どっきどき代紋アタック! ~羅刹なヤクザ事務所に踏み込んでみよう

    担当マスター:桂木京介

    <オープニング>

     この世界の成り立ちについて話そうとすれば、それはそれは長い話になりそうなのでごく端的にまとめよう。
     長きに渡り、『ダークネス』と呼ばれる悪しき存在は、どろどろぐちゃぐちゃと邪悪に世界を支配してきた。彼らダークネスの力の源こそが『サイキックエナジー』である。しかしこのサイキックエナジーを吸収する装置、その名も『サイキックアブソーバー』の登場により、世のダークネスたちは大混乱に叩き込まれた。かくて世界は、新たな段階へと移行したのである。
     だがこの状態が、長く続くことはなかった。
     サイキックアブソーバーの起動より二十二年が経過した現在、東京武蔵野市を中心とした日本全土で、サイキックエナジーの急激な増加が確認されはじめた。サイキックアブソーバーの所在地は日本である。その原因は判っていないが、このままサイキックエナジーが高まれば、サイキックアブソーバーの機能が乱れ、再び、世界中のダークネスが蘇る悪夢の時代がやってくる可能性がある。
     されど備えあれば憂いなし、そうした事態を予測した対応策もすでに準備されている。
     それがこの学園だ。学園では多数の灼滅者が集いダークネスと戦うための訓練を受けており、サイキックアブソーバーを使いこなすエクスブレインの育成も進んでいる。
     学園に通う灼滅者の一人、それがあなただ。そしてエクスブレインの一人、それがあなたの目の前にいる五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)だ。彼女は美しいがどこか謎めいた瞳であなたと、仲間たちを見ている。
     さあ、姫子の話を聞いてみよう。

    「はじめまして……かしら? 皆さんお揃いですね。それでは説明をはじめますね。今回、皆さんに解決をお願いしたいのは、ダークネスの退治です」
     そう言って姫子は、風に髪をなびかせた。
    「もしかしたらこの中には、ダークネスや眷属と戦った経験を持つかたもいるのではないかと思います。ひょっとしたら、ほとんどの人がそうかもしれませんね? けれど、これまで剣を交えてきたのは、そうした中でも下級の個体であったはずです」
     彼女の語調は絹のようになめらかだが、口にする言葉は聞く者の心を刺激するに十分なものがある。
    「……現在発生している事件に姿を見せているのは、下級の個体だけではありません。それらを率いる中級以上の個体も確認されているのです。ですので見くびったりせず、自分と互角かそれ以上の敵であると考えて対処に当たってほしいのです」
     このように文言だけ書き出すと事務的なようだが、実際はまるで正反対で、姫子の声には、姉が弟妹を気遣うような優しい響きがあった。そのままの口調で、
    「敵は暴力団です」
     こともなげに彼女が告げたので、思わず顔を見合わせた者もあった。
    「いわゆるヤクザですね。『跋怒(ばっど)組』と言う小規模な集団で、組長の自宅兼事務所が拠点となっていて……」
     あまりに急な話なので、本当ですか、と訊き返したものがあった。暴力団事務所に突撃せよというのだ。まるでヤクザの抗争ではないか。
    「ええ、その拠点で戦ってもらうことになるかと思います。相手は、羅刹ですから」
     サイキックエナジーの増加と共に、ダークネスの動きも活発になってきている。それにともない、今まで存在も知られていなかったダークネスたちが活動をはじめたり、存在は確認されていたが積極的な活動を行っていなかったダークネス組織が活発に動き出しつつあるという。
     この『跋怒組』という暴力団もその一つだ。暴力団の名を借りてはいるがダークネスの下っ端組織であり、この跋怒組のボスが羅刹らしい。所属員は普通の人間だが自覚せぬままダークネスの手先にされているというわけだ。
    「羅刹という存在について簡単に説明しておきましょう。羅刹は比較的人間に近いダークネスで数も多くいます。見た目もほぼ人間と同じ。頭から黒曜石の角が生えていることだけが外見上の特長なので、人間社会に溶け込むこともできるし、人間のふりをすることも簡単というわけです」
     作戦目的はストレートかつシンプル、日本庭園のついた組長の自宅兼事務所を強襲し、羅刹を討ち取ることができれば成功だ。
    「目的地は性質上周辺に民家などのない場所ですし少々派手に突入をかけても大丈夫です。羅刹は一体、他には十二人ほど組員がいますが、一般人なのでそれほどの強敵ではありません。やはり警戒すべきは羅刹となるでしょう」
     さてその羅刹であるが、でっぷり肥った組長でも想像するかもしれないが、さにあらず。
    「姐さん……なんですよね、詳しいことは判りませんが、いわゆる組長は隠居同然で姿を見せず、彼女こと『お町』姐さんがここのボスであり組長格のようです」
     彼女の主たる武器は長ドス、要するに長刀使いということだ。剣の腕は変幻自在の達人、しかも、蹴りや払いなどの足技も得意だという。スライディングで転倒を狙うなどの奇襲には注意したい。
    「荒くれ男たちを従えているだけあって、眼光は鋭いし口上も威勢がいいようです。下手に正義を語ったりすると、啖呵を切られて勢いを削がれてしまうかもしれませんね……。ですが逆に、格好良く名乗りをあげたりすれば、逆に相手の機先を制することができるかもしれません」
     といっても舌戦が目的ではない。あくまで戦って制することが主題なので、勇ましく名乗って登場する程度にとどめておくのがいいだろう。
    「私からの情報は以上です。敵地に踏み込みこれを制するという戦闘主体の作戦になりそうですが、仲間同士協力しあって勝利を目指して下さい。成功を祈っています」
     ダークネスとの戦いが、危険をともなうものであるのは言うまでもない。
     だが、誰かがやらなければならないのだ。あなたたちにはそれができる能力と、やりとげる意志があるのだ。
     見せてもらおう。あなたたちの戦いぶりを。
     緒戦を勝利で飾ることができるか。

    種類:
    難度:普通
    参加人数:8人
    桂木京介より
     オープニングを読んでいただきありがとうございました。
     はじめまして、マスターの桂木京介と申します。よろしくお願いします。

     本作は、ヤクザの姐さんをつとめている羅刹を倒すことを目的とした戦闘色の強いシナリオです。
     敵はこちらの襲撃を予想しておらず、特に警戒はしていない状態なので、事務所への侵入方法について頭を悩ませる必要はありません。
     どう戦うか、どのように勝利をめざすかが成否を分ける鍵となります。

     ヒーローよろしく格好いい登場(口上)ができるよう考えてみてもいいかもしれません。登場時にお町姉さんを圧倒できれば直後の展開が有利になることでしょう。逆に、ダメ出しされてしまうような登場だと出だしが不利になる場合もあります。
     仲間との協力についても、必須ではありませんが頭の片隅にでも置いておいて下さい。バラバラに戦っていては出てこない力が、連携によって導かれる場合はままあります。それに、このシナリオがきっかけで生涯の友人が得られる場合だってあるのですから。

     色々申し上げましたが、一番大切なのは『キャラクターになりきって楽しむ』ことだと私は考えています。楽しんで書いたプレイングはしばしば、活き活きとしたプレイングになるものです。プレイングの書き方に迷ったら、自分が楽しいと思うものを選んでいってもいいと思います。

     それでは次はリプレイでお会いしましょう。
     桂木京介でした。

    ●参加者一覧

    草壁・彩夏(d00161)
    小鳥遊・結実(d00647)
    皆守・幸太郎(d02095)
    犬塚・沙雪(d02462)
    近藤・優哉(d02783)
    秋嶋・聡魅(d02651)
    鈴鹿・夜魅(d02847)
    卜部・泰孝(d03626)

    →プレイングはこちら

    <リプレイ>

    ●灼滅者、見参
     遠くから見れば、瀟洒な和風庭園を持つ邸宅である。
     だが近くから見れば、違和感ゴリバリの建物であると気づくだろう。
     まず表札からしていけない。表札というよりは巨大な看板で、『跋怒組』と筆で大書きされているのだ。好意的に「建設会社?」と考えようにも、以下でその好意は台無しであるとわかるだろう。ものものしいシャッターがついた車庫、たぶん防弾ガラスの厚い窓、そして謎の提灯とのぼり、さらにはそこに描かれた代紋……。これぞ暴力団。まさに暴力団だ。それも、なんだかレトロな暴力団だ。
     まず普通の感覚の人なら近づくことすら恐れるその建物に、白昼堂々、連なって訪れた八つの人影があった。しかもそれが揃って、少年少女だというだから凄まじい。ただしこの少年少女はノーマルなボーイズ&ガールズではなく、常人にあらざる力を持つ者たちということも述べておこう。
     彼らは誰だ? 彼らは灼滅者(スレイヤー) 、闇(ダークネス)に類するサイキック能力を持つが、力に溺れず闇と戦う者たちである。
    「ヤクザの事務所を白昼堂々襲撃する未成年連中か……。バベルの鎖とやらがなければ、新聞の一面を飾るだけじゃすまないところだな」
     やや自嘲気味に述べたのは皆守・幸太郎(無気力高校生・d02095)だった。くるりとカールしたくせっ毛が、とりあえずの対策ともいうべきハンチング帽からのぞいている。なんだか眠そうな顔をしているがそれは、この状況にまるで怖じていないという意味でもある。
     それってつまり、と幸太郎の言葉を受け継いだのは、涼やかな目をした近藤・優哉(黒を纏いし天狼・d02783)だ。
    「少々派手に暴れさせて頂いても、問題ないということですね」
     これがデビュー戦という優哉だが、気負わず、逆に油断もせず、闇纏いを帯びた状態で突入の瞬間を待ち構えた。
    「ふー」
     犬塚・沙雪(炎剣・d02462)は一つ深呼吸した。
    「さて、この学校に来て初めての連携戦……ひとつ気張って行く感じ的なー?」
     という彼の口調は軽いが、実際はそれなりに緊張しているようである。けれどもまったくのガチガチというわけでもなかった。沙雪自身がこれまで、灼滅者としての単独活動を重ねてきたという理由もあろう。だがそればかりなくなにか先天的に、彼はこういった場面に慣れているようにも見える。生まれついての戦士といったところか。
     卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)が、それまで結んでいた口を開いた。
    「……おのおのがた、準備よろしいか?」
     年こそ他のメンバーと差はないものの、泰孝はその声も口調も一段、ぐっとトーンが低い。防具の上に高僧の僧服と帽子を着用しており、ひどく痩せ顔も土色という托鉢僧のような風貌だが、眼光だけは強かった。
    「力ある者、迷いなさるな。迷いは恐れ、過ちを生む物。なれば、確固たる意思を持ち、己が道を進むのみ」
     泰孝はぴたりと門に手をつけた。
    「……扉、かくあれども、我らの進む道を遮ること、難し」
    「つまり卜部さん……それって、『ぶっ壊せ』って意味でよろしいですかー?」
     彼とは対照的に生命力に満ちあふれ、眩しいくらいの少女が言った。彼女は秋嶋・聡魅(ライトニングチャクラム・d02651)、くりっとした目と、ポニーテールに編んだ若草色の髪が特徴だ。
    「左様」
     泰孝が重々しく頷いた。
    「じゃあ……行く?」
     草壁・彩夏(中学生神薙使い・d00161)はあまり感情を動かさない様子で告げた。彩夏は巫女だという。そのせいばかりとは言えまいが、どこか神秘的なたたずまいであり、まるでこの世界を別の世界からのぞいているかのように超然としていた。
    「なら……」
     鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)は八重歯を見せて微笑すると龍砕斧を振り上げ、
    「とっとと始めるとするか! 派手に行こうぜ!」
     がしゃんと門の錠前に叩き落とした。ちゃちな錠はたちまち弾け飛ぶ。
     これが彼らの作戦。すなわち、正面突破。小細工せず堂々と乗り込むという方法を選んだのである。
     扉を左右に開くと、目の前には緑鮮やかな日本庭園が展開されていた。
    「うっ……あ……て、てめぇら!」
     敷地内、門のところにいた三下風のヤクザが、怒るとか恐怖するとかより先に、ひたすら狼狽した様子を見せていた。そりゃあそうだわなと夜魅は思う。小さいとはいえヤクザの本拠地に、真正面から白昼堂々、突撃かけてくる連中がいるなどとどうして予想できよう? しかもその戦闘に立つ少女(つまり夜魅)は、ごっつい刃のついた斧を片手に提げているのだ。
     小鳥遊・結実(らけしす・d00647)はぺこりと頭を下げた。
    「こんにちは。はじめまして、討ち入りです♪」
     できるだけ明るく元気に述べつつ、結実は容赦なく魂鎮めの風で三下を眠らせた。
    「ではこれより、問答無用で参ります」

    ●羅刹、登場
     敵地とはいえ、まるで防衛体制の整っていない集団が相手だ。暴力団員たちはまるで地の利を活かせず、いやそれどころか集団行動すら果たせず、面白いように灼滅者たちの前に倒れた。
    「貴方達が六六六人衆なら、一切の容赦はしませんでしたけどね」
     優哉は倒れたパンチパーマ男を見おろしている。手加減攻撃で倒したので男は気絶しているだけだが、あまりいい夢見にはなるまい。
    「あっけないもんだよな。まあ、準備体操くらいにはなったが」
     魂鎮めの風を受け眠る雑魚を、念のため後ろ手に縛りつつ幸太郎は肩をすくめた。なんとも楽な展開だ。連中が弱すぎるのかこちらが強すぎるのか。
     灯籠の脇を通り石橋を渡って庭園を抜け、一行は母屋に踏み込んだ。無論、入ろうとするやパンチおじさんたちの抵抗にあうが、さして苦もなく無力化している。
    「確か組員は、十二人という話よね……」
     静かに告げて彩夏は、ここまでの途上、倒してきた暴力団員の数を計上した。
    「私の計算が正しければ、これで十人……あとは羅刹と、組員二人ね」
    「やっぱボスは床の間に、でーん、と座って待ち構えていてほしいよなあ。様式美の世界ってやつだぜ」
     などと話しながらガラリと、襖を開けて夜魅は面食らった。
     まさにその通りの光景がそこにあったからである。
     床の間に掛け軸、畳敷きの大部屋。なにやらものものしい空間に、着物の片肌を抜いた美女が、片膝立ちで彼らを待ち構えていた。頭から黒曜石の角が生えている。これが羅刹、お町姐さんと見て間違いあるまい。
    「お前ら、正面からこの『跋怒組』を獲りに来るたあいい度胸じゃねえか! 死ぬ前に名前くらい聞いてやんよ!」
     さすがヤクザの首魁、空気がビリビリ震えるほどの声量での啖呵だ。左右に男二人を従えた状態もさまになっていた。美人ではあるのだが、その眼光は槍の穂先のように鋭い。
     だがお町の怒声の余韻も消えぬ間に、負けぬ重低音で泰孝は言い返したのである。
    「我が名は卜部泰孝、衆生一切の迷いを祓うが役目也。主人に盲従、極道たる道を歩む汝らでは、己が道、自ら求め進む我を止める事叶わぬ」
     ずしりと響くその口上に続けて、
    「我は炎剣……」
     すらりと腰の物を抜いたのは、凛とした瞳の少年剣士。
    「……犬塚沙雪、参る」
     ぱん、と竹を割ったように言い括った。普段は軽妙な沙雪であるが、ひとたび戦闘に臨めば、徹頭徹尾真剣になる。
     泰孝と彼の気迫に圧され、団員二人が後じさるのが見えた。
     結実は優雅に、とても優雅に、
    「こんにちは、お町さん♪」
     スカートの両端をちょんとつまみ挨拶をかけつつ、魂鎮めの風を同時にかけた。
     ふらふらと団員のうち右側が、背後の襖にもたれるも、ずるずると滑って討ち死に同様に眠った。
    「やっほー! わたくしは秋嶋聡魅ですのー!」
     今なら言える、とでもいうかのように、さっと聡魅も名乗っておく。
     神々しく、かつ軽やかな歌声が空間を満たした。
     透き通るその歌声は、彩夏によるディーヴァズメロディであった。これが彼女の挨拶状がわりだ。狙いてきめん、残ったヤクザ一名も床に伸びて眠った。
    「ふざけんじゃないよ!」
     さすがは暴力団の女幹部、すさまじく低音のきいた声でお町は吼えた。だが動揺していないと言えば嘘になるだろう。いくらか声が裏返っていた。
    「ぶっ殺す!」
     お町は長ドスを抜き放ち鞘を投げ捨てた。
     鞘が床の間に落ちたそのときには、すでに決戦の火蓋は切って落とされていた。

    ●灼滅者、奮戦
     まっさきに斬り込んだのは優哉だ、
    「私には、貴方がたに名乗る名前などありません。ヤクザ風情に名前を覚えられても迷惑ですからね」
     と言い切って抜刀するや、巧みにお町の長ドスを避け一太刀する。
    「やるようだね……けど!」
     だがお町も、ひらり蝶のように跳躍してこれを避けた。真っ赤な口でにたりと笑っている。優哉の剣は、邸の柱に半ばまで突き刺さるに終わった。
    「……負けないで」
    「ま、疲れんのは嫌いなんでな。とっとと終わらせようと思ってる」
     後衛担当の彩夏が防護符を舞わせ、幸太郎の護りを高めるや、その幸太郎よりサイキックエナジーで武器化した影、すなわち影業が伸びてお町の足首を傷つけた。
     影の次は光、まばゆいほどの光輪を聡魅は射出した。
    「いきますよー!」
     うなりを上げて輪は、空間を翔けお町を掠める。
     影、光と来て次は灼熱の炎、レーヴァテインを発動し斬り込むは沙雪だ。薙ぐように水平に刀を走らせる。研ぎ澄まされた剣尖は、浅いとはいえ姐さんの皮膚を裂いた。
     されどまだ、お町には余裕があるようだ。
    「そんなもんかい? ええ?」
    「瞬時に身を引いてダメージを最小限にしたみてぇだ……さすが羅刹、やりやがるぜ」
     夜魅はそう評しながら、龍砕斧に宿る『龍因子』を解き放ち己が守護を高めた。
     ここで予告もなく、どす黒い殺気が漂い、みるみるうちに戦場を染めた。
    「我が望み、全ての迷いを祓う事のみ。なれば、それに敵味方の区別なし……」
     泰孝は虚空に印を結び、半ば白目を剥きながら一心に念じている。全身の毛という毛が逆立ちそうなこの殺気こそ、彼が導いた鏖殺領域なのだ。
     お町が怪鳥のごとき甲高い声を上げた、柱を蹴って跳躍し、両腕で長ドスを振り下ろす。
     標的は優哉だ。
     しかし、
    「我がいる限り通さん!」
     沙雪が飛び出してこれを自ら受けた。激痛が走るも致命傷にはほど遠い。味方をかばい、その一方で攻撃の威力を削ぐという大技なのだ。
    「さすがです!」
     沙雪を称え結実は、彼が作ってくれたお町の隙にしっかりと乗じた。
    「――そちらが鬼として力を振るうのであれば、私達は人としてあらん限りの力を振るうのみです」
     場合によっては結実は、お町と和解して平和的解決に至る道も考えていた。だがもやはそれは無理、決裂の意を込めて風を喚ぶ。風といってもただの風ではない。凶暴なまでの切れ味を有す風の刃だ。これに巻き込まれお町は、ズタズタズタと立て続けに裂傷を受けて呻いた。
    「お町姐さん、タマ(命)獲らせてもらうぜ。覚悟しぃやぁっ!」
     夜魅もここから本領発揮だ。繰り出す必殺、龍骨斬り。龍の骨とて砕けよう、斧でこれほど強烈に殴られては。
     これを受け片肌脱ぎだった彼女の着物が大きく裂け、胸の谷間がはっきりと見えるほどに露出した。
    「道を選びし者、その選択と未来を見定める事、これこそ我が成す事よ」
     仲間を励まし泰孝は、喚び出す暗黒の影喰らい。恐ろしいトラウマの影が、お町を包む手応えがあった。
    「治しますよ……さあ、痛いの飛んでけー!」
     聡魅の清らかな歌声は、まさしく天使が撫でてくれたように優しく、沙雪を包んでその傷を癒した。
    「勝機はこちらにある……わね」
     彩夏は黙々と自分の職務をまっとうするのだ。もう一枚防護符を投じて、優哉に守りの力を付与した。
    「ずっと気になってたがこの組名、なんつー無茶な漢字を使ってんだ? 流行のキラキラネームってやつなのか!?」
     幸太郎は素朴な問いかけをしつつ、トラウナックルで攻め手に加わる。
    「さて、観念のしどころでしょうか?」
     優哉は言い捨てて黒死斬、剣閃かせ斬りつけた。
     足首を斬られお町はよろめくも足止めはならず、襖をどんと蹴破って後退した。
    「逃げる?」結実が声を上げると、
    「あなたを逃がす気はありません。とっとと死んで頂きましょうか」
     真っ先に優哉が追った。
     だがこれが敵の狙いだった。
    「かかったね! こいつを味わいな!」
     逆にお町はそこから反撃に転じ、畳から火が出るような猛烈なスライディングをかけて、稲妻のように優哉の足に痛撃したのだ。
     ぱっと鮮血が飛び散った。されど優哉は倒れない。
     すぐに幸太郎が逆襲した。
    「まあガッツは認めるが、その程度でうちらが算を乱すと思ったんなら甘いな。ガムシロを足した缶コーヒーみたいに甘い」
     再度トラウナックル。その重い一撃は、「ごっ」と音がするほど深くお町に入った。
    「……畳みかけるべきね」
     彩夏も攻めに転じた。神々しく軽やかな歌をふたたび披露したのだ。眠りを与えられずとも、着実にダメージは稼いだ。
    「お町姐さんって、機敏でまるで踊ってるみたいでしたね。なら、こっちもダンスで対抗させてもらうというのはどうでしょう?」
     結実は踊る。汗を飛ばし身をくねらせて激しく踊る。ただの踊りではない。これは攻撃なのだ。パッショネイトダンス、情熱と死の舞踏。
    「景気づけです!」
     聡魅の背中より炎の翼が出現した。翼は不死鳥の象徴だ。フェニックスドライブが発動して仲間たちの傷を塞ぐ。
    「滅せよ」
     泰孝が静かに一言告げると、再度影喰らいが出現した。
    「こんなもの!」
     なんとかその影から逃れたお町だが、しかれど夜魅が待っていた。
    「タマ(命)獲らせてもらうと言ったはずだぜ!」
     夜魅、滝が逆流しそうなほどの渾身の龍骨斬りだ。お町はこれを見切れず、まともに浴びてギャッと声を上げた。
    「終わりにしましょうか?」
     優哉の顔に影がさした。それは普段紳士的な彼が、隠している真の顔。無情に、冷酷に、彼は居合斬りを放った。抜く手も見せず刀は光を残し、次の瞬間には鞘に戻っていた。
    「こんなもので……こんな程度でっ!」
     お町は逆上したようにカッと目を見開き、長ドスを握った手を振り上げた。その形相! まさしく鬼、しかも死に物狂いの鬼だ。もはや狂気だけが彼女を突き動かしてでもいるかのように、お町はドスを振り回しながら突進してきだ。
     これを見ても沙雪は動じなかった。それどころか彼は振りかぶるや剣を、お町の頭頂から足元まで、真一文字に斬り下げたのである。
    「わが剣に断てぬ物無し!」
     一刀両断、戦艦斬り。
     まるで薪。この一撃でお町は絶命した。

    ●灼滅者、帰還 
     戦っているときは忘れていた痛みや疲れがドッと襲ってきた。されどどの者の顔にも、疲れと共に充実感が見て取れた。
    「ではお先に帰ってますよ」
     ふっと微笑して優哉は真っ先に出ていく、
    「南無……」
     数珠を鳴らすは泰孝、彼も短く祈って背を向けた。
     彩夏は黙祷し、聡魅もそれに倣った。
    「力押しでなんとかなりましたけれど、交渉など、まだいくつか取れる方法があったようにも思いますね」
     晴れやかな表情ながら結実は、この戦いで課題を得たようにも感じていた。
    「うーん、どうだろうな? まあせっかくだから、帰路の道すがらそのことについて話そうか?」
     沙雪はすっかり口調が戻っている。あの戦鬼のような彼とはまるで別人のようだ。
    「それもいいなあ。ま、長居は無用、オレたちも戻ろうぜ」
     夜魅が言うと、
    「だな」
     と言って幸太郎は、尻ポケットから缶コーヒーを取り出したのだった。
    「さぁて、寮に帰ってとっとと寝るとするか」
     幸太郎は缶をパキッと開けた。

     かくて、彼らにとって初となる本格戦闘は勝利をもって終了したのである。

    作者:桂木京介
    重傷:なし
    死亡:なし
    種類:
    難度:普通
    結果:成功!
    出発:2012年8月20日
    参加:8人