●雨宮・夢希が行く、学園祭食い倒れの旅
「はぁ~、遊んだ遊んだ。それにもう、めっちゃ食べたなぁ」
学園祭広場の片隅で、そう呟きながらぐぐっと腕を伸ばすのは雨宮・夢希(大学生ラグナロク・dn0141)。だが、その台詞とは裏腹に、彼女の瞳は使命感に燃えている。
「いや、まだのんびりするには早いで! なんせこれから、うちには重大な仕事が待っとるもんな」
学園祭の出店や企画の情報が詰め込まれたマップをばっと勢い良く開き、先程手に入れた企画投票結果のメモを誰にもバレないようにこっそり確認して、夢希はゆっくりと歩き出す。
灼滅者達が待つ、食い倒れの天国――グルメストリートへと。
●第3位~
元祖!デモノまん直売所
まず夢希が訪れたのは、年季の入った集会用テントの前だった。テントの傍らに立てられた『デモノまん直売所』ののぼりが、夏の生ぬるい風を受けてはたはたと揺らめいている。
テントの作り出す日陰に入れば、目に付くのはやはり年季の入った会議机。無造作に並べられた調味料の数々は、どことなくやる気の矛先を間違っているんじゃ? という気持ちを起こさせなくもない。
「……いや、それより、や」
ソースやら醤油やらの瓶から視線を引き剥がし、夢希はもくもくと湯気を立てるせいろの方へと向き直る。
ぱかっ。
「……やっぱ、何度見ても味の予想が付かへん色合いやねぇ」
蓋を取ったせいろの中をしげしげ見つめて、夢希はある種の感慨深さを込めて呟いた。
そう、このデモノまん、デモノイドを彷彿とさせるその名に違わず、青いのだ。とても。すごく。ベリー。
「いやまぁ、昨日はめっちゃ奥深い、こうインドの歴史ーって感じのカレーまんが出てきたし、多分きょうのも美味しい筈……?」
微妙に首を捻りつつ、『いちおくまんえんたまるかな!』と印字された貯金缶にとりあえず小銭を入れて、夢希は直感で選んだデモノまんにかぶりつく。
瞬間。
「あぁ、なんやこれ……なんか分からんけどめっちゃ懐かしい……」
そっと目元を拭いながら、『どこか懐かしい旨味』を噛みしめる夢希。遠い記憶の彼方に眠っていたようなほっくりとした匂いは、大学生として忙しく過ごす彼女の心を優しくほぐした……のかもしれない。
「ちなみに、他のみんなはどんなのを食べたんやろ?」
純粋な興味から夢希が周囲に行ったインタビューの結果、『見た目からは想像もつかない味』『懐かしいんだけど美味しくはない』『すっごく美味しい!』『作った奴出て来い(殴る準備をしながら)』などなどの感想を灼滅者達から得ることができた。
『すごーい! 甘さ!』(トワ・トキアナライズ(アイアムレジェンド・d37796)
談)
『チャクラが開くうま味』(紅羽・流希(挑戦者・d10975)
談)
『人類にはまだ早いおふくろの味』(鏡・エール(目指せお土産マスター・d10774)
談)
といった、果たしてそれは人類が口にしていいものなのかという味もちょいちょいあったようだが、まあ灼滅者なら大丈夫だろうと結論付けて夢希は頷く。
それに、多少変わった味があっても、それがお祭りの醍醐味かもしれない。
いつもと違う空気の中、運に任せていつもと違うものを食べて、その感想で笑い合う。それはまさに、青春の一ページに加えるに相応しい光景と言っていいだろう。
「デモノまんの青色とかけてるわけと違うで」
誰にともなくついセルフで突っ込む夢希。大阪人の習性のようなものだからしょうがないのだ。
ともあれ鞄からお札柄のメモ用紙とマジックを取り出して、夢希は見事灼滅者達の投票を集めたデモノまんへのメッセージを大きく書きつける。
「『元祖!デモノまん直売所』、グルメストリート企画第3位おめでとう……っと! 本物のお札やないけど、そこは堪忍な」
畳んだメモ用紙を貯金缶にぎゅっと押し込んで、夢希はぱんっと手を合わせる。缶の中に本当にいちおくまん円が貯まっていたかどうかは、定かではない。
●第2位~
鉄板焼き『もふリート』
「今日も邪魔するでーっ!」
元気よく夢希が足を踏み入れたのは、【炎血部】の企画スペースだった。
部員全員がファイアブラッドというそのクラブのメンバーが供する鉄板焼きは、炎のプロフェッショナル達の手によるものということもあって、毎年学園祭で大人気を博している。
「おっ、梅田の嬢ちゃんじゃねえか。今日も何か持ってくかい?」
巨大なイフリート焼きの型を次々火にかけながら、炎導・淼(真っ赤なビックバード・d04945)が元気よく笑う。せやなぁ、とメニューに目を通して、夢希は軽く片手を上げた。
「ほなこの、特製ソース焼きそば! あっそうそう、昨日はミニイフリート焼きありがとうな、めっちゃ美味しかった!」
「お口に合ったなら、よかったです。焼きそば少々お待ちくださいね」
冷たい水を運んできた神凪・陽和(天照・d02848)の言葉に、夢希は大きく頷く。
そうして待つこと数分、ひとつの鉄板の上から香ばしい匂いが立ってきた。西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)の操るコテの間で麺と具材が踊り跳ね、その度にソースが焦げる匂いが胃袋を刺激する。
「トッピングはどうしましょうか?」
「マヨネーズと……おっ、目玉焼きも乗せられるんやん! じゃあそれも!」
「了解です、では……はい、できましたよ」
「やたっ」
織久から陽和の手を経由して渡された焼きそばを前に、夢希は背筋を正して座り直す。ほかほかの湯気に巻き上げられ、青のりとかつお節が踊っている。そしてその下では特製ソースと密に絡み合った麺が、今か今かと食べられるのを待っているではないか。
「それじゃ、早速……いただきまーす!」
勢いよく手を合わせ、同じくらい勢いよく麺をすすり込めば、口の中にふわりと広がるソースの香り。やはり小麦粉とソースの取り合わせは素晴らしい。これさえあればご飯三杯くらいは軽いものだ。粉ものの真理にうんうんとひとり頷きながら、夢希はなんとなく店内の景色を見渡してみる。
ざっと見た感じ、人気なのは味付き氷でジュースを飲む『こおリート』のようだ。やはり暑い夏の盛りに開かれる学園祭では、冷たい飲み物が欲しくなるのだろう。
他にも、スタンダードな屋台風のメニューが各種取りそろえられている事もまた、この企画が人気を集めている理由のひとつかもしれない。
「やっぱり、お祭り言うたら焼きそばにたこ焼きは欠かせへんもんなぁ。それでみんな欲しくなるんかな?」
「意外と、ザ・ド定番! なものを出す店って少ないらしいしなぁ、この学園祭」
ある意味武蔵坂学園らしいと言えばそうだがと呟きながら、淼が焼き上がったイフリート焼きを巨大な皿に乗せていく。あのサイズを食べきるのは、灼滅者ではない自分にはちょっと大変な仕事かもしれないなぁ……などとこっそり思いつつ、夢希は淼を呼びとめた。
「せやせや、あのな」
「ん? ドリンクも飲んでくか?」
「せやねん、うちもこおリートが欲しくなってきてな……いやそうやなくて。せやねんけどそうやなくて」
しれっとミルク氷にリンゴジュースのこおリートを追加注文しながら、夢希はテーブルの上でろくろを回す。
「今年のグルメストリート人気投票、2位はアンタらの『鉄板焼き『もふリート』』が獲ったで! それを伝えに来たんやって、おめでとさん!」
受け取った冷たいジュースを乾杯の形に高く掲げて、夢希はニッと笑ってみせた。
●審査員特別賞~
悶邪焼き
鉄板焼きの会場を離れ、夢希が向かったのは、何やらおどろおどろしい字面の看板が立つコーナーだった。
「もんじゃ焼き、って読むんやんね、これ」
悶える・邪な・焼きものとかいてモンジャ焼き。最初にその文字の並びを見た時は、一体どんな恐ろしい料理が出てくるのかと密かに恐れすら抱いたものだ。
だが、今度の夢希は一切臆することなく扉を潜って『悶邪焼き』の会場に乗り込んでいく。丁度、秋夜・クレハ(回忌月蝕・d03755)の座る鉄板の前で、もんじゃに新たな具材が加えられたところだった。
「邪魔するでー。今、どんなもんじゃになってる所?」
「おや、昨日はどうも。食レポもありがとうございました……と、今はですね」
ゆるりと頭を下げたあとで鉄板の方をちらりと窺うような仕草を見せた黒絶・望(運命に抗う果実・d25986)が、ふむりと頷いた。
「馬肉にラクレットチーズ、コーン……ああ、それと今クレハさんが卵を入れてくださいましたね。なかなか美味しそうです」
「美味しいまんまで済むんかな?」
「さあ、それはどうでしょう?」
くすくすと笑う望。そう、このもんじゃ焼き、訪れたお客が一品ずつ具材を自由に持ち込んで追加していくスタイルなのだ。そして、ダイスゲームで決まった食レポ担当者は、『必ず』皆が具材を入れまくったもんじゃを実際に食べて食レポを行わなければいけない。
つまり、まともな食材ばかりが入っているうちに決まった担当者はおいしいもんじゃにありつける。一方で皆が散々ふざけたあとに食レポ担当となった者は、店の看板通りに悶え苦しむことになる(そしてそれでも食レポは免除されない)――ゲーム性と悪戯心がマッチした、ある意味とても学生らしい企画と言えるだろう。
ちなみに夢希は初来店の際に食レポ担当を引き当て、ひまわりの種と天かすを混ぜ込んだ餅チーズもんじゃをレポートしている。食感が楽しい上に餅チーズのボリュームと味わいが最高だったとは本人の談。
「ちなみにこれまででいちばんヤバかったもんじゃとかは……」
「……」
意味ありげに望の口元が微笑んだ。あっこれ相当ひどいのが出たんじゃ……? と思わず一歩後ずさった夢希の背中が、壁にぶつかる。見かねたように、ジヴェア・スレイ(ローリングエッジス・d19052)が海苔塩ポテチもんじゃをつつきながら声を上げた。
「うーん、ジヴェアが見てた限り、どれもちゃんと美味しそうなメニューになってたよ。クレープみたいなやつとか!」
「へぇーっ、クレープ。皆の創意工夫の賜物やな」
成程、連携して具材を投入すればそういうものもできるのか。食の道は奥深い。
うんうんとまたひとり頷きを重ねた後、夢希はくるりと望のほうへ向き直る。
「あ、もう一度挑戦していかれます? もっとこう、冒険メニューにしてみてもいいんですよ」
「あー、冒険はまた今度な」
望がちょっと残念そうな顔になった気もしたが、それは気のせいだろうということにして、夢希は両腕を広げてみせた。
「学園祭企画グルメストリート部門、審査員特別賞! 審査員のうちが、『悶邪焼き』にあげることに決定したでー!」
●第1位~
半裸焼き肉喫茶-灼肉者-
じゅうじゅうと肉が焼かれている。焼肉独特の香りと煙が満ちるそこは――プールだった。
「う、むむむむ……そりゃ、うちも水着で入らなあかんわな」
これまでに色々な学園祭グルメを食べ比べてきた夢希のお腹は、既にだいぶ膨らんでいる。ぽんぽんと掌で水着越しのお腹を叩いてみてから、夢希はぶんぶんと首を横に振った。
「いや。いやいや。いやいやいや。これ、たらふく食べた後のお腹やから。普段はもっとこう、キュッと締まってシュッとしたお腹やから」
でも夏休みになったらダイエットはしよう、とこっそり誓いを立てつつ、夢希はゆっくりとプールサイドを歩く。水場で、風通しも充分によく、何より自分も周りもこんなに涼しげな水着姿なのだが――。
「暑い! むしろ熱い! さっすが焼肉、って感じの熱量やね」
須弥・輝(大学生魔法使い・d33798)と鷹嶺・征(炎の盾・d22564)の飲んでいる、キンキンに冷えた麦茶が実に美味しそうだ。勿論冷たい飲み物だけでなく、取り揃えられた各種食材も!
「おやいらっしゃい。肉食ってくかい? それとも野菜とかサイドメニューがいいかね」
「わーいお肉! せっかくやからホルモンも欲しいなぁ……あっあと、お野菜もいくつか」
かけられた声の主、部長である影道・惡人(シャドウアクト・d00898)に元気よく手を振ってから、夢希は辛うじてお腹周りに働きかけてくれそうなメニューをオーダーに付け加える。
「おっしゃ」
手際良く肉を切り分け、下味を付けながら、今年は肉以外も色々焼くようにしてみたんだと惡人は解説してくれる。食べ盛りの灼滅者達にはやはり各種肉類が圧倒的に人気のようだが、玉子スープをはじめとしたサイドメニューの充実もまた、かなり喜ばれているようだ。
「お肉食べたらお野菜も欲しくなるしなぁ」
焼き上がった肉をむぐむぐと頬張りつつ、焼き野菜に箸を伸ばす夢希。それにバランスよく食べた方が、後々泣かなくて済む率が上がりそうだし……という乙女の呟きは、そっとお腹の底にしまっておいた。
「そういえばさ、うち、ここが恋愛成就に効くーって噂を聞いたんやけど」
「ああ、うん。ラブいよ。かなりラブいね」
そう言って惡人が夢希の目の前にぶら下げてみせたのは、牛カルビを忠実に再現した髪留めだ。見間違えようもないそれに、夢希は目を丸くする。
「ここのお土産やんな、それ。これが恋のお守りなん?」
「『髪に焼き肉付いてるよ』って恋が始まるかもしれねぇよ?」
「……いや、ツッコまへんで」
ぺいっと片手を振って、夢希は気を取り直すようにプールサイドを見回してみる。
髪留めのご利益があるのかどうかはさておき、水着で訪れたお客同士がそれぞれ褒め合ったり、日焼け止めを塗り合う相談をしているのが聞こえるあたり、『水着限定』というドレスコードはある意味恋の進展に一役買っている……かもしれない。
そんな風に自分の中で結論を出しつつ、夢希は箸を置いて立ち上がる。
「さてさて、ご馳走さまの前に、お知らせの時間やで」
「おっ?」
「2017年、武蔵坂学園学園祭! グルメストリート部門、人気投票第1位はーっ……!」
だだだだだだっ、じゃん!(※ドラムセットは持ち込まなかったため、夢希の口ドラムロールでお送りしました)
「『半裸焼き肉喫茶-灼肉者-』! アンタが一番や、おめでとさんっ!」
両手をバンザイの形に跳ね上げた夢希の声に、周囲がどよめく。やがて、そのどよめきは祝福のコールへと変わっていった。
鳴りやまないその声にうんうんと頷きながら、夢希はお腹をさすって独りごちる。
「いやー、しかし食べた食べた。武蔵坂学園のみんなに、ご馳走さまや!」
レポートと結果発表こそ終わったけれど、お祭りはまだもう少しだけ終わらない。
この心地良い余韻とともに、もう少しだけ皆の作った美味しいものと、それに楽しい時間を満喫しよう。そう心に決めて、夢希はもう一度グルメストリートを歩き出す。
もう満腹だったんじゃないかって?
大丈夫。だって、ご馳走の後のデザートはいつだって別腹だから!