんなもんでやられはしねえよ! 全焼させてやる!」
     拳に宿した炎を、傍らの土壁にぶち込む。壁に穴が空き、炎がめらっと一瞬激しく燃え上がったが、何者かが叩き消したかのように、一部を焦がしただけですぐに鎮火した。
     サイキックによる解体作業とはいえ、そう簡単にはいかない。改めてそう認識した灼滅者たちは、それぞれ家の要ともなる部分へ攻撃を繰り出していく。
     ワルゼーは飛び上がると梁に聖剣を突き立て、クラウィスは床に杖を叩きつけ。リーファは襖を切り裂いて、フィナレは床柱に槍を突き立て抉る。栞と有紗は、前衛へと回復を送り続ける。ケアはしたが、連戦であるからこまめな回復は重要だ。
     その時。
     ヒィーーイィィィーー……。
     世にも悲しげな女性の悲鳴が、家の奥から響いてきて……。
     前衛の何人かの表情が、急に強張る。特に菫は怯えて激しく後退る。
    「やだ……イヤだよ、オレは男の子なのに……!」
     彼が見ているのは七五三で無理矢理着せられた女児用の振り袖の幻。その振り袖が怪異となって彼を襲っているのだ。
    「トラウマですね……皆さんしっかり!」
     栞がナイフを掲げて癒やしの霧を発し、前衛をくるみこむ。霧の中、トラウマに囚われかけていた前衛は、ハッと正気に返る。
    「……なかなか嫌らしい攻撃を仕掛けてくれるじゃあないか」
     ワルゼーがこめかみに青筋を立てて『Zwillingstyrann』をくるりと回す。
    「全くです……猫、遠慮しないで畳に爪を立てていいですよ」
     リーファも剣呑な表情で足下に影を引き寄せタイミングを計る。
     灼滅者たちは武器を構え直すと、一気に攻撃――解体作業へと飛び出していく。
     緋世子は拳で雨戸をぶち破り、ワルゼーは杖で繊細な細工の欄間を爆破する。クラウィスは鴨居を支える柱の一本を槍で突き刺そうと……すると、その柱がぐにゅっと曲がったかと思うと。
     ぶん!
     クラウィスを殴ろうとした。が。
    「危ない!」
     菫が体を張り、代わりにしたたか殴られる。
     倒れた菫を跳び越え、クラウィスは、
    「恐れ入ります!」
     暴れる柱を緋色のオーラで串刺しにする。庇った菫は、
    「うあーん痛い痛い! やっぱり外攻撃の方が良かったかもー!?」
     殴られたお尻をさすっている。
    「今更おっしゃられても……」
     困った顔で栞が癒やしの光を飛ばす。
     ぎしぃ、と家全体が悲鳴を上げてきしんだ。
    「くふふ、大分きているようだな」
     ビシイ!
     フィナレが薄笑いを浮かべると蛇剣を伸ばし、ヒビ割れかけていた床柱を粉砕する。
    「させません!」
     跳ね上がろうとする畳にリーファの影が絡みつき、有紗の縛霊手が壁を大きくぶち破る……と。
     ぐらあ、と大きく迷家が揺れた。
    「燃えちまえ!」
     緋世子が杖に渾身の炎を籠め、大黒柱とおぼしき太い柱に叩きつけた。めらめらっ、と炎は柱を駆け上がり、一瞬で天井に燃え広がった。
     ガラガラガラッ……。
    「わあ、天井が落ちる!」
     灼滅者たちは咄嗟に頭を庇ってしゃがみ込む……が、数秒過ぎても天井は落ちてくることなく。
     おそるおそる頭を上げると……そこは元通りの、雪の森。春まだ浅い東北の山中であった。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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