はなのちるらむ

    作者:西東西


     ガイオウガ、そしてスサノオ大神……。
     大地を喰らう幻獣種共が「竜種」に目覚める日も、そう遠くはない……。
     サイキックエナジーの隆起がゴッドモンスターさえも呼び起こしたこの状況で、未だ十分に動けぬとはいえ、日本沿海を我が「間合い」に収めることができたのは、まさに僥倖。

     小賢しき雑魚共の縄張り争いも、王を僭称する簒奪者共の暗躍にも興味は無い。
     我が望むは、我と死合うに値する強者のみ!
     「武神大戦殲術陣」発動!
     眠れる強者よ現れよ。武神の蒼き頂こそが、これより汝の宿命となるのだ!
     

    「先の戦争で柴崎・明を失った業大老一派が、新たな師範代を生みだすべく『武神大戦天覧儀』という武闘大会を開催する」
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)の声に、集まった灼滅者たちが耳を傾ける。
     試合会場は、海の見える場所。
     時刻は特に決まっていないが、邪魔を嫌ってか、一般人のいない時間が選ばれる。
     どこからともなく現れたアンブレイカブルが対戦をくりかえし、勝利を手にした者に『強い力』が与えられ。
     やがて、強者が現れるという仕組みだ。
     
    「今回試合が行われると予測が成ったのは、青森県最北端の『竜飛崎(たっぴざき)』という場所だ」
     対戦者を待つのは、アンブレイカブル『春園・しづ子(はるぞの・しづこ)』。
     以前、灼滅者たちとの戦いに勝利し、長らく行方をつかめずにいたダークネスの少女だ。
    「かつては『自分より強い恋人探しの旅』を続けていた春園しづ子だが、その道中で柴崎明と出会い、すっかり考え方を変えたらしい」
     ヤマトナデシコ然とした袴姿は変わらぬものの、肩までの黒髪を断ち、化粧を落とし。
     この一年。柴崎を師とあおぎ、真摯に修行に打ちこんでいたようだ。
    「しかし、先の戦争で柴崎は灼滅された。……春園は師を敬愛するがゆえに、師と同じ高みをめざし、その教えを体得せんと考えているようだ」
     扱うサイキックは、『ストリートファイター』と『バトルオーラ』のものに似ている。
     相変わらず動きが素早く、拳による打撃、肘打ち、足蹴り、飛び蹴りなど、『ムエタイ』のような格闘技を使用する。
    「だが、それぞれの技も、精度も。威力は格段にあがっている」
     少女をここまで大きく変えたものがなんであったのかは、はわからない。
     だが、しづ子も相応の覚悟をもってこの試合に臨んでいるようだと一夜は告げ、言葉を区切った。
     
     春園・しづ子は早朝の竜飛崎で、対戦者を待っている。
     灼滅者たちはその場へ向かい、試合を持ちかければいい。
    「ただし。アンブレイカブルにとどめを刺した者は、『勝利によって力を与えられる』。つまり確実に、闇堕ちしてしまう」
     アンブレイカブル灼滅後に余力があれば、救出を試みることができる。
     しかし戦況しだいでは、撤退を視野に入れる必要も出てくるだろう。
    「そうと知ったうえで、なおアンブレイカブルに挑みたいという者があるなら。どうか、対応を願いたい」
     一夜は集まった灼滅者たちを見渡し。
     覚悟を確かめるように投げかけ、説明を終えた。


    参加者
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    慈山・史鷹(妨害者・d06572)
    ディートリヒ・エッカルト(水碧のレグルス・d07559)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    王・龍(アメリカナイズ中・d14969)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)

    ■リプレイ

    ●試アワセ
     暗闇に包まれた空に朝陽がさし、草木が薄闇に照らしだされるころ。
     竜飛崎から海を見おろす場所に、ひとりの女が立っていた。
     短い髪や武道袴を潮風になびかせ、微動だにしない。
    「春園しづ子さんと、お見受けします」
    「やあ。『死合い』を申しこみに来たよ」
     ディートリヒ・エッカルト(水碧のレグルス・d07559)と王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)の声を受け、女は静かに、振りかえる。
    「お久しぶりね、おねーさん。レンと冬崖のこと、覚えてるかしら?」
     問われ、女はフローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)と巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)へ目線を向けた。
     「ああ」と懐かしむように頷くと、
    「ずいぶん前に、手合せをしてくださった子たちですわね。お元気そうで、安心いたしました」
     その言葉に拳を固め、冬崖は女を見据える。
    「『悔しさを忘れないこと。己の実力を知ること』。……あんたの言葉通り、俺は今日まで、敗北の悔しさを忘れることなく、闘ってきた」
    「良い心がけですわ。けれど――」
     しづ子はそこでようやく、灼滅者8人と対峙すべく向き直る。
    「ここは『武神大戦天覧儀』の舞台。そうと知ってなお、あなたがたはわたくしの前に立つ、と?」
    「ああ。闇堕ちする可能性があるってことも、覚悟のうえだ」
    「虎猫はペットショップに預けてきましたしね! どんとこい闇堕ち!」
     慈山・史鷹(妨害者・d06572)の黒いまなざしと、息巻く王・龍(アメリカナイズ中・d14969)の言葉を受け、女は目を細める。
    「『死合い』による、すべての結果を負う覚悟があると。そう、おっしゃるのですね」
     一歩、一歩。
     言葉とともに歩を進めるしづ子を前に、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)も言葉を投げた。
    「師と同じ景色が見たい。その気持ち、分からぬでもありませんが」
     顔をあげ、決意をこめて言いはなつ。
    「矛を止めると書いて、『武』と読みます。ひとつ、命を張った物見遊山と参りましょう」
     女は答えるかわりに、口の端をもたげて。
     次の瞬間、その身を桜色のオーラで包みこんだ。
    「ならば、わたくしも。全力をもって応えましょう」
     構えた両手腕には、いつかと同じように、赤黒く変色した縄が何重にも巻かれている。
    (「私は、私にできることを、全力で――!」)
     アンブレイカブルが地を蹴ると同時に、ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)はスレイヤーカードを掲げる。
    「未来を、革命する力を!」
     力ある言葉とともに顕現した武器を手に、灼滅者たちは次々と闘いの舞台上へ駆けだした。

    ●師アワセ
     ――パァン!
     しだいに明るさを増す空に、甲高い音が響く。
    「くッ!」
     初撃を防いだのは、仲間への攻撃を警戒していた冬崖だ。
     フローレンツィアへ向けられた膝蹴りをWOKシールドで受け止めたのだが、盾を構えた腕が痺れるほどの衝撃と雷に、思わず奥歯を噛みしめる。
    (「因縁やら何やらあるっぽいが、俺からすりゃ、関係ねぇことだしな」)
    「そう簡単に、倒れさせはしねぇってんだよ」
     とにかく灼滅するだけだと、史鷹は冬崖へ向け、癒しの力を込めた矢をはなつ。
     三ヅ星も、史鷹と同じく後方から戦闘に臨む。
    「倒す。それだけだ……!」
     声とともに『ヒコボシ』の弦を弾けば、彗星のごとき矢が一直線に飛んでいった。
     続く小次郎は、WOKシールドで仲間たちの耐性を高める。
     しかし軍師を自認する小次郎も、ストリートファイターの端くれ。
     瞬時に身をよじり、矢の一撃を最小限にとどめる女の動きをみやり、
    (「武人との真剣勝負は、心が踊ります」)
     胸中では本音をこぼさずにはいられない。
     因縁の相手を前に、心躍らせるのはフローレンツィアも同じだ。
    「まだ一対一は無理だけど。しづ子とレンの成長速度、どっちが上か比べさせて?」
     手にした鐵(くろがね)の手甲。
     その爪先から伸びる糸が踊り狂い周囲に張り巡らされるも、アンブレイカブルは驚くべき反射神経で、すべての呪詛糸を避けてみせた。
     袴のすそをひるがえし、素足で地を踏みしめるなり、反転。
     一瞬の屈伸から、突進するように繰りだした肘撃ちを防いだのは、ナタリアのビハインド『ジェド・マロース』だ。
    「貴方の覚悟に、私も全力をもって応えましょう!」
     首筋に一撃を見舞われ、ジェドが打ち倒された隙を狙い仕掛けるも、ナタリアのはなった影の触手は空をきる。
    「春なんとかさん! パンツ何色ですか?」
     挑発を目論んでか。好奇心からか。
     投げかけた龍の問いかけに、しかし女は笑みすら浮かべない。
     するどい眼差しで繰りだされた巨腕をいなすと、逆に腕を掴み、一本背負いで龍を地面に叩きつけた。
    「ぐ、はっ……!」
     衝撃とともに、肺の空気が絞りだされる。
     口のなかに、血の味がひろがる。
    「戯れに挑むのならば、去りなさい」
     しづ子は短く叱責すると、ディートリヒのはなつ援護射撃から逃れるべく、跳躍。
     数弾が脚をかすめたが、動きを止めたのは、ほんの一瞬。
     ――攻撃が当たりにくいであろうことは、事前に予想されていた。
     ――ゆえに三ヅ星とディートリヒが、確実に攻撃を当てるべくスナイパーとして立った。
     しかし、しづ子を抑えきるにはわずかに足りず。
     女は淀みなく動き、いっときも、とどまることがない。
     呼吸さえ最小限に留め、どんな挙動からも瞬時に構え、攻撃に転じ続ける。
     攻め手の攻撃は空をきり、灼滅者たちはしだいに防戦を強いられ、アンブレイカブルのペースに翻弄されはじめた。
     ――しかし、ここで押しきられるわけにはいかない。
     龍へ向けられた蹴りをナタリアが身を挺してかばい、叫ぶ。
    「ディートさん、レンさん! コンビネーションです!」
     銀の髪をなびかせ、ディートリヒは再びガンナイフを構える。
     空色の瞳にバベルの鎖を集中させ、女へ向け、ためらいなく引鉄をひいた。
    「今です!」
     弾幕がアンブレイカブルを襲うと同時に、小さな影が走る。
     銃撃を避けたしづ子の死角に飛びこみ、フローレンツィアは高速で鋼の糸を手繰った。
    「来なさい、黒き風のクロウクルワッハ!」
     ひゅ、と空を割く音を聞いた瞬間、左腕と頬の皮膚が裂けた。
     己の鮮血を見るなり、女は一瞬、破顔し。
     すぐに地を蹴り灼滅者たちから距離をおくと、覇気とともに、絡みついた枷のいくつかをはね飛ばす。
    「多勢に無勢で悪いけど。――これが結果、そうでしょう?」
     ようやく渾身の一撃を叩きこむに至り、フローレンツィアが宣告する。
    「その通りですわ」
     しづ子は微笑み、頷く。
    「あらゆる状況をはねのけ、最後まで立ち続けた者こそが、すべてを掴むのです」
    「儀式で得る力……。俺はいまいち、魅力がわかりませんがねえ!」
     小次郎はそのすきに『陰陽太極符』をはなち、攻性防壁を発動。
     だがしづ子は桜色のオーラを燃えあがらせると、ためらうことなく、築かれた壁へ覇気を叩きつけた。
     防壁を撃ちやぶり、繰りだすのは強固な膝蹴りだ。
    「フローレンツィア!」
     狙われた少女を突き飛ばし、冬崖は身を挺して、頭蓋を撃つ重い打撃を受けとめる。
     呼吸が止まるほどの衝撃。
     一瞬、意識が遠のいた。
     しかし冬崖は魂を奮いたたせ、その場に踏みとどまる。
     ぼろぼろになった肉体はあちこちが腫れ、裂けて血を流し、もう痛みすら感じない。
    「よく耐えました!!」
     しづ子は、この青髪青眼の灼滅者に覚えがある。
     ――かつて闘い、最後まで仲間を守り続けた少年。
     ――今なお、まっすぐに。その意思を曲げようとしない少年。
     攻め手にまわれば、面白い対戦相手になるだろうと思った。
     しかし、
    「それがあなたの、『覚悟』ならば――!」
     アンブルイカブルは地を蹴り、跳躍とともに身をよじる。
     オーラをまとった脚が冬崖の首筋をとらえ、その身を大地に叩き伏せ。
     追撃を狙い、ふくれあがる女の殺意を察し、ナタリアが叫ぶ。
    「ジェド!!」
     次の瞬間、ビハインドはするどい蹴りの連撃を受け、霧散。
    「史鷹君……!」
     三ヅ星はすかさず影業をはなち、しづ子を絡めとる。
     影はすぐに打ち破られた。だが。
    「悪いが、ダークネスのやることは、邪魔してやるって決めてるんでな」
     意識を失い、崩れ落ちた冬崖の身を史鷹が回収するには、その間で十分。
     だれよりも多く仲間をかばい、倒れた少年を守るように立つ灼滅者たちを見渡し、女はふっと息をこぼした。
    「言ったはずです。『すべての結果』を負う覚悟があるのか、と」
     血濡れた女の周囲で、桜色のオーラが揺れる。
     それはまるで、狂い咲く桜の花弁にも見え――。
    「さあ。『死合い』ましょう」
     朝陽を背に告げる女は、それまで見たどんな瞬間よりも、美しく笑った。

    ●死アワセ
     冬崖とジェドを欠いた時点で、残る壁役の2人も疲労が蓄積しつつあった。
     しかしそれは、単身攻撃を受け続けたしづ子も同じこと。
    「私は弱い。貴方に及ばず、多くの灼滅者たちよりも未熟な存在です。けれど――」
    「こちらにも、譲れぬものがある……!」
     撃ちだす攻撃をことごとくナタリアと小次郎に阻まれ、しだいに、しづ子の動きが鈍りはじめた。
     それはディートリヒや三ヅ星が初手から積み重ねてきた、枷があってこその効果にほかならない。
    「春なんとかさんの体力は、残りどんなもんですかね!」
     己に降ろしたカミの力で風の刃を生みだしながら、龍は飄々とした調子で告げる。
     しづ子に叱責された後も龍の態度は揺らぐことなく、その姿がかえって、ともに立つ灼滅者たちを励ました。
    「トドメは躊躇わず、行くね」
     三ヅ星の宣言に、龍とフローレンツィアも同調する。
    「私も狙いにいきますよ。それはもうビーチフラッグのごとき勢いで!!」
    「無論レンも狙っていくわ? 今持ってる力。それをぶつけて、刻んであげる!」
    「強者の資格等には興味はありませんが――。もし、僕が闇堕ちした場合は、宜しくお願いします」
     ディートリヒの言葉に、史鷹は笑う。
    「だれが堕ちたとしても、この場に7人。さらに後ろに、万単位で控えてる」
     ――怖がる必要も、ねぇだろ。
     一手、一手。
     着実に攻撃を重ねていく仲間たちのそばで、小次郎はしづ子の拳をさばき、はね返し、隙あらば『黄昏よりも暗い暗黒』を走らせる。
    (「俺は年長者で。軍師ですから」)
     皆で帰る道を模索する、そのために。
     ――仲間たちの補助に徹することこそ、誉れである。
    「なれば師を想う弟子の心、あえて踏みにじりましょう!」
    「……っ!」
     再度築かれた結界に触れ、アンブレイカブルの身を衝撃が襲う。
     たたらを踏んだしづ子めがけ、フローレンツィアは舞うように両の手の糸をはなった。
    「これを逃したらもう機会はないし、全力よ!」
     袴ごと、女の身を幾重にも斬り裂いて。
     糸をつたい、こぼれた雫が、フリルのスカートを赤く染める。
     引きずり倒された女は、なおも攻撃の手を止めようとしない。
     手のひらが裂けることを厭わず糸をたぐり寄せ、足払いをかけたフローレンツィアへ雷を宿した拳を叩きつけた。
    「勝つのは、『私たち』です!」
     間一髪。
     飛びこんだ守り手が、眼前で弾き飛ばされ。
     細い身体は草地を抉り、線を描くようにしてようやく止まった。
    「ナタリア!!」
     呼びかける仲間たちの声を聞きながら、少女の意識は不思議なほどはっきりとしていた。
     ――私はまだ、戦える。
    「今こそ、魂を燃やす時です!」
     覚悟に応えるかのように『極光』の名を持つオーラが爆ぜ、光の剣を手にしたナタリアが、駆ける。
     間合いに飛びこみ、一閃。
    「ここまでだよ!」
     続く三ヅ星の矢が、まっすぐにしづ子を穿つ。
    「これで、終わりです……!」
     気合いとともに、ディートリヒが王笏【青の賢帝】を振りかぶるも、しづ子は眼前で腕を組み、王笏を受け止めた。
    「師の首も、大老の首さえもこの手にできぬまま。倒れは、しません!」
     吠えた女は水碧の少年へ向け、破裂し、ただれた腕を伸ばす。
     だが、ナタリアがそれを許さない。
     女は構わず少女の身を地面に叩きつけると、とどめをさすべく拳を固めた。
     だが――、
    「こいつで、どうだ!」
     仲間たちの回復に徹していた史鷹が、形成した漆黒の弾丸を撃ちはなつ。
     攻撃を回避するために女はその場から飛びすさり、ナタリアから離れざるをえない。
     史鷹は小次郎とともに気絶したナタリアを後方へ退避させ、その身を癒す。
     機をうかがっていた龍は、着地した女めがけ、迷うことなく地を蹴った。
     女の動きが鈍っているのは明白で。
     この闘いが間もなく終わるであろうことは、誰の目にも明らかだ。
     巨大化させた腕でしづ子を殴り飛ばし、地面に叩きつけ。
     なおも立ちあがるアンブレイカブルめがけ、龍は攻撃を仕掛け続けた。
    「武蔵坂の皆さんは強いので、私が闇堕ちしたってパパッとやっつけちゃうでしょうからね!」
     憂いなど、ない。どこにもない。
     それに、
     ――何度も死に晒されては、救われてきたこの命。
     ――今さら、惜しくなどない。
     だから龍は。
     己の身を手裏剣に見立てた、決死の一撃を迷わなかった。
    「武蔵坂、ブレスユー!」
     高速回転させた身は手裏剣と化し、アンブレイカブルを斬り裂く。
     最初こそ踏み耐えたしづ子だったが、やがて勢いに負け、弾き飛ばされた。
     桜色のオーラが霧散する、その瞬間。
    「おいきなさい」
     ――『死』と『力』を天秤に。あなたは、どこまでいけるかしら。
     楽しげに笑んだ女の言葉に、龍は目を見開いて。
    (「あ」)
     意識が闇に呑まれる瞬間。
     振りかえる飼い猫の姿が、脳裏をよぎった。

    ●はなのちるらむ
     ごう、と風が吹き、桜吹雪が舞い散った。
     春園しづ子の身は、塵ひとつ残らず消え果てて。
     立ちつくすのは、王龍の姿をしたダークネス。
    「ハッハァ! ようやく自由だ!」
     双眸を歪め怪しげに笑う姿に、もはや龍の面影は見えない。
     冬崖とナタリアが倒れ、龍が闇堕ちした今、残された5人の灼滅者たちは即座に撤退に移った。
    (「仲間を犠牲にして。どうして、おめおめと学園に戻れようか」)
     小次郎は唇を噛みしめるも、その身体とて、先の戦闘で相応の手傷を負っている。
     ――悔しいが。今は、その時ではない。
     史鷹は三ヅ星とともに冬崖の身を支え、声を張りあげる。
    「出てきたばかりのダークネスに負けるんじゃねぇぞ!」
     フローレンツィアとディートリヒがナタリアを連れだしたのを確認し、残る仲間たちも口々に叫ぶ。
    「君にも、帰る場所があるはずだ!」
    「いずれ、連れ帰らせて頂きましょう」
    「それまで、待っていなさい……!」

     陽光の降りそそぐ岬に、哄笑が響く。
     ――光と、闇と、『覚悟』を。それぞれの胸に、しっかりと抱いて。
     ――往きなさい。生きなさい。
     ひらり、舞う花弁のむこうで。
     散り消えた女の声が、聞こえたような、気がした。
     
     

    作者:西東西 重傷:巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647) 
    死亡:なし
    闇堕ち:王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969) 
    種類:
    公開:2014年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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