俺の嫁が実は女だということを、俺以外は誰も知らない

    ●某男子校における、ある生徒の独白
     俺の名は『馬淵・啓介(まぶち・けいすけ)』。某中高一貫男子校の中等部3年生だ。
     この春、俺のクラスに転校生がやってきた。名前は『蜜賀・薫(みつが・かおる)』
     俺も小柄でやせっぽちだけど、そいつはもっと細くて色白でとっても綺麗な顔立ちの美少年で。
     まるで女の子のよう、という第一印象。

     ­­……その印象は間違ってなかった。

     ある日、俺はちょっとした切り傷で保健室に絆創膏をもらいにいった。するとベッドで薫が寝ていた。気分が悪いんですって、と養護教諭が言ったので、転校生が心配になってカーテンの隙間からちらりと覗いてみたら。
     青ざめた寝顔の下、Yシャツのボタンが上から3つめまで開けられていて、そこから緩められたさらしの布と……立派な胸の谷間が。

     目を覚ました薫は、事情を話してくれた。
     大財閥の長である母方の祖父が、男子でなければ遺産を相続させないと言い張り、薫は男として育てられた。父親が病気で、どうしても遺産が必要なのだ、祖父が亡くなるまで自分は男でいなければならない……!
     薫は泣きながら抱きついてきた。
     どうか、自分が女だということは黙っていてくれ、この学校を無事に卒業できるように守ってくれ。
     さらし越しでも感じる弾力。
     甘い、蜜のような匂い。
     涙でキラキラ光る星のような瞳。
     俺は細い肩を抱きしめ返した。
     わかった、誰にも話さない。君を守り切ってみせるよ……そう誓った。

     今のところ、薫が女だということはバレていない。
     しかし、最近不穏な動きがある。その気のある高等部の先輩たちが、薫に目をつけたのだ。男装の彼女はとびきりの美少年だから。
     今日の放課後、薫はその先輩たちに体育館の裏に呼び出されている。上級生に逆らうと怖いから、一応行くと言っている。
     俺は、こっそりついていく、と薫に言った。
     先輩たちがもし不埒な行動に出ても、絶対守ってみせる。
     そう言うと、薫は薄く涙ぐんで微笑み、俺の手をそっと握った。
     
    ●武蔵坂学園
    「……普通、バレるよね?」
     墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は青い目を点にして言った。
    「ねえ。バレますよねえ」
     呆れた表情で頷いたのは、春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)。
    「ウチの学園だったら珍しくもないですけど」
     とふたりが目をやったのは黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)。湖太郎はふたりを見返すと、不敵にホホホと笑った。
     典は肩をすくめて、
    「バレないのには理由がありまして、この蜜賀薫っていう男装の麗人は、実は淫魔で、闇堕ちの素質のある馬淵くんに目をつけて取り込もうとしています」
     共有の秘密に保護本能。それに淫魔の色香と手練手管が加われば、男子中学生などひとひねり。
     このままではダークネスと化した馬淵は、薫の下僕となってしまうだろう。
    「馬淵くんはすでに闇堕ち寸前です。予知にあった先輩たちの呼び出しで、薫は乱暴をされそうになるんですけど」
     というか、そういう風に薫自身が持っていくわけだが。
    「それを阻止すべく馬淵くんは先輩の中にがむしゃらに突っ込んでいき……闇堕ち、ということに」
    「それは大変だわ」
     由希奈は心配そうに胸に手を当てた。
    「どうにかして止めなきゃ!」
     典は頷いて。
    「このわざとらしい淫魔の演出を利用して説得するか、薫以外の女子に目を向けてやれば、闇堕ちを防ぐことができるかもしれません」
     闇堕ち前に説得もしくは籠絡し、ラブラブゲージを下げて目を覚まさせてやれば、その後に淫魔・薫を灼滅するだけで済む。
    「もし、闇堕ちが防げなかったら?」
    「2体のダークネスと戦うことになってしまいます。そのリスクを考えると、速攻で淫魔を倒してから、馬淵くんの説得もしくは灼滅にかかるという手もあるかと」
     スピード勝負だ。
     馬淵と薫に別々に接触するならば、呼び出された体育館の裏への移動中がいいだろう。馬淵は間をあけて薫を追っていくので、上手く足止めすれば分断することが可能だ。
    「あ、じゃあアタシ、分断や足止めのお手伝いするわね」
     湖太郎が手を挙げた。典は頷いて、
    「それから、説得しつつ体育館裏でわざと合流させ、淫魔に戦いを挑むという作戦もあります」
     馬淵の目の前で、薫を倒す。淫魔の正体を現した薫を見て、馬淵が正気に返るか、それとも闇堕ちしてしまうかは説得次第だが。
    「他にもいい手があるかもしれませんので、皆さんで相談してみてください」
    「わかったわ……ところで、馬淵くんは闇堕ちしたら何になってしまうのかしら?」
    「ソロモンの悪魔です。堕ちてからでは……特に淫魔と共闘となれば、倒すのは大変難しいでしょうね」
    「色々難しいわね」
     由希奈は腕組みをして考えこむ。
    「無理はしないでください。どちらか1体でも倒せれば御の字です。もし逃してしまっても、僕が絶対また予知してみせますから……どうか全員無事で帰ってくることを第一に!」


    参加者
    襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    風真・和弥(冥途骸・d03497)
    黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)
    赤城・シュトレイン(疾雷のレッドソニック・d23596)

    ■リプレイ

    ●謎のメイド
    「馬淵くんだね」
     足早に体育館裏へと向かっていた道中、啓介は高校生くらいの男子の声に呼び止められた。
    「はい、なんでしょ……え!?」
     こんな時に先輩に呼び止められるなんて、と舌打ちしたい気分で声の方に目を向けた啓介は、自分の目を疑った。声の主がメイド服姿なのだ。目を剥く啓介に、メイド男――風真・和弥(冥途骸・d03497)は真顔で。
    「こんな格好で驚いたか? 俺は実は蜜賀家の……」
     かくかくしかじか。立て板に水の説明だったが、蜜賀家……つまり薫の関係者というあたりは啓介も理解できた。
    「お嬢……薫様は我々が保護する」
     くるり、と和弥は啓介の肩を掴むと来た方向に強引に回れ右させ、
    「君のことは薫様から聞いているが、荒事には向かなそうだし後は我々に任せておきたまえ」
     言い聞かせるとスカートをひらひらさせながら走り去った。
    「そうか、薫を守るのは……俺だけじゃないのか」
     驚き覚めやらぬまま、啓介は呟く。
    「――薫が女だって知ってるのは、俺だけじゃないんだ」
     軽くショックだ。2人の秘密なのが嬉しかったのに……。
    「でも」
     啓介は気を取り直して体育館裏の方向に向き直り、
    「守るって、約束したんだ」
     再び足を踏み出そうとしたところに。
    「ねえキミ!」
     男子校では珍しい若い女性の声に驚いて振り向くと、駆け寄ってきたのは女子大生風の綺麗な銀髪の女性――襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)。
    「キミ、高等部の襟裳って知らない? 弟を訪ねてきたんだけど」
     弟を訪ねてきた姉という設定だ。
    「俺、高等部の先輩はあんまり……」
    「そっか、ありがと。ところで」
     岬は小悪魔な笑顔で啓介の腕ににょろりと絡みつき。
    「おねーさん、キミみたいな子結構タイプなんだけど。試しにお付き合い、してみない?」
    「えっ? ええっ!?」
     唐突な告白に啓介は当然ドン引き。しかし腕を振り払わないのは、悪い気はしていないということだろう。岬はウフフと含み笑いを漏らし、
    「用事済ませたらまた来るわ。じゃ、また後でねー」
     投げキッスなどしながら一旦退場。
    「な……なんなんだ」
     啓介は額にだらだらと流れ落ちてくる色んな汗をYシャツの袖で拭き、
    「そ、そうだこうしちゃいられない、薫が……ぐっ!?」
     三たび歩きだそうとした啓介に、
    「きゃあ、ごめんねー!」
     柔らかくてイイ匂いのする物体が体当たりし、押し倒した。

    ●体育館裏
     その頃体育館裏では、そっちの趣味の高等部の先輩達5名が、薫を今や遅しと待っていた……が、そこに現れたのは。
    「ちょっと邪魔ですので、あっちいっておいてくださいなのです!」
    「ウチらはここで大事な用があるの。さっさとどっか行って!」
     語調も顔つきも厳しい女子小学生2人組――イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)と、鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)だ。2人は王者の風を重ねがけして、先輩達を退けようと試みる。
     先輩達はESPとSJたちの迫力に後退った……が、薫の魅力と呪縛のせいか、
    「お、俺たちもここで大事な約束がッ」
    「おおお、お嬢ちゃんたち、どっから入ってきたの? いけない子だね」
     ビビりながらも必死に抗う。
     そこにスッと現れたのは、制服姿の美少年……ではなく柿崎・法子(それはよくあること・d17465)。
    「あっ、キミも可愛いねッ」
    「ホントだ、何年生?」
     先輩たちのKYな褒め言葉をガン無視し、
    「痛い目に遭わないとわかりませんかね?」
    「ぐえっ!?」
     手加減攻撃のパンチを手近にいたひとりのみぞおちに喰らわせ、昏倒させた。サポート隊の夏木・兎衣(うさぎのおもちゃ・d02853)も、もうひとりの背後からチョップを喰らわせて倒す。
    「ひええええっ」
     一瞬にして2人が倒され、先輩達の抵抗はあえなく瓦解、倒れた友人を放って我先に逃げ出した。
     入れ替わりに、サポートの残り3人も姿を現す。
    「コイツらの始末をお願いするのです」
    「逃げたヤツらも、念のためちょっと脅して口止めしておいてもらえるかな?」
    「わかった。任せて」
     シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)と黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)が、倒れた者を軽々と担ぎ上げながら頷いた。今日のシャルロッテは筋肉質の逞しい肢体を強調するサラシを巻いた特攻服姿。さぞかし効率よく口止めできるだろう。
    「馬淵の様子も知らせてもらえると助かるんじゃが」
     珠音の頼みには桐郷・尤史(元美少女研究部特別顧問・d18402)が頷く。
     サポート隊は早速使命を果たしに駆け出したが、離れ際に兎衣が珠音を涙目でキッと睨み付けた。恋愛絡みの事件に彼女が関わることが気が気でないのだ。

    ●モテ期キター!
     地面に倒れ込んだ啓介の目に、広く開けたブラウスの襟元から白のブラジャーが眩しく飛び込んできた。折り重なるようにして倒れたのは、赤城・シュトレイン(疾雷のレッドソニック・d23596)。もちろん転んだのも、ブラウスのボタンが多めに開けてあるのもわざとだから、
    「また転んじゃった。あたしったらドジッ子で-、ごめんねえー」
     口では謝っても啓介の上からは断じてどかない。しかもなにげにラブフェロモンをかけてみたりして。深く薫に囚われている彼にESPは効きにくいが、おっぱいには弱いお年頃、間近に迫る白い胸の谷間から目が離せない。
     啓介が抵抗しないのをいいことに、彼女はそっと啓介の胸に頬を寄せ。
    「受け止めてくれてありがとう。君、意外と逞しいんだね。好きになっちゃうかも」
    「(ええー!?)」
     啓介は心の中で悲鳴を上げる。
    「(何なんだ、さっきの女子大生といい!?)」
     大惑乱の大混乱。更に、そこへ。
    「啓介くん、ちょっとお話があるんです」
     2人の女子が、シュトレインともつれ倒れている啓介を見下ろした。同い年くらいの娘と、少し年上と見える娘。どっちも大層な美少女――墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)と黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)だ。
     まとわりついていたシュトレインは、2人に場所を譲るかのようにアッサリと退く。
    「えと……なんでしょう?」
     真っ赤な顔で身を起こした啓介に、由希奈がまず真剣な顔で語り出す。
    「啓介くん、蜜賀さんが女の子だってバレないの、おかしいと思わないの?」
    「それは上手く隠して……ってか、どうして君たち薫のこと」
     啓介の疑問を遮るように、由希奈は畳みかける。
    「普通、体育の着替えとかお手洗いとかで分かっちゃうよね?」
    「……え?」
     体育……お手洗い。言われてみれば、薫は体育に出席していただろうか。トイレで行き会わせたことがあったろうか?
     言われて啓介は漠然と疑問を抱く。確かにおかしい……?
     続けていちごがずいと前に出て。
    「ね、とっても怪しいでしょう? あんな突然現れた怪しい設定の人に貴方をとられたくないんですっ」
     うるうるの上目遣いで啓介の手を取った。
    「あ、あの、どこかでお会いしましたっけ?」
    「今まで遠目で見ているだけでしたけど、ずっと貴方が好きだったんです。でもこのままだと貴方が遠くに行ってしまいそうで」
     唐突な告白であるが、なにせアイドルオーラを漲らせた美少女、悪い気はしない。しかも、両脇からシュトレインと、いつの間にか戻ってきた岬がにょろりととりついてしなだれかかる。
    「(うわ、すごい……何で、突然こんなに綺麗な女の子ばっかり)」
     女の子の甘い香りに包まれて、啓介は陶然とする。
    「(もしかしてこれがモテ期とかいう……)」
     しかし夢うつつ状態の啓介の胸に、すいと冷たい風が吹き込み、自らの使命を思い出させる。
    「あの……薫のことなんだけど」
     渾身の演技中のいちごをつい睨みつけていた由希奈に、啓介はおそるおそる、
    「今まで女の子ってバレなかったのは……なんか理由があるの?」
     由希奈は慌てて表情を依頼モードに戻して。
    「それは彼女が、ダークネスだからよ」
     
    ●淫魔、出現
    「おや、いないの?」
     甘く中性的な声が響き、体育館裏の灼滅者たちは振り向いた。ひとりの男子生徒がどこからともなく出現していた。小柄で色白の綺麗な顔立ちの美少年……だが、灼滅者には分かった。彼……彼女が、淫魔・蜜賀薫だ。
    「先輩たちはどこ?」
    「先輩方なら別な場所に行ってもらったよ」
     法子が答えながらサウンドシャッターを発動する。
    「馬淵さんがくるまでお話しようなのです。淫魔さん」
     イシュタリアが恐れ気もなく薫に近づいていく。薫も彼女たちが普通の人間ではないということに気がついたようで、剣呑な目つきになる。
     イシュタリアは間近で敵の顔を見上げて。
    「彼を闇堕ちさせてボディーガードにするなんて、誰に入れ知恵されたのですか?」
     淫魔は微かにぎくりとする。
    「なんでそこまで知っている?」
    「さあ? とにかくあなたの思いどおりにはさせないのです」
     のらりくらりとした問答は時間稼ぎ。籠絡隊が啓介をしっかりと此岸へ引き戻すための。
     珠音が薄く笑う。
    「回りくどいことしたね。でも彼はウチらの計画に嵌った。計画は失敗じゃよ」
     淫魔は珠音を睨み付け。
    「そうかな? 啓介は私に夢中だよ。あと一押しで堕ちる」
    「そーでもなさそーじゃよ。彼はモテ期に夢中みたい。法子ちゃん、見せたげて」
     言われて法子はスマホの画面を薫に突きつけた。つい先ほどサポート隊から贈られてきた写メだ。写っているのは、3人の美女(灼滅者だが)にまとわりつかれてうっとりしている啓介の隠し撮り。
    「彼ってばちょろいね。ゆーの魅力、大したことなし?」
     写メを見て、薫の顔つきが変わる。きりきりと目が吊り上がり、頬が紅潮し、眉と髪が逆立つ。
    「な……なんてこと、あんなに時間かけて堕としてきたのにッ!」
     淫魔にスマホをたたき落とされそうになり、慌てて法子は手を引っ込める。
    「許さないッ、浮気者めーっ!!」
     計画が最後の最後で挫折しかけてることにはもちろん怒り心頭だろうが、啓介が灼滅者ごときにデレデレなのも許せないようで。
     薫は怒りに任せガッと地面を蹴って駆け出そうとした……が。
     バシュッ!
     珠音が輝くオーラをその足下に撃ち込み、イシュタリアが高く跳躍して行く手に立ちふさがった。

    ●薄幸の美少女の正体
     ダークネス……灼滅者……。
     体育館の裏に4人の美少女たち足早に向かいながら、啓介は考えこんでいた。由希奈に聞いた話は、彼の世界観を丸ごとひっくり返してしまうものだったけれど、彼は心のどこかで納得していた。それは彼が限りなく闇堕ちの断崖まで近づいていたからかもしれないし、薫の在り方の不可解さを潜在的に感じていたからかもしれない。
     しかしそれでも、啓介はまだ薫を信じたかった。もうすぐそこが体育館裏というところまで来ていたが往生際悪く。
    「あ、あのさ、君たちは薫が淫魔っていうダークネスだって言うけど、でもさっき、蜜賀家の関係者だっていうメイド服の人が来て」
    「そのことだが」
     タイミング良く、しゅたっと彼らの前に降り立ったメイド服。
    「すまん、あれも君を立ち止まらせ考えさせるための作戦だったんだ」
     和弥は啓介に頭を下げて。
    「まず君の幻想にヒビを入れて、彼女らを受け入れ易くしたかったんでね、やむなくこんな格好で」
    「え……あなたも灼滅者?」
    「ああそうだ。戦いは始まっている。見てみな」
     和弥は啓介に体育館の角から裏側をそっと覗かせる。
    「!?」
     突然轟音が彼の耳を襲った。サウンドシャッターの結界……戦場に入ったのだ。
     そして目に飛び込んできたのは。
     すっかりはだけたYシャツに、サラシを押しのけんばかりの爆乳。目は血走って吊り上がり、髪は燃えるように逆立っている。人間離れした跳躍を見せながら、毒々しいピンク色の液体を満たした巨大注射器を、3人の灼滅者相手に振り回している――薫。
     その顔は、確かに薫だった。けれど彼の知っている彼女ではなかった。少なくとも啓介がシンパシーを抱き、守ってやりたいと心底願った、薄幸の美少女はどこにもいない。
     由希奈が囁く。
    「あなた、あんなのに利用されそうになってたのよ」
    「(これが……薫の正体)」
     啓介は思わず地べたにへたりこんだ。その背中をいちごが優しく抱く。
    「啓介さん、大丈夫ですよ、私が守りますから。さあ、皆さんは行ってください」
     4人は頷いて……由希奈だけはいちごをすごい目で一瞥したが……戦場に飛び出していった。

    ●戦闘
    「そりゃ、お待たせだよー!」
     戦場へ飛び込みながら、岬が早速清めの風を吹かせ、
    「RB団員として、人を虜にして弄ぶような輩もリア充も纏めて爆破するのみだ!」
     和弥もヴァンパイアミストを放出しながら前衛へと飛びだしていく。
    「みんな!」
     薫を釘付けにしていた3人が、ホッとした様子で振り向いた。
    「馬淵さんは?」
     法子が毒弾を撃ち込みながら訊く。
    「大丈夫……だと思うよ」
     シュトレインが答えて背後に視線を向ける。半ば体育館の陰になる場所に、すっかりヘタっている啓介と、それをかいがいしく支えるいちごの姿が見える。今のところ、闇堕ちしそうな兆候はない。
    「人数が揃ったところで、思いっきりいくですよー!」
     イシュタリアが張り切ってアイドル風の衣装をふりふりひらひらさせながら情熱的なダンスを踊り、由希奈が踏み込んで杖の一撃を見舞う。珠音はオーラを宿した拳を喰らわせ、シュトレインは体育館の壁面を利用して高く跳び、ジャンプキックを放つ。
    「くっ……」
     鋭いキックによろけた薫は、しゅたりと着地したシュトレインを憎々しげに睨み付け、
    「毒でも喰らえ!」
     注射器のするどい針を向ける……と。
    「――私が!」
     体を入れ、代わって針を受けたのは、いちごだった。
    「いちごくん!」
     由希奈が慌てて駆け寄る。
    「大丈夫? それに啓介さんは?」
    「サポート隊が戻ってきてくれたので、任せました」
     いちごは針を受けた肩を痛そうに抑えながら背後に視線を向けた。見ればサポート隊の4人が馬淵をがっちり囲んでおり、本隊に向けてぐっと親指を上げた。
    「いちごくーん、回復するよーん」
     後衛で岬が指輪を掲げ、いちごのビハインド・アリカが、ぴったりとよりそう由希奈をじろっと見やりながらカバーに入った。
    「よっしゃあ、大義名分つきで他人の恋路を破壊できるのは、RB団としちゃ本望だぜ!」
     後顧の憂いが無くなった和弥は日本刀に緋色のオーラを載せて突っ込み、法子は、
    「馬渕さんは本気で君の力になろうとしてたからこそ、あんなにショックなんだよ! ボクが言える立場じゃないけど、心を弄んだ詰みは重いよ!」
    『無骨な手袋』にトラウマを載せて殴りつける。イシュタリアは可愛らしいポーズを決めながら歌声を張り上げ、珠音は突き出した両手からオーラをぶち込む。
    「お……おのれ」
     集中攻撃を受けて膝をついた薫は、ぎりりと歯を食いしばると、
    「仕方あるまい――」
     跪いたまま夕空を振り仰ぎ、歌い出した。エンジェリックボイスならぬ、サキュバスボイス。今や淫魔の本性丸出しで、薄幸の美少女の面影は皆無だが、それでもその歌声は美しくて……すると。
    「聞き惚れてる場合じゃないよ! みすみす回復させるつもり?」
     岬が最後方から飛びだしてきて、
    「爆乳揉むべし! 慈悲は無い!!」
     嬉しそうに薫の乳をサラシ越しにモミモミ。
    「なにすんねん!」
     当然殴り倒されたが、灼滅者たちは我に返る。
    「一気に行こう、回復させる隙を与えちゃダメだよ!」
     法子が聖剣に炎を宿して斬りかかり、由希奈は拳を固めて敵の懐に飛び込んだ。シュトレインはオーラを撃ち込み、珠音はそっと忍び寄って、
    「残念だったのう、王子様はあの通りじゃ。お姫様は悪い魔女だから、当然じゃがな!」
     せせら笑いつつ、頭をボコボコ殴りつける。
    「きいーっ!」
     淫魔はヒステリー気味に注射器を珠音に向けたが、
    「……うっ」
     もう巨大注射器を支える力は残っておらず、よろめいて地面に崩れ落ちた。
    「行くぞ!」
    「おうっ、なのですっ」
     和弥のかけ声に応じて、イシュタリアが魔導書を開いた。力を封じる光線が迸り、和弥は『風牙』で渾身の一撃!
     ギィヤアァァァ―――!
     耳を塞ぎたくなるような醜悪な悲鳴と共に、青少年の繊細で厨二な心を弄んだ淫魔は、滅び去ったのだった。

    ●アフターケア
    「あとは、彼のアフターケアですね」
     啓介を気の毒そうに見つめるいちごに、
    「いちごくんが、男の子だってちゃんと言おうね?」
     由希奈が微妙に唇をとがらせながら念を押す。
    「わかってますって……帰りにお茶おごりますから、機嫌直して下さい、ね?」
    「んー、じゃいつものショートケーキねっ?」
     啓介には戦い終えた仲間達が早速慰めの言葉をかけているが、かなりうちひしがれた様子だ。無理もないだろう。しかもこれ見よがしにサッサとデートに行ってしまった珠音と兎衣みたいなヤツらもいるし。
    「うふふーん」
     岬がにょろりといちごと由希奈に絡みついた。
    「まぶちー、大ショックだろうねえ、この上いちごくんが実は男の子でしたー、なんて知ったらさ~」
    「や、やっぱそうですかね……どうしよ」
     頭を抱えるいちごであった……。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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