「お母さん、青いクレヨンなくなっちゃった」
青い目をした子どもが母の袖を引く。
空港の待合室。休暇を終えて海外に帰ろうとしている親子連れの姿だった。
「こっちの色でいいじゃないの」
「それは青緑だよ。水色じゃなきゃ駄目なの。そこの売店にあるかな」
「ひとりで行ってこれる?」
「うん!」
十歳くらいの男の子はスケッチブックを脇に抱えて立ち上がる。その拍子にめまいがした。
「最近調子悪いなー……」
ぼやきながら、青いクレヨンを探しに歩き出した。
「あのね、シャドウの一部が日本から脱出しようとしてるみたいなんだ」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は僅かに首を傾げてみせた。
サイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは日本以外の場所で活動することができないのは周知の事実である。
「日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込んで、そのまま国外に出るつもりらしいけど、そんなことできるのかな。もしかしたらシャドウがソウルボードから弾き出されて、飛行機の中で実体化しちゃう……なんてことになるかもしれない」
最悪の場合、飛行機が墜落して乗客が全滅――そんな可能性もないとは言えない。
「だから、シャドウの撃退をお願いしたいの。狙われてるのは十歳の男の子で、名前をチコっていうんだ」
彼の母国は地中海の国スペイン。
青い空と白亜の外壁が目に鮮やかな、海に囲まれた街並みだ。顔の似た野良猫が行き交い、我が物顔で闊歩する。
そんな光景が広がるソウルボードの中は今のところ、平和だ。特に事件が起こっている節はない。
「ただし、皆がソウルアクセスで侵入するまでの話だよ。当然、侵入を察知したシャドウは邪魔者の迎撃に出るはず。チコくんがいる空港は特定できてるから、うまく声をかけてソウルアクセスするための状況を整えて!」
チコは青いクレヨンを探して母親から離れている。人前で眠らせるわけにもいかないので、少し工夫が必要になるだろう。
シャドウは配下として三匹の猫を連れた青年姿で現れる。ソウルボード内に存在するのはシャドウだけなので、出会えばひと目で分かるはずだ。
猫は甘えるような声ですり寄り、眠りに誘うか自らの傷を癒す。
シャドウの青年は虚ろな瞳で音楽を奏でる――毒やトラウマを植え付けるの音だ。鳥の鳴き声のように高く澄んだ音色のギターが彼の武器である。
「相手の目的が分からないから不気味だけど、失敗して飛行機が墜落なんてことになったら……ううん、絶対にそんなの駄目だよね。出て来るシャドウはそんなに強くなさそうだけど、油断しないで!」
いってらっしゃい、と皆を送り出すのは激励の言葉。
青い空と海に映える白亜の町に潜む闇を、斬りに――。
参加者 | |
---|---|
小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964) |
五美・陽丞(幻翳・d04224) |
淳・周(赤き暴風・d05550) |
ヘキサ・ティリテス(白熱の道・d12401) |
緒方・南(ララバイブルー・d15407) |
八神・菜月(徒花・d16592) |
久条・統弥(槍天鬼牙・d20758) |
野茨・真白(中学生シャドウハンター・d20885) |
●in the dream
「あのー……すみません。ピンクの猫のストラップ落としちゃったんですけど、探してもらえませんか?」
連休明けの空港。
混んでいて、警備員も目がふたつでは足りない。「落し物なら受付で……」と素っ気なくあしらおうとした男は、けれどすぐに思い直したようで、紳士的な態度を取り始めた。
「どこで落としたんですか?」
「えっと、外のロビー、かな? ごめんなさい、フロアの方かも」
「よかったら俺たちも手伝いましょうか」
近くにいた男達が我先にと寄ってくる。
――ラブフェロモン。
小村・帰瑠(砂咲ヘリクリサム・d01964)は彼らからは見えないように、深くかぶり直した帽子の下で小さく舌を出した。入れ替わりで清掃員姿の淳・周(赤き暴風・d05550)がモップとバケツ片手に現れ、最終的な人払いを完了する。
「今から清掃するんで、しばらく入室はご遠慮くださーい」
カラン、といつの間にか扉に下がった『立入禁止』のプレート。
「いまだよ」
旅人の外套で姿を隠していた五美・陽丞(幻翳・d04224)は、そっと成り行きを見守っていた緒方・南(ララバイブルー・d15407)や八神・菜月(徒花・d16592)たちを呼び寄せる。
「よいしょ、と」
ベンチの端に腰かけて、南は自分の膝にブランケットをかけた。「あふ……」と菜月が小さなあくびをこぼしている。
「これ使う?」
「大丈夫」
寝たら起きないかもしれないから、とでも言いたげに菜月は首を横に振った。
「うまくやってくれるかな……」
久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)の呟きに野茨・真白(中学生シャドウハンター・d20885)はびくりと肩を震わせて、それから頷くように顎を引く。
「……大丈夫、です……よね……きっと……」
そのころ――。
「あ、あった!」
青い目の少年は筆記用具を扱う棚に目当てのものを見つけ、破顔した。
「ありがとうお兄ちゃん!」
よかったな、とヘキサ・ティリテス(白熱の道・d12401)は相槌をうってたずねた。
「ソレで何描くンだ?」
「空だよ。青でもだめだし、緑でもだめなんだ」
嬉しそうに会計を済ませた後で、少し足元がふらついてしまう。ヘキサは手を貸してやって、休憩したほうがいいと話を切り出した。
「でも、ママが……」
「少しだけ、な? 顔色悪いぜ」
「うん……」
近くの休憩所に入ると、端に座っていた女性――南が「こんにちは」と声をかけた。
「お兄ちゃん、寒くない? 使って」
「ありがとう」
嬉しそうに少年が好意を受け取る様を、菜月は組んだ膝の上に頬杖をついた格好で眺める。頼りなさげに着物の袖で口元を覆い、少年の様子を見守っていた真白の前で彼はいくらもたたないうちに寝息をたてはじめた。
「まずは第一関門突破だな」
変装を解き、周はカードを指先に翻す。
「それじゃ、いこうか」
帰瑠が促して、陽丞が頷いた。
「ンじゃ、夢の中へ――……」
いくぜェ、とヘキサが気合いを入れてソウルアクセスを発動。繋がる、潜航する。夢の中は青い空と海に囲まれた白亜の町だった。
●白亜の街並み
「う、わぁ……」
綺麗だ、と統弥は素直に感嘆した。
「こんなに青い空、みたことない」
澄む、という言葉だけでは言い表せない。空はまるで水色の絵の具を薄めた水面のようにどこまで引き込むような色彩。そして、海は――……深い。波によって生まれる海面は宝石に似ていて、多角的な輝きを生み出した。
「……海、初めて……みました……」
うっとりとこぼしてしまってから、はっとして真白は口元を両手で覆う。
「……す、すみま、せん……不謹慎、でした……ね……」
「ううん。だって、まるでお伽噺みたいだもん。チコ君、きっと此処が大好きなんだね」
夏の風が帰瑠の耳元に垂れる髪を揺らしていった。
落ちる影すら、青い気がする。
「立ち入っては、いけない場所……」
南の口からこぼれ落ちた言葉。
聖域、という単語が脳裏をよぎった。
鮮やかな太陽が白亜の壁面を照りつけて影を作る。その先を追いかけるように歩いていくと、少し開けた広場に出た。海側に向けて緩やかな円形を描く、テラスのように張り出した高台があった。
にゃぁ。
「猫?」
鳴き声に顔を上げた陽丞は黒い猫がしなやかな動きでベンチの上に跳躍するのを見た。隣には儚げな印象の青年。猫に餌をやっている。
「よォ、退治に来てやったぜ」
ヘキサは真っ向から喧嘩を売るつもりだ。
「…………」
青年――シャドウはそれをまるで無視する。
溜息をついたのは菜月だった。
「前にもいたよね、キミみたいなことするシャドウ。正直めんどい」
「迷惑な事業拡大はやめて欲しいよね」
ジャッ、とエアシューズのローラーで石畳を駆けつつ、帰瑠は指輪を嵌めた指で鉄砲の形を作って見せた。
――先手をとった、制約の弾丸!
「邪魔」
呟くのが早かったか、ロッドの先がある一点を差し示すのが早かったか。
三匹の猫目がけて収束する菜月のフリージングデス。凍てつく脚に悲鳴を上げる喉元を、貫く弾丸。
「――」
シャドウは彼女に負けず劣らず体温の低そうな溜息をついて、ギターをかき鳴らした。耳障りな旋律が作る壁をかき分けるようにして突っ込むのはメンバー中で一、二を争う激しい気性の周とヘキサだ。
ヘキサは見せつけるように中指を立て、初っ端から火力全開。シャドウの足元にすり寄ってその傷を癒そうとする灰色の猫に照準を絞った。
「地獄でも見てやがれッ! オレが直々に蹴り落としてやらァ!」
その気性を具現化したような炎が猫を――否、猫の形をとったシャドウの配下を灼く。
「悪趣味」
ぽつり、と南がこぼした本音。
心を殺してギロチンの刃をその首に落とす。目の前でそれが倒されても、シャドウは表情ひとつ変えなかった。
「貴方は何処へ行きたいの?」
何を探しているの、と言外に問いかける。
「何処にも出られないよ、このままじゃ」
それは誰かの心に隠れないと存在するのもやっとなモノ――自分ももしかしたら、こうなっていたかもしれないモノだ。
「…………」
青年の笑み方は自嘲気味。
陽丞は彼の真意を探るようにその瞳を覗き込んだ。背後に回復の要である真白を庇い、会話を試みようとタイミングを探る。
だが、シャドウはあらかじめ『敵』の話かけには乗らないと決めているかのように、頑なな態度を通した。
嘯くかわりにギターの音色をかき鳴らし、決して激しさはないものの緩やかに攻撃を積み重ねる。
「国内便じゃ駄目なのか?」
もしかしたら、案外と国外に出る事が目的ではないのかもしれない。そんな予想をたてた周は質問してみるものの、シャドウはつれない音色を奏でるばかりだ。
青い空に染みを作る闇の弾丸を、陽丞は片手に提げた細身のクルセイドソードで受け止めた。そのまま利き手を覆う影業によって次第に形を変えてゆく腕――鬼化したそれで、二匹目の猫を仕留める。
「っ……」
僅かに、シャドウが顔をしかめた。
戦場は縦横無尽に駆け巡るヘキサと帰瑠によって、炎と流星煌めく目にも鮮やかな舞台と化していた。
「ケロ様キーック!!」
帰瑠は燃え尽きる猫を飛び越え、ダイレクトにシャドウ本体を狙う。
「悪いけど、野放しにはしてやんないよ」
「あァ、このキレーな世界にテメェの居場所はねェよ!」
閃光の名残を残した脚で駆る、【火兎の玉璽】――エアシューズが纏う炎の軌跡――!!
「そうそう、ヒーローは忙しいんだからな!」
周は両手に纏わせた紅蓮の炎ごと、シャドウに拳を叩き付けた。
足止め、炎、麻痺。
戦いが長引けば長引くほどシャドウにとっての不利が重なる。
「『ヒーロー』、か」
次々とデッドブラスターの弾丸を揃えた両手の上に生み出しながら、ねえ、と南は語りかける。
「手伝ってあげようか」
「…………」
何を、と言わないでもシャドウは何かを察したようだった。
唇を開きかけて、やめる。
すまないね、と言ったような気がした。
「惑わされるわけにはいかないので」
「なんだって? 男の子の心を蝕もうとしてるのはそっちだろ」
螺穿槍によって強化された統弥の、霊刀・陽華――日本刀に持ち替えての居合斬りがシャドウの腕をさっくりと斬り落とした。
顔色ひとつ変えず、体の内から漏れ出た闇で腕の代わりを作る。
そのグロテスクさに真白はもう少しで悲鳴をあげるところだった。すんでのところでそれを呑みこみ、恐怖を歌に変えて仲間の背を押す。
あと、少し……。
紡ぎ続けた防護符はシャドウの音色が封じる禁癒の効果を妨げる。
「……ごめんなさい……」
不思議そうにシャドウは瞬きをした。
「……だって……まだ悪い、こと……していない、です……よね……」
おいおい、と呆れるように八重歯を剥いたヘキサはその牙で親指の皮膚を噛みちぎる。垂れる血がエアシューズに触れた途端、燃え盛る炎と化した。統弥の手元にデッドブラスターの弾丸が形成。露払いのように放たれたそれが、シャドウの闇を貫いた。
シャドウは微かに嗤っている。
嫌な笑みだ、と菜月は思った。うなる影を俊敏に地を蹴って、避ける。
「見えてた。つまんないね」
「…………」
シャドウは語らない。
予言者の瞳に映る、『敢えて』何も喋らないシャドウの横顔。
(「何だ?」)
統弥は疑問に思った。
どうして、このシャドウはここまで会話を拒むのか。
「まるで、そういう命令を受けているみたいな……」
陽丞の言葉に菜月は目を細める。
否とも是とも、その表情からは読み取れない。彼女としてはせいぜい、徒花を咲かせる機会があればそれで構わないのかもしれなかった。
「結局、予測超えてこなかったね」
終わりを悟って、菜月はつまらなさげに呟いた。シャドウは既に撤退の時期を窺っている。もう十分役目は果たしたとでも言いたげだった。
「させるかっ!」
置き土産のように飛来する闇弾を弾く、帰瑠のシールドリング。
その影から飛び出したヘキサのホイールが火力を増して白焔を吹き上げならシャドウの眼前に迫った。
「喰い千切れェ! 火兎の『牙』ァアアアッ!!」
「――!!」
ざっくりと斬り伏される青年の体。
斜めに裂けた肉体から闇が迸る。南はとっさにジャッジメントレイを召喚。輝く審判の光の前に闇は居場所を見失ったかのように消えていった――……。
「遅かったわね」
母親の元に戻った少年、チコはしゅんとうなだれた。
「ごめんなさい」
「あら、でも顔色がいいわね」
「うん。それに、青いクレヨンも見つかったよ。これは買ったやつで、これはもらったやつ」
「もらったって、誰から?」
「えっと、きれいなお姉ちゃんたち。それにね、一緒にいた優しそうなお兄ちゃんが僕の絵褒めてくれたんだよ!」
チコは嬉しそうな顔で言った。
書き置いた手紙には、Te doy un regaloの描き文字がある。
「Gracias por tu regalo!」
少年が笑うのを彼らは遠くから見守っていた。立入禁止の看板も撤去して後は去るばかりだ。
「騙してゴメンな」
ヘキサのつぶやきに真白が頷いた。
「……でも、体調……よくなった、よう……で、よかった……です……」
彼はいつか、あの青い空や海をキャンバスに描くのだろう。
どこまでも澄み深い、故郷の色彩を。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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