星火ゆらめく ~西教寺捜索~

    作者:西東西


     その日、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)は『西教寺(さいきょうじ)』を訪れていた。
     西教寺は、滋賀県大津市坂本にある仏教寺院だ。
     本堂の左手側には、西教寺と縁の深い明智光秀一族の墓群が存在している。
    「これが、かの明智光秀公の墓ですか」
     歴史上の人物として名高い存在ではあるが、眼前にある墓は大きな石を真中に据えただけの、簡素なものだ。
     しばらくあたりを捜索したものの、近辺には墓の由来を記した解説板や苔むした石畳があるばかりで、なにも発見することはできなかった。
     いや、発見できなかったわけではない。
     十分に、捜索を行うことができなかったのだ。
     さきほどから、どうにも嫌な気配を感じる。
    「……俺の運の悪さ的に。これ以上、ひとりで深入りするのは危険、という予感がしますね」
     そう判断した小次郎は、学園の協力を得るべく、急ぎその場を後にした。
     

     学園に戻った小次郎は、すぐに一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)に調査を依頼した。
     しかし、ひととおり情報収集を行ったものの、特に事件が起こっている様子は無い。
     まだ事件は起こっていないが、なんらかの準備が行われているということも考えられるのだが――。
    「とにかく、西教寺は、なにか嫌な気配がする」
     厳しい表情でうめく一夜に、小次郎が問いかける。
    「この一件、『明智光秀』が関わっているという可能性は、あるのでしょうか?」
    「西教寺には、たしかに明智光秀の墓がある。……だが、墓なら他の場所にもいくつか存在している。墓があるからといって、今回の件と関わりがあるか否かは、わからない」
     事態が進行すればほかの情報が集まり、詳細な予測を行うこともできるようになるかもしれない。
     だが今回は運よく、早い段階で不穏な気配を察知することができたのだ。
    「なにか大きな事件の前兆という可能性も考えられる。よって君たちに、『西教寺の調査』を願いたい」
     
     調査を行うのは、深夜。
     一般人の居なくなったころを見計らい、行うことになる。
    「もし西教寺で、ダークネスが暗躍しているのなら。『どんな敵』が『どんな目的で現れる』のか……。事前に予測することができれば、捜索が大きく有利になるだろう」
     不確かな情報だけで調査に向かってもらうのは、心苦しいが。
    「重要なのは、情報を持ち帰ることだ。くれぐれも無茶をせず、みな、無事帰るように」
     エクスブレインはそう告げ、静かに頭をさげた。


    参加者
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    希・璃依(シルバーバレット・d05890)
    香佑守・伊近(イコン・d12266)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    鬼灯・紅(カガチ鬼・d22900)
    朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)
    加賀・琴(凶薙・d25034)

    ■リプレイ


     一般人の姿が消え、西教寺が夜闇にしずむ時刻。
     本堂や書院へ向かったのは、4人。
     蛇に変身した希・璃依(シルバーバレット・d05890)が各建物の鍵を解除し、仲間たちを引き入れ調査を開始する。
    「法要でサイキックエナジーを集めたり、木像じゃなくて光秀の本体だったり、とか?」
    「あと滋賀っていうと、安土城怪人を思い出すんだよな。羅刹とご当地で、因縁あったりして」
     調査のかたわら朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)と璃依が推論を交わすのへ、
    「……奴ら、永遠の戦人(いくさびと)だの、来たるべき世界を揺るがす『大戦(おおいくさ)』だのと言ってたしな」
     黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)が淡々と続ける。
     蓮司は『断末魔の瞳』を。草次郎と加賀・琴(凶薙・d25034)の2人は『文字の妖精さん』を展開し捜索にあたったが、有力な手掛かりはなにひとつ見つからない。
    「情報がないだけでこうも動きにくいとは……。エクスブレインのありがたみが、よくわかりますね」
     始終警戒を続けていた琴は小さく肩を落とし、別班へ定時連絡をすべく、トランシーバーを手にとった。
     一方、残る4人は墓場や寺の裏手へ向かっていた。
     冴え冴えと降る月明かりはあれども、あたりには木々や墓石が林立し、近くにいる仲間の輪郭をとらえるのがやっとだ。
     用意した光源は役にたったが、闇に灯る光ほど目を引くものはない。八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)は探索を行う仲間たちのかたわらで目耳をこらし、警戒に専念する。
    「西教寺は琵琶湖108霊場の一角であり、比叡山の基点でもあります。ゆえに、仏法の守護者たる『天海大僧正』、つまり『慈眼上人』――『明智光秀』は西教寺を要塞化。あるいは、この地域そのものを陣とした召喚陣で、なにかを起こそうとしているのかもしれません」
    「光秀の所縁なら、おそらく慈眼衆がらみ。ブレイズゲート『慈眼城』に居る光秀の娘・ガラシャの言葉も気になるしな」
     ――なにが起きていて、なにが行われているのか。
     それを確かめねばと、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)と篠介は光量をおさえたランプを掲げ、周囲を探る。
    「こんな状況でなけりゃ、もっと楽しむんだが」
     暗い場所は好きだという香佑守・伊近(イコン・d12266)は、肩掛け照明を手にため息ひとつ。違和感を感じた場所で『断末魔の瞳』を使ってみたものの、視える景色はなにひとつ変わらない。
    「そっちはなんかあったかね? こっちはいまいちな感じだなぁ」
     定時連絡を受けた鬼灯・紅(カガチ鬼・d22900)が、これから裏手へ向かうつもりだとトランシーバーに向かって告げた、その時だった。
    「……鬼灯!」
     とつぜん篠介が紅の腕を引っ掴み、墓石の影にその身を押しこめる。
     異変に気づいた小次郎と伊近も明かりを消し、すぐに2人の元へ駆け寄った。
     何があったのかと視線を向ける仲間たちには答えず、篠介は目線だけで、闇の先を確かめるよう促す。
     見えたのは、うごめく複数の影。
     月明かりに鈍く光る、輪状の武器。
     そして振りかえった影の、異貌の仮面。
    「(――羅刹『慈眼衆』!)」
     そぞろ歩いていたのは、1体、2体ではない。
     暗がりに潜む灼滅者たちをよそに、羅刹の仮面集団は墓場周辺に集まりはじめていた。

     複数の『慈眼衆』をやり過ごした墓場捜索班は、すぐに本堂へ向かっていた灼滅者たちに詳細を連絡し、合流を図った。
     捜索開始時に紅が『アリアドネの糸』を使用していたため、8人はすぐに合流。そのまま、敵の動向を見守る。
    「……やはり、『鬼』が出ましたか」
    「なんかちょっと、やばい感じか?」
     琴と紅の言葉に、仲間たちはあらためて敵の気配を探る。
     月明かりの下、『慈眼衆』たちがせわしなく行き来している。
     照明をすべて落としていたため、正確な数はわからない。だが先ほどにくらべ、『慈眼衆』の数は着実に増え続けているようだ。
    「このまま、もっと増えそうな感じだね」
    「……敵の顔は見ましたし、撤退しましょーか?」
     問うように告げる草次郎と蓮司の言葉に、
    「そうですね。西教寺に『慈眼衆』が関わり、なんらかの動きを始めているのは、確実のようです」
     ――今ここで撤退すれば、安全に帰れる。
     小次郎が暗に含め、そう示唆する。
     だが、伊近と璃依は「まだ帰れない」と言った。
    「『勢力』と、『行動』はわかった」
    「でも、『目的』がわからないままだ」
     戦闘を行い、敵の首領を確認できれば良し。
     敵の動きから、アジトなどを発見できればなお良し。
     どちらにせよ敵は数を増しており、もはや8人が墓場を抜け撤退するには『慈眼衆』と一戦交えるよりほかにない、と。
    「これ以上敵が増えるまえに突破するというのは、道理です」
    「そんなら、いっちょやってやりますかねっと」
     小次郎の言葉に応え、紅はビハインド『目隠し鬼』を呼び、自らもスレイヤーカードを手に覚悟を決める。
     学園に情報を持ち帰ること。
     「それが学園の皆や、罪の無い一般人を護ることにも繋がるんじゃから」と、篠介も仲間たちの顔を見渡し、告げる。
    「なにが起きとるのか、確かめんと」
     もしも誰かを置いていくことになったら、きっと後悔する。
     それは嫌だと唇を引き結び、金の瞳を闇へ向け。
     ――叶うなら、皆で帰ろう。
     決意をこめ、スレイヤーカードを夜空に掲げた。


     武器を手にした灼滅者たちは即座に隊列を組み、『慈眼衆』へ挑みかかった。
    「大人しくしていてください!」
     琴の築いた符の攻性防壁が、数体の羅刹を巻きこみ、足止めに成功。
     続く草次郎はためらうことなく己の魂に眠るダークネスへ意識を集中させ、そのサイキックへと手を伸べる。
     ダイヤのスートを浮かべ、みるみるうちに三対六腕を持つ青黒い肌の巨漢へと姿を変えると、
    「テメェら、纏めて喰らっとけ」
     一変して低く響く声とともに、霊的因子を強制停止させる結界を展開。敵を圧しとどめた。
     その隙を逃さず、前に出たのは蓮司だ。
    「……ブチかましますか」
     滅し、夢幻へと誘う剣『幻葬 -煌-』を非物質化させ、慈眼衆「槍鬼灯」へ向け振りかぶる。
     霊魂と霊的防護だけを斬り裂いた敵へ向け、
    「さーて、はじめよーか」
     伊近はさらに追い撃ちをかけるべく、神秘的な歌声を響かせる。
     小次郎は敵が反撃にかかる前に、渾身の力をこめ、足元に杭を叩きこんだ。
    「突破させていただきます!」
     地をはしる振動波が数体の敵をとらえ、体勢を崩すことに成功。
    「ついでだ、もっていきな」
     続く紅が契約の指輪を掲げ、魔法弾を撃ちこんだ。
     ――すんなり撤退できないなら、隙を見て逃走すれば良い。
     胸元を穿たれ、動きを止めた慈眼衆「刀飛猿」を、すかさず璃依の拳が捉えた。
    「そこへ、なおれ!」
     オーラを拳に集束させ、凄まじい連打を撃ちはなつ。
     殴り飛ばされた「刀飛猿」を前に、『慈眼衆』たちは色めきたった。
    「貴様ら、なぜここを悟った!」
    「灼滅者の敵襲あり!」
    「皆の衆、出ませい、出ませい!!」
     戦闘開始と同時に篠介が『サウンドシャッター』を展開してはいたものの、墓場周辺にはすでに10体近い『慈眼衆』が集っていた。
     すぐに灼滅者たちを取り囲み、練度の高い連携攻撃で反撃を開始する。
    「王子!」
    「目隠し鬼!」
     篠介と琴へと向けられた攻撃を、主に命じられたナノナノとビハインドがその身に受けとめた。
     その死角からさらに慈眼衆2体が迫るも、
    「黒鐘」
    「……させるかよ」
     伊近と蓮司が同時に踏みだし、繰りだされた剣と槍とを、受け流す。
     篠介は2人の脇をすり抜け、腕に装着したバベルブレイカーに手を添える。
    (「1人も欠けんよう、最善を尽くさんと――!」)
     すでに傷を負った「槍鬼灯」へ向け、尖烈のドグマスパイクを叩きつけた。
     攻撃を受けた羅刹の肉体がねじ切られ、悲鳴をあげながら灰と消えていく。
     しかし、眼前の『慈眼衆』たちはそれを笑い飛ばした。
    「8人がかりでこの程度とは、笑わせてくれる!」
    「我らもなめられたものよ」
     1体を灼滅した時にはすっかり包囲され、灼滅者たちは逆に、その場に縫いとめられていた。
     琴や篠介の仕掛けた枷は、慈眼衆の連携によってたちどころに解除され、攻め手が欠けていたことが災いし、思うように突破口を開くことができない。
    「倒れるには、まだ早いってな」
    「黙ってやらせるかよ」
     対する紅と草次郎も、清めの風や祭霊光を展開し、灼滅者たちを支え続けた。
     しかしどんなに癒しを重ねたところで、蓄積していく殺傷ダメージを回復することはできない。
     ディフェンダーとして立つ者が多かったこともあり、灼滅者たちは踏み耐えた。だが耐えれば耐えるだけ疲労が重なり、好転しない事態に焦りを覚えはじめた。
     縛霊撃を避けられた璃依への攻撃を、ビハインド『目隠し鬼』が受け止め、霧散して消えていく。
    「こうも数が多くては……!」
     消滅するサーヴァントを見やり、璃依は唇を噛みしめる。
     仲間たちの動きが鈍りはじめる一方、小次郎は『慈眼衆』たちの動きに不審を感じていた。
    「悔しいですが、戦力差は歴然。しかし、俺たちにとどめをさそうともしない。……まるで、どこか手加減しているような」
    「……やっぱり、撤退しましょーか?」
    「攻撃を一点集中すれば、いけるかもしれん」
     敵の攻撃を弾きかえし応える蓮司と伊近に、
    「じゃが、まだ慈眼衆たちの『目的』が――」
     篠介がためらった、その時だ。
    「止めよ」
     腹の底から響くような声に合わせ、慈眼衆たちの攻撃がぴたりとやみ。居ならぶ慈眼衆の後ろから、丸坊主の僧侶が姿を現した。
     体格の良い慈眼衆「槍鬼灯」すら小さく見えるほどの、厳めしい体格。
     額にならぶ、黒曜石の角。
     豪奢な刺繍が施された袈裟からのぞく、巨椀。
     その右腕は、色鮮やかな天女の刺青に彩られていて。
    「灼滅者。我らの『目的』を知って、なんとする?」
     問いかけに含まれる底知れぬ殺気に、灼滅者たちは思わず、息をのんだ。


     気圧された灼滅者たちのなかにあって、真っ先に口を開いたのは草次郎だった。
     異形と化した身をていし、仲間たちの前に一歩踏みだす。
    「テメェが、明智光秀――いや、天海大僧正だってのか?」
    「いかにも、惟任日向守光秀である。そういうお前たちは、武蔵坂の灼滅者に相違ないか?」
     問われ、灼滅者たちはそろって口をつぐむ。
     そして答えない代わりに、璃依は問い返すことで、探りを入れようと試みる。
    「なるほど。刺青羅刹は、情報を共有しているのか」
     その思惑を知ってか知らずか、天海はすんなりと言葉を返した。
    「鞍馬天狗より聞き及んでおる。お前たちは、かの外道丸を討ち取ったのだろう?」
     その言葉に、灼滅者たちは少なからず衝撃を覚えた。
     ――刺青羅刹『鞍馬天狗』と繋がり、『外道丸』の死を知っている。
     となれば、先の戦争での灼滅者たちの行動は筒抜けということだ。
     璃依は腹をくくり、さらに問いを重ねようと決意する。
     もはや撤退し、得た情報を学園へ届けられるかどうかはわからない。だが今を逃せば、こんな好機は二度と巡ってはこないと思えたのだ。
    「そうか。……なら、どうするんだ? 鞍馬天狗の邪魔をした、アタシたちを殺すか?」
     挑発的な言葉を受け、天海大僧正は眼を細めた。
    「それも悪くない。が、ゴッドモンスターを撃破してくれた恩義もある。殺しはせぬよ」
    「そりゃどーも。……しかし、ずいぶん太っ腹じゃないっすか」
     蓮司は『幻葬 -煌-』を構えたまま、疑り深く礼を述べる。
     「殺さない』と言われたところで、相手はダークネスなのだ。その言葉を、鵜呑みにできようはずもない。
    「ゴッドモンスターを阻止しなければ、ご当地怪人どもがこの地をせっけんしていた筈だ。それを思えば、寛容にもなれるというもの」
     鞍馬天狗をあの場にやったのはそれを阻止するためだったと告げ、天海は笑う。
    「それじゃ、率直に聞くけど。お前ら、刺青を集めてどうする気なんだ」
    「刺青のことなら、もはや終わった話よ。我ら刺青羅刹の目的は、『全ての刺青を集める事』。しかしながら外道丸が灼滅されたことで、それも叶わぬこととなった」
     紅の問いに、小次郎が続ける。
    「では、今は協力関係の『鞍馬天狗』とも、いずれは殺しあうはずだったんですか」
    「その通り。だが、もはや刺青は揃わぬ。なれば、むざむざ刺青羅刹同士で殺しあう理由はなかろう。利害さえ一致すれば、互いに協力するもやぶさかでない」
    「刺青羅刹のことで、もうひとつ。……鈴山虎子のことは?」
    「知っておるとも」
     鈴山虎子とは協力しないのかと、伊近が重ねて問えば、
    「あやつはヴァンパイアに下ったはずだ。そんな女を、どうして呼び戻す?」
     一笑にふし、切り捨てた。

    「私からも、ひとつ質問をさせてください。慈眼衆のいう、『大戦(おおいくさ)』とはなんですか? ここに慈眼衆を集めていることと、関係があるのでしょうか?」
     続けて琴が問いかければ、天海は唇を歪め、愉快そうに笑みを浮かべ、
    「ほう。そこまで知っておるのなら、話は早い」
     遠く夜闇の先を見据え、朗々と語りはじめた。
    「この地に戦力を集めているのは、近く行われる合戦のためだ。敵は、先のゴッドモンスターの戦いにも加わらず、力を蓄えておったご当地怪人。『悌』の犬士・安土城怪人」
     天海大僧正の目線の先にあるのは、そう。
     滋賀県近江八幡に存在する、安土城だ。
    「我ら羅刹は、もとより人のなかに生きることを好む。ゆえに、人の世に破壊と革新をもたらす安土城怪人は、我が宿敵であるのだ」
    「慈眼城の連中を外に出して、戦でもするのか?」
     問いかける篠介に、天海は重々しく頷いて見せた。
    「さよう。遠からず、近江坂本を本陣とする我らと、近江八幡を本陣とする彼奴らの間で、大きな戦が起こるだろう。我はこの戦いで、安土城怪人と雌雄を決する」
     つまり、それが羅刹のいう『大戦』だというのだ。
    「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!」
     ダークネス同士が争うこととなれば、その地に住まう一般人たちへの被害も、少なからず出るだろう。
     憤りをこめて草次郎が天海につかみかかろうとすれば、周囲の慈眼衆が一斉に動き、草次郎を地面に組み伏せた。
     天海は慈眼衆たちを手で制し、続ける。
    「お前たちは、このまま武蔵野に帰るがいい。そして、我が伝言を仲間たちに伝えよ。――『安土城怪人は討たねばならない。そして、この時代を破壊し革新しようとする安土城怪人は、我らの共通の敵となるだろう。志あらば、我らとともに、この戦いに加わってくれぬだろうか』」
     そう告げ、慈眼衆たちへ下がるように命じる。
     草次郎を捕えていた慈眼衆が手を放すのを確認し、灼滅者たちも天海から距離をおいた。
     耳にした全てを、信用して良いのかどうかは、わからない。
     だが、想定以上の情報を得たのだ。
     急ぎ学園に持ち帰り、仲間たちに知らせねばならない。
    「伝言は受け取った」
    「でも、あんたらと協力するとは限らないですよ」
     伊近、蓮司が続け、小次郎が進みでる。
    「俺たちはあくまで、『武蔵坂の灼滅者』として行動させてもらいます」
     仲間たちの言葉の最後に、篠介は言葉を選ぶようにして、続ける。
    「じゃが……。戦わずに済むなら、それにこしたことはない。とも、思うておるよ」
     どんな形であれ、争いとなれば何らかの禍根が生まれる。
     避けられる戦いであるのなら、避けるべきだ。
     それが皆や、『日常』に暮らす一般人を守ることになるのだと信じて、篠介は素直な言葉を伝えた。
    「それがお前たちの答えだというのなら、それもまた良かろう」
     天海大僧正はどこか満足そうに告げ、灼滅者たちに背を向ける。
    「我らに、よき導きがあることを願うぞ」
     天海の姿が墓場の奥へ消えていくのに続き、慈眼衆たちも一斉に引きあげていく。
     やがてすべてのダークネスの姿が消えたのを確認し、8人はようやく肩の力を抜き、地面に膝をついた。

     互いの傷を癒し、8人はいそぎ西教寺を後にする。
     手にした情報はあまりにも多く、そして、ダークネスにも、人の世に大きく影響を与えるものだった。
     羅刹の語ったすべてを信じるかどうかは、学園に戻ってから考えれば良い。
    「今は、そろって帰れる幸運に感謝しましょう」
     琴の言葉に、仲間たちは口をつぐみ、頷きあう。
     事件が発生する前に、調査に赴けたこと。
     敵の活動地に踏みこみ、囲まれながらも、戦い、耐え抜くことができたこと。
     そして、敵の首領とまみえながら、全員で帰還できること。
     作戦と偶然、そして奇跡によってこの情報を掴みとることができたのなら。
     ――これ以上『星火』がひろがる前に、手を、打たなければ。

     決意を秘めた灼滅者たちの背を押すように、煌々と照る月の光が降りそそぐ。
     六月。
     まだ梅雨も近づく、暑い夜のことだった。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 70/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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