羅刹の鬼面を打ち砕け!

    担当マスター:波多野志郎

    <オープニング>

     ――古来、人は山の中に神の姿を見たという。
     その変化の激しい気候もさる事ながら深い自然はあらゆるものを受け入れる。人も獣も植物も――ここではその自然の一部であり、皆等しい。
    「…………」
     その中で少女は呼吸を整える。彼女が立っているのは滝の下――滝行、そう呼ばれる精神修行の一つだ。
     白装束姿で滝に打たれるその表情は驚くほどに静かだ。愛らしく幼さを残すその顔には優しい笑みさえある。
     滝の落ちる音と水の感触、それを乗り越えた先にこの修行の本領はある。この自然に満ちた山の気配を感じ、それと一つになる――。
    「――くしゅん!」
     不意にそう小さく少女はくしゃみをすると身震いを一つ、滝から離れた。滝行はあまり長い時間行ってはいけないのだが、ついつい時間を忘れてしまう。悪い癖ですね~、とこぼしながら少女は綺麗に畳んでいたタオルを手に取り、濡れた体を拭うと大きく深呼吸した。
    「うーん、やっぱりこの匂いが落ち着きますね~」
     肺いっぱいに広がるのは森の匂い。少女は満面の笑みになる――年相応の笑顔だ。
    「ひゃう!?」
     ドボン! と突然背後でした重い水音と飛び散る水滴に少女は慌てて振り返った。
     ブクブクブク、と滝壺でいくつもの水泡が起きている。その原因はすぐに知れた。
     少女が息を飲んで、胸元を抑える。水音の正体は滝壺の横にあった岩が崩れて落ちた音だったのだ。
     岩が崩れた後には、一つの小さな洞窟があった。それに少女は嫌な胸騒ぎを覚え、その洞窟を覗き込んだ。
    「……これは、何でしょう?」
     そこにあったのは小さい祠だ。少女は小首を傾げてその祠へと手を伸ばす。
     ――少女は気付かない。
     その祠には一つのモノが納められていたのだ。それは『鬼の首』だ。何よりも恐ろしいのは――その首はまだ、滅びていないのだ。
     祠の中で鬼の目がカッ! と開かれた。その気配に少女が気付いた時には遅い。
     ブツリ、と少女の意識がそこで途切れた……。

    「おう、来たな!」
     放課後の教室。集まった者達の気配に神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が顔を下に向けたまま言う。
     ガチャガチャガチャ――音が響き渡る事しばし、ヤマトは徐に立ち上がった。
    「じゃあ、俺が見た解析結果を聞いてくれ」
     コツン、とすべての面が完成したルービックキューブを机の上に置き、ヤマトが語り始めた……まぁ、集合前に完成出来なかったのは愛嬌だろう。
    「お前達にやって欲しい事は一つだ――闇落ちは、知ってるだろう?」
     闇堕ち――それはヒトがダークネスとなる事だ。ヤマトの表情がより真剣なものとなる。
    「ようするにお前達にも闇堕ちの可能性はあるって事だ。学園での生活で出来る事はあくまで闇堕ちの可能性を減らす事だ、完全に防ぐってのは現状では出来ない……今回、闇堕ちした学生は五人だ。今ならまだ、救い出す事ができる筈だぜ?」
     コツコツ、とルービックキューブを指先でリズムを取って叩きながら、ヤマトはニヤリと笑みを浮かべ言った。
    「お前達に頼みたいのは闇堕ちしたうちの1人、隠仁神・桃香って子を救う事だ。彼女は修行先の霊山で封印されていた『鬼の首を封印していた祠』を見つけてしまって、その鬼の首に宿った羅刹の怨念に取り込まれ、闇堕ちしてしまう」
     だが、希望はあるぜ、とヤマトは続ける。
    「彼女はまだ助け出せるぜ。今から向かい、その修行場にいるところで戦い倒すんだ。彼女は闇堕ちしたばかりで眷属はいない――最大のチャンスだ!」
     敵は闇堕ちした桃香一人だ。しかし、現時点で活動しているダークネスの中でも中位以上の戦闘力を持っている、油断は出来ない。
     戦場となる修行場は滝と川岸となる。足場の悪さも気を配れば問題ない、広さもあるので戦う分には困らないだろう。
    「闇堕ちした彼女は護符揃えを武器に使う。基本、神薙使いの力を使ってくるが戦闘力が戦闘力だ、注意して戦ってくれ」
     闇堕ちした桃香は鬼の首が変化した鬼の面をつけている。戦い倒した後にその面を砕く事が出来れば桃香を救う事が出来るだろう。
    「俺の脳に秘められた全能計算域が弾き出した答えではこれがもっとも成功率が高いタイミングだ。後はお前達次第――任せたぜ?」
     ヤマトはそう告げるとしっかりとうなずく。自分の仕事は果たした、後は信じるだけ――ヤマトはそう不敵に笑った。
    「頼んだぜ、灼滅者!」

    種類:
    難度:普通
    参加人数:8人
    波多野志郎より
    少女の危機を救うのだ! 皆様、初めまして波多野志郎です。
    今回は闇堕ちしてしまった神薙使いの少女、隠仁神・桃香を救うため奮闘していただきます。

    【成功条件】
    ・闇堕ちした桃香を倒し、鬼の面を砕き桃香を救う。
     以上となっています。

    私も皆様もこれが初めての戦い。
    まずは仲間である少女を救うため、頑張ってくださいませ。

    ●参加者一覧

    蒔絵・智(d00227)
    星祭・祭莉(d00322)
    永瀬・刹那(d00787)
    木島・御凛(d03917)
    久流姫・ヘル子(d02082)
    四季咲・玄武(d02943)
    夏木・兎衣(d02853)
    九牙羅・獅央(d03795)

    →プレイングはこちら

    <リプレイ>


     夏の山、その奥深く。セミの鳴き声や川のせせらぎ、滝の落ちる音に混じってその笑い声が響き渡る。
     幼く愛らしいその笑い声は、しかし聞く者の心を握り潰すようなドス黒い殺意を秘めていた。
    「あのお姉さん?」
     久流姫・ヘル子(気魄系魔法少女・d02082)が小首を傾げてこぼす。それに四季咲・玄武(玄冥のルネ・d02943)も真剣な表情でうなずいた。
    「ええ、そうみたいね」
    「あらあら? こんなにたくさんどうされたんですか? こんな山奥で~?」
     目の前にたどりついた八人の灼滅者を見て隠仁神・桃香が微笑む。しかし、その笑みは貼り付けたような笑みであり、その声には微量の冷気のような殺意が見え隠れしていた。背筋が凍りつき、夏の山とはいえ身が震える想いだ。
     しかし、その殺意を真正面から受け止める九牙羅・獅央(誓いの左腕・d03795)の顔には決意の笑みがある。
    「大丈夫だ、桃香……ぜってぇ俺たちが救い出してやる!」
    「救う? 何をですか~?」
     獅央の言葉に桃香は不思議そうに小首を傾げる。クスクス、と笑みをこぼしながらその護符揃えを広げ言い捨てた。
    「私、今すごく……楽しいんですよ~? 皆さんと、目一杯戦えそうですから」
     その言葉に痛々しげに表情を歪めたのは蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)だ。それは獅央と同じく自身の過去の経験からきたものだった。
    「闇堕ち、私にも経験あるから分かるよ。辛いよね、怖いよね? だから、私達が助けてあげる! リリース!」
    「ええ、必ず」
     祭莉がスレイヤーカードから掛け声と共に解体ナイフをその手にし、永瀬・刹那(清楚風武闘派おねーちゃん・d00787)もまた縛霊手をその手に装備した。
    「皆で鬼の面を打ち砕いて隠仁神さんを助けるわよ!」
     木島・御凛(ハイメガキャノン・d03917)は若干半身になりながら、仁王立ちで左手を腰に当て右手を伸ばして指先を桃香に突きつける。そして、戦闘態勢を整えてバトルオーラを展開した。目の前の強敵と戦える事に若干の興奮があるのだろう、その表情には不敵な笑みがある。
    「やみから、解き放つ……、やれるだけやる」
     たどたどしくも夏木・兎衣(うさぎのおもちゃ・d02853)が呟いた。この状況でも兎衣はペースを崩さない――その事が仲間達には何よりもの励ましだろう。
    「桃香、今助けるよ……」
     星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)がスレイヤーカードから天星弓を取り出し、地面を蹴った。それが戦いの合図となった――殺意の潜んだ笑い声と共に桃香が身構える。
    「それでは、始めましょう~? 血湧き肉踊る闘争を~」


     戦いが始まった瞬間、桃香の殺意が膨れ上がった。ひりつくようなその殺意を前にしても灼滅者の動きはよどみはない。
     灼滅者達のポジションはこうだ。前衛としてクラッシャーに智と祭莉、刹那、獅央、ディフェンダーにヘル子、中衛のキャスターに御凛と玄武、ジャマーに兎衣といった布陣だ。
    「では、まずは小手調べに~」
     ゴウ! と桃香を中心に風が渦巻いた。桃香が頭上に掲げた右手を振り下ろした直後、獅央を風の刃が切り裂いた。
    「神薙刃、きをつけて。なおりにくい」
    「そうだね。やっぱり、神薙使いの力で攻めてくるか」
     同じ神薙使いのヘル子と玄武の指摘に、しかし獅央はジャリ、と足場を踏み締め言い放つ。
    「この程度、問題ねぇ!」
    「蝕む……その力ごと!」
     獅央と智が駆け込んだ。鋭く踏み込んだ獅央はそのまま右へ跳び、智は左へ跳ぶ――桃香の死角へと回り込み獅央はロケットハンマーで白装束の背中を狙い、智は解体ナイフをその足へと振るった。ティアーズリッパーと黒死斬、共に殺人鬼のサイキックだ。
     しかし、それに桃香は反応する。裸足が地を蹴り、踊るように横回転――殺人技巧を回避した。
    「彗星撃ち!」
     そこへ近距離から祭莉の天星弓の一矢が射られる。矢の軌道はその名のごとく彗星のように軌道を描き桃香の肩をかすめるに留まった。
    「さぁ、頑張りましょう」
     自身へそう言い聞かせるように呟き、刹那がその拳を繰り出した。鋼鉄拳――鍛え抜かれたその拳の一撃を桃香は同時に踏み込み、その右手で受け止める!
    「悪いけどこっちも余裕がないのよ。最初から全力全開でいくわよ!」
     御凛が放った光条を桃香は両手を突き出し受け止める――その顔には、幼子が遊戯に心弾ませたような笑顔があった。
    「呪よきたれ。つめたくかたき戒めを」
     兎衣のペトロカースにパキリ、と指先が石化していく感覚に桃香はクスリと笑みをこぼして拍手した。
    「すごいですね、皆さん。私、すごく楽しいです~」
    「……わかってたはずなんだけどね」
     解体ナイフを構え直し、智は厳しい表情で呟く。
     ――これが闇堕ちなのだ。八人の灼滅者達と真正面から単騎で互角、あるいは互角以上の戦いを可能とする強さ。闇堕ちを知る者は改めて、知らなかった者は初めて、闇堕ちの恐ろしさをその身にその心に刻み込んだ。
    「もっともっといっぱい楽しみましょうね~?」
     それでも灼滅者達は怯まない。まだ救えるのだ、目の前のこの少女は――ならば同じ灼滅者として仲間として救わなければ嘘だ。
    「大丈夫?」
    「おう、当然だ」
     玄武の招いた浄化をもたらす優しき風に傷を癒され、獅央は桃香から視線を外さずに言い切った。
     そして、再び桃香が動き、それに灼滅者達は身構える――救うための戦いが、加速していった。


     夏の山に、剣戟が鳴り響く。
    「五星の結びをここへ――!」
    「く……ッ!」
     五枚の護符が桃香を中心に五芒星を描き、張られた攻性防壁が前衛を薙ぎ払った。そこへ御凛のヒーリングライトと玄武の清めの風が前衛の傷を癒す。
    「これいじょう、させない」
     兎衣のペトロカースに桃香の動きが鈍る――そして、ヘル子のワイドガードが前衛の仲間達の前へと広がり、展開された。
    「ありがとう、助かるよ!」
    「これがしょうじょですから。かわゆいですから」
     祭莉のお礼にヘル子はコクンとうなずき胸を張った。
     ――闇堕ちした桃香と灼滅者達達の戦いは徐々に灼滅者達の方へ戦況が傾き始めていた。
     闇堕ちし強力な力を手に入れても桃香は単騎に過ぎない。桃香の主な攻撃手段は神薙刃と五星結界符だ――その攻撃を灼滅者達が見切り始めた頃、その勢いを盛り返していく。
     しかし、灼滅者達には油断はない。御凛と玄武の回復を受けながら、一つ一つ確実に攻撃を叩き込んでいく――そして、ついにその時が訪れようとしていた。
    「ここ!」
     真正面から突っ込んだ拳を振りかぶった刹那が渾身の力で鋼鉄拳を繰り出す。桃香はそれを両腕を胸の前で組んで受け止める――そして、その間隙に智が真横に回り込んだ。
    「う――!?」
     構わず振り抜いた刹那の鋼鉄拳は桃香の腕の守りを崩し胸元に強打する。のけぞった桃香の白装束の背中を智はティアーズリッパーによって切り裂いた。
     桃香は背中の白い素肌をさらしながら祭莉へと向き直る。
    「――こっちも、いけるんですよ~?」
     桃香の右腕が異形化し、巨大な腕となっていく――上から真下へ振り下ろすように鬼神変の拳が祭莉へと繰り出された。
     だが、その前に踊り出る人影があった――ヘル子だ。
    「だめです! せっかく、大きいともだちになってくれそうなのに……いけません!」
     轟音と共に桃香の鬼神変を受けてなお、ヘル子は倒れない。そこへ御凛が動いた。
    「これが見切れるかしら!」
     御凛の放ったジャッジメントレイの鋭い裁きの光条が桃香に直撃する。桃香がジャリ、と足を踏ん張った瞬間、玄武が放った神薙刃の風の刃が桃香を脇腹を切り裂いた。
    「今だ!」
     その玄武の言葉に応えてヘル子は炎の吹き出すWOKシールドで桃香を殴りつける。そして、獅央が右手にハンマーを抱え踏み込んだ。
    「俺もかつて闇落ちした。救出されて俺の世界は、狭く暗いと知った。俺はその時に受けた傷……左腕に誓った。この眩しい世界のために、己の力を使うってな!」
     真っ直ぐに言い放ちながら、獅央は弧を描く軌道でロケットハンマーを振り抜いた。
    「桃香もこの光を知ってるだろ! だから戻って来れる!」
     マルチスイングが命中し、桃香の膝が揺れる。それでも踏み止まる桃香へ兎衣が小さく呟いた。
    「うちぬく」
     兎衣の放つマジックミサイル――高純度に詠唱圧縮された魔法の矢が桃香の肩に突き刺さる。体勢を崩した桃香へ、祭莉が踏み込んだ。
    「トラウナックル!」
     祭莉のトラウナックルの一撃に、桃香の体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。そして、その桃香の頭にあった鬼の面もまた足元へと力を失ったように岩の上へと転がった。


     力を失った鬼の面は獅央のハンマーが振り下ろされるとカラン、と乾いた音と共に簡単に砕け散った。
    「うん、これで終わりね。皆お疲れ様、闇落ち相手は流石にきつかったけどなんとかなったわね」
     倒れた桃香の様子を看ながら御凛は笑みをこぼす。それに仲間達もようやく安堵の息をこぼした。
    「……あれ? 私……何をしてたんでしょう~?」
     その御凛の腕の中でキョトンと灼滅者達の顔を桃香が見回す。その表情も視線も年相応の少女のものであり、あの鋭く冷たい殺気はもはやどこにも感じられなかった。
    「ちょい疲れた。桃香、痛いとこないか?」
     苦笑混じりにそう問い掛ける獅央に桃香は息を飲む。自身がした事を憶えているのだろう、だが、桃香が口を開くよりも先に智と祭莉が言った。
    「よく頑張ったね」
    「うん、終わったよ?」
     その二人の笑顔と言葉こそが全てだった。桃香はそんな仲間達の顔を一つ一つ見回し、深々と頭を下げた。
    「――ありがとうございました」
     そのお礼に灼滅者達は今度こそ満面の笑みをこぼす。闇堕ち――灼滅者であるのなら誰でもその身に降りかかり得る危険、それから仲間を救う事が出来たのだ、と。
    (「闇はこうして人にとりつくんだね。だから、ボク達は戦わなければいけないんだ」)
     祭莉はその心にしっかりとその事を刻んだ。
    「歩けるか?」
    「あ、はい。大丈夫ですよ~?」
     気遣われながら桃香は立ち上がる。その足取りに満足気にうなずくと獅央はふと周りを見回して呟いた。
    「にしても、なんでチビッコに囲まれてんの? 俺」
    「しおう、ろりこん?」
    「ロリコンじゃねえぇ!」
     兎衣の指摘に打てば響くような否定を返した獅央に、仲間達から笑い声が上がる。
     夏の山に、明るい笑い声が響き渡った……。

    作者:波多野志郎
    重傷:なし
    死亡:なし
    種類:
    難度:普通
    結果:成功!
    出発:2012年8月20日
    参加:8人