regia ~愚者の天秤~

    作者:西東西


     空が青から茜色のグラデーションに染まり、草木が薄闇に沈みはじめるころ。
     青森県最北端の『竜飛崎(たっぴざき)』から海を見おろす場所に、ひとりの女が立っていた。
     襟元を崩した真紅のシャツに、漆黒のスーツ。
     潮風に髪を乱されるのも構わず、微動だにしない。
    「『武神大戦天覧儀』って言うんだっけか? それに勝ちまくればどんどん力が手に入って、業大老の門下生どもも下っ端にできるってことなんだろ?」
     六六六人衆『龍王』はそうひとりごち、次にこの場にやってくる者を待つ。
     アンブレイカブルが現れるなら、叩きのめせばいい。
     灼滅者が現れるなら、闇堕ちをけしかけて遊ぶのもいい。
     どちらにせよ、最後に『総取り』できれば上々。
     危なくなれば逃げるだけだ。
    「これはゲームだ。ゲームで、命を賭けるバカはいねぇ」
     「そう、てめぇ以外にはな」と、今にも消えかかっている少女――王・龍へ呼びかけ、『龍王』は嗤う。
     ――『死』と『力』を天秤に。あなたは、どこまでいけるかしら。
     かつてこの場でとどめを受け、灼滅されたアンブレイカブルの言葉が蘇る。
    「さぁて、どこまでいけるかね」
     ニタリと唇をゆがめ、『龍王』は右眼を通る傷痕を撫でた。

     上も下も、右も左もわからない闇の中。
     少女は鈍りはじめた頭で、ぼんやりと思考する。
    (「敵も味方も、なにもかも支配してしまおう。そうすれば、もうなにも奪われない。もうなにも消えてしまうこともない。もうなにも――」)
     

    「『武神大戦天覧儀』の任務で闇堕ちし、行方不明となっていた王・龍(d14969)が見つかった」
     教室に集まった灼滅者たちを見渡し、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
    「場所は『竜飛崎』。……そう、王・龍(わん・ろん)が闇堕ちした場所だ」

     現れるのは、『龍王』と名乗る六六六人衆。
     『龍王』はさらなる力を手に入れるべく、岬で対戦者を待っている。
    「扱うサイキックは『鬼神変』や『黒死斬』に似たもの。そして、『シャウト』。それ以外では、『手裏剣甲』に類似した技を使用してくる」
     命中率の高い攻撃で確実に相手の体力を削り、追い詰めることを好む。
     また、相手が灼滅者とわかれば、闇堕ちを狙った悪辣な攻撃を仕掛けてくる。
    「ただし。『龍王』は決して、灼滅者を見くびっているわけではない。むしろ警戒心が強く、挑発も期待できない分、厄介だ」
     野心家であるため力を望んではいるものの、なにごともゲーム感覚で行うため、勝敗に対する執着がない。
     用心深い性格のため、大勢で対峙することも難しい。
     そして旗色が悪くなれば、即座に撤退を決断するだろう。
     
     対する龍の意識は、すでに薄れ、消えかかっている。
    「要因は、ダークネスとの同調だ。詳細は私ではわからなかったが……王と『龍王』の思考が、限りなく近づいてしまっている」
     つまりその意識を覆すことができなければ、龍の救出は困難を極める。
     そして今回を逃せば、龍は完全に闇堕ちし、救出の機会は永遠に失われてしまう。
    「できれば救出したい。だがそれが叶わぬのなら――」
     岬に立つのは、もはや王・龍ではない。
     六六六人衆『龍王』だ。
     一夜は眉根を寄せ、けれど、はっきりとした声で告げた。
    「王を灼滅し、闇の支配から解きはなって欲しい」

    「そうだ」
     去り際。思いだしたことがあると一夜が振りかえる。
     一枚の報告書を手にとり、
    「アンブレイカブルの灼滅に臨むとき、王は、こう言っていたそうだ」
     ――武蔵坂の皆さんは強いので、私が闇堕ちしたってパパッとやっつけちゃうでしょうからね!
     闇堕ちの覚悟のうえに、己の命を重ねて。
     それでも少女は、憂いなどなにひとつないと断じ、堕ちた。
     そうして今も、あの岬にひとり、立っている。
    「どうか、迎えに行ってやってくれ」
     王の飼い猫も、きっと帰りを待っているだろうからと告げ。
     一夜は灼滅者たちに頭をさげ、静かに、教室を後にした。


    参加者
    宗岡・初美(鎖のサリー・d00222)
    若菱・弾(キープオンムービン・d02792)
    夜空・大破(白き破壊者・d03552)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    ミカ・ルポネン(水平線を目指して・d14951)
    アイン・コルチェット(絆の守護者・d15607)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    レオン・ヴァーミリオン(夕闇を征く者・d24267)

    ■リプレイ


     夕刻。
     湿り気を帯びた風が吹きつける竜飛崎から、外景を臨む。
     眼前には、いちめんの空と海。
     天上は、藍。
     たなびく雲は、灰。
     いましも水平線に消えようという黄金の陽が、海に一条の光を描き。
     ゆいいつの人影が、黒く、灼滅者たちの前にたたずんでいる。
    「迎えに来たよ、王さん」
    「てめぇが六六六人衆……『龍王』か。俺たちとのゲームに、つきあってもらうぜ」
     ミカ・ルポネン(水平線を目指して・d14951)と若菱・弾(キープオンムービン・d02792)の呼びかける声に、『龍王』は口笛を吹き、振りかえった。
    「この『龍王』を相手に、4人で殺りあおうってのか?」
     対峙する少年少女の顔をまじまじと見つめ、口の端を吊りあげる。
     六六六人衆の嘲笑に構わず、アイン・コルチェット(絆の守護者・d15607)と狩家・利戈(無領無民の王・d15666)はそろって一歩踏みだし、
    「なにも言わなくていい。ただ――」
    「王は友達なんでな。『龍王』、テメエには消えてもらうぜ!」
     決意をこめ、声をはりあげた。
     ダークネスはくつくつと笑うと、灼滅者たちへ向かって歩きだす。
    「六六六人衆が、なぜそこまで力に拘る?」
     弾が警戒しつつ問いを重ねるが、龍王は答えない。
     一歩、一歩。
     近づくと同時に後ずさる灼滅者たちを前に、ダークネスは右頬の傷痕を、ゆるりと撫でた。
    「バカ女一人のためにわざわざ迎えにくるなんざ、泣ける話じゃねぇか。なぁ? でも、残念だったな」
     声と同時に、龍王のシルエットがざわめいた。
     漆黒のスーツの一部が細かな鱗に変じ、鋭利な刃の形を成しはじめ。
     龍王はすうと息を吸い、その眼を細く、愉しげに歪め、言いはなった。
    「『龍』なら、とっくに消えちまったよ」


     哄笑とともにはなたれた殺気に反応し、スレイヤーカードの封印が一斉に解除される。
     4人が武器を手に、龍王と斬り結ぼうとした、その時。
    「その体、王・龍さんに返してもらいますよ……!」
     鋭く告げる声とともに、身を隠していた夜空・大破(白き破壊者・d03552)が横合いから魔法弾を叩きつける。
    「『――地獄の底で自由を謳え、それこそ我らの権利と義務なり!』」
     続くレオン・ヴァーミリオン(夕闇を征く者・d24267)が高らかに唱え、
    「君の戦友に代わって、迎えにきたよ。王龍さん……!」
     大破の弾丸を受け体勢を崩した六六六人衆へ、血色の大袖を持つからくり篭手を叩きこむ。
     身を捻り、直撃を避けた龍王は声をあげて笑った。
    「ハッハァ、やっぱりな!」
     灼滅者4人と対峙したその時から、龍王は不審を感じとっていた。
     ゆえに殺気をはなち、灼滅者2人を誘いだしたつもりでいたのだが。
    「今だ、初美!」
    「月詠くん、しっかり捕まって!」
     藍色に染まりゆく空から響いたのは、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)と宗岡・初美(鎖のサリー・d00222)の声。
     仲間たちが注意を引きつけている隙に、2人は海側――龍王の背後上空に回りこみ、機会をうかがっていたのだ。
     急降下する箒から飛び降り、初美は千尋を抱え、華麗に着地してみせる。
     千尋は着地と同時に糸をはなつと、龍王の身体を幾重にも斬り裂いた。
    「騎兵隊の登場……ってね。これで、挟撃完了」
      さすがの龍王も灼滅者たちに取り囲まれたことに気づき、忌々しげに舌を打つ。
     しかし、囲まれたのなら突破すれば良い。
     続けざまに繰りだされる灼滅者たちの攻撃をかいくぐると、間近に居たアインの死角から刃を繰りだし、首筋を狙う。
    「壁になれ!」
     主の声に応え、攻撃線上に走りこんだのは弾のライドキャリバー『デスセンテンス』。
     漆黒の刃を機体で受け止め、身を挺して仲間を守りぬく。
     ――ダークネスの言うことなど、信じない。
     アインは黒みを帯びた赤の杭撃機を構え、決意ととも叫ぶ。
    「返してもらう、それだけだ!」
     だが杭はかすりこそすれ、敵の肉体をねじきることなく、いたずらに大地を抉った。
     相手の動きを警戒しているのは、灼滅者も同じ。
    「聞こえてんだろ、王よ? ダチ共にここまで心配させてやがるんだ。ここで意地を見せて戻って来れねえなら――」
     弾は回避後の龍王めがけ、縛霊手を振りかぶり。
    「てめぇには、本当の『力』なんざ、一生手に入らねえよ!」
     渾身の一撃とともに、龍王の横っ面を殴り飛ばす。
     網状の霊力に縛りあげられながらも、龍王は声をあげて笑った。
    「さあ、次に堕ちるやつは誰だ!」
     叫びとともに枷を振りはらい、灼滅者たちへ向け、漆黒の刃の雨を降らせる。
     すぐに初美、弾、デスセンテンスが前衛陣をかばい盾になるも、爆発した刃の一撃を受け、地面に叩きつけられた。
    「ルミ!」
     すぐにミカが霊犬を呼び寄せ、初美や弾、ライドキャリバーへ癒しを施すと、仲間たちの牽制を回避する龍王へ向け、声をあげた。
    「王さんは武蔵坂のみんなを信頼して自分を犠牲にしたんだ。『そっち』に行かせるわけにはいかない!」
     声は、届かないのか。
     本当に、『龍』はもう居ないのか。
     確かめるすべは、ダークネスと戦い、勝利するよりほかにない。
     それでも利戈は、龍王の内に在る友の存在を疑わなかった。
     ただただ、まっすぐに。
     言葉と、拳を叩きつけていく。
    「お前が自分を取り戻す手伝いなら、いくらだってやってやる! だから、戻ってこい!」
     叫びとともに叩きつけたバベルブレイカーは、しかし龍王を捉えることなく地を穿つ。
     空撃ちの反動を受け、奥歯を噛みしめた利戈の隙を、六六六人衆は見逃さない。
    「独り言なんざ、滑稽だな。灼滅者」
     ささやくように告げ、漆黒の刃を、利戈の胸に突きたてた。
    「狩家さん!」
     レオンと大破が即座にエアシューズで地を蹴り、重力を宿した蹴りで龍王と利戈とを引き離す。
     ダークネスは利戈を守るように立つ2人から距離を置き、再び笑った。
    「ハッハハハハハ! 自滅女のために、必死だな!」
    「王さんの選択を、戦うことから逃げなかったその覚悟を、笑ってんじゃねぇよ!」
    「この戦いを『ゲーム』と捉えている時点で、侮っているのですよ、龍王」
    「そうとも。君と違って、『ゲーム』ではないのでね!」
     初美はアインへ向けられた刃をその身に受けつつも、たて続けに石化の呪いをはなつ。
     灼滅者たちの傷は少しづつ、確実に龍王に傷を与えていた。
     だがそのどれもが致命傷には届かず、架した枷は蓄積するまえに打ち払われてしまう。
     灼滅者たちの言葉が『龍』に届けば、ダークネスの動きを鈍らせることも容易だったかもしれない。
     だがいくら声をかけようと、それらしい感触はつかめないままだ。
     龍王による巨椀の一撃を叩きこまれ、仲間たちをかばい受けたライドキャリバーが霧散し、消えていく。
    「さて、もう一度聞くが……。次は、誰が堕ちる?」


     太陽はすでに海岸線に沈み、世界は戦況を映すかのように、しだいに暗くなっていく。
     攻防は続いたが、状況は変わらない。
     一方、時間がたてばたつほど、灼滅者たち――特に壁役である弾や初美の疲労が蓄積していった。
     これ以上の戦力が削がれれば、ダークネスの逃亡をも許しかねない。
    「どうした灼滅者、この程度か!」
     挑発を続ける六六六人衆を前に、灼滅者たちの脳裏に『灼滅』の二文字がよぎった。
     『龍』の意識が戻らず、灼滅者たちが勝利すれば、それは彼らの意思に関わらず達成される。
    (「どちらに転んでも、六六六人衆が一匹減るだけよ。だがな、『撤退』だけはさせねえ。ここで必ず消してやるぜ!」)
     弾は仲間たちをかばい、満身創痍になりながらも、果敢にダークネスと対峙する。
     縛霊手『金剛腕』を振りかぶり攻撃するように見せかけると、
    「吼えろ、黒獅子!」
     足並みをそろえたレオンが死角から飛びだし、龍王の脚めがけて『無明宗國【黒獅子・風魔砲声】』を振りおろした。
     ズンと重い地響きとともに剛刀が地に埋まるも、
    「チッ。ダメか!」
     すぐに反撃にかかった龍王の一撃を、構えた縛霊手で受け耐えた。
     弾の横あいからマテリアルロッドで殴りかかり、千尋も、覚悟を決める。
    「灼滅か、帰還か……。ここが、分水嶺だ!」
     流しこんだ魔力の爆発に、龍王がたまらずたたらを踏んだ。
     ミカとアイン、利戈はその隙を逃さず、敵の懐に飛びこんだ。
     ――クラスの仲間と行った、花見のこと。
     ――アインが世話を頼んだ、猫のこと。
     3人はクラスメイトとして、誰よりも『龍』の近くに立ち、呼びかけ続けてきた。
     仲間たちが次々と決意を固めていくのを、肌身で感じとってもいた。
     だからこそ『絆』を信じ、声を掛け続けた。
    「王さんは過去に、なにか大切なものを失ったのかもしれない。けど、みんなを信頼してたから。だからあの時、迷わず堕ちたんだよね?」
    「やっと、心を許せる友ができたんだ! 諦めて、たまるか!」
    「同調なんかしてんじゃねえ! 立ち向かって、お前自身の支配を取り戻せ!!」
     影業の戒めに続き、叩きつけた赤黒の杭撃機が龍王の肩を捉え、貫く。体勢を崩したダークネスの身体を、雷に宿した拳が、抉るように捉えた。
     三連撃を受け、殴り飛ばされた龍王は愕然として肩の傷を押さえる。
     一瞬、思ったように回避行動をとることができなかったのだ。
    「くそっ。遊びすぎたか……!?」
     ミカは霊犬に仲間たちを癒すよう指示しながらも、再び立ちあがった龍王を見据える。
    (「疲労の蓄積? いや――」)
     もしも、まだ間に合うのなら。
     そう願い、言葉を紡ぐ。
    「王さんには待ってる人も、猫もいる。だから、帰っておいでよ……!」
     意思をこめたミカの声に気づき、仲間たちも、次々と龍王の変化に気づいた。
    「ナタリアくんから伝言を預かっているよ。『龍さんが戻ってこそ、あの任務は成功なのです。お帰りをお待ちしています』だ、そうだ!」
     初美が告げたのは、龍が闇堕ちした任務の同行者の名だ。
     ナタリアだけではない。『龍王』発見の報を聞いた際、別の任務に向かっていた小次郎もまた、その手を伸べられずにいたことを悔いていた。
     ――本当は、あの時に連れ帰りたかった。
     幾多の想いを継ぎ、初美は白く輝く聖剣で龍王を一閃。
    「武蔵坂の皆さんの強さは、内なるダークネスに全てを委ねる事を良しとしない『心』にあるはず。……それは、貴方も同じでしょう?」
     『壊すことしか知らない』。
     そう名付けられた己が、誰かを助けるための戦いに身を投じるなど笑い話かもしれない。
    (「ですが失いたくないものができた今、私にも、彼女を失いたくないと思う人の気持ちが、わかるつもりです」)
     ――連れ戻しましょう、絶対に。
     そう願い、大破も制約の弾丸を叩きこんだ。
     早々に退路をひらきこの場を退こうと考えていた龍王は、灼滅者の言葉とともに重くなる身体に危機感を募らせる。
     灼滅者たちの説得は、最初から行われていた。
     今になって消えかけていた『龍』が起きるなど、考えられない。
    (「ならば、なぜ!?」)
     混乱するダークネスには、いくら考えてもわかりはしない。
     だが『きっかけの言葉』は、確かに、龍に届いていた。
     だからこそ身の重みとなって、龍王の動きを阻害しはじめたのだ。
     敵の撤退を許すくらいなら『灼滅』をと望んでいた弾も、口の端をもたげ、笑う。
    「……フン。いいぜ、最後までつきあってやる!」
     傷を増やしながらも、仲間たちへ向けられた刃の雨を初美とともに振りはらい、
    「ボクらの思いを砕くには、足りないね!」
     千尋も攻撃が届く前に跳躍し、着地とともに暗器『見えざる神の刃』でダークネスの身を戒める。
     レオンは説得の言葉とともに、流星の煌めきをまとった痛烈な蹴りを見舞った。
    「王さん。見えてるかい? 君の帰りを望んでる人がいるんだ。君の帰りを待ちきれなくて、迎えにきた人だっているんだ……!」
     利戈は己の想いを乗せるべく、拳を固める。
    「王! 今、お前からなにもかもを奪おうとしてる敵は誰だ! その『龍王』とか言うダークネスじゃねえか!」
     鍛えぬかれた超硬度の拳が、ダークネスを守りごと撃ち抜いて。
    「くそ、バカ女め! 邪魔をするな!」
     逃走は絶望的とわかっても、龍王は最後の力を振り絞り、灼滅者たちへ攻撃を止めはしない。
     己の回復を後手にまわしていた初美が、ついに膝をついた。
    「君は本当に『支配すれば終わる』と思っているのかい? そんなもののために、命をかけてきたわけではないだろう!」
     それでも痛む傷をおし、希望を繋ぐべく声をかけ続ける。
    (「ねえ、王さん。王さんには、力に頼らなくても、たくさん手に入れたものがあるんだ。――帰ってこないなんて、許さないよ?」)
     ミカは仲間たちが最後まで力を尽くすことができるよう、聖剣に刻まれた『祝福の言葉』を唱える。
     仲間たちの想いがひとつになり、大破の呪い、千尋の糸が、より強固に龍王を戒める。
     レオンは篭手を握りしめ。
     ――手をのばせ。
     ――差しのべられた、その手を掴め!
     祈りとともに、地獄を砕きし宿命(さだめ)の一撃を叩きつけ。
    「全部、奪い取って来い!」
     声を受け、地を蹴ったのはアインだ。
     敵の間合いに飛びこみ、バベルの鎖が薄くなる『死の中心点』を見据える。
     杭撃機が唸り。
     踏みこんだ大地がえぐれ。
    「馬鹿者が。帰ってこなければ、意味がないだろうがっ!!」
     万感の想いをこめ、怒涛の一撃を撃ちこんだ。
     龍王の赤いシャツに、一本の杭が突き刺さる。
    「ハハハハ! これが、愚か者の末路か!」
     龍王は左を向いたままの左眼を押さえ、ひとしきり笑った後、どこまでも続く闇へ、まっさかさまに堕ちていった。


     目を覚まし、真っ先に目に入ったのは瞬く星々だった。
     ついで、覗きこむ8つの顔。
    「おかえり、王さん」
     霊犬とともに覗きこむミカの声に、龍は瞬きをして、応える。
    「っしゃー! よく戻ってきた、王! 胴上げだ!」
     感激のあまり龍を抱えあげようとする利戈を7人でなだめると、誰ともなしに笑いあう。
    「すいません。お手数をおかけしました」
    「勘違いするな。俺のためにやった、それだけだ」
     そう告げるアインの表情は、穏やかで。
    「すべてを支配して、どこかへ行きたかったんですか? 力で押さえつけても、いつか歪ができ、失います」
     大破の言葉に、龍は横になったまま頷き、眼を閉ざす。
     ――奪われることの辛さを知りながら、奪う側になっている。
     仲間たちの説得があってこそ、龍は己の愚かさに気づき、闇の淵から浮かびあがることができたのだ。
    「……状況終了。帰ろう、学園へ」
     千尋の声に、仲間たちはそろって、龍へ手を伸べた。

     仲間たちに支えられ、己の足で立つ。
     頭上には星々が瞬き、潮風が頬の傷痕を撫で、過ぎていく。
    (「……どこへも、行けませんでしたね」)
     胸中で、つぶやき。
     龍は『こちら』に戻れたことの意味を、考えはじめていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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