<オープニング>
世界は、邪悪なる超存在ダークネスにより支配されている。
この支配に楔を打ち込んだのが『サイキックアブソーバー』によるサイキックエナジーの吸収である。
サイキックエナジーの希薄化により、世界を支配してきた強大なダークネスは活動停止を余儀なくされ、ダークネス組織もまた機能を停止。ダークネス達は大混乱に陥った。
――稼動から22年。サイキックアブソーバーが存在する東京武蔵野市を中心とした日本全土で、サイキックエナジーの急激な増加が確認されはじめた。
このままサイキックエナジーが高まれば、サイキックアブソーバーの機能が乱れて世界中のダークネスたちが蘇るだろう。
日本地域は他の諸地域に比べてサイキックエナジーの濃度が高く、これまでもダークネスや眷属による事件が発生していた。
しかし、これからは今までとは比べ物にならないほどの、大きく、そして凄惨な事件が発生することになるだろう。
――あの悪夢の時代が、再びやってくるかもしれない。
だが、決して恐れる事は無い。
この時の為、学園には多数の灼滅者が集っている。
サイキックアブソーバーを使いこなす、エクスブレインの育成も進んでいる。
事件を解決するために、どうか皆の力を貸してほしい――この世界が再び、ダークネスの跳梁を許す事がないように。
* * *
教室の片隅。
小生意気そうな面構えをした赤髪の少年が、机の上に組んだ足をぶらぶらさせていた。
手に見えるのはルービックキューブ。既に全面を解き終えている。
彼は教室に集った面々を眺めると、口端を引き上げ不適に笑った。
「どうやら揃ったようだな――時が来た!」
彼の名は神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)。中学生になったばかりのエクスブレインだ。
「この頃のサイキックエナジーの増加に伴い、ダークネスの動きも活発になってきているようだ」
今まで存在すら知られていなかったダークネス達。
存在は確認されてはいたものの、積極的な活動を行っていなかったダークネス組織。
その存在を噂されながらも、不確かなものと扱われていた強大なダークネス組織。
それらが共鳴でもし合うかのように、蠢動し始めている。
「何れにしろ世界の支配者たちと戦うことは、大きな危険が伴うだろうな」
手にしていたルービックキューブを机の上に放ると、ヤマトはすっくと立ち上がった。
腰に手をあて、何かを受け止めるようにそっと右手のひらを開いてみせる。
「だが俺たちエクスブレインのサイキックエナジー解析技術にかかれば、お前達の生存経路を導き出すなど容易いことだ」
彼らエクスブレインの未来予測情報を有効に活用することができれば、きっと活路は見出される。これより起こるであろう困難な事件を解決するための、強力な武器となるだろう。
これから先、ダークネスとの戦いは決して避けて通ることができない。――恐らく今回の事件は、この世界の行く末を占うことになる。
「焔焔に滅せずんば炎炎を如何せん――知ってるか? 災いは小さい内に取り除いておくもんだぜ」
ヤマトはそういって皆の前に一枚の地図を広げてみせた。
「サイキックアブソーバーが俺に教えてくれた……波音がお前達を呼んでいる!」
彼が指差した一点は、千葉県は某海岸。
真白な砂浜に茫洋とした蒼の広がる真夏の海。
「ここにお前達の戦うべき相手が現れる。相手は炎の化身・イフリート!」
臨海学校のレクリエーションで集う学生達のキャンプファイヤー。そこに炎の魔獣型ダークネスであるイフリートが現れるのだ。
恐らくは、学生の内の誰かがイフリート化したものだろう。
キャンプファイヤーは砂浜のほぼ中央に組まれている。学生達の多くは、イフリートが現れた折蜘蛛の子を散らすように逃げてゆくが、中には不運にも逃げ切れずその場に立ち往生する者もいる。
「寿命を終える蝶のようにへなへなとその場へ蹲る者がひとり。転倒し怪我を負う者がひとり。よほど大切な友人なのか、それを捨て置けず夜闇に放り出された小鳥のように惑い震える者がひとり。そして――愚かにも夜の海へと飛び込み行き場を失った者が、ひとり」
計四名、それが要救助者の人数だ。
「その学生達を避難させながら、お前達は戦わねばならない」
ヤマトが地図から視線を上げ、一人ひとりの顔を見る。
「イフリートというのは灼熱の炎を纏った獣だ。鋭い角に眼光、尾も鬣も何もかもを燃やし、炎を撒き散らす。正に暴力と破壊の象徴のような存在。元は人間だが、理性も知性も備えてはいない。発生したらただ暴れ狂い、殺して、殺して、殺しまくる――その命が尽きるまで、な」
敵の攻撃を凌ぎつつ、地道にひとりずつ回収するか?
四手に分かれて一気に回収するか?
それとも、誰か囮でも立てて敵の気でも引いてみるか――?
ヤマトはひとつ、またひとつと指を折りながら灼滅者たちにイフリートとのファーストコンタクトの状況を提示してゆく。
「手強い相手だ。だがお前達が確りと力を合わせれば、切り抜けられない状況ではないだろう。闇蔓延る海に風と共に現れ、お前達は学生達を窮地から救い出す。そして、あの忌々しき炎の獣を闇に屠るんだ」
数えていた手を解き、ゆっくりと下ろす。
「敵は一体、だが決して気を抜くな。お前達には隙あらば、その咽喉を喰いちぎらんと襲い来る。それがイフリート……獰猛な炎獣の名だ」
ヤマトはまた不適な笑みを見せると、灼滅者たちに向かいこくりと頷いてみせた。
「さぁ、もういいだろう。俺に構わず進むんだ、『灼滅者(スレイヤー)』! 炎の化身・イフリートを討ち滅ぼし、その手で穏やかな海を取り戻せ!」
そういって教室を出ようとしたヤマトは、不意に足を止めくるりと振り向く。
「おっと、忘れてたぜ。怪我しないように気をつけろよな!」
種類:
難度:普通
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参加人数:8人
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●珠樹聖より
βでこんにちは、珠樹聖(たまき・ひじり)です。
皆様の任務は、臨海学校のキャンプファイヤーに現れたイフリートの討伐。
夜の浜辺での戦闘となりますが、キャンプファイヤーの焚き火が破壊され、燃える木片として方々へ散っているため視界は充分に確保できています。
皆様の手で学生達を救い、炎の魔獣イフリートを倒し、静かな海を取り戻してください。
成功条件:イフリートの撃破
以上、皆様のご健闘をお祈りいたします。
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●参加者一覧
望崎・今日子(d00051)
陽瀬・瑛多(d00760)
加賀・亜祈(d00289)
葛葉・有栖(d00843)
レナ・フォルトゥス(d01124)
不知火・隼人(d02291)
赤威・緋世子(d03316)
迅瀬・郁(d03441)
→プレイングはこちら
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<リプレイ>
●焔獣降臨
ぱちり、焔の跳ねるおと。
薄らと揺れる焔を宿し、陽瀬・瑛多(中学生ファイアブラッド・d00760)は緩く瞬いた。
――緊張する。
鼓動にあわせ指先が震える。瑛多はぐと力を込めて、手のひらを握り締めた。
(「人が殺されるなんて、絶対に嫌だ……俺達が頑張らないと」)
夜天を焼きながら燃えあがる親睦の焔。その灯りの中で、学生達は沸き起る感情のままに言葉と笑みとを交わしている。
両親の仇であるイフリートが現れるときかされた時、迅瀬・郁(ひだまりの詩・d03441)は堪らぬ気持ちになった。
もう二度と、あんな悲劇を起こさせはしない。
この笑顔を守るためにも――学生たち一人ひとりの姿を辿るように、郁は視線を走らせた。
加賀・亜祈(高校生ファイアブラッド・d00289)は確かめるようにぐっと砂を踏み締める。その感触に、彼女は小さく顎を引いた。
(「こんなに早くイフリートと闘えるなんて……」)
葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)はすっと瞳を細める。
自分が持つ力は、誰かを救うために使う。
そう自らの心に固く誓い、有栖は拳を握り締めた。
彼女がふとキャンプファイヤーの焔に視線を走らせた、その時――。
爆音が響き、親睦の焔が散り散りに夜天を舞った。
炎が冷たい砂に突き立てられ、一瞬の沈黙が場を覆う。
痺れるような緊張感。
低く、闇を這うように大地を震わす獣の声が響く。
目の前に唐突に現れたその存在に、堪らず誰かが悲鳴をあげた。
途端に砂浜はパニックと化す。
悲鳴、悲鳴、悲鳴が響く。
学生達が散り散りに逃げた。ばらばらに壊されたキャンプファイヤーの焔が、音を立てて踏み砕かれる。
燃え盛る焔を纏った獣が、びりりと夜天を震わせ咆哮した。
「さて……そんじゃあ、始めますかね。正義の味方のお仕事ってヤツを……!」
バイク用のゴーグルで目元を覆い、不知火・隼人(高校生ファイアブラッド・d02291)が素早く飛び出した。その後を追うようにレナ・フォルトゥス(森羅万象爆裂魔人・d01124)もまた砂を蹴る。
流れに逆らうようなその動きに、イフリートは鋭い角を突き出し突っ込んでいく。
「……っと!」
「きゃあ!」
ひらりと飛び交わした隼人の後ろで、レナがイフリートの体当たりを喰らってよろめいた。
「レナ!」
亜祈は思い切り砂を蹴りつけ飛び出すと、イフリートとレナとの間に割って入る。
体内から爆発的に噴出した紅蓮を宿し、無敵斬艦刀を大きく振り回す。亜祈はそれをイフリートの顔面目掛けて思い切り叩きつけた。
しかし、イフリートの強靭な角がそれをがきりと跳ね除ける。
「アローサル!」
能力を開放した有栖が、日本刀を下に構えて素早く背後に回り込む。足を断たんと鋭く放った斬撃に、イフリートは僅かによろめき背後へ視線を走らせた。
「大丈夫?」
「っ……大丈夫ですわ!」
体勢を立て直すと、レナはきっと顔を上げて再び走り出す。
「これが初陣。好きにはやらせないよ」
巨大な無敵斬艦刀を振り回し、亜祈が短く吐き捨てる。イフリートの撒き散らす焔に、燃えるような灼熱の紅髪が踊った。
「さて、皆……行くぞ」
「へっ、これがイフリートって奴か……燃えてきたぜ!」
縛霊手を構えた望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)、バトルオーラを身に纏った赤威・緋世子(赤の拳・d03316)らが次々イフリートを囲うように布陣する。
今日子の拳から放たれた爆炎が、渦を巻いてイフリートの身体を呑み込んだ。真逆の位置から急接近した緋世子が、焔を宿した縛霊手を脇腹目掛け思い切り振り下ろす。その焔の気配に身を捻ると、イフリートは燃え盛る尾で攻撃を制した。
淡緋の色が獣の尾を這いのぼり、イフリートがぶるると首を振る。
焔を撒き散らしながら両前足を振り上げると、その巨体が有栖の頭上に大きな焔の影を作った。
「うわっ……!」
肌焼く灼熱の焔を見上げ、有栖の蒼い眸が大きく見開かれた。
●疾駆
ぱしゃり、跳ねる闇の雫が紅のいろに染められた。
人ごみを避け、瑛多が波打ち際を駆け抜ける。
彼が真っ直ぐに向けた視線の先には、膝までを真っ黒な海に浸かり、波を受けるたびによろめく少女の姿。
「あぁ……ど、どうしよう」
今にも泣きだしそうな声で、暗闇の向こうを見詰めている。
少女が一歩、闇へと踏み出した。
波裂き駆け寄った瑛多が、少女の腕をぐと掴む。
「そっちはだめだよ」
びくりと身体を震わせ、少女が短い悲鳴をあげる。
恐るおそる振り向く少女に、瑛多は心解れるような明るい笑みをみせた。
「俺と一緒に逃げよ……立てる?」
「うん……で、でも……」
「大丈夫、俺と一緒なら怖くないよ」
落ち着かせるように笑いかける瑛多に、少女はこくんと小さく頷く。
縋るようにその腕を掴むと、肩を震わせながらじっと瑛多を見詰めた。
「こっちきて」
「う、うん……」
足を縺らせ転びかけた少女の身体を支えた瞬間、ずん、と鈍い音が地面を這い響く。
瑛多ははっとして砂浜へと視線を走らせた。
――早く戻らないと。
元来た路を辿るように、彼らは波打ち際を駆けていった。
(「……少し、痛かったですわね」)
レナはイフリートと戦う皆の背をちらと見遣り、砂浜にへたり込む少女の元へ歩み寄る。
「大丈夫かしら? さぁ、こちらに」
「うぅ、怖い……怖いよぉ」
「大丈夫、もう怖くありませんわ」
「でも……でも、私……」
レナの燃えるような赤い瞳が少女の瞳をじっと見据える。
「さぁ、わたしと一緒に参りましょう」
「うぅ……」
彼女の伸ばした手に、少女は恐るおそる震える手を重ねた。
笑み零し、レナが頷く。すっくと立ち上がった彼女に、少女は引き摺られるように砂浜に突っ伏した。
「きゃわ」
「……まぁ」
どうやら腰が抜けているらしい。
レナはぱちくりと大きく瞳を瞬いた。
夜の砂浜を駆る内、郁はひとつの影を見つけた。
(「あれかな……ん?」)
よく見ればその足下にもうひとつ、足をおさえて蹲る影がある。
「は、早く……翔、早く逃げないと」
「っ……くそっ、おまえ先にいけ!」
「でも……!」
「いいから、亮哉!」
懸命に友人の腕を引く少年に駆け寄ると、郁はそっとその腕をとり、ひょいと抱え上げた。
「え? うわ、わぁああ!?」
いきなり姫抱っこをされた少年は、郁の顔を見て青くなったり赤くなったりと忙しない。
「掴まってて」
「で、でも翔が……!」
「大丈夫だよ、すぐに……」
郁がちらと視線を走らせると、計ったかのようにマフラーの影が視界の端を掠める。
「悪い、待たせちまったか?」
「あ、遅刻だよー?」
「正義の味方は遅れてやってくるってな」
マフラーにゴーグルで顔を隠した隼人の姿に、少年達は呆然と瞳を瞬いた。
「おし、じゃあ行くぜ?」
「は!? う、わぁ……っ!」
怪我をした少年をひょいと抱え上げ、隼人はマフラーをなびかせ颯爽と駆けてゆく。
その後を追いながら、郁は腕の中の少年に視線を向けた。
「怖い思いをさせてごめんね……でも、俺たちが来たからにはもう大丈夫。後は任せて!」
「あ……は、はい!」
陽だまりのような笑顔を見せる郁に、少年は何だか緊張したように頬を紅潮させる。
郁は肩越しにちらりと戦場へ視線を向け――イフリートの巨体から撒き散らされる業火を飛び躱し、どっと穿つように地を蹴った。
●焔焔に滅せずんば炎炎を如何せん
「だから、こっちには行かせないってば!」
有栖が日本刀を構えイフリートの巨躯を受け止める。
強烈な衝撃と共、びりびりと震える刀の柄をぐと握り締め、有栖は思い切り砂を掻いた。
「気のせいかな……さっきからどうも私に突っ掛ってくるよね?」
「アレの好物でも持ってんじゃねぇの?」
「……好かれたか」
「有り得るね」
「持ってないしお断りだよ! ……もしかして、これが痛いとか?」
圧されるがまま、有栖は踝の辺りまでずぶずぶと砂に埋もれる。
歯を食いしばりながらその攻撃を凌ぐと、素早く切っ先を反転させ反撃に出た。
「黒死斬!」
ふっと身を低めて斜に滑り込み、死角から思い切り刀を振り上げる。
深く刻まれた一撃にボッと焔が噴出した。焔に捲かれ足元から転がり出た有栖を援護し、亜祈、今日子、緋世子らが、幾分動きの鈍ったイフリートへ次々攻撃を仕掛ける。
「当たりかしら」
「反応がいいのは確かだ」
「ならやっちまうか?」
熱り立つ焔の獣がどかりと砂を蹴りつける。
猶更激しく焔を吹き散らし、イフリートは口内に溜め込んだ灼熱の焔珠を思い切り地面へと吐き出した。
爆散する焔に、灼滅者たちは身構える間もなく一気に呑まれる。
ずんと足を踏み鳴らして咆哮すると、イフリートは続け様に焔を溜め込み始めた。
その瞬間、脳天に縛霊手が振り下ろされ、霊力の網が巨躯を絡め取るように伸び広がった。
くるりと宙で身を捻り着地した影が、慌てたように周囲を見回す。
「皆、大丈夫!?」
息を切らしながらも逸早く戦場へと戻った瑛多に、口の端を拭いながら立ち上がった緋世子が唾を吐き捨てる。
「ちっ……やっぱつぇぇな! だけどこっちも負けられないんだよ!」
燃える緋世子に感嘆しつつ、瑛多は改めて縛霊手を構えた。
「遅くなっちってごめん」
「いや、いいタイミングだった」
武器を支えに今日子が立ちあがる。
「じゃあ俺達もいいタイミングだね」
「おう、今度こそタイミングばっちりだぜ!」
郁の打ち出した光の刃と、隼人の放つ風の刃が激しく渦を巻きながらイフリート目掛けて突っ込んでいく。
今日子が二人に頷きポジションを変えると、灼滅者たちは一気に攻勢へと転じた。
裂帛の叫びを上げ跳ね起きた有栖に続き、亜祈が斬艦刀を大きく振りかぶる。
「さ、ここからが本番だよ」
「うらぁぁああ! 砕け散れええ!!」
緋世子が両手に宿らせたオーラを振り抜くように打ち放つ。
「おい、聞こえているか……? お前にだって心配してくれる友人や家族がいるだろう、ダークネスなんかに支配されるんじゃない。こっちへ戻ってくるんだ……!」
今日子の語りかける声に、イフリートはぐるぐると咽喉を鳴らし焔を躍らせる。
「レナ・フォルトゥス、今、行きますわ!」
遅れて合流したレナが、自らに戦神降臨を施し戦線へと加わった。
イフリートが咆哮し、再び溜め込んだ焔の珠を吐き散らす。爆散する紅蓮に焼かれ、前衛陣は僅かに後退った。
「皆、行くよ!」
瑛多が地を蹴りイフリートへと躍りかかる。その後を追い、郁の光の刃が闇に軌跡を描き出す。
隼人の巻き起こした優しい風の中を、レナが疾駆する。血肉の総てを討ち断たんと地を蹴り跳躍したレナが、焔獣目掛け無敵斬艦刀を思い切り振り下ろした。
とんと軽く蹴り飛んだ有栖の姿が、闇の最中に掻き消える。
「ティアーズリッパー!」
死角に入り込んだ有栖の日本刀が、深く焔の獣の懐の奥へと突き立てられた。
一気に振り抜き撒き散らされた炎の中を、亜祈、今日子、緋世子らが己が武器を握り駆け抜ける。
亜祈の全力が故に大振りな一撃を、イフリートが寸でで退き交わす。着地した瞬間、その両脇腹に鍛え抜かれた二人の強烈な拳が突き刺さる。
イフリートが慟哭するように悲鳴を散らし、焔と共にぐらりよろめいた。
「う、わ……!」
それでも尚突っ込んでくるイフリートの巨躯に、瑛多は僅かに顔を引き攣らせて回避を試みる。僅かにかすった角先に身を捻られる。
ぐらりと身を揺らす瑛多に、隼人が素早く反応した。
「大丈夫か、瑛多!」
隼人の指先に集められた霊力が解き放たれ、瑛多の身体を包みこむ。
「ありがとー!」
「熱い戦いは好きだがそろそろ締めも必要だよな! そろそろ決着と行こうぜ!」
「そうですわね、そろそろトドメをさしますわよ!」
「……だね」
指先で素早く十字を刻む瑛多の傍らを、郁が駆け抜ける。
灼熱宿す光の刃が、その懐深くに突き立てられた。それと同時、生み出された深紅の逆十字がイフリートの身体を引き裂いてゆく。
闘気を雷へと変え、緋世子が拳を振り上げる。仰け反った焔獣の脳天目掛け、レナが無敵斬艦刀を思い切り振り下ろした。
ぐらりと傾いたイフリートを真っ直ぐに見据え、焔を込めた縛霊手を手に今日子が身構える。その傍らで、有栖は刀を鞘に納め、低く腰を落とした。
次の瞬間。
剣閃が閃き、灼熱が空を裂く。
総ての音が止み、焔獣がぴたりと動きを止めた。
きんと、刀を鞘に収める音色が響く。
鈍く、重い音を響かせイフリートが頽れた。
爆発的に燃え上がった焔が、一瞬にして収縮し、すっと闇に溶けてゆく。
消えゆくその姿に、今日子は僅かに眉根を寄せる。
――助けられるなら、助けたかった。
その想いは届くことはなく、命の焔は闇の天へと消えていった。
●静寂に
イフリートの姿が掻き消えると、瑛多はへちょりとその場にへたりこんだ。
「か、勝ったー」
「瑛多、大丈夫?」
言葉少なにそう問いながら、亜祈は戦滓を払った巨大な鉄塊を佩く。
「戦いは始まったばっかだけどな……ま、今は喜んでもいいだろ!」
緋世子は一転し相好を崩した瑛多に、にっと笑み返した。
「これからは、これが普通になるんだな……」
「ええ……イフリート、強敵でしたわね」
お守り代わりにと身につけた想い人の制服に視線を落とし、今日子が砂埃を払う。その横で、レナはふぅと小さな吐息を零した。
(「遺体すら残らないなんて……」)
イフリートの消えた痕へ視線を落としていた有栖は、ふと顔をあげ周囲を見回した。教師に事の次第を伝えるべきかと思いはしたが、それらしき影は見当たらない。
「みんな大丈夫? 怪我とかない?」
「あ……ありがとう」
制服を叩ききれいにしてくれた有栖に、今日子は小さく礼を述べた。
郁と隼人は、救助した学生たちを逃がした辺りまで足を運んでいた。
月明かりに浮かぶ幾つかの人影に、郁はふと目元を緩ませる。
「良かった、まだここに居てくれたんだ?」
「あ、さっきのお兄さん!」
郁の声に、友人に寄り添っていた少年がすっくと立ち上がる。
「この世界には裏があるんだ……もう余り、関わらない方がいいぜ」
隼人の口元を覆うマフラーが、ばさりと風に舞い上がる。砂浜にたなびく影。ゴーグルが月明かりを弾いてきらりと夜天に煌めいた。
学生たちが、ぱちくりと瞳を瞬いた。
「あ、あの……」
「もう大丈夫だよ」
ふわりと陽だまりのような笑顔を零した郁に、少年が駆け寄りその手を取った。
「さっきは、その……ありがとうございました!」
「うん。みんな、これからも元気でね」
――もう二度と彼らが事件に巻き込まれぬよう、願いを込めて。
どこか活き活きと瞳を輝かせ自分を見詰める少年に、郁はふと笑みを深めてその手を握り返した。
作者:珠樹聖
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重傷:なし
死亡:なし
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種類:
難度:普通
結果:成功!
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出発:2012年8月20日
参加:8人
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