14時をもって、クラブ企画への投票は締め切られた。
神崎・ヤマトはすっくと立ち上がると、投票箱をひっくり返しだ。
手早く集計を終えると、彼は学園祭の出展情報が書かれたマップを手に取る。
「時が、来たようだな……! グルメストリートに集う美味を平らげ、猛者達に栄光を告げることが俺の使命!」
灼滅者達に未来予測を告げる時のようにビシッと決めて、ヤマトはグルメストリートを歩き出した。
腹には空腹。
手には学園祭マップ。
懐には胃薬。
そして、心に今年は食べ過ぎでギブアップなんかしないという儚い決意を携えて、ヤマトは堂々と学園祭で賑わう屋台の間を抜けていく。
●第3位~
鉄板焼き『もふリート』
まずヤマトが訪れたのは、鉄板焼き屋の前だった。
鉄板焼き屋台『もふリート』。
部員全てがファイアブラッドのクラブ『炎血部』が運営するクラブ企画だ。
「炎のスペシャリスト達による鉄板焼き……まさに鉄板の組み合わせということだな」
ヤマトは感慨深げに呟く。
鉄板焼き『もふリート』は、かつてヤマトがグルメストリート審査員を担当した2013年の学園祭で、優勝を勝ち取ったクラブ企画であった。
その後も、上位をキープし続けてきた『もふリート』は、学園祭の定番と呼ぶに相応しい貫禄を示していたと言えよう。
「だが、あの時から数年が経った。俺もいつまでも中二の時の俺ではない。
──今の俺に、食べ過ぎによる腹痛などありえないと言っておこう」
無闇に芝居がかった台詞をはくと、カッコイイポーズをとりながら、ヤマトは香ばしい香りの漂う店内へと足を踏み入れる。
中では真っ赤なビッグバードっぽい着ぐるみを着込んだ炎導・淼(d04945)が、鉄板の上で焼きそばを焼いていた。
ヤマトはその正面に立ち、オーダーを口にする。
「店主、この店の名物料理を頼めるか」
「よし来た、イフリート焼き、行くぜ!! 中身は何にする?」
「そうだな──」
メニュー表を見たヤマトの目が、そこに釘づけとなった。
粒あん、こしあん、カスタードクリーム、黒胡麻ブラック。そして激辛レッド。
(「激辛、だと……? 他は甘いものばかりだというのに、辛いものを混ぜるとは。それだけ自信があるということなのか? だが──」)
「激……いや、黒胡麻ブラックで頼む」
「あいよ!!」
威勢よくヤマトに応じると、淼は型のついた鉄板を取り出した。
材料を放り込むと、巧みに炎を操り、『イフリート焼き』を作り上げていく。
香ばしい香りが、待っているヤマトの鼻をくすぐる。
もし、もふリートが最後に訪れたクラブであったならば、ヤマトの挑戦心は激辛を選ぶことを認めていたかも知れない。だが、この後3つのクラブが待っているという現実は、彼に挑戦という道を選ばせなかった。
(「俺も年を取ったということか──」)
妙に哀愁の漂う笑いを浮かべるヤマト。
だが、そんな雰囲気も、淼が彼の前にイフリート焼きを差し出すまでだった。
「出来たぜ。さあ、食ってくれ!!」
「これは……!!」
大和の全身に衝撃が走った。そこに現れたのは、黒胡麻クリームを詰めて焼き上げた、イフリートの頭部を象った直径50cmもの巨大大判焼きだったのである。
ライオンに似ているので、たぶんアカハガネあたりだろうか。
この物量を前に、胃薬など何の役に立つんだとか、これだったら激辛を頼んでいた方が正解だったんじゃないかとか、様々な後悔がヤマトの脳裏を過ぎる。
「くっ、俺としたことが。だが、後悔の時はもはや過ぎた。
時は来た──グルメストリート人気投票第3位鉄板焼き『もふリート』!!
その名物料理、『イフリート焼き』に挑ませてもらおう!!」
「よし、よく言った──ならば、喰らっていけ!!」
名物料理『イフリート焼き』に、ヤマトは敢然と挑みかかるのだった。
●第2位~
半裸焼き肉喫茶-灼肉者-
「なんという、ことだ──」
最初の戦いで多大なダメージを受けたヤマトは、ちょっとフラフラしながら次なるクラブへと足を運んでいた。
マップが示す次なるクラブの所在地はプールを示している。
果たして、これが何を意味するのか……。
だが、エクスブレインたるヤマトの脳は、既に正解を導いていた。
「俺の全脳計算域(エクスマトリックス)が囁いている。
プールサイド、そして『半裸焼き肉喫茶-灼肉者-』という企画名。
つまりは──プールサイドで焼肉を食う企画!だ!」
企画紹介に書いてある内容そのままであった。
無闇に感嘆符を連発しての独り言に、周囲にいた人達がちょっとヒいている。
それにも構わず、ヤマトは企画の行われているプールへと足を踏み入れた。
更衣室に赴き、ヤマトは授業でも使っている水着を着用した。
「誤魔化しているが、こういう姿になると腹が膨らんでいるのは隠せないな……」
学園祭が終わったら、運動をせねばなるまい。
灼滅者達よりも運動量の少ない常人であるところのエクスブレイン系男子ヤマトは、そんなことを思いつつプールサイドへと足を運ぶ。
「これは──」
そして、ヤマトは思わず足を止めた。
今朝来た時には、そこまで気にしなかったのだが、そこはプールの涼気と、肉の油が弾けるジュウジュウという音で満ちた、異様な空間と化していた。
部長である影道・惡人(シャドウアクト・d00898)が、次々と包丁を振るい、下味をつけた肉を皿に盛り分けていく。
訪れている客達は、それらを思い思いに持っていっては黙々と焼いていく。
金網の上で肉を炙る音と、肉の焼ける香りは、学園のプールを別の空間へと変貌させていた。
「ストイックな空間だな……こういうのをなんというのだろうか」
「ん、まぁ好きに焼いて食ってりゃいいぜ」
惡人が肉の処理をしながら言う。
灼滅者達が水着コンテストのために誂えた、かわいらしい・カッコイイ水着も、ここではただの光景の一つに過ぎない。
プールですら、この企画と客達にとっては暑さを和らげるための道具だ。
横にあるプールで泳ぐ者など誰一人いない。
肉の入った皿を幾つか手に取ると、ヤマトは確保した金網の前に座った。
「灼滅者(スレイヤー)ならざる俺だが、今、灼肉者(フライヤー)となろう!!
グルメストリート人気投票第2位『半裸焼き肉喫茶-灼肉者-』! いざ、勝負!」
ヤマトは割り箸を掴むと、猛然と皿の上に乗せた肉に挑みかかった。
●審査員特別賞~
デモノまん直売場
プールサイドを離れ、再び着替えてグルメストリートに戻ってきたヤマト。
彼は心の赴くがまま、一つの屋台を目指していた。
武蔵坂学園の学園祭で出展される企画には、『武蔵坂学園ならでは』のメニューを扱うものが多数存在する。
中でも、ヤマトが心を惹かれたのは、一つの『饅頭』であった。
山本・仁道(相克・d18245)が番をしている蒸篭の元へと向かう。
「相変わらず、蒼いな……」
デモノイド寄生体を思わせる、深い青色をした饅頭。
その名も『デモノまん』である。
セルフサービスで蒸篭から取り出し、トッピングをつけて食べる。
ただそれだけの料理ではある。
だが、その味のランダム性は、昨日、ヤマトが訪れた際に感じた味は、【刺激的なおふくろの味】であった。
一口食べるだけでも辛さの広がる刺激的な味。
だが、食べ進めるにつれて、味は郷愁を誘う懐かしい風味へと変化していく。
「ただ蒸しているだけにしか見えないんだが」
他の者に味に対する感想を聞いてみたところ、
『寿命が縮まりそうなほどに甘い』(刃鋼・カズマ(dn0124)談)
『寿命が縮まりそうなほどのカレー味』(六地蔵・日生(d33352)談)
『射幸心がジャブジャブ煽られそうな辛味』(雲・丹(d27195)談)
『すごい!!苦味』(白神・菊次(d00092)談)
といった風に意見が分かれていた。大体1:9ぐらいの割合で美味という意見と危険という意見が分かれていた気がする。
「……美味と不味いではないのがポイントだな……」
来客の大半は灼滅者なので、致命的な味でも問題はないのだ。多分。
だが、それが良い、とヤマトは芝居がかったポーズをとった。
「古来、料理には、そして食料を得ることには、不確定な要素が含まれている」
天候や害虫との戦いである農業や採集。
獣との知恵比べである狩猟。
人間は、安定的な食を採るために技術の進歩を遂げてきたといっても過言ではないのかも知れない。
そして、食をより楽しむために、調理技術は進歩を果たしてきた。
「このデモノまんのランダム性は、安穏とした現代人の生活に対するアンチテーゼと言えるのかも知れないな。それを、現代において生まれたデモノイドの名を冠する料理とした点もまた興味深い」
「考え過ぎじゃないか……?」
店主の仁道(d18245)が呆れたように言った。
「まあ、とにかく……審査員特別賞、『デモノまん』! いざ!!」
ヤマトは蒸篭を開け、新たなデモノまんを手に取る。
口に入れた瞬間、【過剰なほどの辛味】が口いっぱいに広がった。
●第1位~
海の家「こうがぶ」 「時が、来たようだな!」
ヤマトは、海の家らしくアレンジされた教室の一室に堂々と足を踏み入れた。
ビーチをイメージした内装の店内には、スクール水着を着た藤林・手寅(無機質なポーカーフェイス・d36626)をはじめ、夏らしい軽装の店員たちが行き交う。
だが、それらよりも目を引くのは、この店を象徴するマグロの写真の数々であろう。
部長である保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)ではない。
本物の魚のマグロである。
それらをぐるりと見渡したヤマトは、先ほどの宣言に何事かと彼を見て来る店員や客達の前で宣言する。
「今こそ、1位を告げる時……!
今年の栄えある優勝者。それは、光画部主催、『海の家「こうがぶ」』だ!
おめでとう!!」
ヤマトの言葉に、店内にいた客や部員達から拍手と歓声が上がった。
祝福を受けるまぐろがぺこぺこと頭を下げる。
歓声の響く店内で、席についたヤマトはさっそくメニューを開いた。
「では……マグロ丼をいただくとしよう!!」
光画部がグルメストリート部門での人気を勝ち得た理由。
それは、部長のまぐろが自らマグロを裁くという、豪快極まりない企画であった。
「一部では部長を食べるとかなんとか言われていたりするが」
「違うってば! 私はまぐろ! 料理するのはマグロだからー!!」
「音で聴くと同じにしか思えんがな」
そんなことを言いつつ、ヤマトはメニューに目を走らせる。
「超巨大鮪一本まるとご丼……これは興味深いな」
「さすがにヤマトくんはやめといた方がいいと思うわよ。普通のでも結構多いし」
手際よく支度をしながら、まぐろがそう忠告する。
ヤマトはエクスブレインであって、灼滅者のような身体能力は持ち合わせていない。
それだけに、食べられる分量も相応である。
今日のこの時間のために腹を減らしてはいるが、既にグルメストリートを行き交う間に食べた品々は、彼の胃に確実に負荷を加えていた。
超巨大鮪一本丼など注文しようものならば、確実に残してしまうだろう。
「それはギルティ(有罪)だからな……」
しみじみというヤマト。
「しかし、昨年の企画ともまた大きく変えて来たものだ」
ヤマトは感心したように言った。
光画部は、2013年、2014年には『展示&体験学習部門』、昨年は『喫茶店巡り部門』でそれぞれに入賞している。
そして今年は、『グルメストリート部門』に場を移して見事な1位獲得である。
「こうしてさまざまな企画を用意できるアイデア力は、光画部の強みというところなのだろうな」
部門を固定しての企画には、定番故の強みもあるが、上位を得たことに満足せず、さまざまな企画にチャレンジしていく意欲には、感嘆すべきものがあると言えよう。
そうする間に淀みなく刺身を盛りつけたまぐろは、マグロ丼をヤマトの前に置いた。
「お待たせ。お醤油も山葵もお塩もあるから、好きに食べちゃって!!」
「いただきます」
箸を手に取ったヤマトは、丼に盛られたマグロをつまむと皿にとった醤油にちょんとつけ、口に運ぶ。新鮮なマグロの味が、口の中に広がった。
そして、ヤマトは一心不乱に米とマグロを口に運んでいく。海からもたらされた美味は、今日ここまでに至るまでに食べて来たものとは異なる感動を彼に与えていた。
「ふぅ……ごちそうさま。美味かったぜ!!」
「はい、おそまつさまでした!!」
まぐろの声が響くと共に、学園祭の時間も終わる。
「これで1学期も終わりか。
この夏休みが、灼滅者の皆にとって幸せなものとなるといいがな」
サイキック・リベレイターによって、灼滅者達の戦いは新たな段階へと移行した。
今年の夏休みが灼滅者達にとって得るものの多いものとなることを、ヤマトは暮れゆく空に願うのだった。