道化は囁く~悪夢遊園地

    担当マスター:志稲愛海

    <オープニング>

     世界は、邪悪なる超存在ダークネスにより支配されている。
     この支配に楔を打ち込んだのが『サイキックアブソーバー』によるサイキックエナジーの吸収である。
     サイキックエナジーの希薄化により、世界を支配してきた強大なダークネスは活動停止を余儀なくされ、ダークネス組織もまた機能を停止。ダークネス達は大混乱に陥ったのだ。

     しかし、サイキックアブソーバーが動き出してから22年が経過した今、サイキックアブソーバーが存在する東京武蔵野市を中心とした日本全土で、サイキックエナジーの急激な増加が確認されはじめた。
     このままサイキックエナジーが高まれば、サイキックアブソーバーの機能が乱れ、再び、世界中をダークネスが跳梁跋扈する悪夢の時代がやってくるかもしれない。
     日本地域は、他の諸地域に比べてサイキックエナジーの濃度が高く、ダークネスや眷属の事件も発生していたが、今回のサイキックエナジーの増加により、今まで君達が解決してきた事件とは比べものにならない程に大きな事件が発生していくと予測されている。

     しかし、恐れる事は無い。
     この時の為に、この学園には、多数の灼滅者が集っており、サイキックアブソーバーを使いこなすエクスブレインの育成も進んでいる。
     この世界が再び、ダークネスの跳梁を許す事が無いように、皆の力を貸して欲しい。


     キラキラと宝石を散りばめたように煌きながら、ゆっくりと動き始めるのは。
     くるりくるりと廻る――メリーゴーラウンド。
     小さな弟を白馬の上に乗せた後、その隣の馬に自分も乗った……はずなのに。
    「……なっ!?」
     少女は刹那、巡る景色に大きく瞳を見開く。
     それと同時に耳をくすぐるのは、誰かの囁き声。
    『紗矢ちゃんはしっかりしているから、弟の面倒をきちんとみていられるわよね?』
    『みんな紗矢ちゃんのこと、すごく頼りにしているのよ?』
     ……わたしがちゃんと、小さな弟をみていなければ、いけないのに。
    「止めて、弟が……!」
     瞳に映るのは自分が巡ってくる度にメリーゴーラウンドの柵の外から手を振る、弟の姿。
     白馬に乗せてあげたはずなのに、何であんなところに。
     いや、早くわたしも降りなければ、小さな弟が迷子になってしまう。
     だから……早く、止まってくれ……!
     だが焦る少女を後目に、延々と廻り続けるメリーゴーラウンド。
     そして。
    「! 行ってはダメ……ダメだ!」
     ぐるぐる眩暈がするほど巡る景色に響く、少女の声。
     でもその声が聞こえないのか。風船を持ったピエロに手を引かれ何処かへと歩き出す弟。
     そして――小さな弟を連れ去りながら、ふと振り返ったピエロが。
     ニイッと不気味に、少女に笑む。

     ……ダメ、行ってはダメだ……!!

     廻り続けるメリーゴーラウンドの白馬の上で、少女は必死に手を伸ばすも。
     ピエロの口が不意に動くと同時に、また耳元で、あの囁き声が聞こえる。
    『紗矢ちゃんはしっかりしていて、とっても頼りになる子だから……まさか弟を迷子になんて、させないよね?』
     彼女の見ている、メリーゴーラウンドの夢。
     でも、夢は夢でも――これは、悪夢。
    「……っ!! う、く……あぁ……っ!」
     バサバサと夏の夜風に揺れるカーテンの隙間から差す月光が。
     悪夢にうなされる少女を怪しく抱く蒼き光と、じわり混ざり合う。


    「人間がダークネスとなる事。現在灼滅者である皆さんもまた、ダークネスとなる可能性を秘めているのです」
     ――それが、『闇堕ち』。
     皆さんも『闇堕ち』についてはご存知かと思いますが、と。
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はペンギン柄のファイル片手に、集まった灼滅者達を見回す。
     灼滅者がダークネスとなる『闇堕ち』は、学園での生活を通じてその可能性を減らす事ができる。しかし、それを完全に防ぐ事は難しいのが現状だ。
     闇堕ちしたダークネスは、使役眷属を含め、灼滅者であった頃と比べて10倍に近い戦力を有している。これは、現時点で活動しているダークネスの中でも、中位以上の戦闘力といって良いだろう。
    「今回闇堕ちした学生は5名です。それぞれダークネスとなり事件を引き起こそうとしていますが。今ならばまだ、ダークネスとなる運命から救い出す事ができる筈です」
     姫子はあるひとりの学生の写真とデータを机に並べ、続ける。
    「皆さんに救って欲しいのは、この子……学園の小学4年生、綺月・紗矢(きづき・さや)さんです」
     年齢の割に大人びた雰囲気の、凛とした印象を受ける少女。
    「彼女は学園のシャドウハンターなんですが。酷い悪夢を見て、シャドウ化してしまうのです。ですので、紗矢さんを悪夢から覚まさせて助けてあげてください。これは、何らかのシャドウによる彼女の精神世界(ソウルボード)への攻撃なのかも知れませんが……とにかく今は、『闇堕ち』した紗矢さんを助けることが先決です」
     悪夢にうなされている紗矢を起こし、シャドウ化している彼女をKОすれば、恐らく元の灼滅者に戻せるだろう。
     だがシャドウ化している紗矢は、その身の丈よりも大きなバスターライフルを得物に、元のシャドウハンターのようなサイキックで襲い掛かってくる。
     闇堕ちしたダークネスは灼滅者であった頃と比べ戦闘力が格段に高くなっているので、油断せずに彼女を倒して欲しい。
    「紗矢さんは見た目通り、年齢より少し大人びたしっかりさんで、真面目で使命感の強い子なんですが。過去に世話を任された弟が遊園地で迷子になってしまった記憶につけこまれ、幼い弟が目の前で連れていかれる悪夢を見せられて、シャドウ化してしまっている様です」
     紗矢は今、夏休みを利用して、単身で九州の祖母の家を訪れているのだという。
     祖母宅は田舎にあり、家の窓などに十分な戸締りもされていない。祖母も紗矢とは離れた部屋で寝ているというので、余程派手な行動をとらなければ、侵入し事に及ぶことは容易いだろう。
     悪夢にうなされている紗矢を起こし、シャドウ化した彼女を倒して、ダークネスとなる運命から救ってあげて欲しい。
    「いくらしっかりしていて年の割に大人びているという紗矢さんでも、年相応の小学生の女の子です。そんな彼女を、悪夢からどうか解き放ってあげてください」
     よろしくお願いしますね、と。
     ペンギンさんファイルを閉じた姫子はそう微笑んで、灼滅者達を送り出す。

    種類:
    難度:普通
    参加人数:8人
    志稲愛海より
     学園の灼滅者の皆様、初めまして。
     β版シナリオのひとつを担当いたします、マスターの志稲愛海です。
     どうぞよろしくお願いいたします。

     今回は、『闇堕ち』してしまった学園の5名の灼滅者の一人、綺月・紗矢(きづき・さや)を救ってあげてください。

     紗矢はしっかり者で真面目で使命感の強い、小学4年生の学園のシャドウハンターな女の子ですが。
     悪夢にうなされ、シャドウ化してしまっています。
     急ぎ、夢を見て苦しむ紗矢を起こし、シャドウ化して襲いかかってくる彼女を倒せばきっと元の灼滅者に戻るでしょう。

     紗矢が現在いる祖母の家は、窓の戸締まりが十分にされておらず、侵入は難しくはないかと思います。また、祖母の寝室と紗矢のいる部屋は離れているため、余程ひどく暴れたりしない限り、気づかれることはないかと。

     今回戦う相手は『闇堕ち』した紗矢のみですが。
     『闇堕ち』したダークネスは灼滅者であった頃よりも格段に戦闘能力が上がるため、油断は禁物です。
     紗矢の得物はバスターライフルで、シャドウハンターのもののようなサイキックを使用してきます。

     それではダークネスとなる悪夢の運命から。
     学園の仲間を救ってあげてください!

    ●参加者一覧

    史央・柚(d01401)
    静咲・きすい(d00134)
    緋島・霞(d00967)
    マリアローザ・アモウ(d01782)
    由井・京夜(d01650)
    星野・えりな(d02158)
    御門・良也(d02800)
    五十嵐・道実(d04823)

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    <リプレイ>

    ●月の道
     田舎の夏の夜は、思うよりもずっと賑やかだ。
     虫の羽音や蛙の鳴き声に、草木が生い茂る独特の匂い。
     そして夜道を歩くのに不自由はしない。
     都会では気がつかない、淡くて眩しい月光が往く道を明るく照らしているから。
     極稀に遠くを走る車のライトが見える程度で、自分達以外の人の姿は見かけない。
     いや……むしろ今は、それが好都合。
    (「綺月紗矢とはなんとも真面目な子だなー」)
     小学校中学年にしちゃしっかりしすぎちゃいないか? と。
     仲間を頼りに後ろからついて歩いていた静咲・きすい(けだるげシャドウ・d00134)は、円らな灰を帯びた緑色の瞳を目の前の一軒屋へと向けて。
    (「世話を任せられた弟が目の前で連れて行かれる夢か……真面目で使命感が強い分余計辛いんだろうな」)
     御門・良也(高校生シャドウハンター・d02800)も極力音を立てぬよう、仲間と共に一軒屋の敷地内へ足を踏み入れながら。
    (「そんな悪夢からは一刻も早く解放してあげないとね」)
     そっと周囲を窺う様に、柔和な印象の青い目を細めた。
     この場所を訪れた理由、それは――綺月・紗矢という少女を救うため。
     自分達と同じ学園の灼滅者であるという彼女は今、闇堕ちしシャドウ化しているのだという。
     そんな彼女を元に戻す方法。
     それは文字通り、ダークネスとなったその身を『灼滅』してあげる事。
    (「私も闇堕ちした事があります……ですからその時のつらさも少しは分かってるつもりです」)
     緋島・霞(緋の巫女・d00967)は、そう緋色の瞳を一瞬だけ伏せるも。
     すぐに顔を上げ、未施錠である大きめの裏口の窓を見つけて。
    「絶対に助け出しましょうね……!」
     仲間達と、視線を交わ合う。
     初の実戦に緊張気味なマリアローザ・アモウ(中学生エクソシスト・d01782)も、ビハインドのひーさんと並んで、月に照る金色の髪を揺らしながら。
     紗矢さんを悪夢から解放してあげないと! と、揺れるカーテンのその奥を見遣る。
     灼滅者やダークネスが身に纏う『バベルの鎖』。
     この体表を覆う永続型な結界膜の作用により、自分達の行動が過剰に世に伝播する事はない。
     だがこれはあくまでも情報が広まらないというもので、一般人と出会えばその記憶には残る。
     そのため、極力音を立てぬよう配慮しつつ行動に出る灼滅者達。
     順に窓から侵入をはかる仲間達の姿を、気弱な印象の表情で見遣りながらも。
     最後に窓枠へと足を掛けた史央・柚(皐に眠る白の欠片・d01401)は、煌々と降る月光を避けるかの如く身を隠すように、大きなコートをばさり靡かせて。
     警戒を怠らず機敏な動きで家屋内の闇に身を投じた後、おどおどしながらも皆に続いた。
     それから、ギィッと軋む廊下を慎重に歩いていた灼滅者達は。
    「……!」
     一斉に、その顔を上げた。
     静寂の中、最奥の部屋から聞こえるのは――苦しそうな呻き声。
     慌てず、だが素早い動きで、声がするその部屋の扉を開けた8人は。
    「うく……はぁっ、うぅ……あ、あぁ……ッ!」
     悪夢にうなされ悶え苦しむ紗矢を、見つけたのだった。
    (「毎日悪夢に魘されるって言うのも考え物って奴だぜ??」)
     身を捩らせ、苦悶の表情を浮かべた少女に、五十嵐・道実(中学生シャドウハンター・d04823)は首を振って。
    (「折角の遊園地の夢なのにさ、悪夢なんて面白くないよ!」)
     楽しくもないし~と紗矢を見遣る、由井・京夜(道化の笑顔・d01650)。
     楽しいはずの夢の遊園地は、彼女にとっては、心を苛む悪夢そのもの。
     だから。
    (「こんな悪夢終わらせないとね」)
    (「綺月紗矢! ンな事より楽しい事があんだ!! おめぇさんが終わるには早すぎる!」)
     巡る悪夢は、もうこれでお終い。
    「紗矢さん、起きて下さい。助けに来ましたよ」
     予め陣を敷き、きすいがひょっこり後ろから覗き見守る中。
     ビハインドのお父さんを伴い、歌うような声で紗矢を優しく起こす、星野・えりな(スターライトメロディ・d02158)。
     ――そして。
    「……っ、ん……」
     ゆっくりと、紗矢がその瞳を開く。

    ●夢の深淵
    「……誰?」
     おもむろに身体を起こし小首を傾げながらも、まだ眠そうに目を擦る紗矢。
     そして澱んだ紫の瞳が、ぐるり皆を見回した――刹那。
    「!!」
     光のない両の目を細め、ニイッと不敵に上がる口角。
     同時に、彼女の胸にボウッと浮かび上がるのは――魂を闇堕ちへと傾けるシャドウの象徴、青きスペードの紋様。
     ジャキンッとバスターライフルを構え力を漲らせ、今度は狂ったように笑い出す紗矢。
     年の割に大人びた、凛とした雰囲気のしっかり者……そんな印象は、目の前の彼女からは欠片も感じない。
     元の人格の消失。それが、彼女がシャドウ化している事を克明に物語っている。
     庭に誘い出し戦えないかと逡巡するえりなであったが、既に先手を取った紗矢は戦闘態勢に入っている。
     幸い広さは十分にある、物の少ない和室。
     極力周囲に被害を出さぬようこの場で戦うほかはなさそうだ。
     チャキッと大きなコートの袖から無駄のない動きで素早くガンナイフを取り出し、構えた柚は、瞬時に紗矢へと照準を合わせると。
     心の深淵に潜む想念を集め、漆黒の塊と化した弾丸を撃つべく、躊躇なく引き金を引く。
     同時に、京夜の手から解き放たれた封縛糸が差す月光を纏いながら、紗矢の身に纏わりつかんと輝きを放って。
    「攻撃が当たらなきゃ意味が無いですからね」
     その隙に、バベルの鎖をその瞳へと宿し、戦闘態勢を整える良也。
     そして月の光に伸びる影が、ふいに揺れた瞬間。
    「さっさと終わらせて帰ろう」
     きすいの成した影がやる気のない言葉とは裏腹に、紗矢を喰らうべく彼女の小さな身体を包み込まんと牙を剥いた。
     さらに、一瞬影に覆われた室内に光った深紅がダイヤの形を成して。
    「闇堕ち相手にゃフェアじゃねぇしな!!」
     胸に手を当て覚悟を決め、闇堕ちへと魂を傾け、持てる力をより引き出さんとする道実。
     兄と妹が居る道実にとっても、少し思う所がある今回の事件。
     闇堕ち相手には闇堕ちでと、一瞬考えを巡らせた道実ではあったが。
     闇堕ちし能力が上がった紗矢に立ち向かうのは、ひとりではない。仲間が一緒だ。
     それに闇堕ちは、しようと思ってもそう簡単にできるものではない。
     もしも窮地の事態となれば、闇堕ちをも恐れぬ覚悟はできているが。
     今回の目的は、紗矢を……仲間を、闇堕ちから救い出す事だ。闇堕ちを選択する必要は、まだ今はないだろう。
    「大丈夫です、必ず貴女を悪夢から解放します!」
     そう紗矢に声を掛けつつ、同時に攻撃を仕掛けるひーさんの背中を見守りながら。
     悪しき夢を祓うかの如く鋭い裁きの光条を繰り出す、マリアローザ。
     さらに、えりなとお父さんも続き、歌姫の如き神秘的な歌声が戦場に満ち溢れて。
     旋律響く中、唸りを上げ繰り出されるのは、霞の鋼鉄拳。
     だが、シャドウ化し能力が数倍に跳ね上がった紗矢は灼滅者達の繰り出すサイキックを弾き飛ばし、霞の拳を掌で確りと受け止めてから。
    「みんな……死んじゃえ!!」
     キャハッと据わった瞳で笑い、巨大なバスターライフルを軽々と構えた刹那。
    「……!!」
     撃ち出された円盤状の強烈な光線が、前に立つ灼熱者達をまとめて薙ぎ払いにかかる。
    「く……っ!」
     追撃を伴うその攻撃は、一撃で複数の灼滅者に大きな衝撃を与える。
     灼滅者が闇堕ちしたダークネスは、元の数倍の戦力を誇るというが。身を持って、それを思い知る。
     だが……攻撃を、止めろ――と。
     戦場に響き渡った柚の言霊が、シャドウ化した紗矢に衝撃と催眠を与えて。
     良也のバスターライフルから撃ち出されたビームが、前衛を支援するように紗矢を撃ち抜けば。
    「!」
     京夜がもう一度成した封縛の糸が、煌きながら彼女の動きを抑えるべく絡みつく。
    「さあさあへばってないでもっと動けー」
     その間に、きすいが生み出した霧が傷を負った前衛を包み、回復と同時に戦う力を漲らせて。
    「目ぇ覚ませ!」
     トラウマを引き摺り出すべく影を宿した得物を紗矢へと繰り出す道実。
     だがその一撃をすかさずかわした紗矢。
     そんな彼女を観察するように、京夜は見つめて。
    「シャドウハンター同士だから相手の手の内が判るけど、僕達自身も判られちゃってるから動きづらいんだよね」
     次の攻撃に備え、何か動きが分かれば、すぐに仲間へと知らせるべく身構えながらも。
     でも、僕達が絶対に悪夢から目を覚まさせてあげるからね、と。
     狂ったように笑い続ける少女へと言葉を投げる。
     そしてビハインド達の攻撃と共に、仲間の衝撃ダメージを癒すべくマリアローザとえりなのヒールサイキックが施されて。
     体力を取り戻した霞の拳が再び、シャドウ化した紗矢目掛け、唸りをあげる。

    ●乗せる想い
     8人の灼滅者を1人で相手取る、シャドウ化した紗矢。
     戦闘が激化するにつれ、光を失ったその浅紫の瞳を残忍な色が染めていく。
     飛び散る血の色に刺激されたかの様に、毒やトラウマを伴う強烈な衝撃を放ちつつも。
     浮かぶ青きスペードで抜かりなく傷を癒し、いまだ倒れずにいる紗矢。
     だが、圧倒的な手数と、これまで叩き込んだバッドステータスがじわじわ効いてきて。
    「! ぐ……っ」
     アッパー気味に放たれた道実のトラウナックルが紗矢の顎を跳ね上げ、トラウマを与えた刹那。
     青のスペードマークごと粉砕するかの如く腹部へと突き上げられる、霞の鋼鉄拳。
     だがすぐに態勢を整え、紗矢が再びバスターライフルを構えた――瞬間。
    「!!」
     彼女の目の前に現われたのは、数体のピエロの姿。
     このピエロは紗矢にしか見えない、道実やきすいが与えたトラウマ。
     そして一瞬瞳を見開いた紗矢に声を上げる、道実。
    「綺月紗矢! そいつがお前の強さであり弱さである!! 目に……いや、心に刻みつけておけ!」
     だが、闇堕ちした紗矢はその声が聞こえないかの様に。
     今度は中衛目掛け、リップルバスターをぶっ放す。
    「……音、は……ある程度、は……仕方ない、けど……」
     余計な被害を出さぬよう、最小限にと。
     紗矢へとしっかり照準を合わせながら、ホーミングバレットの弾丸を正確に彼女の身へ撃ちこんでいく柚。
    「まだまだこれからです!」
     良也も胸元にスペードマークを具現化させつつ、グッと地を踏みしめて。
     体力の低下が見え始めた紗矢の姿を、緑色の瞳に映したきすいは。
    「これ以上厄介ごとを増やすなよー。さっさと目覚めろー。心配してるほかの皆が待ちくたびれるだろー」
     さらに、言葉の印象とは少し違った、優しい響きを纏う澄んだ声で続ける。
    「弟を守らなきゃって気持ちはわかるが、まだ子供なんだ。もっと甘えていいんだぞー」
    「目を覚まして、悪夢に負けないで! あなたの弟さんは大丈夫だから」
     ただ問答無用に倒すこともできる。
     でも、声を掛けずにはいられない……マリアローザもそう、紗矢を真っ直ぐに見つめて。
    「弟さん、大事ですよね、護りたいですよね。弟さんも紗矢さんの事、大事ですよ。おばあちゃんもご両親も……貴女の事、待ってます。居なくなったら悲しみます」
     これまでもずっと、彼女を救うべく、歌を歌い続けてきたえりなは。
    「だから、戻ってきて!」
     思いの言の葉を、一生懸命に紡ぐ。
     絶対に助けて、また皆で一緒に笑えるように――と。
    「迷子になったら探せば良いじゃない。きっと、皆で探せば直だよ。綺月ちゃん、僕達と一緒に探そう」
     絶対見つけてあげるから! と、渦巻く神風の刃を放ちながら、紗矢に笑む京夜。
     闇堕ちしたダークネスに、説得は無意味。
     でも、仲間だから。声を掛けずになんて、いられない。
     人と言葉を交わすのが苦手な柚も、仲間達の様な声こそ投げたりはしないが。
     クローバーの紋様を胸元に宿し傷を癒しながらも、紗矢が逃走しないか注意を払い、周囲への配慮やフォローも忘れない。
     そして、回復が追いつかなくなってきた紗矢を目覚めさせるべく、集中砲火が見舞われて。
    「はあっ……!!」
     接近戦に持ち込めば私にも多少は有利になるはず……! と。
     小さなテーブルをダンッと蹴り上げた霞は、一気に間合いをつめ、紗矢の胸元をグッと掴むやいなや。
    「ッ!!」
     脇や脚に腕を入れた刹那、小さな彼女の身体を投げ飛ばすかの様に、思い切り地に叩きつけた後。
     馬乗りになる様に、押さえつけたのだった。
     そして立て続けに見舞われたサイキックの衝撃をモロに貰った紗矢は。
     ふっと、意識を失う。

    ●おかえりなさい、ただいま、ありがとう
    「う、ん……」
     戦闘が終わり、10分程経った時。
     皆の介抱を受けた紗矢が、ゆっくりと、その瞳を開く。
    「えーと……おかえりなさい綺月さん、体は痛みますか?」
    「綺月さん、大丈夫ですか?」
    「これは一体……あなたたちは?」
     霞や良也や皆をぱちくりと見つめる瞳には。
     先程と全く印象の違う、凛とした光が戻ってきている。
     そして紗矢は記憶を辿る様に、そっと頭を抱えながら、呟く。
    「わたしは……闇堕ち、したのか?」
    「私もこれからできる限り応援しますからね、頑張りましょう……!」
     今回の闇堕ちは、紗矢が選択して起こしたものではない。
     何者かによる、精神世界(ソウルボード)への執拗な攻撃。
     そしてそんな芸当ができるのは、恐らく――。
     だが、同じ事を繰り返さない為にも。彼女自身強くあって欲しいと、霞は紗矢の手を取って。
    「ッ!?」
    「ぬおぉ、脅かしてすまん! でも悪夢のピエロはもういないぞ!」
     ピエロの格好をしていた道実の姿に紗矢は一瞬驚いて瞳を見開くも、すぐにホッと安堵してから。
    「あなたたちも武蔵坂学園の生徒なんだな。灼滅者に戻してくれて、ありがとう」
     礼儀正しく丁寧に、ぺこりと頭を下げた。
     そんな彼女の生真面目な様子を見て。
    「まったく、世話焼かせるんじゃないよー」
     優しく微笑むきすいに、マリアローザも頷いて。
    「良く頑張りましたね」
    「お帰りなさい♪」
     ぎゅっと紗矢を抱き締めたえりなは、こう彼女に訊ねてみる。
    「私の歌、お役に立ちましたか?」
     その問いに紗矢はこくりと頷いて。ただいま、と浅紫の瞳を細めた。
     そして、何もなかったかのように見せるためにと。
     そっと部屋を片付ける柚も、そんな元に戻った彼女の様子を、皆から少し離れたところから見守って。
    「おやすみなさい、今度こそ楽しい夢を見れるよ~」
     子供は寝る時間だしね、と。レトロな柱時計に目を向け、笑む京夜。
     ――その時。
    「あ……待ってくれ」
     ふいに、帰還しようとした皆をもう一度呼び止めて。
    「武蔵野に戻ったらお礼も兼ねて、一緒に行かないか?」
     そこまで言った紗矢は、一瞬言葉を切ってから。
    「プリンアラモードを食べに……甘い物に、目がないんだ」
     少し照れた様に笑むと。
     年相応の幼さを、その凛とした瞳に、垣間見せたのだった。

    作者:志稲愛海
    重傷:なし
    死亡:なし
    種類:
    難度:普通
    結果:成功!
    出発:2012年8月20日
    参加:8人